淫蕩王ベルムハルト 作:ヒステリア
「かかれーー!!」
クラウスの一声とともに馬にまたがった騎士達が森に踏み込み、ヘンディガン兵を蹴散らしていく。
邪魔者は片づけたと弛みきり、略奪と陵辱にふけっていた賊兵ごときでは、精強なシュトゥラ騎士相手に為すすべなどなく、多くの兵がその場で斬り伏せられ、残りの兵達は両手を上げながら投降していった。
だが、『魔女の森』は広い。
森の中には先ほどのクラウスの思念通話が届いてない場所も多く、そこでは三人ものヘンディガン兵によって『魔女』が犯されようとしているところだった。
「――いや、やめて!」
「へへっ、大人しくしなって。でないと手元が狂って体のどこかを切っちまうかもしれないぜ」
頬に刃を近づけられた途端娘は「ひっ」と声を上げ、身動き一つ取れなくなる。
その様子に、兵達は下卑た笑いを漏らしながら娘の服に手をかけた。
そこへ――
「――お待ちなさい!」
「――!?」
あらぬ所からかかってきた女の声に兵達も娘も、そちらを振り返る。
そこには緑と紅の左右色違いの瞳の女騎士がいた。その隣には付き人らしき黒髪の少年がおり、二人の後ろには降りたばかりの馬が二頭その場に佇んでいた。
「今すぐその方から離れなさい。そして武器を捨ててその場に平伏しなさい。さもなくば命の保証はしませんよ!」
身長ほどの大剣を向けながら告げる女騎士に、兵達はすくみかけるが、女騎士と少年を見て考え直す。
目の前にいるのは箱入りという言葉が似合いそうな娘と、貧相な体つきの女々しい子供だ。あの剣だってこけおどしのために用意した偽物だろう。
そう思いなおすや、兵士達は顔に下卑た笑みを張り付けた。
「そいつはできねえ相談だな。何日も歩きっぱなしで疲れてるところをこの嬢ちゃんが癒してくれるって言ってくれてよ、せっかくだから甘えさせてもらうことにしたんだ……そうだよなあ?」
「……っ」
後ろ首に刃を付けられながら問われ、娘は恐怖に歪んだ表情のまま首を何度も縦に揺らす。
そこで一番近くの兵士が娘から手を放し、舐めるような視線を女騎士に向けながら言った。
「ま、おれはお嬢ちゃんでもいいぜ。体つきは貧相だが猫の耳がついてるような生き物よりはマシだ。そっちのガキなんかほっといてどうよ?」
その言葉に女騎士は二重の意味でムッとする。兵士が自分に何を要求しているのか察したことと、二十近くになって未だに膨らみが乏しい体つきのことを言われたからである。
そこで隣にいた少年が呆れた顔をしながら出てきた。
「ヴィヴィ様、こいつらは僕が――」
「いえ、私だけで大丈夫です。エレミアはここで待っていて」
エレミアという少年の手を押しのけながら、ヴィヴィ様と呼ばれた女騎士は兵達と娘の方に一歩踏み出す。そして手前にいる兵士に大剣の切っ先を向けながら言った。
「御託は結構です。それよりも早く彼女を解放しなさい。さもないと……」
「へっ。さもないとなんだ? そんな
そう言って、剣を抜きながら兵士が近づいてくる。
その瞬間、ギィンという音とともに兵士の手から剣が跳ね上がった。女騎士が大剣をふるい、兵士の剣を跳ね飛ばしたのである。
女騎士はさらに一歩踏み出し、兵士の眼前に刃を向ける。
女騎士は剣を握ったまま再び口を開いた。
「もう一度言います。今すぐ武器を捨てて彼女を解放してください。でないとどうなるか……わかりますね?」
その言葉と女騎士の冷たい目に兵達はひるみかけるが――
「このアマ、いい気になりやがって――」
そう言いながら二人目の兵士が剣を抜こうとする。そこへ――
「――はああっ!」
エレミアが魔力を帯びた右手を掲げながら突進し、兵の
そう思った直後――。
「ち、近づくな!!」
「きゃ――!」
最後の兵士が叫んだ瞬間、女騎士もエレミアも目を見張りながら動きを止める。
兵士は娘の首に腕を回し、もう片手に持っていた剣を娘の喉元に突き付けていたからだ。
「武器を捨てろ。言う通りにしなかったらどうなるかわかるよな」
娘の首に刃を近づけながら、兵士はそうのたまう。
その光景を見て女騎士――オリヴィエの脳裏に、数月前に遭遇した夜盗と彼に殺された村娘が浮かび上がった。
あの時は燃え盛る村の中で、夜盗に捕らわれた娘が彼の一物を無理やり咥えさせられていた状態だった。しかし、そこに駆けつけてきたオリヴィエ達の姿を見て、思わず娘は一物を噛んでしまった。
