誘惑禁止条例 ※性犯罪被害は条例違反にあたらない 作:大中小太郎
その日は、木城クレアとアイナを招いての、食事会だった。
『すまない、急な仕事の遅れが起きてしまって。一時間くらいすれば片付きそうなんだが……』
スマホを手にしたシーアが聞いたのは、そういう残念な報せだった。
スマホは藤次のプライベート用であり、シーアたちへの連絡のため貸しているものだ。
仕事用のスマホから自分のサブ番号に掛けた藤次は、声音からして落ち込んでいる。
「はい、かしこまりました。どうか気になさらないでください」
シーアは優しげな微笑を浮かべている。
スマホを片手に持ち、もう片方の手は妊婦用のドレスに浮かぶ腹部を撫でている。
「遅れるからといって、慌てて脇見運転などなさらないでくださいね?」
『もちろんだ。本当に済まない、帰りにお土産を買っていくから――』
「はいはい、いつものお店でお願いします。
クレアさんとアイナちゃんにも伝えておきますから」
主人には自分たちのことで気に病ませるより、お仕事に集中してもらいたいという声音だった。
「旦那様、遅くなるって?」
概要は察している様子で、ニナが尋ねる。
日本語の勉強のためダイニングテーブルに筆記具を広げており、服もメイド服ではない。
今日は『仕事』ではなくホームパーティなので、私服である。
黒地のカッターシャツに白いスキニーパンツという、スタイリッシュな出で立ちだ。
「ええ、少し遅くなるって。デザートは期待してもよさそうよ?」
「じゃあ、クレアにメッセしておくね。スマホ貸して」
ニナはシーアからスマホを受け取ると、手早い入力でクレアにメッセージを送る。
藤次が預けたスマホは、もっぱら現代機器への理解が早いニナが管理していた。
「返事来た。ユネもクレアの車で来るって」
「なら、到着したら始められるようにしましょう」
シーアは電話で中断していた料理を再開して、ニナは片付けと食器の準備をする。
ほどなくして、木城クレアとアイナの母娘が、ユスティネと共にやってきた。
「むー」
「もう、アイナってば、そんなにむくれないの」
不機嫌そうなお姫様は、アイナである。
(((可愛い……っ♡)))
シーア、ニナ、ユスティネは、幼女のふくれっ面に胸をときめかせる。
「ごめんなさいね、この子、藤次さんに会うのを楽しみにしてたのよ」
「お母さんっ」
クレアが説明すると、アイナは恥ずかしそうに声を上げた。
母の交際相手である藤次のことは、アイナも気に入っているらしい。
嗅覚で相性のいい男を選ぶ妖女の血が、母と同じ男を好ませるのだろうか。
「旦那様もそれほど遅くならないようですし、束の間の女子会とまいりましょう」
かくして、女たちのホームパーティが開かれる。
「まだ先の話だけど、皆で一緒に暮らすなら、ファミリー向けマンションに引っ越そうって話があるの」
「そういえば、旦那様もそのようなことを言っていました」
「あ、私それネットで見た。フロアを丸ごと借りるっていう多世帯向けの賃貸でしょ?」
「お嬢様の学校から遠くない場所があればいいのですけど」
彼女たちの関係は良好だ。
藤次を中心とする、シーア・ニナ・ユスティネという奴隷三人、そこにクレアが上手く溶け込んだ形である。
一夫多妻の家庭に新たな妻が加わる上で必要な信用獲得を、クレアがしっかりとこなしたからだ。
いま相談しているのは、シーアの子供が産まれた後のことも含めた新生活の計画である。
「私が旦那様と入籍してしまってよいのでしょうか? 同じ人間界出身のクレアさんの方が」
「そんなこと気にしちゃ駄目よ。妻はシーアさん、ニナとユネは引き続き主従で内縁の妻ね」
「クレアは?」
「私は同棲してるパートナーになるけど、藤次さんにはアイナの後見人になってもらうわ」
料理に箸を進めつつ、一夫多妻家庭の下書きを描いていた頃。
――部屋の呼び鈴が鳴らされた。
「旦那様、でしょうか?」
シーアは小首を傾げた。
一時間ほど遅れると言っていたが、それにはまだ早い。
そもそも自宅なのだから、藤次が呼び鈴を鳴らすはずもない。
とはいえ、思ったより早く帰れて、お土産が多くて両手が塞がっているという展開もありうる。
「私が出るわ。シーアは座っていて」
妊婦のシーアに代わって、ユスティネが席を立ち、インターホンを操作する。
「はい、西条でございます」
小さな画面に、玄関前の来訪者が映し出されると、ユスティネは挨拶しながらも小首を傾げた。
妙な反応に、シーアたちもユスティネの様子を窺う。
