※この作品はR-18です。

魔獣は暗闇より(悪魔ほむら×美樹さやかシリーズ)   作:さんかく@

3 / 9
今回暴力・残虐描写あり
アンダーグラウンド的な内容も含まれます。ご注意ください。
この作品世界でのさやかが悪魔もすべて許容できるようになるに至る話。
後半だけ読んでも話は繋がる仕様。
この事件がさやかのトラウマとしてしばらく残りことになります。




魔獣は暗闇より 中編(2)

 

遠い昔、私は魔女と化した。その記憶は今でも私の心を蝕み、そして苛み続ける。

 

「いや〜、ほんと女は人間扱いしちゃダメっすね。犬かなんかだと思って躾けないとね。アイツもそれで喜んでる訳だし。顔殴るぞって脅せば、まず大抵は黙りますもんね」

 

魔女になる直前の男達の会話。まだ子供だった私はおそらくこの言葉によって絶望の淵に陥り、理想も崩壊したのだろう。あの時の感情の渦は激しく、今でも忘れることができない。

 

――つまりはこうなのだ。

 

正義を貫き、見返りを求めず、誰にも感謝されなくていい、そんな風に思う心を誰も笑うわけはない。だが、笑えないのも事実だ。天秤が…すべての事柄に反対のものが存在しているならば、私が少女の頃に抱いていた理想は、反対側には彼らが―あの男達がいるのだ。

見返りを求めない者から享受する者、ただ暴利を貪る者。それが彼らだった。彼らの存在を否定するためには、天秤の端に私はいてはいけなかった。私はもっと「汚れて」中庸にいなければいけなかったのだ。だがその頃の私は完全に彼らの天秤の反対側で、愚かにも理想が全てと信じ込み、世界の片方しか知らなかった。彼らを否定した瞬間、私の理想もものの見事に崩壊した。

今の私にはもう、あの頃の潔癖といわれるほどの愚かな理想はない。

そう、あの記憶を取り戻したあの日から、私は人間こそが一番の人間の敵なのだと知ってしまったから。

 

*      *       *       *        *       

 

それを知ったあの日。

美樹さやかは繁華街の中を歩いている。

街は色とりどりなネオンを光らせて、人々は色めきあい活気づく。

 

――一体どこに…?

 

美樹さやかは焦っていた。確かに魔獣の気配はするのだが、どうも様子がおかしい。

魔獣が近づいて来た時の独特の全身をちりちりと焼くような感覚や、全身を襲う悪寒が薄れていく。さっきよりも近づいているはずなのに。賑わう人混みを器用にすり抜けながら歩き続ける、仕事帰りのサラリーマン、妖しげな黒服の男、風俗で勤めているであろう綺麗な女性。

 

…この人達は皆どこへ向かうんだろう

 

ふと、どうでもいいことを感傷的にさやかが考えた瞬間、

 

「はーいお嬢ちゃんどいたどいたー!」

「あいた!」

 

ドン、と数名の男達とぶつかった。少しよろけるが、転倒するほどではない。

 

「・・・・・」

「お、怖い怖い!お嬢ちゃん、そんな顔してたらもてないよ、へっへ」

 

どこかの店のホストだろうか、悪趣味なスーツを着こなして、派手なアクセサリをしている。謝るどころか、ふざけた仕草でさやかをからかいながら遠ざかっていった。さやかがくやしそうに男達の背中を見つめていると、幻聴が聞こえた。

 

――いや〜、ほんと女は人間扱いしちゃダメっすね。

――犬かなんかだと思って躾けないとね。

 

「?」

 

眩暈がした。思わず額を押さえ、さやかは目を瞑る。

どこかの薄暗い電車の中、二人の男の映像が脳裏に浮かぶ。ニヤけた笑い、

そして、血だらけの床、どこかのプラットフォーム

 

「ううっ…」

 

頭がひどく痛い…さやかはうめき声をあげた。

 

 

――どこかで、私はこの風景を見てる?

