淫蕩王ベルムハルト 作:ヒステリア
盗賊を撃退してから四半刻も経たず、ハルト達は近くの村に辿り着いた。
人口百人にも満たない小さい村で、食堂を兼ねた宿泊所以外は家がぽつぽつ建っているだけだった。
そんな小村でも野道や山道よりははるかにましで、一同は安堵を覚えながら村の中を進む。
そうしてほどなくして、上述の宿泊所に彼らは足を踏み入れた。
しかし、そこで最初の問題が起きる。
「まさか一部屋しか借りられないなんて……」
借りた部屋に入って早々、リッドはそんな嘆きをこぼす。
宿の規模と一行の人数からさすがに個室は期待していなかったが、まさか男女混合で一つの部屋に泊まれと言われるとは。
その一方で他の面々は……。
「ではいつも通り夜まではこのまま過ごして、寝る時は部屋の真ん中に仕切りをかける、という感じでよろしいでしょうか?」
「おう。それで構わねえよ」
シャマルの意見にハルトは空返事を返しながらその場で
しかし、こんな状況ではレティと話をすることなんてできない。今だってハルトの傍に腰を下ろして何ごとか話しかけてる状態だ。そこでリッドは――
「レティ様、そろそろお風呂に入りませんか。この宿には“温泉”という天然のお風呂があって、疲労回復の効能があるって評判なんです。外に掘られてて景色もすごくいいんですよ」
「あら、それは本当! でも外というのが気になるわね。誰かに見られたりしないかしら」
人前であんな鎧着ているのに入浴を見られるのは抵抗があるのかという突っ込みと、それぐらいの羞恥心は残っていたんだと安堵しながら、リッドは首を横に振る。
「大丈夫です。温泉のまわりは塀で囲まれてて、通行人には見えないようになっていますから。男女別に分けられてないから、そこは気をつける必要がありますけど」
「そう……」
レティは返事をしながらちらりとハルトに視線を流す。それを見てリッドはすぐにでもレティを連れ出したい衝動にかられるが、懸命にそれを堪える。今の彼女を無理やり連れ出したところで、またハルトのところに戻っていくだけだろう。
一方、当のハルトは顔を上げて……
「温泉か。よし、リッドは先に行ってこい。俺達はまだ泊まりの準備とかしなきゃならねえからよ」
「えっ……」
一人だけ先に行くよう言われ、リッドは戸惑いの声を漏らしながらレティを見る。ハルト達が来ないのは万々歳なのだが、レティと行けないのでは意味がない。
それを察してか……。
「心配しなくてもレティならちゃんと後で行かせてやるさ。それとも一人じゃお風呂にいけないのか?」
意地悪そうな笑みを浮かべながら尋ねるハルトにリッドはむっとして。
「違います! じゃあ僕は先に行ってますから、レティ様も来てくださいね。すごく気持ちいいですから!」
そう言って着替えを手にしながらリッドは部屋を出て行く。それを見てハルトはにやりと笑みを浮かべた。
「まったく、あんなスケベそうな男のどこがいいんだか……」
真っ白な湯気が立ち昇る湯に浸かりながら、リッドは一人愚痴をこぼす。レティにいやらしい形状の鎧を着せ、彼女以外にも美女二人と年端もいかない少女を侍らせているような男なんて絶対ろくな奴じゃない。
――この村にいる間になんとかレティ様を説得してメルヴィンまで送り返さないと。ヴィヴィ様やクラウス王子には悪いけど、それまでシュトゥラには帰れそうにないな……んっ?
そこでガラガラと扉が開き足音が近づいてくる。彼女にしては大股だけど。
そう思いながらリッドはそちらを振り向き――
「やっと来ましたか、レティ……さ…………」
リッドはそこで言葉を飲みこみ、湯から上がったまま立ち尽くす。
なぜなら……。
「ようリッド、湯加減はどうだ?」
そこに現れたのはリッドを悩ませていた張本人――ハルトだったからだ。タオルを肩にかけ、股間から伸びている名器を恥ずかしげもなく晒している。
まさかの出来事にリッドは顔をそむけることも叫び声をあげることもできず、ぱくぱくと口を開くしかできなかった。
十数えるほど経ってリッドはようやく我を取り戻し――。
「は、ハルトさん! どうしてハルトさんがここに!?」
顔を真っ赤にし、湯船に劣らないほどの湯気を噴き出しながらリッドは叫ぶ。そんな彼女とは正反対にハルトは何でもなさそうな顔で告げた。
「どうしてって温泉に入りにきたに決まってんだろう。他にやることもねえし、夜に備えてさっぱりしておきてえしな」
「い、いや――僕が入ってるって知ってたんだよね? それなのにどうしてハルトさんが入ってくるの!?」
まくしたてるように問いをぶつけてくるリッドに、ハルトは怪訝そうに眉を顰め……
「別に構わねえだろう、男同士なんだから。それとも、お前もしかしてレティやシグナム達と入るつもりだったのか? リッドも隅に置けねえな」
「ち――違うよ!!」
リッドは勢いよく否定しながら湯に浸かって体を隠す。そういえば、ハルト達には自分が女だと教えていなかった。
膨らみに乏しい体形や癖のある髪型、黒衣の上着と長ズボンといった服装、そして『僕』という一人称……それらの特徴からほとんどの人間は自分の事を男だと思っているし、それを訂正したことはない。