すると、インターホンのマイクが、来訪者の声を届けてきた。
『あなた……どちら様?』
なぜか、尋ねてきた客人が、そう聞いた。
本当に分からないというより、そこはお前の居場所じゃないと言うような含みがあった。
「この家の主人に雇われている者です。当家に御用でしょうか?」
剣呑な顔色の客人に、ユスティネが用件を促すと――
『っっっ――ここは、私の家よ!!』
○
彼女の旧姓は、西条という。
西条藤次の――元妻である。
ネットの一部界隈では、人間女性の恥と誹られている。
炎上の一件以来――彼女の生活は、悪化の一途を辿っていた。
『性病デマについての釈明は?』
『法的措置するって脅された者だけど、訴状まだ?』
『諦めないで! このまま炎上路線で行けば小銭稼げるかもしれないよ!』
SNSには、まだ残り火がくすぶっている。
ちょっと私事を投稿しただけで、誰かが見張っていたように過日の醜態を蒸し返す。
界隈における自分の印象は、『頭こじらせて不道徳を重ねた婚活おばさん』で固定されていた。
(アカ消し……やっぱりダメ! 何年掛けてフォロワー増やしてきたと思ってんの!?)
学生時代から続けてきたそれはもう己の半身に等しい。
そういう人間にとって、炎上は顔を焼かれるようなストレスであり、アカ消しは指を切り落とすかのようだ。
なまじ反響を受けていた頃もあるため、ストレスになると分かっていても、SNSを手放せない。
『このたびは結婚相談所○○をご利用いただき、ありがとうございます。
まことに残念ながら、お客様のプロフィールを参照しましたところ、
弊社規定による条件を満たしておられないため、サービスを提供することができません。
入会の条件を再度ご確認の上――』
婚活は絶望的だった。
自分のSNSが閲覧可能な状態だったというサイトは退会して、新しく相談所に入会しようとしたら、お断りのメールが届いたのだ。
成婚率が高いと聞いていたが、入会条件が厳しかったらしく、女性でも年齢や年収でフィルターに掛けられていた。
他にも、専業主婦希望や無職などもアウト条件に明記されており、彼女はその大半に抵触していたのだが――
(どうせ人女を追い出して妖女ばかり集めて成婚率を上げてるんでしょっ! なんで日本で日本人が人種差別されるの!?)
彼女がしたのは、そのような主旨の長文抗議を送りつけることだけだった。
女性が年齢や年収で門前払いされることは以前からもあったが、妖女が溢れて以来、より顕著になった。
希少となった独身男性を争奪しているのは、女だけではなく相談所も同じ。
望み薄な女性を養分にするより、アラフォー無職の女を紹介されたという悪評で男性を遠ざけない方が大事なのだ。
しかし『人女より妖女の方が成婚率が高い』という劣等感が巣食う彼女の頭は、この件を人種差別として変換している。
(パートと、お父さんから振り込まれるお金を合わせて、最低支出を引いても……これだけ?)
経済面の不安もつきまとっている。
パートの給料を計算に加えてはいるが、それも解雇されている。
新しい勤め先は見つかっていない。いまは探す気力もない。
探せば見つかる仕事もあるが、スーパーで総菜を作ることさえ屈辱だった自尊心は、清掃や介護といった募集を選ばせない。
かくして、ほとんど蓄えを切り崩しながらの生活だ。
(このまま、こんな古い家で貧乏暮らしなんて……っ)
支出を減らして収入を増やせばいいのだが、それはできない。
元夫の潤沢な収入があった頃の浪費癖をいまだに引き摺っており、ごく普通の節制を『貧乏』と認識してしまっている。
本格的な職探しをしようとすると、売り込むところのない自分に気付き、直後に『妖女ばかりが優遇されるのでやるだけ無駄』と、逃げ口上で蓋をする。
だから結婚で人生逆転を狙おうとして、そのために服や美容に金を掛けようとする。
ギャンブルで貧乏を解決しようとするような、悲惨な悪循環だった。
(友達だと思っていた連中も、どいつもこいつも……っ)
誰かに話して楽になろうと、友人に会ったり電話をしたりもした。
面倒臭そうに相槌だけ打って話を切り上げるか、やんわりと「あなたが悪い」と指摘するかの二通りだった。
最近は、学生時代の友人からも、離婚する前の主婦友達からも、距離を置かれている気がする。
まるで炎上が起きる以前から、そうする機会を求めていたかのように――
大方、以前の自分がいい暮らしをしていたことに嫉妬していて、ここぞとばかりに陰口を叩いているに違いない!
