※この作品はR-18です。

夢想劉備伝   作:KKS

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デレ成分が高いのはネクストンライブ帰りの勢いで書いたせいかもしれない。


江賊大将は構われたい

 気がつくと、長江のほとりが見えていた。

 雄大な流れ。途絶えることのない力強さが、ひしひしと感じとれる。

 この尊大ですらある流水の恵みにあやかり、周辺の人々は生きている。大地は肥沃で、気候も河北に比べるとあたたかく穏やかだった。

 しかし、その雄壮さゆえに開墾の手が及んでいない地域が数多くあるのが現状だった。人口が増えなければ働き手が足りず、いまある土地の維持で精一杯になる。力を持て余しているとわかっていても、すぐに解決できる問題ではなかった。

 それでも、江南はやがて河北に匹敵する力を持つことになる。すべてを飲み込む長江の流れ。ちっぽけな石を投げ入れ、一刀はそんなことを考えている。

 

「なんだ、また来ていたのか。だが、そう頻繁に筵は買ってやれないからな。なにせ、少しも壊れる気配がないのだ。頑丈に作りすぎるというのも、考えものなのかもしれんぞ?」

 

 背後から声をかけられ、一刀は振り向いた。

 日に焼けた褐色の肌。筋肉質で、どこにも緩みのない身体。そして、鋭い眼差しの中にかすかな親しみを滲ませ、女は立っていた。

 

「久しぶりだな、甘寧。まさかとは思うが、わざわざ会いに来てくれたのか?」

「勘違いしてもらっては困る。配下から、江水の近くで思い悩んでいる男がいると聞かされてな。飛び込まれると、船の行く手の妨げになるだろう? だから、ちょっと様子を窺いに来てやっただけだ」

「ははっ。そうか、俺の姿は他人からはそんなふうに見えていたのだな」

「それで、貴様のような暢気な男がなにを悩んでいる。毎日の銭が稼げなくて、いよいよ首をくくるしかなくなったか? 介錯くらいは、してやらないこともないが」

 

 嫌味を言いながら、甘寧が隣に座る。

 ちょっと身体を揺すれば肩が触れる距離。それで、なんだかんだ機嫌が悪くないことがわかってしまう。

 各地を売り歩いていると、自然と侠の世界との境目が曖昧になっていく。困った時には役人以上に頼りになる存在で、つなぎをつけておいて少なくとも損はなかった。

 ただし、人だけは選ばなくてはならない。その点、この女には間違いなく義心というものがある。このあたりの流域を取り仕切っていて、なおかつ民衆からの信頼を得ているのがその証拠だった。 

 甘寧の率いる江賊が睨みを効かせているから、悪党連中は迂闊な行いをすることができずにいる。

 下手を打てば死。そうでなくとも、腕の一本や二本は覚悟してことに臨む必要性がある。

 そのくらいの緊張感があるから、むしろこの一帯は穏やかなのだった。

 

「馬鹿を言え。そんなことをしては、母御に申し訳が立たないではないか。俺は生き延びるぞ、甘寧。這ってでも、この世を生き抜いてやる。もしもの時は、おまえの足首を掴んで引き摺ってやるから、覚悟しておけ」

「気色の悪い想像をさせるなよ、痴れ者め。し、しかしだな……、どうして今日は真名を呼ばない。曲がりなりとも、貴様は私に土をつけた男なのだぞ。せっかく許してやったというのに、呼ばれず終いでは私の誇りに傷がつくではないか」

「わかった。わかったよ、思春。どうだ、これで問題ないだろう?」

「むっ……。なんだか投げやりに聞こえるが、まあよかろう」

 

 甘寧こと思春の顔がちょっと赤い。

 自分から求めておいて、どうして恥ずかしがる必要があるのか、一刀にはわからなかった。

 酒が入ったあとに、気まぐれでしたような勝負だった。

 怪我をさせるのは厳禁で、それ以外ならなにをしてもいい。相手の背中に土をつければ勝ち。負けたほうは、勝者の命令をひとつ聞くというものだった。

 

