淫蕩王ベルムハルト 作:ヒステリア
『魔女の森』焼き討ちから
シュトゥラ王国は兵糧の確保や装備の補充などの戦準備を終え、ようやくヘンディガン征伐に乗り出した。
第一王子クラウスを総司令官とした『征伐軍』は、王都東にて各地から集まった諸侯と彼らが率いる軍勢と合流した。
だが、そこでクラウスは軍の進行を停止し、自身と直属を東と南のどちらに進めるかに頭を悩ませることになる。
東にはヘンディガン軍に占領された都市があり、ベルムハルトはそこを前線基地に作り変え、ほとんどの将と兵を送り込んでいるらしい。一方、南には都市や砦の類はないものの、先の焼き討ちで焼け野原になった『魔女の森』跡がある。焼き討ち前ならまだしも、今なら行軍は容易だろう。
――クロはあれ以来、行方が分からないままだ。もし彼女がまだ森の近くにいて、ベルムハルトやヘンディガン兵と鉢合わせてしまったら……。
そう考えた途端、クラウスは一刻も早く『森』の状況を確かめたい気持ちが抑えきれず、『自分達は南へ進む』と言いかけた。だが、それとほぼ同時に
それを聞いた途端、クラウスはしばらく迷いながらもやがて『東へ向かう』と宣言し、『東軍』を率いて一路東へ進んだ。無論、南にも同等数の『南軍』を向かわせることを忘れなかったが。
そして東の国境の前に到達したクラウスら『東軍』が目にしたのは、巨大な砦とそこから伸びる円状の城壁に包まれた街だった。かつては隣国の王都だった街だが、ヘンディガンに占領されてからは連日連夜淫猥な催しが繰り広げられる“退廃都市”と化したという。
斥候から告げられた話を思い出して、クラウスは強く唇を噛む。そうしなければ『突撃』と叫んでしまいそうだった。
それは将兵達も同じらしく……。
「殿下、準備が整いました。道中に落とし穴などが仕掛けられている形跡もありません。そろそろ出陣しましょう」
そう告げる将の後ろではすでに多くの兵が剣を鞘から抜き出し、あるいは槍を構え始めていた。しかし……。
「待て、もう少し様子を見たい。私が命じるまで絶対に動くな」
「……はっ」
王子の命令に内心煩わしさを覚えながらも、将は一礼して兵達に向かって両手を突き出す。その合図を見て兵達は惜しそうな顔を見せ、地面を踏みつける者までいた。
――その時だった。
砦を塞ぐ黒い門が開き、その奥から同色の鎧をまとった兵達が続々と出てくる。昨日まで酒色に耽っていた彼らは大量のシュトゥラ軍を見て、夢から醒めたようにおののく。しかし後ろの兵達に槍を突き付けられ、後ろを向く事もかなわない状態だった。
一方、クラウスは後方からじっと彼らを見据える。その瞬間――
「――」
シュトゥラ軍に気づいたのか、砦の上部にある窓から金髪の男が顔をのぞかせる。その隣には寝間着姿のまま主にしなだれかかっていた長い銀髪の女もいた。
――ベルムハルト。そして『闇の書の意思』!
二人を見た瞬間、急激な勢いで頭に血が昇っていくのが分かった。慌てて窓を閉める二人を睨みながらクラウスは右手を上げ――
「全軍、突撃ぃぃ!!」
「おおおおおおおぉぉぉぉ!!!」
クラウスの命令とともに怒涛の勢いでシュトゥラ騎士が疾駆する。
対してヘンディガン軍も――。
「進めええぇぇ!!」
「おおおおおおおぉぉぉぉ!!!」
最後方に控える将軍の号令とともに、槍を持つ後方の兵が吼え、それに押されるように前方の兵達が剣を振り回しながら駆けて行く。その一方で、ここまできて動かなかったり逃げようとした者は後ろの兵に槍で突き殺され、真っ先に屍となった。
こうして、シュトゥラ王国とヘンディガン王国による『征伐戦争』の第一戦は幕を開いた。
「賊どもめ! 貴様らに蹂躙された『魔女』達や国々の怒りを思い知れ!!」
「ぐああっ!!」
怒りに燃えるシュトゥラ騎士の一槍で喉を貫かれ、ヘンディガン兵が息絶える。騎士はそのまま槍を振り回し、突き刺したままの死骸を周りのヘンディガン兵にぶつける。たまらず地面に倒れるヘンディガン兵達にシュトゥラ騎士達が殺到してきて――
「今こそ強盗王国に裁きをっ!」
「うあああっ!」
