誘惑禁止条例 ※性犯罪被害は条例違反にあたらない 作:大中小太郎
妖魔界から数多くの妖女が訪れるこの時代。
そこでママ活なんてものをしていると、たまに『団体客』が訪れる。
仲の良い妖女同士で人間界を訪れて、皆で男を買おうというのだ。
こうした場合、ママ活男子たちのガイドラインでは、一人で複数の女を相手にすることを推奨していない。そのまま誘拐、という事例もあるためだ。
そこで、女が複数だった場合は、ママ活仲間に声を掛ける。
つまり――乱交パーティの幕開けだ。
「あああんっ♡ きてるっ♡ おっきいのきてるぅっ♡」
「あっあっあっあっ♡ 素敵っ♡ もっとっ、突いていいからぁっ♡」
「らめらめらめぇっ♡ 乳首と一緒に奥はだめだからっ♡ 弱いからぁっ♡」
ラブホテルの大部屋に響く、数人の妖女たちの嬌声。
同じ人数の男たちが彼女らと絡み合い、艶やかな合唱を奏でさせている。
演奏者の一人は太智であり、エルフ系の妖女を抱いていた。
「あひゅっ♡ んおっ♡ しゅごいっ♡ 君っ、可愛いのにっ、おちんぽしゅごいよおっ♡」
今日の客である妖女が、騎乗位で突き上げる太智を歓迎している。
年齢はたぶん三十代。全体的に若々しい妖女なので、人間女性に置き換えると二十代ほどの瑞々しい見た目だが、触れる肌の柔らかさは妙齢のものだ。
「ママのおまんこも気持ちいいよ。体は大人なのに、ここだけキツくて、凄い締まりだ」
部屋の中心にある広いベッドの一角で、太智は腰の動きを工夫していく。
「んぁぁぁぁ気持ちいいっ♡ やっぱり気持ちいいっ♡ 人間さんのセックス好きぃ♡」
「んおっ♡ おおおっ♡ イグぅっ♡ イグイグいっぱいイってりゅぅぅぅっ♡」
一夫多妻の夫婦が利用することを想定したラブホの大部屋には、他の妖女もいた。
「いいねぇ、おまんこがしゃぶりついてるねぇ」
「妖魔界じゃこんなことできないんでしょ? たっぷり愉しんでいいんだよっ」
ママ活界隈では先輩に当たる青年たちが、楽しげに妖女を絶頂させている。
「ああぁぁぁっ♡ すごいっ♡ 人間界って最高っ♡」
「人間さんっ♡ エッチすぎっ♡ いっぱいセックスしてくれるぅっ♡」
「ははっ、エロいのは妖女さんの方だろっ」
「俺みたいな男でもこんなに喘いでっ、セックス好きすぎだろっ」
興が乗ってきた男たちが、手付きを荒々しくしていく。
当初の、お客に対するサービスとしての行為ではなく、自分が愉しむための動きだ。
「んおぉぉぉっ♡ おほっ♡ イっでりゅぅぅぅ♡ おっ♡ ずっとなのぉぉぉ♡ イグのもうずっと続いてっ♡ おっおっおっ♡ ぉぉぉぉぉっ♡」
中でも、太智が相手にするエルフの婦人が乱れている。
前にも相手をしたことのある『ママ』なので、弱点は把握していた。
言葉を使って気分を盛り上げるような段階は過ぎ、一頭の雄となって腰を振っている。
これでは、どちらが金を払っているのか分からない。
だが、何度かイカされて燃え上がっている妖女たちは、更なる快感のために雄々しさを許容する。
「ほーら、こっちも負けてられないよっ」
「んあああぁぁぁっっっ♡ だめだめ子宮おかしくなりゅぅぅぅ♡」
「俺も、そろそろイキそうだよっ、ママの中でイっていい?」
「きてぇっ♡ 中出しっ♡ 夢なのっ♡ 中出しでイクの夢だったのぉぉぉ♡」
大きな円形ベッドを三方向から切り分けるように、三組の男女が熱狂する。
「ああ、出るよっ!」「俺も!」「っ!」
「あはぁぁぁっ♡」「出てる出てるぅぅぅ♡」「んおおおぉぉぉっっっ♡」
狂乱の宴は最高潮に達し、三組の男女がフィニッシュを迎える。
どうでもいいものであるかのように、支払われた金が床に散らばっていた。
〇
最近は、ドラッグストアでポーションが買える。
傷がたちどころに治ったりはしないが、セックス後の疲労回復には定評がある。
「おつかれー」
「お疲れさま」
「お疲れさまです」
『団体客の接待』を終えた太智たちは、仕事明けの一杯さながら、ポーションの瓶を開けていた。
夜の繁華街の一角にあるドラッグストアの前に屯する姿は、単なる三人の若者であるが、その正体は情夫である。
「あー、腰がいてぇ」
「今日は忙しかったなぁ」
