誘惑禁止条例 ※性犯罪被害は条例違反にあたらない 作:大中小太郎
彼女の旧姓は西条という。
西条藤次の、元妻だ。
「現状では、これ以上の慰謝料減額は難しいかと……」
弁護士にそう言われたのは、去年のこと。
ある種の詐欺に引っ掛かって、夫から離婚を宣言された後のことだ。
「なんでこっちが払うんですか!? 被害者ですよ!?」
事の発端は、SNS上で横行している詐欺だ。
魔力AIなるものが世に表れて以来、人を騙す技術も無駄に進歩している。
例えば、どう見ても人間にしか見えない画像や動画を作り出し、それを用いて人を騙すこと。
リテラシーのある人間なら「今日びこんなのに引っ掛かるわけあるか」というものらしいが、彼女のリテラシーは低かった。
AIの男を本物と思い込み、卓越した楽器演奏や歌声を披露する彼のファンとなった。
やがてファンの垣根を越えたようなやりとりが起き、泣ける事情が明かされ、金が必要であるとほのめかされる。
いまにして思えば、頭の緩い女しか引っ掛からなさそうなロマンス詐欺だった。
それを不特定多数の人間に、全自動で同時にやっていたというのだから、最近のAI技術には驚きだ。
「相手が詐欺のため作られた仮想上のものであることから、慰謝料としては低額です。
本物だと認識した状態で恋愛関係になりお金を送ったことで、不倫に相当すると判定された判例があり……」
例えるなら、囮捜査の殺し屋に依頼をしただけでも、殺人未遂が成立するように。
パートナーへの裏切りを自覚した上で金を送った時点で、条件を満たすと判定されたらしい。
生身の人間と肉体関係を持った場合に比べれば格安だったし、詐欺に注ぎ込んだ金額に比べればよほど少額だ。
「だからって……っ」
こんなひどい話があるだろうか?
夫婦なのだから、もっと話し合うべきじゃないか。
それをいきなり離婚だなんて。
ちょっと貯金に手を付けて、夫の年収分くらいの金額を貢いだだけなのに!
「これで赤の他人だ。壮健でな」
夫が離婚の意思を覆すことは、ついぞ無かった。
かくして――彼女の名字は、『西条』ではなくなったのである。
○
「もう十分に休んだだろう。パートでもいいから仕事に出なさい」
実家に帰ってしばらく経つと、理解の無い父にそう言われた。
こちらは傷心だというのに、元夫といい父といい、男というものはなぜこうも人の気持ちが分からないのか。
だが、これはこれで、いい機会かもしれない。
(もっといい男を探そう)
要は生活できればいいのだから、再び専業主婦に就職しても文句はあるまい。
そうすれば、男に裏切られた娘に優しくできない親の元など、こちらから出て行ってやる。
「……どこかに勤めた方がいいんじゃないかしら?」
再婚活動を始めると聞いた母は、少し渋い顔で言っていた。
たしかに、大学を卒業した後は、企業に勤めていた。
しかし、専業主婦である母は知らないのだ。最近の女性の職業事情を。
なんといっても、魔力AIを使える妖女ばかりが優遇される。
生まれ持った魔力で楽をして、多くの給料をもらい、出世していくのだ。
人間女性に回ってくる仕事は、『魔力がなくてもできる仕事』だけで、待遇もそれ相応。
――差別である!
数年ほど務めて痛感した。いまの世の中、女性は働くだけ損なのだ。
それに、この歳になって新入社員として年下から指導されるのは嫌だし、人生を豊かにするためにはもっと自分の時間を大事にしなきゃならないのでフルタイムはちょっと……
とにかく、自分は顔面偏差値には恵まれているし、その強みを活かした人生設計をする方が賢い。
よって目指すは、就活より婚活。
前の夫ともそこで出会ったのだから、次はもっといい男を見つけられるだろう。
家事を分担してくれて、すぐに子供を欲しがらず、些細なことで怒らない男がいい。
悪くない程度の顔と、低くない程度の背と、まともな性格さえあればそれでいい。
流石に若いとは言えない歳になってしまったので、年収については勉強する。
いやむしろ、若い世代ときたら妖女の性的な魅力に釣られる猿ばかりだ。
しかし大人になれば、落ち着いていて聡明な年上の人間女性を求めるはずである。
そういう、『普通の男』に出会えさえすればいいのだ!
○
かくして訪れた、久々の婚活パーティだったが、
(男が、いない……っ!)
