今日も今日とて朝からギルドへ行き、森での樹液採取とかいう訳の分からない依頼を受けた。
わざわざ依頼として持ち込まれたということからして、実はとんでもなく危険な作業ではないのかと内心びくびくしていたが、特にトラブルもなく依頼を完了して――途中道端でアリシアにレイプされたことを除けばだが――今は家に戻り遅めの昼食をとっている。
「手料理が食べたい」
「……は?」
露店で買ったサンドイッチらしきものを食べていると、アリシアが急に変なことを言い出した。
「ねえカエデ、お金あげるから材料買ってきて作ってよ」
「……いきなりどうしたんだよ」
「最初来た時、何でもしますって言ったよね?」
「いやまあ、作れというなら作ってもいいけど……」
余談ではあるが、俺は一回もこの家のキッチンが使われているのを見たことがない。もっぱら外食か、あるいは買ってきたものを持ち帰り家で食している。
「別に外で食べるのが嫌ってわけじゃないんだけどね~。やっぱり愛のこもった料理っていいよね、って思ってさ」
「愛……」
「何か文句ある?」
「ナンデモナイデス」
毎日腰が立たなくなるまで凌辱しておいて、愛!? 頭がおかしいとしか思えないが、保身のために訂正はせず黙っておく。
そのまま黙々と食事をし、俺が食べ終わった頃を見計らってアリシアがもう一度声をかけてきた。
「うーん、やっぱり料理するのにその服じゃなあ…………よし! 着替えを渡すから、まずは寝室に行こっか」
「……着替え」
ちなみに今着ているのは薄紫色のスケスケの布である。例によって丈が短い。これ以上卑猥な恰好をさせる気なのかと、陰鬱な気分になりながら寝室へ向かった。
――これは、いい。そうだよ、こういうのでいいんだよ!
上は七分丈の淡い水色のシャツだ。胸の部分だけは白い生地でできており、所々にフリルがあしらわれている。
下は膝下ほどまである群青色のスカートを履き、それから前掛けのような腰で紐を結ぶタイプのエプロンをつけている。その白い布には美しい花々が散りばめられ、ひときわ目を引く。
いまだ輝きを失わない長い銀髪は、スカートと同じ色のリボンでゆるく一つにまとめられている。
総じて見るに、のどかな村に住む純朴そうな村娘、といった感じか。
いや、なぜお前は女物の服を着てはしゃいでいるんだ? と自分の中の冷静な部分が語り掛けてくるが――正直そんなことは今どうでもいい。
毎日着せられる服と呼ぶのも嫌になる布に比べれば万倍マシなのだ。これを喜んで何が悪い!
鏡に映った自分の姿に感動を覚えていると、後ろから好色めいた視線を感じ背筋が寒くなる。
「なるほど……これはこれで、そそるわね」
黙れアリシア。お前はそんな目でしか人のことを見れないのか! 少なくとも外見はエッチなこととは無縁そうな、清楚な美少女だぞ! それを穢すことしか考えられないなんて、なんて嘆かわしい。サルでももう少し理性的だろうに。だからダメなんだお前は。
……ただ、まさか思っていることを口に出すわけにもいかないので、心の中で精一杯罵る。
「ん~? 言いたいことでもあるの?」
「ひゃっ……」
突然いやらしい手つきでお尻を撫でられる。そしてあれよあれよという間にその手が鼠径部を探り出し――
「――お金! 材料買いに行くからお金が欲しい!」
「え? あーー、そうだったそうだった」
さも今気づきましたといわんばかりの様子でアリシアが手を引っ込める。しかし、視線は俺のほうを向いたままだ。
「……なんだよそんなにじっと見て」
「おっかしいな~。確かに罵倒されてる気配を感じたんだけどなあ~」
あまりにもカンが良すぎる。まさか心を読んでいるなんてことはないだろうが、万一バレると非常にまずいので内心を包み隠すように慌てて言い訳をする。
「気のせいだって! ほら、オレ料理作るの久しぶりだからさ。それに、この町の店にもほとんど行ったことないし……。どんなもの買って来ればいいのか分からなくて」
「ふーん……まあ確かに、どこで何が買えるか言ってなかったわね。分かった。こっち来て」
