モーニングバフェ。ホテルに宿泊した人が、朝食を摂りに来ている中。
一つのテーブルの周りだけ、人が避けるように空白地帯となっていた。
4人の制服姿の可愛らしい女性たちと同席している一人の男性。
彼は何故か、椅子の上に正座をさせられていた。両の頬には真っ赤な手形。そして顔面には、〇×ゲームが出来そうな、縦と横に爪でひっかかれた跡。どう見ても痴話げんかの後である。
女性を4人も前にして。痴話げんかの後に、椅子の上に正座をさせられて、ショボンと縮こまっているとは。どう見てもまともではない。
クスクスと言う
そんな奇異の視線に晒されている彼こそが、特別防衛局異形生物対策班のトップ、班長である。
今まさに彼は、部下であるはずの4人に正座をさせられ、周りからの冷たい視線に耐える男であった。
「で。なんで、班長は、風香の部屋からでてきたのかなーっと」
七海がマンゴージュースの入ったグラスのストローをかき混ぜながら、どうでもよさそうに尋ねる。
否。どうでもよさそうには見えているが、その視線は冷たい。絶対零度である。バナナで釘を打てそうなほどの冷たさ。
いや、それは、風香が……
「そうですか、班長は風香さんのせいにするんですね。風香さんが悪い、と」
班長に最後まで言わさずに、陽菜が詰問する。酷い。せめて最後まで弁明させてほしい。
途方にくれて、助けを求めるように風香を見ると、風香は美味しそうに両手でオレンジジュースを飲んでいた。ズルい。
がっくりと肩を落とす班長を、さすがに哀れに思ったのか、美月がまぁまぁ、と陽菜と七海をなだめる。
「班長の言う事も、ちゃんと聞いてあげないと。流石に、昨日の打ち上げの後の状況で風香さんだけを狙って襲うっていうのも考えづらいですし……まぁ私、昨日の夜の記憶、あんまり無いんですけどね」
テヘペロ、と肩をすくめ舌を出し、頭をコツンする美月。
……いや昨日のトラブルは美月から始まっているのだ。そのトラブルの原因に、記憶が無いと言われてしまえば、班長はまたガックリと肩を落とすしかなかった。
そこで、昨日のトイレの記憶がまたよみがえる。いや、正確には、トイレで淫行という班長の名前の入った記事の方だが。この状況は、スクープされてもおかしくないのではないか。こんな事で、昨日のイベントの成功を台無しにしてしまうのか。
ちょっと待ってほしい。説明はする。だが、こんな人の多い所で……。
と、言いかけたところ、美月がまた口を開く。
「安心してください、班長。こんなこともあろうかと、情報統括班が開発したサウンドマスキング装置「聞こえないモン」を用意しておきました。私たちの会話はマスキングされて、私達以外の人には全く意味のない会話に聞こえるようになっています」
い、いや、だとしても、この椅子の上に正座をされている状況を見れば、なんとなく察しがつくんじゃなかろうか?
「大丈夫ですよ、班長。まさか本当に痴話げんかの内容じゃないんですよね?それとも、本当に、風香さんを襲った言い訳をするって事なんですか?ねぇ、班長……?」
言いながら、美月の目からハイライトが無くなっていく。まて、なんで美月まで冷たい視線になるのだ。そもそも、昨日、酔っぱらった美月の介助をしたから……。
「え?今度は美月さんのせいにするんですか?班長……もうちょっと、ちゃんと話してくださらないと困ります」
だから!何故最後まで言わせてくれんのだ!いじめか!いじめなんだな!
