七海建人「私の黒閃記録は53万です」 作:天間緑茶
軸や一貫性に囚われず、気の向くまま自由に人間を欺き誑かし犯す事こそが呪いの本能
三輪に会えない。クリスマスに大天使三輪に会えないと運命を呪うぞミゲル。そう、ときは早くも百鬼夜行に差し迫ってしまった。この日夏油は死にそしてそれを皮切りに物語が始まる。
乙骨を抜きに折本里香を手に入れて果たして何が為せるのか理解に苦しむが、夏油は所詮最強になれる器があったのにそれを不意にした男だ。暗躍する能力に長けているにもかかわらず前に出るあたり自身の射程を理解していない。
だがそんな彼とも別れの挨拶をするのは最低限の礼儀だろう。
「おや、七海はいないのかい」
「建人様が夏油さんに御礼を言って来なさいって」
「あとお別れだってさ」
それは夏油が呪詛師になった切っ掛けであり、庇護すべき対象だった少女たちだ。夏油は彼女らが未登録呪術師なのは高専と無関係な事からも知っている。だが、七海がなぜ彼女達を寄越したのか知りたかった。
「別に私ら今更夏油さんに特別な思いとか無いし今回の計画?を正義面してやめろって言う気もないけどさ」
「クリスマスってのが無いわぁ〜、建人様が埋め合わせするって言うからいいけど」
「ははっ、君たちは独特の成長を遂げた様だね。となると、七海はもっと変わったのかな?善とも悪とも言えない中庸、それが七海の選択か」
「建人様は最高に善だよ」
「美々子、御礼もお別れも言ったし帰ろう」
夏油は仲良く帰る2人を尻目にこれから描く未来を見据える。
「悟……」
それは夏油の弱さから出た言葉であった。その事に真に気がついていたなら何かが変わっていたかもしれない。
新宿、夏油が放った大量の呪霊が街を襲っていたが、危険は全く感じない。猪野などはアピールがうるさいくらい余裕だ。しかしミゲルは未だに見つからないと思っていると五条悟とミゲルの攻防が地味に始まっていた。
「ワァーオ!!!」
ミゲルが嬲られているが耐える耐える。
「まだ遊んでいるんですか?」
「いや聞いてよ七海!こいつめちゃくちゃタフなんだって!」
「悪い癖が出ている様ですね。あなたの相手は夏油さんです。こんなの相手に油を売らないで下さい」
五条悟の肉弾戦成長率があまり高く無い。期待としてはもっとミゲルを圧倒して欲しかったが、危機感の足りなさが成長を阻害しているのか魔法剣士タイプの成長率は一点特化の戦士よりも悪いためなのか……。若さで分がある乙骨との成長率の差が顕著であった。
「オマエ、ナナミン、カ」
「会いたかったですよ。その黒いの」
黒縄。これが無ければ本来黒閃4連発記録が出る京都に派遣される予定だった。三輪の勇姿を見る事が出来た。
術式を無効できる呪具は術式を頼りにしない戦法を取る人間には最高の武器だ。初見殺しの土俵が完全な暴力のみで優劣がつく土俵に変わる。
「ナンダ!オマエ!ナンダ!オマエ!」
ミゲルは急所を守って何とか堪えていた。足で防げは足が消えとび、腕で防げば腕が砕ける。肉弾戦は得意であった。しかし得意なだけ、と目の前のゴリラを前にして実感する。人間とは肉体で戦う様に出来ていない。人間は黒く閃光を上げながら動かない。
「タタルゾ……ゲトゥ……」
計3発、たった3発のジャブを喰らっただけでその肉体は致命傷を負った。
「真衣、ミゲルの修復と黒縄の模倣をお願いします」
「できるかわかんないけどやってみるわ」
黒縄を使う呪術師はあまり存在しないだろう。だからこそ黒縄を使える物こそが最強に届く。長年求めていたキーパーツをようやく入手できた。
「っあ、建人様ぁ〜、夏油さんに会って来たよ」
「一応御礼言って来た。なんか変な自信家って感じになってた」
「あとあと!さっきボソボソ声のメガネの童貞が声かけて来てキモかった」
「君たち未成年でしょぐへへへって言ってたし」
伊地知ィ!呪いでも掛かってるのか!純粋な正義感が下心に捉えられるとは……。
「それは高専の補助監督です」
「えっ、あんななと2人きりで任務とか高専行かないで本当に良かったぁ」
「善悪も付かない子供扱いして10000円渡して来たんだよ?そんなんで釣れるって思うか?キッショいのに財布まで小さいとか終わってるって」
それはおそらく、ここは危険だから帰りなさいって渡した1万円だろう。断じて円光ではない。もし円光たら相場を理解していない金額であることからも伊地知が未だ童貞だと思われても仕方ない。実際に童貞でもある。
しかし伊地知の声の小ささはこんな弊害を生むこともあると改めて知った。さんを付けろこのデコ助くらい言える根性を持って欲しい。
「すみませんが、ちょっと高専へ戻ります。念には念を入れないとならないので」
