※この作品はR-18です。

淫蕩王ベルムハルト   作:ヒステリア

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第十四話 融合

「はああっ!」

 

 『闇の書の意思』と呼ばれた女と一つになり、変貌したベルムハルトに向かって、クラウスは跳びながら魔力のこもった拳を振り上げる。

 しかし――。

 

『主、左から来ます!』

「言われなくてもわかる! おらぁ――」

「――ぐはっ!」

 

 何者かに答えるように独りごちながらベルムハルトはクラウスの拳をかわし、がら空きになったクラウスの胴を蹴り上げ、悶絶するクラウスめがけてベルムハルトは黒剣を振り下ろす。しかし、クラウスは腹部の痛みを無理やり意識の外へ追いやり、体を後ろにひねることで剣をかわした。

 それを前にベルムハルトは舌打ち一つ漏らさず、『よくできた』と言うような笑みをクラウスに向ける。まるでギリギリで避けられるように調整したかのように。

 それに気づきクラウスは歯噛みしながら――

 

「――空破断!」

 

 魔力を纏ったままの拳を突き出し、そこから五発の気弾を放つ。その速度も威力も並のものではなく、たいていの兵なら避ける事も受け止める事もできず蹴散らす気弾を、ベルムハルトはわずかに身をよじるだけでかわし――

 

「――しゃあ!」

 

 蛇が上げるような掛け声を漏らしながら、ベルムハルトは剣を振るって気弾を両断し、さらにその剣から黒い“気刃”が飛び出してきた。その刃は先ほど放たれたものより速く、クラウスは反射的に回避を捨てて防御を固めるがそれも空しく、気刃は彼に直撃した瞬間、無数のかまいたちに分裂し、腕と衣服、それらを過ぎて胴体までも切り裂いた。

 

「ぐぅ……」

 

 苦痛と衝撃をクラウスは歯を食いしばりながら耐える。しかし、クラウスが顔をゆがめてる隙にベルムハルトは彼の眼前まで接近し――

 

「はあああっ!」

 

 斜め上から振り下ろされる剣を見て、クラウスはとっさに剣の腹を殴りつける。しかし――

 

「シュヴァルツェ・ヴィルクング」

 

 ベルムハルトが唱えた途端、黒い魔力が彼の左腕に集まり……

 

「はあああっ!」」

「ぐああああっ!!」

 

 魔力がこもった拳で殴りつけられ、クラウスの体は地面を転がる。それを眺めながら……

 

「くくっ、どうしたクラウス? さっきまでと違って威勢がなくなったじゃないか。侵略を重ね、この森にまで踏み込んできた俺の性根を叩き直すんじゃなかったのか?」

「ぐっ……」

 

 とどめも刺しに来ず剣を担いでせせら笑うベルムハルトに、クラウスはうめき声を漏らしながら彼を睨みつける。

 

――姿を変えた途端、動きが速くなって攻撃も重くなった。これは一体……。まさか、あの女と一体化した事で能力が上がったとでもいうのか……。

 

 突然姿を消した銀髪赤眼の女。髪と瞳が彼女と同じ色に変わり、身体能力まで上がったベルムハルト。それらを見てクラウスもまさかと思わざるをえない。

 

――いずれにせよ、この男を倒さなければならないことに変わりはない。ならば――。

 

「覇王流……」

 

 クラウスは拳を握り再び魔力を溜める。それを見てベルムハルトは剣を構えるが、クラウスはそこで視線を真(・)下(・)の(・)地(・)面(・)に向けた。

 

「……んっ?」

 

 それに気づきベルムハルトは眉をひそめる。奴がこちらの意図を完全に測る前に――

 

「――破城槌(はじょうつい)!!」

 

 クラウスは地面に片膝をつくと同時に、魔力を溜めた腕を地面に叩きつける。

 その衝撃で地面が割れ、その亀裂がベルムハルトのもとまで届く。

 

――地割れが届く寸前に、奴は飛んで逃れようとするはず。そこへ叩いて奴を奈落の底に落とす。

 

