こんなんどうですか的な。
普通に生き、普通に働き、普通に生涯を終える。
人の一生など、そんなものだと思っていた。特に、自分はなにか目立つようなものがあるわけではない。一目置かれる名門の出身でもないから、縁故による引き上げもそう期待できはしない。
だけどそれでいいと、公孫賛こと白蓮は小さいながらに感じていた。
路傍の石。そこにも、確かに宿る魂がある。雑踏に呑まれようと、転がりながら在り続けようとする意地がある。そこには一種の尊さすら生じていて、時々地面をじっと見つめていることすらあるくらいだった。
今日も今日とて、時間は流れていく。普通の身で将来を生き抜くためにも、最低限の学問くらいは習得する必要があるのではないか。それに先生は優しくて美人だし、塾に通うことは嫌いではなかった。
せめて地方のいち役人。運の巡りがよければ、県令くらいにはなれるのかもしれない。
その時が来るまで、飛び抜けたところのない自分は力をためておくべきだった。それが父母のためになり、やがてはおのれの助けとなる。そうして、白蓮はこの日も盧植の主宰する私塾の門戸を叩いた。
「こんにちは。今日もよろしくお願いします、盧植先生」
開放的に造られた庵。ちょっと詰めれば、二十人くらいは座れるようになっている。
盧植は役人の子弟だけに限らず、学ぶ意志さえあれば誰にでも私塾の門戸を開いていた。大人と子供。世に出れば、支配する側とされる側。
歪なつながり。この場では、それがあたりまえになっている。こんな環境が維持できているのも、ひとえに盧植の人柄による部分が大きいのではないか。
時たま、その美貌を目当てに鼻の下を伸ばした男がやってきたりもする。そんな相手であっても、盧植は真摯な対応を欠かさなかった。中には改心して学問の道に目覚める者もいるくらいで、やはり盧植先生はすごい、と白蓮は感心させられることが多かった。
「あれ? 先生、あの子って」
「ええ、あなたの思っている通りよ。彼の名前は劉備さん。ちょうど同い年くらいだから、仲良くしてあげてくれるかしら、白蓮さん?」
「劉備……。わかりました、風鈴先生。私、ちょっと挨拶をしてきます」
「うふふ。いい子ね、白蓮さんは。講義をはじめるのはもう少ししてからにするから、ゆっくり話してくればいいわよ」
風鈴というのが、先生の真名だった。
いかにも優しげな響きで、とても似合っていると白蓮は密かに思っていた。
あんな大人にいつかなれたらいいな。風鈴を見ていると、ついそんなことを考えてしまう。豊かな体つき。万人に愛される人格。なにより、風鈴にはそれを支えるだけの華がある。
部屋の隅に男の子が立っている。短く切り揃えられた髪。身長もほとんど同じくらいで、すぐに視線が合った。
人懐っこい瞳。どうしてか、引き寄せられるような感覚があった。ひとりでいるというより、全体を見渡しているのか。はじめてきた場所なのだから、観察しようとするのは当然だった。
自分も最初は緊張してしまい、すぐには馴染めなかったのである。同年代らしいが、ここは私塾の先輩として振る舞ういい機会なのかもしれない、と白蓮は決意を込めた。
とにかく、口を開く。風鈴先生からの、せっかくのお願いなのだ。教え子として、きっちり成し遂げなければならないと白蓮は思っている。
「はじめまして。私は公孫賛。先生から聞いたんだけど、劉備っていうんだよな?」
「ン……。一刀でいい。村のみんなからは、大抵そう呼ばれているから」
「いいのか? それって、たぶんだけど真名なんだよな?」
「仲良くなりたい相手がいる。だったら、遠慮なんてするべきじゃない。友達、なってくれるんだよね?」
「わ、わかったってば。だったら、私のことも真名で呼んでくれよな。白蓮だ。よろしく、一刀」
想像以上に押しが強い。真っ直ぐな瞳から、気圧されるくらいの輝きが放たれているようだった。
劉備の勢いに流されて、初対面だというのに真名まで預けるような事態になってしまっている。けれども、なぜだか嫌な感じはしなかった。
「白蓮。そっか、今日からよろしくね」
「来なよ、一刀。私の友達も、紹介するからさ」
普通に大人になり、普通に過ごしていくはずだった人生。思えば、この出会いこそが岐路だったのだろう、と白蓮はやがて振り返ることになる。
†
どう考えたって、こんなのは普通じゃない。
路地の一角。あられもない姿を晒して、白蓮は男に最深部を穿たれている。
腹の底から押し出されるような声。指では絶対に触れられないところにまで、滾った肉の塊が突き入れられている。
まだあたりは明るいままだった。時々、行き交う人の声が聴こえてくる。高まる緊張。そんな自分をからかうように、男は腰を粘っこく動かしてくる。
抗議をしている余裕はなかった。身体の奥が熱い。雌の本能が、引き出されているとでもいうのか。この男といると、いつもなし崩し的に弄ばれているような気がしてくる。
たまには、本気で拗ねてみるのもありなのかもしれない。