彼らが振るった剣や槍を受け、ヘンディガン兵は討ち倒されていく。
だが、その頭上には――砦の各所に設けられた挟間*1から筒状の武器を構える兵達がいた。
「撃てえええ!」
塔内の兵達が構える砲杖から様々な色の魔力弾が無数に撃ち出され、前に出てきたシュトゥラ騎士の胸や頭を穿たれ、外れた弾も地面を撃ち抜いておびただしい砂煙が巻き上がった。シュトゥラ騎士はたまらず馬や自らの足を止め、堰を漏らしたり顔をかばったりする。そこへ――
「今だ――かかれえええええっ!!」
将軍の怒声とともに、煙の向こうから馬に乗ったヘンディガン騎士が駆けてきて、シュトゥラ兵の胸を槍で貫いていく。シュトゥラ騎士だけでなくヘンディガン兵まで馬に轢かれたり間違えて突き殺されたりしたが、騎士達は構わず攻撃を続ける。
雑兵とはいえ味方をも顧みない攻め方にシュトゥラの将は顔を歪めながら――
「――後退! 煙がこもっていない場所まで下がれ!! 飛行兵は上空から敵兵とあの砦を狙い撃て!」
将軍の指示通り、歩兵と騎士達は煙が届かない場所まで後退する。同時にシュトゥラの飛行兵が上空に昇りながら砲杖を構え、逃げるシュトゥラ兵の背中に追いすがってくるヘンディガン兵や、背後の砦に隠れている狙撃兵に魔力弾を撃ち込む。地上のヘンディガン兵はそれをもろに喰らって絶命したり地面に叩きつけられたりしたが、塔にいる狙撃兵はすぐさま挟間を閉じ、塔の素材である対魔石によってぶつかった魔力弾はあえなく霧散していった。
しかし、今の攻撃で再び流れはシュトゥラに傾いた。ヘンディガン側の砲撃で上がった煙もだいぶ収まっている。
「反転!! 敵の勢いが弱まったぞ! 今のうちに叩け!!」
その号令を聞くやシュトゥラ騎士達は「おうっ!」と荒い声を上げながら体を半回転させ、再びヘンディガン兵に突撃する。今度は地面に転がったり腰が引けているヘンディガン兵が討ち取られる番だった。
クラウスは本陣からじっとそれを眺める。そこへ一人の騎士が駆けてきて、地面に片膝を付けながら報告してきた。
「殿下、現在我が軍が優勢とのことです! このままいけばほどなく砦まで到達するかと」
「……そうか。伏兵が潜んでいる様子は?」
「飛行兵に一帯を俯瞰させましたが、それらしい敵兵の姿はどこにも。このまま進めさせましょうか?」
その問いにクラウスは黙ったまま再び戦場に目を移す。
――順調すぎる。あの男ならもっと嫌な手や罠を使ってくると思ったのだが……。
彼がそう思ったその時――。
都市の方から突然“大きな球”が上がってきた。それは外壁を大きく越えて外の大地に落ちてきて――
その“砲撃”によって多くの兵が吹き飛び、かろうじて難を免れたシュトゥラ騎士達は慌ててその場から遠ざかる。ヘンディガン兵達もこれを追撃する真似はしなかった。自分達の目の前に巨大なクレーターが出来てしまっていた事と、戦っている間にまた自分達の上から砲弾が落ちてくるかもしれないからである。
「『
クラウスは呆然とそんな呟きを漏らす。多くの自軍を巻き添えにしたこともそうだが、いまだ住民達が暮らしている都市からの砲撃も信じがたい出来事だった。今頃、爆発音を聞いた住民達は家の中で屈みこみながら震えているだろう。
彼らの窮状に心を痛めているクラウスのもとに飛行兵が上空から降りてきながら告げた。
「殿下、報告します! 他の門より多数の騎兵が現れました! 両翼から挟み込むようにこちらに向かっております!」
「なに――!?」
クラウスは驚愕とともにやられたと思った。今まで戦っていた敵は“
「者ども行けーー!! 偽善ぶった白騎士どもを血祭りにあげろー!」
「あいつらや王子さえいなくなれば、シュトゥラも俺達の思いのままだーー!!」
将たちは欲望をあおるような文句を飛ばしながら戦場に出てくる。それに扇動され、多くのヘンディガン兵がシュトゥラ軍に迫っていた。
クラウスはきっと目つきを鋭くして――。
「もういい――ここからは私が出る」
それを聞いて、兵は思わずその場から立ち上がり――
「殿下、しかしまだ守護騎士が確認されていません。森でのように、またおかしな術を使って殿下を襲ってくるつもりやも――」