 

しまった、とさやかは焦る。記憶の錯綜が始まってしまったのだ、

こうなると、手がつけられない。どうにか頭を押さえながら、歩みを続ける。

時折、「大丈夫?」と気遣う大人の声も聞こえたが、反応することができず、ただ頷いて進んでいく。

微かに――微かにだがさやかは憶えているのだ、どこか遠い昔にも自分自身が魔法少女でどこかで戦っていたと。最初は前世の記憶とかいうものが流れ込んできていると思っていた。

 

『――いい加減にして!』

 

びく、とさやかが目を見開く、怒りをあらわにしている黒髪の美少女、ほむらの姿が浮かぶ、彼女は見慣れない服を…いや、あれは魔法少女の衣装だ、とさやかは悟る。

 

『―あなた、もう他人を疑っている場合じゃないでしょ!そんなに私に助けられるのが嫌なの?』

 

必死に叫んでいる。彼女が今と雰囲気が違うことにさやかは驚く。美少女ではあるが、今のように艶やかな色気は無く、清楚なだが、どこか冷淡な雰囲気だ。

ああ、あれは本気だった、とさやかは彼女の怒りを思い出す。なのに私は意固辞になって…魔女化して

…ああ、そうか…そうか…!

そして彼女は思い出す。ほむらとの確執、そして魔女化した自分、魔法少女のシステム。

仲間達にふりかかる悲劇、そして親友の…

 

「…………まどか」

 

涙が溢れた。そうだ、彼女は親友で、そして「概念」として「円環の理」として、私は彼女と共にいたんだ。

 

改変された世界

黒髪の友人の変貌

悪魔

 

美樹さやかは今、全てを思い出した。

かつて理想が砕け魔女化した時の…皮肉にもキーパーソンともいえるホスト達と同類の者と接触することで。

 

「お…お嬢ちゃん?」

 

スーツ姿の中年男性が、心配そうな声をあげる。

さやかがその場でうずくまったからだ。彼女の顔は血の気が引いて真っ白だ。

 

「…ほむら…なんで…どうしてよ?」

 

ぽたぽたと地面に涙が落ちる。

今、彼女は、かつての親友ではなく、黒髪の得体の知れない友人のために涙を流していた。

 

* * * * * * * * *

 

繁華街の中でも奥まった路地裏にあるこの風俗店は、いわゆるヤクザの商売ご用達の「地下室」を備えていた。10m先は人で賑わっているというのに、ここは暗く、空気も悪い。

けばけばしい看板のある入り口で、四人の男がなにやら立ち話をしていた。

入り口を背にしている黒服の男は180㎝は優に越えているだろう、まるでラグビー選手のような体格だ。それに対して向かいあっている白いスーツの男は小柄でどこか中性的な顔つきだ、傍にいる男二人は側近だろう、こちらは黒服だ、この男達もかなり大柄だった。

 

「黒田、今からこいつを運ぶ、サツがこないよう張ってろ」

「へい」

 

黒田と呼ばれた男はこの店のケツ持ちを担当しているヤクザだ。屈強な身体をかがめ、眼前の男に深々とお時儀をする。相手は若くて小柄とはいえ、新興団体の「長」だった。黒田の所属している組に最近かなり多額の金を納めている。

 

うさんくせえ…

 

黒田は心で呟いた。

黒田は視線を屈強な二人の黒服の男が抱えている「袋」に移す。150㎝大の遺体袋だ。

 

…けっ…

 

黒田は吐気がした。

 

「…おお、どうもこんばんは~!」

「こっちの店だよね、あの地下がある奴、へへへ」

 

いきなり、声がした。

 

「…ちっ、糞ガキどもが」

 

長である小柄な男が忌々しげに呟く、眼はいきなり乱入してきた闖入者を睨んでいた。

闖入者はさきほど美樹さやかと衝突してきたホスト達だった。

時々いるのだ、大人になってもまだ世界は自分が中心となって回っていると思いこむ者が。

 

