誘惑禁止条例 ※性犯罪被害は条例違反にあたらない 作:大中小太郎
「早苗ちゃん、今回も点数すごいね」
「うーん、でも100点じゃなかったし」
小学校のテストの後に、お友達とそんな話をしている子だった。
父親が先生だと聞いている。
彼女の中で「教師の子だから勉強ができる」がプライドだったのだろう。
点数がよくて、先生に当てられても答えられる、クラスに一人はいる優等生だった。
「えっ? 離婚しちゃったの? お父さんとお母さん」
「うん。パパが妖女と浮気したんだってママが言ってた」
中学に上がる少し前、彼女のご家庭に残念なことが起きた。
「裁判したんだけど、『ふりんのじじつはみとめられなかった』って、ママ怒ってた」
「そうなんだ。ひどいね」
上潟さんと女子の会話を思い出すと、検討すべき可能性が表れる。
不倫の事実は認められなかった――夫の浮気に
証拠なんて推理漫画のように必ず出るものではない、夫が言い逃れたとも考えられる。
しかしそうでなければ……
妖女との浮気は奥さんの思い込みで、それに
実は奥さんの方が有責で、その関係を逆にするため夫の不倫を主張したか。
あるいは旦那さんが妖女の『誘惑』による逆レイプに遭い、奥さんの中ではそれが不倫に相当したけど、法的には性犯罪被害なので不倫にならなかったとか。
どのパターンもありうるが、クラスメイトが詮索できる
重要なのは――それが上潟さんにどんな影響を与えたのか、だ。
○
上潟さんのよくない変化は、中学の頃に表れた。
「早苗ちゃん、最近ちょっと不良だね? お勉強してないし」
「だってさー、やってられなくない?」
優等生だった上潟さんは、そんなことを口にするようになった。
「なんか、魔力があると睡眠学習ができるんでしょ? こっちは眠い目を
周囲の妖女子に対してあてつけがましい不平不満だった。
もっとも、中学の教室は男子と妖女がお互いに意識を集中させているので、人女子の雑談なんて誰も聞いていない。
「起きてる間は
上潟さんは教室に目を配る。
男子がおり、彼の背後から妖女子が首を抱き、
小学生の頃から上潟さんが彼をよく見ていたことを、私は知っている。お気の毒です。
「人間女子でも練習すればできるんじゃない? 睡眠学習」
「魔法の練習するには魔力が必要で、魔力を作るには魔力のトレーニングが必要じゃん。でも魔力の授業は高校から――こんなの勝負になるわけない」
人女と妖女の間に横たわる人生の不平等感が、上潟さんを襲っていた。
上潟さんの勉強熱心は、教師である父親が一因だった。
離婚により『父は裏切った』という失望感が生まれて、勉強への動機も薄れたらしい。
それに加えて、父の浮気相手らしい妖女への悪印象。
性を意識する年頃になって顕在化する、
好色な年頃の男子は妖女へ流れ、日ごと自分たちへの関心を薄れさせていく現実。
こうした
結果、「それでも魔力を磨いた方が人生得する」という賢明な努力を選べずにいるのだ。
「なんていうかさー、勉強もスポーツみたく男子・妖女・女子で分ければいいのに」
その暴論の真意は、「競争の放棄」である。
古今東西、人を落ち
赤の女王仮説――というものがある。
『鏡の国のアリス』に登場する赤の女王の台詞、「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」に由来するもので、「競争の中で生き延びるには持続的に進歩しなくてはならない」という意味だ。
社会には競争がある。
マラソンランナーが、抜かれたからといって足を止めれば、最下位に急ぐだけ。
走るのを止める言い訳は、いくらでも転がっている。
才能の有無、親ガチャ、人種や性別や国籍、エトセトラ。
それらが
上潟さんは、「人女である」ということを、理由に用いてしまった。
一生に
いつしか上潟さんの成績は、真ん中をキープし続ける私すら下回るようになった。
