誘惑禁止条例 ※性犯罪被害は条例違反にあたらない 作:大中小太郎
自分の醜いところはなんだろうか?
顔と心だ――と、望月隼樹は答える。
隼樹の住んでいる地域には、妖女がいなかった。
妖魔界と人間界が行き来できるようになったとき、多くの妖女が移住してきたが、いきなり日本全国に移住が認められたわけではない。
様々な理由で移住先にはバラつきが生まれ、妖女をまったく見かけない地域も発生した。
隼樹の故郷がそれだ。
隼樹にとって妖女とはテレビやネットで見るもので、なんだか見目麗しく淫らな『外界人』という印象だ。
僕みたいなブサメンにも彼女ができるぜひゃっほう! などと浮かれることもなかった。
妖女の居ない地域は旧時代の価値観を保つ。
いたいけな少年が妖女に性加害されない代わりに、醜男を好んでくれる美女も現れない。
そういう『普通の環境』で、顔面偏差値が小数点みたいな顔で思春期まで育てば、女性観は順調に歪む。
(僕みたいな不細工を好きになる女なんているわけない。
いるとしたら詐欺か罰ゲームか、よくて男なら誰でもいいレベルの色情狂だけだ)
いじめを原因に地元を離れ、他県の学校に入学した頃には、そんな思考が普通になっていた。
たとえその先に妖女の生徒が多くいて、自分の顔をバカにする女が居なくても。
カースト最下位だと思って見下してくる男子が居なくても。
(教室に上手く溶け込んで、勉強して、卒業すればいい)
気の毒なことに、歪んだ劣等感に縛り付けられた隼樹の心は、他の男子と同じような青春を送ろうとしない。
(彼女とか、セックスとか、別にいい。恋愛も、人間関係も、面倒くさい)
性欲はたまに自慰で処理、異性との会話はクラスメイトの範疇で。
級友の男子には、複数の妖女と付き合っていたり、義理の姉や妹とヤっていたりする奴もいる。
級友の女子には、エロゲの世界から抜け出してきたようなスタイルのエルフや獣人などがいる。
(どうでもいい……)
全部、違う世界の住人たちだった。
ジャンルの違う人生、自分には無縁のイベントを生きる同年代たち。
妖女は顔の美醜を気にしない子も多く、彼女らとの接点を増やせば恋人くらいできるだろう。
でも、しない。したくない。
こういう自分は好きじゃないけど、それ以外で気分に波風が立たない日々を、隼樹は心から望んでいた。
――そう、思っていたのに。
「あ……あぁ……っ!?」
ふと我に返ったら、そんな日々は終わっていた。
場所は、自分の部屋。
ベッドの上で膝立ちになっている。
そんな自分の眼下には――
「はぁ……はひっ……あ……っ」
犯され、白濁液を体に掛けられて放心状態になった、いたいけな少女がいた。
汚された肌、虚ろな瞳、涙と涎で汚れた顔、笛のような音を伴う荒い呼吸――
誰がどう見ても、乱暴された直後の、哀れな少女の姿だった。
(嘘、だ……僕、僕が……なんて、ことを……)
頭を抱えた。
自分だ、自分がやったことだ。
半脱ぎになったズボンから出ている、精液と愛液に汚れた逸物がその証拠。
(女の子を……レイプ、しちゃったのか……っ!?)
自分が、そんなことをする人間だなんて思わなかった。
創作物などでそういうシーンに触れれば胸糞が悪くなり、性犯罪者の話を聞けば死刑にしろと思う人間だった。
覗きとか痴漢とか、そういうのも成人作品で楽しめればよくて、実行に移そうなんて考えたこともない。
ロリコンなんて登場人物の特徴のひとつで、自分が年端も行かない少女に狼藉を働く未来なんてありえない。
顔の醜さがコンプレックスで、多少は人格が歪んでいても、そんな人間にだけは絶対にならない。
そんな隼樹の自己認識を、目の前の犯罪現場が粉々に壊していた。
(僕は……ああ、なんだよ……そこまで、クズだったのか……っ!!)
