戦場に静寂が訪れていた。
かつて活気に満ちていた都市は瓦礫の山と化し、空には煙が立ち上っている。
しかし、ヒーローたちの顔には安堵の表情が浮かんでいた。
長きにわたる戦いがついに終わったのだ。
「やったぞ...ついにやったんだ...!」
緑谷出久——デクは膝をつきながら、ぼろぼろになった服越しに胸を押さえていた。
ワン・フォー・オールの力を使い果たした体は限界を超えていたが、彼の瞳には希望の光が宿っていた。
「クソ...疲れたぜ」
爆豪勝己も珍しく素直に疲労を口にしながら、爆破で黒ずんだ手を見つめていた。
轟焦凍や飯田天哉など雄英生たちが各所で座り込み、あるいは立ったまま空を見上げていた。
プロヒーローたちも同様だった。
エンデヴァーやイレイザーヘッド...皆が限界まで戦い抜いた証拠を体に刻んでいた。
「これで...平和が戻るんだな」
誰かがそう呟いた時だった。
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ずっと、この瞬間を待っていた。
長年から積み上げてきた力。
月に築いた研究施設。
ダイソン球から得た無尽蔵のエネルギー。
八百万の『創造』で生み出し続けた資材。
そして、戦闘用に開発させた対個性兵器群――そのすべてが、今この一瞬のためにあった。
オール・フォー・ワンと死柄木が消えた今、この世界で俺の障害となり得る存在は、もはやデクたちヒーロー連合だけだ。
連中が満身創痍で、油断し、安堵に包まれているこの瞬間こそが、最も無防備な瞬間だ。
俺は号令を下す。
まず、寄生虫だ。
ヒーローの中には、すでに俺の寄生虫を仕込んだ者が複数存在する。
雄英関係者の何人か、士傑高校の教員、そして警察関係者の中にも紛れ込ませてあった。
彼らは自分が操られていることにすら気づいていない。
「起動」
その一言で、寄生虫が一斉に起動し脳へと、ある指令を送られる。
【ヒーローを殺せ】と。
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「先生……?」
士傑の教師が、急に虚ろな目をして立ち上がった。
生徒たちが訝しげに彼を見る。
「先生、どうしたんスか?」
返事はなかった。
代わりに教師は、隣に立っていた負傷した生徒へ攻撃を仕掛ける。
明らかに殺意ある攻撃。
「ぐがっ!」
「先生っ!!」
「なっ、なんで」
絶叫が上がる。
瞬間、別の場所でも、――信頼していたはずの仲間たちが、同時に、機械的な動きで牙を剥いた。
「くっ!これは……っ!」
轟焦凍が叫びながら、ヒーローだった人物の腕を凍らせて止める。
だが、その目には何の意志もなかった。
ただ、何者かの命令を遂行する人形のような虚無だけがあった。
「これは……洗脳系の個性か……?」
出久の脳が、痛みと疲労の中でも必死に状況を分析しようとする。
だが、答えが出るより早く、第二の罠が動き出す。
裏切りだけでは、まだ足りない。
連中の戦力をきっちりと削っておく必要がある。
俺は次の信号を送る。
月の研究施設で量産させた対個性用戦闘ロボット――その実戦投入の時が来た。
「展開」
開かれた青空に複数の黒い霧が発生する。
「なっ、あれは黒霧のワープゲート!!」
最初に気付いたのは奇しくもイレイザー・ヘッドこと相澤消太であった。
唸るような重低音が聞こえて来る。
黒い霧から姿を現したのは巨大な輸送機群だった。
次々と開かれる搬出口から、無数の機械の塊が地表へと降下していく。
その数、数千体。
各機体には、消失弾が装填された重機関銃と、最新鋭のミサイルが搭載されている。
上位のプロヒーローたちが束になっても苦戦しいるほどの戦闘マシーン。
しかもこれまでの戦いの記録を全て解析・分析しいるので相手の苦手や弱点を把握し、そこを集中的に攻撃できる。
「……っ、なんだあれは……!」
爆豪が目を見開く。
戦闘用アンドロイドの群れが、瓦礫の上に次々と着地し、一斉に標的をロックする。
その動きには迷いも躊躇もない。
プログラムされた殺意だけが、機械的に正確に実行されていく。
「数が多すぎる……!全員、もう限界に近いのに……!」
デクが声を張り上げる。
そして、最後の罠。
俺は満を持して、毒ガス兵器の散布を命じる。
「個性消失ガス、解放」
ロボット群の脚部から、白い霧が一気に噴き出した。
空気より重いそのガスは、地表を這うように広がっていく。