○
「え……付き合ってるの?」
「えへへー。うん」
中学二年の頃だっただろうか、上潟さんに新たな変化が起きた。
彼女とよく話していた天然っぽい人間女子に、彼氏ができたのだ。
幼馴染の男子で、彼女以外にも妖女の恋人が居るらしい。
最近
「それ、大丈夫? その……エッチなこと要求されたりとか」
性的な話題をためらったのではなく、
同級生が得た「彼氏」というカースト爆上げ要素に、
「たまにあるけど、ちょっとキスしたりスキンシップしたりするくらいだよー」
これは、彼女がまだ中学生だったからではない。
人女との交際に散見されるのだが、「本番はあまりしない」というスタンスがある。
今夜は指や口で快感を与え合ってお
妖女ほど
「そう、なんだ……」
上潟さんの表情からは、衝撃を受けていることが見て取れた。
内心で自分より『下』だと思っていた級友が、実は『上』だった。
自分はどうなのかという焦燥、自分にもできるのではという期待。
人生にありがちな、同年代に置いていかれる不安感に触発されて――彼女は動いた。
○
上潟さんは、顔面偏差値に覚えのある方だった。
恋愛競争において、妖女にことさら遅れを取るということはないだろう。
ただ……
「アンタさぁ? なに人の彼氏に粉かけてんの?」
妖女と付き合ってる男子に、恋愛感情をむき出しにして近付けば、囲まれもする。
「え、だ、だって……っ」
囲んでいるのは数人の妖女。
たしか、上潟さんが目で追っていた男子の彼女さん
「ちょっといい?」
見捨てるわけにもいかず、私は彼女らの間に入ることにした。
「上潟さん、もしかしてこの子たち彼氏に言い寄った?」
「言い寄ったっていうか……」
「『彼は複数の女子と付き合ってるから自分もいい』って思った?」
上潟さんは小さく頷いた。
「それは勇み足。そういうのにも作法があるの」
私は上潟さんの調査不足を補った。
「例えば義姉妹っていって、最初から複数の女子が一人の男子と交際するパターン。この子たちがそれね。こういう場合、まず彼女たちと親しくなってからっていうのが筋なの」
これを破った場合、義姉妹たちは『私たちの男に手ぇ出したな!』とご立腹になる。
将を
「というわけだから、異文化の生んだ行き違いってことで、ここはひとつ」
「まあ、そんなこったろうと思ったよ。彼も迷惑してるから、恋愛なら他を当たって」
私が頭を下げると、彼女たちも溜息を吐いて、その場を収めてくれた。
「ほ、他を当たれって……なんでアイツが勝手に断るのっ!?」
「これも異文化。義姉妹がOKでも肝心な彼氏が『この子はちょっと』と思ったんなら、義姉妹が代わりにきっぱり断るの」
上潟さんは、好きな男子に告白するどころか、当人から直接振られることもなかった。
感覚的には、「妖女に追い払われた」と認識しているかもしれない。
「諦めないって言うなら止めないけど、次は私も助けられないよ? 喧嘩は嫌だし」
「……ごめん。あと、ありがと」
「ん、別にいいよ。あー怖かった」
たまに変わり者と評される私だけど、人並みに暴力は嫌いだ。
「その、もしよかったら……さっきみたいなの、他にも教えてくれる?」
「まあ、基本くらいなら」
その日から、私は上潟さんの恋愛相談に乗ることになった。
○
「そもそも、フリーの男っているのかな?」
上潟さんは、相手の選別から考え直すことになった。
好きだった男子については、前回の件で冷めてしまったらしい。
「いなくはないだろうけど」
私は知る限りの恋愛事情について教える。
「居たとしても、『本当は彼女が居るけど重い事情で内緒にしてる』とか、『特定の相手が居ないだけのヤリチン』とか、『ガチで一人でいるのが好きな人間嫌い』、さもなくば『妖女にも愛想付かされる人』とかだと思う」
「だよねぇ……」
