誘惑禁止条例 ※性犯罪被害は条例違反にあたらない 作:大中小太郎
火野修吾が生まれ育った町は、かつては人口減少に悩まされていた。
出て行くばかりの若者、シャッターが多くなる商店街、ありもしない観光資源――
そんな町を一変させたのが、全世界に轟く歴史的事変、妖魔界との交流だった。
どの国も、妖魔界との関係を深めることには積極的だった。
妖魔界の魔法という技術、地球の十倍以上という人口が作る市場、富と発展は約束されている。
妖魔界にとっても人間界は新天地だ。
特に『男性という生殖資源』がごろごろある。
晩婚化だの少子化だのと言って、その子種を空費している。
お互いの欲しいものは明確で、多少は融通しても問題ないものばかりだった。
両世界の関係はあっという間に緊密になり、日本の各地には妖魔界に繋がる転移港が築かれ、様々な人種の妖女たちが訪れ、移住していく。
修吾の故郷はその恩恵に浴した町だ。
老人の方が多くなっていた町に、途端にエルフや獣人系などの美女が住み着いた。
空の団地に空き部屋が無くなり、集合住宅が建ち、需要の増加が商店のシャッターを開かせた。
後に『ピンクハザード』と呼ばれる性の乱れはあったが、過疎高齢化の懸念は無くなっている。
「ありがとうございましたー」
店員の声を背に、店から商店街に出る。
夕方前、久しぶりに立ち寄った商店街で、パン屋に寄ったところだ。
手にした袋からはメロンパンなどの菓子パンが、香ばしい香りを立てている。
(アンブロシアパイのブームも落ち着いてきたなぁ。やっと気軽に食えるようになった)
近頃は妖魔界の食材も輸入されており、パン屋ひとつの品揃えだけでも幅広い。
特にアンブロシアという果物は、美容効果の高さでブームを巻き起こし、少し前まで品薄が当たり前だった。いまでも人気は衰えず、大抵は女性客の手に渡ってしまう。男の修吾が探すのに苦労しなくなったのも、つい最近のことである。
(男が少ないと、こういうの苦労するよなー)
修吾は商店街を歩きながら、左右に目を配る。
エコバックを持ったエルフ系妖女の主婦が、規模の大きい八百屋で品を見ている。
店員は犬耳の獣人系妖女で、気風のいい呼び込みでお買い得情報を伝えていた。
逆側を見ると書店があり、悪魔のように湾曲した角を持つ角系妖女の店員がレジに立っている。
小柄なドワーフ系の女学生が雑誌を選び、お会計に向かう。
通り過ぎた喫茶店では、狐っぽい獣人系妖女と樹状角を持つドライアド系妖女が談笑していた。
(見た目は日本の田舎なのに、住んでる人たちはファンタジックだよなぁ)
商店街を出て住宅地に入ると、ノスタルジックなくらいの田舎町になる。
家よりも田畑の数が多くて、大手のコンビニはなく、野菜の無人販売所や精米所がちらほらある。
錆び付いたバス停の看板、小川を泳ぐ鮒、夜になればカエルや鈴虫が大合唱――そんな片田舎だ。
修吾はすれ違ったご老人に挨拶をしつつ、我が家に辿り着く。
この町では立派な門構えの屋敷だ。
一瞬、寺か何かかと錯覚しそうな、高台に建つ武家屋敷である。
修吾の実家だ。
大学入学を機に一人暮らしをしていたが、故あってまた戻ってきた。
「ただいまー」
その『故』に向けて、修吾は玄関で声を掛ける。
靴を脱いで居間に顔を出すと、居間から見える厨房に、彼女の姿があった。
「ああ、おかえりなさい。修吾くん」
彼女の名はヘラ。
湾曲した角を側頭部から生やす角系の妖女だ。
豊かな濡れ羽色の黒髪を下ろしており、長身細身だが起伏も豊かな美人。
地味な色合いのカーディガンにロングスカート、その上からエプロンを着けた姿は、いかにも下町風の若奥様といったところ。
ただ――どこか陰があった。
切れ長で垂れ気味の目付きと、色白すぎる肌つやが、どこか妖しげ。
まるで柳の下の幽霊と出くわしてしまったかのような、不吉さすら感じさせる気配だ。
もちろん、ヘラは幽霊ではないし、印象通りの性格はしていない。
「ただいま、ヘラさん」
彼女は、兄の妻。
他界した兄が残していった――未亡人だった。
○
祝福される結婚だった。
田舎町の好青年だった兄と、妖魔界から来た労働者だったヘラ。
順当に互いを好きになり、恋愛の末に結ばれて、もちろん修吾も幸福を祈っていた。
実は修吾が先にヘラを好きになっていただとか、そういう酸っぱい要素もない。
全てを変えたのは、兄の事故死。
実家に駆け付けた修吾が見たのは、目の光を失ったヘラだった。
不幸は不幸を呼びがちだ。
息子と死別した心労が皮切りになってか、片親だった母が病没。
嫁と姑の関係ながら、兄の死後、ヘラと母は互いを支え合って暮らしていた。
逆に言えば「病気がちな母を支える」という役割で、ヘラは火野家に残っていたのだ。
それを失ったいまとなっては、ヘラには「妖魔界に帰る」という選択肢もある。
夫を失い、面倒を見ていた義母も他界した、火野家との縁が切れても咎められはしないだろう。
だが――
「どうか、この家に置いてはいただけないでしょうか」
母の死後、今後について話し合ったとき、ヘラは修吾に深々と頭を下げた。
妙に追い詰められた様子だったので事情を聞くと、次のような話だった。
――妖魔界において、『未亡人』とは不吉な存在である。
元より男が希少な妖魔界、男性は貴重な生殖資源であり、一族の家宝である。
その尊重が災いしたと言うべきか、夫に先立たれた女性は『縁起が悪い』と見なされるそうだ。
一族に未亡人がいると男児が生まれ難い、未亡人のいる家では男が早死にする――
そんな迷信がまかり通っているのだという。
「まさか……そんな理由で、実家から縁を切られたとか?」
「いいえ、絶縁というほどではないんです。
ただ、未亡人になった女性は一族を離れて別居するというのが慣習なので」
ヘラは実家との間にあった話を、修吾にも伝えた。
「特にいまは、一族の子女に縁談があり……不利になることは避けたいのです」
縁談とはつまり、ヘラの親戚筋の女性と、妖魔界の男性とのものだろう。
これも男性の希少さに由来するのだが、縁談は家同士における『入札』だ。
よりよい条件を出せた家が婿を迎えるか、一族の子女を嫁に出せる。
家柄がよければ夫婦となり、或いは側室や妾のような形になる。
どうあれ、その男性との間に子を儲けられれば、一族は存続する。
逆にこうした縁談戦略に遅れを取れば、一族は弱体化する。
だから妖魔界の住人にとって、縁談とは熾烈な男の争奪戦なのである。
そんな大事な縁談が控えた実家に、『未亡人』という不吉の象徴が居ては不利。
