衣替えも終わって暫く経った頃、私はいつものように体育倉庫で樫田先生と会っていた。一戦を終えてマットの上で喘いでいたら先生がペットボトルとタオルを差し出してくれる。それを有難く受け取りながら、私は不平を漏らした。
「センセ、ここ暑い」
私の通っているこの学校は、結構古くからある。何度か校舎も増改築をしていて、視聴覚室とかクラスの入っている校舎は新しいけれど、体育館や倉庫は結構古く、ついでに言えば立地も悪い。倉庫は思い切り西日の当たる場所だから放課後になると結構熱が籠ってしまうのだ。少なくとも快適にタノシイコトの出来る環境じゃない。
「そう言われてもな」
私の言葉に先生は困った顔で頬を掻いた。準備室や教室にはエアコンがあるけれど寝転がれるような場所はない。いや、一か所だけあるにはあるのだけれど。
「保健室、使えないかな?」
「無茶を言うなよ。校内でこんな事をしてるだけでもヤバイのに」
私の提案はすげなく断られる。まあそうかなとは思っていた。体育倉庫と違って保健室は本校舎にあるから人の行き来が段違いだし、何より樫田先生は担当じゃないから勝手には出来ない。
「でも今でこれだと、夏が来たらサウナになっちゃうよ?その間先生我慢出来る?」
「ぐ、な、何か考える」
そこで我慢すると言わない先生を私はニヤニヤと眺める。すっかり悪いオトナになったみたいだ。
「…玉田先生にも相談するか」
電球先生との関係は、樫田先生と二回目のイケナイコトをした時にばれている。というか体育倉庫からすっきりして出たら電球先生が入口で待っているというドッキリだった。あの時の樫田先生の顔は凄かった。その後二人は色々話し合って、ちゃんと共犯者に落ち着いたらしい。
「月奈さんがしっかり篭絡出来ていたからですよ」
なんて電球先生には褒められたけど、樫田先生は割と微妙な顔をしていた。まだまだ先生の常識は頑張っているようだ。身支度を整えて準備室に戻ると、私達はもう一度スポーツドリンクを飲む。そうして少し経った頃ドアがノックされ、電球先生が入ってきた。
「いっそ屋上にマットレスでも準備しますか。涼しいですよ」
「無茶を言わんでください。どう考えてもばれますよ」
「ふむ、月奈さんは乗り気の様ですが」
「月奈…」
樫田先生に半眼で睨まれて、私は緩んでいた頬を慌てて引き締める。でも仕方ない。先日の公園以来、外で脱ぐ解放感を私は覚えてしまった。皆には秘密にしているけれど、自室のベランダに出て自分を慰めたりもしている。
「まあそれは追々というところでしょう。喫緊の課題は負担なくセックスの出来る環境の確保ですね」
そう言って先生は顎を摩ると私に視線を送ってきた。
「当てがない訳ではないのですが、問題は今の月奈さんで解決出来るかですね」
「私ですか?」
聞き返すと先生は神妙な顔で頷く。あの顔はまた悪い事を絶対に考えている。
「保険医の柳先生ですが、最近とても参っている様なのですよ。彼の弱みにつけこ…もとい励ましてあげることが出来れば」
「ええと、つまり柳先生をワルイオトナにすればいいんですか?」
言いながら私は樫田先生を見る。先生はなんていうかチベットスナギツネみたいな顔をしている。
「簡単ではありません。柳先生の悩みは性的なものでは無いようですからね。樫田先生のように誘惑しても上手くいかないでしょう」
先生の言葉に私は腕を組んで考える。すると樫田先生が咳払いをして口を開いた。
「取り合えず今日は解散にしないか?送っていくよ」
先生の言葉に甘えて私は近くの公園まで送ってもらう。その間に樫田先生は柳先生の事を色々教えてくれた。体育は保健室を使う事が多いから結構仲がいいらしい。
「男で保険医ってのは珍しくてな。色々気苦労もあるみたいだ。女子の保護者からクレームとかな」
「クレーム?」
「ほら、保険医は色々とその、出来るだろう?俺達体育教師もだが、直接触れる機会が他の先生とは段違いだ。だから中には男が女子の体育や保険を見るべきじゃないって意見もある。…月奈に手を出した俺は何も言えんがな」
「先生、後悔してる?」
思わずそう聞いてしまう。すると先生は苦笑しながら答えた。
「まったくしてないって言ったら噓になるな。今でも手を出したのは間違いだと思ってる」