「既に妖女がいることを前提に、二人目や三人目になる方が確実だと思う」
「そうなんだけど……でも、やっぱり、一番に大事にしてほしいって言うか」
「私も」
同意はする。
実は妖女にもそういう感情くらいある。
「でも一夫多妻恋愛だとそういうの、『兄弟姉妹の中で自分を一番大事にして!』って、親に
旧時代の感覚で聞けば耳を疑うようなジャッジだ。
男性が少なく女性が多いこの現代では、恋人関係でもそれが起きる。
「だからってわけじゃないけど、私は信頼できる同性と彼氏を共有するのも有りだと思ってる。恋愛関係で色々と
愛に欠けているかのようなハーレム恋愛にも、メリットは一応あるのだ。
上潟さんもそれが分かっているから、妖女連れの男に自分をアピールしたのだろう。
「そっかぁ……ん~、でもなぁ……」
「まあなんにせよ、出会いが無かったら始まらないよ。学校内がダメなら、学校外に
「そっか。うん、色々調べてみる」
かくして上潟さんは、妖女が
○
「人種差別って最低だと思わない!?」
「……なにがあったの?」
後日、なんか超めんどくさいこと言い出した。
休み時間の教室でクラスメイトとするには、冷や汗の出る話題だ。
「こないださー、本っ当に最低な男がいてっ!」
上潟さんが次の授業を跨いでまで
マッチングアプリで出会った男に振られた――以上。時間返せ。
「そういうの、18歳以上じゃないとダメじゃなかった?」
「いや、探せば
年齢認証がザルなアプリを使ったらしい。
恐らくそのアプリは人間男性との出会いを求める妖女を狙って
「プロフとかでバレない?」
「写真は私に
人種・年齢・顔写真のトリプル詐称とは恐れ入る。
見せてもらった顔写真は、上潟さんと似ていなくもない、半妖女の美人さんだった。
「それで相手の男が……」
『写真と違うね。ハーフにも見えないし、中学生くらいだよね?
ダメだよこんなことしちゃ。大人になってからしなさい』
と、出会って五秒で正体を見抜いて、約束していたデートをお断りしたそうだ。
「おかしくないっ!? 自分がそういうアプリ使っておいてなに説教してんのっ!?
相手が妖女ならあいつ絶対ホテルに連れ込んでたよっ!」
「……それはひどいね」
誰の何が――とまでは言わなかった。
人女でも妖女でも社会人が未成年者には手出しできないから断るのは妥当だ――とか。
身分を詐称する女と関わったら更なる悪事が起きそうだから去るのが賢明だ――とか。
そんな道理を口にしたところで、私には一銭の得も無く、級友を逆上させるだけだ。
「利用者の女も妖女ばっかだし、使ってる男もそういう奴ばっかりなんだよっ! どうせ
「ああ、うん……」
なんとこの子、ギャラもらおうとしてた。
あと、ここぞとばかりに爆発する妖女への感情もすごい。
「でも、お金は
「だって恋愛ってお金
どうしよう、ナチュラルに整形まで視野に入れてる。
というか、女が顔合わせだけで金を
(それで断られて、人種差別かぁ……)
上潟さんの脳内では、断られた理由が「妖女じゃなかったから」になっている。
容姿や年齢で断られたとするよりも、「自分は悪くない、むしろ被害者だ」という気分になれる。気分の良し悪しのためなら、現実認識なんていくら
なんということでしょう、これが小学生の頃は優等生だった女の子の現在だ。
「腹立ったから、相手のプロフSNSで
ざまぁざまぁと笑う上潟さんを見て、私は懸念を抱いた。
「そのアカウント、上潟さんの素性がバレるような投稿はしてないよね?」
「ないない――ない、と思う――ちょっと待って……っ!」
○
無事、バレた。
投稿内容は、私が上潟さんから聞いた内容よりも
相手男性を悪し様に晒し、マッチング界隈の要注意人物に仕立て上げようとしていた。
【人種も年齢も嘘ばっかりなのですぐにキャンセルしたところ、なぜか「金払えよ!」とキレられた思い出がこちらです】
