※この作品はR-18です。

誘惑禁止条例 ※性犯罪被害は条例違反にあたらない   作:大中小太郎

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第一話 前編

 

 

 

西条藤次が妻と離婚したのは、半年ほど前のことだった。

原因は妻の浪費癖と精神的DV、なにより決定的だったのは浮気だ。

正確には不倫というより、それを装った詐欺にかかったのだが、妻が自覚的に不貞を働こうとしたのは確かだ。

多額の金を奪われた妻と、これ以上は家計を同じくできない。

離婚を切り出し、今更になって反省を口にする妻に応じず、弁護士を立ててケリを付けた。

元妻がその後どうなったかは知らない。子供がいなかったことも、いま思えば幸いだ。

 

(掃除……ロボットだけじゃ行き届かないな)

 

マンションの一室に帰宅した藤次は、棚や机の埃に気付いて溜息を吐く。

魔力AIを搭載した掃除ロボットは優れものだが、SF映画のように何もかもとはいかない。

自分しか使わない部屋の掃除や、自分が食べるだけの料理では、そう熱も入らない。

仕事に必要な身だしなみを整えて、出勤して、できるだけ仕事で時間を潰して、寝に帰る。

妻の浪費がなくなったことでお金は貯まるが、使い道が思いつかない。

 

(兄貴のところは二人目ができたっていうし、何かお祝いでも……)

 

若くして妖女の妻をもらった兄のことを思い出す。

長女のルナちゃんも、もう年頃だ。そろそろ恋人ができている頃だろうか。

……誘惑禁止条例に違反しない交際をしていてほしいものだ。

 

(再婚……いや、まだ考えられないな)

 

よい仕事を得られているだけで幸いだと自分に言い聞かせ、その選択を遠ざけるのだった。

 

「そいつはよくないなぁ」

 

そんな悩みを、バーで同僚に吐露すると、同僚は遠慮なく断言した。

 

「よくないか」

「ああ、そういう悩みを抱えてるって時点で、そいつは一人がダメな奴なんだよ。

 誰かのために働くことがモチベーションになる人間は特にな。

 ここ最近のお前、以前ほど仕事に熱が入ってないぞ?」

 

痛いところをついてくる同僚だ。

しかし自覚できる部分も多い。

 

「とりあえず家事だけでも何とかした方がいい。最近ちょっと痩せてるぞ? 不健康な意味で」

「そうか?」

 

藤次の顔付きは、夫だった頃と比べて、どこか活力が薄れていた。

妻に先立たれると夫は身汚くなるというが、離婚でも同じことなのかもしれない。

 

「そこでだ……そんなお前に打って付けの話があるんだが」

「なんだ、変な顔して」

 

声を潜めてきた同僚に、警戒心が刺激される。

 

「言っておくが、子種だけ欲しがってるような妖女なんか紹介されてもお断りだぞ」

「おいおい、妖女たちは良妻だぞ? 一夫多妻だと夜と子育てが大変なだけで……」

「そういう愚痴を何度も聞かされてきたからだ」

 

この同僚は妖女たちと一夫多妻家庭を築いている。

寝不足そうな顔で出社してきて、昼休みに仮眠をとっていることもしばしばだ。

 

「というか、再婚しろって話じゃない。人を雇ったらどうだ?」

「雇うっていうと、ハウスキーパーとかそういうのか?」

 

家事が億劫なのは確かだが、わざわざ金を払ってまで……という気もする。

 

「ちょっと違うな――()()を買わないかってことだよ」

 

あまりに時代錯誤に聞こえる単語だ。

しかし、人間界と妖魔界が交流を結ぶこの時代では、違う意味を持つ。

 

「妖魔界からの出稼ぎ労働者のことか? 奴隷なんて言い方したら問題になるぞ」

「間に人材会社を挟んで労働者にしてるだけで、向こうでは完全に奴隷だよ」

「闇を感じるなぁ」

 

妖魔界には、人間界よりも数多くの国があり、制度も様々だ。

中には奴隷制度を残している国もある。

そして最近は、その奴隷を人間界へ送り出す事業が熱いのだという。

 

「最近妖魔界のどっかの国が、日本に人を出入りさせられるようになってな」

 

妖魔界の総人口は地球の十倍以上だ。

人間界という新世界で掴めるチャンスは多く、国交樹立を求める妖魔界国は大渋滞だそうだ。

最近、日本は新たな妖魔界国と条約を締結、その国の妖女が出稼ぎできるようになったらしい。

 

