誘惑禁止条例 ※性犯罪被害は条例違反にあたらない 作:大中小太郎
第一話
まったく何の自慢にもならないが、太智の生い立ちは不幸である。
物心ついたときには、母一人子一人。
後に知ったところ、父親とは離婚したらしく、母は養育費を娯楽に空費していた。
当然のようなネグレクト状態だったことを振り返るに、離婚の原因は母にあったのだろう。
滅多にないけど探せばどこにでもある不幸せなご家庭が一丁上がりといったところだが、時代の変化が太智を救った。
――男性が極端に少ない異世界から来た、妖女たちの存在である。
妖女にとって『子は国の宝』だ。
おためごかしのような言葉に対する熱量は、地球人の想像を絶する。
人間界の存在を知った妖女たちが驚かされたのは、男性の多さもさることながら、児童への保護の甘さだという。
男性が希少なら子も希少、特に男児への虐待なんて、妖魔界では悪事の最たるものだったそうな。
だから妖魔界は、人間界に働きかけた。
なぜ被虐待児をしっかり保護しないのか、お前らがやらないなら私たちがやるぞ――
具体的に言うと、なんか魔法的な技術で動く飛行戦艦で制圧して政治の支配権を握るぞ――という勢いで。
いくらなんでも、他国の児童虐待を阻止するために戦争までしない?
言ったはずだ――想像を絶すると。
流石に侵攻とまでは言わなかったが、『軍も参加しての抗議活動』という演習めいたものが行われたという。
そんな豪快な外圧にテコ入れされた制度で、太智は実母から保護された。
制度上、母には心を入れ替えて育児能力があることを審査で証明すれば、太智を取り戻すことができたのだが……人間には向き不向きというものがあるようだった。
やがて、環境の整った施設で、自分の半生を客観視できる程度には成長した頃――
「私……太智くんのお母さんになりたいな?」
とある妖女が、太智の前に現れた。
(……絵本の妖精みたいだ)
第一印象は、そのように無邪気なものだった。
泉から出てきて、金の斧か銀の斧かと聞いてきそうな、金髪の美女。
緩くウェーブした長い金髪に、色白の肌と緑の瞳という、エルフ系の妖女だ。
背は当時の太智より少し高いくらいで、お母さんというよりは姉と思われそうな外見をしている。
(この人が、お母さんに……?)
経歴を考えれば、大人に不信感を抱く理由はいくらでもあった。
それでも――
「うん、いいよ」
「本当っ!? えっと、私、コレットっていうのっ。
お母さんでも、ママでも、名前でも、好きに呼んでねっ」
あっさりと頷く太智に、目を輝かせて喜ぶコレット。
施設の人間が驚くほど、会ってすぐに決まった養子縁組。
簡単に決めた太智に、施設の人間は「本当にいいの?」と尋ねたが、太智は首を縦に振った。
養護施設も無限のキャパシティがあるわけではないから、無事に引き取られていく子供がいるのはいいことだ。
しかし、無邪気でも素直でもない子供だった太智が、二つ返事で誰かを信用したことが、不思議だったのだろう。
実は太智も不思議だったのだが、その理由に気づいたのは、正式な手続きが完了してからのことだった。
「太智くん、ママ頑張るからね。頑張って、太智くんのこと、幸せにするからね……」
そう抱きしめてくれたコレットに――自分は一目惚れしていたのだ。
〇
――妖女の大半は、男を知らない。
旧時代のアイドルが『平凡』になりそうな美女ばかりでも、
豊富な母乳と安産を約束する肉感的なスタイルばかりでも、
多少粗雑なセックスでも快感にする性感帯があっても、成長と共に処女膜を失う天性の淫魔でも、
僅かにしかいない男と交われるのは、彼女たちの中でも勝ち組だけ。
