諸君、殴る壁の貯蔵は十分か?
え? じれったい?
※アミッドとベルはお互いが「許嫁」だと周囲に思われている、勘違いされていることを知りません。
アミッドさんの衣装は、ダンメモに出てきていたやつですね。
調合用のアレ。
服の名称とかはよくわかりません。
アミッド・テアサナーレA-①
「お前達2人は本当に仲が良いな」
「「はい?」」
夕食時。
喫茶店の一角で、リヴェリアさんが料理を口に運んでいた手を止めて、言った。場所はオラリオ南西の
「ベルさん、口周りが汚れていますよ」
「ああほら、屑が落ちました。ちょっと……動かないでください、取りますから」
「ベルさんお酒、飲まれますか?」
「成長期なんですから遠慮なさらないでください」
などなど。
僕が拭こうとする前に指摘しては拭いて。
齧った時に落ちたパン屑が膝上に落ちたりすればわざわざそれを取ろうと僕に身体を近づける。それからメニューにお酒があるのに気付くと飲むかどうか聞いてきたり、遠慮してないのに「まだ食べますよね?」みたいに言ってくる。僕、もう身長では貴方に勝ってるんですよ? なんて思っている時にリヴェリアさんが口を開いたのだ。どこか羨ましそうな、それでいて優しい眼差しで。
「リヴェリア様? どう……されたのですか?」
「いやなに、アイズともそうなってくれたらよかったものを……どこで間違ったのかと思ってな」
「――――嗚呼」
「幼馴染は良いものだ……アイナ、元気にしているだろうか……」
「リ、リヴェリア様が哀愁を漂わせている……」
どこか遠い目をした2人。
ごめんなさいリヴェリアさん。
僕が、
「「………はぁ」」
2人して溜息。
苦手なものは苦手なんだから仕方ないよ。仕方ない。冒険者としての戦い方を教えてもらう相手としてアイズさんにお願いしたけど、あの人、回し蹴りしてきては膝枕をしてきたりして、おっかないんだもの。僕にどれだけの恨みがあるんだってさすがに思う。綺麗なのに。美人さんなのに。全力疾走の彼女が迫ってくれば兎だって裸足で逃げ出す。
「ア、アミッドさん……ええっと、アミッドさんも飲みますか?」
「そう……ですね、適当なものをお願いできますか」
「じゃあ僕と同じのを頼んでおきますね」
「ええ」
果実酒だ。
アルコールは低めで、嗜む程度なら問題ないだろうというくらい。
「ん? 2人は飲めたのか?」
「僕は……たまに、度数の低いのだったらお姉ちゃん達がいいよって」
「私は嗜む程度ですが……それこそ滅多に飲みませんね」
「昔、間違えて誰かのお酒を飲んじゃって……強いのはダメってなったんですよね」
「「何があったと?」」
「…………女神様に始まってお姉ちゃん達の唇を奪って回ったそうです」
「「!?」」
仰天とばかりに目を見開く2人。
頬と耳を若干赤くして、唇を袖なり指なりで隠している。何しているんですか、2人とも。もう昔の話ですよ? 強いのはダメって言われてますけど、果実酒くらいどうってことありませんよ。
「はいアミッドさん」
「……どうも」
頼んだ果実酒が来てアミッドさんに渡す。
リヴェリアさんの手元にあるグラスには『アルヴの清水』が注がれている。3人がグラスをもって、決まり事とばかりに持ち上げて「乾杯」と言ってぶつけ合う。
「しかし飲酒とは……いつぶりでしょうか」
「アミッドさんが飲んでるとこ……僕、見たことないです」
「都市最高の
「そうですか? まあその……潰れてしまった時はベルさん、頼みますね?」
そう言ってグラスの中で揺れる果実酒に唇を近づけて、まずはスンスンと匂いを嗅ぐアミッドさん。爽やかな香りがして、次にグラスに口付ける。そしてグラスを傾け、小さな口へと流していった。それに習うわけじゃないけれど、僕も果実酒に口をつけ、リヴェリアさんはそんな僕達を「酒を飲めるようになった子供」でも見るような、どこか親戚のお母さん的な優しい眼差しで見つめながら『アルヴの清水』を飲み込んだ。