一人旅においては、男と思われる方が何かと有利だ。男と女では賊に襲われる危険も全然違うし、行く先で絡まれることもほとんどない。もし先ほどの盗賊に自分が女だと知られていたら、持ち物を奪うだけで済まそうとはしなかっただろう。そういったことを避けるために男装している女旅人だって珍しくないぐらいだ。
そんなわけでリッドも面倒事を避けるために男のように振る舞うようになり、わざわざ女だと訂正して回るような真似はしなくなった。
つまり、ハルトはまだリッドを男だと思ったままのはずで、一緒に風呂に入ろうとするのはなんらおかしいことではない。彼を責めるのはお門違いだ。
しかし……。
「レティ様は? 後で行かせるって行ってたよね?」
「そりゃお前、俺達が上がった後、シグナム達と入らせるに決まってんだろう。やっぱりレティと入るつもりだったのか。むっつりめ」
笑いながらハルトは自らの体に湯をかけて、湯船に入ってくる。リッドは彼と距離を離しながら身体を湯に沈めた。
なお、今さら言うまでもないと思うが、ハルトはとうにリッドが女だと気づいている。リッドを助けに行く前にレティから聞いていたし、さっき彼女の裸を見た時に股間の割れ目をばっちり眼に焼き付けている。
そうとは知らず首元まで浸かって必死に身体を隠そうとしているリッドを眺めながら、ハルトはほくそ笑んだ。
――今はこれぐらいにしておくか。こんなゴツゴツしたところでやっても気持ちよくねえし、宿を追い出されたくねえしな。
一刻後、ハルト達と騎士達――ザフィーラもシグナム達が汲んできた湯で――湯浴みを済ませて、夕食を摂るために宿の一階にある食堂に降りた。
恥ずかしさとハルトが出るまでずっと浸かりっぱなしだったせいですっかり茹で上がったリッドに騎士達はいたわりの言葉をかける一方、
リッドはハルトを半眼で睨みつけるが、ある事に気づいた途端目をぱちくりさせて……
「……あれ、レティ様は? あなたたちと一緒じゃなかったんですか?」
レティがいない事に気づきリッドは騎士達に尋ねる。すると騎士達はあたりを見回し、シャマルが首を横に振りながら言った。
「いいえ、私達は一緒じゃなかったわ。てっきり、主様かリッドさんと一緒にいると思ってたんですけど……」
そう言ってシャマルもまた食堂を見回す。しかし、食堂のどこにもレティらしき女はいない。あんな美少女、しかもほぼ半裸姿の娘見逃すはずがないのだが……。
一同が不穏な予感を覚えたところで、店の主人がハルト達のもとにやってきた。その顔には不安の汗が浮かんでいて、注文を取りにきたにしては様子がおかしい。それに彼の手には一枚の紙が握られている。
彼はリッドをしげしげと見てから彼女に話しかけてきた。
「あの……少々よろしいでしょうか。実はあなた様に手紙を届けるように頼まれたのですが……」
「手紙……誰からですか?」
リッドの問いに主人は首を横に振りながら――
「さあ、中年に入りかけた歳の男でした。少し汚れた身なりをしていて、それ以外の事は何も……」
それを聞いてリッドは怪訝に思うと同時にまさかと思い、主人の手に握られている手紙に手を伸ばす。
「わかりました。とにかくその手紙を見せていただけますか。それを読めば何かわかるかも」
「ええ、もちろん。そう頼まれてますから」
主人は二度ほど首を縦に振りながら畳まれたままの手紙をリッドに差し出す。
用件を終えて厨房に戻っていく主人をよそに、リッドはすぐ手紙を広げる。そして二行目を見た時から彼女はかっと目を見開き、唇を噛みながら最後まで読み終えた。内容は短く、五数えるほどもかからなかっただろう。
「ごめんみんな。僕はちょっと外に出なきゃならなくなった。食事はいらないからハルトさん達だけで食べてて!」
口早にそう告げるなり、リッドは席も片付けずそのまま外に向かう。それを見ながらシャマルは斜めに首を傾けながら言った。
「どうしたのかしら? もしかしてレティさんに関係があるのかしら……」
「うむ、そうかもしれん。会った時からずっとレティと話がしたい様子だったしな。もしくはあの様子からすると……」
シグナムは腕を組みながら続きを言いかける。その時――
「あら、私がどうかしましたの?」
その声とお姫様口調につられ、一同はいっせいに顔を向ける。そこには胸の開いた湯着をまとった金髪の少女が立っていた。彼女は紛れもなく――。
「レティ! お前、今までどこに――」
レティの姿を見るなり椅子から立ち上がり尋ねるヴィータにレティはきょとんとした様子で……
「いえ、“
そんなことを言いながらハルトにしなだれかかるレティだったが、当のハルトや騎士達は彼女が向かって行った外の方を見、そして悟った。
「おい、まさかあいつ――」
ヴィータのつぶやきに一同はリッドが置かれた状況を悟る。おそらくあの手紙には『レティは預かった。返してほしければ一人だけで俺達のところに来い』というようなことが書かれていて、リッドは一人でそいつらのところに行ったのだろう。そいつらの見当も大体つく。
そんな中、レティは何も知らないまま一人きょとんと小首をかしげていた。