鏡に映る自分の姿を見る。…………我ながら酷い姿だ。
上はスケスケのベビードールのような衣装で、へそから下の肌が見えるように前側の布が左右に割れている。下は、局部を辛うじて隠すほどの面積しかない紐パンである。
こんな卑猥なものを着なければいけないのも、すべてはこの下腹部にある忌々しい淫紋がしっかり見えるような服を着なさいというアリシアの命令によるものだ。
さらに極めつけは、首に巻かれた革製の首輪である。別に命令に背いたら首が締まるとかいうわけではなく、自分で取り外しが可能なものだ。しかし、言いつけとはいえ毎朝自分でコレを首に巻くのは心がしんどい。
これらのアイテムを身に着けた俺の姿は、まさしく性奴隷である。なまじ容姿がいいだけにその説得力は大きい。
「はあ…………」
憂鬱な気分になり、溜息をつく。
それから、もちろん外を歩く時もこの姿である。自分の尊厳がごりごり削られていくのは辛いが、だからと言って逆らうことは決してできない。
この前道端でこのような服を着せられることに対し文句を言ったら、淫紋の効果が発動してその場で潮を吹いて崩れ落ちてしまったのだ。それからはたとえ屈辱的な思いをしようと、特に外ではアリシアの言うことに逆らわないようにしている。
それにあまりに反抗的な態度をとっていると、いつまた逃亡しようとした時のような凌辱が待っているか分からない。
そういうわけで最近は専らアリシアのご機嫌取りに精を出すようになった。前より扱いが酷くなったとはいえ、従順にしていれば多少は手心を加えてくれるからだ。
ただし、あくまで表面上の話である。俺は心まで屈服したつもりは全くない。
――このことはたぶんアリシアには気づかれていない、はず。
「…………行くか」
部屋を出て、朝ごはんを作りにキッチンに向かう。買ってきたものを並べるか千切るだけで火を使うわけではないので、この服でも問題ないのが残念である。
……それにしても、毎日散々犯して来るくせに家事までしろとか鬼畜にもほどがある。自分でもどうしてこんな生活をして体を壊さないのか不思議でならない。
思うに俺が未だに堕ちることなく正気でいられるのも、この体のおかげなのかもしれない。何をされてもすぐ感じるのはどうかと思うが。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、キッチンに到着した。
葉物野菜をちぎってサラダを作り、パンとチーズを食器に乗せ、コップに水を注ぐ。それらをテーブルに並べ終わったくらいの時、アリシアがドアを開けて部屋に入ってきた。
「おはようございます、ご主人様」
「ん……ああ、おはよう」
「お食事の用意ができてます」
だから、こうやって媚びた言葉遣いをするのも、歓心を買って少しでも自分の待遇を良くするためである。それ以上でもそれ以下でもない。…………もう一度言うが、決して心から屈しているわけではない。
「うん、じゃあ食べましょうか」
「……はい」
席について食事をとる。朝はこんな感じで時間が過ぎていった。
――その後はギルドへ向かい依頼書を吟味する。各依頼書には達成した場合の報酬が記載されているが、家にある金貨や銀貨の山を見た後だと正直安く感じる。それにも関わらず、アリシアは足しげくギルトに通っている。曰く、ずっと家にいても体がなまるからだそうだ。
外にいる間は激しく犯されることも少ないので、その心がけはありがたい。
…………しかし、それにしても居心地が悪い。やっぱりこんな格好をしているせいだろうか。さっきからやたらと周りの視線を感じる。
この状況をどうにかしようにも、俺はアリシアの許可なしに勝手な行動をしてはいけない。衆人環視の中で無様にイキ散らかすなんてごめんだ。今できることといえば、ほんの気持ちだけ身を縮こまらせて気恥ずかしそうに手を前で組み、淫紋がなるべく周りから見えないようにすることくらいである。
「…………ねえ」
「はっ、はい。何でしょうか……?」
「その手、どういうこと?」
振り向くと、依頼書を選び終わったアリシアが俺の方を鋭く睨みつけていた。その目線の先には淫紋を隠すように組まれた俺の手がある。あっ、これは…………
「あの、恥ずかしくて……」