自分の醜いところはなんだろうか?
顔と心だ――と、昨日まではそう答えた。
心の方が、もっと醜かったようだ。
○
もし、クラスカーストというものが突然可視化されたら、自分の順位は最下位だ。
今日ほど、隼樹がそれを確信したことはない。
――つい先日、クラスメイトを強姦したにも関わらず、素知らぬ顔で登校しているのだから。
「おはよー」
「あ、ああ、おはよう」
なのになぜ……教室はいつも通りなのだろう?
男子と人間女子と妖女が同数くらいいる教室、その三分の一しかいない男子たちの席に鞄を置く。
「お前、大丈夫か?」
「えっ? な、なにが?」
「いや、なんか挙動不審だぞ?」
「ああ、いや……なんでも……」
近くの席の男子はいぶかしんだが、それ以上は追及してこなかった。
(知らない、のか? まだ、誰にも言ってないのか……)
隼樹は恐る恐る、一人の女子生徒に目を向けた。
「えー? 絶対おいしいと思うんだけどなー? チョコレート豆腐」
「いやいや、その組み合わせはありえないって! 日本の魂的にっ!」
「でもほら、杏仁豆腐だって豆腐だもんっ」
「それは同じ豆腐でも別物だからっ」
ちょっと物申したくなる談義をしているのはさておき。
教室の中心で女子たちに囲まれている小柄な生徒――彼女の名はミースという。
ドワーフ系の、お人形のように可愛らしい妖女だ。
長い黒髪は日本人形のようで、顔立ちは童顔、反して豊満なスタイル。
古い言葉で言うとトランジスタグラマー、二次元の世界にしかありえないような低身長巨乳だ。
その体型は別としても、屈託が無くて甘え上手な性格で、クラスの女子から妹のように可愛がられている。
周囲にいる女子が、妖女も人間女子も問わないというあたり、人望の厚さが窺えた。
――隼樹のような醜男にレイプされたとは、到底思えない。
「っ!」
ミースと隼樹の目が合った。
その瞬間、隼樹は「終わった」と思った。
彼女はきっとこう言うだろう。
「私、望月くんに乱暴されたの!」
いや、流石に朝の教室でそこまでは言わないだろう。
だが、きっとこの後それとなく、周囲の女子に自分の罪を暴露するだろう。
そうなれば終わりだ。吊るし上げられるどころの騒ぎではない。
(ああ、そうか……なんで休日を挟んでるのに警察が来ないんだろうと思ったら、先に教室での制裁を与えてたっぷり白眼視させてから、仕上げに逮捕させるんだな)
そんな想像を膨らませる隼樹は、ただその断罪の瞬間を待つ。
覚悟はしてきた。
本音を言えば、学校など休んで家に引きこもり、毛布を被って震えていたかった。
それでも、せめて彼女の手で罰を与えられることが、せめてもの償いなんじゃないだろうかと、こうして登校したのだ。
(いや、それもひどいな。自分を犯した男の顔をまた見るなんて恐怖しかないだろうに)
ああ、どうして僕はこう愚かなんだ――と、隼樹は自己嫌悪に沈む。
いつどのタイミングで、教室中から汚らわしげな視線を突き刺されるかと思うと、胃が痛い。
(でも、ミースさん、いつも通りだな……女の子ってそういうものなのかな?)
