『アオのハコ』
小さな親切大きなお世話、とはよく言うもの。
世話役気取りの迷惑屋も珍しくない。
まあ、悪気はないんですよ。

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絡み合うアオい思惑

「――あんたは本当に、余計なことばかりするんだから」

 溜め息混じりの呆れ声を受け、正座のまま震えているのは我がバド部のマネージャー。そして俺もまた、その隣で正座させられている。

 なぜこうなったのか、それは目の前にいる花恋さんが言う通り。菖蒲が色々と余計なことをやらかし、そのせいで俺も怒られている。途中で止められなかった、受け入れてしまった俺も同罪だから。そんなシンプルかつ、言い訳の仕様がない理由。

 何であんな馬鹿な話を信じた、俺。

 いくらなんでも迂闊すぎたし、不用心だった。

 こいつはマネージャーとして有能ではあるけど、蛸足配線上等のビッチビチな恋愛観の持ち主なんだから。

 

 

「ちーちゃんってね、好きな人いるんだよ? だからさぁ、ひなっちに変えなよぉ」

 昼休みの屋上というロケーションでヘラヘラ笑いながらそんな事を言えるのが、この菖蒲という女。つい先日マネージャーになったと思ったらすぐ部に馴染み、いつのまにか取り巻きまでいやがる。恋愛観と言うか感性が完全に宇宙人で、あれこれあって俺は先輩への想いを白状させられてしまった。その上でコイツはどういうわけか雛とも仲良くなってて、俺とくっつけようとしている。なんだその異次元なお節介焼きは。

 もしこう言われたのが文化祭の前辺りだったらきっと、俺は二度と立ち上がれなくなっていただろう。

 だけど俺はもう、分かっている。

「変えるとか変えないとか、そういうんじゃないんだ。先輩が誰を好きだって関係ない、俺は何があっても千夏先輩が好きだ」

 雛を意識していないと言えば嘘になるし、菖蒲が言う通り試しに付き合ってみたら、きっとそのまま好きになるかもしれない。アイツはアイツで大事な友(・)達(・)で、嫌いになんかなれない。でもそれは、千夏先輩へ向ける気持ちとは違う。

 それに千夏先輩が俺を好きになってくれなくても、俺は絶対に今の気持ちを見失わない。ここで日和ったら、それこそ雛に申し訳がたたないじゃないか。雛は俺に先輩を好きなままで良い、と言ってくれたんだ。それがどれだけ辛いか、今の俺は理解できる。

 もちろん悔しいし、正直苦しい。だけどここで逃げるなんて、嫌だ。

「あー……っそ。呆れるよぉ、あんな良い子に告られといてぇ」

 それはそうかもしれないし、後で悔やんだりもするだろう。

 それでも俺は変わらない、悔やむことさえ楽しんでやる。だって俺、ドMだし。

「まあ、良いんだけどさぁ。でもさ、別に一回ちょっと付き合うくらい良いじゃん? 好きな人がいて、でも好きになってくれたからとりあえず付き合ってあげるとか普通でしょ。菖蒲も遊佐くん好きだけど、村岡くんとかとも遊(・)ぶ(・)しぃ」

 ……この女は本当に、どうなってんだろう。そのうち俺と針生先輩以外の男バト部員、全員コイツの元カレになるんじゃないのか。マトモな倫理観を期待しちゃいけないんだろう、コイツには。

 それこそそれは個人の自由なんだけど、さ。

「俺はそういう事が出来るほど器用じゃないって、向いてないんだよ」

 俺は馬鹿で不器用で、真っ直ぐにしか進めない。倒れるまで突き進む事しか出来ないから、ひたすら歩き続けるだけだ。

 いつかは届く、と信じて。

「ふー……ん。でもさ、菖蒲はひなっちの応(・)援(・)したいかな。ひなっち友達だし、菖蒲は頑張ってる子の味方だし。あーだけど、ちーちゃんも幸せになって欲しいしなーどうしようかなー」

 菖蒲忙しいな~大変だな~と頭を抱えているのは良いけど、俺の事は応援してくれないのかよ。俺だって頑張ってるのに。とりあえず微笑ましく見守っていると、聞こえてきたのは予鈴の音。

 もうじき五限が始まる、そろそろ戻らないと。

「何でも良いけどさ、あんまり変なことしないでくれよ」

「……ふふん」

 何やら余計なことをしそうな笑顔を背に俺は立ち上がり、教室へと戻っていく。なんとなく嫌な予感はするけれど、出席日数も大事だから。

 