(こんなの、まるで犯罪者みたいじゃない……っ)
一瞥した机の上には、不愉快な書類がある。
警察から届いた、威力業務妨害に関して罰金を支払えという主旨の通知だ。
最近はこういう法的な手続きが早く、SNS上でのことにも温情が無い。
つまり正真正銘の犯罪者なのだが、彼女の中では人気の無い夜道で信号無視した程度の認識となっている。
警察以外にも、示談を要求する者や、民事訴訟を宣言する者もいる。
全てに対応した場合、どれだけの金が飛んでいくことになるのだろう……
『だからSNSなんか止めなさいって言ったでしょう!?
そんなことしてる暇があったらいい人かお仕事を探しなさいよ!』
『お母さんこそっ、なんで離婚なんかしたの!?
だいたい浮気してたってなに!? 信じられない!』
母との関係も険悪になった。
父と離婚して、そこに娘の不祥事が重なり、母の気性は荒くなってしまった。
ちょっとしたことでヒステリックに喚く。
反論をすれば、いかに自分が母として主婦として苦しんできたか説いたり、お前は幼少期にこんな苦労を掛けさせたと昔話を蒸し返したりと、まったく理路整然としない。
ゾッとする。
そんな母の論法が――元夫と口論していたときの自分と酷似していたからだ。
母は……そして自分は……こんなにも、話が通じない人間だったのか。
『ねぇ……あんた、藤次くんと寄りを戻せない?』
互いに疲れ切るまで口論したあるとき、母が気味の悪い目で、そう言い出した。
父という大黒柱を失ったから、その代わりを立てようと言うのだ。
そこそこ稼いでいるあの男なら、自分たちに安心感をもたらすだろう。
あわよくば義母となる自分もその恩恵に預かり、老後も安泰――
そんな卑しい思惑が、老いつつある母の相貌に、不気味な半笑いを描いていた。
「……っ」
おぞましかった。
自分もまったく同じことを考えていたからだ。
親子だった。思考回路が似ている。特に悪いところばかり。
この醜く卑しい初老の女が、自分の将来像なのだと思うと、背筋が凍った。
何より屈辱なのは――この愚母が口走った解決策を、とっくに試みていたことだ。
『俺か? 実は、近いうちに再婚するんだ。子供も産まれる』
『そういうわけだから。そちらのことはそちらで何とかしてくれ』
先日の電話で、そう切り捨てられた。
元夫は自分に未練があり、やり直したがっているのではないか――
いつの間にか抱いていた身勝手な期待は、真っ正面から打ち砕かれた。
(最低っ、最低っ! 再婚ってなによっ、まだ離婚してからそんなに経ってないでしょ!?
なのになんで再婚!? ちょっとは人の気持ち考えないの信じられない信じられない!!)
自分が婚活している事実を盛大に棚上げして、悲劇のヒロインのように顔を覆う。
重要なのは、元夫が自分より先に再婚相手を見つけたという点だった。
元夫と再び話すのなら、自分がより良い男と再婚して幸せを見せつけるときか、相手が自分との離婚ですっかり落ちぶれて「戻ってきてくれ」と懇願するとき、その二つしか認められなかった。
どちらにせよ、元夫が自分に『敗北』している絵図しか、思い浮かべていない。
これまで夫に依存してきた癖して、胸中では見下しているが故の妄想だった。
それが、再婚するという。
もう子供も産まれるという。
自分が神経をすり減らしながら婚活をしている間、あの男は早々に新しい女を見つけて、とっくに先に進んでいたのだ。
(なんなのそれ当てつけなの見せつけてるでしょ嫌みったらしいのよっ!!