「おい、お前らまだ店は開いていねえ、帰んな」

 

ドスの効いた声で黒田が脅す。大抵の人間は黒田の眼光とこの声で恐れをなすはずだ…が、

 

「え~それは無いっしょ、こちとら金は持ってるよ~ん」

 

へらへらと笑いながら、趣味の悪いスーツの内ポケットから金を出す。扇の様に万札を開く。目が尋常じゃない、瞳孔が開いた状態で、ずっと笑みを浮かべている。

 

…ヤクでもやってるのか?

 

黒田はゾッとした。もしラリッてるとしたら片づけなければならない。

 

「ヒゴーホーってやつで連れてきた女の子とさせてくれる店だよね?早くさせてよ~」

 

腰を卑猥に動かして、踊り出す男、金を扇のようにして自分の顔を扇ぐ男。そしてもう一人は遺体袋にしがみつき。

 

「わ~、これ中味まだ生きてんじゃん!開けてよね~」

とすり寄ってくる。

 

…イカれてる。

 

そう思った瞬間、「撃て」と小柄な男が命令した。

まるで早送りのように、いつの間にか側近の男達が銃を取り出し発砲した。

サイレンサー付きで音は出ない。電源の切れた人形のように、その場で3人の男は倒れる。

 

「ケッ、まったくよ、黒田…後で片付けておけ」

「……」

 

だが、黒田は答えない、ただ眼だけが見開かれて地面に向けられている。

どうした?と訝しげに小柄な男も黒田の視線を追い、そして凍りついた。

 

「オオオオオオオオオオオ…コオオオオオ」

「おい…嘘だろ」

「なんだこりゃあ…糞」

 

即死したはずのホスト達が、ゆっくりと立ち上がってくる。

眼の瞳孔は開いたまま、口を限界まで広げて舌が飛び出している。その口から獣のような咆哮とそして白い煙のようなものを撒き散らしながら、いや、まるでドライアイスの煙のようだと黒田は思った。ホスト達の身体の周囲にはドライアイスの煙のようなものがまとわりつき、まるで生きているかのように蠢いている。

ありえない…見たことのない光景にそこにいる男達は誰も動けなかった。

 

「オオオオオオオオオオオ…コオオオオオ」

「ひいい!」

 

ホストの口から出たドライアイスの煙のようなものが、素早く伸びてきて側近の男に絡みついた、そのまま引きずられて宙に浮く。

 

「う…嘘…だろ!」

 

黒田が声を絞り出す。何もない空間で白い影に絡まれながら男が宙に浮いたのだ、そして

 

「う、アアアアアア、やめて、やめて!ゴメンナサイ、ゴメンナシャイ!」

 

バキボキバキと音を立て、男の肢体のあらゆる部分がカクン、カクンとおもちゃのようにいろんな角度へ曲がり、捻じれていく。他者を地獄のような目に合わせてきたというのに、ご冗談なのか、涙と涎を流しながら、ガキのように懇願している男の様は無様だった。

 

「ひ、ぎひゃあッ!」

 

ひと際大きな音を立てたあと、口から舌をだらんと出し、男は絶命した。どしゃ、と嫌な音を立てて路面へと叩きつけられる。

 

「うわあああああ!」

 

もう一人の側近の男もまた、ホストに襲われていた。

圧倒的な力なのだろう、小柄なホストが側近を組み伏して覆いかぶさっている。口を開け、まるでゾンビのように男の喉を喰い破った。鮮血が飛び出し、男は口からゴボゴボと血を流し、白目を剥く。

まるで地獄だ…と黒田は思った。傍では小柄な新興団体の長が怪物に襲われている。

だが…もう助ける気力はない。終わりなのだ…と黒田は思った。この世の終わりなのだと。

ひときわ大きな悲鳴が聞こえた。黒田は観念する。

 