場面は高専の敷地へ移る。
夏油傑の計画は破綻していた。五条悟を抑えれば乙骨を殺す事ができる?それは入学当初までだった。
「狗巻家の呪言の反動をメガホンを干渉に使って回避するとは、その発想力は想定以上だよ」
夏油は折本里香無しの乙骨だけで己の手札のほとんどを封殺された。しかし乙骨の呪具は刀。彼の本領は特級過呪怨霊の折本里香との連携した近接戦闘にあるのだろう。それは呪霊操術を用いる夏油と同じであった。
夏油が近接戦闘を避けていると思っているのだろう。
「しかし……」
夏油が格納能力のある呪霊から特級呪具『游雲』を出す。
「本当に出て来た、呪霊操術」
「ッガ!?」
夏油は一瞬だけ顕現した折本の攻撃と乙骨の攻撃を游雲で防ぐが腹部への間髪入れない蹴りが襲いかかる。そして乙骨は呪力の暴力で格納呪霊の主従を強奪していた。乙骨は見て待っていたのだ。夏油が近接のために格納呪霊を出すのを……。
「私の呪霊を盗んだな!」
低級呪霊のため呪霊単体の抵抗力は無いに等しい。夏油がコストの低い呪霊を管理する呪力は当然低い物だった。
それに乙骨の近接能力値が一般家庭出身とは思えない。呪術師としての格が違うのが今のやりとりでわかりきってしまう。何故近接の練度が高いのか、七海の影響なのはわかるがそれだけでは説明が付かない。
「舐めるなよ」
刀を使う呪術師は多いが乙骨の刀術は足癖が悪すぎる。三節棍の独自の動きへの迷いが一切ない。致命傷を避ける事は出来ても徐々に削られ続け、衣服は皮膚と共に切り刻まれて上半身が赤く顕になる。
「ハァッ、ハァッなんて奴だ」
折本里香が爪を突き刺して来たかと思えば、それをフェイントに乙骨が三角飛びの足場にするトリックプレイ。地面を足場としないその動きは夏油の視界を上に向けさせ、下段からは里香の挟撃。黒閃。
「ッグワァッッッ!」
体が壁に激突する。
勝てない。
模倣術式を使って多彩な攻撃での小細工など全く無い。
「強いな夏油さん。全然頭をかち割れないや。それに呪霊操術使ってわかった。やっぱり里香ちゃんを押し留めてるのは僕の力が原因だった」
乙骨憂太は折本里香と誓いのキスをする。
「何だ!その縛りは!愛!?それが愛だとでも思っているのか!?そんなのはただの呪いだ!」
夏油は悍ましいラブシーンを見た。ここは教会でも、夏油は神父でもない。国家を転覆可能な特級呪詛師の夏油傑を前にしても自分達の世界を作っている。許せるはずがなかった。世界を救う信念がある自分に対して目の前の愛に鬱陶する乙骨。
極ノ番 うずまき。呪霊を固めて単純な呪力として打ち出す。
「呪い=愛でもそれは多様性だよ。僕は生きる、生きて里香と添い遂げる」
「この変態がアアアア!」
「失礼な、純愛だよ」
極光。
死ぬ事が縛りとして大きな効果を生むのは冥冥のバードストライクからも絶大な効果を発揮することを乙骨は知っている。しかし一途な永遠の愛に比べられるものではない。
呪力の奔流がうずまき事夏油の体を包み込む。流れて来たのは呪力とは反対の正のエネルギーであった。夏油の最期に乙骨の愛の一撃からイメージが流れ込んで来る。
『七海さん……もしかしたら僕が里香ちゃんをこんな姿に……』
『まぁ十中八九そうなのですが、それが何ですか?』
『だってそれなら僕はなんて身勝手な……』
『死んだら成仏したいのが、折本里香の願いですか?人は死を受け入れなければならないという押し付けの方が残酷で救いがない』
『それは……』
『SDGsですよ』
『SDGs……』
呪力の無い猿を駆逐する。多様性の時代に取り残され淘汰された夏油傑だった。愛に決められた形はない。愛を肯定された乙骨は無敵だった。
「游雲は回収して、夏油傑は残穢も残らないくらい抹消してっと」
乙骨は手から純愛ビームを出して夏油の肉片を焼く。
「憂太!」
遅れてやって来た五条悟が夏油を探すが残穢の痕跡すらなく消滅していた。残るのは戦闘の余波の跡と消耗の無い乙骨憂太だけであった。
五条悟の目は乙骨を見て信じられない物を目にしたかの様に同様していた。夏油傑は当時の実力をベースとして考えても余力を残して倒せる存在では無い。自分と肩を並べた夏油傑がその程度であって良いはずが無かった。
六眼から受ける情報は乙骨憂太を五条悟が今迄目にした者の中で最も警戒するべき対象と知らせて来る。何があったかわからないが呪力の量が桁違いだ。
「早かったですね、先生」
五条悟は乙骨が高専に入って直後と人が変わったと理解する。それは別人と言っても良いくらいの変化だ。それは徐々に変化していたのだが、夏油傑との戦闘で核心が完全に変わっていた。
五条悟は愛を知らない。知らない故に理解できない。