※この作品はR-18です。

誘惑禁止条例 ※性犯罪被害は条例違反にあたらない   作:大中小太郎

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豚と飼い主と委員会5(非エロ)

 

 

突然の紹介になるが――中川先生は、隼樹のクラス担任だ。

温厚篤実(おんこうとくじつ)な若手の優男で、既婚者。

人の悪意に敏感な隼樹から見ても、親切で話の分かる人だ。

 

「えっと、確認するよ? 望月は昨日、()えの下着を持ってくるつもりが家に忘れてた。それに気付いたのが男子更衣室で、盗まれたんじゃないかという話になった」

「はい。その日は大事にならないように、先生には相談しませんでした」

 

昨日の件について、中川先生は一度聞いた内容を丁寧(ていねい)に確認した。

もちろんイサミが犯人だったことは話していない。

 

「そんなわけないでしょう! どう聞いてもおかしいじゃないですかっ!」

 

納得していないのは右馬教諭である。

生活指導で日本史担当。『フェイ』の学内ローカルネットでは、卒業生の残した創作七不思議、『妖怪・唾掛(つばか)けババア』との関連性が指摘されている。

ふくよかな体型のアラフォー女性で、愛嬌とか(ほが)らかさがあれば親しみやすそうな人だ。あればの話だ。

 

「その、どこが?」

 

中川先生が(たず)ね、隼樹は黙って見守る。

 

「どこって、男子が替えの下着を持ってくるなんて変でしょ! 汗を()くくらいで!」

「そりゃあ女子ほど気は配らないかもしれませんが、変というほどでは……」

 

右馬教諭は隼樹の供述(きょうじゅつ)をとことん疑っていた。

対して中川先生は、担任クラスの生徒であるということもあってか、慎重である。

 

「だいたい『周りが下着泥棒じゃないか』って言い出したですって? 不自然でしょ! 女子ならともかく、男子の下着が見つからないからってなんで泥棒だと思うの!?」

「いやまあ、昔ならともかく、最近は珍しくもないですし」

 

引き続き疑う右馬教諭と、世間一般の認識を語る若手の中川先生。

ジェネレーションギャップを感じる反応だな――と思っても口に出さない程度には、隼樹にも紳士の心得があった。

 

「こっちは『望月って生徒が下着を盗んだ』って聞いてるの! いい加減に苦しい(うそ)()くのは止めなさい!」

「……とまあ、最初からこんな調子で」

 

困惑する中川先生に、隼樹は苦笑いで助けを求めた。

 

どんな聞き違いがあったのか、『望月隼樹が下着を紛失して、盗難疑惑が生じた』という事案が、『望月隼樹が下着を盗んだ』になったようだ。

 

それを聞いたらしい右馬教諭が「やったんだろ白状しろ」と迫り、隼樹はなるべく丁寧に昨日の一件を説明したが、右馬教諭には作り話だと思われている。

 

そうしているうちに、担任として呼ばれた中川先生がやってきて、先ほどの会話だ。

 

「そうか……とりあえず、右馬先生の言い分は理解しました。ただ私も望月の担任としてフェアな視点で話を聞かせていただきます」

「ッチ」

 

右馬教諭の舌打ちを聞き流す中川先生からは、大人の対応というものがよく学べる。

 

「悪いな、望月。もし違ったらちゃんと謝るから、もう少し付き合ってくれ」

 

中川先生の同情的な声には、性犯罪の冤罪を着せられた男への気遣いが見て取れた。

 

「いえ、年に一回くらいはこういうことありますよ」

「ははは――あったのか?」

「まあ、小学生の頃から、やれ女子のリコーダーを()めたとか上履き盗んだとか更衣室を覗いたとか女子の水着を持ち帰って着てたとか」

「そうか……」

「中学では女子トイレに忍び込んでオナニーしてたなんて冤罪(えんざい)を着せられたことも。そういえば、これだけあるのに下着泥棒疑惑は今日が初めてですよ。アハハハ」

「相談乗るから。悩みがあるときは先生が味方だからっ」

 

イジメサバイバーのメンタルは変なところで丈夫だった。

ごく一部の女性は不快な男を見ると、悪戯(いたずら)半分で性犯罪者に仕立て上げたがるらしい。

きっと、そういう女だけに使える『魔法』の標的になりやすい外見なのだ。自分は。

 

(あーでも、前までは小中学生だったけど、いまは高校生だもんなー。冤罪成功で実刑もありうるかもなー。きっとミースさんとかイサミさんとかの件で幸運を使い切って、そのしっぺ返しが来たんだろうなー)

 

早くも冤罪投獄(とうごく)コースを覚悟し始める隼樹である。

 

「右馬先生、そもそも下着を盗まれたという女子は、うちのクラスの子ですか?」

「それは……言えません。被害者への二次加害になりますっ」

 

中川先生の問いに、右馬教諭はなにやら気まずそうな顔をする。

隼樹は直感した――

 

「失礼ですけど、もしかして詳細を知らないまま早合点なさってるのでは……」

「犯人は黙ってなさい!」

 

(つば)が飛んできた。

彼女がこういう性格なのは、生徒たちにとって周知の事実。

教師の間でも同じ認識なのか、中川先生は溜息を吐いて言葉を選ぶ。

 

「望月が犯人とお考えのようですが、それも(たし)かなんですか? 誰かが目撃したとか、物証があるとか?」

「……生徒から、そういう相談があったんです!」

 

