淫蕩王ベルムハルト 作:ヒステリア
クラウスは木にもたれながら倒れているクロゼルグに目をやり、そして彼女を傷つけたベルムハルトを睨む。そんな王子をベルムハルトはへらへらした笑いを浮かべながら眺めていた。明らかにこちらを舐めている様子だ。
「オーベル騎士団長およびシュトゥラ王国第一王子、クラウス・G・S・イングヴァルトだ。まずはその子から離れろ。それから貴殿の名と出自を聞かせてもらおう。連れが身に着けているその鎧、どうみても我が国の物とは思えないからな」
クラウスは不愉快そうに眉を吊り上げたまま尋ねる。それに対しベルムハルトは言われた通り、クロゼルグから離れながら答えた。
「ベルムハルト・S・L・ヘンディガン。姓でわかるだろうがヘンディガン王国の王だ。噂に名高いクラウス王子にお会いできて光栄だ」
ベルムハルトはそう言いながら会釈するものの、その軽薄な口調と笑みからは敬意どころか見下しているのが透けて見える。
クラウスは顔をしかめながらも努めて平静さを保ちながら口を開いた。
「そちらは噂とだいぶ違うようだな。ヘンディガン王が城の外に出るのは娘漁りをする時ぐらいだと聞いていたが。だが、ここはれっきとしたシュトゥラ王国の領土だ。そのようなところになぜ貴殿がいる? この森の南はアヴリル王国の領土であり、貴国の軍が易々と通行できるわけがないはずだが……」
王達が抱えていた疑問を、クラウスは直接ぶつける。それに対して、ベルムハルトは「ククッ」と意地の悪そうな笑いを漏らしながら明かした。
「別にあの国の許可を取らなくても、ここに通じる道を持っている領主に通行を許可してもらえばいい。多少高価な手土産を渡して、整った顔立ちの侍女を何人か行儀見習いとしてしばらく預けたいと言ったら喜んで応じてくれたぜ」
「下衆が……そこまでして何の用でこの森に踏み入ってきた? 返答によっては他国の王といえど、ただで済ますことはできんが……」
領主を篭絡した方法を察し、クラウスは顔をしかめながら問いかける。しかし、ベルムハルトは臆した様子も見せず答えた。
「暇だったから、邪魔そうな森を焼き払ってやろうと思ったまでだよ。原住民もみんな追い払ったし、あとはこの森に火をつけるだけで終わる。それが済んだら俺達は帰るからあんたらで好きなだけ開拓してくれ」
「――貴様っ!」
怒りのあまりクラウスは顔を歪めながら一歩踏み出す。それを見てもベルムハルトの顔から笑みは消えなかった。
「おお、怖ええ怖ええ。そんなごつい籠手で殴られたら俺の凛々しい顔がへこんじまう。だが王子様よ、わかってんのか? 無断で領土に踏み入ったからって、他国の王に手を出そうとするってのがどういうことなのか――」
「――っ!」
その言葉にクラウスは思わず動きを止める。
理由があるとはいえ、他国の王と事を構えればすぐさま開戦となりかねない。
だが――
「貴殿こそわかっているのか? 貴殿らが行っているのは紛れもない“侵略行為”だ。我が国の領土に勝手に足を踏み入れ、そこに住まう民達までも蹂躙するような行い。シュトゥラの王子としても、民を守るべき騎士の一人としても見過ごすことはできん!」
そこまで言ってクラウスは拳を構える。
先ほどの一撃で見て取れる通り、クラウスを含めたシュトゥラ王家は徒手空拳による格闘術を得手とする。騎士の嗜みとして剣の扱いも一通り習熟しているが、彼にとって最上の武器といえば、二本の両腕を置いて他にないだろう。
それを見てベルムハルトは一歩踏み出し、黒い刃がはめ込まれた剣を構えた。
「筆おろしも済ませてねえ坊ちゃんのくせに言うじゃねえか。いいだろう、たまにはセックス以外で体を動かすとするか。……とはいえ、さすがに素手同士じゃ厳しい。こっちは剣を使わせてもらうが、かまわねえよな?」