「奴隷はいつも以上に供給過多、企業だけじゃ需要が足りないってことで、家庭で雇えるように法整備されたんだ」

「ああ、ニュースで見たな。要は各家庭で使用人を雇うようになったんだろ?」

 

そこそこ裕福な家庭が奴隷を購入して使用人にする――まるで中世のような話だ。

厳密には購入ではなく雇用だが、その労働者たちは身を売るも同然の経緯で渡来しているという。

 

「実は俺の家でも最近雇ってな。ベビーシッターを任せてるんだが、思ってたより平和だぞ」

「そうなのか……もっと殺伐としたものを想像してた」

 

同僚が言うには、家政婦さんと何も変わらないそうだ。

奴隷という言葉のイメージが先行していたのかもしれない。

 

「お前も試しに雇ってみろ。ほら、このサイトがお勧めだぞ?」

 

同僚がスマホを見せる。

そこには――

 

 

【あなただけの奴隷がきっと見つかる! 急成長する奴隷市場を見逃すな!

 契約前の面接パーティで、理想の主従をマッチング!】

 

【スマホでかんたん操作。希望する価格と仕事を入力すれば、条件にあった奴隷をリストアップ。

 顔写真、プロフィール、要求待遇まで一目で分かる!】

 

【利用者の声

 ――納得の行く価格で契約、価格以上の仕事をしてくれました――

 ――子供もペットも懐いていて、いまでは家族同然です――   】

 

【契約前に知っておきたい。奴隷の得意なお仕事、種族別ランキング】

 

【なぜこんなに安い!? 価格の理由をプロが解説 → 外部サイト】

 

 

……ざっと眺めた後、同僚に顔を向ける。

 

「奴隷だよな?」

「安心しろ、合法だ」

 

 

 

 

その後、藤次なりに色々と調べてみたが、どうやら本当に合法らしい。

 

妖魔界で奴隷落ちした人間が、奴隷商人から名を変えた会社に登録、技能に応じて人間界に出稼ぎに出る。

先方とこちらを結ぶ会社が仲介料を取り、労働者が日本に来て、必要とするところに雇用される。

そうした雇用を個人レベルで行うのが、面接パーティだ。

 

(そりゃまあ、家庭に招き入れるわけだから、人となりが重要なのは分かるんだが……)

 

雰囲気が完全に婚活パーティである。

妻との出会いもそれだったな、などと思い出しながら、奴隷たちがいる方を見る。

さながら合戦のように、会場の片側に雇用主たちが並び、反対側に奴隷たちが並んでいた。

 

(当たり前だけど、全員妖女か)

 

妖魔界において奴隷落ちするのは、戦争の敗者だ。

そして妖魔界の戦争とは、敗者が男を奪われるものであり、従って男は奴隷にならない。

 

(……なんでメイド服なんだ?)

 

ここに集まっているのは『家事奴隷』とその募集者だ。

使用人であれば相応の作業着だろうが、まさかエプロンドレスで来るとは。

妖魔界の会社が、日本文化を聞きかじって、ああいう格好で送り出したのかもしれない。

 

(若くて綺麗な子ばかりだし……まあ妖女はそうなんだけど……)

 

妙な誤解を招きそうな会場に呆れつつ、司会による進行を待つ。

オークションが始まったりはせず、藤次たち雇用主はそれぞれ席につき、奴隷たちが各々の対面に来て面接を受けるという形式だ。学生時代に受けた就職説明会に似ている。

 

(こんなことなら、人事にコツでも聞いてくるんだったな)

 

後悔は先に立たず、藤次は慣れない面接官をすることになった。

 

「故郷では騎士をしておりました。資格は魔剣術一級。オークくらいなら素手で倒せます」

「募集してるのは家事奴隷です」

 

気になる経歴だが、平和な現代日本ではお呼びでない。

 

「スリーサイズは上から94・55・95、得意な体位は騎乗位、孕ませ希望です!」

「ここはそういう会場じゃありません」

 

明らかに別の奴隷を志望していたが、性奴隷は普通に違法だ。

 

「私を使役しようというなら、相応の器を示して欲しいわね」

「ご縁がなかったということで」

 

いかにも絶大な魔力を持ってますと言いたげな妖女だが、ラノベの主人公になる気もない。

 

(普通でいい、普通でいいのに、普通の奴隷がいない……っ!)

