誘惑禁止条例 ※性犯罪被害は条例違反にあたらない 作:大中小太郎
最初に結論を言ってしまうと――
彼女たちは、誰かに自分のことを見てほしかったのだろう。
○
スクールカーストというものがあったら、自分は真ん中くらいだと思っている。
人間界に妖女がたくさんいる時代に生まれた、人間と妖女のハーフ女子。
容姿はことさら美人ではなく、かといって不器量でもない。
スタイルも並み。胸はあるけど大きくもなく、デブではないけど柳腰でもない。
テストの点数は平均との誤差が少なく、運動音痴ではないけどスポーツ女子でもない。
家は普通の中流家庭、これという特技も不得手もない。
男子からも女子からも『クラスメイト』として接され、恋仲でも大親友でもない。
出席番号が近いとかそういう流れで親しくなった子と友達になり、教室で波風立てず暮らしている。
狙ってやってるわけではないけどザ・平凡。
私の自己紹介は、それで十分だと思う。
敢えて付け足すことがあるとすれば……
ハーフという立場で、妖女と人女と男子という現代の教室事情を観察するのが趣味だ。
○
「生徒会選挙?」
ある日の昼休み。
教室で机を囲んで昼食を取っていた私は、クラスメイトの上潟さんの話に目を瞬いた。
「うん、先生から、やってみないかって言われちゃって」
そう説明する上潟さんは、人間女子だ。
引っかかる言い方になるけど、人間女子の中では可愛い部類だ。
妖女の中では普通、人女と妖女の入り混じる教室では真ん中くらいの顔面偏差値だろう。
なぜ級友の顔をそんなにジャッジするのかって?
上潟さん自身が強く気にしてるからだ。
「ええっ、すごいじゃん!」
反応したのは佐野さん。
スポーツ系の人間女子であり、長身と短髪が印象的な子だ。
当人は自分を女らしくないと思ってるけど、ハートは割と乙女である。
「立候補するの?」
尋ねているのは下原さん。
小柄で眼鏡を掛けている、一見して地味な人間女子。
趣味はサブカルチャー系のライトオタク女子だ。
「どうしようか迷ってて……」
上潟さんの様子は、迷っていないことが一目見て分かる。
少なくとも私には、級友たちの反応に満更でもない顔をしていて、『友達に背中を押された』という事実を欲しがっているように見えた。
「先生って、だれ?」
「ああ、右馬先生よ。生活指導の」
聞いてみると、人間女性のマダムな女教師が名を出された。
当校では生活指導の教師が男性と女性で二人おり、女子側を担当している先生だ。
「ちょっと意外。上潟さん、右馬先生と仲良かったんだ?」
佐野さんの感想に下原さんも同意する。
「あー、私って髪染めてるもんね。でも最近の生活指導って、髪を染めるとかだったら、そんな口煩くできないらしいよ?」
「地毛がカラフルな時代だもんね」
上潟さんの話は、教室を見回せばすぐ分かる。
妖女子だ。
昔は居なかったらしい、妖魔界から来た人種。
親と一緒に移住してきたり、留学生だったりする。
エルフ系、ドワーフ系、獣人系、角系など、容姿のバリエーションが多いこと。
こんな時代に、髪の色が何色かなんて言ってる学校は、もう稀だ。
「前にちょっとお喋りしたけど、なんか話が合っちゃって」
「へぇ……」
上潟さんと右馬先生の間で、合う話題――
内容に察しが付いた私は、より注意深く話を聞いてみることにした。
上潟さんに「やってみなよ」と言う役割は、他の子にやってもらうことにする。
後々になって、『私が立候補させた』となると、風向きが悪くなるかもしれないからだ。
○
この案件について正しく理解するためには、まず現代の教室事情を知る必要がある。
この分類が顕著になるのは、やっぱり思春期だ。
男子については言うまでもないだろうから割愛。
女子については、むしろ性的なものを嫌悪する傾向が強い。
さあ、ここで妖女というジャンルの投入だ。
妖女の場合、男子に負けないくらいエッチになる。
なんなら男子が思春期に入るより前になっている。
人間女子なら思春期早発症と呼ばれるくらい早熟だ。
人間の世界平均でも思春期の『入り』は年々早くなっているらしい。妖女は一足先にそうなっているのだろう。
では、そんな男子・女子・妖女の教室で起きることは?
