淫蕩王ベルムハルト 作:ヒステリア
聖王連合の中心地にして聖王の居城――『ゼーゲブレヒト城』。
この城の地下には、他の国や街では見ることも想像することもできない技術と設備が整った部屋が並んでいる。
心音や脳波、魔力値などが計測できる計器類。それらのデータを記録するためのコンピューター。
そのような器具が置かれている『診察室』の中央で、オリヴィエは簡素なケープのみを着た状態でベッドに横たわっていた。その体には無数のチューブが繫げられている。
そのまわりでは、何人もの医師達が彼女とコンピューターのモニターに視線を行き来させながら、オリヴィエの体を調べていた。
「『聖印』・『聖王核』ともに動作正常……『ゆりかご』との適合率――ひゃ、116%!」
モニターを読み上げていた医師の口から出てきた数値に、他の医師達もどよめきをあげる。
「116%……先王陛下よりはるかに高い数値じゃないか!」
「幼い頃の魔導事故で傷を負って、聖王家としての力を失ってしまったと聞いていたが――むしろ『聖王』としてこの上ない逸材だ!」
驚きと歓喜のあまり、王女であるオリヴィエが傍にいるにもかかわらず、何人もの医師が声を上げる。それを窘めるように一人の医師が苦言をろうした。
「無礼だぞ、聖王女殿下を前にして。ましてこの御方は連合やベルカを救う、『新たな聖王陛下』になるかもしれない御方なのだからな」
そう言う医師の口にも喜びとも興奮ともつかない笑みが浮かんでいる。オリヴィエはひっそり目を開いて、その表情を見上げていた。
ヘンディガンとの戦から二週間後。
クラウス率いる『征伐軍』はシュトゥラ王都に戻ってきた。しかしそれはヘンディガン征伐を成し遂げた凱旋ではなく、彼らの計略にはまり南の領土を襲われた末の帰還だった。
クラウス達を見る大衆の目には、彼らに対する失望や落胆がありありと浮き出ていた。
「クラウス様が負けるなんて。まさか、このままこの国まで『強盗王国』に侵略されるんじゃ……」
「そんな……いやよ。あそこに攻め込まれた国の女は、後宮に送られるか兵士達の慰み者にされるって話じゃない」
「いや、俺が聞いた話によると、戦自体には勝ったらしいんだよ。でも影武者に騙されて、向こうを攻めている間に南部を襲われたらしい」
「おいおい、結局奴らにまんまとハメられたってことに変わりねえじゃねえか。大丈夫なのか。森を焼き討ちされてから、ずっと向こうにやられっぱなしじゃねえか!」
「今のうちにこの街を離れて、奴らの目の届かない田舎に移った方がいいかもしれねえな。若い女や娘がいるとこは特に」
声を潜めながらも、大衆は口々にクラウスやシュトゥラ軍を非難する声を上げる。クラウスにも騎士達の耳にもそれは届いていたが、言い返すこともできずただ黙って城を目指す事しかできなかった。
そんな時だった……。
「もう、『新しい聖王様』が現れてくださることに望みをかけるしかないかもな」
「……ああ。本当にあるのかわからないけど、『ゆりかご』さえあれば強盗王国なんて一瞬で消し去ってくれる」
「聖王様、私達をお助けください!」
ある女が両手を組みながら祈った途端、他の者達も口々に「聖王様」と唱え出す。クラウスや騎士達は止めることもできず、呆然とそれを眺める他になかった。
ヘンディガン城の地下。そこにはバインドに縛られた状態のまま、牢に入れられてる守護騎士四人の姿があった。
「ヴィータちゃん、寒くない? こっちにいらっしゃい。身を寄せていた方が温まるわ」
「いらねえよ。このままでも十分平気だ」
シャマルの薦めにも耳を貸さず、ヴィータはあえて彼女たちから距離をとる。今、抱擁されでもしたら弱音が漏れそうだからだ。
それをこらえながらヴィータは物思いにふける。