涙目の班長を見て、ふぅ、と風香がため息をつく。
「……陽菜ちゃんも美月ちゃんも七海も落ち着いてほしい。確かに、昨日の夜、班長は私の部屋に居た。でもそれは、ただエッチをする為だけに居たわけじゃない」
……エッチした事は認めるんだ……と、風香以外の四人は心の中で思う。
「……思い出してほしい。昨日、ライブの途中で、美月ちゃんは水着を着た後から、陽菜ちゃんは『フルスロットル・ギア+』を着た後から、多分、少しずつ身体の疼きを感じてたと思う。私は経験が無いからわからないけれど、コ・ス・プレの不具合のような。陽菜ちゃんは経験があるからわかると思う」
言われてみれば、と陽菜は思う。昨日は確かに、身体が疼いていた。七海が来る前から身体が疼いて、一人でしてしまうくらいには。そこからの流れを思い出してしまい、陽菜は顔を赤くする。
「そもそも、コ・ス・プレを、『デタリウム・システム』で呼び出すと、喜怒哀楽の感情、特にえっちな気分が増幅されるらしい。ただ、それは、コ・ス・プレには、『えっちぃ』外見のものが多いため、着るのが恥ずかしいからそう感じるのだろう、と自分を誤魔化すことができるくらいの増幅。普通なら、さほど問題はない、筈」
「なんでそんな事わかるんだよ、風香。えっちな気分が増幅されるとか。『えっちぃ』コ・ス・プレを着たからそう感じるっていうのもあるんだろ?」
「……私には、そういう『えっちぃ』コ・ス・プレが無いから……。」
周りは凍り付いた。
「……コホン。とにかく」
風香が続ける。
「以前から、その可能性については気が付いていた。どうして『デタリウム・システム』を使った後に、こんなに気分が高揚するのか、と。気が付いてないかもしれないが、三人も思い返せば、ライブの練習をしたときに気分が昂っていたと思う。それは、ライブの準備のせいではなく、おそらく『デタリウム・システム』を使ったせい」
確かに。班長は思う。普段なら、承認依頼のメールはリーダーの陽菜から来るのが基本だった。だがしかし、今回は4人から時間差で何度も送られてきていた。それは、気分が高揚した挙句、こうなったら皆で送っちゃおうぜ、と、おそらく七海辺りが煽って、こうなったのだろう。
……見れてなかったけど。見れてなかったけど!
「……ん。その件に関しては班長は反省すべき。班長が気が付いていれば「デタリウム・システム」を使う事もなかったかもしれない。ていうかメールはちゃんと見るべき」
スミマセン……と、班長は項垂れた。風香は、よしよし、と班長の頭を撫でる。班長は、思わず「風香
「……それはともかく。それでも普通のコ・ス・プレなら、高揚すると言っても大したことはない。けれど、問題なのは……」
「転生済みのコ・ス・プレ……」
美月が呟く。
「まさか。でも、そんな……」
「多分、美月ちゃんの想像は当たっている。私はおそらく、これは「コスプレの不具合」ではなく、転生済みのコスプレのダメージアップが問題なのではないかと思っている」
「ダメージ200%アップとか、300%アップってあれか?でもなんで?」
七海が尋ねる。すでにマンゴージュースは空になっていたが、お代わりを持ってこようと言う気にもならなかった。
「……何故か、は、分からない。私が『デタリウム・システム』を作ったわけではないから。でも、体感で、水着を着た後の高揚感は、普段の高揚感の倍以上だった。多分、美月ちゃんも感じていた筈」
「ええ、納得できます。確かに、ライブの部分稽古で水着を着た時だけは気分が高揚していて、自分の部屋でお酒を飲んだときも、普段なら脱がないくらいの量だったのに、朝起きたら全裸でベッドで寝ていました」
「……」
美月に視線が集中する。かなり白い。修正液もかくやというその白い視線に気が付き、ちょっと赤くなると、美月は風香に先を促した。
「……ん。そういう訳で、昨日、陽菜ちゃんが『フルスロットル・ギア+』のせいで無茶苦茶えっちな気分になったのも、逆に七海が酒の勢いをつけないと陽菜ちゃんの部屋に行けなかったのも、転生済みのコ・ス・プレを持っていたかいなかったかの違い」
「っていうか、私だけじゃない!転生コ・ス・プレ持ってないの*1!班長!早くなんとかしてくれよな!」
わかった、ラファムたちには言っておく。と、どこかで言ったような科白を口にする。デジャビュ。