「いつ私がそんなことしていいって言った? ちゃんと淫紋が周りから見えるようにしておきなさい」
「っ、ごめんなさい、ご主人様……」
「次そんなことしたら、どうなるか分かってるよね!?」
「はい。もうしません……」
「はあ、まったく……。ほら、来なさい!」
「はい…………」
うぅ……。こんなことも許されないなんて、あんまりだよぉ…………
手を体の横でぶらぶらさせながらどんよりとした気分で受付へ向かう。
「おやアリシアさん。お久しぶりですね」
「ああ、久しぶり! 最近どうしてたの?」
「ええ……ちょっとお休みをいただいてまして」
この人は……初日に俺を奴隷化する手続きをした受付の人じゃないか! 顔を合わせるのは地下室でおもちゃにされた日以来だ。嫌な思い出が蘇る。早く終わらないかな……
「また今日も変な依頼を……。野鳥の観察って、何ですかこれ」
「まあまあ、そういう日もあるってことで」
「……はあ。そうですね、そういうことにしておきましょうか。――ところで、今日は大人しいですね、その子」
二人してこっちを見てくる。無視して勝手に会話してて欲しい、いないものとして扱ってほしいという願いもむなしく、二人は俺についての話をし続ける。
「ああ……。ちょっとおいたをしたから、厳しく躾けておいたのよ」
「ちなみに、何をしたのか聞いても?」
「……逃げようとした」
「ええ……、よく調教だけで許しましたね」
受付の人が信じられないものを見るような目で見てくる。……というか調教だけ、ってどういうことだよ! あんなに苦しい時間のさらに上があるっていうのか!?
「まあ普通はそうかもしれないし、私もホントはもっとキツくするつもりだったんだけどさ……。でも、もう絶対私に逆らえないようにしてあげたら、ようやく自分の立場を理解してとっても素直になったのよ。だから、寛大な心で許してあげることにしたの」
「なるほど……お優しいですね。私なら、もう二度と日の光を見れないようにしてしまうかもしれません」
え……そういう評価になるの?? 優しさとはいったい…………。
というか、受付の人。あなた怖いよ……。そんな人だったの?
「……でも、万が一またおいたをしたらその時は、ね」
「まあ、当然でしょう」
アリシアが暗い笑みを浮かべて俺を見る。まるで深淵から覗き込むような目をしており、背筋に寒気が走る。震える俺を、受付の人が値踏みするような目で観察する。
「ねえ、カエデ?」
「はい! なんでしょうかご主人様?」
媚びたような表情をつくり、元気よく返事をする。
「毎日私にご奉仕できて、うれしいよね?」
「はい、もちろんです!」
――うん、プレッシャーに負けた。だって二人とも、はい以外の答えは許さないという目で見てくるし……。だから仕方ないんだ、今機嫌を損ねるのは得策じゃないから……
「なるほど、従順なようですね」
「でしょう? …………って、そうだ。カエデ、ちょっと」
「はい、ご主人様」
「前にここでわめき散らかして迷惑かけたことを謝りなさい」
…………。事情が事情とはいえ、確かに大声を出したのはまずかったかもしれないな。ここは素直に頭を下げよう。
「お騒がせして、すみませんでした」
「…………それだけですか? それで許されると?」
――何を言っているんだ? 恐る恐る頭を上げると、受付の人が嗜虐心を隠し切れない笑みを浮かべて立っていた。
「あ……ごめんなさい、ごめんなさい! 奴隷の分際で生意気言ってごめんなさい! どうか許してくださいぃ…………」
「うふ……無様ですね。いいでしょう。とっても満足したので許してあげます」
「……ありがとうございますぅ」
クソ………俺の周りにはヤバいヤツしかいないのか!? この受付の人は職務に忠実なだけで、別に変な人ではないと思っていたのに……。
もしかしたらそこら辺にいる人も実は心に獣性を秘めていて、何かのきっかけがあれば俺に牙をむいてくるのかもしれない。町中が敵だらけに思えてくる。
「うん、よろしい。それじゃあ私たちはこれで」
「はい。依頼、よろしくお願いします」
「お任せあれ! ほら、着いて来なさい!」
「…………はい」
もう一段気分が下がった俺は、幽鬼のような足取りで受付を後にした。