魔獣は暗闇より(悪魔ほむら×美樹さやかシリーズ) 作:さんかく@
懐かしい夢を見た。
それはかつて幼馴染であった少女が概念と化して、私がその一部であった頃の夢。
――さやかちゃん
――さやかちゃん
少し舌足らずで幼い、しかし優しい声で何度も私を呼んでくれた。
光に包まれて、彼女の顔は見えないが、確かに私は彼女の中に組み込まれていた。全ての事象が脳内に流れ込み、私は全てを理解し、受け入れた。
万華鏡のように、今までの出来事が映り、消えて行く。
子犬のように、彼女とじゃれあい、遊びまわっていた頃の緑豊かな風景。桃色が映え、蒼い空が映え…そして彼女の天使の様な満面の笑み。幸せの定義がなんであるか私には知る由もないが、あの頃の私は幸せだったと思う。
そう、思春期を迎えた頃突如として現われた地球外生命体の搾取システムに巻き込まれるまでは。システムに巻き込まれ、私は愚かにもその先陣を切って自滅した。そして幼馴染はその優しさ故に概念と化し、魔法少女(搾取システムの犠牲者)の救済の希望と化したのだ。その結末を見た時、私は騒然とした。そして私達はなんて遠くまで来てしまったのだろうと途方にくれた。
だが、幼馴染が見せてくれたものはそれだけではなかった。
「あなた、死ぬわよ」
ああ、と私は複雑な思いを抱きながら、目の前に映った黒い髪の少女を見つめる。
得体の知れない、だがとても美しい少女。
今思えば、私はあの頃から彼女に魅せられていたのかもしれない。だが、幼馴染を極端に怖がらせる彼女を私はひどく警戒し、疑っていた。
今思えばなんて私は愚かだったのだろう。
彼女の暁美ほむらの歴史を知ることで、私は自らを責め、後悔した。
彼女の苦悩と、幼馴染への思いをいち早く理解していれば、彼女を救えたはずなのだ、決して彼女を「悪魔」なんかにはさせなかった。
私は温かな幼馴染の世界を突き破り、彼女の元へと向かう。償いたかった。彼女に。
ひどく冷たい体に抱きしめられ、それでも私は心地よいと思った。そうして闇に包まれる。
冷たい闇の中、私は彼女と対峙していた。恐ろしいほど美しい悪魔と。
――私はまどかを愛してるわ
――わかってる
もう聞き飽きたしそんなの、あんたの気持はわかってるからさ
――他の人はどうでもいい、貴方なんて特に
――わかってるってば
まったく、どうせ私はそんな扱いよね、あんたの中では
――でも……一緒にいてくれる?ずっと…
…それだけで、私は十分よ
手が重なり、指が絡み合う。そうして私の身体は彼女と共に冷たい闇に沈んでいった。
「…ん」
目を覚ますと、美樹さやかは、ほむらの腕に抱かれて眠っていた。身じろぎできないほど強く抱きしめられ。最初状況を理解できなかったさやかだが、ようやく合点がいったのか、ああ、と一人呟いた。
――朝まで抱いていてあげるから、眠りなさい
昨夜、恐ろしい夢にうなされたさやかに黒髪の友人はそう言って、本当に朝まで抱きしめてくれていたのだ。変なところで律儀な美しい悪魔の寝顔を見上げながら、口元を強張らせさやかは泣きそうになるのを堪える。彼女の存在がありがたかったのだ。ものすごく。
ずっと密着していたからか、黒髪の友人の身体は温かい。10年前は華奢だがやや硬質だった肢体も、今では柔らかみを帯びている、たぶん互いにだ。時の流れをさやかは感じた。
「…ありがとほむら…」
――私はもう限界にきているのかもしれない
魔獣よりも人間の方が業が深い事を嫌というほど知ったあの日から、美樹さやかの中ではかつて自分達を不幸に陥れた魔法少女というシステムや地球外生命体の存在よりも、人の行う極悪非道な事件、現実社会の方が比重が大きくなった。理不尽に人生を捻じ曲げられ、凌辱され生命を断たれた女性。いわれなき暴力を受け死んでいったサラリーマン。数多くの死体。悪意に満ち満ちた目との対峙。人間が内に秘めた悪から生まれるもののおぞましさに比べれば、魔女が産まれなくなったこの世界での代替えともいえる異形の魔獣なんて、全然たいしたことじゃない…とさやかは考えている。