 

行き遅れのようなことを嘆く藤次であった。

 

「……面接官になんて、なるもんじゃないな」

 

なんだか鼻持ちならない存在にも思える面接官だが、やってみると意外に大変だ。

なにせ相手を見抜くための材料が限られている。

書面、第一印象、質問への受け答え。たったこれだけだ。

人間という奥深いものを知るには、あまりに判断材料が少ない。

 

(婚活パーティで会ったあいつが、割ときっぱり年収聞いてきた理由が分かった。

 出会ってすぐに内面なんて分かるわけないから、すぐ分かる部分を掻き集めるしかないよな)

 

書類や数字だけで自分を判断されてたまるか――などと思うのも人情だ。

しかし、それすらしなかったら、もはや相手を理解することの放棄である。

プロフィール重視の品評も、初対面の人間をできるだけ理解しようという意思の表れと言えよう。

 

だから、ぱっと見で分かる価値や強みを持ち、ぱっと見で分かる欠点を矯正すべきなのである。

いま藤次が求めているのは、そういう妖女だ。

 

「シーアと申します。本日はよろしくお願いします」

 

例えば、いま自分の対面席に座った、彼女のように――

 

(ん?)

 

ダークエルフの少女だ。

肌は褐色、髪は銀髪というのが特徴的ではある。

とはいえ、これも妖魔界出身であることを考えれば驚くことはない。

 

妖女なだけあって美少女だが、それもまあ普通だ。

重要なのは美少女の後半、少女と呼ぶべき年齢であろう。

 

「ああ、これはご丁寧に。西条藤次と申します」

 

名乗ってすぐに、お互いのプロフを交換する。

雇用主である藤次のプロフを渡すのは、向こうにも最低限、選ぶ権利があるからだ。

名目上は労働者とはいえ、実質は奴隷、ろくでもない人間に雇われるわけにはいかない。

 

名前はシーア。

志望は家事奴隷、動機は家族を養うためと人間界留学。

年齢を見ると、まだ学生をしているのが普通な年齢だった。

 

「……君みたいな小さ、若い子が、奴隷に?」

「えっと、はい。故郷の内乱で。恥ずかしながら、一族が風下になってしまいまして」

 

少し暗い表情にさせてしまった。歳不相応な影に心が痛む。

 

彼女の出身国は、同僚との話にもあった、日本と国交を結んだ妖魔界の一国だ。

革命により封建政治が倒れ、それ以前は無かった人間界との国交が選択されたと聞く。

文明開化と言えなくもないが、シーアは旧体制派の一族であり、不幸にも奴隷落ちしたという。

 

「そうか……辛い思いをしたね」

「いいえ。こうして人間界で見聞を広める機会に恵まれ、むしろ幸運だったと思っております」

 

いい子だ……かなり、いい子だ。

戦争で逆境となっても、奴隷となって家族を養おうだなんて……聖人の選択だろう。

 

「では、シーアさん。勤務形態に『住み込み希望』とあるけど……」

「はい。その……支度金が不足しておりまして、住む場所が手配できず。

 あ、もちろん、お金が貯まれば出て行きますのでっ、せめて初任給をいただくまででもっ」

 

奴隷は雇用主の家に住み込むか、仲介業者が紹介した部屋を借りる。

一般的には後者だ。雇用主に防犯上の警戒を与えないためである。

しかし彼女は、すぐに家賃を捻出できる状態にないらしい。

 

「もちろん、家財には決して手を付けませんっ。お台所の隅にでも寝かせていただければっ。

 防犯のため、柱に鎖で繋いでいただいても構いませんのでっ」

「そこは構うべきだろう」

 

なんとしても雇われたいのか、えらく自分を粗末にし始めるシーアだった。

必死さは伝わるが、過度に自分に不利な条件を提示したがるのはよくない。

 

「でしたら、その……『首輪』を通じてご命令ください」

 

シーアが触れたのは、首輪というよりチョーカーだ。

しかしこれは、妖魔界の魔法で作られた、奴隷の首輪である。

 

「たしか、奴隷契約を遵守させるための装置だったね?

 当事者間で合意して契約すえば、以降は命令に逆らえなくなるという……」

「はい。幾つかの例外を除き、旦那様のご命令には逆らえなくなります。

 盗むなとご命令くだされば、私が旦那様の家財に触れることはできません」

 

旦那様と呼ばれていることも気になったが、それ以上に首輪の方が深刻だ。

シーアが口にした『幾つかの例外』とは、緊急避難など本当に最低限のものなのだ。

 

例えば――肉体関係を要求されたら、断ることができない。

 

「奴隷となったのですから当然です。どうかお気に病まないでくださいませ」

 

藤次の表情から内心を見抜いたのだろう。自分への情けは無用だと、シーアは言う。

藤次もそれで察した――そこまでしてでも、彼女は故郷に金を送らなければならないのだ。

 