「お前、また胸おっきくなった?」
「ちょっとー、ここで見ようとしないのー」
その1――教室内カップルが、卑猥な会話を繰り広げる。
お盛んな男子とお盛んな女子がいれば、このくらいは起きる。
流石に級友たちの前で致したりするほどモラル崩壊ではないけど、もうそれ前戯じゃん?ってくらいのスキンシップは取る。
中でも人目を憚らない男女が、現代における『不良』だ。
昨今では、髪を染めているとかそういうのではない。
旧時代的な意味での不良は、リーゼントとか番長とかいう『今日び聞かないもの』と化している。
もちろん不良なので、全部の男女がそうではない。
良識ある男子と妖女はそんなことをせず――ちゃんと放課後になってから学外でする。
童貞が許されるのは小学生までだよねーが罷り通る時代を舐めてはいけない。
「またやってる……」
「うざ」
「やるならせめてイケメンとやれよ……」
その2――性嫌悪な年頃の人間女子が、そんなカップルに苛立つ。
露骨に嫌悪したり、初々しく赤面したりと反応は分かれるが、どちらも『しない側』だ。
妖女に遅れる形で、体が『女』になっているけど、それに心が追いついていない。
それが落ち着いた後も、妖女ほど頭ピンクじゃない。
妖女は妖女で、なぜそこまで嫌われるのか分からない。
公然猥褻のような振る舞いはともかく、セックスそれ自体を、意地でも強がりでもなく、脊髄反射レベルで嫌悪する理由がよく分からないのだ。
このとき、彼女たちは痛感する。
『あいつらは、
体は同じ女でも、メンタルが違いすぎる。
人間同士の情緒的な繋がりを追求する年頃の女子にとって、これは大きな壁だ。
陽キャと陰キャのような、中学生と高校生のような、見えない壁が生じるのだ。
その壁は厚い。とても分厚い。
しかし越えられる者には、ちょっと歩けば越えられる。
ただしその越えられる者も、この時期に必ず壁として直面する。
「じゃあ二チームに分かれて試合ね。妖女さんと人女さんが均等になるように――」
その3――体育の授業で、妖女の平均値が人女を明確に上回る。
妖女のフィジカルは、単純な腕力なら男子には勝てないが、持久力とか頑丈さなど一部は男子をも上回る。
学生の大会においても、表彰台を占める妖女の割合は高まるばかりだ。
「うん、やっぱり、妖女には勝てないみたい」
証人――佐野さん。
「小学生の頃から傾向あったんだよねー。でもそのときは気にならなかった。私みたいに運動神経ある女子なら追いつけてたし。でも中学になるとさ、やっぱり『違う』んだよ」
男の子みたいな女の子、駆けっこは男子より速い系女子の佐野さんでも、そう語る。
「タイム系の競技ならまだいいよ、自己ベストとかで自分と戦えるもん。でもそれ以外、チーム系やコンタクト系は特にダメ。体で分からされちゃう」
彼女は少し昏い瞳で、ゆっくりと青春の淀みを吐き出した。
「全国まで行くとねー、もう妖女系ばっかりなの。耳が長かったり獣耳だったり、角とか生えてたりする外人級に高身長な選手がスーパープレイを連発。顧問も最後の夏には気を利かせて人女をレギュラーにしてくれるけど、出るのは予選まで。あの中に混じって足を引っ張る度胸は私も無いよ」
頑張って練習したらきっと勝てる――と言われたことは?