中川先生の問いに、右馬教諭が冷や汗を()いている。

話しているうちに、自分が早合点した可能性を考え始めたようだ。

 

「相談というと、どんな内容ですか?」

「ですから、下着泥棒があって、彼がそうだと……」

「『そう』というと? 望月が盗んだと?」

「いえ、盗んだというか……関係している、みたいなことを……」

 

そんな漠然(ばくぜん)とした噂話で犯人と決め付けたのか……と、隼樹は苦い顔になる。

 

「『関係している』、ですか? 先ほどは『望月って生徒が下着を盗んだ』と言っておられたようですが」

「だ、だって、男子じゃないですか!」

「…………」

 

中川先生が呆れて沈黙する。

下着泥棒の関係者として男子の名前を聞けば、まあそう考えるのも分かる。

ただ、犯人だと確信して尋問する前に、何があったのか事情を聞くべきだろう。

 

中川先生がそう口にする前に、右馬教諭がまくし立てた。

 

「だいたいさっきのバカバカしい言い訳を聞けば分かるでしょう! 自分の罪が明らかになって(あせ)っているのが見え見えじゃないですか!」

 

どうやら右馬教諭には、隼樹の言い分がそう見えたらしい。

 

右馬教諭にとって、男子が下着泥棒の被害に()うというのは、非常に考えにくい戯言(たわごと)なのだろう。ネットでは『平成おばさん』と揶揄(やゆ)される思考だ。

 

「右馬先生……お言葉ですが、男子の下着が盗まれる事例は全国的に起きています。私の聞く限り、望月の言い分に殊更(ことさら)おかしな点はないように思えます。それと相談されたとのことですが、そもそも誰が誰に下着を盗まれたのか、はっきりしていないのでは?」

 

(つと)めて冷静に問い掛ける中川先生の表情には、頭痛が垣間(かいま)見えた。

 

「確認させてください。下着を盗まれたという女子生徒について、右馬先生はご存知なんですよね? 例えば女の先生たちになら、何組の誰なのかを説明できますよね?」

「…………」

 

知らないのだろう。

というか、そんな被害女子は居ない。

 

「ご存知、ないんですか?」

「いえ、ないというか……まだ、聞き取りをしていないだけで……」

「……被害者の有無も確認せずに、望月を犯人だと決め付けて尋問していたんですか? それこそ人伝(ひとづて)(うわさ)を聞いたというだけで?」

 

中川先生の愛想(あいそう)笑いも引きつっていく。

何も聞いていなかった彼にさえ、もはや下着泥棒があったかどうかも疑わしかった。

……あるか無いかで言えばあったのだが、隼樹は口を(つぐ)んでおく。

 

「っ」

 

右馬教諭は口の()を震わせながら押し黙る。

早合点を指摘されて気まずくなった、というだけではない。

思い通りに展開しないことそれ自体に、強いストレスを感じているように見えた。

 

「とりあえず、うちのクラスの生徒に聞き取りをしてみます。話はそこからです」

 

中川先生がそう言って、この場を収めようとすると――

 

「……女子です」

「ん? 女子というと?」

「女子に聞いてください。人間女子です」

 

なぜか聞き取りの対象を指定してきた右馬教諭に、中川先生も隼樹も首を傾げる。

 

「それは、なぜでしょうか? 男子にも女子にも聞くつもりですが」

「ちゃんと人間の女子に聞いてください! 男子や妖女だと(かば)うかもしれないでしょ!」

 

恰幅(かっぷく)のよさが生み出す声量で、右馬教諭が叫ぶ。

 

「あの……庇う、というのは?」

「口裏を合わせるかもしれないでしょう! 年頃の男子は性犯罪を擁護(ようご)しあうのが友情だと勘違いしていますし! Qが女子高生の下着を盗んで売るなんて常識でしょう! 同性なら疑われにくいですからね!」

「「…………」」

 

隼樹は中川先生と共に沈黙する。

マジで意味が分からない――と。

 

(この人……世界がどう見えてるんだ?)

 

同じ人間なのに、相手の頭にある現実が、自分の知る現実とかけ離れている。

 

男子高校生とは気軽に性犯罪をするもので、しかも赤の他人がそれをしても庇うもので、妖女とは小遣い稼ぎに物を盗むのが常識――

 

そんな認識の持ち主が教師であるという事実に、隼樹は背筋を寒くした。

中学時代、自分へのイジメを見て見ぬふりをした教師よりも、ずっと気味悪かった。

 

「右馬先生」

 

中川先生が、目を鋭くして口を開く。

 

「あなたが男子や妖魔系の生徒をどう見ているのかは存じませんが――」

 

妖魔系とは、日系や欧州系のように、妖女のことを人種として扱う呼び方だ。

 

「――うちの生徒を侮辱的に扱う発言は慎んでくれませんか?」

 

自分の生徒のために、大先輩に当たるだろう同僚にそう言ってくれた中川先生を、隼樹は心から格好いいと思った。

 

「ぶ、侮辱なんて大げさな……」

 

中川先生が本気で怒っていると分かり、今更のように愛想笑いを浮かべる右馬教諭だが、もうヘラヘラしているようにしか見えない。

 