「う……くぅ……っ」

「西条様っ!?」

 

思わず涙腺に来てしまった藤次に、シーアが慌て出す。

 

「す、すまない。君くらいの歳の姪っ子がいてね。

 そんな悲愴な決意をさせているかと思うと……っ」

 

異国の紛争とはいえ、なんて無力なのだろうと打ち拉がれる。

シーアは、安心とも当惑ともつかぬ微苦笑を浮かべていた。

 

「すまない、話が逸れたね。給与は……」

 

次に確認するのは、彼女の代金だ。

物語の奴隷と違って人生丸ごと買ったりはせず、月単位か年単位での契約となる。

その代金は仲介業者の算出したものを基準として、当事者間で交渉することになるが……

 

「っ!?」

 

唖然とするような金額が記入してあった。

高額だった、はずがない。その逆だ、激しく逆だ。

 

「こ……こんな金額で、いいのかい?」

 

奴隷に対して定められた法定賃金の下限すれすれ――つまり通常の法定賃金より、ずっと安い。

 

「日本円でその金額であれば十分ですから。

 住み込みで働かせていただく以上、欲は出せませんので」

 

プロフを持つ指が震えた。

なるほど確かに、国が違えば通貨の強弱がある。

彼女の出身国における日本円は、かなり高値なのだろう。しかし――

 

(こんな……こんな素直な子がっ! 時給250円みたいな金額でっ、奴隷に……っ!!)

 

神も仏も無いような話に、思わずハンカチで涙を拭う。

 

「も、もちろん家事はきちんとさせていただきますっ。

 日本の家庭料理はもちろん、家電製品の使い方もちゃんと研修を受けましたからっ」

(家電製品も無いような世界の出身……っ!!)

 

藤次のハンカチが湿っていく。

 

「ただ、その……お仕事が早く片付いた後は、勉強をする時間をいただけますと……」

(逆境にめげない向上心……っ!!)

 

爪の垢を購入させてもらいたい心根に、涙と鼻水が止まらない。

 

「それと、故郷への手紙は検閲していただいても構いませんのでっ」

(失われない家族愛っ!!)

 

なんだか唐突に、母に電話したくなった。

 

「そ……そうか……他に、なにかあるかな?」

「いえ、こちらからは特に」

「例えば、そうだな……ああ、住み込みとなると、荷物もあるよね?

 どのくらいかな? 部屋なら空いているから、家具を整理すれば……」

 

妻が出て行ったばかりの家だ。シーアを住まわせることは問題ない。

ただ彼女の持ち込む荷物によっては、多少の模様替えが必要になる。

 

「ああ、ご心配には及びませんっ。このメイド服と鞄ひとつくらいですのでっ」

 

自信ありげに胸を張るシーア。

ぐらり――と、それを聞いた藤次の体が傾ぐ。

 

鞄ひとつ?

彼女のような年頃の女の子が?

旅行ではなく、移住の荷物が、鞄ひとつ?

服とか小物とか思い出の品とか全部ひっくるめて……鞄、ひとつだけ?

 

「お……」

 

藤次はわなわなと震えながら、俯いていた顔を上げると――

 

「おじちゃんが綺麗なおべべ()うたる!!」

 

涙ちょちょぎれの顔で、内定を宣言するのだった。

 

 

 

 

かくして、シーアは藤次の奴隷になった。

あの会場でシーアの雇用を希望したのは、藤次だけだったらしい。

こんないい子がなぜ? と藤次は首を傾げたが、他の参加者が藤次とシーアの会話を聞いていたからだという事実を、彼は知らない。

それを差っ引いても、外国人を家に住まわせるというのは、単純にハードルが高い。

世帯向けの家を持つ独身男性の藤次は、シーアにとっても条件がよかった。

 

「ただいまー」

「お帰りなさいませ、旦那様」

 

あれから一ヶ月。

今日も仕事から帰ってきた藤次は、シーアに出迎えられる。

褐色銀髪のエルフ美少女が丁寧にお辞儀する姿だけで、仕事の疲れが溶けていくようだ。

 

「ただいまシーア。勉強は進んだか?」

「はい、旦那様が参考書を譲ってくださったおかげで!