「あの団体さん、リピーターになりそうでしたね」
太智と青年たちは、まともな仕事でもしてきたかのように言葉を交わす。
客だった三人の妖女は、それぞれ大満足した様子で、名残惜しそうに別れていった。
人間界で男を知った彼女たちは、男日照りな妖魔界に戻った後、さぞや鼻高々に自慢でもするのだろう。
「そういや、目標金額は貯まったか?」
「おう、今日の分でちょうどだぜ」
「車でしたっけ? おめでとうございます」
ママ活仲間の一人が、嬉々として親指を立てる。
彼は特に生活苦というわけではなく、欲しいものを買うためにママ活をしていた。
「お前こそ、留学費用だっけ? 目標まであとどのくらい?」
「俺もそろそろゴールだな。羽振りのいい妖女をあと何人かってところか」
「今日の方から贈り物も貰ってましたよね? あれ、中はなんだったんですか?」
「また腕時計だよ。妖女って男はこれ送っておけばいいと思ってるとこあるよな」
もう一人のママ活青年は、夢を追うための留学費用を求めての売春だ。
健全なのか不健全なのか分からない話だが、彼が『ママ』にその話をして財布の紐を緩めようとしているところは、見たことがない。
「イチは相変わらず貯金か?」
「ええ、まあ。いつか必要になるときまでは」
お金というより趣味感覚のママ活である太智は、澄ました顔でポーションを飲む。
これ一本であと一回戦はイけると評判の栄養ドリンク的なスタミナポーションが、疲れた足腰と股間に染み渡るようだ。
「そういや聞いたか? いつもの漫喫、目を付けられ始めたらしいぞ」
「げ、マジかよ」
「それって、いわゆるガサが入るってことですか?」
話題になったのは、太智が偽のバイト先としている漫画喫茶だ。
マッチング会場として使われているそこに、どうやら法の正義が及びそうだという。
「いまのところは、『あの店でママ活が行われている』って知られ始めたくらいらしい。近隣の警察とか学校とか、目を光らせてるかもな」
「てことは、あの店も潮時かぁ。まあ、そのうち新しい出会いの場ができるだろうさ」
よくあることらしい。
セックスで稼げることを知った青少年がいると、いつの間にかママ活スポットが生まれ、そこに良識ある大人たちのメスが入る。
するとママ活男子たちは、ここはもう駄目かと街へ散り、またどこかに新しいスポットを構築するのだ。
「イチ、お前は特に気を付けろよ? 俺たちは大人だから追徴課税で済むだろうけど、お前くらいの歳だと保護者まで呼ばれてひと悶着だぞ?」
青年が太智に警告する。
追徴課税は『済む』と言えることではないが、自分一人で片付けられることだ。
しかし太智は、日中には制服を着ている身だ。お巡りさんを通じて家に連絡が行く。
息子は健全なアルバイトを頑張っていると信じている、コレットに。
「そう、ですね……試験も近いですし、一時休業しつつ様子を見ます」
太智はそう言って時計を確認する。
バイト帰りに寄り道したと言って済む時間は、そろそろ過ぎそうだ。
青年たちと別れて、帰路につくことにした。
(あの場所は、次のお客さんで最後にしよう。バイト先は治安が悪そうだから辞めたとか適当に……)
太智は怪しまれない言い分を考えながら、信号待ちの間にスマホを手に取る。
SNSのママ活用アカウントを開き、メッセージが届いていないかを確認していた。
先日のノーラから、やたら丁寧なお礼の文章が届いていたかと思えば、また別の女性からもう一度抱かれたいというラブコールも届いている。
のめり込まれても面倒が増えるので、基本的に同じ女性と何度も会うことはしていない。探しているのは、新しい女性からのメッセージだ。
『拝啓、イチさん。
お目にかかりたくご連絡しました――』
あった。
なんとも丁寧な書き出しの、不慣れそうな文章だ。
流石にこちらがそういうアカウントであることは承知しているようで、どこに足を運べば出会えるか、お代はいくらほど準備すればいいかと聞いてきている。
「……っ!?」
驚いたのは、アカウント名だ。
最初は偶然かと思った。妖女なら珍しい名前じゃない。
しかし、その他のプロフィールに目を走らせると……
(母、さん……っ!?)