男性側の実家が「未亡人のいる家の女なんて」と拒否するかもしれないし、他家が「あの一族には未亡人がいるそうですぞ」と吹き込むかもしれない。
「そんなバカな……ああいや、すみません」
「いいえ、人間界からすればおかしな話に聞こえるのは当然です。
ただ、妖魔界にとっては本当に、男性と結ばれて子を授かることは命懸けなのです」
修吾からすれば、ひどい話だ。
要は世間体が悪いから、夫を失ったヘラを実家から遠ざけようと言うのだ。
未亡人になったら実家から追放されました――なんて、三文小説にしても酷い。
「陽司さんとの間に子供ができていれば変わったでしょうが……」
陽司とは、修吾の兄の名だ。
「いずれにせよ、実家に迷惑は掛けたくはありません。
せめて今後の身の振り方が定まるまで、この家に――」
「ここはヘラさんの家です」
修吾はきっぱり言い切った。
また頭を下げようとしていたヘラを見ていたら、自然と語気が強くなった。
ヘラ自身に苛立ったのではない、彼女を取り巻く環境に、憤りを覚える。
男性が希少だから、跡継ぎを得られるか否かが一大事なのは分かる。
だからといって、夫を喪って深い傷を負ったヘラが、なぜ家族から遠ざけられるのだ。
なぜ、一番不幸なはずの彼女が、ひっそりと姿を消そうとしているのだろうか。
「ヘラさんはもうこの家の住人で、俺の家族です。出ていくなんて考えないでください」
「……っ」
ヘラは短く息を呑んだ後、どこか眩しそうな目で微笑を浮かべた。
しかしそれはすぐに引き締まる。
「ありがとう、修吾くん。でも、嫁入りした私が家を乗っ取るようなことはできません。
この家を法的に受け継いでいるのも修吾くんです。修吾くんの許しなくしては住めません」
毅然とした口調だった。
ヘラという女性には、こういう武家の妻を思わせるような芯の強さがある。
「なら、たったいま許しました。どうかこの家のこと、お願いします」
今度は修吾から頭を下げた。
どの道、通学の都合上、この田舎を離れての一人暮らしだ。
ヘラを追い出して家を無人にしても、建物が傷むばかりだろう。
だったら、ヘラに住み込みで管理してもらえばいい。
留守を預けていたら土地も家も売り払って姿を消す……なんて人じゃないことも、確信できる。
「修吾くんは、相変わらず優しいのね」
くすりと、ヘラは兄の死後しばらく見ていなかった笑みを浮かべる。
「でしたら、ご厚意に甘えさせていただきます。
修吾くんと夫に代わって、この家の留守を預からせていただきます」
それが自分の使命だと言うように、ヘラは背筋を正す。
背負い込みすぎではないかとも思ったが、生き甲斐になるなら、それもいいだろう。
「修吾くんも、私に遠慮せず、好きなときに帰ってきてくださいね?
ここは私の家である以上に、あなたの生まれ育った家なんですから」
話はそのようにまとまった。
ヘラはああ言ってくれたが、修吾は引き続き、実家を離れて暮らしていた。
未亡人の兄嫁と、若い男である自分が二人暮らしなどしては、邪推を招くかもしれないから。
なにより――
(あんないい人を残して逝くなんて……バカな兄貴だな)
修吾自身が、ヘラをそういう目で見ないとは、とても言い切れなかったからだ。
○
状況が変わったのは、半年ほど経ってからのことだった。
「ストーカー、ですか……っ!?」
法要のため実家に戻った後の夕食で、「なにか困っていることはないか」と尋ねたら、ヘラが遠慮がちに話し出したのだ。
「ええ……断言はできないのですが……」
修吾が箸を置くと、彼女はぽつぽつと語り始めた。
最近になって、何者かに付きまとわれている気がする、と。
最初は勘違いだと思ったらしいのだが、どうにも視線を感じる。
「最近は、窓から外を見たとき、敷地周辺をうろついている姿も……」
それは聞き捨てならない。
この家は外壁に囲まれており、出入口にも厳めしい門が造られている。
門を施錠すれば容易には侵入できないし、最近は防犯魔法も機能しているので、よほど気合いの入った泥棒でもなければ侵入はされないだろう。
しかし、屋敷に住んでるのが女一人だと知られれば、悪事を試みるかもしれない。
「相手が誰なのか、分かりますか?」
「ごめんなさい、外は暗かったので」
ヘラは申し訳なさそうに目を伏せた。
「謝らないでください。むしろ、もっと早くに相談してくれてよかったです」
「ありがとうございます。でも、こんなことで煩わせたくなくて」
「そんなバカなことを言うのは、今日を最後にしてください」
きっぱりと言い切って、色々なことを考える。
ストーカーというのは、妖女が溢れて男が恋人に困らない時代でも、たまに聞く話だ。
数字上は、女性が加害者になる件が上回っているが、女性をつきまとう男も絶滅はしていない。
「ヘラさんくらいの美人なら、十分にありうる」
「っ、その……恐れ入ります」
「ああ、ごめん。お世辞が言いたかったわけじゃなくてね」
照れた様子で目線を外しているヘラに謝りつつ、話を続ける。
「ストーカーはもちろん、強盗の下調べなんて線もあり得るし、用心するに越したことはない」
見た目だけは立派な屋敷だ、その標的にもなり得る。
最近は電子化やら何やらで、資産を自宅に置かない家も多いが、火野家くらい古い家だと金庫の存在も期待されてしまう。羽振りのいい高齢者の家が狙われる一因だ。
「一度、警察に相談しておこう。パトカーが巡回してくれるだけでも圧になる」
「そう、ですね。あまり噂になりたくはありませんが……」
田舎は噂になるのも早い。
昔より発展したとはいえ、警察ともなれば話題に上ってしまうだろう。
しかしこの場合、それが幸いする面もある。
「ご近所には『不審者』ということで説明しましょう」
ストーカーというと、ヘラの自意識過剰ではないかという心ない言葉が起きるかもしれない。
こういう、妖女の移住者が多い田舎だと、妖女を毛嫌いする人間マダムも多い。
そのあたりをケアするために、警戒しているのは強盗であるという方向性にする。
「ストーカーなら、家の近くをパトカーが走っているだけで、牽制になるでしょうから」
本命はそっちだ。
ストーカーという性質上、火野家の周辺には目を配るだろう。
やましいところがある犯人は、パトカーを見ただけで自分が通報された可能性を考えるはずだ。
それで頭が冷えてくれれば御の字である。
「後は防犯カメラも見直して……」
ネットで色々調べよう――と内心で決める修吾。
そんな義弟に、少し申し訳なさそうな微笑を浮かべて、ヘラが口を開く。
