※九条先生の外見描写を白髪赤眼(アルビノ)に変更しました。
「起きてください、九条先生」
「ん、んぅぉ〜……?」
九条先生の肩を揺すれば、女子力の欠片もない声で呻きながら身体を起こす。
ちなみに、ちゃんと下着と服は着せた後だ。先輩の為に習得したお着替えスキルが、こんなところで役に立つとは思わなかったが。
ちなみに。先輩は隣の研究室で、講義に持っていく資料の準備中である
「お〜……おお、おはようございます……北条くん」
「おはようございます」
色素の抜け落ちた白い髪を掻きながら、九条先生は大きなあくびをした。
初めて会ったときから思ってたけど、この人は本当に色素が薄い。だというのに虹彩だけが真っ赤で、まるでウサギみたいな印象を受ける。
「あぁ……また寝ちゃってましたか……反省ですね」
「いや、寝るのは別に悪いことじゃないですよ」
むしろもっと寝てくれ。睡眠時間、絶対に足りてないから。
「目の下、くま凄いですよ」
「ああ……くま、染み付いちゃってるんですよね……気にしないでください……ふへ」
ふにゃりと笑って、九条先生は照れるように頭をかいた。覇気もない、血色も悪い、生命力が感じられない。
結論から言って、この人はヤバい。
先輩とは別ベクトルでヤバい人だ。研究という篝火に、己の命を焚べて走っているような人なのだ。
「そんなくまが染み付くような生活してたら、早死に待ったなしですよ。もっと健康的な生活をしましょう」
「ふへ……北条くんは、優しいですね……」
いや、優しい優しくないとかそういう話ではない。こんな生活を続けてたら、マジで死んじゃうから。
個人的に知り合いが死ぬのとか絶対見たくないから、こうして忠告してるだけで。
「大丈夫ですよ……研究成果を出せない私に……生きてる価値とか、無いですから……ふへ」
「…………」
そしてこのように、この人は闇が深い。強いて言うならブラックホールレベルに深い。並の人間なら、吸い込まれて出てこれなくなる。
「ふへへ……ジョークですよ、ジョーク……」
「で、ですよね」
「研究成果を出しても……私に価値が付くわけ、無いじゃないですか……」
「いやジョークってそっち?」
どんだけ自己評価が低いんだろう、この人は。一応、特許を取った薬を何個も開発してるという、めちゃくちゃ凄い人なんだが。
「ああ……そういえば今日は、講義がありましたね……名取さんは、どこですか……?」
「名取先輩は急用が入って来れなくなったそうです。代わりに、僕と先輩が来ました」
と、事実をありのまま報告したところ。
「え……」
ピシッ、と九条先生の身体が固まった。
「……ミントちゃん……来てるんですか……?」
「え、えぇ。まぁ、はい」
いや、そんなこの世の終わりみたいな顔しないでくださいよ。見てるこっちがしんどくなる。
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
「あの」
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
「もしもーし」
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
「九条せんせーい」
フリーズしてしまった。肩を揺すっても、目の前で手を振っても反応が無くなってしまった。そんなに先輩が苦手なのか、九条先生。
「はうっ……ATGCCATCGATTACG、TACGGTAGCTAATGC……ふぅ」
「なぜ急に塩基配列を羅列したんです?」
「あの並びを想像すると……落ち着くんです……」
「そうですか」
なんかの漫画にそんなキャラ居たな。たしか、数字を数えて落ち着くやつだった気がする。
っていうか、かなり特殊な心の落ち着け方するんだな。普通にビックリするわ。
「それでは……講義に、行きましょうか……」
「大丈夫なんですか?」
「ええ……常に、覚悟は……しています……」
先輩と講義に行くの、九条先生にとっては覚悟が必要なイベントなのか。いったい何したんだ、あのぷにロリKカップ爆乳オナホールは。
「準備できたよ、後輩くーん」
「ぴぃっ」
「おや。起きたんだね、クーちゃん先生」
準備を終えたのであろう先輩が、意気揚々と部屋に入ってくる。その姿を見て、九条先生は僕の後ろに隠れてしまった。
身長的にも年齢的にも大人のはずなのだが……こうして見ると、この場では一番子供みたいに思えてきてしまうな。
「では早速講義に行こう。時間も迫っている事だしね」
「分かりました」
「は、はひぃ……」
一応すでに──寝てる間に──身支度は整えてあるので、後は直接講堂に向かうだけだ。今日も九条研特製の白衣が、清く輝いている。
「あの、九条先生……自分で歩きましょう?」
「ううぅぅ……」
「あっ、いいなー! クーちゃん先生ばっかり! 後輩くん、私は抱っこを所望する!」
「流石に潰れますって」
背中に大学教授を背負い、両手に講義の資料を持ちながら、ほっぺたを膨らませた先輩を連れて、講堂までの道を歩く僕なのであった。
⭐⭐⭐
「この化学式は──で、こっちの──と組み合わせると大きな効能が得られる。分かったかな?」
「すみません、質問なのですが──を作る際にはどうすれば良いでしょうか?」
「ああ、そこは──を代用すればいい。こっちの──でも同様の効果は得られるだろうね」
「…………」
「やっぱりワンマンになりましたね……」
教壇に立ち、何故か教鞭を取っている先輩なのであった。何故かめっちゃサマになっている。
そして、それを隅っこで見つめる人物が二人。言わずもがな、九条先生と僕である。
「う、うぅ〜……! やっぱりミントちゃん、キライですぅ……!」
「あ、あはは……」
流石に弁護できないかな、これは。教授の面目を丸潰れにするのは、些かやりすぎだと思う。いつものことだとしても、だ。
「むぅ〜……!」
当然のごとく怨めしそうに、ほっぺたを膨らませて怒り顔をする九条先生なのであった。もうすぐ三十路の筈なのに、カワイイが過ぎるな、この人。
⭐⭐⭐
「いやー、今日も有意義な講義ができたね!」
「ぷぅ〜……!」
「あの、先輩。後ろ見てください、後ろ」
めっちゃふくれっ面で先輩を睨む先生がいた。普通逆じゃないか、こういうのって。
「あー……すまないね、クーちゃん先生。知識を教えられるとなると、つい自制が効かなくなるんだ」
「むぅ〜……!」
両手を合わせて謝罪する先輩と、未だにそっぽを向いたままの先生。こういうのも逆なんじゃないかねぇ、普通は。
「許してほしいな。この通りだよ」
「…………」
「むぅ……わかった。わたしに出来ることなら何でもしてあげるよ。だから、機嫌直してくれないかい?」
「……なんでも、ですか……?」
あ、バカ。なんでもするはマズいだろ、先輩。それは悪魔の言葉だぞ。
「そうとも。女に二言はないさ」
「……そう、ですか……」
先輩の言葉を聞いて、九条先生はニヤリと不気味に微笑んだ。そして、一瞬だけ視線をこっちに向ける。
「…………」
「ん?」
なんでこっち見たんだろうか。なんか、とてつもなく嫌な予感がするんだが。
「じゃあ……一つだけ……」
「なんでも言ってくれて構わないよ」
ゆっくりと、焦らすように九条先生が口を動かす。言いづらい事なのか、少しだけ躊躇っているようにも感じられる。
しかし、それでもハッキリと、僕たちに聞き取れるように、先生は声を上げた。
「今夜、一晩だけ……北条くんを、貸してもらえませんか……?」
「──ほへ?」
あまりにもあんまりな──予想の斜め上すぎるお願いに、先輩は素っ頓狂な声を上げてフリーズするのであった。
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