「――――美味しい」
アミッドさんのそんな声が、何故か嬉しかった。
▼
▽
酒というのは人を変える。
急に怒り出す人もいれば、泣き出す人もいて、やたらと絡んでくる人もいる。人によって様々だ。神様達も例外なく、お酒に酔っては顔を真っ赤にして泣き腫らしたり、どこか艶めかしくなったり、ハイテンションになったりもする。輝夜さんやドワーフのアスタさんなんかは度数の強いお酒を平気で飲んで身体を上気させる程度だけど、アリーゼさん達は毎日のように飲むわけではないから、強いのはダメ。飲み過ぎるとお手洗いで大瀑布を作り出すことになるし、次の日、使い物にならなくなるのを避けるためだろうけど。
まあ僕が何を言いたいのかというと。
「私だって毎日毎日一生懸命やっているというのに、何故ミアハ様と話をしているだけで、非難されなくてはならないのですかっ!? 私はただ新薬の調合について意見を頂いていただけだというのに、そりゃあ、多少なりとも心が弾まないわけではありませんけれどもっ! 「泥棒猫」だとか「売女」だとか……もっとまともな挨拶はできないのですかっ!? あんまりです……あんまりですぅ……!」
アミッドさんはお酒に弱い女の子だったらしい。
テーブルに突っ伏してテーブルをバンバン叩きながら、溜まっていた鬱憤を吐き出す聖女様がそこにはいた。『
「そ、そうですね」
「だけどいつもいつも
「え、アミッドさん許嫁いるんですかっ!?」
「ぶふぅっ!? ゲホッ、コホッ……!?」
そりゃアミッドさん綺麗だし、可愛いし、女神様にだって劣らないくらい美人さんだしスタイルいいから、ディアンケヒト様……いや、あの
「私はいったいどうしたらいいというのです!? 誰に聞こうとも、そのような失礼な事……口にできるはずありませんし! え、まさかアミッド様、お相手のことを忘れられているんですか!? なんて言われたら目も当てられません! というか、私に許嫁がいるんですか?なんて聞けるわけないじゃないですかっ!」
うわぁぁぁんっとばかりに机に突っ伏すアミッドさんの背中をさすってあげる僕。調合用にあつらえた衣装は、お店の人達の独断によってお洒落になっているので外行きようにも使える。一本に結わえた白銀の髪がまるで彼女の感情を表すかのようにしな垂れた。背を撫でる手のひら越しに彼女のアルコールが回ったことで熱くなっているのだろう体温を感じつつ、事態は思ったよりも深刻なんだなとアミッドさんが抱えていたストレスを僕はひしひしと感じ取っていた。
「ディアンケヒト様だけでなく、エリスイスに、たまに【ロキ・ファミリア】の皆さんも……酷い、みんな酷い……! 私の心労も知らないで……っ!」
「ア、アミッド……その、だな……?」
リヴェリアさんが何か言いたげに、細腕を伸ばす。
まるで彼女はアミッドさんの求める答えを知っているかのようで、さすればリヴェリアさんが伸ばした手は迷宮の出口へと導く
「こんなにお酒弱いなんて、思ってもみなかった……」
「……………」
天井を見つめだすリヴェリアさん。
本当にどうしたんですか?
何でそんなに、「嗚呼……」みたいな感じになってるんですか?
「んっ、んんっ、こほんっ、アミッド……しっかりしろ、アミッド」
「うぅ……リヴェリア様……」
わざとらしい咳払いをして、リヴェリアさんは何かを言おうとしては口を噤んで、また口を開こうとして躊躇う。その度にチラチラと僕のことを見てくるけれど、どうしたんですか本当に。僕は酔ってないですよ! ちょっと熱いなーぽやーってするなってくらいです!
「その………ベルを、どう、思う?」
………何が?