「ありがとう、修吾くん。ただ、もしよければ……」
ヘラは言いにくそうに言葉を切る。
何を頼みたいのかは、すぐに察しが付いた。
「ああ、しばらく俺もここで暮らすよ。大学も夏休みだしね」
何よりも、こんな状況で屋敷に一人だけというのは、ヘラも不安だろう。
間違いを起こさないために、なるべく同居は避けていたが、こうなっては仕方ない。
いくらなんでも、ヘラや家になにかあったら、あの世の両親や兄に顔向けできなくなる。
「ああ、安心したわ。申し訳ないけど、頼らせていただきます。もちろん、家事は全て任せてくださいね」
ヘラは嬉しそうに顔をほころばせて、夕食の食器を片付け始める。
自分の家事くらい自分ですると言おうとしたが、ヘラの性格を考えると……ここは甘えておく方が、彼女も気に病まずに済むだろう。
(さて、とりあえず色々と調べておかないと)
ストーカーの相談や対策などについて、スマホを使ってネット検索を始める。
視界の片隅、食器を洗い場に運んだヘラがこちらを振り返る。
その口元が、どこか妖しく微笑んでいるように見えたのは、気のせいだったのだろうか……
○
かくして始まった、未亡人の兄嫁との二人暮らし。
その内容は、当初の予想に反して、いたって平和なものだった。
ストーカーの件を警察に相談したところ、夜間パトロールの巡回ルートに家の周辺を加えてくれることになった。それが功を奏したのか、不審者はいまのところ現れていない。
では、修吾とヘラの関係はどうかというと――普通だ。
色気づいたことが起きるわけでもなく、揉めるようなこともない。
家事をどう分担するか、防犯対策をどうするか、そんなことを話し合ったくらいだ。
「それじゃあ、行ってきますね」
夏休み中の修吾と違って、ヘラは仕事に出る。
勤め先は、妖魔界との貿易に関係する会社らしい。
農産物を中心に、日本のものを妖魔界へ輸出、妖魔界のものを日本に輸入している。
この田舎で育った作物は、彼女の事務作業によって妖魔界へ届けられるわけだ。
最近は、妖魔界の果物をこちらで生産する計画が動いているという。
「ああ、行ってらっしゃい――送った方がいいかな?」
「もう、それは気にしすぎです。でも、ありがとう」
修吾がストーカーを警戒して言うと、ヘラはくすりと笑った。
ヘラの服装は夏物のワンピース、無地の濃紺色でクラシカルな印象だ。
妖魔界ではOLのスーツに当たる礼服らしく、どことなく喪服っぽく見える。
スレンダーなのにメリハリの利いたスタイルもあり、普通の妖女と違う、陰のある色香を感じた。
(……いけないな)
そんなヘラを見送った後、修吾は自分を省みる。
やはりというか、こうして二人で暮らしていると、ヘラに対して不意の色香を感じてしまう。
料理をするとき、髪を結い上げたときの、白くて細いうなじ。
廊下ですれ違ったときに鼻をくすぐる、例えがたい女性の香り。
風呂上がりの濡れた髪、上品な食事の仕草……ふと兄の遺影を見ているときの横顔。
儚げで、もの悲しげで、ふとした瞬間に虚空へ溶けて消えてしまいそうな雰囲気も。
思わず、現世に留めようと、その両肩を抱き寄せたい衝動に駆られる。
(ああもう止めだ止めっ! 兄貴になんて言い訳する気だ!)
死人に言い訳する必要はない――なんてドライになっていい問題ではなかった。
一介の男として、ヘラという美女に惹かれることは否定しない。
白状すると、先日に自慰をしたときなどは、ヘラの姿を思い浮かべてしまった。
その後の自己嫌悪たるや、想像以上だった。
性に関して奔放なこの時代でも、踏みにじってはならない倫理というものがある。
自分は兄を裏切ってはならないし、ヘラに兄を裏切らせてはならない。
未亡人の兄嫁と義弟が……なんて三流の昼ドラ展開を、現実のものにしてはならないのだ。
○
事件が起きたのは、その日の夜。
夕食を終えて、ヘラも修吾も風呂を済ませ、それぞれ寝室で休もうかという頃だった。
「ん?」
廊下を駆けてくる足音に、修吾は顔を向ける。
「修吾くんっ」
すると、ネグリジェ姿のヘラが、修吾の部屋に駆け込んできた。
「っ」
思わず息を呑む。
特に露出が多いわけでも、体型が強調されているわけでもない。
それでも、来ている服がほんの少し薄くなっただけで、見えない裸身から放たれる妖女のフェロモンが、急に濃くなったように見えた。
「ヘラさんっ? ど、どうしたの?」
駆け寄ってきたヘラに、こちらが慌てる。
胸に飛び込んでくる寸前で止まったヘラは、滅多に見ない慌てた様子でこう訴えた。
「その、突然ごめんなさい。いま、部屋の窓から外を見たら……」
「っ、誰かいたの?」
こくこくと頷くヘラ。
兄嫁に魅了されている場合ではないと気付いた。
どうやら我が家の近くに、また不審者の影が見えたらしい。
修吾は自室の窓に向かい、外を覗き見る。
住居も外灯も少ない田舎町なので、外は暗い。人影らしきものも視認できなかった。
「ちょっと待ってて」
スマホを取り出して、防犯カメラの映像を確認する。
ストーカーの相談を受けてから導入したハイテク設備だ。
録画映像を十分ほど巻き戻して確認するが……
「映ってないな」
少なくともカメラの捉える範疇に、人の姿は過ぎらなかった。
「見間違い、かしら……」
「いや、カメラは門のところしか映してないから、別の場所にいたのかも」
いいお値段だったので、一個しか設置していない。
不審者がカメラの存在に気付いて、その地点だけ避けたのかもしれない。
「ちょっと見てくる」
修吾は上着を羽織って、部屋を出ようとした。
許さない――
ヘラを怖がらせた不埒者を許しておけない。
自分でも驚くほどの激情が、修吾の胸の内にあった。
喧嘩が強いわけでも、武道の経験があるわけでもないのに、恐怖心がない。
たとえストーカーが刃物を持ちだしたとしても、臆せずぶん殴れそうだった。
「だめっ!」
すると、背後からヘラが抱き付いてきた。
背中に感じる柔らかい胸、胸に回ってきた細い両腕。
男の本能が急激に刺激される密着状態に、怒りが吹き飛んでしまった。
「危ないわ……修吾くんに、なにかあったら……お願い、行かないで……っ!」
ヘラは、普段からは想像もできないような強い力で、修吾を引き留める。
細い指が修吾の服を握り込み、腕が痛いほど体を締め付けていた。
必死だ。あまりにも必死だった。
「ヘラ、さん?」
「ごめんなさい。きっと、私の見間違いだから……でも……っ」
ヘラの顔は見えないが、声の震えから、どんな表情なのかは察せられた。