「そして、えっちな気分が増幅されると、満足するまで継続する。だから、美月ちゃんは班長とトイレでハッスルしたし、陽菜ちゃんと七海は二人でくんずほぐれつ。そして私は班長と……ふふふ」
「「「ちょっと待ったぁ!」」」
三人が同時に声をあげた。
「班長は風香さんだけじゃなく、美月さんともしてたんですか!?」
「わ、私がトイレで班長とハッスルって、どういう事ですかぁ!?」
「陽菜と私が、く、くくくんずほぐれつとか……っ!言い方ぁ!!」
「……三人とも、いっぺんに話さない。落ち着いてほしい。」
風香はグラスに残ったオレンジジュースをズズッと吸った。
「……まず、陽菜ちゃん。確かに、班長は美月ちゃんとも私ともセックスをした。でもそれは、身体の疼きを止められなかった美月ちゃんが、酔っぱらって班長を『デタリウム・システム』を使って嵌めようとしたせいだし、私自身は、身体の疼きもあって、ご褒美が欲しいと、私から班長におねだりをした。決して、班長が襲ったわけでも、班長から誘ったわけでもない。それに、満足しないと疼きが止まらない苦しみは、陽菜ちゃんも体感しているはず。だから班長を責めないでほしい」
おお……風香
陽菜は、ちょっと不満そうだったが、「満足しないと疼きが止まらない」と言われた瞬間、昨日の七海との体験を思い出し顔を赤らめ。まぁ仕方がないかという顔になる。
「……次に美月ちゃん。そもそも昨晩の事件は、身体が疼いていたとはいえ、酔っぱらった美月ちゃんが『デタリウム・システム』を使ってトイレで班長を襲ったのがきっかけ。しかも『デタリウム・システム』を私用で使って壊された挙句に、記憶まで無くすとは。せっかく班長とセックスしていたのに、
「うう……。返す言葉も御座いません……。班長、すみませんでした。……その、忘れていただくって事は……」
覚えてないんだもん、しょうがないじゃーん!と開き直らないのが、美月の良いところである。だが、あの記憶を忘れることは不可能である。だから、班長は以前と同じようにこういうのだ。
思い出さないように努力はする*2、と。
「うう、ありがとうございます……」
「……最後に七海。ゴメン、確かに、言い方がよくなかった。でも、百合の間に挟まろうとする男を阻止した努力は認めてほしい」
「何のことかわかんないって!」
「……ん。つまり……」
風香は七海の耳に口を近づけて小声で言った。もしも、陽菜ちゃんと七海が、濃厚な百合百合エッチでくんずほぐれつしている真っ最中に、班長が部屋に飛び込んできたら、どうなっていたかを想像するべき、と。
「はぁ?うん……えっと……」
想像力をフル回転させる間もなく、七海の顔が爆発するかの如く、バフッと赤くなった。多分、想像の限界を超えたのだろう。
「あー。うん。んと、……ありがとな」
「……わかってくれればいい。もしも私が同じ立場なら、多分部屋で悶絶して10回は死ねると思う」
ガシッと、七海と風香は握手をした。流石のチームワーク。特に二人はZ支部に後進の指導の為に派遣され、苦楽を共にしてきただけのことはある。
「……というわけで、今回の事件の解答編は終わり。Q.E.D.*3」
名探偵風香は、無事に証明を終えた。……さて、みんなが納得してくれたところで、俺は足を崩してもいいだろうか?
班長は恐る恐る、みんなに尋ねる。
4人は、仕方が無いという表情をして、頷いた。
痺れた足をなんとか降ろし、ふと周りを見渡すと、もうこちらを注目している人たちはいなくなっていた。なんだかわからないけれど、修羅場は終わったみたいだぜ、という声も聞こえてくる。
良かった。特にこっちを気にする人ももういないようだ。ほっと一息。班長は、頭の中から、自分の名前の載った週刊誌の記事の映像を消していった。これでようやく、落ち着いて朝食をゆっくりと食べられるというものだ。
それにしても、と、班長はポケットから、美月の持っていた『デタリウム・システム』の端末を取り出す。
「美月、『デタリウム・システム』にそんな欠陥があるのがわかったのだから、これの使用は、一時凍結すべきだろう」
「そうですねぇ、まぁ、その端末も壊れてしまったようですし」
残念そうに、美月が言う。班長は端末のボタンを押してみる。
ん?
