(くっそ……)
白濁液にまみれた体を隅々まで清める。
昨夜散々汚されたせいで精神的に疲弊してしまい、俺は泥のように眠っていた。
意識が覚醒したのは、木の軋む音が断続的に聞こえてきたからである。しかしその音で瞼を開けると、視線の先に俺をレイプし尽くした張本人の顔があった。最悪の目覚めである。
まだ頭がぼんやりしていたので、とにかくただ目の前の脅威から逃れたいという感情が先行してしまった。その結果、口から拒否の言葉が出てしまう。
それを聞いたアリシアは、まだそんなことを言うのか、とたいそう怒り朝からまた俺のことを嬲り始めた。体力が戻っていなかった俺は程なくして意識を失い、また目が覚めると部屋には俺一人だけが取り残されていた、という次第である。
その際部屋は綺麗になっていたものの、ご丁寧に俺の体だけぐちゃぐちゃなままで放置されており、傍に例の水入りの桶があったことを付け加えておく。
「腹減ったな……」
床に落ちていた昨日の服を着る。流石にこれが体液まみれだったら泣いていたが、アリシアが魔法で部屋をきれいにした時ついでに洗浄されたのだろう。少し気持ち悪いが、まあ仕方ない。他に着るものは見当たらないし……
「さて、と………」
扉を開け、長い廊下を進む。
――しかし、いやに静かだ。まさかアリシアはこの家にいないのか? いや、そんなはずは……などと、考えているといつのまにかキッチンに到着していた。
テーブルの上には書置きが残されている。手に取って見てみると、アリシアからの伝言であった。
――夕方には帰ってくる。食事を作っておくように。食材は次の場所で買ってきなさい…………
その隣には、銅貨が入った巾着袋があった。
「はあ……」
昨日の残りの黒パンをつまみながら溜息をつく。面倒だ。ただでさえさっきから腰が痛くて歩くのがつらいのに、外出しなければいけないなんて。
しかし、伝言を無視するわけにもいかない。体力を回復するため椅子に座ってしばらく休憩しようとしたその時、外から大きな鐘の音が聞こえてきた。
――これは、昼過ぎを知らせる鐘の音か…………ん? 昼過ぎ?
「ヤバいヤバいヤバい」
急がないと、じき夕方になってしまう。帰ってきて何もしてないのがバレたら絶対に怒られる。これ以上ひどくされたら、本当に体が動かなくなってしまうかもしれない。軋む体に鞭打ち、慌てて出かける準備をする。
「あぅ、腰が……」
ああ、体がしんどすぎる。少しは労わってくれてもいいじゃないかと、心の中でぶつくさ文句を言いながら家を出た。
「これと、これと……あとこれをお願いします」
書置きに指示された通りに食材を買う。自分であれこれ選ばなくていいのは楽だ。昨日は献立をあれやこれやと悩んでしまい予想以上に時間がかかってしまったが、この分なら夕方には間に合いそうだ。
――それにしても、疲れたなあ……。なんだか体がフワフワする。
「よし、これでいいか…………って、大丈夫?」
「ん…………ああ、すいません! あの、これお代です」
お金を渡す俺を、店員が心配そうに見てくる。
「あなた、今にも死にそうな顔してるよ」
「……そうなんですか?」
「ほら、これで見てみなさい」
店員が、近くの棚から手鏡を取って俺に渡してきた。……確かに、憔悴しきった表情をしている。
「あの、心配かけてしまってすみません。でも大丈夫ですから、もう行きますね」
もう一つ行かねばならない店があるのだ。時間に余裕があるとはいえ、あまりもたついているわけにはいかない。
「……って、ちょっと待って!」
「え?」
「まあまあ、急いでるのは分かるけどさ。ちょっとだけでいいから、ここで待っててよ」
そう言うと、店員は店の奥へパタパタと駆けて行った。