相手男性も反撃に出た。
『フェイ』による動画化記憶の投稿である。
自己証言だけの上潟さんとは、説得力が違った。
このゴシップは、ちょっとしたインスタントカルマとして、
投稿削除も時既に遅し、
「それで、どうなったの?」
「お母さんまで呼ばれて、お説教だった……」
上潟さん、親と教師からこっぴどく
「ていうかあんな芋こっちからお断りだしっ! なんで
「まあ落ち着いて。今回は出会いが悪かったんだよ」
振られたのも晒したのも上潟さんだ。
プライドと被害者意識により、頭の中で歴史が改変されている。
主観と感情で生きる人間って、ちょっと感心するくらい、こういうことするよね。
「とりあえず、アカウントは作り直しちゃいなよ。というか旧時代のSNSは止めなよ。高校に進学したら『フェイ』に切り替えた方がいいって」
「あー、『フェイ』ねぇ。あれ高校生以上じゃないと駄目なんだっけ……」
現代人は、魔力さえあれば、便利で近未来的な『フェイ』を選ぶ。
逆に言えば『フェイ』の問題点とは、低燃費ながら魔力が必要なことであり、魔力発達が不十分なうちに使いすぎると体調不良を起こすこと。
もちろん、高等教育で魔力実技の授業を受けた若い世代なら、依存症みたいな使い方でもしない限り、問題は無い。
妖女は当然、妖女を通じて魔力を培った男性、魔力の授業を受けた若い世代の人女たち、これが『フェイ』の利用客層となる。
――お分かりいただけるだろうか?
つまり旧時代SNSのボリューム層とは……妖女ではなく、男性ではなく、若い女性でもなく、依存症みたいな使い方をする人たち。
更に言えば、「妖女も男性も若い女性もいないコミュニティ」に居付いている方々。
そう――旧時代型SNS依存症オバサンの
魔力嫌いな上潟さんは、知ってか知らずか、世の
……ちゃんと警告したよ。私は。
○
翌年、上潟さんとは別のクラスになったけど、伝え聞く印象に変化はない。
「部活の新入生にハーフの男子がいて、声を掛けたんだって」
私に教えてくれたのは、上潟さんが焦るきっかけになった彼氏持ちの人間女子。
ただの天然系だった彼女も、いまでは心なしか大人びて見える。
「新入生って……中1に?」
上潟さん、そりゃ年の差は小さいとはいえ、去年までランドセルだった少年にそれは……
「『セクハラです』って断られたみたいだけど、なんか照れてるんだと思ったみたいで」
「もしかして、そのまま何度も?」
「うん。多感な年頃の男子をからかうお姉さんっぽいムーブで
発想が旧時代的すぎる。
たぶん上潟さんは男子に対して、『最低限の水準に達した女であれば、誰とでもセックスしたいし、好かれれば嬉しいものだ』というイメージがある。
自分は最低限の水準をクリアしており、年上のお姉さんに色っぽく距離を
妖女の『おねショタ事案』というリスクに
好意の無い女にボディタッチされるとか性的な話題を振られるとかは、普通にセクハラ。
特に近頃の男子は、セクハラ被害を受けたらNOと言いなさいと教育されている。
上潟さんの振る舞いは、旧時代における昭和のセクハラおじさんでしかなかった。
「結局その男子、先生にセクハラ被害を相談して。見ていた他の部員も証言して……」
昨今、少年への性加害は軽んじて扱われない。
加害者が人女であっても対応は変わらず、学校も相談に対応した。
それが去年パパ活未遂で炎上沙汰になった上潟さんとなれば……
「先生にこっぴどく叱られた?」
「うん。またお母さんからも。ちょっと荒れてた」
新入部員に手出ししようとして問題になった三年女子は、今後どんな顔をして部活動するのだろうか? 我が身で知りたくはない話だ。
「どうしてああなっちゃたんだろうね? 昔の方がよかったのに」
天然女子に同意する。
もし、ご両親が離婚する前の、勉強熱心な上潟さんだったら。