きっと、泣き出しそうな顔をしていることだろう。
「いまは、一人にしないで……っ」
たぶんヘラは、修吾に万が一のことが起きることを想像した。
それは即座に、兄の死を思い出させたのだろう。
一人にしないでという言葉も、きっとそういう意味だ。
ヘラが怖れているのは、居るか居ないかも分からない不審者より、胸の内に再来した死別の痛みだった。
「ヘラさん、落ち着いて」
修吾は振り返って、ヘラを抱き締める。
こんなことをしてはいけない――という理性の声が、頭の片隅で聞こえた。
それでも、いまはこうするべきだと、理性とは別の何かが言っていた。
「あ……」
ヘラの声は、虚を衝かれたようであり、自分の迂闊に気付いたようでもあった。
その声音で気付く。
ヘラもきっと、修吾との距離を慎重に保っていたのだ。
夫を喪った後、義弟に接近するような、恥知らずな女になるまいとしていたのだ。
自分たちはお互いに、必死に『節度』を守ろうとして、どこか窮屈な遠慮をしていた。
だけどいまは――節度なんてものは、震える彼女を遠ざける、冷たい選択でしかない。
「大丈夫だから。落ち着くまで、ちゃんとここに居るから」
細い肩を抱き、なだらかな背中を撫でる。
性的な感情は無い。まるで泣く子を宥める慈父のような心地だ。
それが伝わったのか、ヘラの一瞬だけ強張っていた体から、緊張が抜ける。
「ごめん、なさい……」
ヘラは、髪を撫でる修吾の手を受け入れるように、少しだけ体重を預けてきた。
○
どれほどの時間、そうしていただろうか。
暗い部屋、二人の間には沈黙が続いている。
修吾は強すぎない力でヘラを抱き、角系妖女の角を眺めながら、黒髪と背を撫でる。
そうしているうちに熱情も冷めていき、他のことに意識が回るようになってきた。
(柔ら、かい……)
ヘラを抱きしめる感触が、いまさらのように気になり始めた。
薄いネグリジェ一枚越しに、彼女の体の柔らかさが伝わってくる。
胸の膨らみはもちろん、尻の肉付きや腰回りのくびれ、太腿の張り具合まで。
「あ……」
ぴくっと、ヘラが動く。
何かに気付いたような顔は、修吾の下腹部を見ていた。
「っっっ!!」
修吾も気付く。
股間が隆起してしまっていた。
ヘラの体に興奮してしまった証拠である。
「あ、ごめんっ。その、こんなときに……」
凄まじい自己嫌悪に襲われる。
ヘラは怯えていたのに、兄の残した妻なのに。
流石のヘラも嫌悪するだろうと、抱いていた腕を解くと――
「いえ……いいんです。私が、こんなことをしたから……」
ヘラは遠慮がちに、修吾の服の襟を抓んでいた。
離れようとした修吾を、引き留めるかのようだ。
恐る恐る顔を見ると、気恥ずかしそうに頬を染めながらも、薄く微笑んでいる。
(なんで、そんな顔……)
冷静に考えれば、都合のいい勘違いだが……
その表情は、どこか「嬉しそう」に見えた。
「怒ってませんから、そんな顔しないで?」
ヘラの目にはどう映っていたのか、不安を解きほぐすように微笑みかけてくる。
ドクン! と、胸が高鳴った。
笑った顔が魅力的だったからか、ヘラが自分の性欲を許容してくれたからか。
そのことが、かえって修吾の肉棒に熱を帯びさせた。
(止めろ、考えるな、俺……っ)
自分に向けて念じるが、気付いてしまった。
ヘラのネグリジェ姿は魅力的だった。淡い桃色の薄着で、胸元は少し開いている。
こんな洒落た寝間着を、常用するものだろうか?
これは、例えは夫や恋人に対してのみ見せる姿ではないだろうか。
髪も整えられているし、唇にはリップが塗られている。
目を配れば配るほど、ヘラは『お洒落』をしているように見えた。
なぜ、そんな格好で、義弟の部屋に来たのだろうか?
不審な人影を見付けたと言って駆け込んできたが……それは本当だったのだろうか?
全てはこの状況、修吾に自分を異性として意識させるためだったのではないか。
つまり――自分はいま彼女から、
「…………」
「…………」
沈黙。
気恥ずかしさを伴う、どこか甘酸っぱさすら伴う、二人の無言。
ヘラはまだ、修吾から離れようとしていない。
普通に考えて、「もう大丈夫だから、お休みなさい」とでも言って、部屋を出るべきだ。
仕方ないこととはいえ、勃起した義理の弟が目の前にいるのだから。
夫を喪った妻が、留まっていい状況ではないはずだ。
なのに……ヘラは動かない。
まるで、修吾が何か切り出すのを待っているかのように。
修吾のバカな勘違いでなければ、それは――『期待』の態度だった。
(言うな、言うなよ俺……っ)
修吾の中で、倫理観を司る部分が訴える。
「その、ヘラさん……」
それでも、熱を帯びた体から自然と生まれたかのように、言葉が口をつく。
「もし、まだ、不安なら……」
言うな、言うな、言うな。
この人を誰だと思っているんだ。
兄貴の妻だぞ、自分もその結婚を祝福していた義理の姉だぞ。
夫を喪って傷心していて、ストーカーの影に怯えている女性だぞ。
そんな人に、自分は――
「今夜は、一緒に居ましょう」
亡き兄を裏切る言葉を、口にした。
○
「……っ」
修吾の言葉を聞いたヘラは、どこか気まずそうに息を呑んだ。
驚いたというより、予想していたような反応だ。
頬を染めて、息を熱くしている。
少なくともその熱っぽい表情は、NOとは言っていなかった。
「だめ……」
それでも、ヘラの口から出たのはNOだった。
「ごめんなさい、私が不用意なことをしたから……でも、そんなつもりじゃないの」
当然と言えば当然の返答だ。
しかし修吾の目には、ヘラが嘘を吐いているように見えた。
曇った表情も、拒否感というより罪悪感が読み取れる。
「なにも、聞かなかったことにするから。今日はもう、お休み――」
「本当に?」
ヘラの台詞を遮る形で、再確認する。
直感があった。
兄ほど彼女をよく知っているわけではないが、いまヘラは嘘を吐いていると確信できる。
「あっ」
言葉と共に抱き寄せると、ヘラはほんの僅かな抵抗を示しただけで、修吾の胸に納まる。
「俺には、ヘラさんが、誘ってくれてるようにも見えたけど?」
「ち、違います……っ。修吾くんの、勘違い、です……は、離して……」
否定する言葉は尻すぼみだった。
修吾の抱擁に対する抵抗も、本気とは言えない、ただの身じろぎだ。
それを確かめるように背筋を撫でると、
「んぁっ♡」
たったそれだけで、ヘラの口から悩ましい声が生じた。
「こんなに、体が火照ってるのに?」
服越しに触れた体は熱を帯びており、修吾の愛撫にも敏感だ。