「Qとは妖女をサキュバスと呼ぶことから転じたネットスラングでしたね? 文科省が更新した人種差別ガイドラインに一例として挙げられていましたが? もしも生徒が妖魔系生徒をそう呼んだ場合に厳しく指導するのが、本来のあなたの仕事でしょう」

 

問題発言を追及された右馬教諭が、(まばた)きを増やして目を泳がせる。

自分が『Q』と口走ったことに、いま気付いたのだろう。

 

「生徒への聞き取りは私が行います。もちろん人種性別を問わず。報告は職員会議で」

 

時計を見た中川先生が椅子から立ち上がる。

しかし『職員会議で報告』と聞いて、右馬教諭が(あわ)て出す。

 

「け、結構です! 聞き取りは私がします!」

「はい?」

「下着を盗まれたなんて、男の先生に言えるわけないでしょう! 公平さを保つために、人間女子への聞き取りは私がします!」

「いえ、それは――」

 

この期に及んで、右馬教諭は『隼樹=下着泥棒』の嫌疑を手放さない。

もう意地になっているのがありありと見て取れる。

下手すると、人間女子に聞き取ったという体裁で、ありもしない下着泥棒をでっち上げて事態を泥沼化させかねない。

 

そう懸念を抱いた中川先生と隼樹に構わず、右馬教諭は指導室を逃げ去ろうとして――

 

「っ!?」

 

パァン! と、音を立てて開いた扉に、驚いて足を止めた。

 

右馬教諭が開いたのではなく、外側から開かれたのだ。

 

「黙って聞いてれば……」

 

扉を開いたのは――メルヴィだった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

妖女には『誘惑』という力があるが、これは魔力に乗せて相手の目から頭に自分の欲情を転嫁させるという、テレパシーのような現象だ。

 

似たような現象として、『妖気』や『鬼気』と呼ばれるものがある。

言葉通り、激情のあまり活発になった魔力が、オーラみたいに可視化されることだ。

実際は発光しておらず、そのように幻視されているだけである。

 

目にした人間には、相手の抱いている怒りの感情などが、薄っすらとダイレクトに届く。

すると、バトル漫画の「気迫で相手を(ひる)ませる」に酷似(こくじ)した現象が起きるのだ。

 

「ひっ!?」

 

慣れていないと、いまメルヴィに(にら)まれた右馬教諭のように青褪(あおざ)める。

軽度のマインドショック――経験者が言うには「ホラースポットで霊を見たような気分」になり、身が(すく)むという。

 

(うわ、すごい……覇気(はき)みたいなの出てる……っ)

 

隼樹は興奮気味だった。

小心者の隼樹がそう感じたのは、魔力が向上して抵抗力が生じていたことと、メルヴィの怒気が自分に向いていなかったこと――そして何より、彼女は自分にそんなことをしないという『信頼』が大きかった。

 

「アンタさっきから、誰が泥棒だって? 大した根拠もないのに望月を犯罪者扱いして、挙句(あげく)に私たち妖女()が、なんだって?」

 

(すご)みを利かせて問い詰めるメルヴィ。

 

「おい、メルヴィくん」

「メルヴィさんっ!? 落ち着いてっ!?

 

中川先生と隼樹が間に入って、メルヴィを制止する。

中川先生がメルヴィをファーストネームで呼んだのは、姓を持たない妖女も結構いるからだ。このため妖女子には、名前に『くん付け』が日本の通例となっている。

 

「なっ、なんなのあなたっ!? 呼ばれてもいない生徒がなんでここにいるのっ!?」

 

男が間に入ってひとまず安心したのか、中川先生の後ろから右馬教諭が叫ぶ。

メルヴィはその姿を、なにか汚いものでも見るような目で(なが)めた。

 

「男の後ろに隠れた途端(とたん)声高(こわだか)ねぇアンタ――なんで来たのかって言えば、学内で評判の悪い女教師が、男子を指導室に連れ込んでいつまでも解放しないからだけど?」

 

メルヴィの追及には、男性教師が女子を部屋に連れ込んだ的な非難を含んでいる。

右馬教諭にその意図は100%無いだろうが、これも今日び()けるべき状況だ。

 

「評判ってなによ!? それに連れ込んだ!? そんなわけないでしょ! こんな――」

 

右馬教諭は隼樹を指差して何か言おうとしたが、ギリギリで口を閉じた。

この人物でも「これは流石(さすが)に」と気付くような言葉が出掛かったらしい。

 

「……こんな? ちょっと、いま望月になに言おうとしたの?」

 

メルヴィの額に青筋が浮かぶ。

まずい――と、隼樹はメルヴィの肩を正面から掴んで前に立つ。

 

「ダメだよ、メルヴィさん」

「どいて望月。そんな『××』を庇わないで」

 

口に出たのは、妖魔界語の罵倒だろう。

 

「庇ってない。君が悪者になっちゃうから。ね?」

 

真っ直ぐ目を見つめて言い聞かせる。

メルヴィが怒りに任せて右馬教諭に暴行を振るうようなことは、あってはならない。

あの手の女は、妖女に指一本でも触れられれば暴行だ魔法犯罪だと喚き立てるだろう。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「う……」

 

肩を掴んで見詰められたせいか、メルヴィが(ほほ)を染めて目を泳がせる。

鬼気は引っ込み、先ほどまでとは打って変わって、(はじ)らう乙女がそこにいた。

 

「あー、メルちゃんいいなー」

「ええ、私もそんな愛され方してみたいものです」

 