妖女に遅れる形でも魔力を育んで、より効率的な勉強ができるようになっていただろう。
勉強ができる女子ってモテるの? と考えるのは前時代的だ。
昔は、成績優秀な男子に将来性が見出され、高く評価されていたという。
昨今は女子も同じで、高学歴・高収入みたいなものが女性にも求められる。
そうでなくとも、アリとキリギリスのどちらを友達や恋人にするかという答えは、昔から変わらないだろう。
「上潟さんは、『男なんてどうせ女を顔と体と若さで選ぶ』って思ってる節があるね」
上潟さんの悪手には、そういう前提認識を感じる。
男子と妖女が爛れているのを日々見ていて、旧時代のSNSを情報源にしている人女は、『男なんてどうせ~』という益体もない愚痴を真に受けてしまうのだ。
人女の恋愛競争は後半で伸びる――という建設的な助言が、掻き消されてしまうほどに。
だから私は『フェイ』を勧めたのだけど、魔力トレーニングに後ろ向きな彼女が旧時代のSNSから卒業できるのは、いつになるだろうか……
「まあ、流石に当分は受験勉強だろうし、高校生になれば何か変化あるかも」
「だ、だよねっ。私、進学先が別になっちゃったけど、見ててあげてねっ?」
天然女子さんとの縁は中学までだった。
幸か不幸か、上潟さんとは同じ高校に入学。
私は彼女の青春の続きを、
○
かくして、高校一年。
上潟さんは、やっぱり恋がしたかったらしい。
「花房くん、クラス委員ってやっぱり大変?」
「ん? ああ、
狙いは同じクラスの花房くんだった。
体育会系の雪代くんと人気を二分しそうな、恋愛偏差値が高めの男子だった。
「そうなんだすごーいっ」
ちょっとわざとらしかったけど、まあ持ち上げるのは基本だよね。
上潟さんはその後もちょくちょく花房くんに絡み、「勉強で分からないところが」とか、「大丈夫? 妖女子に変なことされてない?」とか、彼女なりのアピールを繰り返した。
「上潟さん、勉強なら私が教えられるわよ? 変な妖女子も居ないから安心して」
「え? ああ、そう……」
先に気付いたライヤさんが、上潟さんを牽制していた。
花房くんの上潟さんに対する対応は紳士的だったけど、評価は高くなかったみたいだ。
上潟さんの言葉の節々に、妖女子への印象を下げるような文言があったのも一因だろう。
見かねたライヤ委員長が、相棒の副委員長を助けた形だ。
――牽制を受けた上潟さんは、大人しく引き下がった。
言外に起きていた恋の鞘当て、ばっちり見せていただいた。ご馳走様です。
「なんなのあれ……委員長だからって、別に恋人じゃないでしょ……っ」
引き下がった上潟さんはその後、女子トイレで爪を
「気があるのかもね。花房くんもよく気にかけてるみたいだし」
居合わせた者として、花房くんとライヤさんの関係良好を口にする。
つまり、あの二人に関して、上潟さんはお邪魔虫だと。
「へぇ、あんなのでもいいんだ」
花房くんが『手付き』っぽいと理解するなり、上潟さんの態度から愛想が消えた。
「あんなのって?」
「胸ちょっと平たすぎだし、骨格ちょっと厳ついし、角で頭デカく見えるし」
これは驚いた。
なんと上潟さん、妖女のライヤさんに容姿不良を指摘している。
――女の美への執着は、時に重箱の
自分に対しても、他人に対してもだ。
人中の長さをミリ単位で指摘したり、肩幅と腰幅を結ぶ線の角度をジャッジしたり、人の命を預かる部品でも作ってるのかというレベルで駄目出しする。
大抵、男性から見ると誤差でしかなく、美の追究と言うには陰険な印象だ。
それに基づき――人女には人間女性基準の『美人』を至上として、それとはズレる特徴を持った妖女を「異形」と口走る層がある。
彼女らは常に「バカ男は顔と乳だけに釣られてるけど、女の審美眼からしたらモンスターだから。遺伝する子供がかわいそう」という方向性で妖女を
それと付き合う男も、彼女らのロジックでは「異種姦性癖」と