僕は素直にそう思った。
どうして急に、僕なんですか。
話題の変え方、下手くそか? なんて輝夜さんやライラさんがいればいそうなことを思ってしまう。ほら、アミッドさんだってぽかんっとして僕のことを見て……あ、瞳が潤んでる。頬から耳から赤いし……可愛い。思わず喉を鳴らしてしまった。
「ベルさん………ですか? そうですね……」
じぃーっと熱を帯びたかのような、けれど潤んだ
「うぅ……ベルさんだけが、私の心の
まるで「しゅきしゅきしゅきぃ~っ!」とばかりに僕に抱き着いて僕の胸に顔を埋めては右に左にグリグリ。僕は驚きの余り固まって、そして、無言で彼女の頭を撫でた。治療院で働くが故に消毒液の匂いと彼女特有の香りが混じった匂いが鼻孔をくすぐってくる。嗅ぎ慣れた優しい匂いで、アストレア様やお義母さんと同じくらいに安心感を得てしまう。それ以上に、アミッドさんが柔い。アリーゼさん達のような鍛え抜かれた中にある女の子の柔らかさじゃない。アミッドさんは純粋な
「診療科目をよく確かめもせず、私のところへ来られても私が対応できるとは限らないんです! それに何ですか、私を含めた医療の専門家が「するな」と言ったことは“するな”、「しろ」と言ったことは“必ずしろ”というのに……どうしてそれだけのことが守れないのです!? 治したくないんですか、治りたくないのですか!? 意味がわかりません!」
「…………よしよし」
「何故、どこの誰が書いたかもわからない、信憑性も怪しいような民間療法を実践するのです!? 結果、容態が悪くなって私達の手を煩わせ、責任をとれ……何様なんですか!? わかりますか、ベルさん? わかってくれますよね、ベルさん!?」
「うん、はい、わかります……わかりますとも」
髪を梳くように、やさしく彼女の頭を撫で、背中も摩ってあげる。下着の留め具の感触が手のひらに伝わったけど知らないフリ。リヴェリアさんを見てごらんなさいよアミッドさん。もう可哀想なものを見る目をしていらっしゃいますよ。
「この間なんて、安くしろだとかいつも利用してるんだからオマケしろだとか言ってきて……貴方は今回が初めてですよねと言えば、逆上して商品を破壊。有り得ません……! 世界はまさしく不条理で溢れています。
「あの、どこ見て言ってるんですか……」
「な、なんだお前達……そこまで、その、発展していた……のか……?」
アミッドさんの口から愚痴という愚痴が出るわ出るわ。どれだけ溜め込んでたんですか。いや違うんですよリヴェリアさん。10歳なったかなってないかくらいだったかな、風邪をこじらせて熱を出し、寝込んでいた僕の元にアミッドさんがやってきて、つきっきりで看病してくれただけなんですよ? 寝ている間は手を握っててくれたり、頭を撫でてくれたり。ぼやけた僕の目にはアミッドさんの髪色のせいもあってお義母さんに見えたくらいで……。汗をかけばお湯とタオルと着替えを用意してきて、剥かれて……あの時かなあ、じっくり見られてたんだとしたら。だから違うんですよ、何を勘違いしているんですかリヴェリアさん。いや、何を想像しているんですか? リヴェリアさんもまさかアリシアさんと並ぶ『エロフ』さんだったりするんですか?
「優良患者……そう、ベルさんは優良患者なのです! 大人しく健診を受けてくれますし、病をこじらせてもちゃんと与えたクスリを服用してくれますし……まさに患者の鏡! 愚患者の方々にベルさんの爪のアカを煎じて飲ませたいくらいです!」
リヴェリアさんがいることを忘れているのかどうでもいいのか、アミッドさんは熱弁を続けていた。正直、恥ずかしい。お義母さんだって「
「ミアハ様と会話することを許されない私にはもう、癒しはベルさんだけ……!」
「恥ずかしい……」
「どうしてアイズはこうなれなかったのか……幼馴染でこれほどの差が出てしまうなど……くっ、
「もぉ~離しません、離しませんよっ! ベルさんはずぅ~っと私の
「く、ぐるしぃ……」
「嗚呼、やっぱりそうなのか……お前達……!」
アミッドさんがもう僕に乗りかかる勢いでぐいぐい身体を寄せてくる。その度に、衣装の中の下着に納め奉られているこれからも成長するだろうおっぱいが形を歪めて当たってくる。そして彼女の匂いが鼻を通って、僕の心拍数を上昇させる。そしてリヴェリアさんは本当にどうしたんですか? 何を確信したっていうんですか? 状況についていけない僕はただただ固まり、周囲を気にする。アミッドさんが叫んでるの絶対聞こえてるよ、まずいよ、リヴェリアさんだっているんだから、勘違いされたらどうしよう……!