「ふん、こちらとしてもその方が倒しがいがあるというものだ。――こい『放埒王』。その性根、言葉通り叩き直してやる!」
ベルムハルトとクラウスの一騎打ち。まさかの展開に守護騎士もシュトゥラ騎士達も言葉を失う。
そんな中、クロゼルグは
◇
一方その頃、森で無法の限りを尽くしていたヘンディガン軍はシュトゥラ騎士によって次々に征伐され、彼らの慰み者になっていた『魔女』達も次々に救出されていた。とはいえ、男達はほとんど殺され、娘達も見てくれが悪かったり激しく抵抗したり、さんざん辱められた後で無残にも殺されてしまった者も少なくなかった。
重苦しい空気に沈む『魔女』達のそばで、騎士達の一部は彼女らを引き連れて一旦この森を出る算段を立てていた。保護した『魔女』達を近くの街まで送るためである。
そんな騎士達にある娘が近づいてきた。
「……すみません騎士様、少々よろしいでしょうか?」
その声と姿に三人の騎士が振り向く。彼らに声をかけたのは猫の耳が付いた『魔女』の娘だった。ヘンディガン兵に犯されていたらしく、騎士達が見つけた時には服はボロボロに引きちぎられ、乳房や陰部が丸出しの状態で倒れていた。彼女も今は保護され、騎士達が配った毛布を身にまとっているが。
「なんだい? まだ賊が残っているかもしれないから、できればすぐに移動の準備にかかりたいんだが」
「ええ、それはわかってるんですが……どうしても騎士様に話さなければならないことがあって……」
そう言いながら娘は左右に視線を走らせる。それは誰かに聞かれていないかうかがっているようでもあり、自分が見聞きしたことが信じられず話していいか迷っているようでもあった。
そんな彼女に騎士の一人が言葉をかける。
「話したいこととはいったい何だね? まさか逃げ遅れた子が……」
「い、いいえ違います! 森を襲った兵隊達が変な物を運んでいたことを伝えたくて――」
「変な物……?」
別の騎士がおうむ返しに聞き返してくると、娘はこくりと首を縦に振って言った。
「はい。馬に乗った騎士が“ふぇあれーたー”というものを運んで回っていて……」
「ふぇあれーたー?」
騎士はその言葉を口にしながら他の二人を見る。そのうち片方がもしやと顔を引き締めた。
「それってまさか、『
「――は、はい! その騎士も聖王様が使用を禁止した兵器だって言ってました。それを使って森を焼くと、はっきり聞きました……」
娘の話を聞いて騎士達はあんぐりと口を開ける。
騎士は思わず娘の肩をつかみ――
「そ、それはいったいどこに?」
「わ、わかりません! いくつも森の中に置いていってたみたいですから。ただ、その騎士は自分の持ち分はほとんど運び終わったと……」
ぶんぶん首を振りながら娘が吐き出した一言に騎士達は愕然とする。娘の肩をつかんでいた騎士は謝りながら彼女から手を離すと、他の騎士二人に顔を向けた。
「まずいぞ。本当にフェアレーターだとしたら、この森を焼くぐらいの事は起こしかねん。すぐに殿下に伝えないと――」
「ああ。だが、殿下もヘンディガン兵どもを追って森の奥に行ってしまった。これだけ広いと思念通話も通じるかどうか。オリヴィエ様とエレミア様も一体どこにいるか……」
騎士達は顔を突き合わせてあれこれ言いあい、やがて一人が言った。
「とにかく今は『魔女』達を安全な場所まで避難させる方が先だ。俺が手勢とともに殿下を探しに行く。お前達は保護した『魔女』を外へ送りだせ。できる限り早くな」
その言葉に二人はうなずく。そんな騎士達を眺めてから『魔女』の娘は森に視線を向けた。
千年以上もこの地に広がり続けてきた『魔女の森』の歴史は、シュトゥラ王国より一足先に幕を閉じようとしていた。
◇
「はあああっ!」
戦いが始まってすぐ、クラウスはベルムハルトの元へ一直線に跳び、戦用の籠手に覆われた拳を振り上げる。だが――。