「スポーツやってる女子には半ば禁句だよそれ。こっちは恋愛犠牲にして居残り練習までしてるのに、放課後は男子としけこんでる妖女に勝てないの。その男子が実は好きな人だったりした日にはもう、ね?」
勝ち負けが明確な体育会系にとって、妖女とはそういうもの。
心だけ女性とかそういうのと違って、議論の余地なく同じ女性。でも同じじゃない。
人間は妖女に勝てない――そんな認識が、日に日に植えつけられていく。
「テストどうだった?」
「余裕。魔法を使った圧縮学習マジで効くわー」
その4――魔力の有無が、学校の成績に響き始める。
「ああ、分かる分かる。私も昔はガリ勉だったから」
証人――上潟さん。
「よく言うでしょ? 妖女とエッチした男子は魔力が育つって。いまではデマ扱いされてるけど、事実上は本当だと思う」
魔力。
妖魔界と繋がった現代の地球において、人の価値を測る新たなパラメーター。
魔法を使ったり、魔力製品を動かすのに必要なもの。
「魔力を伸ばす手段は、濃密な魔力に触れた状態で運動して体の魔力神経を養うこと――妖女と男がセックスすると条件を満たすから、妖女とヤってる男子は魔力が伸びる。一方で女子は地道なトレーニング、ダイエットと同じくらいにはしんどい上に、成長率で劣る」
気持ちいい思いをしながらトレーニングも兼ねる男子と妖女、気持ちよくはない普通の練習で時間を要する女子――MPの成長率に差が出るのは当然だ。
「魔力があれば、魔法を使った学習方法で成績もぐんと伸びる。なんか睡眠学習みたいな魔法で、現実なら何時間も掛かる勉強を小一時間で終了。魔力に差があるほど、これができる時間にも差がある。セックスして居眠りしてるだけの猿みたいな妖女と男に、地道に魔力トレーニングしてる人間女子は追いつけず、そいつらより頭が悪い扱いになる――」
それでも魔力トレーニングを続ければ、人女も男性と同じくらいにはなれる。
ただ、妖女には追いつけない。
魔法技術が一般的になってきた昨今、体力差ならぬ魔力差は、こなせる仕事の質と量をも左右するだろう。
「真面目にやってる人女より、乳繰り合ってる妖女と男子の方が将来性あるっていうんだから、やってられなくもなるわ」
現実は非情である。
男子に体力で勝らず、妖女に魔力で勝らず。
人並みにプライドや
「今日の保健体育の授業は、男子と女子で別々です」
その5――男子が人女子に対して『紳士的』になる。
「男子って、保健体育の授業で教わるんだって。『妖女と違って、人女とは簡単にセックスしちゃいけません』って」
証人――下原さん。
「間違ってはないよね。『妖女と人女では体質が違います。妖女と比べて、人女の体は、セックスによる負担が大きいです』『妖女の社会は妊娠をたくさんの人がサポートしてくれますが、人女の社会はそこまでケアしてもらえません。だから軽はずみに妊娠させたら人女は不幸になります』『だから人女はHを嫌がります、セクハラ駄目絶対』――」
間違ってはいない。
妖女と人女ではセックスの受け止め方が大きく異なる。
それを男子に教えず、妖女と同じ感覚で相手していたら、不幸な出来事も起こる。
「当然、男子は思うよね。『じゃあ人女とは恋人にならない方がいいんだ』『面倒臭い』。そりゃこっちも願い下げだけど……自然と男子の中で、人女は『対象外』になるんだよ」
それは確かに、人間女性の貞操を守るだろう。
セクハラや性犯罪の被害を減らし、望まない妊娠のリスクを減らすだろう。
元より世界有数の低性犯罪率国――妖女という『気軽にセックスできる女性』が現れたからといって、人女という『そうではない女性』に乱暴するかは別問題。
妖女と人女は別である――男性がその認識を持つことで、現代の秩序は保たれている。
「それって実質、恋愛対象でもないって意味なんだよね」
弊害だった。
人女さんは妖女さんとは違うから軽々しくエッチしない――そういう
「
という下原さんには、きっと恋に破れた経験があるのだろう。
これが、その6――人間女子たちに、妖女への劣等感が育まれてしまう。
殊更、男が欲しいというわけではない。
でも、見向きもされない現実がストレスにならないわけではない。
文明がどこまで進歩しても人間は繁殖する生物であり、その本能が満たされない環境に心が荒むのは、生き物として道理だ。
繊細多感な年頃をそんな教室で過ごせば、コンプレックスのひとつやふたつ生まれる。
スポーツに青春を捧げられなくなった佐野さん。
真面目な勉強家ではいられなくなった上潟さん。
恋愛に期待することができなくなった下原さん。
だからだろう――
彼女たちは、何かひとつくらい、妖女に勝ちたかったのかもしれない。
そのささやかな意地を果たす方法が――生徒会選挙だったのだろう。
素晴らしい、実に健全な、学生らしい挑戦だ。
「うん、私も一票入れるよ。クラスメイトだし」
そう約束する程度には、応援してあげたい試みだった。
「じゃあ私、部活あるから行くね」
部活をしていない彼女たちと別れ、私は教室を後にする。
その途中、トイレに寄ってスマホを取り出し、メッセージを送信する。
『右馬先生が次期会長候補を立てようとしてるみたいなんだけど、なにか知ってる?』
残念だ。
その問題点さえ無ければ、私も級友たちの選挙戦を清い気持ちで見守れた。
この生徒会選挙、事と次第によっては、私の『友達』の生活に影を落としかねない。
『ちょっと探ってみる』
返信を確認して、私は部活に向かう。
クラスメイトのよしみで、一票入れるとは言った。
――当選させるとは、言っていない。
ご一読いただきありがとうございました。
ちょっと時間を割けず、本編の続きが遅れておりますので幕間です。
この人間女子たちの青春の行く末やいかに。