最初は雷が落ちたと思った。

一閃と共に、白い影が引き裂かれた。

 

「…!?」

「大丈夫ですか?」

 

涼しげな声、…少年?と思ったが、黒田はすぐに少女だと認識する。

蒼い髪の少女だ、白いマントを翻している。手には剣。

 

……俺は悪い夢でも見ているのだろうか。

――こんなことが…

 

美樹さやかは驚愕していた。

目の前に対峙しているのは人間なのだ。しかも、さきほど人混みの中でぶつかったホスト。

だが、その顔つきは尋常じゃない。口は限界まで開かれ、目はもう死んでいるかのように瞳孔が開き、肌はどす黒い色に変化している。身体の周囲から出ている白い影は…これは魔獣だ。身体の中で蠢いているのが魔法少女であるさやかの目には見える。

魔獣は人間と融合するの…?だとしたら魔女より厄介だ。相手を傷つけなければ倒せない。

 

「おい!」

「!」

 

さやかの横から残り2体のホストが襲いかかってくる。

3体のホストに挟まれる寸前で、さやかは地面を蹴り宙を舞った。

 

「すっげ…」

 

黒田が空を見上げる、蒼い髪の少女はマントを翻しながら通常の人間ならあり得ない高さまで跳躍していた。そのまま急降下し、1体の頭を踏みつけ押しつぶす。ぐしゃ、と嫌な音がした。地面に顔がめり込んでいる。

そのまま横に飛び、剣を構え直した。その表情は剣道の試合に臨む剣士のように、真摯だ。

だが、その眼の奥にはまだ迷いがある。ちっ、と黒田は舌打ちして、叫んだ。

 

「おい!こいつらはもう死んでる!俺達が殺した!」

 

思わず、黒田に視線を移すさやか。

 

「だから、お前はこいつらを遠慮なく殺っていいんだよ!」

 

…自分は何を言っているんだろう?戸惑いながらもそれでも黒田は蒼い髪の少女を応援している。ヤキが回ったのだと思った。

 

「ありがとうございます」

 

戦闘中だというのに、さわやかに少女が礼を言う。

ああ、これだから善良な人間は嫌いなんだと黒田は思った。

さやかは魔獣に向き直り、剣を構え直した。

すでにこの男達が手遅れだとは分かっている。覚悟を決めたのだろう、さやかの目に迷いは無い。

 

「オオオオオオオオ…オオオオオオ」

 

先ほどと同じく3体同時に襲いかかってくる。今度はさやかは横に飛びながら、剣を投げ、そして同時にマントを翻し、身体を反転させながら、無数の剣を生み出した。すべての剣が容赦なく、3体の魔獣に突き刺さる。勢いで、3体は路地裏の壁に昆虫採集の標本の様に突き刺さった。

 

「……」

 

さやかが流暢な聞いたことのない異国の言葉を短く呟く。

夜の空から雷が一閃した。

 

「オオオオオオオオオ…オオオオオオ」

 

3体の魔獣が光で浄化されていく。

黒田はただ呆然と白い影が浄化され、光の線となって消えて行くのを見ていた。

 

*  *  *  *  *  *  *  *  *

 

<――――さやか、さやか!>

 

返事が無い、さっきからもう何度も呼びかけているのにだ。

 

…聞こえないのか?それとも?