少なくとも彼女の体は、女として興奮状態にある。
「それはっ……それとこれとは、別です、から……やっ♡」
背中を撫でた手が腰に降りて、ヒップの直前あたりに届くと、またヘラの甘い声。
「別、か……それって、体はOKしてくれてるってことだよね?」
「そういう意味じゃ……い、いい加減に……はあっ♡」
強く抱き寄せると、ヘラの胸が修吾の胸板に押し潰され、艶やかな吐息を生じさせた。
それでも言葉だけは、必死の抵抗を試みている。
「……本当に嫌で、傷付けちゃうなら、止めるよ」
修吾はヘラを抱く腕を緩めて、努めて優しい声音で囁く。
するとヘラの抵抗も止まり、どこか戸惑ったような顔をする。
もっと言えば拍子抜けしたような、修吾が自制したことを残念がるようでもあった。
「その前に、ひとつ聞かせて?」
修吾は、ふと思い浮かんでいた疑問を、ヘラに投げかける。
「――
○
絶句するヘラ。
目を見開いた後、気まずそうに反らしたことが、雄弁な肯定だった。
「やっぱり。それらしい人影もないし、おかしいと思ったんだ」
疑いを覚えたのは、そもそもストーカーは誰なのかと考えたときだ。
そもそもこの田舎町には、妖女が多い。
つまり、女に困る若い男なんて、田舎を出ていた修吾くらいしかいない。
田舎なので、どこの家に誰が住んでいて何をしているかなんて、自然と耳に入る。
職場の同僚も、近所の住人も、男は皆揃って妖女の妻や恋人がいた。
ストーカー行為に走るまで思い詰めるような男が、見当たらなかったのだ。
「正直に答えて? どうして、そんな嘘を吐いたの?」
答えるまで離さないと、抱き寄せる腕で訴える。
「ごめん、なさい……ごめんなさい……っ」
すると、ヘラは修吾の腕の中で震え、涙を零し始めた。
「ヘラさん?」
泣かれるとは思わず慌てると、ヘラは床に崩れ落ちる。
修吾が倣うように座ると、彼女はゆっくりと、事の次第を語り始めるのだった。
改めて――妖魔界の妖女たちにとって、子供を得ることは至上命題だ。
人間界に渡って夫を得たヘラは、当初はその命題を果たしていた。
しかし子を成す前に夫と死に別れると、一転して未亡人という不吉な存在になってしまった。
「妖魔界の家族も、決して私を疎んでいるわけではないんです」
未亡人は不吉であるという風潮が遠ざけさせているだけだと、ヘラは語る。
きっとヘラの親族も、傷心のヘラを迎え入れてやりたかったのだろう。
「母も、然るべき時期が来たら戻ってきていいと言ってくれています。
でも、その前に――」
ヘラは涙ながら、どこか危うさすら感じる笑みを浮かべて、こう続けた。
「夫に弟がいるなら、彼にお情けを掛けてもらったらどう……って」
「…………」
修吾は目を瞬く。
ヘラが親族に何を言われたのか、すぐには理解できなかったからだ。
「え? それって……」
ヘラの母親が、ヘラに言ったのか?
夫の弟に抱かれてはどうかと。
もっと言うなら――義弟の子を孕んでから帰ってこいと。
夫を喪ったばかりの未亡人に、そう言ったのか?
「正気とは思えない、ですよね? でも、妖魔界では普通なんです。
未亡人が夫の縁者に娶られるというのも、子を授かってから実家に戻るのも。
私も人間界で暮らすまでは、そのことに何の疑問も抱いてませんでした」
人間界にも一夫多妻はあるし、昔の中東圏も似たようなものだったという。
ヘラの口振りからして、母親も悪気は一切なかったのだろう。
むしろその方がヘラにとって幸福だからと、真剣に思っていたのかもしれない。
それでも、現代日本の価値観からすると……それはちょっと、ひどい。
「それで、俺を……家に、呼び戻すために?」
ストーカー被害を偽って、大学が夏休みの間だけでも、この家に住まわせようとしたのか。
夫の弟である修吾と関係を持つために。
半ば責めるように確認すると、ヘラは無言で頷いた。
「浅ましい女だと、笑ってください……
でも、この広い屋敷に、一人でいるのが、耐えられなくて……」
昏い瞳で告解するヘラを、修吾は無言で見守る。
「修吾くんを見る度に、あの人の面影が色濃く感じてしまって……
はしたなくも、あなたを求めてしまう自分が大きくなっていって。
いまだって、人影を見たなんて馬鹿な嘘を吐いて、修吾くんの部屋に……っ」
誘惑を、しようとしたのだろう。
虚偽のストーカー被害で修吾を呼び寄せ、なし崩し的に二人暮らしにして、手出しさせようと。
「なのに……っ、いざとなったら、あの人のことが頭を過ぎって……っ!」
それでも結局、ヘラは兄を裏切れなかった。
計画通り修吾に迫られたというのに、その段になって、夫が脳裏を過ぎったのだろう。
自分から誘ったというのに、直前になって怖じ気づいたらしい。
それは、ヘラの持つ夫への
「ごめんなさい……修吾くんの気持ちを、弄んで……っ」
確かに、修吾からすれば、ひどい話だ。
ストーカーは嘘で、誘惑されたかと思えば直前で拒まれる。
兄に代わりヘラを守ろうと勇気を出し、罪悪感を振り切って抱こうとした自分の気持ちはどうなる――と、怒ってもいいところだろう。
「……っ」
それ以上に――気に入らない。
ヘラが泣いているのが気に入らない。
昔のように笑った顔を見たいと思っていたけど、こんな自嘲の笑みは見たくなかった。
「こんな私が……修吾くんのような誠実な人に、優しくされる資格なんてありません……」
修吾が無意識に拳を握って沈黙していると、ヘラは何か諦めたような顔をする。
「明日にでも、この家を出て行きます」
その言葉が、修吾の中で何かを動かした。
ヘラに吐露された激情で乱れていた心に、奥底から何かが湧き上がってきた。
怒りに似ていたが、それはヘラに対するものではなかったと思う。
敢えて言うなら、彼女をここまで苦しめている、この『状況』に対してだろうか。
「ヘラさん」
立ち上がって部屋を去ろうとした彼女の肩に、両手を置く。
「修吾、くん……?」
自分は怖い顔でもしていたのか、ヘラが虚を衝かれたように固まる。
「ヘラさんが出て行く必要なんてありません」
先ず、一番大事なところを言い切って、言葉を繋げる。
「上手く言えないけど……俺も、ヘラさんに兄貴のこと、裏切って欲しくない。けど――」
修吾は別に、兄を嫌ってもいないし、強く嫉妬してもいない。
いたって純粋に、二人でつつがなく暮らして、甥っ子や姪っ子の顔でも見せてほしかった。
ヘラが、兄が死んだ後も愛し続けるというなら、その尊さを守ってやりたい。
しかし、その善心に従っているだけでは……ヘラの孤独な苦しみは癒やせないのだ。
