淫蕩王ベルムハルト 作:ヒステリア
(1)勇者アレン
首都の中央にそびえ立つ、贅を尽くした煌びやかな王宮の奥。
無数の高官達の間に敷かれた絨毯の上に、一人の男が片腕と片膝をついていた。金色の髪を切り揃え、儀礼用のマントの付いた服を纏った、二十過ぎの男である。
彼の先には
「アレン・ベルナード、
自身の前で跪く戦士を見下ろしながら、美女は厳かな声で告げる。それに対し、金髪の戦士は「はっ」と声を上げながら端正な顔を美女に向けた。
その瞬間、美女の頬に赤みが差すが、高官達がいることを思い出して彼女は表情を引き締めた。
「勇者アレン、『貴族復権派』を僭称する反乱軍の討伐、大義でありました。あなたの働きにより、ヴェスフールの民に安らかな日々が戻ってくるでしょう」
「いえ、異なる世界から身を寄せてきた我々一家を受けいれてくださった、ヴェスフール王国の皆様と女王陛下から受けた大恩に比べれば些末なことです」
膝をついたままそう応えるアレンに、女王ユメリナは輝くような笑みを浮かべた。
「アレンのような勇敢な者を我が国に迎えられて、わたくしこそ嬉しく思います。……さて、此度の働きに対する貴君への報償ですが……五億フラールほどでいかがでしょう? それに加えて、わたくしの資産から五千万フラールをお出ししたいと思っています」
ユメリナがそう言った瞬間、高官達からどよめきがあがり、アレンも思わず目を見張る。
五億フラールとなれば国庫の1割近い額。庶民にとっては一生遊んで暮らしてもほとんど余るほどの大金だ。それに加えて女王自身も五千万フラールを出すという。
それを聞いて、高官達の中から中年の男が飛び出してきた。
「じょ、女王! さすがにそれはいかがかと思います! アレン殿の働きは認めますが、いくらなんでも五億というのは――」
女王を前に高官は果敢に告げる。他の高官も彼に同調するようにユメリナに目を向けた。
するとユメリナもふむと顎に指を乗せながら言った。
「そうね、確かにアレン様の功績を考えたら
減るどころか二億も増えてる……。
女王の壮言に高官達が絶句し何人かが頭を抱える中、アレンはユメリナに『吊り上げすぎだ』と思念を送る。だが、彼の気も知らずユメリナはしたり顔を返してくるのみだった。
この世界では『念話』や『思念通話』といった魔法は普及していなかったな……とアレンはため息をついてから、“主君兼恋人の一人”に向かって口を開いた。
「陛下からのご厚意、誠に嬉しく思います。しかし七億ほどの大金など私には重すぎます。どうかそれは民のためにお使いください。その代わり、陛下の資産から出すとおっしゃった五千万フラールをいただけないでしょうか。私にとっては国庫の七億よりも、陛下のお手元にあった五千フラールの方が
最後の一言を聞いて、ユメリナは「まあ」と声を漏らしながら顔を真っ赤に染める。そして顔に赤みを残したまま言葉を返した。
「わかりました。要望通り、わたくしの資産から五千万フラールお出ししましょう。とはいえ不穏分子の撃退を成し遂げた勇士に、王国が何も出さないというわけにもいきません。五千万フラールに加えて国庫から二億フラール支払う、という事でいかがでしょうか?」
ユメリナが問いかけると高官も「まあ、二億ほどでしたら」と言いながら列に戻っていった。
それを見てユメリナは満足そうに頷き――
「では謁見は終わりにします。皆はそのまま仕事に戻って。わたくしは二時間ほど部屋で休みます。よければアレンも一緒にどうかしら。あなたの故郷、『ベルカ』についてまた色々聞きたいわ。もちろん、お疲れなら無理にとは言いませんけど」
「まさか、それくらいいくらでもお話ししますよ」
不安そうに付け足す女王に、アレンは笑みと朗らかな返事を返す。
玉座から立ち上がるユメリナにアレンは手を差し出し、ユメリナは彼の手を取りながら歩き出し、二人はそのまま謁見の間を後にした。
それからしばらくして……。
「ユメリナ様、やはりあのアレンという男のことを……」
「うむ。反乱軍を討伐したとはいえ、七億も出そうとするぐらいだからな。それにあんなドレスを着てきたとなると……」
そう言って高官達はユメリナが着ていたドレスを思い返す。そのドレスは他国の王族との夜会に用いられていた衣装で、公務用のドレスと違い、胸の谷間や背中などの露出が激しいものだった。
そのうえユメリナは今、自身の部屋に彼を連れ込んでいる。まさかとは思うが……。
「あぁ……アレン様、もっと突いてください、わたくしの中、突き破っちゃうくらい――あああん!!」
謁見の間での凜々しい姿とは一変、ユメリナは一糸まとわぬ姿でアレンにまたがりながら淫らに腰を振る。アレンも彼女の中に己のモノを突き入れながら腰を揺らしていた。
