「うっわぁ〜! すっごい立派な旅館ッス〜!」
駅から徒歩五分。町の中心からは少し離れた場所にある、年季を感じる老舗旅館。ここが3泊4日で僕たちがお世話になる旅館だ。
確かに、雰囲気ある建物だな。古くはあるが、寂れてるって感じはしない。つまり、この旅館が繁盛してる証拠だろう。
「……なんか、カップルの客が多くないか?」
それとは別件で、やけに男女2人だけのお客が多いような気もする。ここに来るまでも、駅前でやたらとカップルを見かけたし。
確かに秋は旅行しやすい季節ではあるけど、ここまであからさまに多いと気になってしまう。
「あー、ニュースでやってたッスね。なんでも、ここ最近でデキ婚した男女が過去最高数を迎えたとか」
「過去最高?」
「はいッス。日本は年々出産率が低下してたッスけど、今年は『第二次ベビーブームの再来か』なんて言われる程の子沢山時代らしいッスよ?」
「…………」
なーんか身に覚えのある出来事だなぁ……いや、まぁ、うん。子供が増えるのは良いことだし、何も悪くない。
ノーデンスちゃんの言ってた通り、少子高齢化が解消されちゃうな、こりゃ……いや、良いことなんだけどね?
「大丈夫大丈夫……別に人類が滅亡するわけでもなし……」
「先輩、なにブツブツ言ってるッスか?」
おっと、いけない。今は楽しい旅行中なんだから、小難しい考え事をするのはナシだ。
鈴夏にたくさん同年代の友達ができそうとか、そういうプラス方面の事を考えよう。
「こんにちわッス〜」
そんな事を考えていたら、一足先に凜花が玄関の引き戸を開けていた。
相変わらずマイペースだな、こいつ。
「え゛っ」
と思ったら、何故か入った瞬間に固まってしまった。
女子らしからぬ重低音が聞こえてきたんだが。
「どうした、凜花……って」
「ようこそいらっしゃいました──後輩くん❤」
凜花に続いて玄関をくぐってみると──そこには、三つ指をついて恭しく頭を下げる、金髪碧眼のぷにロリ和装美少女が鎮座していたのだった。
いや、なんで?
「……なんで先輩が居るんですか?」
「簡単な事さ❤わたしは神様だからねぇ❤面白そうなイベントの気配は見逃さないのだよ❤」
出かける前、妙にウキウキしてた理由はコレかぁ……心が読める筈なのに何も言及してこないの、おかしいと思ってたんだよなぁ。
あ、凜花が白目剥いてる。大丈夫か、しっかりしろ。
「いつ頃知ったんですか?」
「それはもちろん、1週間前さ❤」
「最初から筒抜けだったと……」
「あまり神様を舐めない方がいいよ❤後輩くん❤凜花ちゃん❤」
いや、舐めてないですけど。
というか、どうやって従業員になれたんだ……生活力皆無のくせに。これも邪神パワーってやつの仕業なのか。
「まぁ安心したまえよ❤今回のわたしはただの仲居さん❤二人の邪魔はしないからねぇ❤」
「本当ですか……?」
和服の上からポン、と胸を叩き、得意げな顔をしてみせる先輩。
いや、絶対セックス中に乱入してくる未来しか見えないんですけど。
「お〜いニャル〜? コレどこに持ってくんだっけ〜?」
なんて会話を交わしていると、奥から見慣れたピンク髪のぷにロリ和装ボテ腹美少女が姿を現す。その両手には、キンキンに冷えてるであろうビール瓶が握られていた。
うーん、なんで八尋まで居るんですかねぇ。その特大ボテ腹で仕事なんかして大丈夫なのか?