「コラッ! ベルさん! 私がこれほどまでに大切に思っているというのに……! どうして何もしてくださらないのですかっ! 毎日頑張っている私に、頭ナデナデくらいしてくれても良いのではないですか!? 何故、手を止めるのです! ほらっ! 早くっ! 手遅れになる前にっ!」
「ヨシヨシ……ヨシヨシ……」
僕の胸元で頭をぐりぐりしてきたかと思えば、上目遣いに潤んだ瞳で睨みながらの「頭を撫でて」とおねだり。お姉ちゃん達だってこんな可愛いことはしない。顔が熱い……恥ずかしくて、熱い。これが、
「んん~♪ 年上女性、女神様方に人気で【ファミリア】のお姉さん達に囲まれている
今度からもう少し多めにアミッドさんが休めるようにディアンケヒト様にお願いしてみよう。アミッドさんがお酒の力で壊れてしまった。いつもの表情変わらない精緻なお人形さんなアミッドさんなんて、グラス一杯のお酒の力で
「…………ふぅ、そろそろ、退店しようか」
「「デザート食べても良いですか?」」
「あ、ああ……息ぴったりだな」
外食の最後はやっぱりデザート。
「ん~ふふふ……」
「ア、アミッドさん、大丈夫ですか?」
「はぁい」
「ベル、アミッドをちゃんと連れて帰ってやるんだぞ」
「あ、はい……あの、顔が疲れてませんか、気のせいですか?」
「いや気のせいだ……私もお前達のことは昔から知っていると思っていたんだが、やれやれ……知らないことは、まだまだ多い……その、あれだ、末永く……な?」
「?」
どこか重たい足取りでリヴェリアさんが去っていく。
その後ろ姿はどこか小さく、哀愁に満ちているようだった。街灯が変に演出しているせいか、振り返ったリヴェリアさんの微笑みが儚ささえ生んでいた。だから、リヴェリアさんはさっきから何なんですか!?
「んんぅ~……」
「ほらアミッドさん、帰りますよ? ちゃんと歩いてください」
「無理、無理です……世界が揺れて、無理なんですぅ」
揺れているのは貴方です。
アミッドさんは僕の左腕に抱き着くようにしていて、歩きづらい。左腕いっぱいに彼女の柔らかさが押し付けられて、ドキドキしてしまう。
「アミッドさん、治療院に帰りますよ?」
「嫌ですぅ」
「じゃあ……僕の【ファミリア】に?」
「……今日は、どこへも帰りたくないですぅ」
「えぇー………」
どうしよう。
治療院に帰るのも星屑の庭に行くのも嫌となると、どこか宿を?
「ベルさん……おぶってもらってもいいですか……?」
「え、あ、うん……どうぞ」
一度しゃがみ込む。
するとアミッドさんが背中に覆いかぶさるようにして乗っかる。柔らかな感触と彼女の体重を感じ取りつつ、膝裏に手を回して、立ち上がる。一度弾むようにして位置をとって、歩くのを再開。アミッドさんは完全に僕に身を委ねていて、肩に顔を埋めるようにしていて、それがこそばゆくて、良い匂いがして、イケナイ気持ちになってくる。
「アミッドさん、どこか、心当たりは?」
「んんぅ~」
「お風呂、入りたいですよね?」
「………は、ぃ」
「だとしたら………うーん安宿は泊まれるだけだし、アミッドさんを安宿に泊めるわけにはいかないし……」
僕達がいる場所は都市南西。
デートの待ち合わせ場所にされている『アモールの広場』の近くまで来たところで、アミッドさんが何か見つけたのか頬を突いてきて、それを指差した。
「………まじですか」
「お風呂がついています」
「はい」
「大きなベッドもあります」
「はい」
「条件は、満たしています」
「………で、でもぉ」
「もう遅い時間ですし……宿、きっと埋まっているところが多いのでは」
「………確かに。でも、いいんですか?」