そしてしばらくすると、手にガラスの小瓶を持って帰ってきた。中には少し赤みがかった透明な液体が入っている。
「ほら、これあげる」
「えっと……これは?」
「まあ、平たく言えばよく眠れる薬よ。寝る前に何かに3滴混ぜて飲めば一晩中ぐっすり、もし丸一日惰眠を貪りたいなら6滴混ぜれば大丈夫。ほんの少しだけ苦みがあるから気をつけるように。ほら、取っときなさい」
そう言うと店員は、俺に小瓶を差し出してきた。
「いや、そこまでしてもらわなくても!」
「いいのいいの、気にしないで。そんなに高いモノでもないからさ」
「でも……」
「ね?」
「…………はい、ありがとうございます」
タダでもらうのは気が引けるので断ろうと思ったが、圧に押されてつい受け取ってしまった。
「あ、今言った量以上は入れちゃダメだからね。じゃあ、お大事に~」
軽く会釈をして店を出る。
そして次の店に向かって歩く道すがら、さっきもらった薬を光に透かして観察する。まさか毒薬ってことはないと思うが、本当に効き目があるのだろうか。
それに仮に効き目があったとして、どうせアリシアは俺が寝落ちしたら『私の許しもなく勝手に寝るな!』とか言って叩き起こしてくるし、寧ろ眠気のせいでその回数が増えるだけ効果としてはマイナスだろう。
「はあ……」
深々と息を吐く。いくらすごい薬でも、夜満足に寝ることのできない俺にとっては無用の長物である。でも貰ったものを捨てるのも申し訳ないし、ベッドの下にでも隠しておこうかと思った次の瞬間、はたと気づいた。
これをアリシアに使えば俺は安全に逃げられるのではないか、ということに。
心臓が早鐘を打つ。……落ち着け俺。まずは作戦を考えるべきだ。確か3滴で一晩、6滴で一日だったか。とすると、朝になんとかして薬を盛るべきだろう。流石に今から逃げるのでは間に合わない。それに、夜に町の外へ出るのは危険だ――
そんなことを考えているうちに、いつの間にか最後の店に到着した。一旦思考を中止し、買い物に集中する。
「えーと、これください」
「はーい」
陳列された中から、少し刺激的な香りがする赤色の粉末を選ぶ。書置きに書いてある名前だけでは何のことやらさっぱりだったが、値札に書いてある説明によるとどうやら唐辛子の一種らしい。ただ、見た目の割にはそんなに辛くないとも書いてある。
「銅貨三枚です」
「はい、どうぞ」
「……ちょうどですね。ありがとうございました~」
全ての任務を終えて家への道を急ぐ。歩きながら、また思考を再開する。
問題はどうやって薬を混ぜ込むかだが…………そうか! ちょうど今買った粉を使ってスープでも作れば、薬の苦みも赤色も誤魔化せるんじゃないか? 我ながら名案である。
――善は急げ。決行は明日の朝だ。実は、昨日北門で荷馬車が難なく検問を通過するのを見た後、荷物の集積場と積み込み方法についても確認を済ませておいたのだ。準備はすでに整っている。
……この上なく癪だが、今夜は従順に振舞っておこう。明日の朝起きられなくなっては計画が頓挫してしまうからな…………ん? 夜?
そこまで思案してハッとする。もしまた昨日みたいに鏡の前で弄られたりしたら、俺は正気を保っていられるのか? あまつさえ、本番までしようものなら…………明日の朝には、もう手遅れになっているかもしれない。
…………今晩、決行しよう。一日中気絶させておけるなら、アリシアが起きたとしても明日の夕方だ。夜に探しに来ることは流石にないだろうし、実質明後日の朝まで時間を稼げると考えると悪い選択ではない。
アリシアを眠らせたらすぐ家を出よう。いくら起きないとはいえ、時間が来るまで家に留まっているのはなんだか気持ちが悪い。外の適当なところで時間を潰し、夜明けと共に荷物に紛れてこの町を出発しよう。
俺はそう決心した。