誘惑禁止条例 ※性犯罪被害は条例違反にあたらない 作:大中小太郎
かつて、教室で息を殺していた頃の自分に言ったら、信じるだろうか?
この後、君はクラスの巨乳美少女と仲良くなって、うち一名を性奴隷同然に扱ってもいい関係になる――と。
過去の自分は、きっと気の毒そうな顔でこっちを見るに違いない。
そんな妄想の世界に生きるほど追い詰められているのか……と。
ようこそ未来へ、その妄想は現実だ。
ミース、メルヴィ、イサミ――ここ最近は、下校途中に彼女らと寄り道するのが、なぜか日課になっている。
「そういえば隼樹くん、ポーションって飲んだことある?」
「ポーション?」
駅前の商店街に足を運ぶ途中、ミースがそう尋ねてきた。
隣を歩く彼女は、くりくりとした瞳でこちらを見上げ、歩く度に制服の胸元をふわふわと揺らしている。
「望月ぃー、念のためゆーとゲームじゃないよ?」
逆隣から、メルヴィが先手を打ってきた。
こちらは隼樹の方が軽く見上げるほどの長身で、開いたシャツの胸元にばっくりと谷間を刻む爆乳が、歩くたびにのっしのっしと上下している。
頑張って視線を顔に向けながら、隼樹は答えた。
「妖魔界の飲み物だよね? 魔力を補給するための」
最近の世界は、回復アイテムみたいな名称の飲み物が流通している。
「ええ。魔力は水分に保存されやすいので、水薬として扱えるんですよ」
ミースのやや後ろから、イサミが顔を除かせた。
彼女は他の二人に比べると起伏控えめだが、ミースの頭に乗り掛けるくらいには、ある。
聞いて驚け、そんな三人が、自分を囲むように歩いているのだ。
「魔法競技の選手が飲んでるところなら、映像で見たことあるよ」
「うん、ああいうスポーツドリンクみたいにも飲むんだけど、他にも健康によかったり、特定の魔法を使いやすくしたりするのもあるんだよ?」
ミースはお国自慢をするように、隼樹にポーションの幅広さを語る。
「効果が様々なんだね。本当にゲームみたいだ」
「実際、怪我とかを治すのもあるし? うち、子供の頃に骨折治療で医療用の飲んだけど一晩で骨が繋がったし」
メルヴィの体験談は驚嘆に値する。
骨なんて軽い亀裂でも、一ヶ月か二ヶ月は掛かるだろう。
「それ、人間が飲んでも大丈夫なやつ?」
「人体に害はありませんが、魔力が少ない人間が飲むと酔いますね」
眼鏡の縁を上げて説明してくれるイサミ。
「酔う? ああ、魔力酔いって言葉なら聞いたことあるよ。詳しくはないけど」
「なら触りだけ。一般に言う『魔力がある』とは、体内の魔力密度が高いことも意味しますが、それと同時に『魔力を体内で処理できること』を意味するんです」
魔力生理学の授業でも聞いたことがある。
急激に魔力の濃度が上がると、不自然な興奮状態や酩酊感が生じるのだとか。
妖女とセックスをする男性にも起きているらしく、夢中になってしまう一因だという。
「なので魔力の少ない人間が飲むと、処理しきれない魔力が心身の失調を招き、酒に酔ったような症状が出るのです。逆に魔力を処理できる体なら、効能だけを受け取れます」
魔力不足には悪酔いを招く安酒だが、魔力が育っていれば無害な健康飲料――それがポーションなのだ。
運転時にポーションを飲んでいたとき、飲酒とするか否かが議論されていると、なにかのニュースで聞いたことがある。
「ちなみに、飲んだら魔力が増えるなんてことは……?」
「デマです。人間界ではよく勘違いされていますが、魔力を摂取したからといって、魔力機能が増えるわけではないんです」
イサミはきっぱり否定した。
あくまで『MP回復』であって、『最大MPが増える』ではないらしい。
むしろそんな目的でポーションを飲んでも、悪酔いするだけなのだという。
「隼樹くんなら、そろそろ大丈夫だと思うんだよね。実は最近この商店街にもポーション専門店ができてるんだよ?」
「ああ、それちょっと興味あるかも」
ミースはそこに誘ってくれているらしい。
まだ魔力量には自信が無いが、どんな商品が並んでいるかは興味深い。
「オッケーお決まり♪ 今日は望月をポーション漬けにしちゃおう!」
メルヴィがご機嫌な足取りで、隼樹の腕を引いて店を指差す。
むにゅぅぅぅ――と、片腕がメルヴィの横乳に触れた。
(っっっ!? 腕がっ! 食われる! 胸に!?)