これぞ新世代のルッキズム。
反妖保守の人女さんにとって、エルフの長耳も獣人の尻尾も、ドワーフのロリ巨乳も全て「奇形」の一言なのである。
上潟さんの反応は、その症状を感じさせるものだった。
「面倒くさそうだし、やっぱ雪代くんかなぁ。でもイーリスさんと距離が近いしなぁ……ていうか一緒の部活で獣臭くないのかな?」
花房くんのことは諦めたのか、今度は雪代くんをロックしようとする上潟さん。
……外見よりも内面を見てくれる男子は、上潟さんと相性が悪いようだった。
○
――結局、高校一年で、上潟さんに彼氏ができることはなかった。
なんなら教師にまで対象を広げようとしたり、女子高生というブランドを武器に学外でも何か試みていたようだけど、結果は同じ。
今日び、女子高生というだけじゃロリコンも落とせないんだよね。
「なんか……アホらし。中学生と何も変わんないじゃん」
上潟さんは級友たちを見ながらそう言っていた。
私の目には、中学生と比べて節度があるように見える。
それでも彼女の目には、『変わっていないのは周囲である』と見えているようだ。
変わっていないのはあなたでは? なんて
読み解くべきは、彼女の台詞に
「高校生って言っても、所詮こんなもんか……」
――たぶんだけど、上潟さんは、もっと『キラキラ』したかったのだ。
ほんの少しだけドラマティックな、一角の十代になりたかったのだろう。
彼女にとって、その自己実現の方法は、彼氏を得ることだったらしい。
だから、つい自他を恋愛の物差しで計ってしまう。
目の届くところで、仲睦まじいカップルを見たときに。
耳の届くところで、恋人との出来事を雑談されたときに。
体育祭で、妖女子たちが自分の彼氏を熱心に応援していたときに。
文化祭で、他校から来た生徒にナンパされることもなく後夜祭を迎えたときに。
修学旅行で、女子の大部屋を尋ねてきた男子たちが、自分に声を掛けなかったときに。
アルバイトして溜めたお金で二重整形したけど、目元以外に変化が起きなかったときに。
容姿や恋愛以外の物差しを他にも持っていれば、
やがてストレスは毒となって口を吐き、周囲からの評価を下げてしまう。
そうした人格の低評価は青春に陰を落とし、また理想から遠ざかるという悪循環。
――二年生のある日、それは形を持って、彼女に災いをもたらした。
○
あれはたしか、新学期の身体測定を終えたときだったか。
自分のボディスペックを数値化される、ある意味で試験よりも残酷な時間だ。
「左野さん、身長伸びてるね」
「いやー、今更伸びてもなー。重さも正比例しちゃってるし」
そのとき、私は左野さんと結果を見せ合いながら、互いの成長を話題にしていた。
中学時代に運動部だった左野さんは、それを辞めてからウェイトコントロールに苦労しているようだ。
「た、体脂肪率が……っ」
「こ、このくらい普通でしょ」
下原さんと上潟さんが少し血の気を引かせていたりもする。
誰しも、自分の体にどこかしら不満を抱えるものだ。
私の場合は、大きくも小さくもない胸とか、高くも低くもない背とか、とにかく全体的に『半端』であるのが、悩みと言えば悩みだった。
「見てくれ、180センチ越えたぞ」
「自慢かよっ」
「ここぞとばかりに背筋を正してたの見てたぞ俺は」
男子の方でも、更新されたステータス値に一喜一憂していた。
「ねえ、見てもいい?」
「男子の測定データって気になるっ」
と、妖女子たちが好奇心を隠さず近寄っていく。
耳目で気にしていただけの私たちと違って、男子との距離感の近さを感じさせた。
「俺は別にいいけど、そっちのも見せてって言ったらどうする?」
「別にいいけど? ほら」
え? と、上潟さんたち人女子が目を丸くしてた。
妖女からするとそこまでデリケートなものではないのだろう。
