淫蕩王ベルムハルト 作:ヒステリア
ベルムハルト自ら率いたヘンディガン軍によって『魔女の森』が焼き払われた後、シュトゥラ騎士に助け出され命からがら生き残った『魔女』達は、自分達と森を守り切れなかったシュトゥラ王家を見限り、その姿を消した――焼き討ちの直後、『魔女』の長がクラウスを殴りつける場面もあった――。
その後、ほとんどの『魔女』達はベルカからも離れ、自分達と同じく動物耳と尾を持つ亜人達が暮らしている異世界に旅立ったと言われるが、真偽は定かでない。
これに憤ったシュトゥラ王国はついにヘンディガンを『敵国』と認定し、南のアヴリル王国とともにヘンディガン攻略にかかろうとするも、そこへ突如、聖王連合から各国へ、『聖王のゆりかご』の起動の表明と戦争行為の中止を勧告する声明が届けられた。
これを受けて、連合構成国であるアヴリルと同盟国であるシュトゥラはやむなく戦準備を休止し、趨勢を見守ることにした。
そのような情勢下の中、『魔女の森』からシュトゥラ王城に帰還したオリヴィエは、シュトゥラ王やクラウス、そして親友のエレミアにすら内密に、
「失礼します……オリヴィエ様、私めに何か御用でしょうか?」
ノックと
「ごめんなさいフローラ、忙しい時に。でもどうしても、今のうちにあなたに聞いておきたい事があって」
「いいえ、それぐらいでしたら喜んで。陛下とクラウス殿下からもオリヴィエ様の事をよろしく頼むと仰せつかっていますから。私めでよければ、どうぞ何なりとお申し付けください」
そう言って一礼するフローラに、オリヴィエは苦笑しながら頭を上げるように言った。
フローラは一年ほど前からシュトゥラ城で働くようになった使用人で、ゼーゲブレヒト城から付いてきてくれた専属の侍女二人とは異なる。しかしフローラは、人質であるオリヴィエやその腹心にあたるエレミアに対しても厚意的に接してくれ、手が空いてる時は彼女らの世話を焼いてくれる、とてもいい侍女……
「オリヴィエ様こそ、先日のお勤めお疲れ様です。姫様とエレミア様が『強盗王国』の手に落ちることがなくて、本当に安心しました」
心底安堵したように、フローラは胸を撫でる仕草を見せる。一方、彼女の口から漏れた『強盗王国』の名前を聞いてオリヴィエは眉をピクリと動かす。それに気づいたのか――。
「――あら、申し訳ありません。静養中に聞き苦しいお話を。……失礼しました。それで、私に聞きたい事とは何でしょうか?」
無礼を詫びながら姿勢を正し、あらためて用向きを尋ねる。そんなフローラに対して、オリヴィエは笑みを消し、顔を引き締めながら口を開いた。
「その『強盗王国』……ヘンディガン王国について、あなたからお聞きしたいんです。特にあの国の国王、ベルムハルト・S・L・ヘンディガンについて詳しく」
「……なぜ私にそのような事を?」
雰囲気を一変させながら問いかけるオリヴィエに、フローラはわずかほども動じずに聞き返す。“自身の正体”が知られたことに対する焦りなど微塵も窺えない。
そんな彼女に対して……
「無駄な誤魔化しはやめましょう、フローラ。あなたがベルムハルトが送り込んできた間者である事はもう気づいています……クラウスにも度々ちょっかいをかけてるみたいじゃないですか」
「あらあら、ごめんなさい。もしかして、逢引のお邪魔をしてしまいました?」
戸惑うどころかからかうように笑うフローラに、オリヴィエはただじっと彼女を睨む。やはり一筋縄ではいかない相手のようだ。
冷えた空気の中、
果たして、今この場で優位に立っているのはどちらなのだろうか。
「……フローラ、あなたはシュトゥラの東にあった国から来たそうですね。ヘンディガンに侵略された国から――」
「ええ、女とみれば野獣のように追い立ててくるヘンディガン兵達から逃げまどい、命と貞操からがらこの国に逃れてきました。その後は逃げ込んだ街の領主様に拾われて侍女として働いて、その方の推薦で王宮で勤めさせていただいてます。『強盗王国』に家族と住処を奪われた私が、あの国やベルムハルトに味方する理由はないと思いますが」
無駄だとわかりながらとぼけてみせるフローラをオリヴィエはきつく睨む。そして彼女の吐く戯言を無視して話を進めることにした。
