盈虧26日目
深い悲しみにより痩せ衰えること。また、そのさま。
それが悲しみによるものかは知る由もないが――或いは幸福ですらあるのかもしれない――、彼女は、
見る人によっては、モデル体型などと
普段は衣服の下に隠れているそれらの被虐の証は、容易く手折れてしまいそうなほど、脆く、故に愛しい。
「
その侮蔑と糾弾の一言は、
声の主、葵は、ダブルベッドの上で身体を重ねるようにしていた私をニヒルな瞳で見つめていた。
お互いに身につけているのはショーツのみという状態だが、事ここに至っては、今更それを気にするような間柄でもなくなっていた。
動きを止めたのは手先だけではなく(丁度肋骨と乳房の境を撫で上げるところであった)、私は自らの身体全体を、まるでストロボに切り取られたかのように静止させた。
ここで述べておきたいのは、この時の私は彼女の言葉に従ったわけではないということだ。
では何故か。
それは、彼女にキモがられることへの忌避からでも、陶然たる忘我より戻ってきたからでもない。
所作を
「寝煙草はよくないんじゃないの?」
言いつつ私も自分のアメリカン・スピリットを手に取る。
「わたしは寝落ちとかしないからいいの」
「
「だからこうして、始める前に吸ってるんじゃない。誰かさんと違って」
「うぐ」
以前、
「まぁ、多少シーツ焦がすくらいなら、わたしに迷惑がかかるわけじゃないからいいけど」
「ホテル来たらいつも物の扱いが雑になるもんね。あ、火貸して」
「ん」
煙をくゆらす煙草を
「そっちじゃなくてさ」
私は煙草を銜えたまま、その先端を彼女の煙草に触れさせる。そのまま軽く吸うと、自らの口腔内に芳醇な煙が広がり始めた。
「んー、微妙にアイブラの味移ってる」
「……好きだよね、
「だってなんか、いいじゃん」
「わたしは、そうでもないんだけど」
初めの頃の
「ご、ごめん」
思わず私は僅か跳びずさり、詫びる。
彼女はそれを特に気にした様子もなく、煙を吐き出した。その動作に伴って、形の整った縦長の
私はそれを
私も彼女も燃え尽きた煙草を灰皿で揉み消すと、それが合図だった。
どちらからともなく、相手の肌に指を這わせ、一方は背中に手を回し、他方は髪を
私はいつものように彼女に覆い被さり、首、耳と接吻する。
「…………電気」
「うん」
乞われ、枕元の端末で有線放送と灯りを操作する。
部屋はしんとした無音、互いの表情が見える程度の最低限の明るさ。
桃色吐息。
ややの間見つめ合い、唇を重ねる。
それぞれの唇を触れ合わせるものだったそれは、やがて舌を絡ませ合う濃密なものへと変わる。
「ん………………ふ」
葵の薄い唇を、上唇、下唇と交互に吸い上げる。
抱擁するように両腕を彼女の頭に回し、再び舌を絡ませる。
暫く、
舌に唾液を多分に含んでやると、返報するように彼女からも唾液が送り込まれてくる。それを口腔内で混ぜ合わせ、嚥下する。
「………………」
特にそう示し合わせたわけではないが、私と葵、両者の間で、互いに了解していることがあった。
言葉を交わさないこと。
この不文律を遵守しているからこその関係というわけでもなく、反故にしたからといって解消されるというわけでもない。それは一種の格率にも似たア・プリオリな制約だった。
必ずしも言葉による愛の明確化を見下げてはいないが、私は、いや、私
愛の在処はどこに? 真の心は何に宿る? 誠実な言行とやらは何に依存する?