そもそも男性の出席者が少数だった。
男女比およそ1:4、男が10に対して女が40といったところだ。
しかも女性側は参加人数の都合で『抽選』である。
つまり、男の参加者がそもそも少なく、女の参加者が多すぎるということだろう。
(しかも、妖女ばっかり……)
女性側の参加者には、妖女が多かった。
はち切れそうなスタイルのエルフ系や角系、十代にしか見えない獣人系やドワーフ系まで。
半数以上が妖女であり、皆一様に美女か美少女だ。
「本当にこれでやるの……?」
同じ参加者の人間女性が呟いていた。
その気持ちは分かる。
人間女性が妖女と比較されるという図式が、そもそもストレスなのだ。
なぜストレスなのか? それを言わせるのは紳士的じゃない。
男なんて、妖女の方に目が行くに決まってる。
(なんで
主催はなに考えてるの!? 別々にしなさいよっ!!)
おまけに人数差があるせいで、トークタイムもおかしい。
男性一人が腰掛けた席に、女性が四人ずつスタッフに案内され、順番に挨拶や質問をする。
女性側からすると、面接官を前にして集団面接を受けている気分だ。
男性側からしても、四人の女性から囲まれるようでプレッシャーだろう。
(元から婚活市場は女余りで、妖女が来てからもっと男不足になったって聞くけど……)
予想以上の倍率だった。
自分が若い頃は、概ね男女同数だったが、僅か数年でここまで変わるのか。
それでも何とかトークを始めると、ここでも妖女と人間女性に違いが出る。
まず、妖女のプロフに記されている年齢や職業からして、若かったり国際企業だったりする。
自己紹介にしても、『○○に勤めており年にこのくらい頂いている』『共働きでもいいし、必要なら夫を養う蓄えがある』『子供ができたら親族の助けを受けられる』『一夫多妻の家庭を希望する』など、目を丸くするようなものが多い。
妖魔界においてはそれが普通なのだろうが……一夫一妻の専業主婦を希望する自分が、相対的にどう見えるかという話だ。
これでは自分が、『妖女に及ばない美しさだけを売りに、養ってくれる男を探しに来た実質ニート志望』みたいではないか!
ただ専業主婦希望の実家住み家事手伝いバツイチ3X歳というだけでそんな目で見られるなんて、心外な!
「では、中間集計の後、フリータイムとなります」
婚活パーティの定番として、中間集計が行われる。
つまり、総当たりで面談をした後、誰に興味があるかを記入した紙をスタッフに預ける。
記入した相手には番号などが記されたカードが渡され、後のフリータイムで有利に働く。
――自分には、誰のカードも届かなかった。
(ほら、やっぱり男は妖女ばっかり……っ!)
フリータイムになると、男性のほとんどが妖女と歓談しており、その後にお義理で人間女性と話をしている。
正直この時点で帰りたくなったが、最後にもう一度だけ、マッチングを希望する男性を見定めて提出。
もしこれで、相手側も自分とのマッチングを希望していれば、パーティの仕上げに『カップル成立おめでとう』とばかりに発表されるのだが――
マッチングが成立したのは、ほとんど妖女だった。
自分がマッチングを希望した男だけは、別の人間女性とマッチングしていた。
――――結論、日本の男はロリコンである!!
結局は、若くて胸の大きな美少女が大好物なのだ。
ネットでは『家計に対する責任感があるから』『子育てに親族を挙げて協力的だから』『一夫多妻の方が経済的に安定するから』などと、もっともらしい理由をあげつらっているが、本音はただの性欲に違いない。そうに決まってる。
そんな日本の男に期待して婚活パーティになど来たことが、そもそも間違いだったのだ。
(こんなことなら、離婚なんてしなければ……)
元夫のことを思い出しかけて、首を振った。
そんなわけがない。
自分に離婚届を突き付けたあの男が、実は一生に二度とない優良物件だったなんて。
自分の価値とは、若くて美人で稼ぐ夫がいるというだけで、加齢と離婚でそれを失えば無価値だなんて。
そんな無価値な自分の人生は、これから転落していくだけだなんて。
(そんなわけ、ない……っ)
悪い想像を振り払うように、彼女は婚活会場を後にする。
――同じ建物、別の会場で、元夫がとある奴隷と出会っていることなど、知る由もなく。
ご一読いただきありがとうございます。
ちょいと「ざまぁ」に挑戦すべく、元妻でした。
いざ書くとなると、匙加減が難しいですね。
現実的に人間の転落を描くと、重い話が長引くし、
かといって手短にしすぎると知能デバフ感が強くなるし。
意外と職人芸なのでは? ざまぁ。