何度もユメリナの奥を突きあげているうちにアレンの下半身に滾りが集まり――。
「女王様、出すぞ……そのままでいいんだな?」
注送を続けながら問いかけるアレンに、ユメリナは歓喜と不満の混じった声で……
「“ユメ”って呼んでください。わたくしは女王である前に、あなた様の“女”なんですから――ああああああ!!」
甲高い喘ぎを耳にしながら、アレンはユメリナの中に精を解き放つ。
アレンが放った精をすべて受け止めると、ユメリナは彼に抱きついたまま呟きを漏らした。
「久しぶりにいっぱい注がれました。今日こそ孕んだかしら?」
「どうかな。しかしいいのか、女王様が俺みたいな庶民、しかも他世界出身者の子供なんか身ごもろうとしても――んっ」
アレンが言いかけたところでユメリナは彼の口を奪い、自らの舌を入れる。しばらく舌を絡ませあってから彼女は言った。
「いいんです。もうこの国に『貴族』はいないんですから。アレン様がわたくしを娶ってくださればなんの問題もありません。条件付きとはいえ一夫多妻も認めた以上、アレン様に何人奥様がいても問題ないでしょう」
その言葉にアレンは「まあな」という返事と苦笑を返す。
ユメリナ・フィレスティア・フラール。
『次元世界ウルスマ』を五分する『ヴェスフール王国』の女王であり、アレンの恋人
母である先代の女王亡き後、貴族達を扇動し国を乗っ取ろうとした宰相に捕らわれそうになったところをアレン達に救われ、彼らの助力を得て反乱の鎮圧に成功した。
これまで異性と無縁だったユメリナは、アレンの活躍を見ているうちにあっという間に彼に惚れ込み、アレンに求められるまま肉体関係を結んだ。
ユメリナの即位後、貴族制度は廃止され、そのうえ平民元貴族問わず一千万フラール以上の資産を持つ者は複数の妻を持つことが許されるようになった。
前者は『宰相派』の一掃も兼ねているが、後者は完全にユメリナがアレンと結婚するために作った新法である。もっともこの法律の施行後、一夫多妻の権利を得ようと労働者達が仕事に励むようになった結果、国内生産量が上がり景気もよくなったため、一概に悪法とは言えないのだが。
「アレン様、本当に二億五千万ぽっちでよかったんですの? アレン様になら七億どころか、国庫のすべてを差し出してもかまわないと思ってますのに。アレン様さえよければ今から皆を集め直して――」
「アホか。んなことしたら、今度はあの高官達が反乱起こすぞ。そもそも七億なんて車でもねえと運べねえし、額が多すぎて銀行にも預けられねえ。今回は二億五千万ぐらいで十分だ。この後飲みに行くつもりだから荷物も軽くしておきたいしな」
「あら、もしかしてまた新しい出会いを探しに行くんですか? 私を抱いたばかりなのに」
頬を膨らませる真似をしながらからかうユメリナに、アレンは「どうかな」と笑い返す。
女神フリージアとその唯一の夫である騎士神ダミアルを主神とするヴェスフールでは、建国以来一夫一妻制が定められ、
しかし、それを守っているのは庶民くらいで、王族や貴族の間では側室や愛妾がいるのは当たり前だった。ユメリナの母は夫以外の男と関係を持たなかったらしいが、彼女自身は側室や愛人というものに嫌悪感がない。
それにアレンはベルカにいた時から十人以上の妻を持っており、浮気性の割に家族思いの面がある。そんな彼から無理やり妻や家族達を引き剥がすより、自分も“妻達”に入れてもらった方がうまくいく可能性が高い。
そんな打算もあってユメリナはあえて一夫多妻を合法化し、いずれ自分もアレンの妻にしてもらおうと画策していたのだった。
それから二時間後、王宮を出たアレンはラフな私服に着替えて首都の通りをうろついていた。その姿からは彼が王宮を訪れていた賓客だとも、女王の寵愛を得ている勇者だとも、想像だにできないだろう。
『首都フリージアス』。少し前までは『王都』と呼ばれていたが、宰相派の粛正と貴族制の廃止とともに、新しい時代の訪れを想起するように『首都』と呼ばれるようになり、女王までもがそう呼ぶようになって――アレンの呼び方に合わせただけなのだが――『首都』という名称が浸透した。
アレンは首都に並ぶ店を覗いたりして一時間ほど時間を潰してから、一軒の酒場に寄った。そろそろ“ショー”が始まる時間だ。
まだ日もくれていない時間にかかわらず、酒場はすでに多くの客で賑わっていた。すでに顔を赤らめている客も少なくない。
店内を眺め回しながらアレンはステージに近づく。そして……
「ん……?」
不機嫌そうな顔で一人酒を呷っている客が目に映り、アレンの口から怪訝な声が漏れる。短く切った緑髪に、紫の右眼と青の左眼の……男かな?