私の思うに、少なくともそれは言葉の中にはなく、であれば、寡言にして確かに形を持つ行為の中にこそ在るのだ。
だからこそ、そうした反骨にも似た信念は、私の内に秘められ、
口付けを続けたまま(不思議なことにいつまでも飽きない)、彼女の身体にそっと触れる。無駄な肉のないその肢体は、女の私から見ても羨ましいほどほっそりとしており、時折自分と同じ人種なのか疑ってしまうほどだった。そうは言っても私自身痩せている方だとは思うが、彼女に比すれば、それはどうしても見劣りしてしまう。
(こういうのを、
蜂の身体のようにはっきりとしたくびれを持つその腰つきは、目にする者全てを魅了してやまないだろう。無論、私もそのうちの一人である。
腰から、少し浮き出た肋骨を経て、私の指は慎まやかな双丘に辿り着く。当たり前のことではあるが、沈み込む指先から感じる柔らかさと、それでも僅かに押し返してくる弾性とは、 "そこ" に触れることができる、という事実を他に置いても、感嘆の息を漏らさずにはいられない。
以前そのサイズはBだと言っていたが、そんなことは瑣末だった。
肝心なのは均整であり、全体のバランスである。或いはアンバランスにこそ美を見出す好事家もあろうが、私にとってはやはり、彼女の身体つきこそが理想だった。女性のイデアとまでは言うつもりはないが、少なくとも、彼女を醜悪と
そして、わざわざ明文化するまでもないことだが、これらはあくまで私見であり、私の好みの話である。口に出して彼女に伝えることそのものは
とはいえ私が先験的に多弁を好まないことには変わらず、そんなことに現を抜かしている暇があるのなら、少しでも多く彼女とのまぐわいを堪能したいというのが偽らざる本音であった。
「……ぁ……んん…………」
わざと爪を立てて乳輪の縁を円を描くようになぞる。それだけで彼女はぴくりと身体を震わせ、自らの太腿を擦り合わせた。
ぴちゃぴちゃと作為的に立てられる水音を更に求めるように、依然として彼女の舌が懸命に差し込まれてくる。しかし私はそれを中途で切り上げ、互いの混ざり合った唾液の糸を垂らしながら、小ぶりな乳房に舌を這わせた。
「は…………んぁ……っ」
先程まで指でそうしていたのを反復するように、舌で乳輪をなぞり、不意に乳頭を舐め上げてやると、普段の
この期に及んで、葵は自らの声が漏れるのを未だ恥じらっているのか、唇をぎゅっと閉じていたようだった。だがそれでも、押し寄せる悦楽の波がそれを許すことはなく、口の端から吐息が漏れ出てしまう。
そんな彼女の悶える姿が、よりいっそう私の嗜虐心を煽っていた。
彼女も更なる快を求めてか、私の頭を自身の胸に押しつけるように抱えていた(おそらく無意識であろう)。
私は右手で彼女の腰にそっと触れ、下腹部へと手を伸ばす。呼吸の度に上下する臍の辺りから少し下を撫で、ゆっくりと押してみる。
「――ん゙ッ」
子宮を上から押され、普段の嬌声とはまた違う、呻きにも似た吐息が彼女から漏れる。
外部からの圧迫によってオーガズムに至る者もいるそうだが、葵の場合はそこまでではないらしい。とはいえ何も感じないわけではないらしく、開発というほど大仰なものではないが、私はこうして機を見ては継続的に試していた。
その経過に関しては、私としても初めての試みではあったし、そもそも彼女と
(こういうのって、他の刺激と同時に責めることで、擬似的な快楽を起こせるとか聞いたことあるな)
私は再び彼女に唇を合わせ、舌を絡ませる。快を求めるように伸ばされる彼女の舌を、同じような動きで貪る。くちゅくちゅと作為的に水音を立てているだけで、いつまでもお互いにえも言われぬ多幸感があるのだから、キスというのは不思議なものだ。
勿論それだけで完結させるつもりはなく、私は並行して彼女の下腹部を強く、ゆっくりと掌底で押し込んでいく。
「ふぁ…………ん゙ん…………」
少し苦悶も混ざっているだろうか、しかし彼女は悪くない反応を見せた。
あまりやり過ぎるのもよくない気がするので、私は、そこから彼女の秘部へと手を伸ばす。
下着越しに触れた
びくりと彼女が身体を震わせる。