その勝ち組すら、領内の数少ない男を巡る長い順番待ちに身を投じて、年単位の予約待ちを越えて一夜を迎えて、それでもお目当ての子供を授かるとは限らない。
右手やオモチャばかりを恋人に、淫らな肉体を活かせず、年齢ばかり重ねていく。
だから、そんな妖女たちが人間界に来れば、これが起きるのは必然だった。
妖女による人間男性の買春行為――俗称の一つを選ぶなら、『ママ活』である。
「んああぁぁぁっんっ♡ 来てるっ♡ あんっ♡ 男の人のがっ♡ ぁぁぁ中にっ♡ 私の中に来てるぅぅぅっ♡♡♡」
町の一角にあるラブホテルには、今宵も妖女の嬌声が響いている。
とりわけここには、妖魔界から観光に来た妖女と、今日会ったばかりの若い男が多い。
男がごろごろいる人間界に期待してきた妖魔界の喪女と、快楽と実益を兼ねて個人情夫をしている男の、ママ活スポットだからだ。
「すごいっ♡ 気持ちいいっ♡ わたしっ、男の子にっ♡ 気持ちよくされてるっ♡ こんなにっ、抱きしめられてぇ♡ 丁寧にっ、激しくっ♡ こんなっ、こんなのぉ♡ 知らな――あああぁぁぁぅぅぅっ♡」
太智の腕の中で、純朴そうな妖女の婦人が、涙目になって身をよじっていた。
妖魔界で男性と縁が無かった、平凡にやや劣る階層の妖女だ。
劣るとは身分などの話で、容貌は妖女――顔立ちは若々しく、身体はメスとしての性能を誇示するように肉感的で、性感帯は広く深く鋭敏だ。
それでいて、年齢は30代以上。張りと瑞々しさの若い妖女が、吸い付くような柔らかさを持った、妙齢の妖女だ。
「僕も、気持ちいいよっ。ママの身体、柔らかくて、いい匂いで。安心して、興奮するっ」
相手の女性をママと呼びながら、太智は正常位で腰を動かす。
もちろん血縁は無い。金銭のやりとりを前提とした『ママ』である。
「んぁぅあっ♡ 嬉しいっ♡ あふっ♡ できて、りゅっ♡ あぁんっ♡ 私でもっ、男の人っ、気持ちよくできてるぅっ♡」
妖女の両手と両足が、太智の身体を挟むように抱きしめる。
胸板に押し潰された豊乳が、素晴らしい感触を液体のように広げてきた。
肩に感じる二の腕や、腰を挟む太股まで、若い女とは別物のような柔肉だ。
その割に膣内を硬く感じるのは、彼女に男を受け入れた経験が少ないからだろう。
「いいんだよ、僕のことは気にしないで」
太智の胸に、背徳感を伴う熱が生じる。
見下ろした妖女の、大人の女性であることを感じさせる顔立ちと体型――
それこそ
「ママの方こそ、いっぱい気持ちよくなって。僕が頑張って、イかせてあげるからねっ」
「ひぅぅぅっ♡ だめそんなのっ♡ 言っちゃだめっ♡ イっちゃうっ♡ 普通じゃないイキかたしちゃうぅぅぅっ♡♡♡」
固く抱きしめながら囁いてやると、男性に奉仕されていることを実感したのか、妖女は瞬く間に達してしまった。
指とディルドしか知らなかった性欲過多な肉体は、初めて味わう男性に堕ちてしまっている。
「はひっ♡ はひゅうっ♡ イっちゃ、たぁ♡ こんな、こんなにすごいなんて……いままで、知らなかったなんて……♡」
肉棒で膣奥をイかされた妖女は、未知の体験に頬を押さえて恍惚としている。
妖魔界の男性は、とにかく数をこなすため、愛妻以外へのセックスは雑だと聞く。
それに比べ、男女同数の人間界では、男性が女性を悦ばせるための手練手管が研鑽されてきた。
聞きかじった程度のテクニックでさえ、彼女のような平民妖女には、人生が変わるほどの快感をもたらす。
「愉しんでもらえた?」
「うん♡ もう、言葉が出ないくらい……私、あぁ♡ 女に生まれて、よかったぁ♡
