魔獣は暗闇より(悪魔ほむら×美樹さやかシリーズ) 作:さんかく@
「愛よ」
と私は悪魔として生まれ変わった瞬間高らかに、そして誇らしげに宣言した。
口からこの言葉を発した時の私の満ち足りた気分は、誰にも説明しようがないほど、心地よく、甘美で。
ああ、幸せだ、とても。
紫色の水が私の足元に広がって、私の頭上を桜が舞い散る。風が気持ちいい。
それだけでいい、ただそれだけで。
ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん…
音を立て、水面に波紋が広がる。さまざまな事象がそこに映る。
ふふふ、懐かしい。
だが、今の私にはどうでもいいこと。
とても大切なあの子に抱かれ続けているようなそんな心地よさで、
私は路を軽やかに歩く。
楽しいわ、とても。
後はなにかしら?
何が足りなくて、何を私は欲していたのかしら。
ふと、背後から声を掛けられた。今の私は誰も認識できないはずなのに。振り返るとそこには蒼い色があった。そう、遠い昔から因縁浅からぬ蒼い色が。
ああそうだ、そうなのだ……長い年月を掛けて私はそれを知る。
私はそれも欲していたのだ。きっと。
だからあの時、私は蒼い色にも手を伸ばしたのだと。
* * * * *
「此処からは、出さないわ…さやか」
アメジストの瞳が妖しく輝く。
「…ほむら?」
思わず後ずさるさやか、だが、結界の壁が背中にあたり立ち止まる。
体内に電気のような衝撃が走り、う、と思わずさやかは呻いた。
「お願いだから…」
「?」
ゆっくりと、ほむらは肢体をこちらへ向ける。
……相方の、美しい裸体が露わになり思わずさやかは目を閉じた。
闇の中、クスクスと笑う悪魔の声が聞こえる。
「どうしたの?私の裸は見慣れているんじゃなくて?」
頬を冷たい手が這う感触で、さやかが目を開けると目の前に、相方の顔があった。
恐ろしいほどの美貌に、アメジストの瞳。一瞬でさやかの元へ悪魔は歩み寄っていた。
蒼い瞳が妖艶な笑顔を浮かべているほむらの顔を映し出す。
「…見慣れないわ…あんたの裸なんて…何度見ても」
そう、身慣れる訳が無いのだ。
さやかは顔を紅潮させ、ほむらから視線を逸らす。
10年も経っても、こんな美しい女性(ひと)のあられもない姿なんて。
「あら?フフフ、貴方って本当に…」
悲壮めいた表情から、うって変って何か面白いものを見つけたという表情へと変化する。
「馬鹿で愚鈍だけど、面白いわね」
「何よ…それ、馬鹿にしてんの?」
「違うわ…」
そう言って、ほむらは顔をさやかに近づける。あと数センチで唇が重なろうかとする時に、さやかが顔を背け、そして目だけをほむらへ向けた。
「……何があったの?昨日からあんた変」
「……」
悪魔は何も答えない。
美しい裸体をただ、蒼い髪の友人の前に曝したまま、向きあうのみ。上目遣いの瞳は逡巡しているかのように、ゆらゆら揺らめいた光を発していた。
「ねえ、ほむら…私を閉じ込めようとする、理由を教えてよ…」
伊達に刑事をやっているわけではない。異常を感知したさやかは、ただ真実を知るために友人に問いかける。静かに。
だが、黒髪の相方は答えない。
「…私が外に出ると都合が悪いの?」
「……」
「ねえ、教えてくれないと協力できないわ」
「協力?」
さも可笑しいと言わんばかりにほむらの口元がつり上がる。
「貴方ごときが私に協力できるの?」
ほむらの細い白い指が、さやかの胸元に向けられた。
