※この作品はR-18です。

誘惑禁止条例 ※性犯罪被害は条例違反にあたらない   作:大中小太郎

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幕間 とある人間女性の婚活4(非エロ)

 

 

 

彼女の旧姓は、西条という。

西条藤次の、元妻だ。

 

 

彼女は考えた。

 

――自分が結婚するためには、なにをすればいいだろう。

 

正攻法の婚活パーティは望み薄だった。マッチングアプリも芳しくない。

どちらも、男が人間女性に見向きもせず、妖女を選ぶだけの場所だった。

 

男性と妖女たちによる一夫多妻家庭に加わるという線も考えた。

 

しかし、そちらもあまり成功が見込めない。

その手の婚姻は人間同士の縁によって結ばれることが多く、知人でも友人でもない女性を新たな妻にという募集は、ネット上ではあまり見かけない。

 

職場や友人など、自分の持つ縁の中に、再婚の助けとなるものはなかった。

 

であれば、どうするか――

 

かくなる上は、現実を見る他にないのだろう。

 

これまで目を逸らしてきたことを直視し、プライドが邪魔をして避けてきた選択をするべきときがやってきたのだ。

 

そう、つまり――

 

「決めた、整形しよう!」

 

もっと美人になることだった。

 

 

 

 

妖魔界の魔法が技術として輸入されたことで、整形もまた進化している。

妖魔界だと、外科的に顔を変える技術はあまり発達していない。

しかし怪我を治す魔法などは発達しており、包帯を巻く期間を大幅短縮することはできる。

 

思えば自分も老けてしまった。

いままで目を背けてきたが、そろそろ鏡に正直になるべきだ。

肌の張りと艶は衰え、皺とクマが目立ち、髪も質は愚か量まで不安になってきた。

それでも、元の骨格は美人だからと化粧で覆い、婚活も有利に進められると思ってきた。

 

それが間違いだったのだ。

人間女性ってなんでお化粧にあんな時間かかるんですか? と素で首を傾げる妖女たちに並ぶためには、より気合いを入れた『お洒落』をしなければならない。

 

顔面偏差値が同じ水準になれば――自分だってまだ行ける!

 

元は既婚者だったのだから、未婚の小娘たちよりも、ずっと男の心を捉える雰囲気や話術が養われているはずだ!

 

そうと決まればと、数日かけて選出した美容外科に足を運ぶのだった。

 

「これが、私……っ!?」

 

効果は劇的だった。

流石に親が見間違えるほど手は加えていない。

目鼻を微調整して、肌をアップデートするくらいのもの。

手を加えて治癒魔法を掛けるだけの日帰り手術で、ここまで見違えるとは……

 

元がいいので楽でした――なんて担当医に言われるだけのことはある!

 

元夫が見たら、離婚したことを後悔するに違いない!

 

(でも、まだ終わりじゃない)

 

次は服や化粧品だ。

女の人生が掛かった勝負なのだ、もう金に糸目を付けている場合じゃない。

離婚後の詐欺被害や諸経費によって貯金も乏しくなってきたが、いい男を捕まえられればそれも好転する。

損して得を取る、これはいたってクレバーな、自分自身への投資である!

 

(顔も若返ったんだし、服も少し若者っぽくした方がいいかな?)

 

これから自分は婚活戦場で妖女というチートたちと競う。

三十代でも十代半ばに、四十代でも二十代に見えるような妖女と張り合うのだ。年相応の格好をしていてはオバサンっぽく見えてしまう。

 

これまで婚活の首尾が悪かったのも、そこを見落としていたからだ。

いまは夫が居ないからと、財布の紐を固くしていたのが全ての敗因だ。

整形をして、コーデも見直せば、あの妖女どもと対等の勝負ができるはずなのだ。

 

(次は靴を……)

 

買い物袋を腕に提げながら、休日の繁華街を歩く。

地元では品揃えが悪いので、少し遠出して都心に出てきた。

なにせ最近のアパレル業は妖女向けばかりなので、人間女性を優先した店舗を探すには、多くの店が集まるところに来なくてはならない。

男性と妖女によるカップルや家族を四方八方に見かけるのは不愉快だが、いまに見ていろ、見下したような態度をとっていられるのもいまのうちだ!

 

「……ん?」

 

ふと、足を止めて振り返る。

 

――見覚えのある男性だった。

 

道路を挟んで向こう側の歩道だ。

距離はあるが、人違いではない。

嫌になるほど一緒に暮らしていた男の顔だ、見間違えようがなかった。

 

「…………」

 

目を剥き、息を呑む。

 

その男は、女性と一緒に、繁華街を歩いていた。

 

女性は妖女、それも複数。

遠目に見ても見目麗しく、瑞々しい色香を感じる、妖女たちだ。

 

つまり……『あの男』の妻ではない。

彼の妻は、人間女性だったはずだから。

 

(嘘……でしょ……っ)

 

愕然とした。

その男が、複数の妖女と仲睦まじく歩いている光景に、血の気が引く。

若年カップルのように手を繋ぎ、楽しそうに笑い合うその姿、お友達では済まされない。

 

他人のそら似であることを願って再確認しても、結果は同じ。

彼は、間違いなく――

 

 