勇気出して、人間界に来てみて、よかったぁ♡」
彼女のような観光客は、自分のようなママ活男子に抱かれると、初回はいつもこんな様子だ。
「あんっ♡ ふぁぁ♡ おっぱい、触って、くれてる♡」
「アフターは大事だからね。ん――」
「ひぅっ♡ そんな、吸っちゃ♡ あっあっあっぁぁぁ♡」
左右に流れていた乳房を両手で集めて、愛撫しつつ乳首を吸えば、性感を受けた肢体が震える。
「はぅぅ♡ 幸せ、幸せすぎるっ♡ 私みたいな、女にぃ♡ 年下の、男の子が、こんなに、エッチに、甘えて♡ 夢みたい♡ いまでも、信じられないよぉ♡」
夢見心地で頭を抱き寄せる妖女に、太智は指先で乳首を転がしながら問いかけた。
「どう? 僕はまだできるけど、このまま『追加』で、体位を変えてもう一回する?」
事前の話では、『好みの体位で挿入して明確に達するまで』を一回と数えて、料金を払う約束だ。
達するまでとは、男ではなく女の方だ。射精がある男性と比べて誤魔化せそうだが、妖女なら誤魔化しようのない絶頂を迎える。
既にその一回は過ぎたが、追加料金を支払うならもう一度してもいいという提案だ。
「す、するっ♡ いくらでも払うからっ♡ あなたがイくまで、何度でもっ♡」
即答だった。
男に抱かれなければ味わえない絶頂を知ったばかりの妖女は、容易く理性をかなぐり捨てる。
「だ、だから……中に……中出しして♡ もし出来ても育てるからっ♡ 迷惑掛けないからっ♡」
「ごめんね、避妊はするって決めてるんだ。その代わり、たくさんイかせた後で、たっぷり出してあげるね」
太智の逸物の根元には、半透明のリングが装着されている。
コンドームの輪となる部分だけ残したようなこれは、尿道を通る精液に干渉する、避妊魔法具だ。
「さあ、今度は後ろからしてみよっか。うつ伏せに寝るのと、四つん這いと、どっちがいい?」
「あぁ♡ いい♡ どっちでも♡ どっちもっ♡」
妖女は避妊に残念そうな顔をしていたが、第二ラウンドを告げられると、途端に呼吸を荒くして背を向ける。
男性に屈服するようなバック姿勢には、何の躊躇いも無いようだ。
背を向けられたことで顔が見えなくなると、太智は口角を上げる。
(妖女って本当に……チョロいなぁ……)
初対面の、歳が倍近く離れた男子に、性欲のためにこうも媚びる。
こんな極上の身体を、安売りするどころか、金を払ってまで抱いてもらおうとする。
淫らすぎる肉体に逆らえず、矜持も体裁もなげうってしまう、哀れで可愛い、異界の淫魔。
「あ゙あ゙あ゙あ゙っ♡ きたっ♡ またおちんぽきたぁぁぁっ♡♡♡
しゅごいっ♡ もうイクっ♡ しゅぐイっぢゃうぅぅ♡♡♡」
そんな妖女から、金と快楽をいただくために、太智は張り切って腰を打ち付けるのだった。
「ふぅ……」
その後、財布の中に紙幣を増やした太智は、夜の町を歩く。
場所を選べば性売買が行われる程度には、建物の密度が高い繁華街だ。
(悦んでくれるのはいいけど、有り金を全部渡そうとしてくる人が居るのは考え物だな)
この『バイト』に関しては、あまり貰いすぎないようにしている。
少なくとも、旧時代のパパ活女子よりは、ずっと謙虚な価格設定だ。
現代ではママ活男子の方が多いくらいだが、情報交換で得た彼らの相場よりも良心的だ。
(まともなアルバイトだって言ってあるし、あまり羽振りがよくなるとバレちゃうよな)
謙虚な価格にする理由は、欲に溺れないためだけではない。
いまも、太智が普通のアルバイトで汗を流していると信じ切っているだろう『彼女』を、傷付けないためだ。
時間を確認、伝えてある嘘のアルバイト終業時刻は過ぎている。