 菖蒲が急に静かになって、数週間が過ぎた。おとなしいのは良いんだけど、何かの前振りみたいで不安でもある。

 このまま黙っている訳がない、絶対めんどくさくて厄介な事をやらかす。付き合いは長くないけど、その辺は確信できるから。

 そんな事を考えつつ練習に励んでいたのだが――。

「いのたー、ちょっとー」

 投げ遣りな声に振り替えると、噂をすれば影というか菖蒲がやって来ていた。……どういう訳かちょっとげんなりとしてるけど、それを問う暇もなく俺の腕をつかんで引っ張っていく。

 どうせまた妙なことをして失敗したんだろ、と思いながら付いていく俺。それを察したように、菖蒲はぽつぽつと呟き始める。

「んー……上手くいかなかったんだよねー……。ちーちゃんが好きなの、グラデ先輩じゃなくてさー……」

 どうも良く分からないが、目論みは外れたようだ。それにグラデ先輩って、あの留学してたっていうバスケ部の人だろうか。そりゃ仲は良さそうだったけど、先輩自身はいつもの営業スマイルしかしていなかった。……と思う。

 条件で言えば千夏先輩とお似合いだろうけど、人を好きになるってそういう事じゃない。

 それにどうなろうと、俺がすることは変わらないんだし。

 しかし、だ。そんな事を言うために、わざわざ俺を引っ張り回す気なんだろうか。それより練習したいんだけど、と言おうとした矢先。

「とりあえずこっちは上手くいきそうだし、それでいっかなぁ」

 なんて軽く言いながら菖蒲は俺をつかむ手に力を込めて、――第二用具室目掛け思いっきり投げ飛ばしたのだ。

 突然重心が崩されて俺はそのまま倒れこむも、痛みは感じなかった。どういう訳か、床にマットが敷かれていたから。明らかに俺をここに放り込もうと用意された、そうとしか思えない。 

 どういうつもりだと問いただそうとした俺はでも、なにも言うことが出来なくなってしまう。それよりもずっととんでもない事が、目の前で起こっているのだから。

「あ、大喜……。ホントに連れてきてくれたんだね、菖蒲」

 暗がりの中で微笑む雛、その白い肌を遮るものは何一つ無い。正真正銘の、裸体がそこにある。

 もちろん女子の裸なんて、生まれてこの方見たことはない。その美しさは目を釘付けにして余り有る、でも。それでも、俺は根性でどうにか目をそらす。

「ど、どういうつもり……だっ」 

 しかしそらしたはずの視線は、後ろから伸びてきた手で強引に合わせられてしまう。

「なんかさぁ、もう面倒なんだよねぇ。いのたもオトコだし、一回しちゃえばひなっちを好きになるんじゃないかなーって」

 もしなんなくても責任とらせれば良いし、と怖いことを言う菖蒲。その弁に背筋が凍りかける。

 そんな嫁き遅れOLの捨て身婚活みたいな事を、なんで平気でやらせようとしてるんだこのバカは。そしてそれに乗る方も乗る方だ、……そう思いはすれども。

 雛の顔を見て、それを口に出せなくなってしまう。

 真剣に、真っ直ぐにしか俺を見据えるその顔。肌をさらす事が恥ずかしくない訳がない、こんなバカな話を信じ込むほどバカでもない筈だ。それでも尚、こうしている。俺の事が、好きだから。

 俺が千夏先輩を好きでいるのと同じくらいに強い気持ちが、その瞳に宿っている。

 逃げるな、と訴えるその視線は俺を縛り付けて放さない。

「だいじょーぶ、菖蒲にお任せ! 二人ともちゃーんと気持ち良くなれるように、菖蒲がアシストするからねぇ~」

 ……一人だけ楽しそうな菖蒲の声は、何処か遠く聞こえた。

 

 グチュグチュと溢れる粘っこい水音が、卑猥なユニゾンを奏でている。

 菖蒲の指先は雛の脚の間を這い回り、そのオンナノコを掘削するように掻き回していく。指が動く度に飛沫が飛んでマットを汚し、雛の口からは蕩けたような喘ぎしか出てこない。そして雛を翻弄している菖蒲自信の顔は俺の下半身に埋まり、その口が俺(・)を呑み込んで愛撫し続ける。

 締め上げる唇、幹をなぞる舌。熱く柔らかい口腔粘膜は、俺からも理性を奪おうとしていく。

 二人まとめて菖蒲に骨抜きにされている、異様な光景。

 こんなメチャクチャな事が限実にあってたまるか、と思うけど今実際に起きているんだ。

「んむっ、……っ。んー、いのた元気だねー。これだったら中折れとかしないで、最(・)後(・)まで頑張れそうだねぇ」

 顔を上げて笑いながら、雛から引き抜いた指で俺をしごきたてる。背中の裏がゾワゾワと粟立ち、見知った感覚……射精の前兆が込み上げてきたのもつかの間、菖蒲はすぐにその手を止めてしまった。