そこまで言うと、先生は突然私の手を掴み自分の股間を握らせた。
「けどまあ、体は正直でな。月奈無しの生活なんて考えられない。だから、柳先生にも是非こちらに来てもらおう。まだまだ全然シ足りないからな」
そういう先生に私はニッコリと笑い、オチンポを優しく摩った。
「珍しいですね、立花さん。どうしました?」
翌日のお昼休み、私は早速保健室に来ていた。色々聞いても、まずは柳先生を見なければ始まらないと思ったからだ。
「ちょっと食欲が無くて」
私がそう言うと、柳先生は真面目な表情で薬棚に向かう。
「腹痛はありますか?吐き気や眩暈は?」
言いながら体温計を差し出してくる先生。丁寧で優しい声音。うん、これは強敵だ。
「すこし胸がモヤモヤします」
「うーん、熱は無いですね。昨日は何を食べましたか?」
「普通にご飯でした、あ、でもお風呂の後にアイスを食べました」
「そうなると少し胃が疲れたのかもしれませんね。暑くなってききましたが、冷たいものばかり食べると子供でもそうなることがあります」
そう言って先生は苦笑して胃薬を渡してくれた。その態度も表情も完璧だけど、私はつい聞いてしまった。
「先生もお腹が痛いんですか?」
「えっ?」
私の質問に先生は驚いた表情になった。多分当たりだと思う。なんて言うか先生の行動は完璧過ぎて、何かを隠しているようにしか見えなかったのだ。
「…心配させてしまいましたかね。ええ、ちょっと今日は調子が良くないのです。皆には黙っていて下さいね?」
保険の先生が不健康だなんて、皆が言う事を聞かなくなっちゃいます。なんて先生は人差し指を口の前に立ててお願いしてくる。そんな頑張っている先生の姿に私は胸が高鳴るのを感じる。樫田先生情報によれば、柳先生はもう退職を考えるくらい追い詰められているらしい。そんな状態でも、私達を心配させまいと行動してくれている。そんな優しい人が傷ついたままなんて、なんだかとってもモヤモヤする。
「はい、先生と私だけの秘密ですね」
そう言って私は一旦引き下がる。お昼休みは時間も短いし誰かが来る可能性も高い。ちゃんと話すなら放課後の方が都合がいいと思ったのだ。休み時間に樫田先生を捕まえて、柳先生に放課後残ってもらえるよう細工をお願いする。そしてあれこれと考えていると、あっという間に放課後になってしまった。
「よし、行こう」
気合いを入れて保健室のドアを開く。ノックもせずに入ったから、柳先生は驚いた顔でこっちを見て口を開いた。
「立花さん?一体どうしたんですか?」
そんな先生に、私は自分の素直な気持ちを伝えた。
「具合が悪そうなのが気になっちゃって。先生、無理とかしてませんか?」
先生は驚いた表情から一瞬辛そうな顔になって、最後は困った笑顔になる。そして溜息を吐くと私の問いかけに返事をした。
「そうですね、正直参っていましたが立花さんのおかげで決心が付きました。もう大丈夫ですよ」
そんな事を言う先生に私は眉をひそめて問い返す。
「決心って、学校を辞めるって事ですか?」
私の言葉に先生は苦々しい顔になり、樫田先生だな、なんて呟いた。そして取り繕うようにお面みたいな笑顔になって答える。
「ええ、少し前から考えていたんですがね。どうも僕はこの仕事に向いていないようです」
意味が解らない。こんなに優しい先生がなんで向いてないなんて思うんだろう。
「先生はすっごく優しいし、向いてないなんて事、無いと思います」
「優しいだけでは駄目なんですよ。私は先生なのに立花さんに心配をさせてしまった。そんなの教師として失格です」
そう言う先生がなんだか腹立たしく思えて、私は思わず先生に近付いた。
「生徒が先生の心配しちゃいけないんですか?」
「違います、先生が生徒に心配をさせてはいけないと――」
「嘘」
「立花さん?」
「先生、嘘ついてます。本当はもっと違う理由があるんでしょ?」
「……」
沈黙する先生に私は笑いかける。
「本当の事、言ってよ先生。いいじゃないですか、どうせもう辞めるなら、最後に少しくらい生徒に愚痴を言っても良いんじゃないですか?」
そう聞くと、先生は大きく酷く苦しそうな顔をした後大きく溜息を吐いた。そして時計の秒針の音が響く中で、小さく、本当に小さく話し始めた。