 あ、もちろんお仕事もきちんと済ませましたのでっ」

 

藤次の家に住み込んだシーアは、藤次が仕事に出ている間に、家事と勉強をしている。

そこで実家から学生時代の教科書を送ってもらい、シーアに譲ったのだ。

翻訳魔法とシーアの利発さにより、順調に学を得ているようだ。

 

「はい、お土産。シュークリームだから、冷蔵庫に入れておいてくれ」

「シュークリームっ!」

 

目を輝かせたシーアだったが、ハッとして顔を厳しくする。

 

「旦那様? 私へのお土産は、週末だけという約束ですよ?」

「いやぁ、安かったからつい」

 

ここ最近の藤次の楽しみは、家で帰りを待っているシーアにお土産を買うことだ。

シーアは特に甘味に弱く、奴隷の立場を忘れて年相応に喜んでしまう姿たるや、親バカが捗る。

 

「こ、これは全て旦那様がお食べください……っ」

(すごい食べたそうだな……)

 

下唇を噛みながら震える手で箱を反そうとするシーアに、噴き出しそうになる。

 

「お店の人が曰く『今日中にお召し上がりください』だそうだ。

 俺だけじゃ食い切れないなー。シーアが食べてくれれば、無駄にしなくて済むのになー」

「も、もうっ。旦那様はいつもそうやって、私を甘やかすんです!

 旦那様は奴隷をなんだと思っているのですかっ!」

 

まるで非人道的な行いを咎めるように、シーアは抗議する。

そう言いつつも、しっかり藤次が脱いだスーツの上着を受け取り、ハンガーに掛けていた。

 

「日本人にとって『異世界の奴隷』っていったら、相手がびっくりするほど厚遇するものなんだ」

「わけがわかりませんっ。まあ嬉しいですけど……また服のサイズが合わなくなります……」

 

シーアの発言で、藤次は自然と彼女の体型に目を配る。

 

最初に会った頃、シーアは痩せていた。

あの頃は栄養状態がよくなかったのだろう、妖女にしては慎ましい体型だった。

 

それがいまはどうだ。

藤次と暮らすようになって一ヶ月、藤次はまるで娘ができたかのようにシーアを甘やかした。

カードを預けて豊富な食材を買わせ、孫でも可愛がるように菓子類を土産に持ち帰った。

遠慮するシーアを「健康でないと務めも果たせない」と説得、しっかり三食とらせたら――

 

(まさか、たった一ヶ月でここまで大きくなるとは……)

 

子犬や子猫でもないというのに、シーアは劇的に肉付きがよくなった。

胸は目測で2カップほど大きくなり、瑞々しい肌のトランジスタグラマー体型に一変した。

正直、目のやり場に困ることも少なくない。

 

「こほん。仕事に必要なものは、衣類であっても渡したカードでちゃんと購入するようにね?」

「はい……ご迷惑をおかけします……」

 

この手の奴隷にかかる経費や備品は、ものによっては雇い主が準備しなければならない。

 

「気にするな……元妻の浪費に比べれば可愛いもんだ……」

 

後半は小声に留めて、部屋着に着替え終える。

日に日に人間界の料理を学んでいるシーアの夕食が、今日もいい香りを漂わせていた。

 

 

 

 

――改めて、シーアは奴隷だ。

首には主人の命令を遵守させるチョーカー、服は妖魔界式のメイド服を基本としている。

朝になれば藤次よりも早起きして朝食を作り、掃除をすれば細部まで手抜きをしない。

買い物もこなし、使った金は厳密に帳簿を作り、日本食や栄養学の勉強も欠かさない。

常に主人を立て、自分を風下に置き、住み心地のよい『家』を保ち続ける。

 

離婚した元妻なら、そんな日々のことを『奴隷』と呼ぶに違いない。

 

だから藤次は、妻の愛を保てなかった反省もあって、シーアへの感謝を惜しまない。

契約以上の賃金を決して受け取ろうとしない彼女を、あの手この手で溺愛するのが、いまの生き甲斐だった。

 

「いいですか旦那様。妖魔界において奴隷とは、言わば敗将の矜持なのです」

 

一緒に夕食をとりながら――最初は同じテーブルを囲もうとしなかったが――今日もシーアの話を聞く。

 

「妖魔界の戦争では、過度な殺人を避ける傾向にあります。

 勝利した後に風下へ置いて搾取しなければなりませんからね。

 されど戦争である以上、敵兵を『決してこちらを危害しない状態』にする必要があるのです」

「まあ、そりゃそうだよな。『だから相手を殺害する』わけだし」

 

物騒な話題だが、シーアは故郷の内戦で奴隷落ちしたばかり。その手に話に触れるのも仕方ない。

 

