「なんだって人里で妖怪なんかが飲んだくれてんだよ、しかも子供じゃんか」
特異な格好をしているせいで、里の人間でないことはすぐにわかる。物の怪だろうが天魔だろうが、席で面倒さえ起こさなければ露店の店主は誰のことも咎めない。ルーミアはその手で握れる程度の湯飲み一杯の燗酒をちびちびやっていた。 この日ミスティア・ローレライの屋台には店主がいなかったので、仕方なく里の外側にある店までやってきていた。
「一週間も狩りができてないの。少なくとも大人を襲うだけの力はないよ」
「そりゃ元気出ないわけだよ。金は死体から?」
何か見定めるようにルーミアの痩せた背中を見つめながら中肉の若い男が横に座る。
「人を食う妖怪なんか誰も働かせてくれないでしょ。そういうこと。力は人の肉じゃなきゃ出ないんだけどね」
「うまくいかなきゃヤケも起こしたくなるよな、好きなだけ奢るよ。あれ頂戴」
「ほんと物好きがいたものね」
「酔いつぶれて帰り道に頭でも打ってくれりゃ、人間が助かるだろ」
二人のところにそれぞれ別の酒が注がれた。
「どんな人間が好きなの」
「自分みたいな痩せた女の子かな。人間の脂身って好きじゃないの。男の子は身が固くって顎が疲れちゃう」
しかし子供を食べることは慧音が許さない。知識はオープンであるべきとの思想のもと、彼女は妖怪にも講座を開いていて、人間の子供との交流を通じて子供を捕食の選択肢から外してもらおうと考えているらしい。『魚は友達、エサじゃない』。ただし愛玩用の魚と食用の魚がいる。捕食者にとってはそれだけのことだ。
「ツウが食べる部位とかあるの」
「レクター博士が肝臓にソラマメを添えて食べてたけど、雑食性の動物の肝臓なんか何を分解してるかわかったもんじゃない。やるなら完全菜食主義者の過激派ね。死んだところで誰も気に留めやしないだろうし。あっヴィーガンアイス頂戴」
「あいよ。乳成分不使用の完全にクリーンなアイス(Ice)」
後に注がれたほうの酒に氷を追加。
「やっぱりお子様に内臓の味はわからないか」
「ええ。でも大人だってくっさいスズキの肝なんかわざわざ食べないでしょ」
「食べるんだな、それが」
ヴィーガンアイスでもう一杯、今度は一気に流し込んだ。
意識が飛んでいたらしい。二杯で落ちることなんて今までになかった。その時ルーミアは自分の身に何が起きているか、あまりにも状況が平時と乖離していて、わからなかった。店で一緒した男がこちらの顔を覗き込んでいるのが見える。
黒い上着の下を何かがもぞもぞしている。自分の手ではない。
考える前に駆け出していた。しかし強烈なめまいでろくに姿勢を維持できず、何歩も進まぬうちに転んでしまう。たったこれだけのことが頭にひどく響いて、さっき食べたおでんの具をすべて吐き戻した。
「ちょっと用量多かったかも。おかげでぐっすりだったね」
起き上がろうとして掴んだのは太い木の格子だった。ここは座敷牢らしい。隅の扉へ向かおうとする前に男が髪を掴む。
「まさか妖怪を持ち帰れるなんて思わなかったよ」
圧倒的な力の差で床板に押さえつけられる。これほど人間に恐怖する時も珍しい。いつも不意打ちで急所を切りつけて仕留める側だった。
「今まで散々人間を食い荒らしてきて、自分の番は来ないって思ってた?」
片腕できつく抱き寄せられながらシャツを引っ張り出されていく。
「君名前なんていうの」
声が出ない。早まる呼吸が男の体臭を鼻腔へ運ぶ。
「名前。あるでしょ」
男の右腕がみぞおちを押し潰す。この男が拳をどこまで沈めるか知りえないその恐怖に汗が噴き出た。
「いだっ、はあ、」
「喋れるじゃん」
「ルーミ、ア、です……! ぎゃ!」
一度引いた後、ダメ押しで再度、同じ拳が勢いよく腹にめり込んだ。理不尽に震えるルーミアの汗ばんだ首筋を舐めながらスカートのベルトを解いていく。彼女はその手を必死にどかそうとするが上からのしかかられている以上もうどうにもならない。
「ひっ、……」
思わず閉じていた脚は片手でこじ開けられて、造作なく下着の中に手が入り込む。
「ほんとルーミアちゃん激レアだよ、妖怪の子供なんか攫っても誰も気にしないもんね、俺も痩せた女の子大好きだよ」
「やめて」
微妙な力加減で秘裂を執拗にこねくり回される。今まで誰にも侵されたことのなかった自分の身体を容赦なく踏みにじられていることを受け入れられず、軽いパニックに陥っている。
「おっ子供も濡れるんだ。さあて入るかな」
ぺちん、と腹の上に今にも張り裂けそうなほどに怒張したそれを乗せる。ルーミアの体格とあまりにも釣り合わず、臍まで届くようだった。
「はっ、え、入らな、いってば」
径が合わないことは明らかだった。なのに構わずその小さな穴に押しつけてくる。
「っぐ、いっった……」
よりによって驚くべき柔軟性を発揮し、少しずつ、その径に合わせて拡がっていく。
「ほらもう少し……」
あとは一瞬のことだった。男がもう少し力を入れて押し込むと、肉はみるみる裂けていき、半分をすっかり飲み込んでしまった。