――妖女と浮気をしている、父だった。

 

 

 

 

「すまなかった」

 

家に帰った後、緊急で開かれた家族会議で、父は頭を下げた。

自分は対面席におり、隣には母が無言で座っている。

 

――あの後は、なかなかの修羅場だった。

 

町で父を目撃した後は、ちょっとした探偵の如く尾行した。

父と並ぶ妖女がただならぬ仲であることを確信するのに、さほど時間はいらなかった。

 

その途中で父が娘の尾行に気付き、気付かれた以上は追及し、唖然とする妖女を帰らせた父が、激昂する娘の追及を受け、「家で話そう」となった運びである。

 

「お母さん、知ってたの?」

「ええ、あんたが離婚するちょっと前にね」

 

母は憮然とした顔で言う。

父の浮気を伝えても、さほど驚いていなかったのは、そういうわけか。

 

「実はもう、離婚の手続きも済んでいるんだ」

 

父から説明されたのは、娘の自分が知らないうちに進んでいた、両親の離婚調停だった。

 

原因は父の浮気、相手は職場の縁で知り合った妖女、しかも複数だという。

夫にそんな甲斐性があるとは思ってなかった母は、最初こそ随分と驚き、激しく糾弾したらしい。それについて、父は平謝りだったそうだ。

しかし父も、「相手との関係を絶て」という母の要求には頷かなかった。

 

「相手の女性には……もう子供がいる」

 

人生で父親から聞くとは思わなかった台詞に、眩暈がした。

てっきりパパ活の類かと思ったら、かなり『真剣な交際』だったようだ。

 

いい歳して――と思ったが、妖女が溢れるこの現代、珍しい出来事ではない。

妖女が既婚男性に手を付けて、男性が妖女に乗り換えるという――逆NTR不倫だ。

 

「こうなった以上、子供のために頑張らなきゃいけない。

 お前も独り立ちしていたし、財産を分けて家も譲って、出て行くつもりだったんだが」

 

相手の子供が幾つか知らないが、父親の存在は必要だろう。

対して本妻との子である自分はもう大人、いまの妻と離婚して浮気相手とその子供の元へ行くという父の選択は、理解が及ばないでもない。

ただ、娘の自分がなぜ、いまのいままで知らされていなかったのかと言えば――

 

「伝えようとした矢先に、お前の方から『離婚する』と言われてな」

 

親子だからといって、こんなところまで似る必要はなかっただろうに。

両親の離婚が進んでいたのと同じタイミングで、自分も元夫と離婚していた。

そしてタッチの差で、自分の方が先に報告した。

 

「そんなときに親が離婚というのもあれだから、お前の身が落ち着くまで黙ってたんだ」

 

もし自分が離婚していなければ、事の次第が伝えて、父は家を出ていたことだろう。

しかし娘は離婚した。

そんな状態で家を出るのは道義に反する。

せめて娘が立ち直るまではと、母や浮気相手と話し合い、家に残った。

自分が実家に帰ってからの両親は、ずっと仮面夫婦だったのだ。

 

だが、娘である自分は、なかなか自立しない。

仕事はパート、再婚活動は思わしくなく、離婚の件を切り出せない。

そうこうしているうちに、不運にも今日の『目撃』となった運びである。

 

「どうする、の……?」

 

何にせよこうして発覚した以上、今後どうするのかと問うと、父はあまり動揺した様子もなく答える。

 

「手続きは済んでる。家も母さんに譲る。慰謝料も母さんの口座に一括で支払い済みだ。お前については……養育費、という歳じゃないが、しばらくはお金を振り込む」

 

金銭的なことを聞いて安心している自分がいた。

そんな自分を嫌う思いが、心の片隅に過ぎった。

――過ぎるだけだった。

 

そこから先は、父に対する罵声の連続だった。

感情が爆発するままに、あらん限りの罵倒を父に叩き付けた。

元夫と離婚したとき、ストレスがピークに達したときもこうだったな……と思い出す。

 

なんならその元夫に対する憎悪や、男性というものに対する不満の数々も、無関係である父にぶつけた。

 

父は最後までそれを聞いていたが――「そもそもなぜ浮気なんて」という問いには、逆にこちらが気圧されるくらい、冷え切った声と表情で答えてくれた。

 

「うんざりなんだ……何年も何十年も働き続けてるのに、稼ぎは全て妻の懐で小遣い制。趣味にもろくに使えず、家に帰れば家事をさせられATM扱い。男としても、親としても蔑ろにされる。それでもようやく送り出したと思った娘は、すぐに離婚して帰ってきて、ろくに自立しない」

 

冷や汗が出た。

父の中の積年の不満が、静かに噴火して溶岩を垂れ流すようだった。

 

「知ってるか? お前が生まれる前だけどな……母さんは浮気したことがあるんだ」

「っ!?」

 

唖然として母に目を向けると、母は気まずそうに目を逸らしていた。

浮気されたにしては父を責めていないと思ったら、そういう負い目があったのか。

 

「泣いて謝るから、無かったことにしたが……

 正直、お前が離婚すると聞いて、藤次くんに事の次第を聞いたとき思ったよ……」

 