「笑わせないで」
くい、と指が曲げられる。瞬間、さやかの身体は横に飛ばされ、結界にはじかれると、床に叩きつけられた。
「いっ…!」
苦痛で顔を歪めるさやかの身体の上に、ほむらがマウントポジションで跨っていた。呻きながら伸ばしてきたさやかの腕を取り、両手とも頭上で抑えつける。
「ほむら…」
「黙りなさい」
圧倒的な威圧感。ほむらのアメジストの瞳が発光するかのように輝いている。
あれがもし赤くなったら、彼女が悪魔として本気を出した時だ…とさやかは過去の戦いを思い出し、戦慄した。
…もし、彼女が本気を出したら、確実に殺される。
「く…うっ!」
必死にもがくさやかだが、ほむらが人外の力を発揮されているため、身体は微動だにできない。上からしなだれかかってくるほむら。長い黒髪がさやかの顔にかかる。
「お願いだから…聞き分けて頂戴」
「だから何をっ!…理由も分からないのに、聞き分けられないわ…」
「本当に…貴方って馬鹿だわ」
「なん…でよっ!」
まるで理性のタガが外れているかのように、ねっとりと絡みつくような視線で
ほむらは囁いた。
「貴方は私にただ抱かれていればいいのよ」
「…なんで…んっ」
ほむらがさやかの口を塞いだ。相方の口内を貪るようにほむらは顔を激しく動かす。
「ん…んんッ!」
さやかはほむらに跨がれ、挟まれている脚を思い切り蹴りあげた。ガシッと音を立て、膝がほむらの腰にヒットする。
「んっ」
口の中でほむらが呻くのを感じながら、さやかは腰を突きあげ、そのまま身体を横に向ける。一瞬の隙をついて、体勢を逆転すると、右腕をほむらの首へ当て、そして反対の手を
その額へ押しあてた。ゴ、と鈍い音を立て、ほむらの後頭部が床へ押し付けられた。
ふはあっ、と勢いよく顔をあげ、さやかは苦しそうに深呼吸した。
「…動か…ないで」
はあ、はあ…と息を荒げながら、さやかは圧し掛かるようにして、相方に囁く。蒼い髪は乱れ、額には汗が浮かんでいる。眉をひそめ苦しそうな表情は、普段の彼女の明るい表情からは想像もつかない。苦しそうに肩を上下させる。口からは先ほどの「格闘」の名残か唾液が一筋垂れている。
「動くと…首を…潰すわ」
「……ほんと犬みたいね貴方」
からかうように見上げる相方をさやかは一瞥する。
「悪魔の…あんたでも…窒息して一瞬…気を失うわ」
ほむらの首を圧迫しているさやかの右腕から蒼白い光が浮き出る。
「力」の最も弱いさやかが自ら考案した方法。人としての身体能力を限界まで鍛え上げ、効率的な体術を身につけ、ピンポイントで力を最大に使う。10年かけて編みだした成果をまさか相方に使うとは思ってもみなかった。さやかの蒼い瞳が輝き、髪の毛が静電気で逆立つ。全身に魔法を張り巡らせた証拠だ。
「乱暴ね…飼い犬のくせに」
妖艶な美女は半ば自嘲的な態度だ。
上で圧し掛かっているにも関わらず、苦しそうで余裕のないさやかとは対照的に、さやかを迎え入れているような、煽情的な体勢を取っているほむらの方は余裕綽々だった。
それはそうだろう、どんなに美樹さやかが本気で彼女に挑みかかったとしても、実際は勝てる見込みはまず皆無に近い。
さやかは緊張を解かないまま、ほむらへ語りかける。
「ねえ、ほむら…お願いよ、あんたとても苦しそう…」
「……」
「無理して、また何か抱え込んでいる、私はもうそういうの嫌なのよ」
ほむらは何も語らない。だが、その瞳は逡巡としているかのようにゆらゆらと揺れて、泣きそうな顔をしている相方の顔を映していた。