「奴隷の首輪は、言わばそういう『死の代わり』です。

 敗北した兵士は潔く首輪をつけ、家族の助命を保証してもらう。

 一族や国家の長が首輪を付けたなら、一族や国民の命が保証されます。

 これは妖魔界における大事な契約、破ってはならないルールなのです」

「もし破ったら?」

「同情の余地はありません。隷従しない敵は、いつ逆襲してくるか分からないものとして処分。

 代わりに、相手が矜持を示したなら、支配者側も一定の生活を保障する責務を負います。

 ひとたび奴隷となったなら、服従することこそが、自分と同胞の命を守る無形の盾なのです」

 

それが、シーアの言う『敗将の矜持』らしい。

負けを認めて奴隷になったら二度と武器を向けず、多少の扱いは忍耐をもって頷く。

そういう『信用』を損なえば、それだけ同胞が危険に晒されるので、奴隷であることに徹する。

 

「で、す、の、で――私に可愛い服を買い与えようなどという計画はご再考くださいませ!」

 

話題の発端は、そもそも藤次が『今度の休日に服を買い揃えよう』と言ったことだ。

 

「遠慮することないぞ? シーアは可愛いからきっと何を着ても似合う」

「そういうことではないのですっ。奴隷の美徳は清貧これひとつ!

 主人が私財で奴隷におめかしさせるなど、主従の立場が逆ではありませんか!」

 

業務上、必要最低限のものは、シーアも了承した。

ただし購入した服は本当に普段使いのものばかり、年相応の私服など持つことを自分に許さない。

 

「そのような真似をすれば、敗将の誇りにもとる振る舞いをしたとして、一族から非難されてしまいますっ」

「シーアのご実家は厳しいんだな……」

「傍流ながら戦士の一族でしたので」

 

奴隷として売られたシーアなので、実家では冷遇されていたのかとも思ったが、聞けばそうではないらしい。

たぶん、武家にも通じる規律重視の家柄なのだろう。

出稼ぎ先で立派に奴隷の務めを果たしているかどうかが重要なのだ。

 

「明日は旦那様の貴重な休日、どうかご自身の休息とご趣味に時間をお使いください」

「んー、元から趣味なんてあってないようなものだし、最近の趣味といったらシーアを可愛がることなんだが」

「あぅ……っ」

 

シーアは意表を衝かれたように声を零すと、頬を染めてもじもじとし始める。

 

「そ、それはつまり……私にお好みの服を着せて、弄びたい……ということでしょうか?」

 

体を要求されていると解釈したらしい。

その恥じらう姿の色っぽさに、藤次の心臓も高鳴る。

 

奴隷の首輪を装着している彼女は、主人の命令に逆らえない。

こうした『性行為を同意した契約』は、妖魔界と日本の法の狭間で黙認されている。

 

だが……

 

「いやいや、そんな意味じゃない」

 

藤次は他意を否定する。

邪な感情がまったくないとは言わないが、こちらは責任ある大人だ。

当人が悲壮感を出していなくても、奴隷になったシーアにそんな要求をする気にはなれない。

 

「そう、ですか……」

 

シーアがしょんぼりしているのは、なるべく意識しないようにした。

 

「要は、あれだ。主人と良好な関係を築いている方が、故郷のご家族も安心できるんじゃないかと思ったんだ」

「旦那様、シーアはそのお心遣いだけで十分です」

 

誤魔化しの言葉では無いと分かってか、シーアも微笑する。

 

「旦那様が与えてくださった環境は、どれも妖魔界では決して得られないものばかりです。

 一生分の幸運を使い切ったのでは無いかと思うほどに……」

 

シーアの生国は妖魔界でも貧しい国で、日本での生活はおとぎ話のような体験の連続らしい。

奴隷の立場でありながら、この家に住み込んでいるだけで、故郷の富裕層にも勝るという。

 

「家族への手紙には、旦那様の尊いお人柄を隅まで書き込んでおりますので。

 どうか気兼ねなく、シーアの奉仕をお受け取りくださいませ」

 

シーアが献身的な表情で口にした言葉が、藤次に閃きを招く。

 

「そうか、手紙か――」

「旦那様?」

「俺もシーアのご両親に手紙を書こう」

「えっ!?」

 

シーアが目を丸くしている。

 

企業勤めなんてものをしていると、稀に部下の家族へ礼状を書くこともある。

藤次の上司はそのあたりのマナーにうるさい方で、部下の誰かが『田舎の実家から果物が送られてきて』などとお裾分けをすると、職場を代表してご両親に礼状を送っていた。お前も書く機会があるだろうと、一通りの文面も教わっている。

 