このまま帰宅すれば、ちょっとコンビニに寄ってきたと言えば疑われまい。
「あまり遅くなると、また心配しちゃうしな」
女の香水が残っていないか入念に確認しながら、太智は帰路につくのだった。
〇
「太智くーん。起きてる? 朝だよ?」
いつものように、母の呼ぶ声で目を覚ます。
肩に触れる、柔らかくて細い指の感触――それが遠慮がちに太智を揺する。
「ほらぁ、お寝坊さんはおしまいだよ?」
鈴の鳴るような声と、妙に落ち着く女性の香り。
それが心地よくて、本当は起きているのに、ずっと味わいたいがために寝たふりをする。
彼女の養子になってから数年、毎朝のように味わってきた、一日の始まりを告げる時間だ。
「もう、寝たふりしたって無駄だよー?」
やはりバレているようなので、ゆっくり目を開く。
妙齢のエルフ美女が、優しい微笑みで、こちらを見下ろしていた。
緩くウェーブした金糸の髪に、やや童顔で可愛らしい顔立ちと――豊満な胸の膨らみ。
春物のシャツの上からエプロンを着けているのは、朝食の支度をしていたからだろう。
「おはよう、母さん」
「ふふ、おはよう♡」
エルフ系妖女であり義母であるコレットは、寝ぼけた息子を、今日も愛おしそうに眺めていた。
――人間界と妖魔界が容易に行き来できるようになって、幾年月。
何が起きたかと聞かれると、男女の風紀が著しく乱れた『ピンクハザード』が代表的だ。
しかしその陰で、別の社会問題も発生していたという。
妖女による男子児童の誘拐――『おねショタ誘拐』である。
大枠ではピンクハザードの一例とも言えるが、『誘拐』にまで発展するとなると話は変わる。
妖女の中には男の確保に手段を選ばない不届き者もおり、妖魔界に連れ去り、故郷の女たちと代わる代わる……なんて事件も多発した。
うらやまけしからん! と、冗談ばかりも言っていられない。
多少は性に寛容な時代でも、男子児童への性犯罪や略取誘拐は立派な悪事だ。
ダイレクトな誘拐事件だけでなく、児童養護施設から男児を引き取ってその先で……という手口も横行したという。
児童を保護しろと訴えていた一方で、同胞がそういう悪事を働いていたというのは、妖女にとっても不名誉なことだ。
だから妖女たちは、こう考えた。
『悪人の手に渡る前に、私たちが保護しちゃえばいいじゃない!』
言うなれば、正攻法。
ろくでもない痴女を排除して、まともな妖女が引き取ればいい。
妖魔界の国々は、そういう国際団体を立ち上げた。
正々堂々と日本の国籍を取り、厳正な審査をクリアした妖女が、信頼を得た上で養母となる。
養母役となった妖女は妖魔界からの経済支援で育児に専念し、立派に育て上げるのだ。
慈善を旗印に税金をちょろまかす偽善団体とは違う、正真正銘の慈善事業である。
国を挙げた慈善事業の享受者と、妖魔界からやってきた聖母。
血縁は無いが、血よりも深い慈愛と信念によって成り立つ、母と息子。
それが、太智とコレットの関係だった。
〇
「~~♪」
早起きしたおかげで、朝食から登校までの間に、寛ぐ時間ができた。
聞こえる鼻歌はコレットのもので、食洗機から取り出した食器を拭いている。
その後ろ姿を、太智は横目に眺めた。
背は平均的だ。
波打つ金髪が、体の動きに合わせて腰あたりで毛先を揺らしている。
エルフの長い両耳は形がよい。シャープな形状はエルフの中でも美形に類するという。
体が少しでも側面を向くと――背中に隠れていた豊乳が、途端に視界へ映り込む。
春物のシャツはゆったりしたもので、体型を強調してはいないのだが、誤魔化せない大きさだ。