ただそれが人間と融合するとなるとやっかいであった。魔獣を駆逐する目的ですでにさやかは人間にも手をかけている。もう、何が魔獣の仕業で何が人間の仕業か見わけがつかない。美樹さやかの精神は摩耗しきっていた。
――このまま消えてしまえたら
どんなに楽だろうに、とさやかは思う。円環の理なんて夢のようなところへ戻るつもりなど、もはやさやかの心には微塵も無い。彼女は現実を目の当たりにし過ぎてしまった、そして成長してしまった。今はただ、この世界が、黒髪の友人が作ったこの世界が滅びるのなら、そのまま消滅してしまいたいと、そんな誘惑にも似た思いにさやかは駆られているのだ。
「だめよ」
艶やかな声がさやかの頭上から聞こえる。さやかは身じろぎできず、目だけでその声の主の顔を伺うと、声の主である美貌の悪魔はいつの間に起きていたのか、怒りの表情を浮かべ、さやかを見つめていた。アメジストの瞳が輝き、さやかの蒼い瞳を捉える。心を読まれたのだと知り、さやかはあせった。
「…起きてたの?ほむら…」
「貴方…ってほんとどうしてこんなに馬鹿なのかしら」
怒りのためかさやかを抱きしめる細い腕に力が入る。痛…とさやかはほむらの胸の中で声をあげた。
「貴方は私と一緒にいるって約束したわ、ずっとね…それを反故にする気?」
「ごめん…ほむら…痛い…痛いから」
「だめよ」
そう言うと、さやかの顔を胸に抱き寄せ、更に強く抱きしめる。
「貴方は約束したの、私と一緒にいるって…それを反故にはさせないわ…絶対に…そんなことをしたら私は貴方を許さない…許さない」
人外の力を発揮し蒼い髪の女性を強く抱きしめたまま、ほむらは呪文のように許さないと繰り返す。さやかはただ苦痛と戦いながら、友人の背中に手を回し必死に謝った。
「ごめん、ほむら…約束は守る、守るよ、私はあんたと一緒にいる。ずっと…」
「…………」
はあ、と艶やかなため息をついて、ようやくほむらは力を抜いた。苦痛から解放されたさやかがほっとしたようにほむらにもたれかかると、ほむらが謝罪の代わりのようにその蒼い髪を優しく撫でる。
「…本当ね?さやか?」
「うん…私はあんたと契約したんだ、そんなことしないよ…」
「それなら…いいわ」
今度は熱を帯びた目でさやかを見つめる。ゆっくりと白い細い指でさやかの唇をなぞると。
「本当に殺したくなるわ…」
と囁いて、その唇をねっとりと赤い舌で舐めはじめた。
* * * * * *
少女の喘ぎ声が激しくなり、それが最後は悲鳴に変わる。
画面で繰り広げられている光景を熟練の刑事岡山は冷静に見つめていた。
「…これはむごすぎますねえ」
岡山の傍に立っている男が呟く。岡山はただ、ああ、と返事した。
12㎡の室内に10人以上の刑事が密集して、TVのモニターを凝視している。冬だというのに、暖房もついていないこの部屋は異様な熱気でむせかえるようだ。
「他にもあと160本ほど押収したビデオがありますが、見ますか?」
岡山の隣にいたやせ型の神経質そうな男が声をかけた。淡い卵色のスーツを着こなして腕を組んでいる姿はどこぞのエリートサラリーマンとでもいう風体だ。課によって同じ刑事でも雰囲気は全く違う。マル暴とはえらい違いだ…と岡山はつくづく思う。彼は生活安全課の刑事だった。
「いや…いい、どうせ同じようなもんだろ、組合員が映っていたのはここだけか?」
「いえ、あと20本ほど」
「えげつねえな」
岡山達マル暴がこの生活安全課の部屋に陣取っているのは、生活安全課が押収した非合法のビデオを観るためだ。そのビデオの中に現在マル暴の岡山が担当している団体の組合員らしき人物が映っているとの情報があがって今ここにいる。他課同士で情報を提供することはよくあることだが、こと生活安全課ほど他課に有用な情報を持っているところはなかなか無い。
「こないだの仏がいたところだな、美樹」
「そうですね」
岡山は蒼い髪の部下へ視線を向ける。そうして口元をにやりと引きあげた。
…たいしたもんだ