「私なりに調べたところ、あなたがいた国が侵略された時期と逃亡先の領主のもとで働くまでの時期には二ヶ月も間がありました。長期間路上生活を送った方を拾うほどお人好しな貴族なんてそうそういませんし、救貧院にもあなたのような方がいた記録はありません。領主に拾われるまであなたは一体何を――いえ、それまでの間、あなたは本当にシュトゥラにいたんですか?」
「…………ふふっ」
オリヴィエの詰問からやや間を開けて、フローラの口から笑みが漏れ、思わずといった風に彼女は手で口元を隠す仕草を見せた。
「ただの難民が誰の助けも借りずに二ヶ月も凌いで、領主に拾われるまで身なりを保っていられるわけがないと……なるほどなるほど。腕力と騎士の真似事が取り柄の幸薄い王女様かと思いきや、なかなか聡明ですね。ふふふっ」
勇猛果敢で知られる『シュトゥラの姫騎士』を前に、フローラは口元を隠しながらおかしそうに嗤う。その姿に思わず一歩下がりそうになるほどの強い警戒心が湧いた。
フローラは失礼というように口から手を下ろし……。
「確かに私は“あのお方”……ベルムハルト様の命令でこの国に潜り込んできた間者です。あのお方からは、この髪の色と女狐に引っ掛けて『青狐』という
「『青狐』……」
オリヴィエは硬い声で彼女が名乗った通称をそのまま口にする。それに対して、『青狐』ことフローラは妖しげな笑みを浮かべたまま口を開いた。
「まあ、あなたにとってそんなことはどうでもいいでしょう。オリヴィエ様が聞きたいのはあのお方……ベルムハルト様のことでは」
「……ええ。あなたのことです、ベルムハルトの元にいた時に彼について一通り調べているんでしょう」
オリヴィエの問いに、フローラは何でもなさそうに「あのお方の気を損ねない程度ですが」と返す。やはりベルムハルトに完全に魂を売るようなタマでもなさそうだ。
――話を進めやすい半面、厄介でもありますね。何をしようとするのかまったく読めない。
内心冷や汗をかくオリヴィエを見やりながら、フローラは再び口を開いた。
「といっても、私が一年前に調べたことなどほとんど役に立たないと思いますが。今のヘンディガン軍の編成やこの国への侵攻行路なんて知りようがありませんし。私が知ってることの中でオリヴィエ様が知りたそうなものといえば……あの方の“過去”くらいでしょうか」
「……」
顎に手をやりながら挙げるフローラに対して、オリヴィエは沈黙を返す。オリヴィエにとって最も知りたいのはまさにそこだった。いったい何が
「まあ、それぐらい知られてもあの方にとって痛くも
最後の一言にオリヴィエは気を引き締める。やはり無条件というわけにはいかないか。そんなオリヴィエにフローラは首を横に振って……
「いえいえ、そんな大したことではありません。私が間者であることを秘密にして今まで通り接していただきたい、ただそれだけの事です。あのお方からの命令とは別に、私個人としてもまだシュトゥラを出ていきたくありませんので。その条件を飲んでくだされば、あの方の過去など喜んで教えて差し上げます」
「…………」
フローラが出した条件に、オリヴィエは暫しの沈黙を挟む。
もうシュトゥラの内情はほぼベルムハルトに報告された後だろう。今後を考えればもうここから逃げ出した方がいいはず。にもかかわらず、いまだ彼女がシュトゥラにいるのは、私的な目的ゆえの可能性が高い。……とはいえ大体は読めているが。
――元より私はただの人質。それにこの体……
オリヴィエはふぅと息をつき……。
「わかりました、
覚悟を決めながらオリヴィエは改めて問いかける。そんな彼女にフローラもわずかに固くした口調で言った。
「わかりました。ではまずは先王の話からしましょう。リベルラントを治めていた当時の国王、ヘンリエル五世。その王がある伯爵の夫人に手を出した事がすべての始まりです……」
「……ええ。私も当時の王様のもとにいた時、聞いたことがあるわ。王様が伯爵の奥様に手を出して、その奥様が産んだ子供が王様にそっくりだったって……多分、いえ間違いなくその子供が……」
「主ベルムハルト、か……。そしてそれを知った伯爵に奥方は処刑され、子供……主も殺されそうになった……」