ロングスカートに覆われた下半身も、たまに身動きで生地が揺れて、重量感のあるヒップの輪郭が垣間見える。
『本日は全国的に晴れ模様、風の強い一日となるでしょう』
居間のモニターに、天気予報の動画が映し出されている。
テレビではなく動画視聴用のモニターで、妖魔界の番組なども受信可能なことから、昨今はこちらが主流だ。
天気図の前で解説するリポーターはエルフ系で、妖女らしく起伏あるスタイルの美女である。
(でも、色気では、絶対に母さんが上だよな……)
同じエルフ系と見比べても、コレットはなんというか……人妻めいた肉感がある。
既婚者でも経産婦でもないのだが、日々の生活で垣間見える肢体が、あまりに色っぽい。
むちっ、たぷんっ――といった擬音めいたものを、見る度に幻視してしまう。
『では、全国のニュースです。
〇〇県〇〇市の小学校で、女性教員が男子児童とわいせつな行為をしたとして――』
報道では聞き飽きたような不祥事を伝えている。
大方、妖女と児童のおねショタ案件だろう。現代の男の子なら数人に一人は通る道だ。
せいぜい、被害児童が性癖の歪みを抱えないことを願う程度である。
例えば、初体験があまりに気持ちよすぎて、似た女性しか受け付けなくなった――とか。
「はい、お弁当♡」
「ん、ありがとう」
「忘れ物ない? ハンカチとティッシュは持ってる?」
「持ってるよ」
家の玄関口で靴を履いていた太智は、見送ってくれる義母コレットに微笑する。
小学生じゃあるまいし――とも感じるやりとりだが、恥や苦に思うことは一度もなかった。
「今日もアルバイトしてくるの?」
「うん、いつも通り」
コレットは片頬に手を添えながら、心配そうに訪ねてくる。
「前にも言ったけど、お金の心配なんて要らないのよ?
生活費は妖魔界の基金から潤沢に出てるし……」
「別に家計のためにしてるわけじゃないよ。個人的な贅沢のためだし」
「もうっ、それこそちゃんと言えばいいのに。お小遣いが足りないのね。
待ってて、実家の伝手を使って足の付かない予算を組んでもらうからっ」
「嫌だよそんな闇の深いお小遣い」
この母、妖魔界ではそれなりの血筋の人物らしく、電話一本で多少のことを起こせる。
だとしても、妖魔界の国々が人間界の児童を保護するための基金だ。
自分以外のまっとうな子供たちのため、後ろ指さされない浄財のままにしておいてほしい。
「だってだってっ、太智くんに何かあったら!」
「闇バイトしてるわけじゃないよ? 漫画喫茶のスタッフだよ?」
「十分危険よっ! 最近は妖魔界からの観光客がたくさん来るって言うしっ、中には漫画喫茶なんて表向きの怪しいお店もあるって言うじゃないっ!」
「うちの店は普通だよ。下世話な勘ぐりは失礼だよ」
「でもでもっ、太智くん可愛いからっ、盛りの付いた妖女に誘惑されたりとか……っ」
おろおろし始める義母に溜息を吐く。
心配してくれるのはありがたいが、やっぱりコレットは少し過保護だ。
「妖魔界から観光に来る妖女なんて、人間界は男ばかりだから『デキる』って思ってるビッチばかりなのっ! ふれぶてしい態度でお酒を飲んで『兄ちゃんちょっとこっち来てお酌しろよ』みたいなこと言い出すのっ!」
「そんな漫画の酒場じゃないんだから……スタッフにそんなことしたら即警察だよ」
「ならバイト先の店長とか先輩とかが権力勾配に漬け込んでいけない残業を……っ」
「同僚は男ばっかりだよ」
「帰ってくる途中でどこかに連れ去られたりっ」
「人通りの多い道しか通らないから大丈夫だよ」
コレットの中で、この平凡な住宅地は西部劇のように治安が悪いらしい。