アカウント名には堂々と、『コレット』という名前が記されていた。
〇
今夜――自分は男を買う。
人生でそんな選択をするなどとは、思ってもみなかった。
(大丈夫……大丈夫よね? 多かれ少なかれ、みんなしてるって言うし……)
帰宅した太智がアルバイトに向かうのを見送った後、コレットは服を着替えた。
青いニットのセーターに、膝あたりまでのスカート。
大人の女性として露出度は控えているが、セーターには豊満すぎる胸の曲線が如実に浮いており、なんなら露出しているよりも卑猥だ。
自分が異性の気を惹ける魅力など『これ』しかない――と、コレットは思っている。
男性経験の無い彼女は、自分の魅力に気づいていないタイプの喪女だった。
(お金、もっと下ろしてきた方がよかったかしら? でも、調べた限りこれで足りるみたいだし……人間界の男の子、安売りしすぎじゃない?)
ネットで『ママ活』については調べた。
検索はいつしかマッチング目的のサイトに行き着き、そこではママを求める少年たちが、素性を隠しつつプロフィールと希望額を紹介していた。
その金額は、妖女であるコレットからすると、黄金を銅貨数枚と交換するかのようだ。
(売ってしまう男の子の中には、苦労してる子も多いって聞くけど……こんな端金で身を売るほどだなんて……)
おこがましい思考に囚われる。
息子とそう歳も変わらぬような少年が、妖女基準では考えられない安売りをしている――それを哀れに思うと同時に、「助けてあげたい」という善意が湧いてくる。
しかしその善意は、「これは人助けなんだ」と、買春へのハードルを下げるばかりだった。
(待ち合わせの時間……遅れちゃう)
いずれにせよ、もう後戻りはできない。
紹介サイトから見つけた『イチ』という少年には、もう会う約束をしてしまった。
震える指で入力したメッセージのやりとりで、時間と場所を伝えられている。
いまさらキャンセルなんて、殿方の面目を潰すようなことはできない。
(なにより……もう……身体が……隠しきれなくなっちゃう……っ)
これから男に抱かれるのだと思うと、心臓が早鐘を打ち、各部が熱を帯びる。
今日も家に帰ってきた太智を見て、劣情に襲われた。
特に今日は、いつも以上に、雄々しい視線を向けられているように思えた。
きっと、自分の欲求不満がそう感じさせたのだろう。
このままでは、いつか本当に、太智に気づかれてしまう。
自分を清廉潔白な養母だと信じて疑わない我が子に、本心では劣情を覚えていたのだと。
そんなことになったら――全て終わりだ。
コレットの中では、死よりも避けたいくらいに、太智からの失望と軽蔑が怖い。
(解消、するだけ……ちゃんと、太智くんの、お母さんでいるために……この、浅ましい身体の、メスの部分を、鎮めてもらうだけ……っ)
だからこれは、自分たち親子を守るために必要なのだと――
そう自分に言い聞かせながら、コレットは身を潜めるように繁華街を歩き、待ち合わせの漫画喫茶を訪れる。
「……っ」
自分の横顔が――欲情した妖女であることに、彼女だけが気づいていない。
そしてその顔は、すぐに青ざめることになる。
〇
「……イチ、お前どうした?」
「ん? どうしたって?」
「いや、いつになくキレ気味の面してるぞ?」
いつもの漫画喫茶で、太智はママ活仲間の青年に冷や汗を掻かせていた。
「ああ……そんなに顔に出てた?」
「おう。張り込みしてる刑事だってもっと柔和な顔してるぞ」
青年が指摘するように、漫画喫茶のソファーに腰掛けた太智は、親の仇を待ち構えるかのような表情で、出入口を睨んでいる。
「声掛け待ってんなら、もうちょっと愛想良くしろよ。空気硬くなるだろ」
「ごめんごめん、今日は待ち合わせだから、相手が来たらすぐ出て行くよ」
この漫画喫茶で行われるママ活は二通り。