「シーアの手紙だけじゃ、変な話だがご両親も『話を盛ってるんじゃないか』と疑い、不安かもしれない。そうでなくても、娘さんを預かっている俺が挨拶の手紙も送らないなんて失礼だった」

 

もっと早く気付くべきだった。

 

「いえ、そんな、旦那様がそのようなことをする必要は――」

「いいや、これは日本人として外せない礼儀だ。失礼がないよう、シーアにも内容をチェックしてほしい」

 

一ヶ月程度の付き合いだが、藤次がこの手のことで譲らないことを、シーアはよく知っていた。

 

「旦那様が望まれるのなら……」

 

諦めたように溜息を吐くシーア。

夕食を終えると、藤次は早々に手紙の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

いまでは人間界と妖魔界でも電話ができるが、それも設備が整っていればの話。

シーアの故郷に回線は通っていないため、しっかり紙に書いた手紙を送ることになる。

 

「どうかな? どこかに誤字はないか?」

 

【シーアは立派に仕事を務めている。

 その勤勉さは瞠目に値し、育てられた親御さんのお人柄が窺える。

 自身も彼女に相応しい主人であろうと、身が引き締まる思いである。

 大事な娘さんを預かる者として、彼女の生活が幸いなものとなるよう尽力する所存である】

 

要約すると、そのような内容だ。

 

「大丈夫です。ありません……」

 

妖魔界の言葉なので、シーアにチェックしてもらったが、読み終えた彼女は顔を赤くしていた。

 

「勘違いしちゃだめ、私は奴隷。弁えろ、私は奴隷、私は奴隷……っ!」

 

シーアはなにやら自分に言い聞かせながら、郵便局へ向かうのだった。

 

――翌週、シーアの家から手紙の返答があった。

 

内容はしっかり日本語で、現地の日本人に頼んで代筆してもらった旨が記されている。

読みやすくて助かるが、その内容を読み進めるにつれて、藤次は絶句した。

 

【シーアがよき主人に巡り会えて、胸をなで下ろす思いである。

 貴殿の厚情に深く感謝すると共に、シーアが奴隷の務めを全うすることを望んでいる】

 

シーアの生みの親によるものらしい。なかなか厳格な性格のようだ。

 

【これほどの配慮をいただいて汗顔の至りではあるが、ひとつお願いをしたい】

 

藤次はその文面を目にすると、腰を据えて続きを読む。

待遇のことか、それとも連休には帰省させて欲しいといったことか。

そんなことならいくらでも、と思っていた藤次は、次の一文に目を丸くした。

 

【もし彼女を気に入ってくれたのなら――女として可愛がってやってはくれないか】

 

なにかの書き損じではないかと、前の文章を入念に確認した。

しかし、どう読んでも、これは『シーアを抱いてほしい』という文章だ。

 

【貴殿の誠実な人柄を思えば、不徳な頼みであることは承知している。

 しかし戦に敗れた我々は男児を奪われ、衰退の運命を強いられている】

 

これはシーアからも聞いており、妖魔界の紛争の結果として知られていることだ。

 

【我々の部族は男性との婚姻を禁じられている。

 それゆえ、一族の娘を奴隷として異界に旅立たせることは、ひとつの活路だった。

 異界であれば支配部族の束縛も及ばず、若い娘を奴隷に出すことも禁じられていないからだ】

 

シーアの一族の戦略は分かる。

妖魔界の戦争に負けた国や一族は、男児を奪われて爆速の少子高齢化となり弱体化させられる。

勝者はそれを支配することで利益を得るので、敗者の女が男性と結ばれる機会を絞り、生かさず殺さずの状態に置く。

 

しかしシーアの一族は一計を案じた。

昨今話題の人間界に、一族の娘を奴隷として売りに出す。

支配者側から見れば、人口増加に必要な若い娘を手放す行為なので、敗将の矜持には反さない。

だが、売られた先の人間界は男性が多い。

支配者の目が届かないところで、故郷では会えない男と会い、子を授かる可能性が生まれる。

 

【かような策謀に貴殿を巻き込んだことは、慎んでお詫びする。

 それでも、もしシーアの未来を哀れんでくれるなら、どうか寵愛を授けてやってほしい】

 

息を呑みながら、藤次は続く一文を目に入れた。

 

【奴隷は自ら主人に関係を求めることはできない。

 また人間界には誘惑禁止条例があると仄聞する。

 こちらとしては、ご寵愛を得られるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()

 決して貴殿の立場を危うくすることはないと、名誉に懸けて誓う】

 

事情を理解しても、いざ目の当たりにすると、理解が追いつかない。

 