うら若い岡山の部下は特段動揺することもなく、いたって冷静にビデオを観ていた。ビデオの内容はうら若い女性が直視するには耐えがたい内容の凄惨なものである。だが彼の部下はそれを冷静に見つめている。金の卵を拾ったような気分で岡山はフッと笑った。通常、男なら、たとえ目の前のビデオ内容を目の当たりにしてもダメ―ジは低い、なぜなら、自分自身がその被害者に成り得ないと身体が知っているからだ。だが、妻や娘、近しいものに女性がいるとなると話は別だ、もしこれが「妻」なら「恋人」なら「娘」ならと考えるとダメージや怒りは倍増される。これが被害者に近しいうら若い女性なら?更にダメージは大きいだろう。想像もつかない精神的ショックを受けるかもしれない。しかし…
美樹さやかは違う
岡山は確信した。彼女の何がそうさせているのか知らないが、こいつは本物だと思った。確か8年前のホストとヤクザが数人死体であがった事件に高校時代の彼女は関わっている。警察官採用の素行調査でも心理検査でも精神障害やトラウマは認められず、無事に警察学校に入校を認められた。
育て上げたい…と岡山は痛切に思う。定年を間近に迎えた今、部下を育てることが彼の生きがいになっていた。それが男ではなく若い女性なのが世の流れなのか変わったなと岡山は思うが…それでもいいと、彼は美樹さやかを見て思ったのだ。
* * * *
――どうして受け入れてしまったのだろう
相方のいないベッドの上で座り込み、ほむらは途方に暮れたように窓の外を眺めていた。まだ昼を少し過ぎたくらいの頃か、日射しは強く、広い部屋のベッドの端まで照らしていた。長い黒髪が陽光に曝され艶やかに光っている。
ふう、とため息をつくと気だるげに髪を掻きあげ彼女は立ちあがった。
窓へ白い手を添えもたれるようにして、景色を見下ろす。
――私はあんたと一緒にいたいんだ…あんたがまどかだけ見ていてもね
――愛していなくても?どうでもよくても?
――うわ、わかっててもひどいわね…でも、そうねそれでも…私はあんたといたい。ダメ?
――いいわ、じゃあ…一緒にいて。ずっと。
――うん
蒼い髪の相方を思いだしたのか、その口元がフ、と緩んだ。
「ほんと、馬鹿ね…あの人」
まどかだけを愛して、まどかだけを見守り生きて行く。その思いはほむらの中で変わってはいない。それはもはや彼女の中では黄金律となって彼女の存在そのものを支えているのだ。
だが…人外と成り果てたほむらを支えてきたのは美樹さやかだ。
一度受け入れて、ほむらの中への干渉を許した以上、もはや簡単に彼女を手放す気持ちはなかった。…いや、微塵もそんな気持ちは無い。身体の奥底が彼女を憶えてしまっている。もう忘れることは不可能だろう。
はあ…とため息をつく。美しい横顔に憂いの影が差す。
この事実を苦々しく受け止めるべきか、それとも喜ぶべきかわからないとでも言う様に、美貌の悪魔はただ首を振った。
「――――」
子供の声がほむらの足元から聞える。ドイツ語のたどたどしい幼い声。
「……どうしたの?」
足元には数名の黒い影、ほむらの使い魔の子供達だ。
「…あら、そうなの…いいわ、私が行くからあなた達はお留守番してらっしゃい」
ニヤリとほむらは笑う。その笑みはまさに悪魔の笑みと言っていいほどの妖艶さだ。
すう、と右手をあげるとキャミソール姿のあられもない肢体を紫色の光が包み、一瞬で、黒々とした羽根を持つ、煽情的な悪魔の衣装へと変化した。まるでマジックショーの衣装チェンジの様だ。成長した彼女の肢体は煽情的な衣装でかなりな色香を醸し出していた。
「たまには…悪魔直々でお相手してあげないとね」
優雅に黒髪を掻きわけると不敵に笑う。
ほむらはさやかの様に魔獣を察知する時に身体に独特の違和感を覚えない。代わりに使い魔達が知らせてくれる。少しでも先ほどまでの苦悩をやわらげたかったのか、ほむらは魔獣と一戦交えることを選択した。
そうして彼女は窓から身を乗り出した。
* * * * *
黄昏時、夜と昼の狭間のこの特異な時間に魔獣はよく出没する。
昔からこうだっただろうかと、空を舞いながらほむらは考える。どうしても…彼女の記憶でも魔獣との戦いは、魔女のそれよりも短いため、あまりデータが無い。そのため魔獣の生態を把握しきれていないのだ。