 そして再び雛へと向けられた指は、くちゅりと音を立てて雛の「入口」を割り拡げていく。露になった身体の内側は、誘うように妖しく蠢いている。

 雛の中に通じる、ただ一本の道。ここを通(・)る(・)資格があるのは、雛が愛し雛を愛する人だけ。それは――俺じゃない。俺であってはならない。

 俺が好きなのは、どこまで行っても千夏先輩なのだから。

 でもそんなのは、菖蒲には通じない。

「じゃーぁ、そろそろしちゃおうねぇ~。これだけ解したら、ひなっちも痛くないでしょ」

 抵抗の意思は四肢に伝わらず、腰を掴まれた俺は菖蒲に支えられながらよろよろと雛へ覆い被さっていく。

 指が離れてもまだ口を開けたままになったそこに、俺の先端が埋まっていくのが他人事のようにも思えてしまいそうになる。でも伝わってくる熱と肉を押し広げる感触は、これが現実である事を疑わせてくれない。

「あ、あー……っ、ぁぃ……」

 雛の呻き声は聞こえていても、腰は止まらない。菖蒲の手に動かされているからか、それとも――。

 そこまで考えた、その時。俺の先端は何か軟らかい部分に突き当たり、雛の身体は大きく揺れた。これがどういう意味なのか、頭より先に身体が理解していた。雛の最奥、子宮に俺は触れている。雛の中を入口から全て、知ってしまったんだ。

 それに気付いた途端、暴力的な快感が襲ってきた。菖蒲の口も、手も、これには遠く及ばない。

「おぉー、いのた激しぃ~。やっぱ相性良いってぇ、ひなっちといのたぁ」

 はしゃいだ声が耳に入ってようやく、俺は自分が腰を振っている事に気がついた。

 気持ちよすぎて、止まらない。獣のようにただ、動き続ける。

 そして――。

「うぁ、あ……あっ!」

 快感の濁流は堰を撥ね飛ばし、一気に溢れだした。膣内射精、という行為の意味くらい知っている。雛の将来を人生を、メチャクチャにしてしまう。分かっていても尚、いや分かっているからこそ止められない。この快感に、抗えない。

 脊椎を貫く白い電流が収まるまで俺はただ雛へと精を注ぎ続け、そしてゆっくりと崩れ落ちた。

 どうやら雛にしても同じような状態だったのだろう、その顔は惚けきっている。

「はーい、おめでとさーん。さぁさぁいのた、どうだったー?」

 荒い息を吐きあう俺たちをからかうように、菖蒲は笑う。きっと聞きたいのは、気持ちよかったかどうかとかじゃない。もっともっと、深い部分。

 それはわかっている、だけど俺は――。

 

 身体は熱が引かず、焼け落ちそうに熱い。

 帰宅してからずっと、ベッドに横たわったまま動けずにいる。

 やってしまった事も言ってしまった事も、あまりにも重すぎるから。

 菖蒲が、そして雛が求めているのとはきっと、逆の事を俺は言った。

『ごめん。俺は、それでも――千夏先輩が好きだ』

 雛とセックスをした、どれほど愛されているか分かった。それを経ても、心は変わらない。冷たいとか酷いとか言われても仕方無いし、菖蒲が仄めかした通り責任云々の話になったら逃げ場がない。理屈ではそうだけど、どうにもならないんだ。俺はもう、ぶれない。変わらない。

 千夏先輩が好き、その気持ちはどうやっても覆らないから。

『だろうね、知ってるよ。……こっちこそごめん、気が収まらなくてさ』

 女子は着替え時間かかるんだから先行っててよ、と俺の背中を押して外へ出そうとするその声は、僅かに震えていた。

 雛はあのあと、どうしたんだろう。俺はどうするべきなんだろう。

 これは全部、俺のせいなんだ。もっとちゃんと向き合っていれば、雛を傷付けない道もあっただろうに。

 ――ああ、バカって辛い。

 辛いのも苦しいのも自業自得だから、背負うけどさ。

 ――と。 

「大喜くん、大丈夫? 調子悪そうだけど……」

 小さなノックと共に入ってきたのは、誰あろう千夏先輩。

 気まずいなんてもんじゃないけど、でもどうにか平生を装って大丈夫ですよと先輩に返す。心配させたくないし、何よりこんなこと話せるもんか。

 なんとか当たり障り無く過ごして部屋へとお戻り頂こう、と雑談の種を脳内検索してはみるものの、すぐにそれは中断されてしまう。

 先輩の手の甲に、大きなカットバンが貼られているのが目に入ったから。

 どうしたんだろう、先輩はあちこち怪我はするけどあんなところに?