それに逆上した夜盗は、後ろにいるオリヴィエ達に気づかないまま、娘の頭をひっつかみ、手にしていた
その直後、エレミアの手によって夜盗は“断罪”されたものの、その程度でオリヴィエの心の傷が癒えるわけもない。
あれは自分のミスだ。あの場で名乗りを上げて賊の目を自分達に引き付けるか、問答無用で賊の腕か首を斬り落としてしまえば、娘が殺されることはなかっただろう。
初めて婦女が犯されるところを見て立ちすくんだりしなければ。もしくは賊に情けをかけようと思わなければ……。
そして今、あの時に近い光景が、オリヴィエの目の前で再現されている。
「どうした、武器を捨てろって言ってんだよ! この娘がどうなってもいいのか!?」
彼女の胸中も知らず、兵は苛立たしげにそう吐き捨てる。その隣で娘は涙を浮かべながら、助けを求めるような視線をオリヴィエ達に注いでいた。
「……」
オリヴィエはおとなしく大剣を下げる。それを見てさきほど剣を跳ね飛ばされた兵はオリヴィエ達から離れ、もう一人の兵も余裕を取り戻した。
「へっ、わかりゃいいんだ。そのまま剣を地面に置け。その後あんたには鎧を脱いでもらおうかな。へへっ」
調子に乗り、兵士はそんなことをのたまう。
そんな兵士を睨みながら、オリヴィエは――
「エレミア!」
その声に反応し、エレミアは右手を上げ、ピンと伸ばした人差し指を兵士に向け……
『ゲヴェイア・クーゲル』
そう唱えた瞬間、彼の人差し指から黄色の魔力弾が放たれ、娘に向けられていた剣を弾き飛ばす。
それを見て、娘はすぐに駆け出し兵士の手から逃れる。
彼女と入れ替わりにオリヴィエが歩を進めてくる。兵士は両手を突き出しながら――
「ま、待て! 降参だ! 降参す――」
「はあああっ!」
命乞いに耳を傾けず、オリヴィエは大剣を真横に振り賊兵の首を両断する。首から上を失った兵の体は、赤い血しぶきを吹き出しながらその場に倒れた。
その血が数滴ほどオリヴィエの顔と鎧にかかるが、彼女は気に留めることなく娘の方を見る。
助けてもらったにもかかわらず、娘は木の陰に隠れながらオリヴィエを見ていた。
その視線を寂しげに受け止めながら、オリヴィエはエレミアに目配せをする。
それを受けてエレミアは娘の方に近づき、声をかけた。
「大丈夫ですか? 賊は退治しました。もう心配いりませんよ」
「ほ、本当にもう大丈夫? …………」
恐る恐る尋ねる娘にエレミアは笑みを浮かべながら頷く。すると娘は堰を切ったように泣き出し、エレミアに抱きついた。
それを見ながら、オリヴィエは『これでよかった』のだと改めて確信する。
誰かを救うには誰かを殺めなくてはならない時もある。それに躊躇も気後れも感じてはならない。もっと早くそれに気付いていれば、“あの娘”を死なせずに済んだはずなのだから。
血を浴びながら決意を固めるオリヴィエの後ろで……。
――鬼だ。女の
武器を失いただ一人棒立ちしていた兵士は、オリヴィエを見ながら震えあがった。
時を同じくして、守護騎士達とクロゼルグは再び戦闘を再開していた。
彼女と騎士達との実力には大きな開きがあり、そのうえ数でもあちらの方が圧倒的に有利だ。
だが――
「――食べて!」
「
クロゼルグが再び召喚した悪魔が巨大化し、騎士達を呑み込もうとする。
あれに飲み込まれれば守護騎士とてひとたまりもない。
「紫電一閃!」
ヴィータとザフィーラは跳んで悪魔をかわし、その隙にシグナムは炎を纏わせたレヴァンティンで悪魔を斬り払う。
だが、その間にクロゼルグはシグナム達に背を向けて、飛んで逃げようとしていた。それを見てシグナム達は彼女を追う。今まで倒してきた『魔女』達の犠牲を無駄にしないため、逃がすわけにはいかない。
一方、クロゼルグも必死だった。
自分たちの住処を荒らし、仲間を傷つけた兵隊達に報復してやりたいのはやまやまだが、あの三人には勝てる気がしない。凌ぐのが精いっぱいだ。
だが、仲間を逃がすことはできた。それにクラウス達も駆けつけてきてくれた。クラウスやヴィヴィ様、それにミアなら、あの三人にも絶対勝てるはず! だから――
――クラウスたちが来るまで、私があいつらを食い止めなくちゃ!