自分の離婚の際、元夫は父と話していたらしい。

元夫の性格からして、ありのまま全てを語ったことだろう。

それを聞いた父は、こう思ったという……

 

「俺もそうしておけばよかったかな――って」

 

父を見て、ここまで背筋が凍ったのは、生まれて初めてだった。

 

「こうして離婚の話をして、お前の反応を見ていて、確信した。

 家やお金を差し出すと言った途端、露骨に安心していたな? あとは罵倒だけ。

 お前にとって、もう会えなくなる父さんは……()()()()だったんだな……」

 

何も言い返せなかった。

言葉に込められた感情の重みが違った。

人生の後悔と、母や娘への失望が、凝縮されているかのようだった。

 

息を呑むと同時に、確信する。

てっきり父は、若くて美人で好色な妖女に迫られたから、間違いを犯したのだと思った。

だが違う。父はきっと、それだけを理由に浮気をしたのではない。

 

浮気をした方も辛いんだという顰蹙(ひんしゅく)ものの常套句が、男にも許されるとしよう。

だとすれば自分と母は、父に愛想を尽かされるほどのことを、長い年月を掛けて積み立ててきたのだろうか。

妻子よりも、浮気相手とその子供の方が、生きる理由になるほどに。

 

はっきり言えるのは――

 

「明日にでも、父さんは家を出て行くよ。

 後は母さんと二人で……頑張ってな」

 

もはや離婚の撤回は、不可能であろうということだった。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

部屋に戻り、深い溜息を吐く。

まさか自分が離婚した矢先に、両親の熟年離婚とは……

 

(まあ、父さんはもちろん、浮気相手の妖女からも慰謝料があるみたいだし……)

 

家も勝ち取り、財産分与もある。

浮気性の父親を追い出して金まで得たと考えれば、損な話でもない――

 

「っ!」

 

いや、違う。

よく考えれば、大黒柱である父を失ったのだ。

財産分与といっても、元からあった家の財産が半分になったということ。

慰謝料なんて一時の儲けにしかならない。今後は自分と母だけで生活することになる。

 

専業主婦だけの人生で歳を食った母に、大した仕事はできないだろう。

自分もまたパート勤務だ。稼げる金額は母と大差ない。

 

ざっと計算するだけでも、豊かとは言えない生活が訪れる。

 

(嫌っ、そんなの絶対に嫌っ!)

 

父がいた状態でさえ、離婚後に戻ってきたこの家での暮らしを質素に感じていたのだ。

それが更に乏しくなったらどうなる?

最新の服も買えない、課金もできない、豪邸にも高級マンションにも住めない。

それらの生活を取り戻すための婚活にも、金と時間を掛けられない。

今後は、老いていく母と薄給労働をしながら、自分も老けていくだけ――

 

「っっっ」

 

身の毛がよだつ。

慰謝料という甘美な言葉で安心していた自分が愚かだった。

人生が、また一手、詰みに近付いている――離婚してから静かに感じてきたその足音が、急に明瞭になって心を打つ。

 

(どうしよう……そうだ、ネットで……なにか、いい情報……)

 

縋りつくようにSNSを開く。

街で父の浮気を発見してから、日が沈んで夜になるまでの長い時間、触れていなかった。

 

とにかくこの出来事を広く伝えて、感情を吐き出したい。

文面は、そうだ――父親が妖女と不倫して熟年離婚することになった。自分が悪いくせに態度は終始横柄で、しまいには殴られそうになった――そんなところだろう。

浮気相手の妖女についても盛っておこう。母のことをババアと嘲ったとか、毅然と文句を言った自分に水をぶっかけたとか……きっと大反響だ!

 

もっと他に使うべきことのある頭をフル回転させながら、SNSを開く。

 

「え? ……なに、この通知の数」

 

ホームページを見ると、見慣れない量の通知が蓄積されていた。

何かの投稿が跳ねたのだろうか? 胸に期待感が広がる。

そうだ、自分にはこれだけ多くの賛同者がいるんだ。

浮気性のクソオヤジに報いを受けさせる方法くらい、集合知で得られる。

これだけフォロワーがいるなら、そろそろ情報商材に手を付けてもいいかもしれない。

 

(そうだ。私にはこれがある!)

 

父親が大黒柱? 古い古い。

女でも、大手企業の社員でなくても、こういうセンスある方法で稼ぐことができるのだ。

 

元夫も、父も、こんな才女を手放したことを遠からず後悔することだろう!

 

(DM? 何かの案件とか……っ)

 

ほら早速、自分の知名度を買った誰かが、話を持ちかけてきた。

長年に渡り育ててきたアカウントが、ついに花開く時が来たのだ――

 

『このメールはロイヤーAIにより作成されています。

 あなたのアカウントから、当AIの保護するアカウントに対して、違法性のある行為が確認されました。この通知は法的な証拠として記録されます。

 詳細については――』

 

見慣れない内容に、しばらく理解が追いつかなかった。

 

(ああ、詐欺ね。無視無視)

 

脅すような文言で動揺を誘って、金でもだまし取ろうというのだろう。

ロイヤーだかワイヤーだか知らないが、AIに作成されているという時点でろくなものではあるまい。人気者になるとこういうものが増えるから困る。

 

気を取り直して、別の通知を確認する。

目についたのは、自分の投稿が引用されたことの通知だった。

 

『反妖アカさん。“性病デマ”“情事盗撮”“偽計業務妨害”のハットトリック』

 

何者かが、自分の投稿をそのように紹介していた。

 

「…………は?」

 

ハットトリック? デマ? 盗撮? 業務妨害?