クラウスのリンカーコアが
「この前のような不覚は取らん。またあの女の手が生えてきたら引きずり出すか斬り落としてやるさ。それより今はあいつらを止めることとベルムハルトを捕らえることが先決だ。ここで後退などしたら、間違いなくシュトゥラの街まで攻め込まれる。――命令だ、そこをどけ!」
「殿下……」
呟く兵の横を通りながらクラウスは両腕を掲げる。その先には大量の敵兵が迫ってきていた。
「色違いの眼……あいつがシュトゥラの王子だ! 奴の首を挙げた奴は山ほどの金銀に加えて、爵位と領地までもらえるって話だぞ!!」
丸腰の王子に黒鎧の兵は剣を抜きながら迫ってくる。クラウスは息を吐きながらゆっくり右腕を引き……
「覇王流――――断空拳!!」
膨大な魔力を纏わせた右腕を振るった瞬間、一帯に爆発が起こり、敵軍は丸ごと吹き飛ばされる。さらに彼は前へ跳躍し、別の一軍を断空拳による爆破で薙ぎ払う。
これが『覇王流』、これが正しき『ベルカ王族』――極めれば一騎で大軍をも屠る力を持つ。
そんな『若き覇王』に、敵軍も味方の軍もその場に釘付けになったように動きを止める。
対してクラウスはわずかほども動きを止めなかった。彼は飛行魔法でわずかに体を浮かせ、邪魔な敵軍を蹴散らしながら砦までまっしぐらに跳ぶ! それを見た砦内の指揮官は慌ただしく口を開いた。
「な、なにをしておる!? 敵の王子がのこのこ単騎で飛んでおるぞ! はやく撃ち落とさんか!!」
「は、はい――撃てえええぇぇ!!」
クラウスを狙って、砦から無数の魔力弾が撃ち込まれる。それをクラウスは魔力を纏ったままの両腕で払い落とし、瞬く間に砦に肉薄する。だがすでに城門は閉ざされており、クラウスの前に硬く巨大な門がふさがる。
この門には砦の壁よりはるかに硬い対魔石が用いられている。これを破るには攻城兵器で物理的な衝撃を与えるか、百人前後の魔導騎士が魔力弾を撃ち込むしかないと言われる。
そんな扉を前にクラウスは右腕を引き……。
「覇王流――破城槌!!」
叫びながらクラウスが拳を叩きつけた瞬間、頑強な門は上記の話が嘘と思われるぐらいあっさり砕け落ち、街まで延びた道を晒した。
向こうにいた百人近くの兵は門とともに吹き飛び、残った敵兵もたまらず逃げ出していく。クラウスはすぐさま疾駆し、逃げようとした兵の一人を胸元から掴み上げた。
「ベルムハルトは――貴様らの王はどこにいる!? ――言えっ!!」
「ちゅ、中央の城館だと思います! 戦闘が始まってすぐ街へ逃げていきましたから。たぶんそこに向かっているんじゃないかと――」
「街へ……」
クラウスは呟きながら彼から手を離す。途端に兵は一目散に逃げていくが、クラウスは気にも留めず向こうに見える街に目をやった。そんな彼の背後には主が打ち漏らした兵を蹴散らし、狙撃兵の弾幕を潜り抜けてきたシュトゥラ騎士達が追いすがってきていた。
一部の隊に砦の制圧を命じ、街へ踏み込んだクラウス達が見たのは、自分達が知る頃や兵から聞いた“退廃都市”ともかけ離れている――人っ子一人いない
そしてクラウス達が進んでから20マルグほどの市場で、ベルムハルト
しかし――
「お前は――!?」
「ち、違います! 俺はベルムハルト様じゃありません!! 一月くらい前からこの格好で女と一緒に街をうろついていろと言われて――なあっ!」
同意を求める男に次いで、彼に縋り付いている銀髪の女は何度も頷く。どちらもぱっと見や年恰好は同じだが、ベルムハルトや『闇の書の意思』とは明らかに容姿が違う。
――影武者! まさか、この街すべてが“
クラウスがまさかと思った、ちょうどその時――。
「殿下、大変です! シュトゥラの南方がヘンディガン軍に襲われているとの報が入りました!」
「――なに!?」
外から駆けつけてきた兵の報告にクラウスは目を剝いた。
故国の危機を知った彼らは、やむなく制圧途中だった都市を放棄して大急ぎで国に戻る事になる。だがもうすべてが遅く……。
『
