Rationalis Platinum 作:TSれメロス
Orandum est ut sit mens sana in corpore sano.
―――即ち、汝等が真に
其の正しき祈は「健全な精神は健全な肉体に宿るべし」である。
I. / Hoc unum scio: me nihil scire.
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―――ぱちぱちと爆ぜる暖炉の熾火を肌に感じながら、ふと部屋の隅にある大鏡へと目をやる。
そこにはゴシックドレスとでも呼ぶべき装いに身を纏う、銀髪紅眼の少女が写っていた。
客観視に伴って「自分」が無自覚に足を組み、腰どころか床にまでまで届きそうな長髪を、束ねるためのリボンを脚に絡めて弄んで。
さらには髪を左手の指へ巻き付け、もう片方の腕で慈しむかのように幾度も撫でつけていたことへ気づき、慌てて姿勢を正した。
……頬を染める赤みが、心体の「ズレ」に起因するものであることを切に信じたかった。
―――「記憶」を頼みにするならば、大雑把な経緯はこうだ。
悠久の時を生きる魔女。
魔を導く術を極めに窮めたそいつは、世の女という女が抱える欲望という欲望を己が衝動の赴くままに達成し続けた。
どれほどの年月を経ようが微塵も老いることなき体躯。
シミも荒れも一切ない、ビスクドールのように理論的な「完璧」を維持する肌。
屑鉄を始めとした卑金属を、無尽蔵に黄金へと替える変換術。
得た金によって、限界なく満たされていく美食・装飾・美術・骨董品。
そうした内的欲求を、概ね充足させた女の意識が「外」へ向かうのは必然であった。
名だたる美男美男子を法の許す限り際限なく「貪り」続ける様は、神話や伝承に於いてのみ語られる
『
ヒトとカネとモノに「飽きた」そいつの興味は、再び魔道へと移った。
しかし「この世」の知を魔力量に任せた使い魔の数的暴力で集積していけば、既に己の魔道が
そいつは畏れ慄いた。終わりなく湧出してくる、自身の欲求を解消できなくなる未来に。
他者からすれば欲に塗れた外道以外の何物でもなかったのだろうが、少なくともそいつにしてみればただ必死に「生きて」いただけなのだ。
故にそいつは、必死になって求めた。
求め続けた結果―――「この世」ならざる領域へ手を伸ばす術を、遂に開発するに至った。
未知の法則! 未知の知識! 未知の世界! 未知の概念!
死にも勝る永劫の空虚、それからの解放を確信したそいつに、異界の「扉」を開くことへの後悔というものはなかった。
当然のように「この世」と異界の狭間を彷徨う魂へ手を伸ばし、当然のようにそれを己に取り込んで、
―――余りに永く生き過ぎて、疾うの昔に疲弊し損耗し切っていた己の魂を、
当然のように吸収
『主様、紅茶とケーキのおかわりは要りませぬか』
「紅茶は貰う。……というか、俺は主様じゃないってもう言ったんだけど」
『いいえ、そのようなことはございませぬ。今、この世の何処を見渡しても、貴方様以外に我等の主は居りませぬ故』
「だから違うって言ってるのに……」
蜘蛛の使い魔―――
魂がもう別物だと述べてさえ『違いませぬ』と譲らない。身体が同一であるかがその基準だとでも言うのだろうか。
……まあそこに関しては半分諦めている。
何より「この世界」に関しての知識はあっても常識がない俺にとって、外付けの常識となってくれるアラーネは生命線だ。
悪いとは思っていても「従ってくれる分には助かる」という、打算的な思考はどうしても働いてしまう。
サブカルチャーではもはや一大ジャンルを築くようになった、所謂「
とは言っても正直俺の記憶は曖昧を極めており、かろうじて現代日本に生きていたこと、男であったこと、他雑多な知識類ぐらいしか残っているものはない。
何故死んだか、そもそも本当に俺は死んだのかすら今となっては不鮮明だ。
……それでも最低限「俺」を維持できる量の記憶があっただけ、まだ僥倖とは言えるのだろう。
俺の魂を吸収しようとして、逆にほぼ全て消し飛んだ「魔女」とやらの末路を一歩間違えれば俺も辿っていた訳なのだし。
そんなこんなで、気付けばこの身体に“代わって”から早一ヶ月程。
大部分はリーダー格のアラーネを筆頭にした使い魔達が、おはようからおやすみまで食事・掃除と幅広く処理してしまい、
仮に何かあっても大抵のことは、この体が雑に魔術で“どうにかできてしまう”ため、危機感皆無である程度充実した異世界ライフを俺は送れていた。
アラーネによれば、「魔女」の元へは稀に対価を支払って願いを叶えに来る者はいるが、基本的に「魔女」の住処は物流や人の流れから外れた僻地を極める上に、
鬱蒼と生い茂る
俺が人恋しさを感じていないかと聞かれればおそらく嘘になる。
……のだが、
「魔女」としての記憶がほとんど俺にはない以上、どうしてもろくでもない結果を生む未来しか見えてこない。
一方で、一週間ほど前から覚えるようになった「違和感」について考える。
この体は魔女が「完璧」を求めて作り上げたものであるため、劣化も排泄も発生しない―――らしい、と断片的な「記憶」にはある。
で、あるならば―――
完璧に「記憶」を読み取れていない以上、俺の知らない未知の欠陥があるとか言われればそれまでなのだが。
もっと言えば、先刻から何杯も上等な紅茶を口にしているはずなのに、どうにも
