「……燃えてるな」
「……燃えてるッスね」
火事といえば、火事だった。
しかし、その炎はまったく建物に広がらず、先輩だけを燃やし尽くしている。
いや、燃えてる本人が至って平気そうな顔してるの、何かのバグだとは思うんだけどさ。
「あの焦げくさい臭いは、先輩自身が燃えてる臭いだった……という事か」
「めっちゃ呑気に会話してるッスね、燃えてるのに」
うーむ、どうなってるんだアレ。先輩はともかく、一之瀬は普通の人間だった筈なのに。
少なくとも、燃え盛る炎の中で先輩に抱き着くなんて異常性癖は持ってなかった筈なのに。
「どうでもいいッスけど、二人とも全裸になってるッスね」
うん、そこは本当にどうでもいい部分だから、触れなくていいと思うぞ。
たぶん、燃えて灰になっただけだろうし。
「あっ、後輩くん! いいところに!」
奇天烈な光景を前に足踏みしていると、燃え盛る先輩の方から声をかけられた。
そんな『地獄の底で救いの糸を見つけた』みたいな顔されても困るんだが。
「でへへへぇ❤❤❤ミントせんぱぁい❤二度と離しませんよぉ〜❤❤❤」
「一応聞いておきますけど、どういう経緯でこうなったんです?」
燃えながら、ものすごい勢いでおっぱいに顔をうずめる一之瀬。その顔は非常にだらしなく、また恍惚としていた。
確かに、先輩のNカップ爆乳は抱き心地抜群だからな。気持ちは分かるぞ。
「えっと、簡潔に説明するとだね……クトゥグアが陽毬ちゃんの中に入り込んでしまったんだ」
クトゥグア……この前の事件を解決する時に先輩が利用した、生ける炎の邪神。
そういえば、その後どうなったのかは聞いてなかったな。先輩とガチバトルした、という情報が最後だ。
「どうやら、あの事件後から後輩くんを観察してたようでねぇ……身近な人間の身体を奪って、後輩くんとセックスしようとしてたみたいなんだ」
「なんて?」
今、だいぶ色ボケじみた発言が聴こえた気がする。なんか、他人の身体を乗っ取ってセックスしようとした、とかなんとか。
というか、いつの間に観察されてたんだ……全然気づかなかったんだが。先輩も気づいてなかったみたいだし、かなりの隠密性能を有してるな。
「でも先輩、今の一之瀬はごく普通に見えるんですが……」
「確かに、いつも通りのミント先輩ラブぶりッスね……」
「しぇ〜んぱ〜い❤❤❤」
先輩に嬉々として抱き着く一之瀬からは、邪神の気配をまったく感じない。
黒かった髪が紅くなり、毛先に炎が灯ったりしている。そして、瞳も燃えるような赤に変わっていた。
だがしかし、それは見た目の変化だけだ。一之瀬の放つ雰囲気は、何一つ変わっていない。
「どうやら、陽毬ちゃんの体質が関係しているようでねぇ」
「体質……ああ、二重人格」
「そう──今クトゥグアは、陽毬ちゃんの人格の一つになってる状態なのさ」
一之瀬陽毬は、二重人格者だ。
どうしてそうなったのかは教えてくれなかったが、とにかく一之瀬の中にはふたつの人格があるらしい。
何度もセックスを続けて、心の底までトロトロにとろかすことで完治した筈だったのだが──どうやら、まだ完全には治りきってなかったらしい。
「空っぽになりかけてたもう一つの人格に、クトゥグアが入り込んだ……そのせいで、陽毬ちゃんはこうして姿を変えてしまった、という訳さ」
「えぇ……」
色々とツッコミどころが多すぎるだろ、それは。
いや、神様が出てきてる時点で今さら感はあるけどさぁ。
「というか、それだけだと身体が乗っ取られてない事の説明としては不十分ですよね?」
「いい質問だね、後輩くん」
一之瀬に抱き着かれ、炎に包まれながら、先輩は人差し指を立てて見せる。
いや、燃えながらドヤ顔するんじゃないよ。こんな状況でもかわいいな、ちくしょう。
「それはひとえに──陽毬ちゃんの『愛』がなせる業さ」
「なぜそこで愛!?」
「あー……なんとなくわかったッス」
思わずツッコんでしまったこちらと違い、凜花は今の説明で理解できたようだ。
まぁ確かに、一之瀬から先輩への愛はとてつもなく深いものではあるけどさぁ……まさか邪神を押さえ込めるレベルとは思わないだろ。
「陽毬ちゃんは、わたしへの愛だけでクトゥグアを抑え込んでいるんだよ。それはまさしく超人──いや、狂人の精神力と言っていい程さ」
「まぁ、うん……はい」
「ッスッス」
なんともコメントに困る。一之瀬が狂人なのは最初から知ってたし。
というか、先輩は早く現状を何とかしたほうが良いんじゃないですかね。このままじゃ、遠からず燃え尽きちゃいそうだ。
「理由は分かったんで、本題に入りましょうか──それ、自力でなんとか出来ないんですか?」
「無理だね」
バッサリ、一刀両断。なんでもありの先輩が、ここまで無理だと断言することがあっただろうか。
「離れた状態ならともかく、こうも密着されてるとねぇ……それか、せめて炎が消えてくれれば……」
