名取先輩からの頼み事
「名取先輩からのお願い、ですか?」
「そうなんだよねぇ」
お風呂から上がって、リビングで朝食を食べている最中。唐突に先輩が話を切り出してきた。
今日のメニューは、だし巻き玉子焼き、ソーセージ、海苔、そしてご飯と味噌汁というシンプルなものだ。四人いるし、仕方ない。
「後輩くんが禁欲してた間に、ちょっと相談を受けてね。一応伝えておこうと思ったわけさ」
「先輩がちゃんとしてる……明日は雷ですかね」
「おい、失礼だぞ後輩くん」
いやだって、普段の先輩なら僕に相談する前にオッケーしちゃってるでしょ。
「ミント先輩に対して雑な対応しやがって……処す? 北条処す?」
「やめろ」
先輩の隣に座った一之瀬が、ブツブツ呟きながらヤバい目でこっちを睨んでくる。
お前が『処す』とか言うと、冗談に聞こえないからマジでやめてくれ。
「あ、先輩醤油取ってくださいッス」
「ほら」
「せんきゅーッス」
僕の隣に座った二宮が、受け取った醤油を玉子焼きに数滴垂らしている。
前々から思ってたけど、マイペースだなコイツ。
「で、なんですか名取先輩からの頼み事って」
「至極単純なお願いさ。彼氏クンのために
「……はい?」
たった今、箸で掴んだソーセージを取り落とす。
「あの……今なんて言いました、先輩」
「だから、彼氏クンのために
先輩の言葉が理解できない。というか、脳が理解を拒んでいる。
文章そのものがトンチキすぎて、ちゃんと1から説明してもらわないと頭に入らない。
「えっと……詳しく説明してもらっていいですか」
「しょうがないなぁ、後輩くんは」
やれやれ、と呆れ顔で首をふる先輩。
マウント取ってるとこ申し訳ないんですけど、いきなりNTRとかいう単語が出てきたら、普通に思考がフリーズすると思うんですよ。
「まず、京香には年下の彼氏クンが居るんだが」
「初耳なんですけど」
いやまぁ、名取先輩美人だし、有り得ない話じゃないけども。
眼鏡が似合うクール美女。黒髪と白衣のコントラストが素敵な、ウチのゼミで1番真面目かつ理知的な先輩。
ガチロリ体型な一之瀬とは似ても似つかない、まさしく大和撫子を体現したような完璧な先輩なのだ。
「おい、なんか失礼な事思い浮かべなかった?」
「気のせいだろ」
「処す? やっぱ北条処す?」
『処す』
「よし、処すか」
「やめろっての」
もう一人の人格に話しかけてんじゃねーよ。そんでオッケーすんな、お前は主人格を止めろ。
「まぁそんな京香がね、この間その彼氏クンとやっと初エッチまで漕ぎ着けたらしいんだ」
「すぅ〜……ふぅ〜……」
色々とツッコみたいが我慢だ。また話の腰を折ってしまう。
「そこからいいムードになって、いざ挿入──という所で、彼氏クンのチンポが萎えちゃったらしいんだよ」
「それは、なんというか……」
せっかくの初エッチがそんな結果になったら、男として情けない事この上ないだろう。
ちなみに、先輩とヤッた初エッチは丸三日くらいベッドで盛り合ってた。今思い返すと、あの時はホントにヤバかったと思う。
「それで萎えてしまった原因を彼氏クンに聞いたらしいんだが、その原因というのがね」
「NTR、ということですか」
NTRは脳を破壊する劇薬だからな。高濃度のNTRを接種してしまうと、普通のセックスでは物足りなくなってしまうらしい。
つまり、名取先輩の彼氏は質の良い──この場合は『悪い』が適切か──NTRを接種してしまい、普通のセックスが出来ない状態になってしまったと。
「そう。そこで彼氏クンを興奮させられるよう、後輩くんに新鮮なNTR動画撮影の依頼が来たわけさ」
「なるほど……つまり、名取先輩を寝取ってほしいと、名取先輩本人からお願いされたわけですね」
いやどういう発想なんだよ。エロ漫画でも中々見ないぞ、本人からNTRの依頼が来るとか。
「なんでも、彼氏クンがバイトをしていた時に、真っ白な髪に紅い目をしたとんでもないデカケツの美女に出会って」
ん?