事前に連絡をとって待ち合わせているか、男を買いに来た妖女を寛ぎながら待っているかのどちらかだ。
今夜の太智は、とある女性にSNSで予約されている。
「珍しいな。お前がフィーリング抜きでホテル直行とか。そんなにいいママなのか?」
青年は興味深そうに尋ねる。
容姿がいいのか、金払いがいいのか、どちらなのかと。
太智は複雑そうな顔をして沈黙した後、店の出入口を見たまま、やがて答える。
「……まあ、控えめに言って最高かな」
店内に現れたのは、太智にとって唯一無二の『
(本当に、来ちゃったんだ……)
緊張した様子で店内を見回しているコレットに、太智は目を細める。
太智のママ活アカウントに連絡を入れてきたときは驚いた。
コレットという名前は偶然だと思ったが、そのSNSを覗いてみると平凡な主婦アカで、明らかに太智の暮らすマンションの部屋が投稿画像に散見される。
彼女は機械やデジタルに弱い。
男を買うためのアカウントを新しく作るなんて発想は、無かったのだろう。
当初は、自分のママ活がバレてしまったのかと思った。
息子のママ活用アカウントに母親が突撃するという痛烈な形で、叱りに来たのかと。
しかし違った。
コレットは『イチ』が自分の息子だと気づいていなかった。
顔は晒していないし、プロフィールも本当の自分から年齢などをズラしている。
もしやと思ってメッセージをやりとりして、確信した。
あくまでこれは、数奇な偶然なのだと。
そして――彼女はいたって本気で、ママ活をする男を探しているのだと。
(あんなに、余所行きの格好して……っ)
見慣れているはずの義母は、一段と綺麗だった。
触り心地の良さそうな生地のニットセーター、清楚だが大人びたスカート。鞄や靴まで、女としての気合いを感じさせる。
彼女は……あの服で、あの身体で、男を買いに来たのだ……っ!
「…………」
自分が昏い瞳をしている自覚があった。
胸の内の感情は、一言では表せない。
信頼していた母が、一人の女として劣情を抱き、男を求めている。
それに対する驚きと怒りと落胆、これまで彼女に向けてきた性欲。
息子としての感情と、オスとしての感情が、ない交ぜになっている。
心臓は煮えたぎるように熱いのに、頭はゾッとするほど冷静だった。
そんな自分を不思議に思いながら、太智はソファーから立ち上がり、背後からコレットに近付いていく。
「コレットさんですか?」
「あ、はいっ」
コレットは喜色満面で振り返った。
待ち合わせしている『イチ』だと思ったのだろう。
いかにも今日初めてママ活をしますという、初心で淫乱な妖女の顔で、振り返る。
「――――っ!?」
絶句、沈黙、驚愕。
それら三つが同時に、コレットの顔を凍り付かせる。
ああ、それはそうだろう。
これから若い男と金でセックスをしようとしていたところに、息子が現れたのだから。
「た……いち……くん……?」
完全に思考力を失っている様子で、息子の名前を呟くコレット。
その顔は急速に青ざめていき、血の気が引く音がこちらまで聞こえてきそうだった。
「
逆に太智の頭は冷えている。
白々しい笑みを浮かべながら、さも初対面のように挨拶しつつ、彼女の肩を抱く。
「え?」
「――話を合わせて、怪しまれる」
当惑しているコレットのエルフ耳に囁く。
判断力を喪失しているコレットは、思惑通りハッとして、口から出そうになった声を噛み殺した。
「さあ、行きましょう。待ちきれなかったんです」
あたかも、下心を隠せない年下の彼氏とでもいった風情で、コレットを出口に導く。
漫画喫茶の精算を済ませ、来たばかりのコレットを屋外に連れ出した。
あの場所にいて、コレットが親子であるとバレるようなことを口走る前に。
同時に――あの場所にいる他の男たちが、彼女に興味を抱かないように。
「た、太智くん……っ!? あの、なんで、ここに――」
「そっちこそ」