――またここに逆戻りか。あんな奴の相手をする代わりでも、ベッドで寝られるだけマシだったのかな。
牢の狭さとジメジメする地下の不愉快さに、そんな事まで思い始める。
そんな時だった。
「よお諸君。新しい部屋の居心地はどうだ?」
その声に騎士達は頭をもたげ、声の方を見る。そこには憎たらしい笑みを浮かべたベルムハルトと、沈痛な顔をしたファーレ、そして食事を載せたトレーを持った何人かの看守がいた。
彼らに対して、ヴィータはあえて不遜な笑みを向ける。
「見ての通り快適だよ。あんたの下の世話をしなくてもタダ飯食わせてもらえるしな。で、あんたが来たってことはそれが最後の晩餐かい?」
内心畏れを抱きながらもヴィータは果敢に尋ねる。しかし、ベルムハルトは首を横に振った。
「いや、お前らの様子を確認しにきただけだ。『闇の書』に喰わせる前に獄中で死なれたら困るからな」
「はっ。だったら、さっさとあたしらを『闇の書』に喰わせたらどうだ。それで無敵の力を手に入れて、ベルカ中の美女を自分のものにすんだろう」
メルヴィンを攻め落とした時にベルムハルトが言った
「そう死に急ぐなって。この前も言ったろう、聖王連合が何をするか見てからにすると。それに、俺はただ喰われるつもりはねえしな」
「……?」
ベルムハルトが漏らした一言を聞いて、ヴィータは眉を顰める。そこで今までうずくまっていたザフィーラが顔を持ち上げた。牢の狭さと女三人への気遣いからか、彼は狼の姿をとっていた。
「主ベルムハルト、私から一つお願いしたいことがある」
「……なんだ?」
ベルムハルトは表情を消して聞き返す。そんな主にザフィーラは言った。
「『闇の書』の残り頁は30。守護騎士一人でなんとか賄える数のはずです。蒐集するのは私だけにして、他の三人は助けていただけないでしょうか。三人とも優れた騎士で女としての魅力も十分です。ここで捨ててしまうのは主にとって損にしかならないと思いますが」
「ザフィーラ、お前――」
仲間を助けようと、ザフィーラはあえて彼女らの身体を持ち出す。それを察してシグナムは声を上げた。
それを見てベルムハルトを笑みを浮かベながら、パンパンと手を叩いた。
「仲間のために自分が犠牲になるか。感動的だねぇ。確かに俺にそっちの
「――んっ!」
ベルムハルトはおもむろにファーレの服を剥ぎ取り、露わになった乳房を揉みしだく。それを前にして騎士達や看守は呆然とそれに目をやる。
ファーレの乳房を揉みながらベルムハルトは言葉を続けた。
「こいつや他の女がいるからな。そっちの意味でもお前達は用済みだ。むしろ余計なことをして計画を潰される恐れの方が強い。お前達が俺のやり方に反感を持っている事ぐらいとっくにお見通しだ。もうしばらく生かしておいてやるだけありがたいと思え」
「――っ」
冷酷な指摘と宣告にザフィーラも他の三人も押し黙る。ベルムハルトの行いには四人も思うところがあった。『魔女の森』では、主を裏切って『魔女』達に加勢したいと何度も思ったほどだ。
「ふん、じゃあまた気が向いたら様子を見に来てやる。お前達はいつもどおり食事を置いていってやれ。飢え死にされたら困るから余計なことはするなよ」
「は、はい」
食事を汚したり踏んづけていびるような真似はするなと看守達に言い含めて、ベルムハルトはファーレの胸を掴んだまま地下から出て行く。そんな主に騎士達は刺すような目つきを向けていた。
その後、シュトゥラ敗戦とベルムハルトによる『闇の書完成』の噂を聞いた反連合国は、聖王連合やシュトゥラをはじめとする同盟国への“反撃”を開始。また
飢えと病、戦の傷に苦しみ、限界に達した人々はいつしか地に頭をこすりつけ、『聖王』の降臨を願うようになった。
そんな中、聖王連合の盟主国『聖王国』の某所では……。