私も、ハーフだからというわけじゃないけど、見られて恥ずかしいというほどではない。
「うそ、男子の体脂肪率ってこんな低いのっ!?」
「うひゃー、運動部だとこうなるんだねぇ~」
いつしか複数の男子と女子で測定結果を交換して、賑やかになり始める。
「いや、お前これ、90って……そのウエストで胸90ってマジか……」
「まあ唯一の取り得ってやつよ」
「脚なっが! 小柄なのに比率で見るとヤベぇなっ」
「背が低かったら意味ないんだけどねー」
こうしたやり取りが、いつしか教室内の男子と妖女の間で全体化していた。
それに比べて華やかならない気配なのは、上潟さんたち人女グループと、どっちでもいいスタンスの私である。
「「「…………」」」
上潟さん、左野さん、下原さんが、それぞれ向こうを意識している。
例えるなら――陽キャの合コン会場と相部屋になってしまった陰キャの女子会にも似た、場違い感を覚えていた。
「……うるさいな。セクハラでしょ猿」
人間同士なら、『聞こえる陰口』にも届かない、もし聞こえたとしても反応するほどでもないような、ギリギリのラインを攻める程度の発言だ。
「え? セクハラ?」
「言うほど? ただの身体測定じゃん。てか猿はないでしょ」
――聴覚に優れた獣人系妖女の居る教室では、ラインを越えてしまっていた。
普通なら反応されない小声を拾うのは、獣人系にありがちな反応だ。
私たちにしか聞こえていなかった上潟さんの独り言は、獣人女子が明確に反応したことで聞こえなかった生徒にも伝わる『発言』となってしまった。
「っ」
上潟さんが焦る。
左野さんと下原さんも冷や汗を掻いており、私は事態の推移を見守ることにした。
「あ、ごめん。男子にこういう話するのってセクハラだった?」
「いや、全然?」
「身長や体重を指差して笑われたわけじゃないしなぁ」
留学生だった獣人女子は、自分が日本の風紀を
「嫌がる女子のスリーサイズを見ようとしたらセクハラかもな」
「私、嫌じゃないけど?」
「ならいいんじゃね」
教室内の反応を見るに、身体測定結果の見せ合いをセクハラとする上潟さん説は少数派であるようだ。
そりゃそうだ、上潟さんだって、深い思慮に
ただ単に――
「男子と妖女がイチャついてるのが不愉快だったから、たまたまそこにあった身体測定をセクハラにこじつけただけでしょ」
自分が口にしたのかと一瞬
私ではなく、妖女子の一人が鼻を鳴らしている。
「な……っ」
上潟さんは、斜木さんに切り込まれて動揺していた。
悪感情を向けられていると分かれば、同じものを返される。
「……なんで?」
上潟さん、とりあえず言い返す。
応答としてはちょっと変な聞き返しだが、否定的な意味は十分に込められている。
気弱な女子中学生なら、これで黙らせられたかもしれない。
「なんでそう思うのかって意味? そりゃー顔と態度に出てるからだよ」
斜木さん、怯まず笑って言い返す。
「旧時代の
彼女の目には上潟さんがそのように見えていたらしい。
困ったな。その評価を覆すエピソードはないかと記憶を探ってるけど、見つからない。
「
彼女も苛立ちが募っていたのだろう。
新学期が始まって間も無いこの教室で、売られた
「クラスメイトのよしみで言うけど」
妖女子は上潟さんに近付き、肩に手をおいて耳元に顔を
左野さんが「ちょっと」と腰を浮かせ、下原さんは全力で空気に
「――アンタの高校生活、そろそろ詰むよ?」
上潟さんの
「っ、アンタに言われたくないし!」
「アンタらみたいにヤりたいだけの奴らと一緒にしないで! 私はちゃんと自分を持って生きてるだけなんだから!」
「意味があること言ってくんない? 普通に友達してるだけのクラスメイトを『ヤりたいだけ』とかクソ失礼だし、『自分を持って生きてる』って具体的になにしてんの?」
斜木さんは失笑して、上潟さんは口の端を震わせた。
「だ、だから――っ」