なんかスライム状の生き物に捕食されているのかという、柔肉の存在感。
彼女くらいの大きさになると、接触したものを乳の方から吸い込んでしまうというのか!
しかしメルヴィに誘惑やセクハラの意図は無いらしく、こちらの反応を窺うことも、胸に男の腕が当たっていることを気にした様子も無い。
ここ数日、接点が増えたことで分かったが、彼女はどうやら自分の体が一種の凶器であることを自覚していないようだった。
男性との縁が薄い妖女には、しばしばこういう無知系の子がいる。
メルヴィはそれだ。性の知識はあっても、自分の肉感的な体はただのデブだと思っている節がある。
(妖女さんが言う『人間界の男性は無防備』って、こういう風に見えてるのかなぁ)
自分がそれに該当するとは、欠片も思っていない隼樹だった。
「うわ、すごい品揃え……」
なにはともあれ、ポーション専門店に到着する。
店内の雰囲気は、少し洒落たドラッグストアといったところ。
様々な色と器のポーションが、バーの棚を飾る酒類のように並んでいる。
「隼樹くん、なにか体で気になることある? 冷え性とか、肩こり腰痛とか」
求める効能によって向かう棚が違うのだろう、ミースが聞いてくる。
「冷え性は無いけど、腰痛がちょっと……あと、ダイエット系があれば」
ミースの隣を歩いて恥ずかしくない体型のために、脂肪燃焼などを助けるポーションがあれば是非ともほしい。
「え? 望月まだ痩せる気なの? 日本人って太っちょに厳しくない?」
「むしろ日本のポーションは、そこに漬け込んだ詐欺まがいが多いので要注意です」
メルヴィとイサミは、ダイエット系のポーションをお勧めしなかった。
「確かに……『痩せる薬』はちょっとあれだよね」
食生活を見直して運動する以外の近道を探す人間は、結局痩せられないのである。
「ちなみに、皆はどんなポーションを使うの?」
むしろ本場の妖女たちは何を目的にポーションを選ぶのか気になった。
「私はハニーポーションかなぁ」
「ハニー? 甘いってこと?」
「うん。舌を刺激して甘さを強く感じられるようになるの。もー市販のチョコがすっごいインパクトになるんだよ?」
ミースの愛用は、なんと味覚に訴えるポーションらしい。
「うちは断然、暑さ対策のボディポーション。ソープみたいに塗るタイプね」
「あ、飲むだけじゃないんだ」
メルヴィは石鹸のような分類のポーションを使うらしい。
暑さ対策というには早い時期だが、彼女らの故郷は日本より寒冷らしいので、初夏でも暑く感じるのかもしれない。
「私はアロマ系ですね。勉強のときに」
イサミは印象通り、勉強の助けとなるポーションを選ぶようだ。
加熱してゆっくり気化させ、吸引することで効能を得られるらしい。
「色んなタイプがあるんだなぁ」
要は魔力を含んだ液状のものを摂取できれば、どれもポーションになるらしい。
棚を見回していくと、調味料のように料理にかけるものや、滋養強壮にいい飲み物、傷に塗る医薬品、入浴剤や洗口液などもあるようだ。
「ん? ここは……」
棚を見て回っていた隼樹は、一角に目を留める。
『スキンケア』『健康飲用』などと札に記された棚の中で、ここだけ札が妖魔界語だ。
「あ、隼樹くん……」
「えっと、そこは」
ミースとメルヴィが、なにやら焦りだす。
「これ、なんて書いてあるの?」
隼樹が無邪気に問うと、二人がぱっと顔を背けて、さりげなくイサミを前に出した。
押し付けられたイサミは、少し目を泳がせて頬を赤らめた後、微苦笑しながら答える。