「そりゃ、あんたには叶わないし、あんたが本気を出せば私なんて簡単に殺せる。でもね…私はあんたの力になりたいの…だって、私はあんたが…」
…そう、そうなのだ。私はほむらが…
「離しなさい」
さやかの言葉は遮られた。ほむらの口から艶のある声で発せられた命令。誰ひとり拒むことのできない圧倒的な威厳。だが、長年連れ添ってきた相方はプレッシャーを感じないのか、首を振った。
「嫌よ…」
「馬鹿犬」
ほむらのため息と同時に、蒼い光を放っていたさやかの腕が紫のそれに変化し、彼女の腕を燃焼する。悲鳴をあげて、さやかが腕をあげた。続けて、パン、と破裂音がしてさやかが何かに吊りあげられたように宙に浮き、勢いよくベッドへ放り投げられた。
「ぎゃん!」
犬のような声をあげて、さやかがベッドの上で跳ねる。
「本当に馬鹿にはつける薬は無いわね…」
「あ、あんたっ…」
怒りで顔を真っ赤にしたさやかを面白そうに悪魔はベッドの縁で見下ろしている。
その表情には、さきほどまでの溢れるような悲壮感は嘘のように掻き消えていて。…代わりに何かを得たような満足気な笑みが浮かんでいた。腰に手をあて、小首をかしげながらしばらくさやかを見つめると、ようやくほむらは口を開く。
「…貴方が危険だからよ」
「え?」
「魔獣が貴方を狙っているわ」
* * * * * *
潜入捜査を警察が認められるようになってから、もう20年も経つ。
それまで殉職が一桁だったのが奇跡だろう、と岡山は思う。それほどまでに、最近の指定暴力団の仕事はあまりにも目に余り、そして残虐すぎた。
…いや、今も昔も変わりねえか
モニターを見ながら、岡山は問いかける。
「おい…高崎から連絡はこねえか」
「はい、昨日から何も」
岡山の問いに、ごつい大柄な男が答える。大学時代まで柔道部に在籍し、その腕を買われて機動隊にいた男だ。その横に美樹さやかが壁にもたれてあくびを噛みころしていた。
「おう、美樹眠たそうだな」
「へ、は、はい。まあ…」
「まあ、じゃねえ、そこはすみませんだろ、ボケ!」
岡山の怒声と同時に、笑い声が周囲で起きる。
無理もない。今日、美樹さやかは大遅刻をやらかし、さらにほんの少し前まで、主任である岡山にこっぴどく怒鳴られていたからだ。また怒鳴られてやがる…そんなノリで周囲の刑事は失笑に近い笑い声をあげているのだ。やせ細った、若い刑事が助け舟どころか、泥舟を提供するようにさやかに野次を飛ばす。
「美樹、お前恋人とよろしくやったからって、そんな眠そうにしてんじゃないぜ、ん?」
「はあ、そんなんじゃありませんっての!」
「島田、こんなションベン臭えガキに恋人なんてできっこねえよ、せいぜいぬいぐるみとよろしくやってたんだって」
岡山の冗談に、ど、とマル暴の室内が盛り上がる。当然顔を真っ赤にして怒るさやか。
「はあ、主任、それって、セクハラ、パワハラのダブルじゃ…」
「うっせえガキ!」
バン、とテーブルを叩いて、さやかと周囲を黙らせると、岡山は蒼い髪の部下を睨む。
「おめえのためにもう一回観てやってんだ、まばたきせずに見続けろ、いいな?」
「はい…」
口を尖らせたさやかを見て、何人かの刑事はまだくっ、くっと笑いを堪えたままだが、次第に周囲も静かになる。周囲を円滑にするといえば聞こえはよいが、どの環境にいても、彼女はこのようにからかわれる性質を持っているらしい。
…まったく、今日は厄日だわ
* * * *
――狙っている?魔獣が?