「あなたのことを、放ってはおけないから。だから……っ!」
意を決して、修吾はヘラの両肩を握る手に力を込める。
「あ……っ」
背後に敷いてあった布団に、押し倒す。
無抵抗に倒され、仰向けになったヘラは、修吾が何を決断したのかを理解したようだ。
――他に思いつかなかった。
ヘラが修吾に抱かれれば、兄を裏切らせることになる。
修吾がヘラを抱かなければ、彼女を追い出すことになる。
どちらも嫌で、どちらもできない。
この二律背反めいた状況を解決する選択が――ひとつだけあった。
「――
○
「修吾くんっ!? 待ってっ! や……っ♡」
驚愕するヘラに構わず、ネグリジェの上から乳房を揉みしだく。
薄い生地越しに感じる柔らかな肉感と、掌に収まりきらない大きさ。
華奢な肩幅と比べてアンバランスなほど豊かな胸で、修吾の手が背徳感に痺れる。
「やだっ、修吾くん……んっ♡ 落ち着い、てぇ……っ♡」
ヘラもすぐに艶っぽい声を上げて身をよじり始める。
腕を振り払おうとするも、彼女の枯れ枝のような手は、あまりに無力だった。
体ごと逃げようとしても、修吾の左手が肩を押さえ込んで、布団に押し戻される。
「だめっ、こんなの……っ♡ 私っ、あの人の妻だから、お願い……ひぅ♡」
右手の指先で乳首を摘まむと、彼女はびくりと体を震わせた。
そのままクリクリと転がしてやるだけで、全身がびくっと震え、息遣いが激しくなる。
「すごい、敏感だね……」
囁きながら首筋にキスをすると、彼女の体がまた小さく跳ねる。
「俺でも分かるよ。この体、兄貴が死んで以来、ずっと夜泣きさせてたんだろ?」
「いやっ、言わないでっ! あっ♡ ダメだって、言ってるの――ふぁっ♡」
耳まで真っ赤にして抗議するが、その瞳は潤んで、快楽に蕩け始めていた。
それでも両手は抵抗を続けている。
片手は修吾の頭を引き剥がそうとし、もう片方の手は胸板を押し返そうとする。
しかしそれは、ほとんど抵抗になっていない。
かといって、抵抗と見せかけて受け入れてもいない。
拒むのは形だけ、かといって露骨に歓迎もできない、実質の無抵抗。
そのことが、彼女の本心を表わしているように思えた。
「なに言ってるんだよ、ヘラさんだってその気だったんだろ!?」
修吾は強い口調で言いながら、ネグリジェの胸元を乱暴に開く。
ぶるんっ――と踊り出る、兄嫁の乳房。
ブラは着けていなかった。
大きさのあまり少し横に流れた白い半球、その先端で薄桃色の突起が尖っている。
「いやっ、それは、できないって――」
胸を隠そうとしたヘラの手首を掴み、枕の上に揃えて片手で押さえ込む。
「ああ……
修吾は右手を伸ばし、今度は生の乳房に指を沈める。
「んんっ♡」
素肌に直接触れられたヘラは喉を反らし、同時に修吾の意図を理解した。
「修吾、くん……っ」
ヘラは修吾に抱かれなければならない、体もそう言っている。
だが夫は裏切れない、だから家を出て行こうとしている。
しかし、襲われたというなら?
夫を裏切ることなく、修吾に抱かれることができる。
そんな都合のいい『被害者』の立場が目の前にあるのだと、ヘラも気付いてしまった。
「乱暴されたくなかったら、大人しくしててね?」
と、脅迫する。
彼女がちゃんと『被害者』になれるように。
修吾の兄を、彼女の夫を、裏切らずに済むように。
そんな願いを込めながら、修吾はヘラの乳首に吸い付いていった。
「やだっ、修吾くん……っ♡ やめ、ひぅうっ♡」
ちゅぱ、れろ、ぴちゃ――舌で舐めるたびに甘い味が広がる。
これが、兄の妻である女の味かと、背徳感に脳が痺れた。
「だめっ、こんなの……っ♡ 修吾くんはっ、こんなこと、する人じゃ……ああぁっ♡」
音を立てて吸い上げると、修吾の下でヘラの肢体が跳ねる。
「んくっ、ふ……っ♡ やだ……っ♡ おっぱいっ、吸わないでぇ……っ♡」
嫌がりながらも感じているのが、声と表情から伝わってくる。
口では嫌だと言いつつも、夫を喪ったサキュバスの体は、否応なく新しいオスを求めていた。
それが、夫と同じ血を流している義弟であれば、ヘラの体が修吾を拒む理由も無い。
「ああ、胸だ。ヘラさんの胸っ、乳首っ!
ずっとこうしたかったって言ったら、驚く?」
興奮を笑みにして、修吾は嗜虐的な声音で問いかける。
それに背徳感を煽られてか、ヘラの声が官能を増していく。
「だめっ♡ こんなの、おかしいよぉ……っ♡ あぁっ♡」
乳首をしゃぶりながら、もう片方の乳房を揉む。
張りのある柔肉に指先が沈み、掌の中で乳首がコリコリと硬さを増す。
「あっ♡ あっ♡ ああぁぁっ♡ ひうっ♡ んんんっ♡」
ヘラは激しく身をよじり続けていた。
義弟に襲われて必死に抵抗している。
それ以上に、修吾の手と口が与える悦楽に、よがっている。
こうなると、抵抗しているのも、無理矢理されているという言い訳のためであるように見えた。
「いいんだよ? ヘラさんは悪くない。俺が、俺が悪いんだからっ」
修吾はヘラの両手首を離さず、拘束し続ける。
きっと解放しても、ヘラは修吾を押しのけられないだろうが、いまは『抵抗を奪われている』という事実が必要だった。
「だめ……そんな、そんなの、卑怯よ……っ」
ヘラが涙目で口にした卑怯とは、誰に対してか。
ひどい理屈で自分を犯そうとする修吾にか、それに甘えて抱かれてしまう自分にか。
どちらでも構わない。いま修吾の頭にあるのは、もっとヘラの口から女の声を上げさせることだけだった。
「ひあっ♡」
修吾の右手が乳房を離れ、ヘラの脚の間に入っていく。
閉じていた足を開き、ネグリジェのスカートをまくり上げ、更に奥へ。
太股を割り開くように進んだ手が、ショーツを探り当て、その先の秘所へと潜り込む。
「っっっ♡」
「ああ……すごい濡れてる……」
そこはもうぐしょぐしょだった。
修吾が胸への刺激を強めた瞬間から、すでにヘラの股間は熱く潤んでいたのだ。
「ほら、足を開いて。でないと乳首を噛むよ?」
「ひゃあうぅっ♡」
脅し文句を口にしながら、軽く前歯で乳首を引っ掻くと、ヘラはびくびくっと長い痙攣を起こす。
乳首に歯を立てられる恐怖に負けて、両脚がゆっくりと開かれていった。
「いい子だね」
修吾の右手が、ヘラのショーツの中で暴れ始めた。
くちゅくちゅくちゅ! ――湿った水音が、寝室の中に響き渡る。
「いやっ♡ いやぁっ♡ 音、たてないでぇ……っ♡」
ヘラが顔を真っ赤にして、いやいやと首を振る。
反して陰唇は修吾の指をまるで拒まず、指は容易に膣内へと滑り込んだ。