「媚薬です」
「びっ!?」
R-18でしか聞かない単語が、クラスの眼鏡女子から飛び出した。
そういえばネットの相談掲示板で、彼女が使ってくるなんて話を聞いたことがある。
「こ、こっ、ここはほらっ、大人向けっていうか、制服で買うのはダメっていうかっ」
メルヴィが慌てだす。
ギャルっぽい見た目の彼女だが、それは種族的な外見によるもので、根は純情らしい。
「ま、まあ、工夫したい人も居るってことだよね……♡」
ミースはなにやら媚薬の並んだ棚と隼樹を交互に見て、艶のある笑みを浮かべていた。
拙い。盛るにせよ盛られるにせよ、大変なことになるっ。
「そ、そうなんだー」
創意工夫のない相槌で誤魔化す隼樹に、イサミが商品をひとつ手に取った。
「ちなみにこれは塗り薬。こちらは『痺れ』、こちらは『熱』と書いてあります」
なんと商品の妖魔界語を翻訳し始めた。
「し、痺れ? 熱?」
「塗るとその部位に痺れが生じたり、熱さを感じやすくなったりするということですよ」
なるほど、敏感な部位にそのような効果が起きれば、新しい刺激になるわけだ。
「こちらは飲み薬、即効性と遅効性があります。即効性は短時間で燃え上がり、遅効性は時間を掛けて――」
「ってコラそこのむっつり! 誰が詳しく説明しろって言った!?」
メルヴィがイサミを叱り付けた。
「むっつりとは失礼ですね。望月くんが興味深そうだったので翻訳しただけです」
「『フェイ』の翻訳機能で十分でしょ!」
その手があった。
先日購入したフェイデバイスは、ちゃんと身に着けている。ちなみに腕輪型だ。
「……隼樹くん、買うの?」
見れば、ミースが服の裾を摘んでいた。
もじもじしながらも、どこか期待するような顔が、劣情を掻き立てる。
「……今日は、いいかな?」
「ふーん? 『今日は』、いいんだ?」
悪戯っぽい視線を向けられる。
なんだか、迂闊な返答で言質を取られてしまった気がした。
「も、望月っ、あっちにニキビ対策のやつあるよっ!?」
「あ、うん、是非っ」
メルヴィが耐えかねたように別の棚を指差し、隼樹も便乗する。
媚薬棚を立ち去るとき、ふと気付いた。
――明らかに、他の商品棚よりも、棚のスペースが空いている。
ひょっとすると、店にとっては一番の収入源なのかもしれない。
○
翌日――
事件は、『魔力実技』の授業後に起きた。
「下着を盗まれたっ!?」
教室に響くミースの声が、事の次第を級友たちに伝えてしまう。
慌てて口を塞いだミースだが、彼女の前にいた隼樹が被害者であることは、教室中が知ることになった。
「いや、忘れただけかもしれないから、まだ確定じゃないって」
汗っかきな隼樹は、体育の授業後には肌着ごと替えるようにしている。
その替えの下着が、バッグの中から忽然と消えていたのだ。
「いや、たぶん盗まれてるぞ。あの更衣室、前にも何度か服が消えてるし」
「誰だー、犯人は。男の下着を盗もうとはとんだ痴女だな」
居合わせていたクラスメイトの男子たちは、冗談交じりで窃盗の疑いを強めていた。
「わ、私じゃないよっ?」
ミースを始めとして、クラスメイトの妖女子たちが口々に潔白を訴える。
人間女子と比べて、自分たちに疑いが掛かりうるという前提認識があるようだ。
(今時はそんなこともあるんだなぁ)
正直に言うと、隼樹も盗むなら妖女が犯人ではないかと考えた。
男日照りな妖女の中には、色々とこじらせてしまう子も多いと仄聞する。