と、新たな女子の声。

ミースとイサミが、生徒指導室に入ってきた。

 

「え? 二人とも、どうして……」

「ごめんねー、隼樹くん。遅くなっちゃって」

「少し手間取りまして。さて――」

 

ミースが手を合わせて隼樹に詫びると、イサミが眼鏡の縁をキラリと光らせた。

 

「先生、聞き取り調査をしたいのでしたら、これをどうぞ」

 

イサミはスマホを中川先生に差し出し、動画を再生する。

 

『下着を盗まれたっ!?』

『いや、忘れただけかもしれないから、まだ確定じゃないって』

 

聞き覚えのあるミーサの声、答える声は――自分の声だ。

録音された自分の声は、骨導音が無くなるので、別人の声に聞こえる。

 

『ごめん、下着の件だけど、家にあったよ』

『なんだよもう、人騒がせなやつめ』

 

翌日の――つまり今朝の教室での会話もあった。

 

「メモリーキャプチャーです。私が見聞きした記憶になります」

 

イサミが提出したのは、自分の記憶を画像や映像にするという『フェイ』のアプリだ。

 

「ああ、知ってる。見てもいいのか?」

「はい。問題になっている下着の()()については全て映像化しました。ご存知のようですが、警察の捜査判断においても根拠として認められるものです」

 

イサミが説明するように、昨今は魔法によって、自分の思い出をデータ化できる。

 

裁判での証拠能力については国の法律次第だが、状況証拠くらいの説得力は認知されており、『フェイ』を使っていればSNSへの投稿も多数ある。

 

なお、その人のプライバシーそのものに等しいので、他者が『出せ』と要求することは、立派な人権侵害と見なされる。中川先生が「いいのか?」と確認したのはそのためだ。

 

「たしかに、望月の言った通りの内容です。右馬教諭、ご(らん)になりますか?」

「……こういうの、AIでフェイク動画を作れるんじゃないですか?」

「鑑定AIによる真贋(しんがん)保証は付いています」

 

中川先生がスマホを見せても、右馬教諭は言いがかりを付けてきたが、イサミがきっぱり返答した。

隼樹の『自分が下着を家に忘れたことが、下着泥棒の疑惑を生じさせた』という主張が、押し黙った右馬教諭の目に証明されていく。

 

「今後、女子の下着が盗まれたという『噂』が出てきたとしても、当学級で起きた件とは無関係だと言い切れるかと」

 

でっち上げの余地すら(つぶ)すイサミ。

 

(イサミさん、すごいな…………真犯人なのに)

 

こんなイサミを見て、いったい誰が、本物の下着泥棒だと思うのだろう!

 

「よろしいですか? 右馬先生」

「え、ええ……」

 

中川先生が念押しすると、右馬教諭は顔を真っ赤にしながら、(しぼ)り出すように返答した。

やがて、隼樹たちが沈黙して自分を見ていることに気付くと、

 

「わ、分かったから、もう教室に戻りなさい!」

「は? なんで(あやま)らないの?」

 

メルヴィが驚きの口調で追及した。

小声でも「ごめんなさい」の一言くらいあるだろう――と、ほぼ全員が思っていた。

一方で、こういう人間は謝らないということも、分かってはいた。

 

事実、右馬教諭は口の端をぴくぴくさせると、鬱陶(うっとう)しそうに手を振って退室を促す。

 

「……礼節の国も落ちたものですね。行きましょう」

 

イサミが感想を口にして、指導室の出口へ向かう。

隼樹たちも、これ以上は不愉快な時間が続くだけだと割りきり、退室しようとしたが――

 

「っ、ごめんなさいねぇ。妖女さんには分からないでしょうけど、日本ってそういう男ばっかりなものだからぁ。いつ下着が盗まれたって不思議じゃないのぉ」

 

――と、(こと)ここに(いた)って驚くべきことに、右馬教諭は毒を吐いた。

 

無理のある作り笑いで、嫌味たっぷりの口調で。

謝ってこそいるがそれ以上の時間を掛けて、妖女と男性への悪感情を口にした上に、まだ自分の行動は正当だったと言いたげに。

 

しかも……その気があってか否か、『そういう男』が隼樹を指しているようにも取れる。

少なくとも、目を見開いたミース、イサミ、メルヴィには、()()()()()()()()()()と受け取るに十分な暴言だった。

 

「――ちょっと刑務所に行ってくる」

「ダメだって!!」

 

再び気炎を上げたメルヴィが、不穏なことを口走った。

 

「そうだよメルちゃん。やるなら証拠が残らないように」

「ミースさんもなに言ってるの!?」

「ええ、こういうときは非殺傷魔法が適切です。幻痛魔法で制圧しましょう」

「イサミさんもプロっぽいこと言わないで!?」

 

メルヴィどころかミースやイサミからも鬼気が立ち昇っている。

隼樹は精一杯に両腕を広げ、三人の妖女を手と体で止めて、出口へ導く。

柔らかい女体を感じる(ひま)も無い、アイドルに近付くファンを()き止める警備員の気分だ。

 

「右馬先生、いい加減にしてください。お前たちも落ち着いて、後は先生が――」

 

中川先生が、不本意そうに右馬教諭を(かば)う位置に立つと――

 

「淫行よ!!」

 

……また何か言い出した。

 