『Bestätigung der Kompatibilität mit „Throne“. „Battleship“ kann von Olivier Sagebrecht bedient werden<『玉座』との適合確認。オリヴィエ・ゼーゲブレヒト様が『戦船』を操縦することは可能と判断します>』
『戦船』、いや『ゆりかご』からの返答を聞いて、司祭達はおおっと声を漏らす。そしてすぐ我に返って、後ろにいるオリヴィエの方を振り返った。
「失礼しました。お聞きのとおり、『聖王のゆりかご』はオリヴィエ殿下を『正当な聖王』と認めました。我々教会も全力をもって貴方様が聖王位に就けるよう支援する心づもりです」
「ありがとうございます、教皇猊下」
教皇と呼ばれる壮年の男にオリヴィエは恭しく頭を下げる。教皇はうなずき、口を開いた。
「ではこのまま『承認の儀』をおこないますので、恐れながら殿下は私の前に膝をついてください」
「はい」
その指示にオリヴィエは不平もなく、教皇に対して跪く。教皇は彼女の頭に手をかざしながら長々しい聖句を述べ始めた。
ゆりかご内で着々と儀式が続けられている一方、エレミアはゼーゲブレヒト城内の書庫で『聖王のゆりかご』の資料や記録を集め、それらを読みふけっていた。
その
「な、なんだ、これは……」
穴が空きかねない勢いでその頁を凝視しながら、エレミアは無意識につぶやく。なぜならその頁には……
『アルムス・エーアリヒ:衰弱死
ステラ・クエイサー:衰弱死
ハンニバル・スタイナー:衰弱に耐えかねた本人の意志で安楽死
アルトルージュ・ゼーゲブレヒト:『闇の書』と戦闘後、戦闘の傷と『戦船』への魔力供給の反動により死亡』
エレミアの目に飛び込んできたのは、歴代聖王――いや、『戦船の起動者』達の最期だった。いずれも『戦船』に乗って数年以内に死亡しており、その死因の
「反逆を防ぐため、『戦船』の起動者は意志を制御され、戦いが終わるまでずっと『生きた動力』として船を動かし続ける。これが『聖王』の正体……」
はやく止めなくちゃと思い、エレミアは席から立ち上がり、椅子も片付けないまま、書庫の扉に手をかけようとする。しかし、それよりも前に扉が開き、その奥から数人の衛兵が現れた。
エレミアは動揺を隠しながら問いを発する。
「何の用でしょうか?」
すると衛兵は石像のように硬い表情のまま、その口を動かした。
「いきなり申し訳ありません、エレミア様。実は聖王陛下を暗殺した犯人がわかったのです」
「この城で働いていた侍女による毒殺でした。それがわかってすぐ彼女を捕らえに向かったのですが、隠し持っていた毒で自決した後でして……」
「彼女の素性についてはまだ調査中ですが、おそらくヘンディガンが送り込んだ間者とみて間違いないかと。まだ他にもあの国の間者がいるかもしれません。そこで……」
「オリヴィエ殿下と殿下に近しい方々には、厳重な護衛をつける事になりました。これからしばらくの間は、我々がエレミア様をお守りします」
口々にそうまくし立てる兵達を、エレミアは刺すような目つきで見る。
彼らが言ってることにおそらく嘘はない。だが、オリヴィエに余計なことを吹き込ませないよう監視するためという理由の方が大きいだろう。
こいつらぐらいなら力尽くで振りきることもできるが――
「オリヴィエ様のお傍に付いていた侍女二人はすでに保護して、部屋に移ってもらっています。エレミア様もどうかお部屋に戻っていただけないでしょうか。無論、我々がお供致しますので」
「……はい、お願いします」
侍女二人はすでに彼らの手中にある。そうなってはもはや逆らいようがない。
エレミアは首を縦に振って、兵達に連れられて部屋に戻されることとなった。
オリヴィエの即位が決まったのは、それからわずか二日後のことである。