 

「…くっそう!」

 

赤毛の少女の口から乱暴な言葉が飛び出す。

魔獣を狩り終え、制服姿に戻った佐倉杏子は、見滝原の川沿いを歩いていた。

すでにあたりは暗い。珍しくいつもは何か食料を口に咥えこんでいる彼女が何も咥えていない。それほど蒼い髪の少女が心配なのだろう。

 

「大丈夫か…あいつ」

 

そもそも、杏子が呼びかけて、さやかが返事をしないということはあり得なかった。

助けに行こうにも気配を察知することができない、手当たり次第に街を歩いてみようかと考えた時、向こう側から歩いてくる人影が見える。

さやかか、と思ったがその影は小柄だった。

 

「…ほむらか」

「どうしたの杏子、こんなところで」

 

佐倉杏子の目の前には、黒の喪服のような可愛らしい服を着た暁美ほむらが立っていた。

 

「いや…なんでもねえよ、それよりあんたはなんで?」

「…散歩よ」

 

へえ…と言って、杏子は川に視線を向け、横目でちらとほむらを見る。

この黒髪の美少女は、クラスメートであり、さやかの友人でもある。中学二年からずっとさやかと同じクラスだ。

 

「あんたさあ…」

「なあに?」

 

面白そうに紫の瞳を向けられる。そうなると、何故か杏子は言葉が紡げなくなる。

時折、蒼い髪の友人と彼女の間に何か得体の知れないものを感じる時があるが、それが何なのか、杏子にはわからない。なんでもねえ、と返事すると、またほむらはクスクスと笑った。

 

「ねえ…さやかは一緒じゃないの?」

「…いや、今は一緒じゃない…なんでそんなこと聞くんだ?」

「…なんとなくよ、貴女達いつも一緒にいるし、それに貴女人を探しているようだったから…」

 

心を読まれているのか?と杏子は一瞬ひやりとする。

 

「いや、そんなんじゃねーよ!じゃ、アタシ家に帰るから…」

「そう、じゃあまた明日ね、杏子…」

 

川原で二人は別れる、二人とも蒼い髪の少女を探すという共通の目的を持ちながら…。

 

 

*  *  *  *  *  *  

 

 

薄暗い路地裏では陰惨な光景が広がっていた。

黒服の男と白いスーツの男の死体。そして、さやかが倒した「魔獣」と融合していた男達の死体。そこに高校の制服姿の蒼い髪の少女と、今、まさに死を迎えようとする男がいた。

 

「…悪い夢かと思ってたら…違うんだな…へへへ」

 

男は脇腹を押さえたまま、笑う、さきほどのパニック状態の時に側近が撃った流れ弾が当たっていたのだ。蒼い髪の少女はどう言葉をかけていいのかわからず、ただ困ったように見下ろしていた。だが、目は逸らさない。

 

「根性あるな…嬢ちゃん…あんた…神様か…?」

「違うわ」

 

さやかは刹那そうな目で男を見下ろしながら、低い声で絞り出す。

男はさやかを気に入ったのだろう、まるで世間話をする父親のように話しかける。

 

「何泣きそうな顔してやがる…人を…殺したことねえのか?」

「っ!当たり前…いや…違う、わからない…!わからないよぉ…」

 

少女の目から溢れだす涙。とうとう年相応の少女のようにさやかは泣いてしまった。

苦しかった、辛かった。

 

「なんでえ、ただの人間じゃねえか…いや、天使か…」

 

薄れる意識の中、遠い昔教会で母親と聞いた話を思い出す。

神様も悪魔も人のために涙しない、泣くのは天使だと。人間に寄り添い、悲しみ続けるのは自ら地上に堕ちてきたお人よしな天使。

あの頃の美しい思い出の世界…黒田も泣きそうになる。どうして自分はこんな遠い所まで来てしまったのかと。

 

「…なあ、死ぬ前に少しだけ…罪滅ぼしさせてくれや」

 

男はさやかに笑いかける。そして震える指でさやかの背後の空間を差した。

 

「…あそこに、ホトケ袋があるだろう?…そう黒のやつだ…」

 

袋を認識した少女の顔が青ざめるのを黒田は見た。おそらく今からかなり辛い思いをするだろうが、この少女しか頼めない。

 

「あの中に女のガキが入っている…まだ生きている、商品としてさらわれたガキだ」

「!」

 

さやかの身体が固まった、黒田の予想以上に驚いている。

だが、黒田は続ける、時間が無い。

 