なにかこう、もっと
いい加減そうした、意識が隅の方から
『ほほう、それは……もうそのような時期になり申したか』
「時期?」
『ええ。今主様が感じてらっしゃるその衝動は……「
―――かちり、と。
頭のなかで
「あ――――――んっ、あぅ、っああん、ふああああっ……?」
“はつじょう”の五文字が耳朶を打った途端、全身を焦がしていた感覚が一斉に
即座に身体が言うことを聞かなくなり、腰かけていた長椅子にもたれるように背から頽れる。
表出している肌がひとりでに薄い朱へと染まり、視界が桃色の霞に包まれたようにぼやけ、
これは―――これは駄目なやつだ。嫌でも理解させられた。
ほとんど残っていない元の俺の記憶でも、かろうじて残っている「男」の認識が全力で警鐘を鳴らしている。
『主様が求めた「完璧」な肉体というのは、端的に述べてしまえば「
「さ、サキュバス……!?」
『老いず朽ちず衰えず、魔力は底無し、そして肉体の「感度」も極上。
尚且つ得られる快楽は他のどの種族にも勝る。まさに「欲望」の二つ名で称される主様にとっての理想像でございました』
「なに、それ……っ!?」
『主様が仰るには、ひとつ快楽を求めるにも、妥協しないというか上死点へ達することを常に前提としておりましたので……。
その御躰は、爪先から頭髪の一本に至るまで、余す処なく極上の法悦を得られるように「計算」し尽されているそうです』
「ひ、―――っ」
『百聞は一見にしかず。御髪に触れる無礼をお赦し下さいませ』
アラーネが中空に伸ばした銀の糸が、するすると長さと太さを得て五指を持つ人の腕のように「成型」されていく。
そしてその「腕」の五指が、リボンで止められた髪の根元に挟み込むかの如く添えられて―――
「ひっ!? あっ、んっ、うう、んああああっ!?」
だというのに、手櫛で強く深く「梳かされ」ただけで、頭から秘所までを甘口の電流が貫き、躰中を走り回るような感覚が暴れ狂っていた。
視界と意識が共にちかちかと白く瞬き、全身の力が抜けて骨の髄までふにゃふにゃにされる。
蕩けて痺れる思考の中で、先ほど自分が無意識に
認識と感覚が「ズレ」て理解をできていなかっただけで、この体は淫欲に耽ることをずっと俺の自我へ求め続けていたのだ。
そして今、アラーネの言葉で俺は
“したい”“さむい”“いきたい”“せつない”“ほしい”という、何処から来たかも判らない、
指向性の希薄な欲求が脳裏に言語化されては、何ひとつとして消えずに積み重なっていく。
誰にともなく媚びて誘うような艶のある言の葉が、勝手に口からまろび出た。
「あらー、ねぇ……」
『主様。具体的に「どう」なされたいですか?』
「
『これは久しく重症でございますな……少々お待ちを。それまでしばしお眠り下さいませ』
「ふぁい……」
アラーネが「腕」を伸ばし、指が目の前で大きく渦を巻くように旋回させられる。
ぐるぐると螺旋を描くその軌道を視線で追っていると、急速に俺の意識が眠気に包まれていって。
白とピンクに染まっていた世界が、輪郭を霞ませながらゆっくりと黒く反転していく。
どこかへと底無しに堕ちていく感覚とともに、俺は自我を手放した。
『主様。「食事」をお持ちしました。お目覚め下さい』
……微睡みのそこにただよう意識へ言葉をなげかけられて、わずかに自我をとりもどす。
でも、それは本当にささやかなものだった。あたまのしょりよう量のぜんたいで言えば10ぱーせんとにも満たないくらいの。
そのごくごくちいさな意しきも、つぎ次にあたまのなかをうめつくす「こえ」におしながされてしまう。
―――「しょくじ」。このからだはおなかはへらない。でもたくさんいっぱいほしい。……なにを?
ふわふわとむじゅうりょくにただようような、はっきりしないあたまで、けだるさにつつまれたからだをおこす。
ほしい。したい。せつない。たくさん。
うまくまわらないあたまでぽつぽつと、しゅごのないことばがわいて、あたまのなかがそれでいっぱいになる。
しかいのしょうてんがもどってくると、てーぶるのむこうにあらーねじゃないだれかがいるのがみえた。
だれかがあらーねとはなしている。
「おい。本当に俺がこの身を捧げれば、うちの村を助けてくれるんだろうな?」
『貴方とて知らぬ訳ではないでしょう。「欲望の魔女」が約定を違えたことは“一度としてない”と』
「そういう伝承は確かにあるが……こんな小さな子供に何ができるってんだよ」
『子供、ですか。ふむ……確かに、言い得て妙ではありますな。事実、
なにかいってるけど、うまくないようがあたまにはいってこない。
そんなことよりほしい。いっぱいほしい。あまくてとろけるようなにおいが、めのまえのだれかからただよってくる。
『主様。この者との間には一族の村を救う代価に「全てを捧げる」契約が交わされました』
「……けいやく」
そのよんもじだけは、ぜんぶのしこうがとけるぐずぐずのあたまでも、なぜかみょうにはっきりきこえた。
『飢えた主様にもわかりやすく、端的に述べるのであれば―――「
かちり。
かちかちかちかちかち。ぱちぱちぱちぱちぱちん。
あらーねのことばをいしきでりかいするよりさきに。
あたまのなかにいっぱいある「
そしてだれかのささやくような、したなめずりするようなひびきのことばが、どこかできこえた、きがする。
――――――いただきます! さあ、わたしのわたしをいっぱいたべてっ!
