※この作品はR-18です。

淫蕩王ベルムハルト   作:ヒステリア

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第二十三話 終焉

 『淫蕩王』ベルムハルトと『覇王』クラウス。

 二人の王は荒野(戦場)のちょうど中心で相まみえるや、互いに一言ずつ言葉を交わしながら得物を構える。

 そして――

 

「はああああああっ!!」

「しゃあああああっ!!」

 

 両者は互いに口から雄たけびを上げながら地を蹴り、まっすぐ突進し、相手に向かって得物を振るいあげた。

 剣と拳が激しくぶつかり、二人の間に甲高い金属音と火花が舞い散る。一瞬後、ベルムハルトとクラウスはすさまじい速さで得物をぶつけあう。あまりの速さに刃や腕が見えないほどだ。

 

 三十ほどベルムハルトの剣を殴りつけたところで、クラウスは拳戟を続けながら必死に目を凝らす――そして!

 

「はああっ!」

 

 ベルムハルトの剣を捉えた瞬間、クラウスは左腕を突き出し、真横から剣の腹を殴りつける。その衝撃にベルムハルトは剣を取り落とした。

――好機!

 

「覇王断空拳!!」

「――ちぃっ」

 

 クラウスがもう片方の右腕を繰り出した瞬間、ベルムハルトも魔力を帯びた右腕を繰り出し、互いに拳をぶつけあう。だが――

 

「まだだぁ!!」

 

 クラウスは続けて左腕を突き出し、ベルムハルトの顔面を殴る。

 だが――。

 

「しゃらくせええ!!」

「ごはあああっ!」

 

 ベルムハルトはひるまず、クラウスのどてっ腹に左腕を叩き込む。

 その衝撃にクラウスはうめきと胃液を吐きながら、真後ろに吹き飛ぶ。その隙を縫ってベルムハルトは取り落とした剣を拾った。

 口から反吐を垂らしながらクラウスは立ち上がり、拳を構える。それを前にベルムハルトは空いた左手を掲げた。何をするつもりだと訝しむクラウスを前にベルムハルトは左手を振り上げ……。

 

「しゃああああっ!!」

 

 ベルムハルトが左手を振り下ろした瞬間、無数の魔力弾が彼に襲い掛かる。

 クラウスは動じず――

 

「覇王――空破断!」

 

 クラウスは右腕を突き出し、衝撃波を撃ちだしベルムハルトが放った弾を打ち消していく。その合間にベルムハルトは剣を真横に構え、クラウスに向かって突進してきた。

 

「おらあああああ!」

 

 そこでクラウスは拳を開き、ベルムハルトが放った魔力弾を二つ掴み取る。さらに掴んだ弾に自身の魔力を込め10倍もの大きさに膨らませた。

 

「旋衝破ぁぁ――!!」

 

 クラウスは大きく右腕を振りかぶり、弾を放り投げる。ベルムハルトは駆けながら身をよじり球をかわす。

 続けてクラウスは左腕を振りあげ、もう一つの魔力球を思い切り放り投げた。しかし――。

 

「くだらねえ真似を――はあっ!」

 

 ベルムハルトは剣を振るい、自らに迫る弾を両断した。

 だが、そこで弾はまばゆい光を放ち――

 

「っ――ぐおおおおお!!」

 

 次の瞬間、魔力弾は大爆発を起こし、ベルムハルトを巻き込んで一帯を白く染め上げる。あまりの眩しさにクラウスはぎゅっと目を細くする。

 だが……。

 

「――あめえよぉ!!」

 

 爆発をもろに受けたはずのベルムハルトはほ(・)ぼ(・)無(・)傷(・)のまま突貫する。そして――

 

「はああああっ!」

 

 ベルムハルトが振り下ろした剣はそのままクラウスの胴を斜め下に斬り裂く。クラウスは体からおびただしい血を噴き出しながら後ろに倒れる。

 だが、彼は脚に力を込めて懸命に地面を踏みしめ――

 

「覇王――――断空拳!!」

 

 剣を振り下ろしたまま硬直するベルムハルトのどてっ腹に、クラウスは全ての力を込めた一撃を放つ。まともに喰らえば胴体を貫き、心臓を粉々にするほどの一撃を。

 だが――。

 