――ええ
黒髪の相方はテーブルに置いてあったキャミソールを着ると、ベッドの縁に座る。
「人と融合しているタイプよ、たぶん貴方より頭がいい…」
「はあ?なにかそれ嫌な感じ…」
「それに貴方より強いわ」
「え」
さやかは驚いた。相方が「強い」という単語を使うのを初めて聞いたから。
もしかして、彼女でも手こずったのではないだろうか…?
「それって、あんたでも…」
「ねえ」
ほむらはさやかの言葉を遮った。
「貴方はあの時何を見たの?」
「え…」
ほむらがさやかの目を覗き込む。そうして、まるで主人が飼い犬にでもするように、額を合わせ、ん?と返事を促した。
「さっきの言葉貴方にそっくり返すわよ」
「へ?」
「無理して何か抱え込んでいる貴方を見るのは、私も嫌なのよ、おわかり?」
「あ…」
そうか、そうなのだ。
私だって、彼女に肝心な事は何ひとつ喋っていない。自分の浅はかさに恥じ入ったのか、さやかは顔を赤くする。
「ごめんほむら…私自分のことしか考えて無くて…」
「喋る?」
「ん…」
そうしてさやかは口を開くが、ほむらの指で抑えられる。
「でもその前に、もう一回しましょ?」
相方は妖艶に微笑むと、さやかの喉に歯を立てた。
* * * *
…首を抑えながら、さやかはモニターに視線を向けた。
その後、結局、ほむらはさやかを解放した。
「どうせ、貴方を縛り付けても、暴れて手も付けられないから私が困るわ」
「ごめん」
「いいわ…でもその代わり、勝手に死んだら殺すわよ?」
かなり矛盾した言葉を、ほむらはドアへ向かうさやかの背中に投げかけた。
「うん、殺されないように頑張るわ」
そう言って、さやかは外へ出たのだ。
…先に相手を特定すれば、私でも勝ち目はあるかもしれない…
ほむらの足手まといにだけはなりたくなかった、せめて連れとして、最低限自分の身は自分で守れるようにしたい…。
数年前の自分を知っているということは、おそらく暴力団絡みのあの事件の時しかない。
後で、当時の事件報告書を見せてもらおう…そう考えながら、さやかは再びモニター画面に集中した。
* * * * * * *
ここ数日、マル暴の狭い事務室で、十数人が密集しテレビのモニターを見つめている。
生活安全課から借りたビデオの内容は、巷で売れ渡っているAVとはけた違いなレベルほど、生々しくて、残酷だ。
…だが、とさやかは思う。高校時代に見たあの地下室の光景に比べればまだましだと。
残酷なものに優劣を求めるのは下劣だが、もしあるとすれば、今見ている映像の方が残酷だ。しかし…過去の映像がフラッシュバックする。
腕輪をされ、鎖で繋がれた少女。見滝原中学の制服は無惨に切り刻まれていた。
思わずさやかは目を瞑る。トラウマになりかねないほどの衝撃を当時の彼女は受けているはずだが、それでも精神を制御できるのは、彼女が地球外生命体の搾取システムに取りこまれ、その代償に力を得ているためか。ふう、と聞こえないようにため息をつき、再び目を開ける。さやかの目が驚愕で大きく見開かれる。
モニターに白い服の男が映っていた。
「あ」
とさやかは思わず声をあげた。
再びフラッシュバックが起きた。
口から血を吐き懺悔する男。魔獣に取りこまれたホストの残骸。ひしゃげた男の死体。
そして…首から大量の血を流して死んでいた…白いスーツの男。
そうだ、あれは…あの時の白いスーツの男がやけに美しかったのをさやかは思い出した。
モニターの男と、さやかの記憶の男は恐ろしいほど美しく、そして酷似していた。
…こいつか
さやかと男はモニター越しに対峙した。
* * * *