 地面を割り再び立ち上がるまでのわずかな間にクラウスはそこまで算段を練る。一方、ベルムハルトは襲ってくる地割れに棒立ちしたままだった。

 ベルムハルトはそこで剣を真下に向け――

 

「はぁっ!」

 

 勢いよく刃を地面に突き刺した途端、、亀裂はベルムハルト――いや剣の周りでぴたりと止まる。

 読みが外れた事と思いもよらぬ現象にクラウスは拳を構えたまま目を見張る。だが、得物を地面に突き刺したままならむしろ好都合。相手が硬直している間に次の攻撃を――。

 

 そう思って身を構えるクラウスだったが……。

 

「――しゃああああっ!!」

 

 蛇のような唸り声とともにベルムハルトは剣を引き抜き、クラウスに向けて振るう。すると主を裏切ったように、今度はクラウスの足元に亀裂が走ってくる。

 クラウスは体勢が崩れるのもかまわず後ろに跳ぶが、その隙を縫うようにベルムハルトが迫ってきた――亀裂の間に何本か立っているか細い足場を伝って。

 

「くっ」

 

 足場を踏み崩しながら、あっという間にベルムハルトはクラウスの眼前に迫る。それを見てクラウスは両手を持ち上げるが――

 

「はあっ――」

「しまっ――!」

 

 ベルムハルトの手から黒い紐状のバインドが伸びてきてクラウスの右手を縛りあげる。そうなってしまったらベルムハルトの攻撃を防ぐ手立てはなく――。

 

「おらあああっ!」

「ぐあああっ!!」

 

 斜め上から斬りつけられ、苦悶の声を上げながらクラウスは体から血を吹き出しながら後ろに吹き飛び、後ろにそびえる樹に背中を強打する。くしくもそれは先ほどの自分とベルムハルトとは逆。もしくはベルムハルトに敗れたクロゼルグと同じ構図だった。

 

「こんなものか……なかなかよく粘ったが、古代で造られた『融合騎』相手には分が悪かったようだな」

「融合騎……だと?」

 

 傷口を押さえながら反芻するクラウスにベルムハルトは「ああ」とうなずく。

 

「古代のベルカで開発された“人型デバイス”、それが俺と融合した女の正体らしい。古代人が残した遺産――『ロストロギア』ってやつだ」

「ロスト……ロギア」

 

 クラウスは信じられない声でその言葉を口にする。『ロストロギア』という言葉など王家が所有する蔵書の中でも一部の文献にしか載っておらず、まさかここで耳にするともベルムハルトの従者がそのようなものとも、想像だにしていなかった。

 

「さて、“タイムリミット”も迫ってるし、そろそろしまいにするか」

「ぐっ……」

 

 そう言ってベルムハルトは剣を振り起こす。その言葉とクラウスのうめきを聞いて――

 

「――クラウス!」

「殿下!」

 

 クロゼルグとシュトゥラ騎士はクラウスを助けようとするものの、その前に三人の守護騎士が立ちはだかり、道を阻まれる。

 ベルムハルトはそれを一瞥しながら冷笑を浮かべ、再びクラウスを視界にとらえる。それを前にクラウスは……

 

――まだだ。たとえ今の奴が僕より強かったとしても、融合騎とやらによって強大な力を得ていたとしても、“あの技”を使えば勝機はある。今まではほとんど肉弾戦で使う機会がなかったが、奴が僕にとどめをさそうとしているこの瞬間なら……」

 

 それは、半ば博打じみた賭けだったが……

 

「こいつで楽にしてやろう。これでくたばる程度の奴なら蒐集するまでもない…………おおおおおっ――」

 

 ベルムハルトが左手を掲げるとともに、その左手に魔力が集まり“黒い球”となってどんどん膨れ上がる。それを見てクラウスは思わず目を見開いた。

 一方、彼を視界に捉えながらベルムハルトは左手に魔力を集め続ける。そして……。

 

「こいつで消しとびな――――トゥアハ・デ・ダナーン!!」

 

 ついにベルムハルトの手から巨大な魔力球が放たれた。

 それは周囲の樹々を弾き飛ばしながら、すさまじい速度でクラウスに迫る。

 

「――クラウス!!」

 