体は正直とはこのことか。修吾は嬉々として、ヘラの膣内を掻き回していく。
「いいんだよ? 辛かったら、兄貴の代わりだと思ってくれていいから……っ!」
言葉と共に、中指でざらついた部分を擦る。
「あぁあぁぁっ♡」
ヘラの腰が大きく跳ねた。
どうやらGスポットと呼ばれる場所らしい――ここが弱点なら、夫にも開発されていたはずだ。
ならば遠慮はいらないとばかり、修吾は執拗にそこを攻め続けた。
「だめっ♡ そこはっ♡ あの人だけっ♡ あの人しかっ♡ 触っちゃだめだからぁ♡
あっ♡ あああぁぁぁっ♡ あっあっあっ♡」
「その調子だよ。もっといい声を聞かせるんだ。兄貴としてたときみたいに!」
修吾は執拗に兄のことを口にして、ヘラに夫とのセックスを思い出させようとする。
ヘラの中で、自分を兄に重ねさせ、抵抗感を奪い、快感を受け入れさせるために。
「はぁっ♡ はっ♡ あああぁぁっ♡ んんっ♡ ふあああぁぁぁっ♡」
ヘラの声がどんどん甘くなっていき、遂には甲高い嬌声に変わった。
指で感じる膣内が収縮する――達したのだ。
「はぁ……っ♡ ふぁ……っ♡ ああぁ……っ♡」
絶頂の余韻に震えるヘラ。
頬は紅潮して、黒髪は乱れて角に絡み、目尻からは涙が零れていた。
久方ぶりの、男の手による絶頂。
その恍惚感には、夫以外の男の手で達してしまったという罪悪感も混ざっていた。
「お願い……ここまで……ここまでに、して……これ以上は、もう……あの人に、顔向け、できないから……っ」
ヘラは修吾に向けて懇願する。
このまま挿入までされては、夫のための体が完全に奪われてしまう。
死に別れた夫にできる、最後の抵抗だとばかりに、ヘラは義弟に慈悲を請う。
「…………」
修吾は、そんなヘラの怯えた顔を見て、寂しげに笑うと――左手を離し、彼女の両手を解放した。
「ぁ……」
拘束を解かれたヘラは、安心したような、少し残念そうな、寂しげな顔になる。
そんな兄嫁に、修吾は――
「
スウェットの下を降ろし、限界までいきり立った肉棒を取り出した。
飛び出してきたそれは、ヘソにまで届きかねないほどの長さを持っていた。
先端はエラが張って膨らみ、カリ首は段差が深く、裏筋は血管が浮いて脈打っている。
まさに凶器と呼ぶに相応しい剛直だった。
「う、嘘……」
「たぶん、兄貴より大きいよ?」
唖然とするヘラに言いながら、彼女のショーツを掴んで、千切るように足から引き抜いた。
「やめ、やめてっ! だめよ! それだけは、本当にダメッ!」
ヘラは慌てて脚を閉じようとするが、修吾の手が膝を掴んで左右に広げた。
「お願い、お願いっ。あなただって、お兄さんのこと、裏切ることに――」
彼女の秘所に己のペニスをあてがい、そして――
「あ――っ」
ずぶぶっ!! と、一気に根元まで押し込んだ。
「く――あ――あああああぁぁぁぁぁっっっっっ♡」
瞬間、ヘラが背筋を大きく仰け反らせ、両脚がびくんっと痙攣した。
乳房が跳ね上がるように揺れて、肉棒に巻き付く膣壁が、何かの機械のようにぎゅんぎゅんと締め付けてくる。
「うわ……」
修吾は感嘆の声を零した。
「はひっ♡ あっ♡ はひぁぁぁっ♡」
ヘラは、挿入されただけで、意識を失いかけるほどに絶頂していた。
その顔はだらしなく蕩けて、口の端から唾液が垂れている。
「はは……入れただけなのにイっちゃったの?
それも、普通のイキかたじゃないよね? それ」
なんという淫らさ。
言葉ではあれほど修吾を拒み、心はいまでも夫のものなのに。
体はまるでその逆。
修吾と同居してからの数日で、ヘラの体は女を思い出し、肉棒の到来を待ちわびていたのだ。
「ちがっ♡ 違うのっ♡ これ、これはぁ――」
「ああ、いいよ。なにも考えなくてっ!」
修吾は腰を沈め、より深く怒張を押し込みながら、ヘラの顔を見下ろす。
「ひぅぅぅぅっ♡ 違うっ♡ 私っ、そんなんじゃっ♡ んぁぁぁっ♡ 違うのにぃっ♡」
ヘラは必死になって首を振って何かを否定するが、膣内は嬉々として男を受け入れていた。
「いいんだ、感じていいんだ! サキュバスのエロい体、ずっと夜泣きさせてきたんだろ!?
犯されても、夫以外のものでも、感じて当たり前だっ! ヘラさんは、悪くないんだっ!!」
呪文のように言い聞かせながら、修吾はより激しいピストンを叩き込む。
「ああぁっ♡ あっああぁ~~っ♡ ふぁああぁぁぁっ♡」
子宮口をノックされるたび絶頂しているのか、ヘラの背中が布団から何度も浮き上がった。
結合部から愛液が溢れ出し、両手は修吾の上を掴んで爪を食い込ませる。
修吾が突く度に、体が痙攣する度に、豊かな乳房が踊り狂う。
「ああ、エロいっ! ヘラさん、すごくエッチだよっ!
ほら、
「やぁっ♡ だめぇっ♡ だめなのぉっ♡ こんなっ♡ こんなぁっ♡」
ヘラは涙を流して訴えるが、その声は甘く切なげだ。
夫以外の肉棒を受け入れたばかりか、その快感に酔いしれてしまっている。
その大事な罪悪感ですら、『レイプされているから仕方ない』という免罪符に覆い隠される。
「いいから、感じるんだっ! 痛い思いしたくなかったら、俺のセックスでイキまくれっ!」
修吾は欲望のままにヘラの胸を掴み、握り潰すように力を込めた。
「ひぎゅぅぅぅっ♡ いたっ♡ 痛いのぉ♡ やめてぇ♡」
その痛みが、彼女に新たな免罪符を与える。
「大人しく、しゅるからぁ♡ あなたの、ことっ♡ 受け入れます、からぁ♡」
とうとう、兄嫁は降参を宣言した。
義弟に犯されることを、諦めて受け入れてしまった。
「だからっ、もう許し――んんんっ!?」
ヘラの唇を塞ぐ。
舌を絡めると、彼女もそれに応えてくれた。
「んむっ♡ んぢゅっ♡ んっちゅっ♡」
お互い夢中になって貪り合う。
キスをしながら腰を振ると、彼女の膣内が絡みついてきて気持ちいい。
「んんっ♡ んんんんっ♡」
腰を密着させたままぐりぐりと動かすと、彼女は体を震わせて反応してくれる。
「ぷあっ♡ あっ♡ あっあっあっあっあっ♡」
キスを止めれば、解放された口からは、もう甘えたような喘ぎ声しか出なかった。
「すごい……ヘラさんの膣内、トロトロなのにぎゅうぎゅう締め付けてくる……」
思わず感想を口にすると、ヘラが顔を真っ赤にして恥ずかしがった。
「言わないで、お願い♡ せめて……優しく……っ♡」
「ダメだよ、これはレイプなんだから。ヘラさんは、
「っ!」
修吾が言葉に込めた想いを、ヘラは感じ取ったのだろうか。
「兄貴を愛してるならっ、受け入れちゃ、ダメなんだよ!