意味が分からず詳細を確認すると、取り上げられているのは以下の三つ。

 

『田舎って腐ってる!

 ちょっと買い物で地元スーパーに行っただけで、子連れがマウントとってくる。

 どう見ても十代で妊娠させられた妖女もいれば、モテなかった人女も子供産まされてるし、夜ごと女性がレイプされる声が町中に響いてるのに誰も助けない! 妖女におだてられたザコオスが調子に乗って治安を悪化させて病気ばら撒いてる危険地帯!』

 

『勤務先でもパートの女性が上司の男に呼ばれて「残業」させられてる。

 とうとう私にもさせようとしてきたから無言でスマホ出して見せたけど、舌打ちしながら手を振って「帰れ」だってさ。大手スーパーの総菜店ですらこうなんだから、商品にも何が付着してるか分かったもんじゃない』

 

確かに、自分の投稿だ。

文章が二つ、最後の一つは動画投稿であり、近所のマンションを撮影したもの。

喘ぎ声がうるさくて、いつか警察に提出するかもと撮影した動画だ。

もちろん情交する男女を映したりはしておらず、夜にマンションの外観を撮影して、漏れ聞こえてくる喘ぎ声を拾っているだけのものだが……

 

「……っ、ヤバ」

 

血の気が引いた。

投稿の内容を再確認すると、流石に拙いということに、いまさら気付く。

 

というか、自分はいつの間にこんな過激な投稿をしたのだろう?

ああ、あのときだ。元同級生とスーパーで遭遇して、幸せそうな子連れ姿を見せつけられた後、激情を抑えきれず衝動的に書き殴ったものだ。

フォロワーからの高評価が結構集まったので、削除することもしなかった。

 

それがいま――取沙汰(とりざた)されている。

 

自分と同じ思想を持つ著名アカウントなら歓迎だが、引用時のコメントからして逆だ。

 

妖女や妖魔界に攻撃的な界隈を『反妖』と呼ぶ。

その『反妖』に対して否定的な、妖女や人間男性を中心とする勢力だ。

 

つまるところ――厄介な連中に目を付けられたのだ。

 

『人が映っていなくても喘ぎ声を捉えて部屋の位置を特定可能なら、個人を特定しうるに充分なので、これは盗撮』

『他投稿を見ると性病デマひどいな。なんだよ「顔にぶつぶつができた児童」って』

『早くも過去投稿に訂正がぶらさがってるな』

 

引用投稿の返信欄には、大量のコメントが並んでいた。

その内容は上記の通り、自分の公道の違法性や不徳を指摘するものだ。

 

慌てて確認すると、自分のホームページはもっとひどい。

 

 

『地元に戻ったら、元同級生の男が病院に隔離されてるって聞いて驚いた。

|妖女と結婚したとは聞いてたけど、なんか性病をうつされたみたい。

|旦那を媒介にサブ妻たちも全員感染したんじゃないかな?

|家には誰も寄りつかないし、子供とか絶対イジメられるよ。

|無責任交尾の危うさがよく分かる』

『世界保健機構の発表している、妖女から人間に感染しうる妖魔界の性病に、罹患者の隔離を必要とするものはありません。

 また妖女は性病に高い免疫力を持っており、人間界の性病に対しても強い抵抗力が認められているので、エイズなど人間界の性病の媒介となった可能性も低く見積もれます。

 こうした認識の不足により健常者を性病患者として扱うことは、深刻な人権侵害として厳しく糾弾される向きがあるため注意が必要です』

 

 

有志の知識人による、デマ防止目的の訂正記事が、自分の投稿に付記されている。

つまり、『この人は大嘘つきです』という焼き印だった。

 

「ちょっと、なんでよっ」

 

動揺と動悸に襲われながら、他も確認していく。

 

『いまだに性病デマで妖女や既婚者を攻撃する人が居て驚きました。

 ご職業によっては退職を迫られますよ?』

『婚活競走で妖女に追い抜かれてイライラしちゃったのかな?』

『離婚を報告してから反妖女思想が急速に尖ってきてるの、色々と察する』

 

好き勝手な言葉が並んでいる。

自分のアカウントが下品な落書き帳にされている気分だった。

コメントしている奴に一人ずつ物申してやりたいが、それは後回しだ。

 

『木城クレアの宣戦布告から逃げ損ねたな。

 ロイヤーAI使うって宣言されてから、騒いでた奴らの大半が削除逃亡したけど、変な意地張ったり甘く見たりした奴らが、いまこうやって狩られてる』

 

木城クレア?