妖魔界の常識だと、年頃の男を供回りも付けずに町へ出すなんてあり得ないらしいので、妖女としては正常な心配なのだろう。
「やっぱり、護身用の武器くらい……」
「遅刻するからもう行くね」
「あ、うん。行ってらっしゃい。気を付けてね」
鞄を手にとって玄関を開くと、我に返ったコレットが笑顔で見送ってくれる。
太智の住居は小家族用のマンションで、部屋面積は慎ましいが設備は充実しているタイプだ。
コレットの養子になってから数年、不自由の無い暮らしを送らせてもらっている。
自分のするべきことは、心身ともに健康で、勉強をして、コレットに孝行することだろう。
そういう殊勝な決意を胸に秘めながら、今日も太智は学校へ向かう。
「太智くーん、スタンガン忘れてるよー?」
「持っていかないよ!?」
〇
さて――コレットの心配は、強ち外れていない。
もちろんスタンガンが必要というわけではなく。
『漫画喫茶なんて表向きの怪しいお店』――というところだ。
「こうやって、白い玉をキューで突いて、番号順に端の穴に落としていくんです」
「こ、こう、ですか?」
駅前の、少し人通りから外れた路地にある、地下の漫画喫茶。
妙に目立たない入口に反して中は広く、設備も充実している。
業務形態は正真正銘の漫画喫茶だが――公然の秘密がある。
この地域における――『ママ活スポット』であることだ。
「上半身が少し浮いてるかな? こう、腰を直角に近い角度で曲げて――」
太智はスタッフではなく、普通の利用客だ。
ただし『ママ待ち』――女性に声を掛けられることを前提として、一人で寛いでいる。
ここで言うママとは当然、人間界の男を求めて財布にお札を詰め込んだ、妖女たちのことだ。
「はぅ……はぁ……♡」
今日、店内で太智と一緒に遊んでいるのは、エルフ系の妖女だった。
ノーラというらしい、妖魔界からの旅行者である。
どこにでもいそうな普通の妖女だ――つまり、美人で、スタイルがよい。
顔立ちや服装から受ける印象は少し地味で、年齢は30後半といったところか。
といっても妖女なので、若々しく魅力的だが、その妖女の中では相対的に魅力値が下がる。
羽振りがいいようにも見えないので、店内にいるママ活男子からすると、魅力的な客ではない。
「こんな感じ。やってみて」
「は、はいっ」
ノーラは初心な婦人だった。
いまも、ビリヤードのレクチャーをしている太智の手首や首筋に、興奮を隠せないでいる。
(男に胸を見られてるのに気づく女って、こういう気分なんだろうな)
指先や喉仏といった男性の部位は、性欲の強い妖女たちにとって、非常に刺激が強いらしい。
ごく普通に妖魔界で暮らす妖女は、男性と会って話す機会も稀で、生涯処女もざらにいる。
ノーラもそのタイプだろう。
こちらに声を掛けるときは緊張した様子だったし、いまも視線が露骨で下心が隠せてない。
「縁に近いときは、こうやってキューを立てて突き落とすように――」
「はうっ♡ こ、こう、ですか……?」
手を取って指導してやると、男性との密着で耳まで赤くなっている。
「こういうお店は初めてですか?」と聞きたくなる反応だ。
この初心な妖女――たぶん、妖魔界では真面目に働いているのだろう。
されど男日照りに耐えかねて、人間界に男を買いに来たのだろう。
言わば、一念発起して長年の童貞を風俗で捨てに来た男性客、その女性版だ。
「飲み物、とってきますね」
太智はナインボールに夢中なノーラから離れ、ドリンクバーに。
そもそもなぜ、一緒に漫画喫茶で遊んでいるかと言うと、フィーリングタイムのようなものだ。
旧時代にあったというパパ活では食事も有料だったりするように、本番に至る前の時間がある。