動揺しているコレットをひと睨みすると、怒声を浴びたようにビクッと身を竦ませる。
主導権は渡さない――
いま彼女は、『息子の売春を見咎める母親』などではない。
あくまで、『買春の現行犯を息子に押さえられ母親』でいてもらう。
「それっぽく振る舞って。バレたらお終いだよ」
「っ」
太智はコレットの手を引いて、夜の繁華街を歩き出す。
冷静になって考えると、お終いということはない。
こんな時間に母と息子が繁華街を歩いているのは、不自然と言えばそうだが、なにかしら用事があったことにすればいい。
しかし冷静さを欠いていたコレットは、太智に思考を誘導される。
いまこの場で、自分たちが親子であると発覚するのは、致命的なことなのだと思い込む。
「そこで話そう」
太智が示したのは、ホテルだ。
良心的な価格でご休憩ができる、ホテルだ。
「えっ? で、でも――」
「誰にも邪魔されないからだよ」
コレットは、どう考えても息子と入ってはいけない施設に慌てるが、太智がそう言うと、他意は無いのだと解釈したのか、また従順に手を引かれる。
大きな間違いだ。
太智は『邪魔されない』と言っただけで、『そういう行為』を否定していない。
そんなことにも気づかないほど、コレットは混乱しており、自分に従わされている。
この状態を保つために、太智はコレットにたたみ掛けた。
「色々と聞きたいことがあるんだ。まさか逃げないよね?」
「っ」
部屋を借りながら脅すと、コレットは震え上がる。
完全に、自分が糾弾される側だと認識してしまっていた。
彼女には、太智に「こんなところで何しているんだ」と追及することもできた。
だが、息子に決して見られてはならない場面を見られてしまった――という罪悪感が、その発想に至らせてくれない。
気がつけばコレットは……男女の睦み合いを想定した部屋に連れ込まれていた。
「あ……」
思わず部屋を見回して、コレットは唖然とする。
飾り気のない内装だ。ビジネスホテルだと言われたら真に受ける。
しかしコレットの視線は、白く清潔なシーツに覆われたベッドに向いていた。
そういう行為を想定した部屋に、事もあろうに息子と居る――そんな異常事態を認識してしまったのだろう。
「た、太智く――」
「母さん! なんであんなところに居たんだ!」
我に返りかけたコレットが太智に向き直ると、太智が両肩を掴んで声を上げた。
ビクッと震えたコレットを、太智は怒気を宿した真剣な顔で睨み付ける。
「え、あ……それ、は……」
コレットは青ざめる。
愛する息子に、決して知られてはならないことを知られてしまった――
金で異性を買おうなどという不貞行為の現場を、誰より信頼を損なってはならない息子に見つかってしまった――その現実を直視させられて。
「偶然、知っちゃったんだ。母さんが、ママ活をしようとしていること。
だから待ち構えて、何かの勘違いならいいって思ってたけど……」
太智は、大げさに怒り、悲しんで見せる。
怒っているのも悲しんでいるのも本当だが、コレットに考える余裕を与えないためだ。
客観的に見れば、ママ活に関して『初犯』かつ『未遂』のコレットより、何度も繰り返し売春してきた太智の方こそ糾弾されるべきだ。
そこに思い至らせないために、太智はコレットの精神を揺るがす。
「母さんが、そんな人だなんて、信じたくなかった!」
強烈な言葉を真っ正面から受けたコレットは、呆然と目を見開いた。
「ご……ごめん、ね……ごめん、なさい……っ」
コレットの目から光が失われ、目尻から涙が零れる。
太智が掴んでいる肩と、謝罪の言葉を紡ぐ唇が、震えていた。
終わった――という顔だ。
自分の人生が、母親として培ってきた全てが、終わってしまった。
「――っ」
その顔を見たとき、自分の胸中に生じたものを、太智には言語化できなかった。
傷付けてしまったという罪悪感。