「ああああ!だめっ!痛い!」
「まだ半分」
「いや!待って!だめだってばあ!」
強烈な衝撃で内臓を上に押し上げられる。耐え難い鈍痛で頭の中が真っ白になった。
「これやってみたかったんだよな……!」
鮮血が股を降りる。抱きかかえている少女を人とも思っていないように構わず腰を打ちつけた。
内臓をかき混ぜられるがごとき苦しみに情けなく息を漏らすことしかできず、既に脳はパンクしていた。
「あ……!!」
シャツの下に滑った手が脇腹を掴み捻る。過呼吸で喘ぐ様子を楽しんでいるようだった。嗜虐は拷問ではない。つまりそれは終わりがないということだ。
「わかるよ。痛いのっていらいらするよね」
両肘で胸にのしかかる。胸郭が軋み突如酸素を奪われた。今度こそ死を予感するが完全に動きを封じられた状態でできることは何もない。胸郭を潰されたその瞬間から急速に意識を奪われていく。無慈悲なその迫は、極度の緊張でペースを見失った心臓までも押さえつける。必死に男の背中を叩く手もすぐに力を失った。
右の頬に振り下ろされた拳が意識を呼び覚ました。いつの間にか上も下も脱がされていて、たて続けに身体の至るところを目一杯殴りつけてくる。怒涛の狂気に声を出すことも忘れ圧倒されるばかり。
それからどこを何度殴られたか、数えるのをやめた。いつまで経ってもその痛みに慣れることはなく、避けようのない責め苦に、せめて腕で顔を覆うことくらいしかできなかった。そのうち殴ることにも飽きてきて、今度は跡がつくくらい細い首を締めあげて、無力ながらあがく姿にすっかり見惚れているようだった。
「せっかくのかわいい顔が台無しだ」
痣と涙と鼻水とでひどい顔になっているのだろう、それを愛おしそうに撫でつける。乱暴な腰の振りも激しさを増して、そのうちに終わりを迎えた。
引き抜かれる。中は腫れ、細かい擦過傷ができているようで、血液に混じる精液がひどく滲みる。
「やりすぎちゃった。おなか大丈夫?」
なにも腹だけではない。体中に様々な暴行の傷が浮いていて、節々が軋む。いつの間にか失禁さえしていた。
「板の間って便利だよね、血もおしっこも全部バケツひとつできれいにできる」
ブリキのバケツで水を流して、バスタオルでルーミアを丁寧に拭いたあと、床を拭く。それはもう優しく拭いてくれるが、体中痛くてたまらなかった。
「遅くなっちゃったね。もう寝よっか」
隅に畳まれていた厚い布団を広げて、その中で男に抱かれる。それは夜中じゅうずっと首に刃物を突きつけられているような気分で、とても寝つけそうにない。過呼吸を起こすルーミアの気分を知ってか知らずか、四肢をしつこく絡ませて、離さじとした。
いつまでも腹が痛む。生きたまま内臓を平気でめちゃくちゃにする者がここにいるとはとても信じられなかった。この痛みがどれほど命に関わるのか定かでなく、底知れぬ恐怖が丹田に噛みついている。
齢十にして子を産めるわけでもない。それはわかっているはずなのに、なぜこの男は自分に執着し、また倒錯に倒錯を重ねるのか、ルーミアは本当にわからなかった。
痛い。
痛みは多くの者が嫌だと言い、避けたがる。しかし痛みを感じているときの不快感、焦燥、嫌な気持ちは痛みそのものに起因するものではない。
自分の頬をつねるなど完全なコントロール下に置いた痛みは、かなりの強さまで平気でいられることだろう。しかし怪我や、他人に制御されている痛みなどは、前者よりもずっと小さい痛みの時点で拒否反応を示さずにはいられない。その痛みを引き起こしているものが体にどれだけの影響を及ぼすかわからず、恐怖しているのだ。これこそが、痛みを避けたがる心理の大部分を占めるものである。
傷を、傷による痛みを、観察する。そうすると割に冷静でいられるのだ。痛みを今感じているからといって何かできるわけもないならば、できるだけ心乱されずいたほうが、楽だ。
いらついてどうしようもなくなるほど痛いわけではないし、これ以上痛みが酷くなるとも考えにくい。無視していい痛みなのではないか。
……受け入れがたい現実を前にしたとき、あえてそれを見つめ、分析する。このプロセスを経て、無用な悪い気分を抑えることができた。
牢にぶち込まれているのだから、きっと開放する気はないのだろう。つまり長期戦にを覚悟する必要があるが、パーソナルスペースを蹂躙されたままでは少しの休養も許されない。
「……あの」
「ん」
「私逃げようがないですから…… その、一人で寝かせてほしいです」
あっさり牢から出ていき、別の部屋へ行ってしまった。
私逃げようがないですから。本当に逃げようがない。格子は腕よりも太いし、いくら叫んでも外部の音沙汰がないということは、周りに民家もないのだろう。詰みのようにも思える。
散らかった服を一着ずつ拾って着る。いきなり狭められた世界の中で、自分が自分であることを思い出させてくれるものは、この服くらいのものだった。