アミッドさんが指差したのは、防音が効いて、大きなベッドに大きなお風呂があるご休憩ができる宿だった。誰が泊まったのかなんてプライバシーも守られる。でも、ここに僕達が入るのは……いいんだろうか。そりゃあ、前に輝夜さんと入ろうとしたことはあるけれど。アミッドさんは僕の肩に顔を埋めて、何も言わないし。
「はぁ……入りますからね」
右、ヨシ。
左、ヨシ。
後方確認、ヨシ。
アミッドさんが
▼
▽
「今の……アミッドとベル?」
仮にも幼馴染、見間違えるはずがない。
何故かアミッドはベルにおんぶされていたけれど、2人は羨ましいくらい仲が良いし何もおかしなことはない、はず。
「どうしよう、お礼言って、謝っておこうって思ったのに……」
リヴェリアに雷を落されて、お金を借りたことについて「ありがとう」と「ごめんなさい」と言いたかったから夕飯を終えて本拠を飛び出したのに、もう3人は夕食を終えていて解散していた。間に合うかな?と思っていたけど間に合わなくて、しょんぼりと夜道を歩いていたら2人が妙に明るい、
「あ、あれ……いない? あ、あの……ここに、えと……」
受付のようなカウンターがあって、どうしてか仕切りがあるけれど……2人を見なかったか聞こうとしたけど、仕切りがあるなら見えないよね。それにカウンターには『本日、満室』と書かれた掛札がぶら下がっていた。
「………帰ろう」
また後日、ベルには謝って、お礼を言おう。
しばらくはダンジョンで稼いだお金もベルに渡さなきゃ……。
「私も、アミッドみたいにベルと仲良くなりたい、な……」
どうしたらいいんだろう。
アリーゼさん達に聞けば、何か教えてもらえるかな。
▼
▽
「アミッドさん、下ろしますよ」
「ぁぃ……ありがと、ございます」
ふかふかのベッドの上にアミッドさんを下ろす。
彼女の上着と自分の上着をハンガーにそれぞれかける。振り返ればアミッドさんは仰向けに倒れていた。こんなアミッドさんを見るのは初めてで、8年近い付き合いでも知らない部分があるんだななんて思ってしまう。
「アミッドさん、お風呂、入れてきますね」
返事はなくて、眠ってしまったのかなと顔を覗きにいってみれば、目は開いていてぼーっとしているだけだってわかった。顔色が悪いわけでもないから吐き気の方は心配なさそう。僕はアミッドさんに温かいお風呂を提供するべく、浴室へと向かった。広くて、浴槽も寝転がってもまだ広いくらいには大きい。清掃は行き届いていて、お湯を溜めていく。その間にもう一度アミッドさんの元に。汗をかいていただろうし、そのまま寝かせるときっと気分が悪いだろうし。まずアミッドさんから靴を脱がし、髪に巻いているバンドやら紐やらも解いて、なるべく楽にしてあげる。
「ん……ベルさん……?」
「っ……、苦しく、ないですか?」
「……ええ」
ぼんやり、トロンとした眼差しで、自分の隣をぽんぽんと叩くアミッドさん。そんな彼女の隣に腰を下ろす。心臓の音が聞こえてくるくらいにはドキドキして……おかしい、お姉ちゃん達の時でもドキドキはするけど、今はそれ以上な気がする。
「ベル、さん」
「?」
お腹の上に左手、右手を頭の横にして脱力したアミッドさんが、やっぱりぼんやりした表情で僕の名を呼ぶ。ここがどういう場所かわかっていないのか……わかってないんだろうなあ……酔ってなかったら絶対、入ろうなんて言わないだろうし。
「どうしたんですか? お手洗いですか?」
「いえ、そうではなく」
「?」
「………胸が、苦しいので、ブラ……外してもらえませんか?」
………ナンテ?
聞き間違いだろうか。
お姉ちゃん達に、「ベル、ブラジャーあげるから外して!」と言われることはあってもアミッドさんに言われたことなんてない。そりゃあ、部屋にお邪魔したら着替え中だったとかはあるし、アミッドさんの下着を見たことだってあるけど、外す……誰が? 僕が? 誰の? アミッドさんのを?