「大抵の生徒は授業を受けていたでしょうから、外部犯の線もあるかと」
と、イサミが眼鏡の縁を上げて、容疑者を学外にも広げた。
たしかに、前時代にも学校に侵入して上履きを盗んだなんていう、気合いの入った変態はいた。拗らせた妖女が男子校生の肌着を求めて潜入した可能性もある。
「よーしぶちのめそう。どこの痴女ババアか知らないけど、うちの男子に手ぇ出したこと後悔させてやるっ」
と、手の平に拳を打ち付けたのはメルヴィだ。
体格からして喧嘩は強そうだが、男の下着が原因で殴りあう女子は見たくない。
「もー、だめだよ二人とも」
そんな二人と同郷らしいミースが、物騒な犯人探しを嗜めてくれる。
「まずは内部犯の可能性から確実に潰していかないと」
と思ったら、少し怖い笑顔で、着実に犯人を追い詰める宣言だった。
「いや本当に、そこまで大事にしなくても……」
校内の一斉捜査に乗り出しかねない雰囲気に、隼樹はミースたちを宥めるが、
「大事だよっ!」
「そうだよ望月っ、泣き寝入りする気っ!?」
ミースにメルヴィが隼樹の態度を咎めた。
まるでセクハラ被害にあった女性に毅然と立ち向かえと説くかのようだ。
「まあ、後で『ありました』となっては不名誉ですし。とりあえず、家に忘れていないかどうか確認してから……というのはどうでしょう?」
「ああ、そうだよね」
イサミの提案を採用する。
男が「下着を盗まれたんですぅ!」と騒いだ後、家にありましたとなっては笑えない。
せめてその可能性を潰してからという隼樹の提案に、ミースたちもしぶしぶ頷いた。
「幸か不幸かウエストが合わなくなってきたし、無くなってても別に……」
最近は胴回りが絞れてきたので、ズボンや下着を買い替えたかったところだ。
見栄えには嬉しいことだが、お財布には悲しいことである。
「じゃあ隼樹くん、ズボンとか買い替えるの?」
「うん、リバウンドしないようにって戒めも兼ねて、古いのは処分するよ」
ミースがなにやら興味深そうにしている。
すると、『フェイ』を通じてメッセージを送ってきた。
【いくら払えばいい?】
【……売らないよ?】
下着泥棒の犯人は、もしかすると身近なところにいるのかもしれなかった。
○
隼樹にとっての本当の『事件』は、帰宅後に起きた。
「このたびは――申し訳ありませんでしたぁっ!!」
女子が一人、土下座をしている。
床に額がつきそうなくらい下げられた頭、その前に置かれているのは、何を隠そう隼樹のトランクスである。
「…………」
およそ人生で一度たりとも目にするはずが無い光景に、隼樹は開いた口が塞がらない。
「あー、やっぱりイサミちゃんだったんだー」
隣にいたミースが、口を尖らせていた。
そう、土下座しているのは誰あろう――イサミだった。
「で、出来心だったんです……っ! 体育の授業で、更衣室に忘れ物を取りに授業を抜けたとき……誰も居ない静かな男子更衣室が、私の目の前にあったんです!」
顔を床に向けたまま、イサミの後頭部が震える。
平身低頭で詫びる女性の姿なんて、時代劇以外で初めて見た。
「あー、え? あ、うん……えー?」
「隼樹くん、大丈夫? お目々が点になってるよ?」
犯人は分かったし動機もだいたい察しは付くけど、それでも脳が理解しきれていない。
クラスメイトの女子に下着を盗まれた男子の然るべき発言が、隼樹の辞書にはなかった。
(そういえば、『家に帰って確認してから』って提案したの、イサミさんだった)
冷静沈着な彼女らしいと思っていたけど、あれは事件化しないためだったのだ。