さああ、と風が吹き、まどかの桃色の髪を揺らす。
「わあ、すごい風」
「まどか先生、そろそろ子供達を中に入れましょう」
「はい」
まどかと同じようにエプロンを着た中年の女性が、外で遊んでいた園児達を手招きして集める。
にこにこと人のよさそうな笑みを浮かべながら、まどかの方を見て、女性の表情は一変した。まるで恐ろしいものを見たかのように強張る。
「?どうしたんですか?」
不思議そうにまどかが女性の視線の方向へ振り返る、するとそこには黒い服に身を包んだ女性がいた。遠目でもわかるほど恐ろしいほど美しい女性が、門の傍で佇んでいた。
「ほむらちゃん」
「あら、まどか先生のお知り合いなのに…私ったらごめんなさい」
頬に手をあて、申し訳なさそうに女性は謝る。
なぜそう思ったのか分からないが、目の前の美しい女性が、一瞬、まるで大きな烏のように不吉なものに見えたのだ。
「大丈夫です、いきなりだからびっくりしたんですよ」
そう言ってまどかは微笑むと、ほむらの方を振り返り手を振る。美しい女性はただ頷く。
今度はまどかは手まねきした。
「ほむらちゃん、おいでよ」
「それじゃ、まどか先生、私は子供達と一緒に先に中に入ってますね」
「はい、私もすぐに入ります」
そう言って、まどかはほむらの元へ駆け寄った。
* * *
「畑山武43歳、8年前に新興団体を起こしている。特定指定暴力団との繋がりが強い」
会議室のスクリーンに映しだされた男の顔をさやかは凝視する。すると横に目付の悪い中年の男がドカ、と音を立てて座った。潜入捜査官の高崎だ。
「よう美樹、どうした色男だから見惚れてるのか?」
「高崎さん…大丈夫だったんですか?」
白いスーツに派手なワイシャツ、悪趣味な金のネックレス。
どうみてもヤクザの風貌をしたこの男は、もう8年も暴力団の世界へ潜っている。さやかも他の刑事も彼に対しては畏敬の念を持っていた。
「馬鹿にするなって、伊達にこの世界に「ダイブ」し続けているわけじゃねえ…それより、お前、潜りたいって本当か?」
「はい」
「すげえな、生まれて初めて俺は本当の馬鹿を見たわ」
「な…」
ニヤニヤ笑って、高崎はさやかの眼前に人さし指を振りかざす。
「いいか、この世界には男しかいねえ、単一性の任侠の世界なんだよ」
「…」
「お前が女だからダメってわけじゃねえ、お前が優秀なのはわかってる、だが…女子大に優秀な男刑事が学生として潜入できるか?違うだろ?」
わかりやすすぎる説明を高崎はさやかに続ける。
「だからと言って、お前を「女」の役割で潜らせたくはねえ…それは絶対に嫌なのさ、俺も岡山さんも」
「主任も?」
意外だとでもいうように、さやかは驚いた。そうして、プロジェクターの傍に立ち、必死に説明を行っている白髪の上司を見つめた。
「ああ…もったいなくてな、お前はいい刑事になるよ」
「……」
黙り込む蒼い髪の女性を凝視して、高崎はにやりと笑った。
「それに、お前にそんな役割無理だろ?むしろ男のフリして潜った方が自然な気がするぜ?」
「ちょっと…」
むっとした表情のさやかをからかうように、高崎はニヤニヤ笑って、その背中を叩く。顔をしかめるさやか。
「なあ、美樹、昼付き合えや、お前の知りたがっている情報教えてやるからよ」
「……どうせ、奢れって言うくせに」
「察しがいいじゃねえか」
ニヤリと高崎は笑った。
* * * * *
比較的大きな警察署には武道場以外にもトレーニングルーム、そして大きな食堂がある。小さな警察署の職員は、それを見るたびにうらやましがるが、むしろ外に出て食事をしたいさやかにとってはあまり興味が無い。高崎も同じだったのだろう、二人は外へと出かけた。