「終わりか?」

 

 腹に一撃受けたままベルムハルトはそう吐き捨てる。それこそ蚊でも止まったかと聞いているように。

 そして――

 

「はああっ!」

「ぐああああっ!」

 

 ベルムハルトはクラウスの胸に深々と剣を突き入れる。そして串刺しになったクラウスを見て嘲りの笑いを浮かべた。

 

「これまでのようだな。『闇の書の意思』を取り込んだ今の俺にはあの程度の攻撃は通用しないらしい。多少痛くはあったがな」

「なん、だと……」

 

 言いながらもクラウスは内心で納得の声を上げる。

 

――確かに、僕が渾身の力で奴の顔や体を殴ってもびくともしなかった。普通の体じゃない。僕がどんなに魔力を込めて攻撃しようと、奴には通用しないというのか。あれが『闇の書』の、『闇の書の主』の力……。

 

 心の内でそんな弱音を零すクラウスにベルムハルトは冷笑を浴びせ、そして言った。

 

「敗北を認めて俺に味方するというなら、『闇の書』の力で助けてやってもいいぞ」

「なに……」

 

 クラウスの口から戸惑いと疑問の声が漏れる。ベルムハルトは『闇の書』を手元に出現させながら続ける。

 

「別に服従しろとは言わんし、シュトゥラをよこせともいわん。俺と同格の王としてシュトゥラを治めさせてやる。オリヴィエもお前にくれてやろう。どうだ?」

「なぜ……今さらそのような事を」

 

 意識を失いそうなほどの激痛をこらえながらクラウスは問いかける。その言葉(問い)にベルムハルトは唇の端を歪めた。

 

「お前、『青狐』を殺しただろう」

「……」

 

 その名を聞いてクラウスは苦痛とは別の衝動から唇を強く噛んだ。ベルムハルトはそんなクラウスの顔を眺めながら……

 

「その目を見ればわかる。大切だったものを自らかなぐり捨てた者の目だ。どうせならこのまま聖王家への忠誠心やくだらない正義感も捨てて、欲望の赴くままに生きてみる気はないか。公明な王子様が淫蕩王に劣らぬ暴君となる……それはそれで面白え」

「ふざ……け――ぐおぉっ!」

 

 クラウスは必死に抵抗を試みるが、ベルムハルトが剣をひねった途端苦悶の声を上げながら動きを止める。

 

「さすがにそこまで堕ちぶれるつもりはないか……なら望み通り、誇り高い王として死なせてやろう」

 

 ベルムハルトが言った途端『闇の書』が頁を開き、黒色の魔力光が集まってくる。クラウスを消し去るほどの大魔法を放つつもりだ。

 

――もう駄目なのか。僕の力ではこの男を止める事はできないのか。こんな悪漢一人倒せないまま、オリヴィエに後を託すしかできないのか。

 

 嘆いている間にもどんどん魔力が集まってくる。それを眺めながらクラウスは。

 

――そんなことじゃオリヴィエやエレミア、フローラにも顔向けできない。せめてこいつは、この男だけは僕の手で…………父上から、初代から託された“こいつ”の力を借りてでも――

 

 ――僕がベルムハルトを倒(殺)す――。

 

「――さらばだ!」

「ああああああぁぁっ!」

 

 ベルムハルトが最後の言葉とともに魔法を放とうとした瞬間、クラウスは絶叫を上げながら腕を伸ばして自らを貫いている刃を掴み――あらん限りの力をこめてそれを握り砕いた。

 

「なっ――」

 

 驚きに目を見張るベルムハルトを前に、クラウスは地面に着地しながら拳を引く。その拳は銀と紅の混じった色の魔力光を纏っていた。

 

「はあああああっ!!」

「がはあああっ!!」

 

 クラウスは己が拳をまっすぐ突き出す。二色に輝く拳は『闇の書』とベルムハルトの顔面に直撃し、書は空中に投げ出され、ベルムハルトも口から鮮血と折れた歯を噴き出しながら真後ろに吹き飛んだ。今までどんな攻撃を喰らおうとけろりとしていた『闇の書の主』がだ。

 