「ストップ。そろそろいいでしょ? これ以上は迷惑」
リングの上でブレイクを命じるレフェリーのように、私は二人の間に手を差し込んだ。
すかさず、斜木さんは男子が、上潟さんは左野さんが引っ張って下がらせる。
「あーごめんごめん、腹に
斜木さんは周囲に
半秒の静寂を残して、教室内の雑談が再開される。
「上潟さん、大丈夫?」
「別に」
下原さんに不機嫌な声を返す上潟さん。
左野さんは何か言おうとするも、よい言葉が思いつかず、溜息を
(やっちゃったよ、この子)
十代を詰め込んだ教室だ。
(教室の反応は……人女子もあんまり味方してくれてないね)
こういう口喧嘩のジャッジは聴衆であり、どちらが人を遠ざけてしまうかというマイナス得点によって勝敗が付く。
どうやらこの教室のカーストトップは、斜木さんで決まりのようだった。
○
翌日以降――上潟さんたちは、教室以外で昼食をとるようになった。
斜木さんのグループが、教室でお弁当を食べるスタイルだったからだろう。
お弁当派の私は、むしろ彼女たちとご
上潟さんたちから乗り換えたのではなく、誰とでも同じ距離なだけだ。
「そういや、あの子たちってどこでお昼食べてるの?」
「部室って言ってたよ。日本文学部、だったかな……」
斜木さんの問いに、私は前に当人たちから聞いたことをそのまま伝えた。
上潟さんと下原さんが部員で、左野さんも招待する形で、昼食会場に使っているとか。
「あー、なんか妖魔系が入部してもすぐ
「え? 初耳」「なにそれ?」
相席している他の妖女子たちが興味を抱いていた。
上潟さんたちに、その噂の真偽を確かめたことならある。
「日本文学部だから、日本語に
翻訳魔法にも限界はある。古びた文学表現ともなると、留学生には困難だ。
「それと人女子が多くて、疎外感を感じさせちゃうというのがひとつ」
「人女子の縄張りってわけね」
言葉は選んだが、斜木さんはすぐ見抜いた。
私も上潟さんたちとの縁で一度参加したけど、肌で感じるくらいに歓迎されてなかった。
「あと――顧問が右馬教諭」
斜木さんを始めとする全員の箸が止まった。
「……なんか、色々察したわ。さぞ気が合うでしょうねぇ」
斜木さんも、我が校の七不思議、妖怪・唾掛けババアについては知っている。
上潟さんとの共通点も、自然と思い浮かんでいるようだ。
「今頃、選挙ポスターを作る相談でもしてるかもね」
「えっ!? アイツ出るの!? 生徒会選挙っ!?」
老人がトライアスロンに出ると聞いたような顔になる斜木さん。
「まあ、他に立候補者が居なければ素通りするかもね。去年もそんな感じらしいし」
「それ……大丈夫?」
彼女も懸念を抱いたらしい。
何かと
ここに生徒会選挙というイベントが重なると――私たち妖魔系生徒の目の上に、でっかいたんこぶができる可能性がある。
「気になる?」
私はそれより、斜木カンナが問題意識を抱いたことに注目したい。
「流石に
思い悩む斜木カンナに、私はひとつ吹き込むことにした。
「まだ公示前だから、内緒にしておいてほしいんだけど――」
問題意識を抱いた者たちは、水面下で動いている。
級友のよしみで一票入れると、上潟さんには約束してしまった。
だから、『級友』よりも大事な『友人』たちには、一票よりも価値あるものを送ろう。
「私の友達が、『新党』を結成してるの」
古今東西――戦いの勝敗は、「どれだけ準備してきたか」。
敵無しと高をくくっている候補と、入念に準備してきた『党』では、結果は見えている。
ご一読いただきありがとうございました。
無駄に長い非エロの幕間ですが、生徒会長を目指す人女・上潟さんの話でした。
この作中世界に生まれた人女子の人生サンプルのひとつです。
自分がこの世界の人女だったら、己の不徳がこういう形で表れることでしょう。
生徒会選挙では、大いに踊ってもらうことになります。