「はい?」

「ほら! 胸を触ってるじゃない! 痴漢行為でしょ!? 婦女暴行よ!!」

 

右馬教諭が金切り声で指差しているのは、隼樹の両手だ。

彼女たちを止めるために伸ばした隼樹の腕が、ミースとイサミの胸に触れている。

事態が事態なので、隼樹もミースもイサミも気付いていなかった。

 

というか、別にエロコメ漫画の事故みたいに(わし)づかみにしているわけではない。

体を張って制止する過程で、腕と胸の一部が接触したという形でしかなかった。

 

暴行未遂というなら分かるが、これで淫行とは言いがかりが過ぎる。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………もしかして、酔ってる?」

 

ミースの問い掛けに、全員が無言で同意した。

 

右馬教諭の――脂汗を掻いて紅潮した顔と、歯の隙間から鳴る蛇のような吐息、そうすることが何かの魔法であるかのように力強く突き出された指先――それらが()り成す姿は、どうしても正常な思考力を感じさせない。

 

これで酔ってないのであれば、薬物の使用を疑うしかない。

 

メルヴィたちの怒りも霧散した。

もはや『そういう感情を向ける対象ですらない』とカテゴライズされていた。

 

「……もういいから、教室に戻りなさい。あとは先生が話しておく」

 

片手で(ひたい)を押さえる中川先生が、仕事に疲れた介護士にさえ見えた。

同じ苦労をする気は無い――いまだ何か喚いている右馬教諭の声を背に、隼樹たちは指導室を後にするのだった。

 

 

 

 

「いやぁ、衝撃的だったねぇ……」

 

指導室を出た後、隼樹は一連の出来事を振り返って、その一言に凝縮した。

 

時刻はまだ昼休み。

隼樹は売店で買ったパンを、急ぎめに口へ放り込んでいく。

午前最後の授業が終わってすぐ連行されたので、昼食を取る時間も無かったのだ。

 

「まったくだっての! あーもう腹立つったら!」

 

同じく昼食そっちのけで対応してくれたメルヴィが、袋の中で絞ったやきそばパンを豪快に食い千切る。

 

「メルヴィちゃんから聞いたときは何事かと思ったよー」

「よかったですね。『フェイ』の画像を調べられなくて」

 

隼樹が連行された直後、様子を見ていたメルヴィから連絡を受けたらしいミースとイサミも、遅くなった昼食をとっている。

 

「画像?」

「無しだから! その話は無しだから!」

 

イサミの言及に慌てるメルヴィ。

画像と言えば、メルヴィにエロ自撮りを送りつけられた直後の連行だった。

 

「メルちゃんってば、自分が変な画像を送ったのがバレたんじゃって大慌てで――」

「ミース!」

 

どうやらメルヴィは、隼樹が指導室で尋問された結果、送った画像が明らかになることを懸念していたらしい。

『フェイ』はスマホと違ってデバイスを渡せば中を確認できるというものではないので、その心配は要らなかっただろうが、思えば危険な物証が手元にあったのだ。

 

「と、とにかく、みんな来てくれてありがとう。すごく助かったよ」

 

隼樹は心からお礼を言った。

中川先生が味方になってくれた時点で風向きは良くなっていたが、その後のメルヴィたちの登場、特にイサミのメモリーキャプチャー提供が決定的だった。

 

「いや、うちは何も。隣の席の子が助言してくれたおかげっていうか……」

「たぶん下着泥棒疑惑を聞きつけたんだろうって予測、大当たりだったねぇ」

「記憶情報の動画化に時間が掛かってしまって、申し訳ありません」

 

メルヴィ、ミース、イサミは、事態を聞いてすぐ動いてくれたそうだ。

 

「ていうかむしろごめん。うちがキレちゃったせいで、危うく悪化させるとこだった」

 

メルヴィが自省している。

たしかに、あの場面なら右馬教諭には暴行未遂を訴える資格があったかもしれない。

あの人物については、中川先生が(なだ)めてくれることを祈るしかないだろう。

 

「いやいや、男の僕が言うのも変だけど、格好良かったよ」

「っ、別に、あのくらい普通っていうか……」

 

隼樹の言葉に赤面したメルヴィは、誤魔化(ごまか)すようにパンを口に放り込む。

実際あのオーラは、もう一回見せてほしいくらいには格好良かった。

魔力があればいずれ自分にもできるようになるだろうか? などとも思う。

 

「ずるーい、ああいう男の子を助ける役を持っていっちゃうの」

「私やミースでは、ああいうのは様になりませんからね」

 

ミースとイサミの台詞を聞くに、妖女的には「窮地の男を颯爽(さっそう)と助けるヒーロー」みたいなものに様式美があるらしい。

 

「そんなことないよ。二人も助けに来てくれて、救われた気分だったよ」

 

ミースやイサミの存在が、メルヴィに劣るなんてことはありえない。

中学時代は誰も助けてくれなかった――とまでは、湿(しめ)っぽくなるので言わないが。

 

「えへへー」

「私に関しては、むしろ助けられた方ですから……」

 

ミースは照れくさそうに笑い、イサミはちょっとバツが悪そうだった。

隼樹がイサミの下着泥棒について漏らしたら、事態は混迷を極めただろう。

 

「よしっ、今日は帰りに寄り道しよう! 嫌なことはぱーっと騒いで忘れるに限る!」

 