最近、奴隷売買に加担していた説教おばさんのことだろうか。

それにロイヤーAI、つい先ほど目にした単語だ。

 

慌てて調べる。

 

ロイヤーとは弁護士、または法律家。

膨大で煩雑な法の知識を詰め込み、法に保証された権利の行使を助けるものだそうだ。

魔力式AIの一種であり、多くはSNS上でのトラブルを防ぐために使われる。

 

持ち主のアカウントに対する声を精査して違法性のあるものを記録したり、その発信者に警告文を自動で送ったり、いざ裁判となればプロの弁護士にその記録を提出したりして、内容を提供会社が保証するそうだ。

 

先ほど届いていた『このメールはロイヤーAIにより作成されています』とは、自分が木城クレアの奴隷炎上に関してしたコメントへの警告だった。

 

(それならそうと分かるように書いておきなさいよ!)

 

木城クレアは奴隷炎上の規模が大きくなってきたのを見て、『ロイヤーAIを用いて対処する』と発表した。

一昔前で言うところの『法的措置を検討する』みたいなものだが、実行力が違う。

 

魔力式AIの普及により、煩雑だった法の手続きも簡易化されているという。

結果、裁判沙汰も旧時代と比べて金と時間が掛からなくなっている。

最近はオンライン上での揉め事程度なら、同じオンライン上での簡易裁判でケリが付けられるよう法改正もされているそうだ。

 

この程度のことで訴えられるわけない、相手にとって時間と金が割に合わない

そう高をくくっていたらガチの文書が届いて青ざめた、なんて事例が多発している。

言い方を変えれば――以前よりも悪行が見過ごされなくなったのだ。

 

(警告文が届いた時点でコメントは記録されてるから削除しても意味がない?

 そこから正式に訴えられるかどうかは相手次第? ちょっと、嘘でしょ……)

 

調べた結果、自分は不利な状態にあると分かった。

自分の生殺与奪が、他の誰かに握られている気分だ。

 

(そんな、こんなので? このくらい、他の人だって言ってるでしょ!?)

 

確かに自分は、木城クレアの炎上に乗じた。

でも、別に大したことは言っていない。

奴隷を購入した時点で戦争犯罪者だとか、離婚した夫も精神DVを受けていたんだろうとか、娘さんが虐待されてないか心配だとか――普通のことしか言ってない!

 

(ロイヤーAIを使うって宣言されてすぐ削除してれば……ああもう、今日は忙しかったから! うちの毒親が離婚なんてしなければ!)

 

整形手術に時間を取られていたせいでもあるが、どうやら自分は逃げ遅れたらしい。

多くの批判者が削除逃亡する中、SNSを放置していた自分はそうしなかった。

結果的に、自分以外の批判者は論争の場から消え失せ、残った自分が悪目立ちしている。

そんな自分に、奴隷炎上を聞きつけた木城クレアの支持者が目を付けたのだ。

 

『どんな奴かと思って過去投稿を精査してみたら――

 1:若い頃から田舎コンプと美人マウントあり

 2:結婚後は自称ミドルセレブ、しかし不倫と浪費で離婚される

 3:再婚のため婚活するも惨敗、妖女・既婚へのヘイトが目立ち始める

 4:木城クレアの騒動に便乗、暴言を連発して炎上する ← いまここ』

 

どこぞの暇人が、自分のアカウントを分析し始めていた。

最近はプロファイリングAIなるものまであり、誰かのアカウントをAIに精査させて、主義思想や発言傾向を解析させると聞く。

 

(どうすれば……)

 

ここまで派手に炎上した経験はない。

過去にも頼んでない説教を垂れてくる者はいたが、今回は人数と規模が違う。

まるで数百人の前に立たされ、指さして糾弾を受けている気分だ。

 

『あまりに典型的な底辺婚活おばさんで釣りアカを疑ったけど、

 20年前の学生時代からあるアカウントだからガチなんだな。

 その歳でこのメンタルじゃ、誰も結婚したがらんわな』

「っ!!」

 

ぷつん――と、何かが切れた。

クレバーな立ち回りを模索していた思考が、怒りに塗りつぶされる。

 

気がつけば、指がコメントを入力していた。

 

『ちょっと目を離した隙にキモいのが大量発生してて笑えるんですけどw

 私、なんか負け組さんのコンプレックス刺激しちゃいましたか?』

 

後になって振り返れば、これが試合開始のゴングだった。

この段階では、彼ら彼女らにもまだ慈悲があったのだ。

問題発言を撤回するなり削除するなりして息を殺せば、膨大なネットの森に埋もれる木の一本として忘れ去られ、またいつも通りのSNSライフが戻ってきただろう。

 

――得てして炎上とは、ボヤで済むものに自ら油を撒くことで起きるものである。

 

 

 

 

『誰が何と言おうと奴隷売買は悪で、購入者も同罪。

 法的に問題ないとか言い訳して買う奴がいるから、

 妖魔界の少女も奴隷として売られる。これは絶対に変わらない事実』

 

最初は奴隷問題から入ることにした。

奴隷は広く悪と認知されている、これを武器にしようという安易な発想は――

 

『じゃあ、他ならぬ奴隷だった私が教えてあげるよ。

 奴隷になった原因はシンプルに戦争だし、奴隷は出稼ぎに昇格できて喜んでるよ。

 出稼ぎとして雇われなかったら奴隷に逆戻りなのに、

 あんたらは「雇うのは悪だ!」って騒ぎ立てる。

 それこそ、出稼ぎを奴隷に降格させる運動で、悪の助けにしかなってないよね?』

 

自称するところ元奴隷の妖女が登場したことで、出鼻をくじかれた。

嘘に決まってる! と、確信した。

出稼ぎ労働者がこんな頭の良さそうなことを言うはずがないからだ!