きっと私が電話するように仕向けてその話して悔しがらせるつもりだったんだ!!
最低最悪なんて奴なの性格腐ってるどういう神経してんのクソクソクソクソッ!!)
無意味に壁を蹴飛ばしていたら、踵が入ったせいで壁が割れてしまった。
どうしよう? 壊れた壁の修理方法なんて分からない。
業者に頼む? いいやお金がもったいない。そんな無駄遣いはできない。
お父さんに――もう居ない。
「……っ」
壁に穴が開いたことをきっかけに、改めて自室を見回す。
脱ぎ散らかされた服、床に溜まった抜け毛やホコリ、色あせた壁紙、汚れた電灯。
みすぼらしい、薄汚い、狭くて貧相でまるでゴミ屋敷だ。
全ては掃除もろくにしないからなのだが、彼女の脳はこれをシンデレラ状態として変換した。
自分はいま、理不尽に、酷い環境に置かれているのだと。
意地悪な継母や姉に相当する悪人たちのせいで、こうなっているのだと。
(なんで、なんで誰も私を助けてくれないのっ!?)
自分はいまこんなに不幸なのだから、誰かが助けてくれるのが当たり前じゃないか!
シンデレラのように、少女漫画のように、恋愛ドラマのように、ネット小説のように――
報われないヒロインである自分の元には、それを一発逆転してくれる素敵な男性が現れるべきだ!
(なのにあいつときたら……っ)
『そちらでなんとかしろ』と切り捨てられた。
責任放棄だ、これまで妻として尽くしてきた恩を踏み倒す気なのだ!
(それに――)
元夫との通話を思い出す。
『おじさーんっ。早くやろーっ?』
子供の声が聞こえた。
声から察する年齢的に、あれが再婚相手なんてことはないだろう。
恐らく、電話したときに再婚を予定する相手が近くにいて、その連れ子の声ではないか。
そうであるなら、思うところはあるが、追及するようなこともない。
でも、本当にそうなのだろうか……
(やっぱり、あの子供の声って……
その発想に至ったのは、父の離婚だ。
父は妖女と浮気しており子供までいた。
その強烈な印象が、彼女の想像力を同じ方向性に走らせる。
(そうだ、絶対そうだ! 私と離婚する前から女がいて、子供まで作ってたんだ!)
トリックを解いた名探偵の如く、脳裏に稲妻が閃く。
(だから私と離婚したんだっ、適当な理由をでっち上げて追い払ったんだ!)
頭の片隅では、そうとは限らない、考えすぎでは――と言っている。
それ以外の大部分は、根拠もなく確信していた。
いわゆる女の勘だ。こういうのは当たると相場が決まっている!
(許さない……っ!)
勝手な確信が怒りを燃え上がらせる。
『恨む対象』を創出することで精神の安定を保つ――これまでの人生でついていた悪癖が、過去一番に仕事をしていた。
(直接、問い詰めてやる……っ!)
そうと決まればと服を着替え、化粧をする。
まるで武装でもするように、できるだけ魅力的に見せて、元夫が離婚したことを後悔するように。
離婚してからも美容に金を掛け、整形までした自分を見れば、あの男は見とれるに違いない!
そんな元夫に勝ち誇った笑みを浮かべる自分を想像するだけで、心が躍る!
(待ってなさいよ、西条藤次!)
目指すは、元夫と住んでいたマンションの部屋。
ちょっと前まで自分の家でもあったその場所に、いま誰が住んでいるのか、彼女は知らない。
○
もちろん――そんな彼女の事情を、シーアたちが知るはずもなかった。
「失礼ですが、部屋をお間違いでは?」
よって、インターホンを通じてユスティネがそう尋ねるのも、やむを得なかった。
『私、この部屋を借りてる男の――西条藤次の妻なんですけど?』
なにやら揚げ足を取ってやったような顔をしていた。
とはいえ、その発言を聞いたシーアたちは顔を見合わせる。
『元、ですけど』
仕方なく付け足したような言葉で、得心がいった。
「前の奥様?」
「うわ、これっていわゆる……家凸?」
クレアが怪訝な顔をして、ニナは聞きかじりのネット用語を口にする。
「…………」
そしてシーアはと言えば、神妙な無表情で、玄関の扉を見ていた。
「お引き取り願いましょう」
溜息を吐いたクレアが言うと、ユスティネも頷いた。
「申し訳ございません。ただいま立て込んでおりまして、主人が戻りましたらお伝えして――」
『いいわ、中で待つから』
「できません。お引き取りください」
ユスティネはきっぱりと断り、玄関扉に鍵が掛かっていることを確認した。
不穏な気配を感じたのか、アイナが不安そうな顔をするが、ニナが平然と笑う。
「あー、大丈夫。最悪、中に突入されたとしても――」
カチャン! と、玄関扉の鍵が開けられる音がした。
唖然とする一同は、同時に気付く。
(合い鍵!?)