 絶体絶命の危機にクロゼルグは叫ぶ。それも耳に届いていない様子でクラウスはただ目の前の黒球に意識を集中し、そしていよいよ間近にそれが迫ってきたところで、クラウスは右手を伸ばした。

 

「――!」

 

 ベルムハルトはまさかと目を見張る。

 

「覇王流――――旋衝破(せんしょうは)!!!」

 

 クラウスは自身を呑み込まんとする黒球を片手で掴みあげ、巨大な渾身の力を込めて投(・)げ(・)返(・)す(・)。

 ベルムハルトは舌打ちしながら防御陣を張るものの、クラウスを葬るために放った技がそんなもので防げるはずもなく――。

 

「ぐっ――ぐあああああああっ!!!」

 

 返された黒球は自身を作り出した主を呑み込んでからその場で爆散し、周囲を消し飛ばしながら黒い爆風を巻き起こした。

 クロゼルグは障壁を張って土埃から体を守りながらも期待の目を向け、シュトゥラ騎士もぐっと拳を握る。

 そんな中、クラウスは懸命に目を凝らし土煙の向こうを見る。

 そして見た。全身に傷を負いながらなおも剣を持ち、立ち続けるベルムハルトの姿を。その髪と瞳の色はいまだ『闇の書の意思』という女と融合した時のままだ。

 

――これで決める。ここであの男の息の根を止めれば、シュトゥラも周囲の国々もヘンディガンの脅威から解放される!

 

「……はああああっ」

 

 クラウスは足先に氣を集め、その氣を両腕に纏わせる。そして右腕を引きながら宿敵の元へ駆け出した。

 

「とどめだ……覇王、断空――」

 

 相手の眼前まで距離を詰め、クラウスは右腕を突き出す。それに対してベルムハルトは逃げることもせず棒立ちしたままだ。

 勝った。クラウス側の誰もがそう確信した。

 だが。

 

「――っ!? ぐあああああっ!!!」

 

 クラウスの胸から突然腕が生えてきて、彼はたまらず動きを止めその場に立ち尽くす。

 そんな中、クロゼルグとシュトゥラ騎士達は彼女の挙動に気付いた。

 短い金髪の女騎士――シャマルはただ一人敵や味方から離れた場所で、輪状に広がったクラールヴィントが作り出した緑色の渦に腕を突っ込んでいた。

 それを見てクロゼルグが目を見張る。

 

「まさか――あいつがクラウスを!」

 

 

 

 一方、シャマルは渦に腕を入れたまま「あっ」と声を漏らした。

 

「外しちゃった。もう一度――」

 

 言いながらシャマルは一度手を引っ込め、再び渦の中に手を入れる。そして――。

 

「うぐっ――がああああっっ!」

 

 再び胸から腕が伸びてきてクラウスはうめき声をあげる。彼の胸から生えた腕には白色に輝く『リンカーコア』が掴み取られていた。

 

「リンカーコア捕獲――蒐集開始!」

『Sammlung』

 

 シャマルの命令に、いつの間にか彼女の傍に転移していた『闇の書』は無機質な音声を発しながら頁を広げる。

 白紙だった頁には、瞬く間にクラウスが習得している魔法が書き記されていく。その数はすでに40頁以上――。

 

「ぐう――あああああっ!」

 

 衝撃のあまり、クラウスはとうとう崩れ落ち地面に膝を付ける。それとは対照的に、ベルムハルトは立ち直り、どんどん頁を増やしていく『闇の書』に視線を移した。

 これがもう一つの目的。ベルムハルトが自ら『魔女の森』に出向いたのは、融合騎の試験と次期シュトゥラ王として修練を積み重ねてきたクラウスから魔力を奪い取るためだ。

 

 クロゼルグ達はなんとかクラウスを助けようとするものの三人もの守護騎士に阻まれ、動くことができない。できたとしてもベルムハルトから彼を助け出せるかどうか。そうしている間にも『闇の書』が増やした頁は60以上に昇っていた。

 

――これで570。完成まで百を切ったか。これならシュトゥラの兵と用(・)済(・)み(・)の(・)守(・)護(・)騎(・)士(・)ど(・)も(・)のリンカーコアを蒐集させれば……。