 

『奴隷がスマホでSNSやってるわけないでしょw

 バレバレの嘘ついて恥ずかしいねぇぇぇ』

『はいこれ、故郷でもらった奴隷解放証書。

 妖魔界語だけど、画像からでも翻訳できるよね。

 あと、言葉の節々に奴隷を見下してることが見て取れるから気を付けなよ』

 

妖魔界の文字で記された書類を突き付けられて、冷や汗が噴き出した。

翻訳しなくても分かる。こうして公表するのだから、相応の内容なのだろう。

名前など素性を特定しうる部分は見切れるように撮っているのもリアルだ。

 

【――ブロックしました――】

 

他の選択が思いつかなかった。

負けたわけじゃない。ただ、そう、こいつは扱いが面倒そうだからだ!

最低限、人として話が通じる相手でないと、会話が成立しなくて困る!

 

『元奴隷の出稼ぎを雇うなという運動は奴隷を増やす。

 この矛盾を指摘すると決まって発狂するか話題をズラすの、なんなんだろうね』

『奴隷を助けたいのではなく、自分たちの底辺職を出稼ぎに奪われたくないから。

 そういう奴らを扇動して付け火商売したい輩が、いま続々と炙り出されてる。

 もちろん、煽られてる兵隊たちの生活はなにもマシにならない』

 

何か発信すると、それを引用して外野が盛り上がる。

不愉快だが……奴隷問題に絡めた発言はもう止めておこう。

 

『今日、手術を終えて、やっと家に帰ってきたところなのに。

 もう病みそう。なんなのこの国』

『病弱キャラ作ろうとしてるとこ悪いけど、

 昨日「明日ついに整形してきます☆」って投稿してるの忘れてない?』

 

顔が耳まで赤くなった。

 

『整形とは別の手術です。休日に一気に片付けたかったんです』

『「メスを入れるなんて初めてで緊張する」って台詞はどこ行ったの?』

『整形の後に本命の手術をしただけですが何か?』

『治癒魔術療法を行う手術をした場合、同日に外科手術を行うことは通常ありません。

 術後も作用し続けている治癒魔術が、施術の妨げになるためです』

 

【――ブロックしました――】

 

なんなんだ……なんなんだこいつらは!

人がちょっとしたミスをしただけで、頼んでもいない知識、聞いてもいない法律、求めていない説教! ハラスメントだ!

 

『情事盗撮の動画、撮影場所はここだな。公開3D地図と一致する』

『ド田舎じゃん。職場の「総菜店の入ってる大手スーパー」なんて一店舗しかないぞ』

『この町、発信者が学生だった頃は小中高が一校ずつしかないので母校も自動特定だな』

 

こういうとき、ネットの住人たちは何かの兵法のような動きを見せる。

自分がレスバトルしている間に、外野では特定が進んでいた。

前線が敵を引きつけている間に別働隊が動くかのようだ。

 

『性病デマとかありますけど、嘘なんか吐いてませんから。

 病名までは分かりませんが、たぶんHNTIだと思います』

『やべぇ、こいつ逸材だwww』

『HNTIってネットミームですよ?』

『その名前が出たら何か面白い症状を考案するっていう大喜利の一種だよ。

 反妖界隈だと「ナニが腐る」とか「顔面崩壊する」とか、カップルざまぁ妄想にばかり使われてるみたいだけど、もしかしてそれしか見聞きしてなかった?』

 

手元のマウスを壁に投げつけても、状況は好転しなかった。

 

『なんだか特定した気になってる人がいますけど、私その町にすら住んでないです。

 住んでる人にご迷惑が掛かっても、あなたの責任ですからね。

 一応、夫の会社の弁護士に相談しておきます』

『夫いねぇじゃん』

『離婚して婚活してんじゃねぇのかよ』

『別れた妻の揉め事を会社の顧問弁護士に対処させるとか査問だろ』

『自撮りの背景が公開地図と一致するんですが……』

 

浅知恵は次々と看破された。

そういう奴を百人は斬ってきたとでも言うように、彼らは扱いを心得ていた。

ある者が煽って失言を引き出したかと思えば、別の誰かが味方を装って激励の言葉を贈り撤退させず、過去の発言を掘り返して、フォロー関係を洗う。

 

『同じ婚活サイトに登録してるけど、この人じゃない?』

『婚活サイトのプロフからSNSも見られるのか』

『登録時にSNSと提携するんだよ。最近は相手の内面を知るためSNSも閲覧できる』

『この夫叩きアカをプロフに公開してたのかよ……』

『公開というか、規約を読み飛ばして、閲覧可能だってこと気付いてなかったんじゃ?』

『なんでマッチングしないんだろぅ――って思ってたんだろうなぁ』

『そうと知らず「地雷ばっかり!」ってサイト叩いてるの、もう哀れで笑えない』

 