そうして隼樹を家に帰らせ、後を追ってお邪魔し、こうして罪を告白している。
「もう……イサミちゃんがついてきたときは、とうとう決心したのかと思ったのに」
「決心?」
「3P――ううん、それは後で」
ミースが何か不穏なことを呟いていたが、確かにいまは下着泥棒の件だ。
「その、イサミさん? ああ、頭は上げていいよ――なんで、僕の下着なんかを?」
「…………言わなきゃ、ダメですか?」
よく考えず確認しようとした隼樹は、顔を赤くして震えるイサミを見て、自分の質問の残酷さを悟った。
「ああいやっ、皆まで言わずとも――」
「え? ちゃんと白状しなきゃダメだよね?」
情けをかけようとした隼樹の横から、ミースが無邪気な笑顔で鬼の宣言。
唖然としてミースを見る隼樹だが、妙な圧を感じて何も言えない。
「だ、だって……だって望月くんがエッチだったから!」
と、土下座から顔を上げたイサミが、急に叫び出す。
「ただでさえエロ同人みたいなスケベボディだったのに、最近はシュッとしてきて色気が増してっ、私みたいなオタク女子とも話してくれてっ! そんな気は無いって分かっていても期待しちゃうじゃないですかっ、意識しちゃうじゃないですかっ!」
怒涛の告白に気圧される隼樹。
真っ赤になったイサミの訴えは続く。
「そんな状態で、更衣室に忘れ物をしちゃったのがいけなかったんですっ。一人体育の授業を抜け出して、誰も居ない男子更衣室を見つけたら、つい魔が差してっ! ええそうですよ変態ですともっ! クラスの気になる男子の下着を手にして眺めたり嗅いだりしただけでは飽き足らずっ、これを持ち帰ってオナニーしたらどれだけ気持ちいいんだろうって思考で頭いっぱいになった痴女はここですよっ!」
もはや逆ギレに近い剣幕だった。
「犯行動機は『性欲を抑え切れなかった』ってやつだね。イサミちゃんのエッチ♪」
「ミースさんっ、もういいからっ」
これ以上は、イサミに辱めを与えるだけだ。
男女を逆にすれば分かる。
出来心でクラスメイト女子の下着を盗んだ。
警察沙汰になる前に土下座してお返しした。
盗んだ動機は愚か用途まで白状させられた。
それを揶揄された。
(僕なら一回ずつ死にたくなる!)
これが理由でイサミに首でも括られたら堪ったものじゃない。
「ほらっ、汚さずに返してくれたんだし、反省してるみたいだしっ、無かったことに!」
自分の下着を盗んだ女子に対して抵抗感が無いとは言わないが……そういう目で見られていたことに、不思議と悪い気はしていない。
つまり、隼樹は隼樹で、自分が思っていたよりもイサミを意識していたのだ。
「えー、ダメだよ隼樹くん。無罪放免なんて」
しかしミースは、隼樹の無思慮な寛容さを許さない。
「そ、そうですっ! 私が言うのもなんですがっ、悪事を働いた人間には何かしらペナルティがあるべきですっ!」
更にイサミが、再び土下座姿勢となって、加害者とは思えないことを言い出す。
理屈は分かる。
ごめんで済んだら警察は要らないという言葉は、ひとつの心理だ。
謝ればいい世の中なら、プライドの無い悪人が土下座で悪事を繰り返すばかりである。
(とは言ってもなぁ……)
じゃあ警察に突き出すのかというと、それは避けたい。
イサミはもちろん、イサミと親しいミースやメルヴィとの関係も破綻しうる。
せっかく仲良くなれた女子たちなのに、下着一枚で関係終了というのは嫌だ。
(お金で示談……こんな不細工男の使用済み下着に値段が付くか?