「馬鹿な、瀕死の貴様のどこからそんな魔力を……それにその紅色の魔力光は……」

 

 ベルムハルトは血で汚れた口を拭いながら、クラウスの拳を見る。その拳はクラウス自身の魔力光である『銀』に加え、『紅』色の魔力光も放っていた。二色以上の魔力光を放つ者など、『聖王』以外にいるはずが……。

 

「まさか……そいつは」

 

 呟きながらベルムハルトはクラウスの胸に視線を移す。そこからも拳から放っている者と同じ、“紅色の光”が漏れ出ていた。

 

「これが、我らが祖先が初代聖王から託されたイングヴァルト家の至宝にして切り札――『覇王核』! 聖王家の人々に埋め込まれている『聖王核』と同種の魔力コアだ。――この『覇王核』とともにお前の野望と息の根を止める!」

「聖王核と同種の魔力コアだと……本気か、そんなものを使えば……」

 

 ベルムハルトはその先の言葉を飲み込む。

 

 『聖王核』は聖王の力の源にして、聖王とゆりかごを繋ぐ動脈(バイパス)。使用者(聖王)とゆりかごに莫大な力をもたらす半面、その命を削っていく代物だ。そんなものと同種の『覇王核』も間違いなく――。

 

「――武器を出せ!!」

 

 ベルムハルトが怒鳴り声を上げるとともに『闇の書』が黒い光を放ち、彼の手元に剣が現れる。それを握った瞬間クラウスが眼前に迫り、拳を振るってきた。

 

「はあああっ!」

「――ぐっ」

 

 ベルムハルトの剣とクラウスの拳がぶつかる。先ほどの比にならないほどの拳の強さに体が冷えるような悪寒と不快感を覚えながら、ベルムハルトは剣を振るい続ける。クラウスも二本の腕を繰り出し、振り下ろされる剣を殴り続ける。刃を殴った痛みと腕(・)の(・)中(・)か(・)ら(・)伝(・)わ(・)っ(・)て(・)く(・)る(・)痛(・)み(・)に耐えながら――。

 

 剣戟の合間に剣からミシッと軋むような音が聞こえてくる。ベルムハルトは黒い魔力を纏った左腕を掲げ――

 

「図に乗るなよ――はあああっ!」

 

 ベルムハルトの左腕から魔力でできた“闇色の腕”を伸ばし、振り上げかけたクラウスの右腕を掴み取った。

 

「くらええええっ!」

 

 がら空きになったクラウスに向けてベルムハルトは剣を振り下ろす。だがクラウスは掴まれたままの右腕を真横に伸ばし、その腕で剣を受け止める。腕は斬れるどころか血が滲んですらいない。

 クラウスは左腕を構え、剣を振り下ろしたまま隙を晒しているベルムハルトに向かって――

 

「はあああああっ!!」

 

 クラウスの正拳を腹に喰らい、ベルムハルトは口から胃液を吐き出しながら体をのけぞらせる。その拍子にクラウスの腕にまとわりついていた“魔力の腕”がほどける。クラウスはすかさず自由になった右腕を叩きつけるが、ベルムハルトの前に現れた黒い盾がクラウスの拳を弾いた。

 ベルムハルトはもはやニヤリとも笑わず――

 

「かかったな――死ねええぇっ!!」

 

 クラウスの頭を叩き斬ろうとベルムハルトは剣を振り上げる。だが――

 

「――まだだっ!」

 

 クラウスは紅色の光を纏った拳を突き出し、盾を殴りつける。その拍子に盾は砕け、迫っていた剣も吹き飛ぶ。そしてクラウスの拳からも力を出し尽くしたように光が掻き消える。それを見てベルムハルトはしめたと思った。

 

「ようやく覇王核の力も尽きたか。ならば――こいつで終わりだ!!」

 

 ベルムハルトは右手を開け、そこに剣状の闇が集まってくる。対してクラウスは逆に強く拳を握りこむ。噴き出る血も骨の芯から伝わってくる激痛もかまわずぎゅっと。

 

 一瞬遅れてベルムハルトの剣が精製される。その時にはすでにクラウスは銀色に輝く拳を繰り出そうとしていた。ベルムハルトも剣を手にしそのまま振り下ろす。

 