自分の半生が、性格が、思想が、自覚の及ばない癖までもが、丸裸だ。

学生時代から現在に至るまでの全ての発言が――

自分の不徳が、無知が、愚行が、深層心理までもが、片っ端から暴かれていく。

裸に剥かれて弄ばれるような屈辱の時間は、真夜中まで続いた。

 

 

 

 

数日後――

 

「…………」

 

皮肉にも、フォロワーは急上昇していた。

反面、相互フォロワーは急減しているが。

 

(なんで……こんなことに……)

 

よせばいいのにネットでエゴサーチを繰り返す。

仕事が早いもので、一連の出来事をまとめたゴシップ動画まで投稿されている始末だ。

 

(父さんに、相談……ああ、もう居ないんだっけ……)

 

母と離婚した父は、娘の炎上など知りもせず、家を出て行った。

いまごろは浮気相手の妖女たちに迎えられ、共同で借りたファミリー向けマンションで、愛欲に爛れたセカンドライフを送っているのだろう。

それを思うと不幸な事故を願うばかりだが、その余裕さえなかった。

 

(パート……クビかぁ……)

 

案の定というか、職場には正義感に溢れるネット民により苦情が寄せられていた。

貴社の社員が上司による女性社員への関係強要を告発しているが事実なのか――

総菜店の商品に異物が付着している可能性に言及しているが衛生管理は――と。

 

「他の人たちは心当たりが無いというんだが、君は?」

 

とんでもない疑惑を掛けられた上司は、怒り心頭で聞き取り調査をした。

体調不良を理由に休んでいた自分は、電話で問い質されたときはシラを切ろうとしたが、家がほぼ特定されていたことが決め手となり、謝り倒す羽目になってしまった。

会社の方で対応を検討した結果として退職を強く勧められ、頷く他になかった。

 

しかし地域住民が頼りなスーパーの醜聞は町を巡り、自分が退職したらしたで「告発者を辞めさせたのではないか」と問われているらしい。

 

「うちも潔白を証明したい。『刑事告訴も視野に入れる』と発表させてもらうからね」

 

刑事と言えば、盗撮に関しては本当に通報されたらしく、警察が家に来た。

寝耳に水だった母の狼狽は凄まじく、パトカーが停車したことで近所の注目も集まって、咄嗟に「成りすましだ」と言い訳してしまった。

だが、撮影されたマンションの住人から、撮影している姿を見たと証言があった。

 

「あんた、声が聞こえるたびに窓を開けて聞き耳立ててるでしょ!?

 気味悪いけど見逃してやってたのにっ、自分から耳をそばだてて何が騒音被害よ!!」

 

マンションから家に凸してきた妖女数人に、玄関先でそう糾弾されたときは、顔から火が出るような思いだった。

なお、その様子を近所の誰かが撮影――「いま話題の婚活反妖女、盗撮したマンションの住人に吊し上げられる」と題して投稿し、炎上の第二波を招いている。

 

「なんなのあれ!? 私なにか気に障ることした!?」

 

抗議は――友人からも来た。

友人というか、先日スーパーで偶然会った元同級生だ。

幸福な姿に妬心を掻き立てられ、一夫多妻に興味を抱くきっかけとなった彼女である。

 

炎上の火種となった投稿には、友人や元同級生という単語があった。

もちろんその場で思いついた作り話であり、特定の誰かを名指しする意図はないと説明はしたのだが――

 

「子供にまで被害が及ぶような大嘘ついて! そんなにバズりたければ裸踊りでもしてなさいよ! 二度とこっちに関わらないで! は? 他の同級生には言わないで? 自分で何とかしなさい!」

 

烈火の如く言い捨てられ、着信拒否の憂き目にあった。

連絡網さながら同級生に共有されているとすれば、同窓会に出る資格は無さそうだ。

 

「困るんですよねぇ、性感染症に関するデマは。

 いまの世の中、防疫にはとても厳しいんです。

 聞こえますか? いま役所は電話が鳴り止まないんです。

 役場の業務に支障をきたしているんですよ!? 町中の利用者が迷惑してるんです!」

 

役場の職員もご立腹だった。

名前も覚えられてしまっただろう。今後、丁寧な対応は期待できるのだろうか……

 

「先生のこと覚えてるか? そうか、よかった。なんで先生が来たか分かるか?」

 

特定された母校も同じ状況だったらしく、かつての恩師が家を訪ねてきたりもした。

話を聞いた元同級生の誰かから、タレコミがあったらしい。

平謝りを小中高と三回も繰り返す頃には、自分がなにをしているのかもよく分からなくなっていた。

 

「言いにくいんだけどね……社の規約で、SNSに虚偽の内容を載せがちな人は雇えないんだ。うん、君が反省してるのは分かったよ。でも規約だから……」

 

新しいパート先を探して面接を受けに行ったら、気まずそうにそう言われた。

田舎の世間は狭い。SNSのアカウントを明かしてもいないのに、身バレしていた。

 

「なんであんなことしたの!? あんたは学生の頃からいつもそう!!」

 

娘の不祥事で謝り続けていた母に泣いて説教されたのも、なかなか響いた。

夫と離婚して、専業主婦を廃業した矢先に、娘と同じく町に歓迎されなくなってしまい、勤め先を見つけるのも難航している。

いまこの家に居るのは、田舎で『札付き』になってしまった母と娘が二人だけ。

離婚時に得た財産と慰謝料を溶かしながら、ほとぼりが冷めるのをただ待っている。

 