軽くデコピンとかで手打ちに……馬鹿にしてるって思われそうだな。
代わりにイサミさんの下着を……もらっても困るなぁ)
落としどころに困っていた隼樹は、ミースに袖を引かれて顔を向ける。
「ね、隼樹くん、気付いてないみたいだから言うけど――イサミちゃんはね、
「え?」
小声で耳打ちされた隼樹は、イサミの真意を聞いて目を丸くする。
「もー、忘れたの? 条例だよ条例。脅されたり襲われたりしなきゃダメなんだよ?」
誘惑禁止条例に縛られた妖女が、男性を誘う方法。
何らかの手段で男に自分を襲わせて、形だけ性犯罪被害に遭い、訴えを起こさない。
よって妖女のラブコールとは、男に襲いやすい状況や関係を率先して作ることとなる。
イサミの下着泥棒も、その一環だとミースは言う。
「えぇ、でも……」
理屈はまあ分からないではない。
あえて下着泥棒という罪を犯し、被害者である隼樹に弱みを握らせ、なんでも要求できるような立場を与える――ということだろう。
「もうちょっと他に手段はあるよねぇ。でもイサミちゃんだってこんなの初めてだもん。上手じゃないのは仕方ないよ」
イサミに隠れるように背を向けて、隼樹とミースは耳打ちしあう。
イサミは気にしながらも土下座を継続して、二人の結論を待っていた。
「じゃあ、これってつまり……」
「うん、隼樹くんは『お誘い』されてるの。嫌だった?」
「嫌っていうわけじゃないけど、でも僕には……」
「あ、私のことは気にしないで? 妖女なら一夫多妻は普通だし。私もイサミちゃんなら歓迎だし。というか私だって隼樹くんの『豚』なんだから、浮気にならないよー」
ミースは隼樹とイサミが関係を持っても歓迎できるそうだ。
そこまであっさり言われると逆に寂しい気もするが、修羅場にならないなら助かる。
「正直ちょっと引いちゃうような作戦だけど、お友達としては、イサミちゃんの気持ちを汲んであげてほしいなーって」
イサミの失態をカバーするように、ミースは小さく手を合わせた。
「…………」
隼樹は改めて、イサミの胸中に考えを巡らせる。
自分に好意を抱いてくれていることは、流石に確認不要だろう。
下着を盗むくらいだから、性的な興味があることは明白だ。
つまりこれは、イサミの出来心に端を発した、出来の悪い『告白』である。
イサミもこんな形で気持ちを明るみにしたくはなかっただろう。
思わず同情してしまうほどの醜態、一生忘れられない恥を掻いてしまっている。
――でも、嬉しかった。
みっともない形にはなったけど、女性が一人、自分なんかを好きだと言ってくれている。
ここで、波風は立てないけどドン引きして距離を置くなんていう『常識的』な対応をしたら、イサミは二度と自分に近付かない。
それは嫌だ――と思うくらいには、隼樹もイサミを魅力的に感じているのだった。
醜態だから何だ、下着泥棒がどうした。
人生なにもかも不恰好だった自分なんかのために、イサミのような優等生が不慣れながらも行動に移してくれたのだ。
それをただの失態で終わらせるくらいなら――いっそ二人で愚かになるべきじゃないか。
「……よしっ!」
隼樹は自分の両頬を叩いて気合いを入れる。
イサミは驚いて身を竦ませ、ミースはくすくすと笑う。
「隼樹くん、急用を思い出しちゃったから、今日は帰るね」
「えっ? ミース……」
ミースが立ち上がり、イサミが驚いて顔を上げる。
隼樹とイサミを二人きりにする意図は明白だった。
「イサミちゃん――」
ミースはイサミに顔を寄せて、少し妖しげな笑みで耳打ちする。
「隼樹くんは優しいから、ちゃんと『おねだり』しなきゃダメだよ?」
「っ」
これから二人がすることについてアドバイスを残し、ミースは部屋を出て行った。
「…………」
「…………」
残された隼樹とイサミの間に、時計の音が響く。
「い、イサミさんっ」
「は、はいっ」
意を決して呼ぶ隼樹と、緊張して背筋を正すイサミ。
ひどく初々しい、微笑ましいくらいの男女の姿だが、交わされる言葉はそれに見合わず、
「その……このことが、バレたりしたら、大変だよね?」
「こ、困り、ます……っ」
「なら――
脅迫である。
暴露されたくない失態を材料に、男が女に要求する。
事件性のある行為にも関わらず、赤くなった二人の様子は、まるで純情カップルだ。
「っっっ♡」
しかし、これでよい。
誘惑禁止条例に縛られた妖女にとって、『脅迫』はラブコール。
たとえ罪を犯してでも君が欲しい――という、情熱的な愛の訴え。
それこそ白馬に乗った王子様に情熱的なプロポーズを受けるかのような、妖女の理想。
「な……」
言ってくれた殿方への返事にも、定番があった。
「――なんでも、します♡」
ここに、また新しく、加害者と被害者の関係が成立した。
ご一読いただきありがとうございました。
えらく期間を空けてしまい申し訳ございません。
豚編二人目のヒロインである眼鏡女子回です。
続きのエロシーンも同日公開しております。