虹のエロフェスタ ~公とEと笹~ 作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)
――フェスは無事に終了した。男女の性臭で満ちた会場では後片づけが進んでおり、タレントたちは思いおもいのアフタートークに興じていた。
「おいおい社~、さっきまでどこに行ってたんだ? あの後ドーラが『儂のファンサービスは要らんのか!?』とか言って、盛大にやらかしてて面白かったのに」
「…………ああ……」
会場内の通路でチャイカに絡まれる社だったが、その顔からは魂が抜けていた。
まるで二日間の徹夜をかました後に取った配信枠のように、声と目から覇気が失われていた。
「クンクン……これは、恋のニオイね……! 社、さっきまでヌいてた?」
「っ……!? そんなんじゃねえよバカ……! そういうお前はどうなんだよ……?」
「私はオカマよ。どっちもイケるに決まってんだろ」
「頼むから質問に答えようとする努力をしてくれ!! その答えはなんか不安だ!!」
「ねぇーん♡わたしぃ、社クンのこともっと知りたァい……♡ おい教えろよ……誰のブースに一般人のフリして参加してきたんだよォ……!?」
「ぶ、ブースになんか行ってねえって……! 俺、今日は『友人に頼まれてきただけ』って言っただろ……!?」
「ウソおっしゃい! フェスの発表時からずっと様子がおかしかったクセに……最初から、エロいことをシたいオンナがいたんだろ? 他の奴らみたいに、こっそりしっぽり楽しむつもりだったんだろ!?」
「…………いや……違うって。ガチの話だけど……目当てのブースなんて……ここには、なかったからさ……」
社は口元を手で押さえて、何ヶ月も溜め込んでいた憂鬱と、ようやく舞い込んでくれた安堵を同時に噛み殺した。
この18禁イベントにおいて、タレントはある条件を満たさない限りは参加が義務付けられていた。その条件とは――。
「……それは残念だったな。『恋人、あるいは将来を誓った人に〝操〟を立てるため』って理由で事務所と誓約をしたヤツは不参加になってたし……ま、社のこじれた性癖に合致するブースがなくてもおかしくないぞ。安心しろ、お前は異常じゃないゾ♪」
――『自分には他人と性行為をしたくない理由がある』と意思表示をし、ウソ発見器による精査で真摯な愛情を認められた場合のみ、不参加を認められていたのだ。
もちろん、この条件はオフレコとなっている。参加したタレントたちは『ファンサービス精神が異常に旺盛』だと思われるだけで、不参加者たちが不義を問われることはない――のだが、社たちのように内部の情報を知っている者には別の意味が生じていた。
……つまり。不参加を表明できた時点でその人には〝イイひと〟が存在していることの証明となり、もしもそのタレントに好意を寄せていたとしても、脈ナシであることが確定となってしまうのだ。
社は発表時の参加メンバーのリストを見て、無表情を保ちながら――期待していた名前が載っていないことを冷や汗だくだくになりながら、何度も、何度も確認して――心の中で何かがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じていた。
『意外だな~』と思う一方で、『やっぱりな!あー知ってた!はいはい!!』と思う自分がいた。最初から『釣り合わないだろう』と諦めていたクセに、なかなか消えてくれなかった熱い気持ちが――フッと極寒の空気に晒されたような、途方もない喪失感を覚えてしまった。
推しているオタク向け情報サービスが提供を終了してしまったとき以上に、強いショックを受けていた。目が回るほどに世界が揺れて、膝から崩れ落ちてしまうほどの苦悩に見舞われた。
それ以来、昼はヤケクソになって仕事に打ち込み、夜は配信と酒に気持ちを偏らせる毎日が続いていた。ファンや同僚からは『かわいそうなぐらいに荒れている』だの、『大丈夫? 話、聞こか?』だのと言われるほどに、社のメンタルはグズグズになっていたのだ。
……どれだけ寝て起きても、あの、人を小馬鹿にしたような……精巧で自分の好みにピッタリなアニメキャラよりも、キュンとした切なさを覚えるほどに可愛く感じてしまう美少女の顔が忘れられない。どれだけ酒をあおっても……収録やコラボで耳にした、心をくすぐるような可憐すぎる声音を思い出してしまう。
……社は、若かりし学生の頃のような甘酸っぱい青春の残滓と、小さな世界の終焉に等しい絶望感を同時に味わっていたのだが……その悶々とした毎日に、ようやく答えを見出せそうだった。
「大きなお世話だよ……っていうか、そんなにこじれた性癖してねぇよ……普通だ、普通……」
チャイカの謎の追及から逃れられそうな気配に胸を撫で下ろした社だったが――そのガッチリした肩から力が抜けた瞬間、筋肉質なハーフエルフにアームロックを掛けられてしまう。
「――って、そんなウソに騙されるワケねーだろ社ォ! あなたのシャツに、このまっ黒いテクスチャーがぶっちゅううう!♡って残っているじゃないのよ!! お前マジでどこのブースにコ〇ンの犯人役みたいな格好で紛れ込んだんだ!? 逆に浮かなかったのか!? センス良すぎるだろ!?」
「そんなキスマークみたいに言われて――えっ……マジで……!?」
チャイカが「黒海苔、髪に付いてたぞ」と身体の表面についていた剥ぎ取り、データ片をパリパリと咀嚼する。
「…………それ、食えんの……? えっ……こわぁい……!」
「やっぱり便利……♡ ボクの〝薄っぺらな嘘〟♡♡」