 

 完成に近づく『闇の書』を眺めながらベルムハルトは歪んだ笑みを浮かべる。

 ――その時だった。

 

「ゲヴェイア・クーゲル!」

「――きゃあ!」

 

 どこかから声が響き、『闇の書』に向けて黄色い光弾が放たれる。

 傍にいたシャマルは悲鳴を上げながら渦から腕を引っ込めて後ろに退き、『闇の書』は頁を閉じて膜状のバリアを張る。それによって蒐集は中断される形になった。

 それとほぼ同時に、ズザッと土を踏み鳴らす音とともに黒髪の少年が飛び込んできた。

 

「エレミアっ!」

「新手か――」

 

 クロゼルグからエレミアと呼ばれた少年を見て、ヴィータはアイゼングラーフを構えながら彼の前に立ちはだかる。だが――。

 

『Geist kvar(ガイスト クヴァール)』

「――なにっ!?」

 

 エレミアが魔力を纏った『鉄腕』を振るった瞬間、アイゼングラーフが砕け、ヴィータは思わず愛機に目を向ける。それを見逃さず……

 

「はああああっ!」

「ぐっ――がああああっ!」

 

 丸腰となった少女の体にエレミアは容赦も間断もなく十発近くも打撃を打ちこみ、最後の一撃で彼女を遠くへ吹き飛ばした。

 

「――貴様ぁ!」

 

 仲間がやられたところを見て、シグナムは吼えながら剣を抜く。だがそこで――

 

「――!」

「はああああっ!!」

 

 すぐ後ろの気配に気づき、シグナムが振り向いた瞬間、金髪の女騎士が馬上から大剣を振り下ろしてきた。緑と紅の異色を並べた異色の眼の女だ。

 シグナムはレヴァンティンを突き出し、すんでのところでそれを受け止める。だがか弱そうな見た目と裏腹に女の力は強く、受け止めるのが精一杯だ。

 そこへ――

 

「――今です!」

 

 女騎士がそう叫び、シグナムは思わずエレミアの方を見る。

 エレミアはすぐに体を前に屈めてシグナム――ではなく、クラウスと敵王の元へと駆ける。その動きにザフィーラも出鼻をくじかれ、エレミアを捕らえ損ねた。

 

「はああああ!!」

 

 そうこうしている間に、エレミアは両腕を構えながらベルムハルトに迫ってくる。ベルムハルトはすぐに剣を振り上げそれを受け止める。

 その瞬間、ベルムハルトの剣とエレミアの籠手がぶつかり、ギィィンという音があたりに響いた。

 

「はああ!」

 

 エレミアはなおも拳を振るい、ベルムハルトの剣を押し返す。エレミアの打撃の重さと速さに、ベルムハルトも剣を動かすことができない。

 

――このガキ、歳に合わず隙のない打ち方をしやがる。こいつが“青狐”の報告にあった――。

 

 内通者の報告を思い出しながら攻撃を受け止めるベルムハルトに、エレミアはひたすら拳を打ち続ける。そして力を込めた一撃で剣を弾きあげたところで――

 

――これで決める。

「ガイスト・クヴァー――」

 

 悪名高い『淫蕩王』に、エレミアは魔力が込もった“爪先”を向ける。

 だが――。

 

「はっ――」

 

 ベルムハルトはおもむろに空いた左手を上げ、あるものを掴み取った。それは――

 

 

【挿絵表示】

 

 

「――い、いやああぁぁっ!!」

 

 突然ベルムハルトに胸(・)を(・)掴(・)ま(・)れ(・)、エレミアは甲高い声を上げながら動きを止める。その声は生娘のような――いや、生娘が上げる声に他ならなかった。

 思わぬ出来事にシュトゥラ騎士もクロゼルグも、オリヴィエや守護騎士達までも戦いを止めてそちらを振り向いた。

 

「ふん、やはりそうか。それなりの容姿にかかわらずもったいない真似を……」

 

 そうのたまってる間もベルムハルトは左手をワキワキと動かしエレミアの胸を揉みしだく。その度にエレミアの小さな胸からはふっくらとした感触が跳ね返ってきた。

 