ただ、人と融合するのはこの世界が初めてだった。
――あいつらは人と融合するんだよ、ほむら
泣きそうな顔で語った少女時代の彼女を思い出す。
あの時何があったのか、彼女はまだ語っていない。ふう、とため息をつく。きっと彼女のことだ、人間にも手をかけた自分自身を責め続けているのかもしれない。
けたたましい咆哮が聞こえ、ほむらは目を細めた。
数体の白い人型の影がゆらゆらと高層ビルの合間をたゆたっている。人と融合していない純粋な魔獣だ。艶やかな唇を舐め、ほむらは急降下する。まるで巨大な烏のように。
薄暗い路上に音もなく着地すると、ほむらは腕を組んだまま魔獣が近寄ってくるのを待つ。
コオオオ…オオオオ
意思を持っているのか不明だが、魔獣はほむらを視認すると、ゆらゆらと近寄って来た。周囲を塞がれる。
「あらあら、そんな力の無いフリしなくてもいいのよ…もっと本気でかかってきなさいな」
艶のある声で魔獣を挑発すると、急に意思を持ったように、魔獣が吠えた。そうして、数体同時にほむらに飛びかかってくる。フ、と笑みをこぼしながらアメジストの瞳を輝かせる。と、ドン、と轟音が起こり、一瞬でほむらを取り囲んだ全ての魔獣が光の柱となり消し飛んだ。圧倒的な力の差。この世界を作り出した悪魔に魔獣は叶う術が無いというわけか。物足りないとでも言う様に美貌の悪魔は髪を掻きあげる。
パチパチパチ…・
薄暗い路上で拍手の音が鳴り響いた。
かつてないほど険しい表情を浮かべ、ほむらはその音の方へ視線を向けた。
薄暗い闇の中から、白いスーツを着た男が現われた。年の頃は40代ほどだろうか。だが20代と言われればそう見える、若くも見え、かなりな年寄りにも見える。不思議な雰囲気を纏う男は、そして中性的で美しかった。白い肌に肩まで伸びた髪がそれを更に強調させる。
面白そうに細めた男の目と、ほむらの冷酷非情な視線が絡み合う。
「はじめまして、マドモアゼル」
男は右手を胸にあて、うやうやしくお辞儀をする。
悪魔の相方がもしその場にいれば「キモ」と評しただろうその仕草を、ほむらはただ冷酷に見つめている。まるで目の前の人物が人でなく、ただのゴミのように。
口も聞きたくないのだろう、彼女はただ黙って力を放出した。ゴオ、と音が鳴り、彼女の周囲に紫のオーラが現われる。ビリビリと周辺に地鳴りが起き、圧倒的な見えない力を男に与える。彼女の艶のある黒髪は逆立ち、その恐ろしいほどに美しい容貌は蔑んだ笑みを浮かべている。まさに人外ともいえる美しさ。普通の人間ならば、すでに地面にひれ伏し、その力に圧倒され発狂するレベルだ。だが、男は違った。その力を見て、嬉しそうに微笑む。
「魔獣ごときが」
ほむらの艶のある唇から冷酷な、さやかでさえも聞いたことのない冷酷な声が発せられる。
アメジストの瞳は赤に近い色に変わった。
「人と融合したくらいで、この私に語りかけると?」
おや、と男はさも嬉しそうに声をあげた。
「さすが、見抜いていたわけですね」
男の目も赤く光る。ニヤリと笑うその顔はほむらほどでは無いが美しい。
「あなたの目的は何なのか話しなさい」
ぴたりと轟音が止んだ。
感謝しますとでも言う様に、男は両手を組んで振った。
「私は魔獣と融合した人です。まあこのように…仲間と共に日々呪いを振りまいていますが、まさか貴女のような存在がこの世にあるとは思いませんでした」
「魔獣にも意思はあるのね」
「人よりも…高い知能を持っていますよ、私はその成功例です。」
そう言って両手を広げて微笑んだ。無邪気に。
「だが貴女は更にその上をいく存在のようだ。私は貴女には手を出さないでおきましょう…勝てるわけがない。その代わりもし知っているのならお教え頂きたい」
ほむらは返事をしない。
困ったお人だとでも言う様に、男はため息をついて笑った。
そうして、靴で地面をトントンと軽く叩く。
「魔獣は執念深いんです。私は復讐を願っている相手がいる。貴女も知っているかもしれない。私達魔獣を駆逐する存在です。貴女ほどの力は無いが、それでも強い…力はある」