端末の電源が入り、画面が薄く光る。昨日の夜に何度も操作した時は全く動かなかったのに。
「……起動したみたいだ」
「あ、ホントですね。良かった、壊れてなかったみたい」
班長の後ろから、美月が端末を覗き込む。
「よかったぁ。他の3台はスレーブなんですけど、これ、マスター機だったから、壊れたらちょっと大変だったんですよね」
「美月、そんな大事なのを私用につかってたのかよ」
七海がびしっと指摘する。
「ううう……覚えてないので何なのですが、返す言葉も御座いません……」
班長が画面を操作していくと、『全機能停止』というボタンを見つけた。
「美月、とりあえず、これを押したら使えなくなるんだろう?」
「あ、そうですね、班長。バックアップもとってありますし、とりあえず、全機能停止させましょうか。これ以上不具合があって、暴走とか嫌ですもんね」
にこやかに言う美月の言葉に、陽菜と七海が凍り付いた。
「ちょっと待って!」
「停止するの待ったぁ!」
あ。
その言葉を聞いた時にはすでに、班長の指は『全機能停止』ボタンをタップしていた。
画面には
『……全システム停止中……』
と表示され、次の瞬間、プツン、と微かな音と同時に画面がブラックアウトする。そして。
「「きゃあああああああああああっっっっ!!!」」
陽菜と七海の悲鳴があがった。
下着姿の二人が、そこに居た。そう、自前の防衛局支給制服がしわくちゃで着られなかった為、二人は『デタリウム・システム』を使って、防衛局支給制服を着ている「フリ」をしていたのである。
慌てて両手で身体をかくすが、下着姿が丸見えである。班長が、二人の下着姿を脳裏に焼き付けた瞬間、
「「班長のばかぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!!!」」
光速のびんたが二閃。班長の頬に、手形がさらに増えた。
「ぐは……っ!いや、二人ともデタリングを使え……」
痛みをこらえ、班長は指示を出す。普段通り、二人とも、班長の指示に咄嗟に指示に従っていた。陽菜は『フローラルノート』を装着していた。……しかし
「きゃあああああああああああっっっっ!!!」
今度は七海だけがまた、悲鳴を上げる。そこには、リボンを身体に巻き付けた、煽情的な姿の七海がいた。
「班長のばかぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!!!」
また七海によって、頬に更に手形を増やす。それにもめげず、他のデタリングをと班長は指示をだすが、勿論、昨晩から陽菜の部屋に居た七海は、予備のデタリングを持っているはずもない。
「……なんでよりによって、『寵愛の桃紐』」
呆れた声で風香が声を上げる。
「七海さん、これを!」
咄嗟に、美月が自分の予備のデタリングを渡す。リングに登録してあるのは、多くの隊員が所持している、Rのコ・ス・プレ、『ラクロス・テラ』。だがしかし
「ダメだ!私、『ラクロス・テラ』は持ってないんだ!」
コ・ス・プレは、自分に紐づけられたものしか着ることができない。4人共通で所持しているコ・ス・プレは中々ないのだ。
「……『ラクロス・イグニ』なら!」
今度は、風香がデタリングを渡す。今度こそ、コ・ス・プレを着て一安心……と思いきや。その圧倒的な
「もぅやだ……っ!」
七海が顔を赤らめてしゃがみ込んだ。涙目になる七海。そこに、
「七海!これ!」
陽菜が、デタリングを渡す。登録されているのは……『DTKパープル』。七海とお揃いのRコ・ス・プレ。
七海がデタリングを使うと、アイドルの様な可愛らしい衣装が装着された。
「よかったぁ……」
「ありがと~~~~。陽菜ぁぁぁぁ。」
七海は思わず、陽菜を抱きしめる。見つめ合う二人。
「もぅ。心配かけちゃダメだよ、七海」
「うん……ありがと……。でも、陽菜ぁ、これ、胸がキツイ」
「~~~~!もぉ!七海!デタリング返して!」
キャッキャウフフとじゃれ合う二人の背景に、何か百合の花が見えたような気がした班長は、自分がこんな二人の間に入ろうとしていたことを思い出し、ゾッとした。
その時、班長の通信機が鳴った。班長は急いで通信機をつなぐ。
「班長!おはようございます!昨日はお楽しみでしたね!?」
元気な声が聞こえてきた。レイン*5だ。
お楽しみなものか。今も絶賛トラブル中だ。大体、今日はクッキーマシュマロと一緒に午前は休暇の筈なんだが?
「ジャマーが大量に出現しました!現在、『リバイバルレイン*6』と『ブルーマリン*7』が対策しているのですが、新たなジャマーが、班長の居るホテルのすぐ近くに出現しているんです。『クッキーマシュマロ』のみなさんで、対応お願いします!」
レインの声の後ろで、ムーリンが「班長!はやく働きなさーい!上司命令よー!」と叫んでいるのが聞こえた。向こうも大変らしい。班長は肩をすくめて、了解と通信機に応える。
「……みんな、聞こえたな?10分後にジャマー対策に出動。各自、部屋に戻って準備!」
「「「「了解!」」」」
クッキーマシュマロが声を揃えて敬礼する。
これは、「特別防衛局隊員の日常」のある日の一幕。
3周年を迎えても、特別防衛局異形生物対策班のトップである班長の、『
……4周年、いや、その先へと。
<こんどこそ、完>
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
本作は一応、ここで完結とさせていただきます。
とは言え、「デタリウム・システム」の謎はまだ残っているので、気が向いたら、再開するかもしれません。
再開する時は、しれっとツイートいたしますので、その時はまたよろしくお願いいたします。
とりあえず、毎日更新できて、エタることなく、3周年アニバーサリー前に完結出来ました。自分偉い。
それでは、また。すっとこ班長でした。
2022/12/10 ……そしてまさかの続き……