メルヴィが提案する。

ろくでもない体験は、楽しい思い出で上書きすべきだ。

隼樹としても大歓迎な提案だったが――

 

「あ、ごめん。私ちょっと放課後に急用が入っちゃって」

「実は私も、委員会に顔を出さなきゃいけなくて」

「えっ?」

 

なんと、ミースとイサミが辞退した。

イサミの委員会は分かるが、ミースが『急用』という言葉で不参加なのは意外に思える。

メルヴィの顔にも、「隼樹のケアより大事なのか」という驚きがあった。

 

「だから隼樹くんのことは、メルちゃんにお任せします♪」

「「っ!」」

 

しかしミースの発言で、メルヴィが赤面する。

隼樹もだ。

自分たちを二人きりにする提案が何を意味するのか、分からないはずもなかった。

 

「嫌な思いをした隼樹くんを、ちゃんと(いや)してあげるんですよ?」

「い、癒すって……っ」

 

イサミまで悪戯っぽい笑みで言い出し、メルヴィの目を泳がせた。

 

(そう、だよな)

 

対して、隼樹は思いの外、照れたり慌てたりもしていない。

そんな自分に驚いてもいたが、それ以上に、『自分のすべきこと』を感じていた。

右馬教諭の()らぬ乱入で中断していたが、いま自分が考えるべきは、彼女から送られてきた自撮り画像に込められたメッセージへの答えなのだ。

 

「それなら、仕方ないね。メルヴィさん、今日は二人で帰ろうか?」

「っっっ」

 

隼樹から誘うと、メルヴィは耳まで赤くなる。

ミースが少し驚いた顔をした後、妙に嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 

放課後――下原恵理は、(こと)顛末(てんまつ)を右馬教諭から聞いて、ほくそ笑んでいた。

 

(やった……ざまぁみろ)

 

愉悦を飴玉のように堪能する。

 

右馬教諭は『証拠不十分』と口惜しそうに言っていたが、それはそうだ。

下着泥棒など無い。ただ下原がちょっと誤解を招く言い方をして、隼樹に右馬教諭をけしかけただけなのだから。

 

ただ、右馬教諭に下着泥棒の疑惑を掛けられ、あわよくば教室で噂になって、学校生活を失墜させればと期待していた。

 

失墜はしなくとも、指導室で尋問されるというストレスを掛けられただけで十分だ。

 

(よう)は嫌がらせ。なんら正当性は無く、なんのリスクも負わず、なにも生み出されず、悪事なら悪事なりに大それたことをしようとするでもない。愉悦のための卑小な悪巧み。

 

今日、火遊びくらいの気持ちで手を染めたそれが――甘美だった。

 

(次は、もっと上手く、効果的にできないかな……?)

 

不徳な快感に導かれた下原が、ろくでもないことに頭を使い始めたとき――

 

「しーもはーらさん♪」

「きゃあっ!?」

 

ぽん――と肩を叩かれ、思わず()び上がる。

 

――妖女子がいた。

同じ学校の制服を来たドワーフ系、顔にも見覚えがある、たしか……

 

「ミースだよ? 去年同じクラスだったけど覚えてる?」

「あ、うん……」

 

そう、ミースだ。

自分が今日、(おとし)めようとした男子の、恐らくは恋人。

巻き添えで不評が立ってもいいと考えていた、ある意味でもう一人の標的。

 

それが、いつの間にか、肩を叩けるほどの背後に――いた。

 

(え? なん、で?)

 

背筋に寒いものが走る。

彼女とは帰宅路が違う。一度も一緒に帰ったことなど無い。

この方向には住宅街しかないので、彼女が放課後どこかへ寄り道していたとしても変だ。

 

「よかったぁ、覚えててくれて。下原さんとはあんまりお(しゃべ)りできなかったから」

 

人懐(ひとなつ)っこい笑みで、耳心地のいい声が弾む。

下原のような人女から見ても、ぶりっ子という感じがしない絶妙な愛嬌だ。

 

「いま帰るとこ? 途中までお喋りしようよ」

「え、あ、うん。いいけど……」

 

露骨(ろこつ)に遠ざけることもできず、下原とミースが並んで歩く。

日が傾いて赤みが差した住宅街で、気味の悪い汗を背中に感じながら。

 

「そういえば今日は大変でねー。隼樹くんって覚えてる? あ、望月くんのことね」

「えっと……ごめん、男子の名前って、あまり覚えられなくて……」

 

咄嗟(とっさ)に、白を切った。

本当は、今日ほど強く意識したことは無い相手だ。

もちろん、ミースが彼の女であろうことも、目撃している。

 

(え? いや、偶然だよね? 分かるわけない。右馬先生に下着泥棒の話をしたときにも居なかったし……)

 

右馬教諭が『下原に聞いた』とでも言わない限り、ミースが下原に辿り着くはずがない。

もしバラされていたとしても、「誤解を招く言い方をしてしまった」で逃げ切れるはず。

 

それでも、服の下で嫌な汗がじわじわと湧いてくる。

普段通り愛想のいいミースから、過去に感じたことのない圧を感じる。

 

「そう? ほら、ちょっと太っちょで無口で――」

 

ミースは歩を進め、下原を振り返った。

 

「――今日、あらぬ誤解ですっごい迷惑しちゃったの」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

下原は確信した。

 

(バレ、てる……っ!)