 何かあったんだろうか、と言うより早く千夏先輩はズイッと俺の方へと寄ってきた。

「さっき松岡くんに迫られてさ、つい手加減なしで殴っちゃったんだよね。……どうも菖蒲ちゃんがあれこれ吹き込んだらしいんだけど、大喜くん何か知らないかな?」

 口調は軽く、顔は微笑みを浮かべていて。でもその目は――笑っていない、静かな怒りを湛えている。

 これは、これは。……不味い、よな。

 

「なるほど、なるほど。菖蒲ちゃんはそんな事を、ねえ……。私が好きなのは松岡くんじゃないんだけど、な」

 雛との事以外なにもかも粗方吐かされた俺は、土下座のまま千夏先輩に頭を踏まれている。砕かない分まだ優しいと思いたい。

 菖蒲が言っていた事も企んだ事も全てぶちまけ、俺は裁定を委ねるだけだ。それにこれで分かるんだ、千夏先輩は誰が好きなのか、詳しい事を知っておきたい。負けるにしたって、相手の名前くらいは覚えておかないと。

 グリグリと後頭部に食い込む踵に耐えつつ、覚悟を決める。どんな名前が出ても、驚かないように。

「私が好きなのは、……大喜くんなんだからさ」

 瞬間、身体がビクンと痙攣した。踏みつけられてなければ、跳ね上がっていたかもしれない。

 いや、そんなまさか。そこまで都合の良い話がどこに有るのか。

 信じられない、でも。千夏先輩の声は、真剣そのものだ。

「あとは大喜くんの気持ちだけ。……どうする?」

 小さく言うと先輩は俺の頭から足を下ろした。

 どうするもなにも、俺は千夏先輩が好きだ。両想いになれるなら、これほどの光栄はない。

 ……でも、だ。良いんだろうか。千夏先輩に、雛との間に起きた事を話さなくて。だけどそれを告げたら、きっと先輩は俺に愛想を尽かすだろう。嫌われない為に嘘を吐き続ける、そんなのは果たして正しいんだろうか。

 嬉しさと罪悪感がない交ぜになって、俺は土下座の姿勢を維持したまま泣いていた――。

 

 

「……それもこれも全部、うちの愚妹が悪いのよね……」

 大きな溜め息をまた一つ、花恋さんは呆れた顔で俺たちを見下ろす。

 手詰まりになった俺は花恋さんに全てを打ち明け、その結果こうやって並んで怒られているわけだ。

 俺の気持ちは変わらないし、両想いにもなれた。でも一方で、雛との関係をどうして良いか分からなくなっている。

 先輩に好きだと言われたと雛にも伝えはしたけれど、でも「それは別に良い」とアッサリ言われてしまった。誰を好きだろうと関係ない、好きで居続けるだけだ、と。俺自身がそう思ってただけあって、それを崩す手は思い付かない。

 それに、だ。どうにか説(・)得(・)しようとした俺に、雛はこう言った。自分のお腹に手を当て「しょうがないパパでちゅねー」と。

 そう、菖蒲と雛の企みは、俺が思うよりもずっとタチが悪かったのだ。動き出すまでに時間がかかったのは、いわゆる「危険日」を狙うため。そして万が一にも千夏先輩が邪魔に入らないよう、松岡先輩を唆すのも同じ日に合わせた。

 返事がどうあれ既成事実をつくって責任取らせる、そこまでがあのバカ二人の計略だった。

 千夏先輩とはまだ手も握っていないのに、どうしてこんな事になってしまったんだ。

 ……って、俺のバカさ加減も原因の一つだけどさ。

 どう考えてもどうにもならない、八方丸くなんか収まらない。

 更に何が悪いって、俺自身が今の状況を楽しんでしまっている事。

 なんだかんだで、このメチャクチャな展開をどうにか回そうとしてる。

 だから、そう。どうにもならないけど、なんとかやっていくしかない。

 望んだ形ではなくても、明日は来るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が妹さんをブン殴ってでも、途中で止めておくべきでしたかね……」

「止めときなさい。そう言えばちーの友達の松岡って子、どうしたの?」

「先輩が全力で振り抜いたそうで、入院しました」

「…………それでよくカットバン一枚で済むわね」


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