「――ふん、おらぁ!!」
ベルムハルトは剣を縦に構えてクラウスの拳を受け止め、クラウスの横顔を殴りつける。
しかしクラウスはひるまず、殴られている間に腰の後ろに下げていた右手の拳に魔力を込め――
「覇王流――空破断!!」
「――ちぃっ!」
一瞬の溜めのあとに突き出された拳から衝撃波が打ち出され、ベルムハルトはとっさに左手を突き出して防御陣を張るものの、衝撃のあまりずざざという音ともに彼の体は後ろに後退する。彼が辿った地面には半円状の跡が残っていた。
「小癪な真似を――喰らえ!!」
ベルムハルトは漆黒の剣を振るい、真空でできた黒い刃を放つ。クラウスは思わず身をよじって刃をかわすが、そこへベルムハルトが飛び込み剣を振り下ろしてきた。
「はあああっ!」
「――甘い!」
しかし、クラウスは左手の甲で剣を弾き、がら空きになったベルムハルトの顔に鋭い一撃を打ち込む。
ベルムハルトの口から「ぐふ」といううめきが漏れるものの、その一瞬後に彼は剣を振り下ろす。しかしクラウスは拳でそれを弾きもう一撃入れようと右腕を突き出すが、ベルムハルトも剣でそれを受け止めた。
「あの王子、強ええな。主と互角に渡り合ってやがる」
主が戦う姿を眺めながら口を開くヴィータに続いて、ザフィーラもうなずきながら言った。
「ああ。主も
その言葉に他の四人は言葉を返さず、心の中で同意する。
『闇の書』は優れた魔力資質の持ち主を選びだし、自らの持ち主に定める性質を持つ。つまり『闇の書の主』となる人間は皆、優れた魔導の才を持つということであり、守護騎士以上の力を持っていてもなんら不思議ではない。
しかし、ほとんどの主は守護騎士の力量を知った途端、頁の蒐集を彼らに任せて自身は自らの居住地にこもるか享楽にふけるばかりで、その才を生かそうとする者はごくわずかしかいなかった。いても危険な戦いは騎士達に任せ、自身は弱兵や民達から奪う者ばかりだ。
ベルムハルトも戦場にほとんど出てこない点では、その例に漏れないのだが……。
硬い籠手と黒い刃がぶつかり、ギィンと高い金属音が響く傍で、クラウスは口を開く。
「――やるな。噂では、城に引きこもってばかりの
「昔、父親
「――父親にだと!? まさか、貴様が家族を殺め、国を乗っ取ったのはそれが理由――いや、ならばなぜ王になった後、他国にまで手を伸ばし、その地に住む人々を蹂躙した?」
ベルムハルトがこぼした話を聞いてクラウスは思わず同情しかけるものの、すぐに気を取り直し、拳とともに問いをぶつける。そんな王子にベルムハルトはハッと笑いを浴びせながら剣を振るった。
「復讐ならもう済んだだろうってか? ちげえ、違げえよ王子様! 俺が領主や王の座を奪ったのは俺がやりたいようにやるためだ! 国中の金や女を好きなだけ手に入れるためにな。あいつらはその邪魔になるから始末しただけのこと。それが終わったら隣の国を、そこも手に入れたらその隣も手に入れたくなるってもんだろう! お前の先祖だってそうやって国を大きくしたんじゃねえのか!?」
「貴様――」
祖先を侮辱されクラウスは顔を歪めながら拳を振り上げ、相手の剣を弾き上げる。
しかしクラウスが右腕を掲げた一瞬を見計らい――
「もらった――
ベルムハルトの左手から“黒い紐状の物体”が飛び出し、クラウスの体に巻き付いた。ベルムハルトは左手を思い切り引いて、“黒い紐”を引き寄せる。それによって紐が絡みついたクラウスの体もそちらに引っ張られていった。
ベルムハルトは口を吊り上げながら右手に握った剣を振り上げ――
「はあああっ!!」
「――ぐああっ!!」
「クラウス!!」
縛られたまま、すぐそばまで引き寄せられたクラウスをベルムハルトは肩から真下に斬りつける。それを見て、今まで黙っていたクロゼルグは思わず声を張り上げた。