この薄い布を隔てた先では、快の泉を湛えている。しかし私はすぐに直接触れるような野暮なことはせず、その上から中指で入口をなぞった。何度かそれを繰り返して、不意に陰核のあるであろう場所を素早く撫で上げる。
「んぁ…………っ………………はぁ……はぁ…………」
その都度、彼女は甘い吐息を漏らした。そしてそれに呼応するように、泉から甘露が湧き出て、下着に円い沁みを作った。
(このままもっと焦らしてもいいけど、アオちゃん下着が汚れるの嫌がるしなぁ)
私はそれを頃合と見、下着の中に手を差し入れた。
ぐちゅ、と温かい粘液が指先に触れる。滑り込ませた指が密着していた秘所とクロッチとを離し、ぬるぬるとした糸を引いた。
濡れている、それもぐちょぐちょに。
それを指先で感じると同時に、私の奥からも熱いものが溢れる感覚がした。錯覚ではあるまい。私はこの状況に、被虐の
無論、彼女との今の関係は双方の合意に基づくものだ。誰かに脅されているわけでもなく、
だとすれば、私の胸中に蟠るこの仄暗い悦びは、どこから来るのだろうか。
嗜虐の故か、略奪の故か、
蜜壷の入口を中指でなぞり、馴染ませる。
故意にぴちゃぴちゃと音を立てると、
私は空いている左手で、逸らされた彼女の顔をやや強引にこちらに差し向けた。
灯りの乏しい室内で、私が覆い被さっていてもなお、頬の紅潮が見て取れる。それまで私の愛撫に集中できるよう閉じられていた瞼は、僅かに開いて、栗色の瞳が私を見つめた。
再び接吻されると思ったのか、喘鳴混じりの吐息と共に、彼女が少し口を開く。
が、私はそれを無視して、濡れそぼった下の方の口(下品な言い方かもしれないが)に中指をゆっくりと挿し込んだ。
「――あ……っ!」
不意に挿入された指の感覚に、彼女が甲高い嬌声をあげた。
彼女自身の愛液にまみれ充分に潤滑する指は、すんなりと割れ目の中に吸い込まれていく。容易に私の指を呑み込んだ彼女の膣内は、熱く、狭く、絶え間ない
自らの体内に異物が入り込み蠢く感覚は、本能的に違和感を覚えさせるだろう。そして女というのは、どうやらその違和感をこそ快楽として受容し、悦ぶ生き物らしかった。
このまま彼女の一番
彼女がそれを見て、妨げるように手をこちらに伸ばすが、私は他方の手でそれを制する。悲しいかな、腕力では私の方に少し分があった。
私は彼女の両手首を交差させ、左手で纏めて掴んで彼女の頭上の枕に押さえつけた。
両腕を拘束され、隠されることのなくなった彼女の肢体を改めて熟視する。
反った体勢で晒されたその身体は、つんと上を向く桜色の乳首も、慎ましく均整のとれた乳房も、痩身故に浮き出た肋も、過不足ない筋肉を備える腹部も、縦長の臍も、歳の割には薄い陰毛も、すらりとした太腿も、そして諸処に見受けられる青黒い痣や臍周りの無数の円い火傷痕も、全て私の前に露わになっていた。
美しさも醜さも同時に存在するその身体と、そして今それを独占できるのは自分だけだという事実が、私を蕩然とさせる。
自らの唾液と彼女の淫蜜で、僅かながらもてらてらと光を反射する中指だけでなく、私は薬指をも咥え、同じように濡らす。
それの意図するところを察さない葵ではなかったのだろう、彼女は期待と含羞を帯びた表情で、こちらを見つめた。
二本の指を再び彼女の入口に添える。
とろりとした透明な液体が溢れ、垂れている。それを指先で掬い取り、熱っぽい割れ目とその上の突起に塗りたくる。葵が腰を捻るように身体を
中指と薬指をゆっくりと花弁に滑らせ、その中へ滑り込ませていく。
「ん…………はぁ……っ」
より強い圧迫感が二本の指を締めつける。それも構わず根元まで挿し入れ、膣内でくの字に折り曲げる。私は指先の感覚で、膣壁を撫で上げ、凹凸の多い箇所を探し当てる。
「んん……ッ!」
そこを指の腹で押し込むようにして擦ってやると、息遣いが一際鋭くなった。
(やっぱ
ぐりぐりと彼女最大の弱点を指先で擦る。その運動に伴い、掌と膣口に間隙が生じては埋まり、ぐちゃぐちゃと粘ついた音を立てた。
膣壁を内側から恥骨に押しつけるようにして繰り返される愛撫は、色っぽい吐息などという域をとうに超え、彼女を喘鳴のような荒い嬌声へと変えさせていた。
「アァッ…………は……んぅ…………はぁ………………ひゅぅ…………んぁあ……っ!」