特に妖女は、男性を直接出会ったときの嗅覚で判断するという。
だから、ママ待ち男子たちは漫画喫茶などに集い、客の妖女が事前に品定めできる環境を作った。
店に来た妖女たちは、男を複数より取り見取りという天国みたいな環境に驚く。
そして、最も『子宮に来る』男に声を掛けて、雑談したり遊戯に興じたりする。
後は、双方合意の上で、店の近くにあるラブホテルへ――という寸法だ。
なお、漫画喫茶は出会いの場にされているだけで、ママ活に協力しているわけではない。
「よう、イッチ」
と、ママ活仲間の青年が、ドリンクを注いでいる太智に声を掛けてきた。
「掲示板を最初に立てた人みたいな発音やめろ。『イチ』だよ『イチ』」
「悪い悪い。しかし源氏名まで使うとは用心深いなーお前も」
青年もドリンクを補充に来たらしく、太智の隣に並ぶ。
太智のここでの通り名は『イチ』だ。身バレ防止の一環である。
「この七つの異世界を跨いだ情報社会、どこでバレるか分からないからな」
「いまどきママ活する男子なんて珍しくもないだろうに」
青年はそのような認識だが、デジタルタトゥーという言葉もある。
将来、どこか重要な局面で悪印象を抱かれないとも限らないので、個人情報は引き締めていた。
「それより、また冴えない熟女を救済してやってんのか?」
「失礼なこと言わない。純粋で可愛い人じゃないか。あと熟女って言うほど老けてないだろ」
青年からすると、太智が相手をしているノーラは、冴えない熟女だそうだ。
旧時代の感覚で言えば、柔和な顔立ちの美人女優で通る。肌も髪も瑞々しく皺も無い。
しかし妖女を見慣れた現代人は、同じ妖女との相対比較で、旧時代の『妙齢の美女』をババァと言い切ることがある。
「お前本当に熟……年上好きだな。
他の奴に振られたマダム、みんなお前が拾い上げてるだろ」
「そんな気はないよ。僕は僕好みの女性をナンパしてるだけ」
「ならいいけどよ。あんまり安売りして相場下げんなよ」
「値段交渉は各自の責任だろ? まあ、気を付けておくよ」
手短に話を済ませて、太智はノーラの元へと戻っていく。
「あ、イチさんっ。ナインボール、もう一回勝負しましょうっ」
台に戻ると、ノーラが楽しそうにキューを構えている。
これがフィーリングタイムであることを忘れて、異世界の遊戯に夢中といった様子だ。
(可愛いなぁ)
自分よりずっと年上の、妙齢の女性なのに。
早ければ十代半ばで母となる妖女の基準で言えば、親子ほどにも歳が離れているのに。
それこそ、義母のコレットと同じくらいの年頃で、同じエルフ系で、体型も近くて――
そんな女性が、自分に抱かれたがっている。
――だから太智は、ママ活を止められない。
〇
コレットは、マンションの部屋で一人、太智の帰りを待っていた。
コレットの仕事は専業主婦だ。
太智の養育費や生活費は、妖魔界の基金から出ており、コレットはその代表者として世話を担っている。
妖魔界には「母親になりたい」という願いを叶えられない妖女も多い。
不妊症という例もあるが、男性との巡り合わせに恵まれなかったり、肉体関係の機会があっても子供を授からなかったりした女性たちだ。
そのような妖女たちが、人間界に渡って男を漁るという不徳な道を選ばず、正攻法で養子を取った例が、コレットである。
人間界の児童保護プロジェクトにおいても競走が激しい『育児役』を勝ち取り、太智を引き取ったときは、涙が出るほど嬉しかった。
初めて『母さん』と呼んでくれた日のことは忘れられないし、いい子に育ってくれていることが何より誇らしい。
(大丈夫、よね……?)