同じ教室に、自分をレイプした男が居るのに、何も緊張や恐怖を示さない。
それをどこか不気味に思いながら、隼樹はそれこそ断頭台に固定された気分で、一日の授業を受けるのだった。
○
(だめだ、吐きそう……)
昼休みの終わり頃、隼樹はトイレの個室で眩暈と吐き気を堪えていた。
無理だ、耐えられない。
同じ教室に、自分が乱暴してしまった女が、まるで平気そうな顔でいる。
彼女はいつでも自分を社会的に殺すことができて、自分にそれを防ぐ手段も道理もない。
せいぜい冤罪だと白を切るくらいだろうが、彼女が自分の体液を証拠品として採取していたらいい訳できない。
そんな証拠なんて無くても、教室での発言力を見れば、どちらが信用されるかは明白だ。
(ああ、もういっそ、死んで詫びようかな……)
いくら加害者とはいえ早まったことを考えながら、隼樹はトイレを出て教室へ。
「あ、あの……望月、くん?」
「っ!」
呼び止める声を聞いた瞬間、隼樹の心臓は止まりかけた。
いつも教室で耳にしている、可憐で愛らしいその声は、間違いなくミースのもの。
振り返ってみれば、少し気まずそうな顔をした彼女がそこにいた。
「ミース……さん……」
「ご、ごめんね? 突然声かけてっ」
ミースは周囲の目を気にしながら、小声で謝っている。
なぜ、彼女がそんな下手に出るのだろう?
被害者が加害者に物申しにきたのなら、もっと親の仇を見るような顔をすべきなのではないか。
ああそれとも、いざ目の前にすると怖くて、ついそんな態度になっているのだろうか。
「その、これっ」
ミースが差し出してきたのは、電話番号が記されたメモ帳だった。
「学校じゃ、話せないから……勝手だけど、放課後に、電話で……いいかな?」
「あ、ああ……」
なるほどそれもそうか、と受け取る。
セカンドレイプなんて言葉もある。自分が被害者だと周囲に知られるのは、きっと辛いだろう。
電話であれば、相手に危害を加えられることなく罵れるし、示談の話や自首の勧告もしやすい。
顔見知りの間で性犯罪が起きると、こんなやり取りがあるものなのかもしれない。
「じゃあ、望月くんの都合のいいときでいいからっ」
ミースはパッと離れると、先に教室へ向かっていった。
急ぎ足のせいか、スカートがすこし浮かび、小柄に反して肉付きのいい太ももが見えた。
(っ、くそっ! この期に及んでなに見てるんだ僕はっ!!)
最悪だ、最低だ。ちっとも反省してないじゃないか。
彼女が電話を選んだのは正解だった。
また二人きりになったら、二度目の暴行をしていたかもしれない。
もはや……『自分はそんなクズじゃない』なんてこと、口が裂けても言えなかった。
――隼樹は学校の近くにあるアパートに部屋を借りている。
学園生徒専用アパートという形での学生寮であり、地元では同年代に蔑まれるばかりだった隼樹には、一人暮らしの苦労よりも安心感が勝る。
部屋はワンルームでちょっと狭いが、学生の一人暮らしにはちょうどいいくらいだ。
(そうだ……昨日、僕はここに、ミースさんを連れ込んで……)
なぜか不明瞭だった記憶が、いまになって戻ってくる。
(この、ベッドで……)
ベッドを目にした隼樹の頭に、そのときの光景が蘇ってきた。
○
――あのとき、自分はただのケダモノだった。
理性を捨てた性獣となって、喚くミースを力任せに突いていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ っ っ っ♡♡♡ あひあああぁぁぁっっっ♡」
ガクガクガクッと、痙攣を繰り返すミースの体。
ベッドで仰向けになり、破くように開かれた制服のシャツから、豊乳が踊っている。