「き、貴様は、私に勝ったのと同時に、恥をかかせたのだぞ、一刀。その責務が軽くないことくらい、筵売りの貴様でもわかるだろうに」

「というと、なんだ。もっと頻繁に会いに来いとでも言いたいのか、思春は?」

「むぐっ……。確実にからかっているだろう、きさまぁ……!」

 

 思春の腕。胸ぐらに伸びてくる。その動きを利用して、体勢を崩しつつ地面に組み伏せる。

 勝負の時と同じような状況。とはいえ、あの際はもっと搦手を攻めたのだ。

 先程よりも思春の顔が赤くなっている。ずっと上に立っているせいで、責められることに対して耐性がないようだった。

 

「んっ……。愉しそうに笑って、そんなにおかしいか、私の顔は」

「まさか。凛々しく振る舞っているおまえは美しいが、かわいらしさではいまこの時が遥かに上だと思っていただけだ」

「軟派な言葉を吐く男め……。貴様といると、どうしてこんなにも調子が狂う」

「その答えを出せるのは、きっとおまえだけだ。もっとも、手伝ってやることくらいなら、俺にもできるのかもしれないが」

 

 顔を近づけても、思春は拒絶しなかった。

 吐息があたる。睫毛の動きひとつですら、いまは手に取るように理解できてしまう。

 揺れている。このまま、自分から動いていいものなのか。思春はその境界線に立ち、迷いに迷っているのだろう。

 いくら勝負に勝ったとはいえ、あまり褒められた手は使わなかったのである。思春の尊厳を守るためにも、仔細は誰にも洩らしたことがなかった。だから、真名だけをひとまず預かり、その日は拠点をあとにしたのだ。

 

「か、かずとっ」

 

 か細い声。普段、水上に響き渡る怒声を放っている女とはまるで別人なのてある。

 愛おしいと思う気持ちはある。だからこそ、いまは待つべきだと感じていた。意を決したような瞳。眼を閉じ、思春が口を結ぶ。

 いよいよ、その時が来るのか。

 文句をぶつけてくる白蓮の姿が脳裏に浮かぶ。それでも、本気でへそを曲げてしまうような器量の小さい女でないことは知っている。

 白蓮に対する信頼。あるいは、甘えとでも言うべきなのかもしれない。そうした意味でも、白蓮は特別な相手だった。

 思春の手。腿のあたりに触れている。最後の一歩が踏み出せない。そのもどかしさが、肌に爪を食い込ませているのだろう。

 

「お頭、どこですかお頭っ」

 

 思春を呼ぶ男の声。

 それで、生まれていた緊張の糸が解けた。動こうとする身体。一瞬だけ押し止め、唇を合わせる。

 ちょっと冷ややかで、乾いたような味。顔を離すと、思春は眼を見開いたまま身体を硬直させていた。

 

「間が悪かったな。続きは、また今度にでも」

「あっ、ああっ……。やっ、えっ……。わっ、私、私は……」

「そろそろ起きろ。手下が、ここまで来てしまうぞ」

「くっ……。まったく、貴様という男は……。卑怯だぞ、一刀。私をこんな気持ちにさせておいて、貴様はまたしても弄ぼうとしているではないか。だから覚えていろよ。この借りだけは、なんであろうと返してやる」

「期待しているからな、思春? ほら、ついでに手を貸してやろう」

「うっ、うむ……。なにからなにまで、貴様という奴は」

 

 言い淀む姿が、なんとなく様にすらなっている。

 立ち上がらせてやると、思春は頬を手のひらで数度叩いた。気合の注入。少しの緩みも、麾下には見せたくないという意地があるのだろう。

 敵と向き合う際の覇気。どうしようもないほど崩されて、さらけ出してしまう弱い部分。そのどちらともが思春で、相反しているのが余計に愛おしいと思えている。

 

「行くぞ、一刀。船を使った仕事でなければ、貴様にもやれることがあるだろう」

「承知した。ついていきますよ、大将」

「小馬鹿にして……。落ち度があったら、その首すぐにでも刎ねてやる」

 

 歩きだした思春の背中を追う。

 陽光を反射して煌めく長江。その水面は、いつもよりも美しかった。

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