「…誰のことを言っているのかしら」
もしここでこの男がもう少し注意深ければ、彼女が返答したこと自体が不自然であることに気付いただろう。それまで冷徹な態度をとっていた悪魔が、何故かここに至って言葉を返している。
「蒼い髪の女性ですよ。年の頃は20代前半ほど、不思議な力を持っています。まあ…もっとも私が出会ったのは数年前ですがね」
「……知らないわ」
そう言ってほむらは右手を前にかざし、人差し指を男に向ける。
「消えなさい」
空から無数の雷が落ちた。
カッ、と一瞬周囲を照らし、そしてまた闇へと戻る。
数秒遅れて轟音が鳴り響いた。
「おやおや、手ひどい方ですねえ」
「!」
悪魔もさすがにこれには驚いたのか、声の方へ視線を向ける。
「またいつかお会いましょう、マドモアゼル…」
空から声が鳴り響く。美貌の悪魔はただ、それを苦々しげに見つめていた。
* * * *
「ただいま…ってどうしたのあんた?」
美樹さやかがいつものとおり夜中近くに帰宅すると、ほむらはまるで放心したように
窓辺で佇んでいた。電気も点けず、薄暗がりの中、まるで絵画のように、静かに佇んでいる彼女は美しかった。
佇んでいるだけで美しいってどうよ…と少しやっかみながら、さやかは黒髪の友人の傍まで歩み寄る。ほむらは横目でさやかを見つめながら呟いた。
「おかえりなさい…私は別に何もしてないわよ」
「何もって、まさか夜景を眺めていたとかそんなもの?」
無邪気な相方の質問につい、ほむらはフ、と笑みを浮かべた。
蒼い月の光に照らされている彼女はおそろしく美しく、そして寂しそうだった。
「馬鹿ねぇ…貴方ってほんと馬鹿」
「うわ、なんかその言葉妙にへこむからやめて」
「ねえさやか」
「え?」
「夜景綺麗ね」
「嘘!」
驚いて、さやかはほむらをまじまじと見つめた。
どうして悪魔である彼女がそんな気持ちになったんだろう?なんのために?
と、気付けばほむらが上目使いでこちらを見ていた。そうしてとうとう吹き出した。
さやかにもたれかかり笑いだす。そうしてようやくさやかは彼女が少し酔っていることに気付いた。彼女の好きなブランデーの匂いがしたからだ。
「どうしたの?ほむら」
「さやか」
ゆっくりと、しかししっかりとほむらの腕がさやかの肩に回されて傍へと引き寄せる。
思わずさやかもほむらの背中に腕をまわす。息を漏らしながら、互いの動悸を感じられるくらい密着すると、抱いてと悪魔は小さく囁いた。
* * * *
「んっ…」
「はぁ…」
互いに息を漏らして行為を終えた後、二人は体を離す。
ほむらはさやかに背を向け、眠りにつこうとしていた。行為の後、一切顔を見せようとしない。
一体どうしちゃったのだろう…とさやかは黒髪の友人の背中を見つめながら思った。
先ほどまでの激しい様子を思い出し、何かあったのだろうと考えたが、彼女から話してくれない限りどうしようもない。朝にでももう一度尋ねるとしよう…そう思った後さやかは喉の渇きを覚えベッドから降りた。タンクトップを着、冷蔵庫を向かおうとした途端異変は起きた。
異音が鳴り、さやかの眼前に赤色の無数の編み目のようなものが発生する。壁のようになってゆく手を阻まれる。手を伸ばすと電気が走ったような衝撃を受けた。さやかには見覚えがあった。
「…っ、これは…」
「結界よ」
艶のある友人の声に驚き、さやかが振り返る。
ほむらがこちらに背を向けてベッドから上体を起こしていた。蒼白い闇の中、一糸纏わぬ裸体の後ろ姿が浮かび上がる。長い黒髪が背中からシーツにまで広がり、白い肌は蒼い月に照らされ妖しく光っていた。顔は…見えない。
「どうしてよ、こんな…出られないじゃない、ねえほむら結界を解い…」
「だめよ」
「え…」
さやかが驚く。
「もう…貴方は此処から出られない」
ゆっくりとほむらは顔をこちらへ向ける。美しい横顔が月に照らされて。
「此処からは出さないわ、さやか」
アメジストの瞳は妖しく輝き、さやかを映し出していた。