それこそリコーダーを吹いていても不思議ではない背丈に、あまりに不釣合いな大きさの乳房。
下ろされたブラが胸を持ち上げて、メロンのような女肉の球体を強調していた。
「んおっ♡ おふおっ♡ おおおぉぉぉっ♡」
可憐な顔立ちは、ひどい有様だった。
涙が零れ、涎が溢れ、幼さすら感じる童顔がぐちゃぐちゃになっている。
ひどい暴行を受けて泣きじゃくる、見ているだけで胸を抉るような姿に――あろうことか、隼樹は興奮していた。
「ははっ! エロいっ! ミースさんっ、すっげえエロいっ!」
思ったことをそのまま口に出しながら、ミースの胸を本能のまま掴んで、腰を突き落とす。
「おほぉっ♡ んおおおっ♡ おひゅっ♡ あひぃっ♡」
間抜けな声を上げながら、首を左右に振ってよがり狂うミース。
「ああ感じてるっ、ミースさんが感じてるっ! 僕のでっ! 僕なんかのセックスでっ!」
じゅぱっ、じゅぱんっ! と、荒々しく打ち込まれる隼樹の肉棒が、ミースの愛液を溢れさせるように膣口を出入りする。
「ふぎゅぅぅぅぅっ♡ 太いぃぃぃっ♡ おっきぃよぉぉぉっ♡」
「あははっ、悦んでるのっ? 犯されてるのにっ♡ エロいっ、エロすぎるっ! 妖女って本当にこうなんだっ!」
すき放題に女穴を荒らしまわる快感に、隼樹は酔っていた。
細い手首を掴んで頭上に押し込むと、いたいけな少女を捕獲しているという実感を得られる。
「ああ気持ちいいっ、リアルおまんこすげぇ気持ちいいっ! 妖女の体ドスケベすぎるっ!」
猿のように知能を低下させた隼樹は、無我夢中で腰を振った。
「んあああぁぁぁぁーーーーっ♡♡♡ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ♡♡♡」
子宮口を突き上げられ、絶頂に叫ぶミースは、雄たけびを上げるように喉を逸らしていた。
「おいうるさいぞっ、声くらい我慢しろよっ!」
その口を片手で塞いでやると、恐怖心からかビクビクビクゥっと全身が痙攣する。
そんなミースの全てを無視し、隼樹はがむしゃらに腰を振りたくる。
未熟な童貞ペニスが、小さな膣を蹂躙する。
その快感は筆舌に尽くしがたいもので、隼樹は無我夢中で腰を突き入れていた。
じゅぱんっ、じゅぱんっと肉を打つ音が激しくなると――やがて隼樹の限界が訪れる。
「もう、射精るっ!」
「ひぎゅああぁぁッ♡♡♡」
辛うじて残っていた理性で、肉棒を引き抜いた。
びゅるるるっ! と、引き抜く前から始まっていた射精が、抜いた後も続く。
それはミースの汚れない肌に、白濁液の雨を降らせることになった。
「ん゛おおぉぉぉぉ♡♡♡ あちゅいぃぃぃっ♡ おにゃかっ♡あひゅっ♡はひゅうっ♡」
腹部に降りかかる子種に、ミースは蝋でも垂らされたように震え上がる。
「はっ、はぁっ、はぁぁ……っ」
荒い呼吸を繰り返しながら、隼樹は最後の一滴をミースの臍に垂らす。
「はひゅぅぅっ♡ ふぅぅぅっ♡」
引き抜かれた後も、まだ行為が続いているかのように、ミースはびくびくと痙攣し続けていた。
「……え?」
そこで、隼樹は我に返る。
目の前には、犯された少女。
眼下には、射精したばかりの逸物。
自分が何をしてしまったのか理解するには、十分な光景だった。
「な、なんで……僕……嘘だ……そんな……っ」
死体でも見つけてしまったかのように、隼樹はミースから離れる。
無意識に服装を正して、精液に塗れた逸物を、強引にトランクスの中へ隠す。
まるで人を殺してしまった人間が、必死かつ穴だらけな証拠隠滅を図るように。
「あ、ああ……違う、違うっ! 僕じゃないっ、僕じゃないっ!」
みっともなく現実逃避する隼樹に、まだ意識を朦朧とさせているミースは反応しない。