元妻というなら、作って所持していても不思議ではなかった。
藤次も離婚後に置いていかせたはずだが、こんなこともあろうかとと隠し持っていたのだろう。
「お邪魔します!」
かくして扉は開き、元妻が強気な足取りで玄関に足を踏み入れると――
「っ!」
「きゃあ!?」
ユスティネが目を鋭くするなり、瞬時にその腕を捻り上げ、背中側に極めて拘束した。
「ほらね? 伊達に内乱してきてないし」
ニナが肩を竦める。
内乱時の徴兵で培った格闘術だ。
そうでなくとも、妖女の筋骨は人間女性と比べて明確な優位に立つ。
「ちょっ、痛い! なんなのアンタ! 警察呼ぶわよ!?」
「こちらの台詞です。暴れると折れますよ?」
ユスティネに見据えられた元妻は、血の気を引かせた。
同性から肉体的な暴力を受けたことが無い彼女と、内乱で同性と殺し合ってきたユスティネとでは、飼い猫と野生の虎だ。
なにはともあれ、元妻が大人しくなったので、改めてその姿を見る。
妙に……ちぐはぐなものを感じる容姿だった。
目元と鼻筋は美人なのだが、整形によるもののせいか他のパーツから浮いている。
ほうれい線と厚塗りの化粧から察して40歳前後、それにしては洒落た髪型だが、髪質は悪い。
服は着飾っているが、二十年ほど前に流行した意匠であると、女優のクレアは一目で見抜いた。
いまの自分に似合うものではなく、全盛期の自分に似合っていたものをコーデしてしたのだろう。
胸や足は出ており、色気のある女性を主張しようとしているが、出ている肌の色艶と張りが悪い。
手厳しく評価するなら――痛々しいまでの醜態である。
後は、家に乗り込んでくるという蛮行を鑑みれば、どういう人間なのかも察しがついた。
「ユネ、そのままマンションの警備員に――」
「いいえ」
面倒ごとを早々に片付けようとしたクレアだが、ここでシーアが席を立つ。
熟練の使用人のように丁寧な佇まいで、しかし半透明のオーラをまとっていた。
感情の高ぶりによる魔力光か、それとも見る者の幻覚か。
「私がお話します」
シーアはリビングから廊下を進み、ユスティネに取り押さえられている元妻の前に立ち、背筋を正したまま見下ろす。
メイド服ではなくマタニティドレスだったこともあって、立ち姿は貴族の婦人さながらだった。
「はぁ……アイナ、ユネと一緒にデザートを買ってきてくれる?」
止めるに止められないものを感じたクレアは、とりあえず娘をこの場から離脱させるのだった。
ユスティネは少し迷ったが元妻を解放して、アイナの手を取り、ニナと視線を交わす。
ニナは頷いた。「また暴れたら自分が対処する」という意味だ。彼女も心得はある。
「な、なんなの、アンタたち! 人の家でなにしてんのよ!?」
元妻はといえば、解放された腕を痛そうにさすりながら、感情のまま吼えている。
離婚したので彼女の家ではないのだが、そういう道理が無意味な精神状態だと一目で分かるので捨て置いた。
代わりに、シーアはリビングの一席を手で示す。
「お掛けになりますか? 元奥様」
「……っ」
元妻は、普通に考えれば退散するべきだった。
なにせ肉体的な暴力まで振るわれたのだから。
しかし、ここで一世一代の肝っ玉を発揮、挑戦を受けて立つようにリビングに踏み込んでいく。
婚約者と、元妻――
いまの女と、昔の女――
それが、いまここに、対峙する。
ご一読いただきありがとうございました。
元嫁、ついに精算のときです。
後編の散り様をお楽しみください。