 

口調や表情は、いつも可愛いミースだった。

だが、目に宿る魔力光が、陽炎(かげろう)(ごと)(かす)かに立ち(のぼ)る妖気が、全ての印象を一変させる。

 

「ひどいんだよー? 右馬教諭がねー」

 

ミースは指導室での一件を語る。

 

ちなみに妖女子は翻訳魔法の都合で、教師のことを『先生』ではなく『教諭』と呼ぶことが多い。『先生』は勉学とは別の、より敬意ある師弟関係に用いるそうだ。

 

これはつまり――敬意に値しない教員を先生とは呼ばない、ということでもある。

 

「どうしたの? お家、こっちでしょ?」

「あ、うん……」

 

下原は、慌てて自宅の方へ足を向けた。

家まで辿(たど)()けば、彼女とお別れするタイミングになる。とにかくそこへ急ぎたかった。

 

(……まって? なんで、私の家の方向、知ってるの?)

 

思い至って、目を見開いた。

どこに住んでいるかなんて話したことは無い。

 

「でね、調べてみたら、なんだか右馬教諭をけしかけた人がいるみたいなの」

「っ!?」

 

住所特定に続いて、そこに触れられた。

 

「な……なんで、そんなこと、分かるの?」

 

心臓の嫌な鼓動を感じながら問うと、ミースは薄く笑う。

 

「言霊解析って知ってる? 魔法の一種だけど、例えばその場所で誰が何を喋ったかが、だいたい分かったりするの。妖魔界だと警察や探偵がそれで調査するんだよ?」

「…………」

 

フィクションで言うところの『過去視』とかサイコメトラーみたいなものだろうか。

もし、そんなことが可能だとすれば……

場所に対してログのように残った発言を、読み取れるのだとすれば……彼女が自分に辿り着くのも不可能ではない。

 

「あ、初めて聞いた? 魔法って色んなことができるんだよー? 意図的に病気の発作を起こしちゃうのとか、信号機の赤と青が逆に見えちゃうようにするプチ幻術とか。中には日本の法律で定義されてない現象もあって、そういうので人が殺されちゃうと、裁判では罪に問えなかったりするんだって」

 

こわいねーと笑うミースの台詞で、下原の体が(こお)りつく。

 

噂には、聞いたことがある。

そういう魔法手段でなるべく証拠を残さず人を危める技術を『呪術』などと呼ぶらしい。

『呪い』を罰する法律は無く、科学的な立証ができないなら、法もそれを(さば)けない。

 

(まって……待って待って待って待って待って待ってっ!!)

 

脳内に炸裂する危機感。

自分はいま、見えない拳銃をこめかみに突きつけられているのではないか。

魔法文明が未発達な人間界のガキなんて、いつでも証拠を残さず呪殺できる――と、そう言われているのではないか。

 

(だって、そんなの、海外の動画とか、妖魔界の戦争とか、そういうところの話で……)

 

ネットに浸りがちな下原の頭が、該当する過激な動画を勝手に思い出す。

 

【迷惑系配信者、妖女に(から)んだら幻術に掛けられ悲鳴を上げて逃走、自動車に突っ込む】

【暴れるヤク中、妖婦警の幻痛魔法で心臓発作。警官の対応に問題は無いとの判決】

【暴走族の爆音が急に消え、運転手が一斉に耳を押さえて玉突き事故。

 近所の住民妖女(13)が音魔法の使用で自首するも、現行法に違反なく無罪判決】

【紛争地を進む部隊が一人ずつ胸を押さえて倒れていく動画。呪術か】

【妖女をイジメていた人女子、(むし)寄せの呪術を掛けられ、部屋に殺虫剤を撒き続けた上に不眠症を(わずら)(はち)に刺されアナフェラキシーで死亡】

 

感覚が麻痺していた。

知っていながら、それらは全て実際に起きたことなのだと、認識できていなかった。

 

「ねぇ、下原さん」

「っ!?」

 

滝のように汗を掻く下原に、ミースが顔を(のぞ)き込んで問い掛ける。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「――私の男を()めようとした困ったちゃんに、心当たりある?」

 

薄く魔力光を()びた瞳が、ぞっとするほど綺麗だった。

 

下原は、自分の間違いに気付く。

 

妖女を――人間だと思っていたことだ。

 

生物学的にも人類だし、こうして同じ国で暮らせている。

でも、彼女たちが魔性と牙を見せたとき、それは御伽噺(おとぎばなし)の悪い魔女になる。

 

礼節をもって接すれば恩恵をくれるけど、非礼があれば残酷な末路を迎えるとか――

何かの拍子(ひょうし)に怪物へ化ける妖怪とか、気まぐれに人を救ったり殺めたりする妖精とか――

 

平凡な人間がそれに遭遇すると、選択肢を間違ったらデットエンドになるホラーゲームの幕が開ける。

 

自分はいまそういう、人の理解を越えた力に牙を()かれて生き残れるか否かという物語の主人公なのだと――下原恵理は理解した。

 

「っ、っ、っ!」

 

泣いて首を振るという選択肢を、知らず選んだ下原は――

 

「だよねー。そんな悪い子、うちの学校にいるわけないもんねー」

 

全ては嘘だったかのように、圧力から解放された。

 

ミースの眼光も消えうせ、単に夕日の反射がそう見えていただけだとすら思える。

 

それでも、下原は心身で理解した。

自分は――妖魔の慈悲で、見逃されたのだと。

 