端的に言って、シーアの母はこう言っているのだ。

 

――シーアを、犯してやってほしい。

――肉体的に可愛がり、孕ませてほしい。

――なにがあっても、あなたの罪は問わない。

 

「…………」

 

半ば放心した藤次は、最後の文章に目を通す。

 

【これはシーアも承知したことである】

 

「――旦那様?」

 

背後から聞こえたシーアの声に、藤次は肩が跳ねるほど驚いた。

慌てて振り返ると、楚々とした雰囲気で、シーアが立っている。

 

「シーア……その……」

「その手紙に書かれていることは本当です」

 

手紙の内容に触れまいとした藤次に対して、先手を打つようにシーアが言う。

内容は、シーアも把握していたようだ。

 

「シーア、君は……」

 

藤次は一呼吸をおいてから、大事なことを尋ねる。

 

「君は……そのつもりで、俺の奴隷になった、のか?」

 

一連のことが真実だとする。

シーアが、いわゆる『お手付き』を念頭において、奴隷となったこと。

であれば、シーアはあの面接パーティで、『その相手』を探していたことになる。

 

「っ、申し訳ありません!」

 

シーアは勢いよく頭を下げる。

 

「仰る通り、私は始めから、浅ましい思惑をもってあの場におりました。

 旦那様のお人柄に惹かれたのも確かですが……あわよくばという考えがあったことは、否定できません」

 

顔は見えないが、両手がスカートを握り込んでいた。

怒りを買っても仕方ない、と思っているのだろう。

実際、そういう目で見て主人を選んでいたとは思わなかった。

そこに不快感を示す資格くらいはあるのだろう。

 

「これは奴隷として許されざること。ご不快に思われるのは当然です。

 契約を打ち切られたとしても仕方ありません……」

 

シーアは震えた呼吸を整えて顔を上げると、胸元に手を沿えてこちらを見据えた。

 

「ですが……もし、少しでも哀れに思ってくださるのであれば……」

 

涙ぐみ、頬を染めて、怯え混じりに、彼女はこう言う。

 

()()()()()()()()――(とぎ)を、お命じください」

 

求めてほしいと、抱いてほしいと、シーアは言っていた。

命令に従わせる奴隷の首輪を使って、逆らえなかったことにしてほしいと。

奴隷という立場から、誘惑禁止条例に縛られた妖女として、最大限に踏み込んだ言葉だった。

 

(この子は……そこまで……)

 

シーアの『告白』に衝撃を受ける。

環境に追い詰められていたという、哀れみだけではない。

自分のことを、女としてここまで想ってくれていた――という驚きだ。

 

藤次とて一人前の大人だ。

たとえ事情があっても、シーアのような歳の子に、主従という立場を利用して手を出すなど、許されざる犯罪だと理解している。

 

その一方で、男の端くれだ。

ここまで覚悟を決めた女を、自分が手を出せば救える少女を、保身のために突き放す――そんな真似はできない。

 

「なら――」

 

だったら……どちらも同じくらい大事なことなら……

せめてシーアのためになる方を選ぶべきではないだろうか。

 

「早速だけど、命令だ」

「あ……っ」

 

藤次はシーアの首輪に触れる。

シーアが怯え混じりに赤面すると、首輪が薄く魔力の光を宿した。

首輪の使い方は『命令』を文脈に入れること。

後は藤次が命令を言葉にすれば、シーラはほとんど逆らえなくなる。

 

なにを命令されるのかと、怯えるシーラに、藤次はこう告げた。

 

「嫌なことは、ちゃんと嫌だと言いなさい」

 

奴隷の首輪が、発動する。

目を丸くしたシーアは――じわりと、目尻に涙を浮かべて、命令に従い口を開いた。

 

「嫌、です……」

 

藤次は微笑した。

やはりそうだろう。こんな理不尽な話、年頃の女の子には――

 

「旦那様に、捨てられるのは……嫌です……っ!」

 

褐色の頬に透明な涙を伝わせて、シーアが訴える。

 

嫌なことは言えと命じたら、彼女が口にしたのは、それだった。

 

ああ、そうか――

彼女が怯えていたのは、手を出されることではなく、断られて追い出されること。

 

「そうか」

 

それだけ聞ければ十分、もはや野暮なことは言いっこなし。

藤次はシーアを抱き寄せて、エルフ耳に囁きかける。

 

「やっぱり、お前は可愛いな」

 

ベッドはすぐそこだった。

 




ご一読いただきありがとうございます。

例によって長くなったので、前後に分けて同時投稿です。
次話はエロシーン中心となります。
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