クロゼルグはおもむろに止まり後ろを振り向く。そして立ち止まった守護騎士達に向かって――
『
そう叫びながら彼女が箒を掲げると、騎士達を囲む樹の枝同士が絡み合い、ぽっかりと空いていた上部分も樹冠にたっぷり蓄えられた無数の葉によって覆われ、守護騎士は樹々の中に閉じ込められる形になった。
――これで少しは時間を稼げるはず。
そう思いながら、クロゼルグが逃げようとした矢先だった。
『
「えっ――?」
真下から響いた無機質な声に、クロゼルグは思わずそちらに顔を向ける。その直後彼女に向かって黒色の弾が放たれた。
「きゃあああっ!」
弾丸を腹部に喰らい、クロゼルグは悲鳴を上げながら地面に落ちる。
彼女に黒色の弾を放ったのは――。
「はっ、まだ猫が一匹残っていやがったか。守護騎士どもが手こずってるってことは……もしかして、お前が“クロゼルグ”って奴か?」
腹を押さえながら身もだえるクロゼルグを見下ろしながら、冷たい笑みと言葉を浴びせたのは黒く染まった剣を持った金髪の男だった。その後ろには短い金髪の女と長い銀髪の女が二人並んでいる。
そこで術が解け、樹々の間からシグナムが出てくるが、地面に倒れているクロゼルグと男たちを見て彼女は戸惑いながら声をかける。
「主ベルムハルト……なぜ主がここに……?」
それに対して、ベルムハルトは気だるそうに髪を掻きながら言葉を返す。
「なぜって戦況の視察に決まってんだろう。一応今回は俺が指揮を執ってるからな……“ゲスト”もお迎えしなきゃならんし」
「ゲストだと……さっき思念通話で声をかけてきた王子のことか? まさか主、あいつらが来ることが分かってて……」
ヴィータの問いにベルムハルトはにやりとした笑みを浮かべる。その笑みは肯定を意味するものに他ならない。
そんな中で……
「お前が……お前がこいつらの……私たちの住処を荒らしたやつらの……」
クロゼルグは上半身を起こしながら、殺意のこもった目で元凶たる男を睨む。それに対してベルムハルトは愉しそうに唇の端を吊り上げながら彼女の方を見て言った。
「そうだ……と言ったらどうする?」
「――食べて!!」
クロゼルグが叫んだ瞬間、クロゼルグの横に悪魔が現れる。そして……
『
「――主!」
そう告げるとともに、悪魔は瞬く間に巨大化し、ベルムハルトを頭から飲み込む。それを見てファーレが思わず叫んだ。
しかし……。
「……つまらんな」
ベルムハルトを飲み込んだ巨大悪魔の中からそんな声が響く。その直後悪魔の中から黒色の刃が飛び出し、その胴体を縦に両断した。
「そんな……」
驚くクロゼルグや守護騎士を前に、ベルムハルトは黒いバリアを纏いながら悠然と出てくる。その傍には茶表紙の魔導書――『闇の書』が浮いていた。その姿はまさに『闇の書の主』と呼ぶにふさわしい。
「ふん――」
ベルムハルトは鼻を鳴らしながら真横に剣を振る。その瞬間、黒色の衝撃波がクロゼルグのもとに飛んでいった。
「――がはっ!」
その衝撃波でクロゼルグの体は真後ろに吹き飛び、そこに立っていた樹に背中を強く打ち付ける。その衝撃で彼女の体から悪魔たちが分離し、クロゼルグは小さな女の子の姿に戻った。ベルムハルトはそれをつまらなそうに見下ろし……。
「ったく……守護騎士が三人揃ってこんなガキに手こずってたのかよ。たまにはご主人様が手本を見せてやるか」
そう言ってベルムハルトは再び剣を振りかぶる。それを見て――
「――お、おい待て主! まだそいつの魔力は蒐集してねえんだ! それに何もこんな子供殺すことは――」
ヴィータは両手を振りながらまくしたてる。しかし、ベルムハルトは「はっ」と一笑に付し。
「知るかよ。こいつにやられた兵も結構いるんだろう。それで子供だから見逃せなんて言い分が通用するか……まっ、確かに頁は増やしたいところだし、ぎりぎり死なないようにしてやるか。その後のことを考えればここで死んだ方がましだと思うが……」
そう言って唇を吊り上げながら、ベルムハルトはクロゼルグに近づき……。
「――はあっ!」
「――っ!」
彼女に向けてベルムハルトは黒剣を振り上げる。それを見て、クロゼルグは思わず目をつぶった。
その時――
「覇王流……」
あらぬ方から届いた声に守護騎士とファーレはそちらを見る。ベルムハルトは構わず剣を振り下ろす。
――だが。
「――
あたりに響き渡るようなかけ声とともに、白色の衝撃波が飛んでくる。ベルムハルトは瞬時に身を翻し、向かってくる衝撃波を剣で弾き飛ばした。
「覇王流か……よくもまあそんな恥ずかしい名前を口に出せるもんだな。王子様よぉ」
ベルムハルトは剣を振りながら、ようやく到着した“ゲスト”に声をかける。
彼の前に立っていたのは紫と青の異色の瞳を持つ青年と、何人かの白鎧の騎士達だった。
先頭に立つ青年を見てクロゼルグは朦朧としながら声を漏らした。
「クラウス……」
『淫蕩王』ベルムハルトと『覇王』クラウスはここで初めて相まみえた。