積み重なるように倒れている南軍兵の上に浮かびながら『闇の書』が告げた瞬間、わずかに息のある兵や死骸からリンカーコアが浮かび上がり、そこから多量の魔力が『闇の書』の頁に集まっていった。
「これで636ページ。もしやと期待したが途中で終わっちまったか」
ベルムハルトはそう吐き捨てて、蒐集を終えて戻ってきた『闇の書』をぞんざいに掴み取る。
その前には黙祷するように敵兵の屍の前にたたずむ守護騎士四人と
彼女らと火の手が上がる街を眺めまわしてから、ベルムハルトは声を吐き出す。
「まあいい。そろそろクラウス達が“囮”に気づいて戻ってくる頃だ。略奪もこの辺で切り上げて戻ってくるよう兵どもに言え。従わない奴はそのまま置いていく」
ベルムハルトの指示に側近の騎士は「はっ」と答えながら街の方に馬を走らせる。それを一瞥してからベルムハルトは守護騎士達の方に顔を戻した。
「というわけでお前達もご苦労だったな。おかげで『闇の書』は完成目前だ。感謝してるぜ」
「……いえ、我々は貴方様を『真の闇の書の主』にするべく、力を尽くすだけです」
主からの労いをわずかに嬉しく思いながらも、これまでの行いと『闇の書』が完成していないことを思い出して、シグナムは重そうに返事を返す。ヴィータも罪の意識を誤魔化すように続けた。
「つってもあとちょっとだけどな。次はあの王子や王女達と対決か……この前みたいな無様を見せねえように腕を鳴らしておかねえとな」
ヴィータは強がりながらグラーフアイゼンの肩に背負う。しかし……
「ああ、その必要はいらねえ――お前らはもう用済みだからな」
「えっ……?」
思いもよらない言葉にシャマルは素っ頓狂な声を漏らす。そこでベルムハルトは『闇の書』を掲げ――
「やれ『闇の書』。今は動きを止めるだけでいい」
『Verstanden. Beschränkt den Programmkörper des Guardian-Ritter-Systems<了解。守護騎士システムのプログラム体を拘束します>』
ベルムハルトと『闇の書』が漏らした言葉に、騎士達は目を見開く。その瞬間、四人のまわりに黒い
締め付けられながらヴィータは主を見上げ、言葉を絞り出す。
「主……てめえ、なんのつもりだ……」
「最後までご主人様に対して無礼な口の利き方だな、ヴィータちゃんは。まっ、その分伽じゃいい反応してくれたが、いい加減飽きてきたところだ。真面目腐ったそこの三人もな」
「――!」
無慈悲な言葉に他の騎士三人も目を見開く。そんな中、ファーレ……『闇の書の意思』は縛られず、そこで棒立ちしていた。ヴィータは彼女を見つけて――
「おいお前、なにそこでぼうっとしてんだ! はやく主を止めろ! あたしらがいなくなったら『闇の書』を完成させることが――」
だが、ファーレは首を横に振り……
「すまない。私に主を止めることはできない……
「なっ――!?」
その言葉にヴィータだけでなく、シグナム達三人もあんぐり口を開く。
その疑問に答えたのは
「“最後の蒐集は守護騎士自身で行う”。それが
「――まさか、そんな……」
とうとうシグナムまで堪えきれなくなったように呟き、シャマルは涙を流し、ザフィーラは無力感に俯く。
そんな彼女達を嘲るようにベルムハルトは言った。
「まあさっきも言った通り、お前らはよく働いてくれた。俺が王になれたのもお前らの働きあってのものだしな。その恩返しにしばらくは生かしておいてやる。聖王連合がこの期に及んで悪足掻きを企んでるようでな、それを眺めてやってから『闇の書』を完成させるとしようか!」
そう言ってベルムハルトはその場に響き渡るほどの笑い声を上げる。守護騎士達は縛られたまま、ファーレは悔しさと無力感に唇を噛みながらそれを聞き入っていた。
征伐戦争の一戦はここで終わり、それとともに『ベルムハルトが闇の書を完成させた』との報が大陸中をめぐった。
こうしてベルカはまた一歩、着実に滅亡へと近づきつつあった。
大砲あたりから先は本当にこれでいいのか迷いました。しかしこれ以上考えてもアイデアが沸くかわからず、他の作品の更新も滞っているためもうこれで通すことにしました。ご了承とご容赦ください。