「更に、その美女が逞しい青年に嬉しそうに抱かれる光景を見て以来、NTRモノのオカズでしか抜けなくなったらしいんだ」
んんん?
「おや、どうしたんだい後輩くん。まるで凛花ちゃんのおしっこでも飲んだような顔して」
「ゔぇっ!? の、飲ませたことなんて一回も無いッスけど!?」
「冗談だとも」
それは苦い顔って意味でいいんだろうか……なんて、現実逃避の意味も兼ねて、先輩と二宮の会話に意識を傾けてみる。
というか、そのシチュエーションなーんか身に覚えがあるような……いやまさか、そんな偶然あるわけ無いよなぁ。
「……一応聞いておきますけど、その彼氏くんがやってたバイトって何ですか?」
「あー、えーっとねぇ……たしか、ピザ屋の配達員って言ってたかな」
確定じゃねぇか。
白い髪に紅い目のデカケツ美女、抱き寄せる青年、ピザ屋のバイト──これらの事実から導き出される答えは一つ。
アリス先生とサカッてた時にピザを持ってきた、あの少年。彼こそが、名取先輩の彼氏だったということだ。
(……ん?)
でも、それだと腑に落ちない部分がある。その彼氏くんとアリス先生は初対面だった筈だ。
だというのにNTRによって脳が破壊されたというのは、いったいどういうことだろうか。
(一目惚れでもしたのか?)
可能性としてはそれぐらいだが、それだけで脳が破壊されるなんてこと──いや、あるかもしれないな。
あの時のアリス先生は、どんなオスでも虜にできる魔性の色気を放っていた。それを至近距離で、かつ一人で味わってしまったのなら、NTRが十分成立するかもしれない。
もしかすると、この場合は更に
「分かりました。名取先輩からのNTR依頼、受けましょう」
「即断即決だね、後輩くん。そういうの嫌いじゃないよ」
まぁ、こっちは覚悟決めるとして、問題は先輩の方だ。
直々の頼みとはいえ、親友の名取先輩とセックスしても大丈夫なんだろうか。こう、家を空ける的な意味で。
「先輩は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だとも。今更一人ぐらいセフレが増えたところで、何も問題ないさ」
「いえ、そうじゃなくて……セックスして動画撮影もするとなると、アリス先生の時みたいに一日帰ってこれないかもしれないんですよ」
「…………あっ」
あ、これは予想してなかった顔だな。先輩が『やっべ』みたいな顔するの、久々すぎて新鮮だわ。
「……な、なるべく早く帰ってきてくれたまえよ、後輩くん!」
「努力はします」
約束はできないけど。
「心配いらないわよ北条! あんたが居ない間は、あたしがミント先輩のお世話をするから!」
「いや、お前も家事は得意じゃないだろ。普段から研究室に入り浸って、ロクな料理も作ってない癖に」
「う、うるさいわね!!」
事実だろうが。
あと、この中で家事ができる人間といえば二宮だが。
「えっと。頼めるか、二宮」
「うーん……先輩を一週間……いや、3日貸してくれるなら、考えなくもないッス」
「1日家事して3日独占って、それ無限ループになってないか?」
しかも負債が増えてくタイプのやつ。
僕を独占したら、当然その間は先輩の世話ができない訳だからな。
「……ふ、ふふふ。大丈夫だとも後輩くん……こ、今度こそ、一人でお留守番を遂行してみせるよ……!」
「めっちゃ不安そうなんですが」
心配だと思う反面、これは先輩が成長する良い機会にも思えてくる。
そうだな。せっかく先輩がヤル気になっているのなら、今回はその行為に甘えさせてもらおう。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますよ、先輩」
「も、もちろん良いとも、後輩くん!」
不安だ……そう思いながらも口には出さず、僕は白米を掬って一口食べた。