日が沈んだ窓の外を眺めて、太智を案じる。
手元には、所属団体から届いた書類があった。
最近、人間界では若い男性による売春行為が問題視されており、保護者は子供の変化を見逃さないように――という主旨のものだ。
自分たちが保護している子供は、生みの親を失った経験から、安易に大人との関係を持ちたがることもあると。
(う、うちの子に限って……っ)
思わず、太智がそのようなことをしている姿を想像してしまう。
卑しい顔をした妖女に金を受け取り、ベッドに連れ込まれる息子を。
人間界に来た妖女が、あの子のように可愛い男子高校生にすることなど決まっている。
『誘惑』で自由を奪われ、騎乗位で跨がられて子種を絞られる哀れな姿を想像すると――
「っっっ!」
凄まじい激情が、胸の内から燃え上がって意識を焦がす。
それは親としての激しい怒りであり、我が子を辱められる恐怖であり、
更に言えば、自分のものだと思っていた息子が他の女に取られるという、母の嫉妬心であり――
「は……ぁ……っ♡」
太智の痴態を想像してしまったことで生じた、妖女の興奮だった。
(だめ、なに、考えてるの……っ)
必死に頭の中をリセットしようとする。
息子はもう高校生、すっかり『男』になった。
親の贔屓目を無視しても、顔立ちは可愛らしい部類に整っている。
そのくせ体付きは立派な男性となり、背は大きく、適度に細くて逞しい。
なにより……年頃のせいか、男の色気とでも言うべきものが漂っている。
(だめ、そんな目で見ちゃだめっ! 私は、あの子の、母親なんだからっ!)
自分の両腕を抱き、痛みを与えるように指を食い込ませる。
誇りある事業の一員として保護した子供に、決して向けてはならない感情だ。
たとえ血縁は無くても、自分は彼の母なのだ。
(落ち着いて……家族でも、つい体に視線が行っちゃう瞬間はあるって、聞いたし……)
異性の家族に対して、ごく一瞬だけでも異性を感じてしまうのは、長く暮らしていればやむを得ないことだ。そういう生き物として避けられない瞬間を忘れながら、どの家族も過ちを犯さず歳を食っていくという。
だから――これもきっと、一時的なものに過ぎないのだ。
(太智くん、も……最近、私のこと、見てるし……)
コレットが、年頃の太智に男を垣間見てしまうように――太智からも視線を感じる。
妖女の体は人間男性にとって刺激が強いという。
男の子の親になるに当たって、団体でも男性について勉強している。
つい薄着になって胸元の開いた服を着たとき、谷間をちらちら見られたりとか……
洗い物をしているとき、背後から背中やお尻に熱い視線を感じてしまったりとか……
そういうのは、ほんの一時だけ本能を刺激されたに過ぎず、心から交わりたいと思っているわけではないのだと。
だからこれは、まだ半分子供である彼が、本能を御しきれない時期だけの出来事なのだ。
だから――
「ん……はぁ……はぁ……っ♡」
太智の視線を思い出すたびに火照ってしまうこの身体も、いつかは正気に戻るはずなのだ。
それまで、それまでの辛抱。
いつか彼が大人になって、恋人を作り、結婚したりするまでの――
「…………」
コレットの目から、光が薄れる。
あの子が、太智が、私の手塩に掛けた彼が、世界で最も可愛くて尊い男の子が?
自分の手を離れて、どこの下女とも知れぬ未熟な女に惑わされ、自分を捨てていってしまう……
親ならいずれ迎える別れ――コレットはそれを予感する度に、心から何かが欠落するのを感じる。
(まだ……帰ってこない……よね……?)
少し荒くなっている呼吸を響かせながら、コレットは椅子から立ち上がり、寝室に向かう。
(忘れ、なきゃ……こんな、母親に相応しくない感情……忘れなきゃ……)
扉を鍵までしっかり閉めて、窓のカーテンも閉じて、スカートのホックを外す。
(忘れるため……だから……っ)
コレットの豊満な肉体を包んでいた服が、寝室の床に落ちていった。
ご一読ありがとうございました。
忙しかったですが、そろそろ更新再開です。
ヒロインは色々な候補の中からママに。
とりあえず前座で、脱税売春してる不良息子とそっちのママでした。
追記
また誤字報告をいただき、まことにありがとうございます。
誤字は無いに越したことはないのですが、孤独感に襲われずに済んでおります。