そんな彼女が、やっと意識を取り戻したのか、視線を動かして隼樹を見た。
目が合った隼樹は、彼女の瞳にどんな感情が宿っているかも分からぬまま――
「帰れっ、帰ってくれ!」
そう言いながら、自分の方から部屋を飛び出す。
完全に精神の安定を損なっていた。
結局、その後は近所をさまよい続けた。
警察に捕まるのか、親になんて言えば、人間のクズだ、ニュースになるのか――
そういう破滅の未来が浮かんでは消えてまた浮かぶ、拷問のような苦悩を抱えながら。
やがて部屋に戻ってきたとき――ミースの姿は無かった。
○
「……俺、死んだ方がいいのかな?」
いよいよ取り返しの付かないことを考え始めた隼樹。
部屋の床に呆然と膝を付いて、腕をだらりと下ろしたまま天井を見上げる。
女に乱暴狼藉するような男なんて、それが妥当だ――と、隼樹の倫理観は言っていた。
これは隼樹のいた環境にも一因がある。
隼樹のいた地域は妖女が少なく、風聞でしか妖女を知らない。
そんな地域で囁かれる妖女とは、曰く色情狂、曰く都会で乱交している、曰く少年を連れ去り淫らな行為をするなど、悪目立ちした例が全体化されている印象だった。
結果、そんな淫らな種族の襲来により、反動的に禁欲主義が生まれる。
性は悪、セックスは汚らわしい、それをするのは男も女もバカばかり。
そういう空気に育ったことで、隼樹の性倫理はいささか過剰なくらい堅かった。
(死ぬ前に、ちゃんと謝らなきゃ……)
学校でミースからもらったメモを確認、記されていた番号を入力する。
コールするのに躊躇う時間の長さに反して、コールしてから出るまでの時間は短かった。
『は、はいっ、ミースですっ!』
「あ、その……望月です……っ」
大慌てで電話を取ったらしいミースに気圧されながらも、隼樹は本題に入る。
「その、この前の……あの件の、ことなんだけど……」
『う、うん……えっと、その……』
お互いに、意を決するような間をおいて――
「『ごめんなさいっ!!』」
同時に謝った。
隼樹は電話越しだというのに土下座する勢いで頭を下げており、あるいはミースも同じだったかもしれない。
「え?」
『え?』
間の抜けた声が、お互いの受話器から聞こえていた。
――しばらく後。
「『誘惑』、した?」
隼樹が聞いたのは、ミースの懺悔だった。
『うん。その、ごめんなさい……』
改めて謝るミース。
妖女が持つ能力――誘惑。
相手の精神状態に目と魔力で作用して、強制発情させる催眠能力。
掛けられた男性は理性が麻痺して、性欲が高ぶり、妖女の意のままにされてしまう。
「あれが、そうだったんだ……」
『やっぱり、覚えてなかったんだ。魔力に抵抗が薄いと、そうなるって聞いたことある』
たしかに、丸一日が経ったいまでも、全てを思い出せてはいない。
(僕は、被害者だったんだ……)
ずっと逆だと思っていた。
自分が乱暴したわけではないのだと知って、妙に安心してしまう。
「よかった……」
『えっ!? あっ、うんっ! わ、私も……き、気持ちよかったです……♡』
「いや、そうじゃなくて。自分が女性を乱暴したわけじゃなくてよかったって意味だけど……」
『ああそっち!? 本当にごめんっ! あれは全部私のせいだからっ! 望月くんはそんなことする人じゃないからっ!』
勘違いしていたミースは、慌てて保証する。
どちらにせよ、加害者と被害者の会話には聞こえなかった。
「でも、どうしてそんなことを……」
『そ、それはその……望月くんが、エッチだったから……』
「ごめんなさい」
『え?』
「そうだよね視線感じるよねそんな見てるつもりなかったけど胸とか太ももとかたまに見てたし女子はそういうの分かるって言うよね」