「…奢るって言ってもそんな高いの無理ですよ?」
「馬鹿野郎、食堂で高いっつってもたいしたことねえだろうに」
「私は今月苦しいんですよ」
ふん、とそっぽを向くさやかを面白そうに見下ろす高崎。長身のさやかよりも、更に彼は大きかった。二人は路地裏へと向かう。暗い、暗い場所へと。
どちらともなく歩を止めた。
「なあ美樹…」
「……」
「いつから知ってた?」
辛そうに自分を見上げている蒼い髪の仲間を、高崎はただ笑みを浮かべ見下ろす。
「最初から」
「さすがだな…お前はいつも「こんなの」を相手にしてるのか?」
「……」
「俺は…驚いたよ…こんなのがこの世にあるんだ…なっ…」
苦しそうに高崎は前のめりになり、唸る。ぐはあ、ぐはあ、と苦しそうに口から何かを吐いている。あああ、とさやかは苦しそうに叫び、顔を抑える。
「高崎さん…ごめんなさい、ごめんなさい!」
「馬鹿野郎…お前のせいじゃねえ、あいつだ…畑山が悪いんだ」
そう…さやかは高崎が接触してきた時から、気付いていたのだ。彼の身体の中に巣くう魔獣の存在に。だが、高崎は意思を持ってここまで来た。
「…お前を連れてこいと命令された…どっちみち、俺にその気はねえ、だが、断ったら女房がヤラレてた…同じことよ…」
ひゅう、ひゅう、と高崎の息が漏れる、すでに人間としての命は事切れていた。
う、と呻いて、高崎が前のめりになる。
「いいか…美樹…お前のせいじゃねえ!だから…」
そう言い残して、高崎はうつ伏せに倒れた。びくんと、高崎の身体が跳ね、上体が持ち上がる。
「オオオオ…オオオオオオオオ」
すでに高崎ではない、赤い目の何かがさやかを凝視し、咆哮する。
「ああああああああ!」
さやかは叫ぶ、もうおかしくなりそうだった。頭を掻き毟りながら、もう片方の手で銃を取り出す。官のものではない、非合法のものだ。涙と鼻水を流しながら、銃口を高崎に向ける。だが、手が震えて定まらない。
「あはははは、お涙ものですねえ、安い安い」
いきなり、コマ送りしたかのように、さやかの背後に男が現われた。
白いスーツの男だ。
「……お、お前…」
怒りの形相でさやかは男を見た。対して涼やかな表情の男。
「お久しぶりですね、蒼い髪の少女さん、いや、今は立派な大人ですねえ」
男は唇に指をあて、優雅に小首をかしげると囁いた。
「でも、そんな必死な顔も魅力的ですね」
「ああああ!」
さやかは吠えた。
男の顔に銃口を向けた。
パン、パンと銃声が立ち続けに鳴り響く。
「そんなので当たる訳ないでしょうに」
ぴったりと小柄な男はさやかの背中にへばりつく。ぞわっと悪寒が走った。と、次の瞬間、轟音と共に、さやかは壁に叩きつけられた。
「…っ」
声が出ない。そのまま泥水に這いつくばるような格好で倒れる。
さやかの視界に高崎だった魔獣が映る。そこを邪魔するように白い嫌みなほど磨かれた靴が映し出された。
「レディーに手荒らなマネは無粋ですが、貴方は特別ですよ」
「何…」
と、さやかの右手が持ち上がった。ぞうきんのように絞りあげられる。
思わず悲鳴をあげた。必死で防御魔法を発動するが、間に合わない。バキン、と嫌な音を立てて、さやかの腕が折れた。
「…ッ…ああああ」
痛みで身体が自然と震えた。ほふく前進をするかのように身体が動く。
「銃無しで、貴方が魔獣と戦えるか楽しませてくださいね」
傍でフフフと笑う男の声を聞きながら、さやかはただ、苦しそうに顔を歪める。
その蒼い瞳には、かつて仲間であった魔獣が映し出されていた。