「い、いい………んですか?」
「申し訳ありませんが……動くのも、億劫なので」
「…………っ」
アミッドさんの格好は長袖にロングスカート。白、紫、薄紫の三色で構成されたあくまでも調合用の衣装を身に付けている。ブラを外すということは、彼女の衣装の中に手を入れるということだけど、長袖だと少し難しい。
「アミッドさん、シャツは脱がしてもいいですか?」
「………ええ、おねがいします。それにしても、熱いですね」
船を漕ぎながらアミッドさんはシャツのボタンをぽちぽちと外していく。アルコールが回って身体が火照っているんだろう、肌が少し汗ばんでいる。捲り上げるようにして脱がし、ひっくり返った衣装を元に戻してから椅子に掛ける。そして振り返るとアミッドさんは自分の腰のあたりをいじってじぃぃ…っとファスナーを下ろしていた。ロングスカートも脱ぐつもりらしい。ドキマギしながらロングスカートを掴むと、アミッドさんは仰向けに寝転んで腰を浮かす。さっと引っ張ることでロングスカートが脱げ、椅子に掛ける。アミッドさんは太ももあたりまであるワンピース風の肌着。そこからでもわかるブラの肩紐とカップの刺繍の僅かなデコボコの存在が見える。
「だいぶ楽になったんじゃないですか? これで――」
いいですよね、と言おうとした。
だって肌着とはいえさっきとはまるで違う。衣装で隠れていた部分が露出されて風通しも良いし。でも、僕が言おうとしたことはアミッドさんによって遮られた。
「胸がきついんです……お願い、します」
「…………うぅ」
アミッドさんだからなのか、お姉ちゃん達を相手するよりも余計に恥ずかしい。アストレア様と同じくらい、ドキドキする。アミッドさんを起き上がらせて、その後ろに座る。ごくりと唾を飲み込んで、深呼吸。大丈夫、アリーゼさん達に「ベル、教えてあげるわ!」と服を着たままブラを抜き取る技術は叩き込まれているし、ライラさんにイカサマやスリの術もそれなりに教え込まれている。リューさんは「教育に悪い!」と怒ってくれたけど、とにかく、そういうことで。
「いきます」
「えぇ……楽にしてください」
まず肌着の中に手を入れて、ホックの位置を目指す。
「んっ……手が、ひんやりして……、っ」
「へ、変な声を出さないでくださいっ!?」
ホックを外したら手を抜いて、今度は肩……というかおっぱいのあたりにあるストラップを外して、するっとブラジャーを抜き取った。すると縛り付けていた物から解放されたような吐息を吐いて、アミッドさんは脱力する。後ろに座る僕の目線からは後ろから見える彼女の胸元…谷間の影と、肌着の上からでもわかる突起が見えた。
「ありがとうございます、だいぶ、楽になりました」
「……………僕、こそ」
そしてお祖父ちゃんお元気ですか。
僕の両手には今、幼馴染の、歳の近い年上のお姉さんの脱ぎたてのブラジャーがあります。ホカホカです。ぬくぬくです。アミッドさんが1日着けていた清潔感を示す『白』が彼女の残り香と体温を僕の手に伝わり、鼻腔をくすぐり、胸をドキドキと跳ねさせる。
「うぅ……」
こ、これ、どうしたら……!?