『望月くん?』
「不快だよねセクハラだよね僕みたいなのに見られてるなんて体に虫が集ってるような気分だよね分かる分かるよ僕が女子で鏡に映るこいつが性欲出してきたら吐きそうだもん」
『落ち着いてっ!? なに言ってるか分からないけど絶対なにか勘違いしてるよ!? 後遺症っ!? 誘惑の後遺症なのっ!?』
電話の向こうでミースが慌てふためいていた。
「ああ、ごめん、つい。それで……幾ら払えばいいのかな?」
『はい?』
「示談金。うん、やられたよ。誘惑されたとはいえあんなことしちゃった以上、訴えられたら終わるし。ははは、都会って怖いなあ」
『ちょ、ちょっと待って!? なんで望月くんがお金払うみたいな話になってるの!?』
「え? そういう商売じゃないの? 痴漢冤罪ふっかけて示談金せしめるみたいな。
いや、今回は冤罪じゃなくて実際にやってるから、当たり屋? なんにせよ、よくやるよ、僕みたいな不細工に」
『……望月くんの中で、私がとんでもない鬼畜になってる』
「え?」
『そんなわけないでしょ!? 男の子をレイプした上に金まで払わせるってどんな外道!?
いやどの口が言ってんだって話だけど、私そこまで腐ってないよ!?』
「えっと……お金のためじゃないなら、なんで?」
『純然たる性欲だよ! 単に私が性欲を抑え切れなかっただけの事件だよ!』
人生でこんな会話をする日が来るとは、どちらも思っていなかった。
『望月くん、いまだに自分が被害者だって認識ない? そういえば、人間の男性ってそういうところあるって……』
「いや、誘惑された男性が被害者だって話は知ってるけど……裁判だとそれでも有罪になるって聞くし」
『いまはそんな時代じゃないから! 男性が性被害者になることにも世間の理解はあるから!
泣き寝入りしないで! 勇気を出して! ああごめんやっぱり無し示談にしてくださいっ!』
いつの間にか性加害者が被害者を励ます図になり、ミースは慌てて撤回する。
ゴン! という音は、たぶん電話の向こうで額を打つほど土下座した音だ。
「ええと……話を整理させて?
ミースさんは、なぜか僕に欲情して、誘惑した」
『はい。望月くんが部屋に入るところに声を掛けて、魔眼に掛けました』
毒牙に掛ける的な慣用句らしい。
「あのとき、僕がミースさんに……色々したのも、僕の意思じゃなかった?」
『その……人為的に性欲を煽られたという意味では、そうです』
「仮にこの件を警察に持ち込んだら、僕ではなくミースさんが加害者になる?」
『望月くんがそう訴えて、私が正直に自白すれば……』
はぁぁぁ……と、溜息と共に脱力する。
どうやら自分は、性犯罪者として両手を後ろに回さなくて済むようだ。
連行されるとき写真に撮られたらどんな顔すればいいんだろう、などと考える必要も無いようだ。
「本当によかった……最悪、家族や世間に死んで詫びようかと……」
『早まらないでっ! 流石に私も心を病むから!』
「はは、そうだよね。ああそうだ、大事なことを聞き忘れてた」
『う、うん、あんまり多くは払えないかもしれないけど精一杯……』
「体は、大丈夫? その、乱暴だったと思うし……それに、妊娠とかしたら大変だし」
電話の向こうから、長い沈黙が返ってきた。
息を呑むような気配が伝わってきて、不安になる。
まさか昨日の今日で妊娠したなんてことはないと思うが……と、返答を待っていると、
『狂ってる……』
「ミースさん?」
『狂ってるよ! なんでっ!? 人間さんってみんなそうなの!?
なんでここで女の体を心配するの!? 君は被害者だよ!?
なんでこっちが妊娠したら被害者と加害者の意識が逆転するの!?