レイプじゃないと、ダメなんだよっ!」
修吾は半ば支離滅裂なことを言いながら、ヘラの体を反して後ろを向かせる。
「修吾、くん……っ」
あくまでもレイプだと強調する修吾に、ヘラは目を震わせた。
犯される屈辱からではなく、修吾の行為に秘められた悲痛さに気付いたからだ。
自分が悪者になることで、ヘラに夫を裏切らせない。
加害者でありながら矛盾するようだが、ヘラの中にある兄への愛を、守ろうとするかのように。
「だから、優しくなんか……してやるもんか!!」
修吾はヘラの腰を抱き上げて膝を立たせると、再び怒張を突き入れた。
「んぁっ♡ あっ♡ あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ♡」
バックから挿入されたヘラの反応は、正常位のときよりも激しい。
背後からされることで、より『犯されている』という感覚が強くなるのだろう。
ヘラの背中は弓なりになり、結合部からは潮を噴き出して絶頂していた。
「ほら、またイってる。こんなスケベな体、逃がしたりなんかするもんかっ!
家を出て行くなんて許さないからなっ! どこまでだって追いかけて、連れ戻してやる!」
そう言って、ピストンを開始する。
パンッ! パァン! 肌を打ち付ける音が響き渡るほどピストンしてやると、ヘラは髪を揺らしてよがり狂う。
「おぉぉぉっ♡ おおぉぉぉぉ♡♡♡」
ヘラにはもう、修吾の言葉に答える余裕も無いらしい。
枕に顔を埋めて、獣めいた喘ぎ声を、部屋に木霊させるばかりだった。
「俺の女にしてやるっ! 兄貴の奥さんをっ、俺のものにっ!」
歯を食いしばりながら、ヘラの腰を両手で掴み、緩急を付けて腰を叩き付ける。
「んぉっ♡ おほぉ♡ ああぁっ♡ ああああああぁぁぁぁっ♡♡」
「そうだ喘げっ! 何も考えずに喘いでいいからっ、ずっと、この家に居るんだ!」
尻を叩いて命じながら、一心不乱に腰を振る。
犯して、脅して、命じて、従わせる――男として鬼畜の所業だ。
しかし、そうでもしないと、この兄嫁を繋ぎ止められない。
優しく尊重するだけでは、彼女は亡き夫のことだけを思い、世間から姿を消す。
誠実さでは、正しさでは、優しさでは――彼女を救えない。
「出すぞっ! 中に出すっ!俺の子を孕めっ!」
ヘラの中に射精する。
その瞬間、彼女がビクンと跳ね上がった。
「お――――っ♡」
子宮口を押し上げられ、奥まで突き刺されて、ヘラは声にならない叫びを上げる。
「ん――あ――あ、あ、あ、あ、あ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ♡♡♡」
修吾の白濁液に子宮を満たされながら、ヘラは目の焦点を失うほど絶頂する。
膣内は、精液を一滴残らず搾り取ろうとしているように収縮していた。
「はぁ♡ はぁ……っ♡ あっ♡ あぁぁ♡」
気がつけば、ヘラは布団に突っ伏して、ほとんど意識を失っていた。
「あ……」
修吾はいまになって、罪の意識に囚われる。
犯した。犯してしまった。
ヘラの、陰のある美貌が、涙と涎に汚れている。
兄のものだったはずの白磁の肌に、自分の手垢がついた。
夫の子を授かるはずだった膣からは、自分の醜い精液が溢れている。
汚してはならなかったものを、汚してしまった……そんな呵責が巻き起こる。
ヘラに兄を裏切らせないためのレイプだった。
しかし、彼女を救う方法は、他になかったのだろうか?
本当は、自分が彼女を犯したいだけだったのではないか。
「ごめんなさい……」
詫びの言葉を口にしたのは、修吾ではなくヘラだった。
意識が戻ってきたらしいヘラは、修吾を目線で振り返ると、枕で涙を拭う。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
謝っている相手は、兄か、それとも修吾に対してか。
――どちらでもいい。
どちらであっても、もはや後戻りはできないのだから。
「ヘラさん……」
修吾はうつ伏せになったヘラに折り重なるようにして、背後から覆い被さる。
まだ硬い肉棒を尻の割れ目にあてがい、手を滑り込ませて胸に触れながら、
「もう、出て行くなんて、言わないよね?」
「……っ」
耳元で囁くと、ヘラの体が小さく震えた。
肉体的に征服された女が、いまも覆い被さる男に、逆らえるはずもない。
犯して、無理矢理に言うことを聞かせることしか、彼女を留める方法はないのだ。
「返事は?」
胸を強く掴みながら催促すると、ヘラは小さく頷いた。
その瞬間、修吾の中に、また情欲の熱が立ち上る。
「ちゃんと、言葉にするんだ」
「あっ♡」
軽く耳を噛んで命じると、ヘラは官能の声を上げて、首を振り返らせる。
潤んだ瞳、紅潮した頬、表情に見えるのは怯えだけでは決してない。
「はい……修吾
頷いた、頷いてくれた。
ヘラさんが、兄の嫁が、自分の女になった。
『修吾くん』が『修吾さん』になったのも、彼女が自分を『格上』と認めたかのようだ。
そこになぜか、男として偉業を成し遂げたかのような感覚を抱く。
「あ……っ♡ ま、まだ……?」
寝バックの姿勢で挿入しようとすると、ヘラが戸惑ったように振り返る。
抵抗らしい抵抗は、もうされなかった。
「まだ終わらないよ。一晩掛けて、俺の形に、作り直してやるからね」
「そん、な……ふあっ♡ 修吾さんっ♡ あっ♡ んんんっ♡」
田舎の屋敷、暗い部屋で、再び兄嫁と義弟が絡み合う。
未亡人の鳴かされる声が、夏の夜に溶けていく。
修吾の夏休みは、まだたっぷり残っていた。
ご一読いただきありがとうございます。
前置きが長くなってしまいました。
反動で以降はドスケベになります。