「ガスだ!吸うな……!」
出久が叫んだ。
だが、すでに息を切らし、肺を限界まで使っていた者たちには、もう避ける余地などなかった。
「個性が……っ、出ない……?」
ある生徒が腕を見つめて、愕然とした声を漏らす。
発動しようとした個性が、まったく反応しない。
完全な無個性者と同じ感覚――それが、今、彼らの身に起きていた。
「な……なんで……」
「どうなっている」
「状況は?」
プロヒーローたちも困惑している。
緑谷出久だけは、運よくガスの直撃を免れていた。
だが、それも時間の問題だということは、彼自身が一番よく分かっていた。
「みんな……!」
出久の声が、瓦礫の上に響く。
だが、応える声は次々と減っていく。
寄生虫に操られた裏切り者、無数の機械の群れ、そして個性を奪う霧。
三つの罠が、寸分の隙もなく組み合わさり、ヒーローの戦力を内側から、外側から、根本から削り取っていく。
絶望が、瓦礫の上にゆっくりと染み渡っていった。
良い。実に良い反応だ。
連中の絶望が深まるほど、これから訪れる【神】の存在が際立つ。
俺は、自身の本体――もはや人の形を保っていない、巨大な脳そのものとなった肉体を、黒霧のワープゲートの個性によって戦場、上空へと顕現させる。
雲を割って現れたそれは、ビルほどの大きさを持つ、脈動する脳髄の塊だった。
表面には無数の眼球のようなものが浮き、絶え間なく蠢いている。
その周囲には、鋼鉄の装甲と複数のビーム砲口を備えた巨大な機構が、まるで義体のように取り付いている。
「……あれは、何だ……」
ヒーローの一人が恐怖を声に滲ませた。
俺はその「顔」――目の集合体のような部位を、ゆっくりと地上のデクたちに向ける。
「初めまして、と言うべきか。長らく見ていたぞ、緑谷出久」
声は、戦場全体に響くように増幅されて放たれる。
「お前たちの戦いには、敬意を持っている。オール・フォー・ワンを打倒したことも、悪鬼を退けたことも、立派な功績だ。だが――この世界の頂点は、これからは俺だ」
「お前……目的は何だ!」
出久が、痛みを押し殺して叫び返す。
「目的? 単純なことだ。この世界を、俺の理想とする形に作り変える」
俺はゆっくりと、彼らに選択を提示する。
「お前たちには、二つの道がある。一つは――俺に従い、俺の駒となること。お前たちの力は、惜しい。優秀な個性は、俺の糧となって初めて意味を持つ。従うのであれば、お前たちの命は奪わない。むしろ、新たな段階へと昇華させてやろう」
「……もう一つは?」
轟が、警戒したまま問う。
「拒むのであれば――死だ」
短く、それだけを告げる。
戦場に、重い沈黙が落ちた。
(こいつは……本気で言っている)
出久の頭は、痛みと混乱の中でも、目の前の存在の異質さを正確に捉えていた。
これまで戦ったどんな敵とも、決定的に違う。
オール・フォー・ワンは、確かに恐ろしい敵だった。
だが、あれは「人間」だった。
憎しみや傲慢さ、執着――そういう、理解できる感情の上に立っていた怪物だった。
目の前のこれは、違う。
これは、人間という枠そのものを、最初から踏み越えてしまっている。
(戦って、勝てるのか……? 今のみんなの状態で……)
爆豪を見る。轟を見る誰の顔にも、明確な答えはなかった。ただ、絶望に負けまいとする意志だけが、かろうじて灯っていた。
「……お断りだ」
出久が、震える拳を握り直す。
「誰かを駒にして成り立つ世界なんて、俺たちが守りたいものとは違う」
「そうだ……」
爆豪も、立ち上がる。個性が出ないままでも、拳を構える。
「舐めるなよ、化け物が」
実に、つまらない答えだ。
だが、予想していた答えでもある。
人間とは、追い詰められれば追い詰められるほど、無意味な反抗心を燃やすものだ。
オール・フォー・ワンを倒した功績に酔っているのだろう。
だが、それも今この瞬間で終わる。
俺は、戦闘ロボットの群れに次の命令を下す。
「再選別、開始。抵抗する者は排除。投降した者は確保せよ」
数千の機械が、一斉に標的を絞り直す。同時に、寄生虫に操られた裏切り者たちが、再びヒーロー連合の背後へと忍び寄っていく。
ガスはまだ晴れない。個性の使えない無防備な人間たちの上に、容赦のない暴力の渦が、再び降り注ぐ準備を整えていた。
「来い」
俺は、自らの肉体に内蔵された幾百のビーム砲口を、ゆっくりと地上へ向ける。
決戦は終わったはずだった。
だが、この世界にとっての「本当の戦い」は、今、ここから始まる。