本質的には優しく、理解のある男なのだ。それでも、一度火がつくと止まらない。止められない。普通の女でしかない自分がそうさせていると思うと、ちょっと嬉しくなる瞬間があるのは確かだった。
「あっ、がっ……♡ かずっ、かずとっ……。私、そろそろだから」
「いいのか、そんなだらしのない顔を晒して。ほら、そこの角から小さな子が見ているぞ?」
「んなっ!? だめっ、そんなの、絶対にだめなんだっ……! あっ、んんっ、んあああっ! は、はげししゅぎっ♡ こんなにずんずんってされたら、私おかしくなる♡ いくところ見られるのなんて、絶対だめなのにっ♡」
緊張とともに、背筋を強烈な快楽が走り抜ける。
大人に近づくにつれて、一刀との関係は友達の範疇を飛び越えるようになっていった。どこかで、そうなることを望んでいたのだと思う。だからこそ、風鈴先生の私塾を出てからも、つながりが途絶えることはなかった。
自分が村まで出向くこともあったし、その逆も然りだった。軽い役職ではあるが、最近なんとか仕事を得られるようになったのだ。その祝いを含めて、今回遠出に誘われたのである。
男らしく節くれ立つ指。視界を覆い隠され、白蓮は唾を飲んだ。
これでは、状況を確認することもままならない。本当に、自分の痴態を隠れ見ている者がいるのか。だとしたら、大問題になる。
新参者の木っ端役人が、昼間から街角で男との交合にうつつを抜かしている。もし上役に知られたら、文字通り首が飛ぶような案件なのである。
普通でない交わり。そこには、人を狂わせるような効力がある。一刀は言葉を発さずに、自分の女の部分をひたすらに求めてくる。
「あっ、ああっ、んああっ。くる、きちゃう……。そんなに私の赤ちゃんの部屋、こんこんってするなぁ……♡」
このままではまずい。
膨らむ男根。中出しをねだって、自分の内側が先端に吸い付いてしまっている。熱い。いつまでも、この熱さに身を焦がされていたかった。足の先が震える。中の震えは、きっとこんなものではないはずだ。
ずるりと抜けていく肉の竿。一瞬の寂しさが、さらなる快楽を生み出す要因にすらなっている。意図せず、大きな声が洩れた。
聞かれてしまう。真っ昼間から、親友の図太いものを咥えこんでいることを知られてしまう。
もう、どうでもいいではないか。
最高に気持ちがよかった。普通でしかない自分が、一刀といる間だけは別の存在になれるような気がしていたのだ。
「いくっ……。ああっ、いってしまう。いいよな、かずとっ? わたし、わたしもう……っ!」
頭の上を、優しい感触が何度も過ぎていく。
絶頂をしてもいい。それが合図だと、白蓮は直感的に理解していた。
熱い塊。奥の奥にまで、入り込んでくる。自分の中に包まれて、一刀が限界を迎えた証だった。
これ以上は、出されたってそうは入らない。子種で溺れかかった膣内。それをさらに上書きするかのように、一刀が新鮮な雄の汁をぶちまける。
われながら、乱れた性生活を送っているように思う。新しい職務で得た心労が、余計に一刀のことを求めさせているのかもしれなかった。
だとしたら、自分は非常に不純な動機で交わっているということになる。子を得るためではなく、眼の前の快楽を貪るためだけの交合。
それを知っても、一刀はいつものように笑うのだろう。普通でない器。知り合った頃から、時折そんなものを感じさせる男だった。
筵を編んで人生を終えていいような人間ではない。風鈴先生が認めるくらいの才覚がある。自分にはない、他者を惹きつけるなにかもある。それを一番知っているのが、長年そばにいる自分だった。
数少ない自慢。それが、他人のことであるというのがいかにも自分らしいではないか。
視界を覆っていた指が外れていく。振り返ると、一刀は遠くの空を見上げていた。
「服を整えて準備をしろ。いまなら、まだ間に合うかもしれん」
「間に合う? 私には、ちょっと意味がわからないんだが……」
一応確認してみたが、覗いているような誰かはいないようだった。
言われるがまま落ちていた下着を履き直す。はっきり言って気持ちが悪い。一刀の吐き出した大量の精液が垂れ落ちて、肌と布との間が泥濘みのようになっている。
「聴こえていなかったのか、白蓮。馬泥棒が出たそうだ。俺たちで捕らえて、役所に突き出してやろう。馬は、おまえの最も得意とするところだろう?」
「やっ、それはそうだけどさあ……」
驚くほど早い切り替えだった。
この手の悪党を許しておけないらしく、劉備という男はいつも首を突っ込みたがる。だが、そうした直情的なところは美点だし、白蓮は愛してもいた。
「早くしろ。小悪党が逃げてしまうぞ」
「わかった、わかったってばぁ……」
逸る一刀に手を引かれ、一緒になって駆け出した。
これが、きっと自分たちにとっての普通なのだ。つなぎとめておいた白馬の縄を解き、飛び乗った。少々変な感じはしているが、構ってなどいられない。
「もう、どうなったって知らないからな!」
前を走る一刀に向けて叫ぶ。
聞こえていないのか、それとも聞く気がないのかは知らないが、馬はどんどん速度をあげて原野へと駆けていく。
爽やかな風。白馬と一体になり、白蓮は前だけを見つめていた。