「~~、は、離せ変態!!」

 

 エレミアは顔を赤くしながら腕を振り上げる。しかし混乱した彼(・)女(・)に先ほどのような精彩はなく、ベルムハルトはあっさりエレミアの拳をかわし、彼女に向けて剣を振るった。

 

「はあっ!」

「くっ――」

 

 振り下ろされる剣と殺気にエレミアは気を改め、籠手で剣を弾く。しかし勢いを取り戻すことはできず、何度か打ち付けあってからエレミアは敵から距離を取った。

 

「こんな場所でよくも……」

 

 エレミアは憤怒に歪んだ顔でベルムハルトを睨む。その目にはうっすら涙が滲んでいるように見えなくもない。 

 そんなエレミアに不遜な笑みを向けてから、ベルムハルトはもう一人の女騎士に視線を移す。

 

――クラウスと同じ虹彩異色、それも緑と紅の眼……あいつがシュトゥラに送られているという聖王の娘、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトか。

 

 対して、女騎士オリヴィエも……。

 

――あの男がベルムハルト……隣接する国々を侵略し、そこに住む民達を蹂躙した……。レティ様もあの男のもとに送られて――。

 

 シュトゥラと親交のあるメルヴィン王国だったレティシアの事を思い出し、オリヴィエは刺すような目つきでベルムハルトを睨む。

 『メルヴィンの至宝』として諸国に知られるレティシアは、同じ王女であるオリヴィエにとって尊敬する人物の一人だった。だが彼女も母国を侵略され、ベルムハルトの手に落ちて……。

 

「――」

 

 オリヴィエはベルムハルトに体を向ける。しかしそれを察知して構えを取ったシグナムに阻まれ、彼に斬りかかることはかなわなかった。

 

「ぐっ……はあ、はあ……」

 

 そこでようやくクラウスは意識を取り戻し、地面に片膝をついたまま荒い息をつく。

 守護騎士達はオリヴィエとシュトゥラ騎士に足止めされ、自分とエレミアがベルムハルトと対峙している。

 

――まだ勝機はあるはずだ。思わぬ横槍で不覚を取ったが、僕とエレミアの二人がかりならあの男を――。

 

 クラウスとエレミアはぎゅっと拳を握る。

 一方ベルムハルトはふと左腕を曲げ、手首に巻きつけた『時計』を一瞥した。そして……

 

「……そろそろ時間か」

「……?」

 

 戦いのさなか、剣を下ろしながらそうつぶやくベルムハルトに、クラウスとエレミアは怪訝そうに眉をしかめる。

 

 その時、森の中からドオオォォォン! とつんざくような轟音がいくつも響き、そこから巨大な火が立ち昇るのが目に入った。

 クラウス達とシュトゥラ騎士、そして守護騎士達までもがおのおの敵を前にしているにもかかわらず、思わずそちらを見る。

 轟音とともに立ち昇った巨大な火は一つで百本近くの火を燃やし尽くし、周囲の樹々を伝って瞬く間に森中に広がっていく。

 

「爆発……まさかあれって……」

「『禁忌兵器(フェアレーター)』……あんなものまで……」

 

 火を見てつぶやくエレミアとオリヴィエ。そしてクラウスは“禁忌兵器”を仕掛けた敵に顔を向け――

 

「ベルムハルト――貴様ああああっっ!!」

「ふっ――ははははははっ!!」

 

 形相を歪め唾とともに怒声を上げるクラウスと後ろの女騎士二人を前に、ベルムハルトは盛大な笑いを飛ばす。

 それを見て聞いて、クラウスは痛みも忘れて駆け出し、目の前にいる敵王に怒りを込めた拳を振り上げるが、ベルムハルトは難なく剣で受け止め、クラウスの腹に蹴りを入れる。

 

「ぐはっ――」

「――殿下!」「クラウス!」

 

 腹を思い切り蹴り上げられた衝撃でクラウスは口から反吐とうめきを漏らしながら真後ろに転がる。それを眺めながら……

 