「あ〜!❤北条センパイに凜花センパイじゃ~ん!❤センパイ達も新婚旅行ですか〜?❤」
「……まぁ、そんなところだ」
否定はしない。先輩が許してくれるなら、いずれ凜花とも結婚したいと思ってたしな。
欲望には、正直にならなくちゃいけない。
「というか、八尋が居るって事は……まさかクトゥルフさんも?」
「いいや、アイツはつわりが酷くてダウン中さ。ツァトゥグァと一緒にね」
「あぁ……」
そういえば、あの事件の時にクトゥルフさんも受精してたっけ。ツァトゥグァちゃんも三つ子を孕んでたし、こうなるのは必然だったのかもしれない。
つわりは妊娠してから1、2ヶ月くらいが最も酷いと言われてるからな。それに関しては、しょうがないと割り切るしか無いだろう。
「おまけにくーちゃん先生もダウンしてるみたいだし……まったく、つわり如きで情けないねぇ」
「アリス先生もですか」
オナホの半分くらいダウンしてるじゃねぇか。いや、ココに3個もあるから、性欲の解消には十分だけどさ。
「ミントせんぱぁ〜い!❤❤❤お部屋のお掃除終わりましたぁ〜!❤❤❤」
「一之瀬まで……」
玄関先で雑談を続けていると、更に奥から黒髪の和装ボテ腹ガチロリオナホが姿を現す。
この旅館どうなってんだ、マジで。
「ふふ❤顔なじみが多いほうが安心できるだろう?❤」
「安心っていうか、これはもう知り合いの家に遊びに来たのと変わらないんですよ」
これだけ知った顔が多いと、旅行に来たという実感が薄れてしまうと思うんだが。
いや、そういう雰囲気も嫌いじゃないけども。でも、みんなに内緒で旅行したがってた凜花にとっては、致命的だと思うわけで。
「ちなみに❤ビヤーキー、深きものども、シャンタク鳥、忌まわしき狩人なんかにも手伝ってもらってるよ❤」
「先輩はこの旅館をどうしたいんですか?」
旅館そのものが魔窟と化してるじゃねぇか。後半の子たちには会ったこと無いけど、名前からしてヤバい存在って確定してるし。
いや、僕は大丈夫だけど、他のお客さんがね?
「大丈夫さ❤みんな後輩くん好みに女体化させてあるからねぇ❤」
「いや、そういう事じゃなくて……」
なんという職権乱用……いや、神権乱用。これは泣いていいと思うぞ、眷属たち。
「とりあえず❤カップル二名様、ご案内〜❤」
「は〜い❤❤❤ほら、北条こっちよ」
「お前の情緒どうなってんの?」
めちゃくちゃ先輩にデレデレしてると思ったら、次の瞬間にはスンッと真顔になってる一之瀬。
二重人格は治ったみたいだけど、普通に二面性を見せてくるからあんまり変わってない気がするな。ま、そこがチャームポイントでもあるんだが。
「歩けるか、凜花」
「うーん……」
ダメっぽいな……しょうがない、背負って運ぶか。
「ほらシャンタクちゃん、お客様のお荷物を運んであげて」
「は〜い」
気絶した凜花を背負ったと同時に、一人の女の子が現れて僕たちの荷物を持ってくれた。
先輩たちと同じく和服を身につけ、背中からはビヤーキーちゃんのようにコウモリの羽根を生やした女の子だ。
髪色は紫で、長さもビヤーキーちゃんとは対照的にショートヘアーで纏まっている。
「ありがとね、荷物持ってもらっちゃって」
「…………」
隣を歩く彼女にお礼を言ってみたのだが、反応されずにじーっと見つめ返されてしまった。
なんか、めっちゃ観察されてるな。別に珍しい顔でもないと思うんだけど。
「ふぅ〜ん」
「?」
かと思えば、プイッと視線を逸らされる。
なんか、ビヤーキーちゃんとは別ベクトルで不思議な子だな。
「はい、ここが『深淵の間』よ」
「おぉ……!」
一之瀬の手で襖が開かれ、そのまま部屋の中に通される。名前とは裏腹に見晴らしのよい和室で、窓の外には紅く色づいた庭園が広がっていた。
庭いっぱいの紅葉とは、壮観だな。感動と同時に、掃除大変そうだなって感情も湧き上がってくるけど。
「それじゃあ、何かあったら私を呼びなさい。く・れ・ぐ・れ・も、ミント先輩を呼びつけるんじゃないわよ」
「いや、そのお腹で接客なんて出来るのか?」
今の一之瀬は妊娠七ヶ月あたり、しかも双子を宿している。そんな状態で仲居さんの仕事なんて出来るのだろうか。
八尋と違って普通の人間なんだし、無理はしない方がいいと思うんだが。
「ふっ、甘いわね北条──愛さえあれば、何でもできるのよ!」
そう、一之瀬は言った。
大量の鼻血をこぼしながら。
「……ちなみに聞くが、その愛は誰に対しての愛なんだ?」
「ミント先輩に決まってるじゃない!❤❤❤」
「だろうと思ったよ」
まったく、相変わらず一之瀬はブレないな。ある意味で安心するわ、その愛の深さ。
たぶん、そこいらの狂信者よりよっぽど狂ってるぞ、お前。
「というわけだから、あんたは凜花としっぽり楽しみなさい!❤❤❤ミント先輩とは、私がイチャイチャさせて貰うわ!❤❤❤」
「では、ごゆっくり〜」
一之瀬が捨てゼリフ的なものを吐いて、シャンタクちゃんの手でピシャリと襖が閉められる。
そのまま二人の気配は遠のいていき、部屋には静寂が訪れるのだった。
『──あの少女、器にちょうどいいです、ね』
相変わらず、窓の外から眺める生ける炎に気づけぬまま。