何かくれるのだろうか。寝室を出てアリシアについていき、廊下の途中にある扉の中に入った。
……書斎、かな?部屋の壁に沿って棚がいくつも並んでおり、部屋の中央にはお高そうな机と椅子がある。部屋に入るや否やその棚の中のうちの一つをゴソゴソと探りだしたアリシアは、しばらくして俺に一枚の紙を差し出してきた。
「ええと……あった。ほら、これがこの町の地図よ。持って行きなさい」
「あ、ありがとう……」
いやに親切なことに違和感を覚えつつも、礼を言って地図を受け取る。えっと、商店は…………町の北側か。この家からはそこまで遠くはなさそうだ。
「……肉と野菜でいい?」
「うん、調味料はこの家にあるからそれでいいよ」
この世界の食材は結構優秀だ。見た目からしてよほど変なものを買わなければ、おそらく最低限の味は保証されるだろう。
「分かった。なるべくおいしく作るようにするから」
愛のこもった手料理と勘違いされるのは業腹だが、食材に罪はない。それに食事は、毎日弄ばれる生活の中での数少ない楽しみの一つだ。自分の心の健康のためにも、手を抜くべきではないだろう。
「うんうん。私に対する日頃の感謝を込めて作りなさい」
「……はい」
…………もう何も言うまい。
「それじゃあ、お金渡すから」
アリシアが隣の棚を開ける。
――その中には、とんでもない量の大小さまざまな貨幣が入っていた。いや、ホントにどれだけあるんだこれ。この広い家を買ったと言っていたから結構お金を持っているのだろうな、とは思ってたけど……
「ふふん、どうだ。驚いた?」
いや、まだ分からん! ひょっとすると、金はそこまで貴重じゃないから金貨の価値も高くない、ってことかもしれない。きっとそうだ!
「……なあ、ちなみにこの金貨一枚ってどれくらいの価値なんだ?」
ひときわ大きい金貨を指差しアリシアに尋ねる。ちなみに多すぎて数はよく分からない。
「え、知らないの? ……まあ、一家族が二年は暮らせるくらいかな」
――負けた。別に勝負してたわけでもないけど、なぜか敗北したような気持になる。
「あとは、大銅貨が1枚っと。よし、これくらいでいいか」
「…………」
「おーい、戻ってこーい」
「……はっ」
打ちひしがれている俺の目の前に巾着袋が差し出される。慌てて受け取りその中を見ると、数枚の大きさの異なる銅貨が入っていた。
「たぶんこれで足りると思う。余ったらあとで返してね」
「うん、分かった」
「あとは…………ああそうそう、食材を入れる袋か。ほら、こっちこっち」
そのままキッチンに向かうと、隅に掛けられていた麻袋を渡された。
「よし、じゃあ頼んだよ」
アリシアはニコニコしながら俺を見ている。
「なあ」
「どうしたの?」
「……ついてこないのか?」
思えばこの世界に来てから、四六時中アリシアと一緒にいた。それなのにここに来て一人で出歩かせるとは…………いったい何を企んでいるんだ?
「あれれ? もしかして寂しいの? もう、しょうがないなあ~」
からかうような顔で俺を見てくる。勿論その言を肯定するわけはないが、否定することもできないので曖昧に笑っておく。
どうやら俺のその表情を肯定と受け取ったようで、アリシアはそのまま話し続けた。
「ほら、私がついて行ったらカエデがどんな食材を買ったか分かっちゃうでしょ。料理の種類も大体予想できちゃうし。それじゃあつまらないから」
「なる、ほど」
「あ、でも……」
急にアリシアが無表情になる。辺りに冷気が漂い、背筋が凍る。
「一人だからって、まさか逃げようとか思ってないよね」
「――いや、まさかそんな! 滅相もない!」
首をブンブン振って必死に否定すると、俄かに部屋の空気が弛緩した。
「うんうん、そうだよね。そんなことしないよね。……じゃあ、行ってらっしゃい!」
「……行ってきます」
一瞬アリシアが丸くなったかと錯覚したが、やはり気のせいだったな……。
そう思いながら入り口を開け、外に出た。
「――もし逃げたらどうなるか、分かってるよね?」