ため息をついて、首を横に振る先輩。見た感じ結構余裕そうだと思ったが、実際はそうでもないらしい。
つまり先輩を助けるには、炎を消すか一之瀬を引き剥がすかしなきゃならない、という訳だな。
「ふむふむ、それじゃあアタシがやってみるッス!」
「えっ」
そんな状況の中、凜花が一歩前に出た。
いきなり何を言ってるんだ、このオナホ後輩は。
「やってみるって……一般人がこの状況をどうにかできるわけ無いだろ」
「ふっふっふ〜! 実は一般人じゃないんスよね〜!」
渾身のドヤ顔を浮かべ、胸を張ってみせる凜花。それと同時に、その姿が徐々に変化していく。
血色の良かった肌は灰色に、銀色のショートヘアーは地面に付くほど長く伸び、青かった瞳は銀色に輝きだす。
数秒後、そこに居たのは──かつて海の底で見た、イメチェン姿の凜花だった。
「じゃ~ん! どーッスか!」
神秘的な姿に変わっても、中身は全く変わっていないようだ。自信満々な笑みを浮かべて、ダブルピースをかます凜花。
いや、その格好で大型犬ムーブしないでくれ……脳がバグる。
「実はミント先輩とコソ練してたんスよね〜!」
「実はそうなんだよねぇ。うん、ヨグ=ソトースのこぶしなら、この炎を消せる筈だよ」
「マジすか」
そんな、高校の部活動みたいな感じで練習するもんなのか、神様の力って。
いや、おそらく凜花が特別なだけだろうな。一之瀬は知らん。
「やり方はわかるね、凜花ちゃん?」
「もちろんッス!」
右手を正面に構え、先輩と一之瀬に狙いを定める凜花。構えた右手に、膨大なパワーが集まってくるのを肌で感じる。
うーむ、嫌な予感がビンビンだな。張り切りすぎて、ついでに旅館も爆散とか、普通にやりそうだ。
「ちょっと待て、凜花……場所を移動しよう」
「え〜、なんでッスか〜」
「旅館が無事で済む未来が見えないからだよ」
「大丈夫ッスよ! 信じてくださいッス!」
いや、ダメだ。せめて外に出てからじゃないと、使用は許可できない。
初めて台所に立つ子供に、いきなり包丁を持たせるなんて愚行は犯せないからな。
「大丈夫だよ後輩くん。この旅館には、寧々ちゃんが防護魔術を貼ってくれてるからねぇ」
「防護魔術」
「具体的に言うと、3D100くらいのダメージなら無効化してくれる筈さ」
「なんて?」
よくわからない単位が出てきたな。
「というか……その言い方だと、旅館にダメージが入るって確信してるように聞こえるんですが」
「ははは」
いや、はははじゃねぇんだわ。
「ともかくだ! 周囲への被害は気にしなくていいよ凜花ちゃん! 思いっきりやっておくれ!」
「了解ッス!」
「おい、ちょ、待──」
反射的に止めようとしたが間に合わず、凜花の右手から膨大な不可視のエネルギーが放出される。
それは勢いよく先輩と一之瀬に命中し、纏わりついていた炎を跡形もなく消し飛ばして見せた。
「ふぇ?❤」
「少しお眠り、陽毬ちゃん」
「んむっ──❤」
炎が消し飛んだ隙を突いて、先輩が一之瀬にキスをする。恋人同士がするような、唇だけが触れる軽いもの。
しかし、二人とってはそれだけで充分だったようだ。
「ん……❤❤❤」
キスをしたまま、一之瀬は満足そうな表情で目を閉じる。お姫様は王子様のキスで目覚めるというが、お姫様からキスされたら王子様は眠りに落ちるのだろうか。
まぁたぶん、力を使い果たして疲れただけだろう。見るからにエネルギー消費が激しそうだもんな、炎の力って。
「やった~! 大成功ッス〜!」
「…………」
一之瀬は眠り、炎は消えた。
その事実だけ見ればハッピーエンドだろう。
しかし、だ。
「凜花」
「はい?」
「上」
「うえ?」
はしゃぎ回る凜花を掴まえ、視線を上に向けさせる。
「あっ……」
旅館の天井があった場所からは、抜けるような秋空が顔を覗かせていた。
つまるところ、旅館の天井が吹き飛んでいた。2階建てじゃなくて良かったな、ホント。
「なにか言うことは?」
「……テヘッ❤❤」
「よし、先輩と一緒にお仕置きだ」
「うぇっ!? わたしもかい!?」
舌を出してお茶目にウィンクしてみせる後輩に、無慈悲なお仕置き宣言を下す。
ついでに、無責任なゴーサインを出した先輩にも、完膚なきまでにお仕置きしてやるとしよう。
「て、天井くらい、すぐに直せるッスけど……❤」
「そういう問題じゃない」
「あひぃん!?❤❤❤」
的はずれな事をぬかす後輩の右乳首を、服の上から思いっきり捻り上げる。
被害を出した後に直すんじゃなく、そもそも被害が出ないように立ち回ってくれ……まぁ、よっぽど緊急の時はしょうがないけど、今回は明らかに余裕あっただろ。
「というわけで、二人とも──ハメ潰される準備はできてますか?」
「ふ、ふふ……❤❤❤も、もちろんだとも……❤❤❤」
「ッスッス❤❤❤」
ご褒美にならないように気をつけないとな──覚悟しろよ、このドスケベ爆乳マゾ豚オナホ共がよ。