外した、やり遂げた達成感やらを感じながらも、両手で優しく抱える女性用下着、名称をブラジャー。それの持ち主はアミッド・テアサナーレ。聖女様と呼ばれる彼女のおっぱいを日々支えているブラを持っているという、なんだろう……迷宮の中で宝箱でも見つけたような興奮がそこにはあった。思わず、胸元に持ってきて抱きしめてしまう。
「ベルさん? 何、しているんですか?」
「あ、や、えと、えと!?」
振り返ったアミッドさんが咎めてくるわけでもなく聞いてくる。僕は自分でもわからず、アミッドさんのブラを握り締めたまま彼女を後ろから抱きしめた。誤魔化すように。というかアミッドさん、許嫁がいるんだよね……? どんな人なんだろう……やだ、なぁ……。
「それ、欲しい……のですか?」
「……え?」
「いえ、その……心底、大事に握り締めていらっしゃるので」
ブラを握り締めたままの僕の手の上にアミッドさんの手が添えられる。振り返って僕を見つめてくる瞳は怒りの感情はなく、ただ気になって聞いてきたんだとわかった。別に、欲しいわけじゃ……でも、その内アミッドさんはお嫁に出て、今まで見たいに接してくれなくなるかもしれないって思うと……。
「………少し、欲しいって思ってるかも、です」
「そう、ですか………」
沈黙。
浴室の方から、お湯が溜まっていく音が聞こえてくる。トクントクンとお互いの心臓の音が密着しているせいで伝わってくる。僕の手に添えられたままのアミッドさんの手がさわさわと動いて、ブラの紐を摘まんでは、悩まし気に瞳を震わせている。
「いい、ですよ」
「………え?」
「い、いつも……私に、気遣ってくれて、手伝いをしてくれている……そ、そのお礼、ということで、どうでしょうか」
「…………」
「貴方の言う通り、白しかなく、不満かもしれませんが……ご、後日、一緒に選んでくださるのでしたら、今回限りです、差し上げます」
「…………っ」
「そ、それに…………」
アミッドさんが黙る。
ブラを握ったままの手は握ったまま解けず、アミッドさんを抱きしめる力はさっきより強まっている気さえする。そんな僕の腕に手を添えて、言い淀むようにアミッドさんは口を開いた。それは、やっぱり喫茶店で彼女の口から漏れたもの。
「わ、私には許婚がいるようですので……いつまで、今まで通りの関係でいられるか……わかりま、せんから」
「!」
「くっ……ベ、ベルさん、少し、苦し……っ」
アミッドさんが言ったその言葉は、どうしてだか酷く胸に突き刺さる。アミッドさんが、遠い所に行ってしまう気がして、そう思うと、自然と彼女を抱きしめる腕に力が入ってしまう。アミッドさんの周りの人達は知っているんだろうか……ディアンケヒト様は主神だから知ってるよね。顔も名前もアミッドさんは知らないってことは、それこそ彼女が幼い時にでも両親が決めてしまった相手……とか?
「…………アミッドさん」
「はい」
誰とも知らない相手の元に行ってしまうアミッドさんを想像して、胸が苦しくなる。取られてしまう、寂しい、行かないで。そう思ってしまって、彼女の名を呼んで、振り返った彼女と見つめ合う。彼女も不安なのか、今の関係が失われてしまうことが必然だとわかってしまったからなのか、瞳はどこか寂し気に揺れている。そんな彼女と見つめ合って、自然と互いの顔の距離がなくなっていく。相手の吐息がかかって、僕達の唇は示し合わせたように重なった。
「ん…………、んぅ……っ」
悩まし気な声と共に、僕の腕に彼女の爪が食い込む。
痛くはない。
瞼を閉じて、ただただ唇を重ねる。
お湯の音と心臓の鼓動だけが唯一、雑音にさえ感じる音で。
唇を離して、見つめ合う。
「アミッドさん……あの、キスって」
「初めて、です……」
「い、いんですか……?」
「ダメなら………そもそも、貴方の派閥の本拠に泊まったり、一緒に寝たり、していません」
嫌ではありません。そういうことなんだろう。それでいて、アミッドさんの初めて……ファーストキスを貰えたことに自然と唇が歪む。そんな僕を見て、アミッドさんは困ったように微笑んでくれた。腕を伸ばして、頭を撫でながら。
「私はどこへも行きませんから……そんな泣きそうな顔、しないでください」
「……で、でもっ」
「私は都市最高の
「…………」
僕にお義母さんのような病気はない。