追い詰められて泣いている母への哀れみや慈悲。
あるいは、自分の糾弾で心が敗北している彼女への、優越感。
そして何より……
ホテルで、ずっと見ていた女性が、弱々しく震えている姿への、否定しがたい――欲情だ。
生唾を飲む。
しかし耐える。
まだだ――この千載一遇の好機を逃してはならない。
勢いに任せてしまっては、このチャンスを無駄にしてしまう。
太智の中の、自覚しているよりも狡猾な部分が、悪魔のように囁いていた。
「……いいんだ。怒鳴ってごめんね、母さん」
太智は、打って変わって優しい口調になると、コレットを抱き寄せた。
「っ、太智、くん……?」
当惑するコレットは、太智の胸板に顔を埋めさせられ、頬を染める。
身体が大きくなったことは日々に生活で見ていたが、こうして密着するなど何年ぶりか。こんなときだというのに、息子の成長を喜ぶと同時に、男の逞しさを肌で感じてしまう。
「母さんだって、大人の女性だもんね。
いつも僕のことばかり考えて、負担が溜まって、誰かに甘えたかったんだよね?」
「っ」
首を交差させるように抱き合っているため、互いの顔は見えない。
コレットは、バツが悪そうな顔をしていた。
太智が理解を示し、怒気を鎮めてくれたのことにはホッとしている。
(違う……私が、ここにいるのは……そんな、同情してもらえるような理由じゃ……)
辛くて寂しかったから誰かに甘えたかったなんて可愛いものではない。
もっと浅ましくて、醜いもの。
息子への欲情を、同じ年頃の男に抱かれることで解消しようとしていたという劣情なのだ。
(いま、だって……っ……こんな、ときに……っ♡)
証拠に、いまも身体が火照っている。
自慰の折に幾度も思い描いていた太智の腕と胸板に抱かれ、念願が叶ったとばかりに体が反応してしまっている。
動悸が高まる、体温が上がる、ブラの中で乳首が尖り、腹の奥で子宮が疼く。
目の前にある息子の体を、オスとして認識してしまっていた。
「……っ♡」
そんな自分に見て見ぬ振りをして、コレットは太智の背に恐る恐る腕を回す。
この状況をこれ幸いと、あたかも母と子が感動の和解に至るシーンであるかのように利用して――愛しい
「…………」
そんなコレットの欲情に――太智が気づいていないはずもなかった。
ママ活で何度も妖女を抱いてきた嗅覚が、妖女のフェロモンを嗅ぎ取る。
この母はいま、自分に抱きしめられることで、メスとして反応しているのだ。
(ああ、やっぱり……)
見られている――と感じることはあった。
妖女が男性に欲情するときの気配は鮮明だ。
ママ活で女を知るようになってからは、より見逃さなくなった。
母は……自分に性的な目を向けている。
そんなまさかと思っていた感覚を、確信に変えるために――腕に力を込める。
妖女の体は性感帯が豊富で、欲情していれば相応に敏感になる。
抱きしめられ、豊満な胸を男の胸板に押し潰され、逞しい両腕で肩と背中を包まれる。
そんな状態のまま力を込められ、引き締めるように抱かれれば――
「……ぁ♡」
明確な、性感の声が、コレットの口から零れ出た。
慌てて口を閉じるコレットだが、太智が聞き逃すはずもない。
コレットからは見えない太智の顔が、どこか邪悪に、口角を釣り上げる。
「
「っ!?」
エルフ耳に囁くと、腕の中でコレットの体がびくっと震える。
息子の気配が一変したことを、肌で感じ取ったのだろう。
「ごめんね……僕、やっぱり悪い子だった」
「た、太智くん……?」
ゆっくりと足を動かして前進すると、コレットも押されて後退する。
向かう先は――睦み合うために設置された、ベッドだ。
「ママのこと――犯したくなっちゃったよ」
二人の体がベッドに倒れる音と、コレットの短い悲鳴が、部屋に響いた。
ご一読ありがとうございました。
四話も同日登校しております。