「ごめんね脅かしちゃって。じゃあ、私はこのへんで。ばいばい」

 

ひらひらと手を振り、お友達と別れて明日も遊ぶように去っていくミース。

 

何かをすれば、彼女の気が変わってしまうのではないかと感じて……

 

姿が見えなくなるまで、ずっとそこに立ちつくしていた。

 

 

 

 

同日の夜――

 

『続きまして、選挙です。本日投票が行われました○○市市議会選挙、開票の結果、一区では無所属の新人・佐々木候補が当選、現職の右馬候補を大きく突き離しました――』

 

右馬教諭は、実家のリビングでテレビ画面を眺めていた。

舌打ちを繰り返し、ソファーの手すりに握り(こぶし)を何度も落としながら。

 

衆院選や参院選ほどではないが、県内でも大きな市の選挙だけあり、地元局が結果報道の時間をとっていた。

 

「なんでっ、なんでっ!」

 

画面では勝利者インタビューが行われている。

 

半妖女の若い女性が、今回の選挙では様々な方のご支援をいただきなどと、通り一遍等なことを言っていた。

 

(支援ってどうせ妖マネーでしょ! 票もどうせQとオス層だけに決まってる!)

 

彼女には不愉快な映像だった。

落選したもう片方のインタビューも、それに拍車をかける。

 

『今回は私の声が市民に届かず――』

 

母だ。

年配の女性市議が目に涙を溜めている姿に、娘も涙腺が刺激される。

 

――全国ニュースになるほどではないが、今回の市議選は注目の一戦だった。

 

【○○市議、酒に酔って迷惑行為。過去の発言と怪しい経費が掘り返される】

【誘惑禁止条例改正に猛反対していた女性市議、迷惑禁止条例でしょっ引かれる】

【Qが触るな! 警察は無駄! 暴行されたナース、怒りの記憶映像公開】

 

最初は、ちょっとしたことを大げさに(さわ)いだネットニュースだった。

いま思い出せばあれも、この選挙を狙った工作だったに違いない!

 

【○○市議選、夫の愛人VS元妻みたいな構図で熱い】

 

次に()沙汰(ざた)されたのは、母と離婚した父のこと。

実際にそのような関係は無い。当選した候補は無関係だ。

 

ただ母は、父と離婚した際、夫が妖女と浮気していたことを(にお)わせる投稿を行っている。

 

兄は「自分がしてた精神DVを誤魔化したいんだろう」と失笑していたが、いずれにせよこれは、離婚時の裁判で望んだ結果にならなかった女の(うら)(ぶし)と解釈された。

 

妖女を嫌うオバサン市議が、(いわ)く夫を奪ったらしい妖魔系の女性新人と一騎打ちする様がまるで昼ドラのようだと、好奇の視線に(さら)されたのである。

 

【大陸利権を失った左派市議、突如として保守に転向。典型的な反妖偽保守と判明】

雌猿(めざる)キモ猿交尾(こうび)猿コールを主催した連盟の現職市議、「分断の無い社会のため」出馬】

【演説中に魔法で妨害されたと主張の人女候補者、どう検証しても何も起きていない】

 

元よりこの市は、積極的な妖女の移住受け入れにより、政治の話題に上がりやすい。

こうした背景もあって、今回の市議選は、『日本に妖女が居ることの是非を問う選挙』と見なされたのである。

 

結果――母は反妖保守の立場を取って、惨敗した。

 

(不正だっ、不正選挙に決まってる!)

 

右馬教諭は両手で握ったスマホに左右の親指を(おど)らせ、何事かネットに放出していく。

 

母が市議会議員であること――これは右馬教諭のアイデンティティだった。

両親が離婚する前は、父が市教育委員会にいることも加わった。

学校で指導方針について小言を受けても、父母の存在を出せば黙らせられた。

 

それが、失われてしまう。

 

父とは他人同然になり、母は市議ではなくなった。

なら今後は――誰が校内での私の地位を保証してくれるのだ!

 

ああ、もしかしたらこれは、自分を(おとし)めるために妖女子が何かしたのではないか!?

なにかこう、OGとかを通じて、魔法とかで! 政界のオジどもに体を売って!

自分の生徒ではないにしても、この選挙には絶対に、妖女により汚い手口が(から)んでいる!

 

「くそっ、くそっ。なにが――だ――どうせ、……のせいでっ――」

 

聞き取れない独り言が(つぶや)かれる。

近くのテーブルには、魔力ポーションの()(びん)が転がっていた。

 

 

 

――妖女の多い市の住宅街で、日が(しず)む。

 

子沢山(こだくさん)な家々から笑い騒ぐ声がして寝静まり、男女の声が()れ聞こえては途切(とぎ)れていく。

 

いまやそれが、この町の多数派。

 

生命力に(あふ)れた喧騒(けんそう)の中で、女が一人(どく)づく声だけが、誰にも聞こえず消えていく。

 

 




ご一読いただきありがとうございました。

なんと、まだメルヴィとのHに辿り着きません!

一個も「♡」を使わず、無駄に多い文量、
こいつエロ小説を書く気あんのかという話ですが、
面倒くさい奴らの処理を先に済ませておきたかったんです
あと、男から見た妖女と、人女から見た妖女の違いを鮮明にしておきたかったので

続きも急ぎ執筆してまいります
今後もよろしくお願いいたします
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