シャマルの言葉を引き継ぐようにシグナムが続ける。シャマルは沈痛そうな面持ちのままうなずいた。
シグナムがベルムハルトに抱かれた時に聞いた話と、シャマルが先王の相手をした時に聞かされた話を合わせればそういうことになる。
目についた女は人妻であろうと平気で奪う王、王に犯されたも同然の妻を慰めるどころか残忍に処刑し子供まで手にかけようとした伯爵、その結果生み出されてしまったのが現闇の書の主にして『淫蕩王ベルムハルト』だ。
それを思ってシグナムとシャマルは重いため息を吐いた。せめてどちらかがまともであれば、このような事にはならなかったかもしれないと。
少しして、シグナムはまた口を開いた。
「しかし、あの森を焼いた時に主が女騎士に向かって言った言葉、あれはいったいどういう意味だろうか? 『ベルカや次元が滅びても構わない』というのは……」
「さあ、自分のものにならない国は全部滅ぼすって意味じゃないの。ヘンディガンに侵略された国がどうなったかは嫌というほど見てきたでしょ」
シャマルの返事にシグナムはその国の惨状を思い出しながら肯く。しかし何かが引っ掛かる。
――『闇の書』を完成させれば、ベルカや周りの次元を滅ぼすほどの力も得られるが…………まさかな。いくらあの方でも、そのような自殺行為はすまい…………。
「それがベルムハルトの……」
呆然としながらつぶやくオリヴィエに、フローラは頷いた。
「ええ。お母様の仇である養父と異父弟、そして実の父親である国王を殺めてその位を奪い、成り代わったというわけです。その後の事はオリヴィエ様もよくご存じでしょう」
その問いにオリヴィエは沈黙で応じる。同時に内心で、ベルムハルトの“父”である先王ヘンリエルやヘンディガン伯の愚かさを呪った。彼らの過ちがベルムハルトという暴君を生み、シュトゥラ、いや、
オリヴィエは一度息をついて、憤りを抑え込み……
「もう一つ教えてください。ベルムハルトが持っていた茶色い本――『闇の書』について、何か知っていますか?」
その質問にフローラは首を横に振りながら……
「さて。あの方が養父に殺害されそうになった時から、いつの間にか持っていた本としか知り得ません。……ただ、あの本には魔力を奪う力があるという話と、『守護騎士』という四人組の騎士は『闇の書』の中から出てきたらしい、という噂は聞いたことがありますね」
記憶をたどるように顎に手を乗せながら言うフローラに、オリヴィエは『それだけ知ってるだけでも大したものです』と内心で返す。
だが、やはりベルムハルトが持っていた本は『闇の書』で間違いなさそうだ。自らの先祖、『初代聖王』が
「――ヴィヴィ様!!」
オリヴィエが思案しているところで勢いよく扉が開き、外から二人組の侍女が飛び込んできた。二人ともフローラとは違い、ゼーゲブレヒト城からオリヴィエについてきた専属の侍女である。
深刻そうに話しているオリヴィエとフローラを見て、二人は気まずそうに立ち止まるものの、オリヴィエから「構いません。何の用事ですか?」と尋ねられ、おずおずと口を開いた。
「ついさっき本国から知らせが届きまして、聖王陛下……ヴィヴィ様のお父様が――!」
次に侍女が放った言葉を聞いてオリヴィエは目を見開く。その後ろでフローラは口元を手で覆いながら秘かに口角を上げ、笑みを作っていた。
「くくっ……馬鹿なじじいだ」
伽を終えて侍女とともにベッドに寝そべりながら、ベルムハルトは嗤いとともにつぶやきを漏らす。
侍女にはその言葉の意味が分からず、主に尋ねようとするものの、
聖王連合から各国に『聖王のゆりかごの起動』が表明されてからわずか三日後、聖王グスタフ・G・V・ゼーゲブレヒトが崩御したという報せがベルカ中に伝わった。
聖王連合の弱体化がささやかれる中、連合は早急に『ゆりかごの起動者』を確保するべく、聖王家に連なる者を聖王都に招集する。
そんな中、ヘンディガンはアヴリル王国に奇襲を仕掛けて北の領土を奪取。魔女の森跡に布陣の一つを構えた。
それに対してシュトゥラ王はついにヘンディガンとの開戦を決意。御前に集めた臣下達を前に『強盗王国の征伐』を宣言したのである。