「あああああああ――!!!」

「――はああああああ!!!」

 

 ベルムハルトの剣とクラウスの拳が吸い寄せられるように衝突する。その結果は…………。

 

 

 

 ここで余談だが、ベルムハルトが取り込んだ『闇の書の意思(ファーレ)』と、彼女の本体にして依り代でもある『闇の書』は、支配紋によって力を抑えつけられられている状態だった。

 そのため、ベルムハルトもファーレや闇の書の力を十分に引き出すことができず、武器の精製といった一部の魔法も実行までわずかに遅れが生じていた。

 もし支配紋がなければ、あるいはわずかでも『闇の書』への支配が弱ければ、この勝敗も変わっていただろうか。もっとも、支配紋がなかったり弱かったりすれば、ベルムハルトはこれまでの主同様『闇の書』に取り込まれてしまっていただろうが。

 いずれにしろ、もう結末は変わらない。『闇の書の主』――淫蕩王ベルムハルトは覇王クラウスの前に敗北したのだ。

 

 

 

「が、はっ――」

 

 クラウスの拳で胸を貫かれ、ベルムハルトは口から大量の鮮血が噴き出しながら剣を取り落とし、膝から崩れ落ちていく。同事に彼の胸から飛び出した黒い球体のようなものが『闇の書』に吸い込まれ、ベルムハルトの髪と瞳も元の色に戻っていった。

 それを見て、今まで巻き込まれないよう主達を遠巻きにしながら戦っていた兵士達も動きを止め、彼らの方に目を向ける。

 その視線の真っ只中で、ベルムハルトはクラウスを見上げながら言葉を吐き出した。

 

「まさか、聖王(オリヴィエ)の助け抜きで俺に勝っちまうとはな……ぐ、くくく。お前ごときに破れるようじゃ聖王なんかに勝てるわけがねえ。最初から俺に勝ち目なんてなかったのかもな、くくく……」

 

 腹を押さえながら、ベルムハルトはうめきの混じった笑い声を漏らす。そんな彼をクラウスは冷徹な目で見下ろしながら……

 

「ベルムハルト……なぜベルカ支配など企んだ? お前のあさましい欲望など一国の王になった時点で容易に満たせるはずだっただろう。なぜ『ゆりかご』を持つ聖王を敵に回してまで、ベルカ支配など身に過ぎた野望を実現しようとした?」

 

 その問いにベルムハルトは憑き物が落ちたような声を返した。

 

「……『自分の限界を試してみたい』、お前だってそれぐらいの願望はあるだろう。俺は自分(てめえ)が王の息子だと知った時から王になってやろうと誓い、親父と王を殺してその座を手に入れた。だが、その程度で満足できないのが“王”ってもんだ。手に入れた国をどこまででかくできるか、聖王の打倒や世界征服なんてものに挑みたくなった。『闇の書』を完成させればそれすら可能になるかもしれないと思えばなおさらな……それが罠(ファーレ)だとわかってても」

 

 そこまで言ってベルムハルトは自嘲的な笑みを浮かべる。だが……

 

「まだ終わりじゃねえぞ」

「なに?」

 

 ベルムハルトの一言にクラウスは眉を吊り上げる。そしてベルムハルトの傍に浮かんだままの『闇の書』を見てまさかと思った。

 

「どいつのせいか知らねえが、この本は完成次第暴走して主を飲み込み、世界をも巻き込んで自爆する欠陥品になっちまったみたいでな。管制人格に刻み付けた『支配紋』でそいつを抑えていたんだが、主が死にかけている今、支配紋も消えて再び暴走を始めようとしているらしい。ベルカそのものとまではいかなくても大陸一つ――最低でもヘンディガンとシュトゥラは確実に消し飛ぶぞ」

「――なんだと!」

 

 まさかの事実にクラウスは叫びをあげ、近くにいた兵達からもどよめきが上がる。シュトゥラとヘンディガン両方の兵からだ。

 

「ベルムハルト、貴様は最後の最後まで――」

 

 クラウスはベルムハルトの胸倉に手を伸ばす。しかし、ベルムハルトは嘲りの笑みを浮かべたまま首を横に振り。

 