しかし、クラウスは激痛をこらえながら右手を後ろに下げる。その両足には小さな渦が巻き起こっていた……それは足から上半身、そして腕に伝わっていく。
これこそ『覇王流』の基礎にして、極めれば奥義ともなる技――
「覇王――――
「――ぐおおおおっ!!」
足先から練り上げた力がこもった拳で腹を思い切り殴りつけられ、ベルムハルトの体は吹き飛び、後ろの樹にぶつかる。その衝撃で樹に大きな亀裂が入り、ベルムハルトを巻き込んで真後ろに倒れた。
「――主!」
「王子――やったあ!」
砂埃の向こうに消える
しかし、クラウスは構えを緩めず、砂埃が立つ方を睨み続ける。なぜなら……
「いてて……やっぱり少しなまっちまってるな。様子見とはいえ、あそこまでまともに喰らうとは」
「――っ」
その声とともに向こうからベルムハルトが歩いてくる。右手で剣を持ったまま、左手で腹を押さえていながらくくくと笑い声を漏らしていた。
「やるじゃねえか王子……いや、クラウス。
「……」
なおも立ち上がってくる敵の姿と言葉にクラウスは顔を硬くする。ベルムハルトにとって称賛から出た言葉ではあるが、クラウスにとっては自分はまだ先祖の足元にも及ばないという意味に他ならなかった。実際、『騎士王イングヴァルト』ならベルムハルトごとき苦も無く倒せていただろう……“その先”は彼でも厳しいが。
「……さっきの一撃はなかなか悪くなかったぜ。まだ腹が痛みやがる。このまま続けたらやられちまうこともありえるな。あの女の力も試してみたいと思っていたし、そろそろ『闇の書の主』としての本気を出させてもらうか」
「――なに!?」
ベルムハルトの最後の一言にクラウスは思わず声を上げる。そんな彼を見たまま、ベルムハルトは
「来い“闇の書の意思”――こっちに来て俺と『
「はい。主ベルムハルトがお望みならば」
本来の名で呼ぶ主に
ファーレ――『闇の書の意思』は棒立ちしたままの主に体を向ける。それに対してベルムハルトは冷たい視線を向けるだけだった。
『闇の書の意思』は悲しげな顔をしながら、主に向かって踏み出し、その体を広げ主に覆いかぶさる。
クラウスやクロゼルグたちが何をと思った瞬間、ベルムハルトと『闇の書の意思』が闇に包まれた。
「『ユニゾン・イン』」
「何のつもりか知らないが――お前達の好きにさせるか!!」
クラウスは堅く握った右手を突き出し、ベルムハルト達に向けて
しかし――。
「はっ――」
鼻で笑うような声を飛ばしながら、“彼”は真横に剣を振る。
その一閃でクラウスが飛ばした衝撃波は跡形もなく斬り払われた。
クラウスはすぐに構えなおし、ベルムハルトを睨む。
しかし、ベルムハルト達を見てクラウスは驚愕に目を見開いた。クロゼルグとシュトゥラ騎士達も同様で、久しぶりに“融合”を目にする守護騎士達も呆然と“彼”に視線を注いでいた。
「待たせたなクラウス。じゃあ第二ラウンドといこうか。“融合騎”を使うのは初めてだから加減を間違えるかもしれん……殺しちまっても文句は言わねえでくれよ」
そこにいたのは
姿こそ彼と全く同じだが、髪は白く、瞳の色は紅く染まっている。その髪と瞳の色は、彼の傍にいた『闇の書の意思』と呼ばれる女と同じ色だった。
クラウスの前で変貌を遂げるベルムハルト。彼に溶け込むように一体化した『闇の書の意思』なる女。
それを崖の上から見下ろしながら、エレミアは思わずつぶやいた。
「女の人とベルムハルトが合体した? あれは一体……」
オリヴィエも眼下の様子を見て、顔をこわばらせる。
「ユニゾン……もしかしてあれは『融合騎』」
実在していたの……。
心中でそう付け足しながらオリヴィエは驚愕と恐れが混じった眼差しで、“融合騎”と合体したベルムハルトを見下ろしていた。