アレンは彼が座っている席に近づき……
「隣いいかい?」
そう声をかけた途端、オッドアイの男は据わった目で睨んできた。
「好きにしろ。ただし、僕には一切話しかけないでくれ。静かに飲みたい気分なんでね」
そう言い捨てると彼はまずそうに酒を呷り、一言どころか一文字も喋ることはなかった。次に声が聞けるのは酒を注文する時だろう。
と思っていたのだが……。
「……ん?」
客達がステージに集まりだし、近くの照明も落とされて真っ暗になって男はたまらず怪訝な声を漏らす。
それを見て……
「お前……もしかして、ショーのことを知らないで来たのか?」
「ショー? ああ、あのステージはそのためのものか。また下らないことを……」
男はそう吐き捨てながら鼻を鳴らす。しかし内心は気になるのか、ちらちらとステージに目をやっていた。
ちょうどそこでステージにスポットがあたり、軽快な音楽が流れ始める。それを見て男の目にわずかな期待が灯った。
だが次の瞬間――
『みんなー、今日も来てくれてありがとー! ちょっと恥ずかしいけど、私のショー見ていってねーー!!』
反響音の混じった声とともにステージの奥から“
一方、観客達はそんなこと微塵も気づかずストリッパーに野太いコールと拍手を送る。ストリッパーは彼らに向かって大きく手を振り、艶めかしいポーズを取り始めた。
それを呆然と眺めながら……
「な、なんだあれは? なぜ女の人が下着姿で、しかもあんな破廉恥なポーズを……」
男は顔を赤くし、肩をカタカタ振るわせながら戸惑いの声を漏らす。それを見てアレンは吹き出し、しばらく笑ってから言った。
「そりゃそうだろう! ここ“ストリップバー”だぜ。お前本当に知らずに来たんだな」
「ストリップだって!? そんなこと看板に書いてなかったぞ!」
「そりゃ、昼までは普通に酒が飲めるだけの店だからな。だが、奥にでかいステージがあって、客のほとんどが男って時点で察しがつくもんだが」
「ぐっ……確かにおかしいと思ってたけど……まさか僕がストリップバーなんかに入るなんて」
男は悔し気に歯ぎしりをし、グラスを強く握る。その拍子にグラスからヒビが入るような音が聞こえた気がした。
「言っておくがあんなの序の口だぞ。ある程度したら下着も脱ぐからな」
「し、下着を!? いくらなんでもそんなこと――」
男が叫んだところで、ストリッパーはブラに手をかける。それを見て観客から歓声と下卑た声が上がった。彼女は焦らすようにゆっくりとブラを外し、次は下を覆っているショーツに手をかけ――。
――ドン!
その瞬間、オッドアイの男は大きな音を立てながらグラスを置いた。その音に気づいて観客の一部が怪訝な目でこちらを見る。だが、男は構わずわざとらしく大きな音を立てながら立ちあがった。
アレンは彼に手を伸ばしながら――
「お、おい、見ていかねえのか?」
「見ないよ! お前一人で見てればいいだろう!」
そんな捨て台詞を残しながら男は支払いを済ませ、そのまま店を出て行く。
それを見て何人かの客が「なんだあいつ」と笑いながらステージに目を戻す。
一方、アレンはオッドアイの男が去った出口を見たまま独り言をこぼした。
「女の下着姿や裸を見てあの反応……あいつまさか」
悪名高い『淫蕩王ベルムハルト』の死とベルカ滅亡から二十年余り。
ベルカから30ベクサ先にある異世界で、淫蕩王の遺児アレン・ベルナードと、『シュトゥラの覇王』クラウスの“娘”クライン・R・S・イングヴァルトが出会ってしまった。
この数日後二人は再会し、かつて淫蕩王が滅亡に追いやった『魔女』の生き残りをめぐる事件に関わる事になる。