「これで作業は終了だ。邪魔な森は片づけたし、クラウスからいただいた魔力で『闇の書』は完成に近づいた。俺達はここで引き上げさせてもらうぜ。せいぜい戦に備えて守りを固めておくんだな」

 

 そう吐き捨てながらベルムハルトは背中から黒い翼を生やし、上空へ飛ぶ。守護騎士達も慌ててそれに続く。オリヴィエと対峙していたシグナムも彼女に剣をぶつけ――

 

「私も引かせてもらう…………こんなことを言う資格はないと思うが――すまなかった」

 

 オリヴィエとクロゼルグにそう言い残してシグナムも飛び上がり、主と仲間を追う。

 オリヴィエは彼女を睨み上げつつも、すぐにベルムハルトに視線を移し――

 

「――ベルムハルト!」

「…………」

 

 自身に向けて初めて口を開くオリヴィエに、ベルムハルトは眉を吊り上げながら彼女を見返し続きを促す。そんな彼にオリヴィエは続けて言った。

 

「あなたの目的――いえ、あ(・)な(・)た(・)の(・)望(・)み(・)は何ですか? ベルカを支配すること、すべてへの復讐、それとも……」

 

 その問いにベルムハルトは笑みを消し、ほんのわずかな間視線を宙に向ける。そして……

 

「“自由”……俺を縛り付けていた馬鹿馬鹿しいしがらみも下らん決まりごとも邪魔する奴らもすべて蹴散らして、俺のやりたいようにやる“自由”を手に入れるためだ。――それが叶わないなら世界(ベルカ)や次元など滅びてもかまわん!」

「なっ――」

「…………」

 

 ベルムハルトが放った最後の一言に、エレミアは思わず戸惑いの声を漏らし、オリヴィエは真剣な表情で彼を見据える。

 一方、その隣からは……。

 

「許さない……ベルムハルト、お前だけは、絶対この手で殺してやる!」

 

 腹を押さえ、身を起こしながら、憎しみを込めてそう宣言するクラウスを見て、ベルムハルトは三日月状のいやらしい笑みを浮かべる。そして……。

 

「せいぜい早く殺しに来るんだな……俺が“こいつ”に殺される前によ」

 

 自分の胸を指しながら言い残すと、燃え盛る森やクラウス達四人、森の中に取り残された自軍の兵達をも無視してベルムハルトは自国へと飛び、守護騎士達は複雑な顔をしながら彼の後を追う。

 クラウス達は怒声も上げず硬い面持ちで、しばらくの間それを見上げ続けていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 その頃、聖王の居城『ゼーゲブレヒト城』の円卓の間では、壮年あるいは老年の男女達の中から彼らの代表が立ち上がり、聖王ゼーゲブレヒトと相対していた。ここ数日の間開かれていた『聖老院』がようやく結論を出したのである。

 

「慎重に論議を重ねた結果、このような結論となりました。偉大なる聖王陛下に対し、このような宣告をするのはあまりに心苦しく、この上ない不敬である事は承知しております……しかし……」

 

 そう言って思わず顔を伏せる聖老代表に、聖王は首を振る。

 

「よい。聖老院には我々聖王家の生死を決める権限が認められている。そなたたちはそれに則って結論を出したまでの事。それにベルカの存亡がかかっているとなれば、なおさら責めることはできん……だが、そう言うからには、やはり……」

 

 聖王の言葉に、代表は顔を上げ、深く息を吸って口を開いた。

 

「はい。ベルカ全土に拡がる戦乱を収めるため、それに加えてヘンディガン王が持つとされる『闇の書』の脅威からベルカを守るため、我々聖老院は『聖王のゆりかごの起動』を要請します。その起動にあたって、『ゆりかご』を動かすことのできる“操縦者”を聖王家の中から選び出してください……ただし、過去の記録によれば『ゆりかご』の操縦者は例外なく…………」

 

 それ以上言い切れず代表は口をつぐむ。

 それに対して、聖王は静かに目をつむった。自身が『ゆりかごの操縦者』になることと、自らの命を差し出す決意を固めながら。




ようやく『魔女の森編』が終了しました。結構長くなってしまった。
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