(貯金、いつまで持つかな……)

 

生活するだけなら当分は問題ない。

でも、専業主婦しかしてこなかった母と自分に、今後どの程度の仕事ができるだろう。

 

なにより、いまこの町には、自分を偽計業務妨害で訴えられる人間がごまんといる。

偽計って罰金を払うんだろうか? 払うとしたら幾らなんだろうか? それは何件分か。

 

気が重い。胸焼けめいた不快感がせり上がる。

 

こういうとき、いつもならSNSに逃げ込んでいた。

しかし、いまは――

 

(投稿……するようなこと、思いつかない……)

 

あれからSNSには投稿していない。

なにを投稿しても再燃を招くだけだ。

 

夫叩き、妖女叩き、虚言――思えば自分がしてきた投稿はそういうものばかりだった。

 

それ以外の引き出しが……無い。

炎上する可能性が無くて、かつ人の興味を惹けるものが……思いつかない。

 

聞いた人の心が温まるようなエピソード――無い。

時事やニュースを叩く以外で語れる知識――無い。

人の心を掴むような絵や工芸を作る技術――無い。

 

何かを非難したり、誰かを攻撃したりする以外の方法が――びっくりするほど、無い。

 

(ああ、そっか……私って、何も無いんだ……)

 

自分はこんなにも、薄っぺらい人間だったのか。

 

先日の炎上でも、散々に精神解剖されていた。

若い頃は美人だけが取り柄、結婚後は夫だけが取り柄、離婚して若くなくなればどっちも失い、それを持っている人間に憎悪を向けて、いまに至る。

自分で振り返ってみても、自分の人生は、そう要約できるものだった。

 

元夫は、よくもまあ、こんな女と結婚していたものだ……

 

「…………」

 

そこでふと、彼を思い出す。

この世界で唯一、こんな自分と添い遂げたいと言ってくれた男。

何もかも上手く行かなくなったのは、彼と離婚してからだった。

 

なら――失ったものを取り戻す方法も、ひとつしかないのでは。

 

(フォロー……外されてない……)

 

先の炎上で数多くの相互フォロワーを失ったが、彼の名前はまだあった。

職業柄チェックする必要があるからと作られた視聴用アカウントだが、一応は妻のアカをフォローしていた。

一緒だったころは、アカウントを通じて言いにくい不満や要求をすることもあったから。

 

(まだ……見てくれてる?)

 

目に光が戻ってくるのを感じる。

離婚後、こちらはフォロー解除したが、あちらからはしていない。

普通なら、離婚した妻のアカウントなんてフォローしないものではないか?

なのにフォローしているのはなぜか……

 

「…………」

 

脳裏に仮説が浮かぶ。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

様子を注視して、機会を窺っているのではないだろうか。

そうすることで、言外にサインを出しているのではないだろうか。

 

――戻ってきてほしい、と。

 

(そうだ……きっとそうだ!)

 

ベッドから跳ね起きる。

男はいつまで経っても別れた女を忘れられないという。

海外ドラマなどでも、離婚した妻に執着する弱い男は、たくさん出てくる。

 

彼もそうなのではないか?

 

思えばそういう情けないところがあった。

元妻が言うんだから間違いない!

 

諸々のことで追い詰められていた精神が、そう結論付けた。

 

「はぁ……しょうがないなぁ」

 

満更でもなさそうな笑みで、そう呟く。

まるで手の掛かる年下の彼氏でも扱うかのように。

 

身支度をしながら、考える。

なにを? 決まっている。

 

自分がいないと駄目な男が、素直に戻ってきてくれと懇願できる方法を――だ。

 

それこそが――彼女に残された、最後の婚活だった。

 

 

 

 

「ん?」

「旦那様? どうなさいました?」

「いや、急に寒気が……」

 

その頃、元夫はと言えば、居間のソファーで寛いでいた。

隣には可愛らしい銀髪のメイドがおり、膨らんできたお腹を撫でている。

 

「まあ、それはいけません。上着を――」

「いや、大丈夫さ」

「もう、気を付けてくださいね?」

 

話を聞いた別のメイド――金髪で豊満な妖女が、背後から彼に身を寄せる。

 

「……ほら、こっちも」

 

逆隣からは黒髪のメイドが、少し無愛想ながら好意の滲む態度で、主人に身を寄せる。

 

「もう、二人とも?」

「だって、旦那様が体調を崩したら大変だもの」

「暑かったら、すぐ離れるから……」

 

銀髪メイドは軽く頬を膨らませ、金髪メイドは母性的に微笑み、黒髪メイドは照れ臭そうに言いながら離れない。

 

「大げさだな」

 

元夫は微笑みながら、三人のメイドに密着される心地よさを堪能する。

やがてどちらからともなく、互いの身体を愛撫しあうのだった――

 

 

 




ご一読いただきありがとうございました。

懺悔することがあります。
ひとつは投稿まで日が開いたこと。
ひとつは、私の性根が腐っていたことです。
ネットの炎上を書くのなんでか楽しいよぅ……
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