人間界って男性にどういう教育してらっしゃるのっ!?』
なにやらミースは激憤していた。
まるで理不尽な社会の犠牲者を目の当たりにしたような物言いだ。
(こういうときは、男女逆にして考えればいいのか?)
例えば、自分が異国の地で、女性をレイプしてしまったとする。
その女性に謝って示談にしようとしたら、むしろ向こうが謝って金を払おうとしてきた。
なぜなら彼女は自分が犯されたのではなく、自分が男性を誘惑した痴女だと思っているから。
女性が性被害を訴えても女性が有罪になり、淫売の謗りを恐れて命すら絶とうと考えている。
あなたは悪くないのだと教えたらひどく安心して、なぜか自分を犯した男の体調を気遣い、自分なんかがあなたの子を孕んだらご迷惑ではと男の今後を気に病んでる。
その国では、そんな女性が当たり前なのだと聞かされたら……
(うわ、狂気しかないっ!)
女性が乱暴されたら姦淫罪で裁かれるなんて国なら地球にもあるが、それよりひどい。
人間界と妖魔界では男女の意味が異なるとはいえ、ミースが怒るのも当然だった。
『ちょっと待ってて、望月くん――こうなったら、私も誠意見せる』
「誠意?」
聞き返した頃には、電話は切れていた。
掛け返そうかとも思ったが、なにか準備が必要な様子だったので、待つことにした。
それから――およそ一時間後。
部屋の呼び鈴が鳴らされた。
(えっ!? まさか、来たのっ!?)
驚きながらも応対しに行く。
いまだに無用心なことに、チェーンも掛けずに扉を開くと、ミースの姿があった。
春物の私服が可愛らしいと思いつつ、またその眼を見たら『誘惑』を受けるのではと身構える。
「その、ごめんね? あんなことがあったのに来ちゃって。絶対、もうしないから……上がってもいいかな?」
「……どうぞ」
部屋に招くと、ミースは驚いた様子だった。
「本当に家に上げちゃったよ、この人……重症だ、重症すぎるよ……」
自分でも、なぜ招いたのかと思う。
彼女はつい先日、自分を逆レイプした女なのだ。
男性だってそういう被害を受ければ心に傷を負い、家で母親とすれ違うことにすら恐怖を覚える。
なのに自分はなぜか、直接の加害者である彼女に、恐怖心を欠いていた。
彼女が誠意をもって謝ったから? 誘惑だと分かれば対処できるから?
いいや、違う――
たぶん、自分は、あの体験を……二度と味わいたくないとは、思っていないのだ。
「今日は、望月くんがあまりにあれなので、私の本気を示しに来ました」
「ほ、本気って?」
「本気で、私が、反省していて……償いたいって、思ってるってことです」
顔を赤くした彼女は、持ってきた鞄から何かを取り出す。
見た当初、隼樹はそれが何なのか分からなかった。
流行のアクセサリーを、自分が知らないだけなのだと思った。
彼女がそれを装着する段になってようやく、ものの正体が分かる。
「望月くん……」
目隠しと、首輪だった。
そういうプレイに用いられるのだろう、肌に触れる部分にクッションのついた、拘束具。
目を丸くする隼樹の前で、それらを装着したミースは――
「私……あなたのっ、『ブタ』になりますっ!」
最初は、聞き違いだと思った。
反射的に『お前は豚みたいに不細工だ』と、耳慣れた方に変換してしまった。
もしくは仏陀とか。なんかこう寛大に罪を許す聖人とかそういう意味で。
しかし何度思い返しても、彼女は自分が豚になると言ったのだ。
「……豚?」
首を傾げた隼樹の脳内で、デフォルメされた豚さんが「ぶぅ」と鳴いた。
ご一読いただきありがとうございます。
手が勝手にコメディに走ったので、後編まで伸びることになりました。
とりあえず1教室1カップルで何組か作った後、
最初のカップルに戻ってハーレム展開に持っていこうと思います。