「この店の地下室にもう一人いる…二人を助けてやってくれ…」

 

救いは商品としてさらったガキがまだ二人だったということだ…。この二人さえ助けて、あとは警察に通報すればこの店は潰れる…と必死に黒田はさやかに語る。

ごぼお、と派手な音を立てて、黒田は吐血した、身体が痙攣する。

 

「ちょっと…、おじさん、死なないで!」

 

さやかは慌てて、黒田の身体を揺すぶる。どうしていいのかわからなかった。卓越した力を持っているといっても、社会ではただの高校生だ。涙を浮かべながら、叫ぶ。

 

「どうしていいのか…わからないよ…!」

「馬ッ鹿野郎…携帯持ってるだろ…それで警察に…ぐ…!」

 

びくん、とひと際大きく痙攣を起こして、黒田は動かなくなった。

 

「おじさん!」

 

男は絶命した。

しばらくその場で動かないさやかだったが、涙も枯れた頃、ゆっくりと立ち上がり、おそるおそる遺体袋に近寄る。

袋は…蠢いていた。硬質なチャックを開くと、苦しそうな喘ぎ声と生温かい空気が溢れだした。

 

「――ッ…―――ッ」

 

そこには見滝原中学の制服を着た少女がいた。口にはガムテープを貼られて。

 

「…なんてこと…こんな」

 

さやかの顔が苦しそうに歪む。さやかがガムテープをはがした途端、少女は嗚咽し、叫んだ。思わず抱きしめる。優しく頭を撫でると、強い力で少女はさやかにしがみついてきた。

 

「大丈夫…もう大丈夫だから…」

「痛いこと…しないで…」

 

……なんてこと…これじゃあ…あんまりだ…怒りが湧き上がる。

 

魔法少女のシステムに巻き込まれた自分達はよっぽど恵まれているとさやかは思った。

これは…なんだ?この娘が何をした?私は選択の余地があって魔法少女になった、でもこの子は?なんの選択の余地もなくなんでこんな目に?

少女の顔に、かつて幼馴染であった桃色の髪の少女の顔を重ねる、もしかしたら…ここにいるのは彼女だったのかもしれないのだ、あるいは、私…あるいは黒髪の友人…誰にでも起こりえることなのだ。

すべてが夢物語のように思えた、魔法少女も、魔女も、魔獣も、円環の理も、悪魔も全て。

人間の行う業ほど人を絶望に陥れるものはない。怒りと悲しみがさやかの心を支配した。

許さない…こんな風にかよわい存在を絶望に落す人間のエゴを悪意を…震えながら、さやかは回復魔法を発動させる、優しい蒼い光が少女の肢体を包んだ。温かい波動が少女の心を癒したのか、少女が心地よさげなため息をつく。

 

「眠って…忘れるんだ…夢なんだよ…悪い夢…」

 

さやかの囁きを子守唄のようにして少女は眠りに落ちた。

 

――今の私は魔なる者―

 

ふと、黒髪の少女の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

「あんたは…そんなんじゃない…」

 

自嘲気味にさやかは笑う。そうなのだ、あの時自分は彼女に対して「悪魔」と言った。

 

「謝らなきゃ…」

 

あいつが悪魔っていうならこの世の人間すべて悪魔だ…とさやかは思う。

私もそうだ…少女を抱きしめながら、死体に溢れたこの路地裏を悲しげに見渡した。

そうして、制服のポケットから携帯を取り出す、警察に通報するために。

地下にいるもう一人を救うために。

空を見上げた。星ひとつない夜空。

半分に欠けた月がそこにはあって、さやかは乾いた笑みを浮かべ、そして泣いた。

 

「…こんな世界…もういやだ…」

 

とめどなく流れる涙。嗚咽。

 

流れる涙を拭いてくれる者などありはしない。

支えてくれる者などいない、これから孤独な戦いが始まることをさやかは予感した。

 

 

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