むしろお義母さんが「よかった」と安心してくれたくらい健康だ。季節の変わり目や無理をしすぎて風邪を引いたりすることはあるけど、それだけ。だけどアミッドさんはずっと僕のことを診てくれる。僕の専属
「アミッドさん」
「はい」
「もう一回、キス……したいです」
「………そう、ですか」
じっと真っ直ぐ僕のことを見つめるアミッドさん。僕がキスがしたいというと静かに瞼を閉じて、僕がくるのを待ってくれた。お酒を飲んで、身体は火照っているのに、妙な空気になって、でも、アミッドさんが誰かのものになるような気がして、アミッドさんもそれを感じて、僕に初めてをくれている。
「ん……っ」
唇を重ねる。
ぷりっと厚みのある柔らかい唇。
僕はそのまま、彼女の唇に割り入るように舌を入れて口内を貪る。瞼を開けて、アミッドさんを見てみれば彼女は瞼を閉じたままだけど、身体を強張らせて眉根を寄せていた。でも、離れる素振りは無くて、嫌がってはいなかった。
「ん……ちゅっ……、はっ……んぅ……」
歯を、歯茎を、頬肉を、舐めまわして、アミッドさんの舌を絡めて引っ張って啜る。お酒を飲んだせいか彼女の唾液は甘くて、トロリとしていて、特製のカクテルのように頭をクラクラさせてくる。呼吸することも忘れて、舌を絡める。アミッドさんもまた同じく、僕に合わせるように精一杯、舌を絡めて、啜って、唾液を交換。ゆっくりと離れればお互いの口を繋ぐように唾液の橋ができて、垂れて、シーツに落ちる。忘れていた呼吸を思い出したように繰り返し、トロンとした瞳で見つめ合う。
「アミッドさん、ごめんなさい、僕、我慢できそうにないから……」
「ん………っ!」
僕は肌着の上から、彼女の身体に触れていく。あくまでソフトに。触れたと同時、アミッドさんの身体がビクッと震えた。
「もっと、アミッドさんの………その……」
緊張して身体に自然と力が入ってしまうアミッドさん。
僕の腕に添えていた手にも力が入って、もう何度も爪が食い込んでいた。このまま、アミッドさんの初めてが欲しい。そう言いたいけど、彼女にはお嫁に出る相手がいる……そんな女の子に手を出すことはきっと悪いことで、それが言葉を最後まで言えない原因になってしまう。
「どう……したい、のです……?」
「っ………、ア、アミッドさんのこ、と……もっと、触れたい……です」
何度も口をパクパクさせて、絞り出せた精一杯。
僕の股の間に収まるように座っている彼女は背もたれにそうするように体重を預けて、困ったように微笑む。どこかそこに姉のような雰囲気さえ滲ませて。
「困った方ですね……貴方には、アストレア様や【ファミリア】のお姉さん達がいるでしょうに」
「それは……そう、だけど………で、でもっ」
そう遠くない未来、僕達の関係は変わってしまうかもしれない。それが何より怖い。お義母さんが亡くなった時の様にアミッドさんが誰かのところへ行ってしまった時、きっと僕はあの時の喪失感で何もできなくなってしまう気さえする。だから今、こうして2人きりになっている今、お酒が入っているっていうのを免罪符にして、アミッドさんにもっと触れたい。彼女の『はじめて』の相手を僕にしたい。そう思ってしまう。イケないことなのに。でも、この思いがどうしてだか溢れて止まらない。
「ほら、泣くほどのことではないでしょう……まったく、アルフィアさんを亡くしてから、人間関係に弱くなりましたね」
「………っ」
泣いてなんかないのに、目元を優しく撫でられる。
そして今度はアミッドさんから唇を重ねられた。まだ慣れてないのに、彼女なりに舌を使って、僕の口内を貪って舌を絡めて唾液を流し込んできて、啜って、喉を鳴らしてくれる。
「ベルさんの……こ、ここ…こんなに張り詰めて……つらい、ですよね」
「………え?」
いつからそうなっていたのか、勃起していた股間の膨らみにアミッドさんの手が触れていた。ひょっとしたらずっと勃起していたペニスが彼女のお尻にぐいぐい押しあたっていたのかもしれない。瞼をぱちくりさせる僕にアミッドさんは苦笑し、頬を染め、涙で潤み熱を帯びた瞳でじっと見つめ、頬に口付けしてきて、言葉を紡ぐ。
「緊張、していますから……ちゃんと、緊張をほぐしてから、優しく、優しく……おねがいします」
それは遠回しにも、「いいですよ」と言っているようだった。
「ア、アミッドさぁん!」
「ひゃっ……!?」
僕はまた、力いっぱい彼女の身体を抱きしめた。
朝はまだ、来ない。