< 5 >
なぜかはしらないけど、ほほがゆるんでくちもとがゆがみ、しぎゃくてきにえいりなみかづきをえがくのをじかくした。
ゆっくりと、ゆっくりと、はんぶんいじょうよこになっていたからだをもちあげて、おいしそうな「ごはん」をしかいのちゅうしんにとらえる。
ちいさなおとこのこのすがたをした「ごはん」は、なにかおそろしいものをみるようにおびえためをしている。
けどいまはとにかくおなかの「おく」がせつなくて、いっぱい“びゅーびゅー”させて、“ちゅうちゅう”して、たくさん“ごくごく”したかった。
かんがえているじぶんでもいみがよくわからないけど、とにかくそうしたかった。したかった。したい。したい。いますぐ。
ちかづいてひといきにおしたおそうとしたけど、てーぶるがじゃま。そうおもえばゆびをいしきせずに“ぱちん”とならしていた。
たったそれだけでもいっしゅんで、へやのばしょが「いま」から、おおきなべっどのある「しんしつ」にすりかわる。
「わたし」にとってはいつもやれていることだけど、「おれ」としてははじめてのことだったから、そのたっせいかんにくすくすとえみがこぼれた。
でも「ごはん」のこには、とてつもないきょうふだったらしい。あとずさりしてべっどからにげようとするけど、そうはいかない。
“ふつふつ”とわらいながらそのさまをみていれば、どれだけうしろにさがってもきょりが「ひろがらない」ことに、かれはようやくきづいたみたいだった。
そんな「ごはん」のこのひょうじょうが、こう……「ぜつぼう」にそまっていくのに、なんだかすごくぞくぞくした。とってもたのしい。
でもいいかげん、おなかの“きゅうきゅう”がげんかいだったから、「ごはん」をいただくことにした。
ゆびを“くんっ”とまげれば、つぎのしゅんかんにはもう「ごはん」がたべるのにじゃまなふくをすべてとりはらわれ、てのとどくいちにまである。
じぶんのすがたをみて、はじらうようにむねとこかんをかくすさまは、おとこのこというよりおんなのこのそれだった。
むぞうさにまたぐらをおおう、かれのてのひらをはらって、へにゃへにゃになっているかわいいおちんちんのせんたんにゆびでふれる。
そこからねもとまで“つつつぅっ”とゆびでなぞってあげれば、“ぴくぴく”とふるえてから“ぐぐぐっ”としおれていた「くき」がもちあがりはじめる。そうすればすぐに「ごはん」のこのたまものは“びきびき”の“かちかち”になってくれて、いますぐにでもせーしをどばどばだしたいといわんばかりに、そのすずぐちを“ぱくぱく”させてあぴーるしていた。
のぞみどおり、おやゆびとひとさしゆびで「わっか」をつくって、かるく“しゅっしゅっ”と、おとなのかたさとおおきさになってきたにくぼうをしごいてあげた。
「ごはん」のこは、きむすめのようなあえぎごえといっしょに、にほんのゆびからのがれようとみをよじっていた。
もちろんいまさらにがすわけがない。“ぱちん”とゆびをはじけば、うごきは「ぎゃくさいせい」でもしたかのように、そのまままきもどされる。
にげようとしたからだが、かってに「わっか」へおちんちんをぬきさしするのにあわせて「やめて」「たすけて」とかれは、いみのわからないうわごとをくちにしている。
そのさまにはなんというか、そそるような「ゆえつ」をかんじた。まるでいけすかないたにんのかざっていたぴかぴかのびじゅつひんが、あつくてまっくろなきたないものをぶちまけられ、ぜんぶだいなしにされてかおいろがまっさおになってるときのようなきぶん。
そして、「ごはん」のこのさきっぽから、じんわりとあまいにおいのする、おいしそうな「しる」がにじみでているのがみえた。
それがしかいにうつっただけで“きゅうううっ”とおなかのおくがとってもうずいて、のどがひあがったかのように“からから”になった。
もうがまんできない。じょうげのくちびるをおおきくひらいて、あたまのかりくびごとくわえこむようにつつんで―――
くちのなかにごくじょうのざーめんが“びゅうううううっ”とながれこんでくるのをかんじて、いしきが“ぷつんっ”としろくはじけて、どこかへきえた。