「いいや、暴走の引き金を引いたのはお前だ、クラウス。俺が生きている限り、支配紋は今も『闇の書』を抑え続けていただろうからな。お前が俺を殺したせいでシュトゥラは滅びる。たぶん、ここに近づいてきているオリヴィエもゆりかごごとな」

 

 それを聞いてクラウスは唇を強く噛みしめる。シュトゥラとオリヴィエを守るためにベルムハルトを討ったはずが、ベルムハルトを討ち取ったせいでシュトゥラとオリヴィエが滅びてしまうというのか。

 ……いや。

 

「まだだ。まだ暴走とやらが始まる気配はない。支配紋はまだ消えていないんだ」

「……?」

 

 つぶやきを漏らすクラウスにベルムハルトは怪訝な顔を向ける。クラウスは胸に手を当てながら続けた。

 

「今のうちに、支配紋が完全に消える前に『闇の書』を破壊すれば何とかなるかもしれない。この『覇王核』の力を闇の書に叩き込めばおそらくは……」

「本気か……そんなこと、できたとしてもお前もただではすまんぞ」

 

 覇王核を発動させた時と似た問いをぶつけてくるベルムハルトに、クラウスは言葉を返す。

 

「ああ。僕の命はシュトゥラを守る事と聖王(オリヴィエ)を支えるためにある。ここで闇の書もろとも滅びても、シュトゥラと彼女を守れるのなら本望だ」

「馬鹿が、諦めておとなしくしていればオリヴィエもろとも楽に死ねるものを…………」

 

 そう言いながらもベルムハルトは薄い笑みを浮かべる。自分を破ったからにはそれぐらいの事はしてみせろと言いたげな顔で。

 

 

 

 

 

 とうに戦う者などいなくなった戦場で両軍の兵が見守る中、クラウスは拳を構え、目の前に浮かぶ魔導書と対峙する。

 

「『闇の書』、ベルカとオリヴィエを守るため、今までの犠牲を無駄にしないために――お前をここで打ち倒(壊)す!」

 

 クラウスがそう言うと、『闇の書』は彼の前に浮かび頁を開いてくる。それは暴走の予兆のようでもあり、クラウスの挑戦を受けようとしているようでもあり、自身を破壊し(止め)てほしいと願ってるようにも見えた。

 

「はああああっ…………」

 

 クラウスは右腕を引き、自身と覇王核に残されたすべての魔力を込める。覇王核は再び胸の奥から紅色の輝きを放ち、クラウス自身の銀色の魔力光と合わさって右腕に集まっていく。

 それとともに体中から耐え難い激痛が襲ってきて、その場に倒れそうになる。

 だがその時――。

 

『来い、若き覇王。『私』からベルカとこの世界に住まう人々を守ってみせてくれ』

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その声とともに一糸まとわぬ姿の銀髪の女が魔導書の前に現れ、自らを差し出すように両手を広げてくる。それを見た瞬間クラウスは我を取り戻し、懸命に意識を保ちながら体中の魔力を右腕に集める。

 そして集められるだけの魔力が集まると、二色の光を纏う右腕をゆっくり後ろに引き、『闇の書』とその前に浮かぶ女に狙いを定める。

 

「……いくぞ」

『……』

 

 女は首を縦に振り、ただじっとその時を待つ。クラウスは『彼女』と『闇の書』にむけて――

 

「覇王――――断空拳!!!!」

 

 クラウスが右腕を叩きつけた瞬間、辺り一面に割れるような轟音が轟き、『闇の書』に亀裂が走っていく。

 その刹那――

 

 

 


 

「聞いたぞハルト。また侍女に手を出したそうだな。禁欲しろとは言わないが、女性には誠実になった方がいいんじゃないか。でないと、そのうち彼女達の誰かから刺されるぞ」

 

 シュトゥラ城の庭で、クラウスはベルムハルトらしき男に小言をぶつける。ハルトという男が身に着けている装束は礼服ではなく、あちこち汚れが付いている黒い鎧だった。

 だが、彼が浮かべている笑みは今と全く変わらないもので……

 