「たしかにドッキリはさせられてるけどさぁ……お前それ、食当たりとかにならねえの?」
「大丈夫だよ。蝶の幼虫って、孵化してから一番最初に自分が入っていた卵の殻を食べるっていうだろ? ほら、何も驚くことはないさ」
「そっか……それ聞いて『大丈夫』って思えるお前には驚きを重ねられてばかりだけどな……」
チャイカに意味不明なダル絡みをされながら、社は自分の身体にテクスチャーの残滓が残っていないことを確かめる。
「シフトがダルいから代わってくれ」と自分を呼び出して、プログラムで身体の自由を奪ってテクスチャーを貼り付けてきた霊媒少女に恨みを飛ばしながら――社はスマホを取り出し、メッセージアプリを起動した。
『あのときの言葉って、まだ期限残ってる?』
それなりに思い出を共有しているはずの相手に、そんな言葉を送ってから数分後――突然、椎名からの着信があった。
「あっ、おい椎名……! さっきのはいったいどういう――」
『笹木になに言ったの?』
「――……え……? いや、なんも言ってないけど……」
『ウソ。咲ちゃ――笹木が胸に抱きついてきて離れんからわかるんよ、おめーのせいだって。冗談言えるような状況じゃねーからさ、早く用件済ませようぜ?』
受話口から聞こえた真剣なトーンが、社に苦虫を噛み潰させた。
ガシガシと頭を掻いて、頭を飛び交う言葉たちから適切なものを選んでいく。
「ねぇーん、誰と通話してんのよーん? さっきまで一緒に居たオンナだろ? 私も入れてよ」と絡んでくるチャイカを押し退けて、スマホを強く握りながら答える。
「……いや……たいしたことじゃない。あいつに……昔聞かれて、返事できなかったことについて……ちょっと確認しただけだよ」
『ふーん? そんなんで笹木が――え、なんて……? ふんふん…………えー、【ちゃんと直接言ってほしい】ってさ。あんた、マジでなんて言ったん?』
「……………………はぁー…………お前ら、今どこに居る?」
『ホテルのあたしたちの部屋ー。部屋番号は――――ね』
「ん。それと椎名、ひとつだけ聞かせてくれ……お前、なんでこんなことをした?」
社の問いに対し――笹木と同じくフェスに不参加だった椎名は、一瞬だけ息を詰まらせて――『ないしょ』とだけ答えた。
『あ、ちなみにさー、笹木がさっきお風呂でせいえk――あっ♡ちょっとなんで胸触んのぉっ……やっ♡待って、べつに余計なこと言ってなっ――あっ♡そこっ♡まだアツいからっ――はぁああっ――♡』
椎名の悩ましげな吐息と、海獣のような咆哮が聞こえたとともに、ブツリと通話が切れてしまった。
社が大きなため息をつくと――いつの間にか隣に佇み、聞きエルフ耳を立てて、ワッ〇のように達観した顔を浮かべていたチャイカが、ポンと肩を叩く。
「……社……」
「……なんだよ?」
「……オナ電、楽しいよな」
「…………うん、そうだな。お前は、いつも楽しそうだな」
「ははっ……よせよ、照れるだろ?」
「ワハハハハハ! お前無敵すぎない?」
ニッコニコに笑った社は、チャイカに親指を立てて見せ――「仕事が残っているから」と告げて、会場を後にする。
人生で最高にドキッとした瞬間をくれた、〝ウザいけどそれ以上に魅力的で、ずっと気になっていた同僚の女性〟のもとへ向かうために。
ガチャやくじなど、今までいろいろな勝ち目の薄い非合理なギャンブルに手を出してきた社だったが――〝どうやっても勝ち目がゼロ〟の戦いには挑んでこなかった。
ほぼ接点がない女性にワンチャンを望んで告白をするのは、ラブコメやメロドラマしか履修してこなかった陰キャオタク特有の〝負け確ムーブ〟である。
社がそのことに気づいたのは――異性への興味が、最高潮だと思っていた〝恋〟からさらに深まっていく過程に、唯一無二の楽しさを覚えてきたことに起因する。
一緒にゲームをするのが楽しい。生意気で傍若無人なようで、ちゃんと周囲を見られる心の広さを感じる。隣を任せて安心できる包容力がある。『次は一緒に何をしようか?』と無意識に思うほど、自分の人生に入り込んでくる存在感に……いつの間にか、心から恋い焦がれていた。
高い評価を付けるだけでも、数えきれないほどの良さを魅せる少女をすぐ近くで見てきた。ビジュアルに一目惚れするのではなく、深まる関係性を繋がりとして辿りながらハマっていく、愛の深みに常識を融かされる刺激に病みつきになっていた。
それでも……住む世界が違うと感じていた。心の距離が空いているから楽しいのだと思い込んでいた。自分には釣り合わないひとだと、一線を引いたところから眺めるばかりだった。
そんな相手に、かつてと確率がまったく変わらない勝負を挑もうとしている。かつての自分なら「やめろ!」とその愚行を止めたことだろう。
しかし今は、超絶ラッキーガールのお節介のおかげで、ギャンブルの醍醐味が失われるほどの勝機を予感している。まるで、天井に達したガチャを見ているほどに――結果は〝明らか〟だったのだ。
「……こんなにつまらない勝負、他に存在しないだろうが……おりるわけには、いかないよな……」
番組が終わってからずっと覚えていた喪失感を埋めてくれた、絡みつくほどの温もりが――この、勝ちしか見えないのに、なぜかドキドキが止まらない勝負を求めさせてくる。
その勝負の終わりは、いつか夢見た虹のふもとに辿り着くようなものであって、その先にも続く道があると感じていた。
「……あいつ……何をどうしたら、喜んでくれっかな……?」
社は凝った肩を回し、少し腫れた唇を撫でてから――終わらぬ期待に思いを馳せて、勝利の先へ続く道を歩み始めた。
おわり