「ひがむなひがむな。羨ましいんならお前もさっさとそこらの女喰って童貞捨ててこい。抱いたからって娶る義務はねえんだし」

「――ば、バカな事言うな! 王子たる者がそんな事できるわけないだろう! お前のようなすけこましと一緒にするな」

 

 クラウスは顔を真っ赤にしながらまくしたてる。それを見てハルトは呆れたようにため息をつき。

 

「ったく、いつまでたっても青臭い奴だ。そんなんじゃオリヴィエの処女も俺が先にいただいちまうぞ。あいつの侍女二人もすでに墜としてるしな、邪魔する奴はもういない」

「なにっ? 貴様、エレミアだけに飽き足らずあの二人まで――」

 

 怒りを通り越し絶句するクラウスにハルトはふてぶてしい笑みを向ける。

 

「俺に取られたくなければ、さっさとオリヴィエを手籠めにでもするんだな。草食相手だと俺も張り合いがない」

 

 それだけ言い残してハルトは立ち上がり、この場を去ろうとする。クラウスもおいと言葉をかけながらその背中を追った。

 


 

 

 

 その瞬間、クラウスの意識は現実に戻った。

 

 ひびが入った『闇の書』は身悶えするように開閉しながら空中を漂っていたが、銀髪の女に抱かれた瞬間動きを止め、徐々に形を失い、霧散していく。

 銀髪の女は書を抱きながら、クラウスに向かって口を開いた。

 

『ありがとう……私(闇の書)と主を止めてくれたこと、心から感謝する…………すまなかった。私のせいで主ベルムハルトは道を誤り、多くの者が辛苦を味わうことになった。その罪はすべて私にある……オリヴィエという少女にもそう伝えてくれないか』

「…………それは」

 

 逡巡しながらもクラウスは何か言い返そうとする。だが、その間に女の姿もかき消えていき、『闇の書』とともに消失していった。それを見届けた瞬間、クラウスは糸が切れたように腰をぬかし、その場に膝をつく。

 そこでくぐもった笑い声が届いてきた。

 

「くくっ……罪はすべて私にか……あの女、最後まで下らねえことを言いやがる……」

 

 ベルムハルトはその場にうずくまったまま、かすれるような声を漏らす。クラウスは膝をついたまま同じ目線でベルムハルトを見る。そんな彼に……

 

「まだ終わりじゃねえ」

 

 『闇の書』の暴走を明かした時とは違う響きでベルムハルトはそう呟き……

 

「戦乱はすでにベルカ中に広がっている。俺一人が死んだところで終わるわけがない。これからその戦を終わらせるための戦争が始まるだろう、聖王(オリヴィエ)と諦めの悪い王達との戦争がな……覇王核の力を失い、腕もまともに動かなくなったお前はこれからどうするつもりだ……」

「…………」

 

 ベルムハルトの言う通り、彼や闇の書との戦いで覇王核は力のほとんどを失い、右腕もほとんど動かなくなっている。この状態で諸国と戦い抜くことなど到底不可能だろう。

 だが――。

 

「戦うさ。ベルカから戦いや争いがなくなるまで……オリヴィエが夢見た『平和』が戻ってくるまで。そうしなければ、オリヴィエやエレミア……フローラにも顔向けできない」

 

 オリヴィエ達のみならず憎き間者の名前まで出しながら宣言するクラウスに、ベルムハルトは目を見張りながらも、やがてくぐもった声で笑い……。

 

「せいぜい地獄ってところから見物させてもらうか……お前がどこかで野垂れ死ぬか、『平和』とやらを取り戻すまでな……く、くくくくく、ぐふっ――――」

 

 笑い声の途中で血を吐き出し、ベルムハルトは前のめりに倒れる。それから彼は声を発するどころかピクリとも動かなくなった。クラウスは何とも言えない顔で彼の屍を見下ろす。

 その直後、シュトゥラ兵達からつんざくほどの歓声が上がり、ヘンディガン兵達は観念したように膝をつき崩れ落ちていった。

 

 

 

 

 この瞬間、淫蕩王の死と闇の書の消滅をもって、シュトゥラ王国の勝利とヘンディガン王国の滅亡が決定した。




次回の後日談で本編は完結になります。
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