断続的な指の動きに合わせて喘ぎ、腰をくねらせる葵。
常であれば、声が漏れるのを恥じらい手で口を覆うが、私に両手首を拘束されている以上、それは能わない。それでも僅か
ぐちゃぐちゃの粘性を纏う陰部から、徐に
(……イキそうかな)
依然としてGスポットを刺激する指の動きに間断を生ませないまま、私は彼女がオーガズムに達しつつあることをなんとなく察する。
「あっ……はっ……はっ……はぁ…………んん、はぁっ……あっ……!」
意識をそこに集中させているからなのか、快楽の
秘所の中を掻き混ぜる指から腕に伝う白い粘液が、後から湧き出てきた澄明な体液に流されていき、汗と混ざり合って真っ白なシーツに水溜まりを作った。
「んッ……ひぅ…………あ…………まり、な…………」
「――――っ」
葵が頬や耳を紅潮させ、唇を引き結び、
彼女に出会うまでそんなことはなかったはずなのに、こうして身体を重ねるようになって、同性を相手に性的興奮を覚えることは私にとって不自然なことではなくなってきていた。無論、それは催馬楽葵という女に対してのみ発露する現象であり、必ずしも私がバイセクシャルだとかレズビアンだとかそういう括りに内含されるものではない。とはいえ、私が彼女に魅せられ惹かれていることは、今や疑いようのない事実である。
つまるところの論旨は、私が彼女の快感に身を悶えさせる姿にときめいてしまったという、ただそれだけのことだった。
私は堪らず指の動きを一気に速め、彼女を絶頂に導く。
激しく立てられるぐちゅぐちゅとした淫猥な音と怒涛のように押し寄せる刺激に、彼女は身を捩り脚をぴんと伸ばした。
「あっ、あっ、あっ、ダメっ、まりなっ、あっ――」
腰を浮かせ、私の愛撫に合わせて前後させる葵。
そして寸分の間を置くこともなく、
「イ、く――ッ!」
彼女は一際大きく全身を震わせた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…………」
それから葵は身体をぐったりとさせ、肩で大きく息をしている。
まだ少し痙攣している彼女の膣から指を引き抜くと、生暖かい体液が指先から滴った。
自分の股間に目をやると白濁した粘液が太腿を伝っており、それを濡れた指で掬い上げて自らの陰唇に擦りつける。それ自体には何の催淫効果もないはずだが、電気が走るような感覚に私は身体を震わせる。
「――アオちゃん、今日はちょっと潮噴いたね」
「そういうのは、言わなくて、いい…………」
私は彼女の汗で濡れて額にくっついた前髪を掻き分けてやると、そっと接吻をした。
私は何をするでもなくスマホを手にまた煙草を吸っていたが、葵の方は、スマホの機内モードを解除した途端に「うっわ」と眉を顰めていた。
「どうしたの?」
「あいつから鬼電来てた」
そう言ってスマホの画面をこちらに見せてくる。見れば確かに、同じ人物からの着信履歴で画面が埋め尽くされていた。
「はぁ〜、どうしよ、これまた帰ったらめんどいことになるなぁ〜」
長い溜め息を漏らしながら硝子のローテーブルに突っ伏す葵を横目に、私は短くなった煙草を揉み消す。
「普通に友達と会うって言ってあるんだよね」
「そうだけどさ〜、いちいち電話寄越してくるし、出られなかったらその時何してたのか問い詰めてくるから、後で説明しなきゃいけないんだよ」
「うわぁ、モラハラ」
「モラハラ
「…………」
「まぁ鞠那は気にしないでいいよ。今回だってわたしから誘ったわけだし」
あ〜めんどくさいどうしよ〜、とぼやきながらテーブルに突っ伏したままの葵を、私は黙して見つめることしかできなかった。
あくまで私と葵との関係は、
私自身の気持ちとしては既にそれを逸脱しているが、一般的に外面や建前や世間体といったものは、生憎そんな私を受容できるようにはできていなかった。そんなものは、エスプレッソとミルクのように、一見混ざり合っていても本質的に同化してはいないのだ。ロカビリーはロックンロールを内含しないし、ジェイソン・ボーヒーズはチェーンソーを持たないし、
だからこそと言うべきなのかもしれない。
「…………アオちゃん」
「なにぃ?」
たまにはそういうペリペテイアがあってもいいんじゃないか、そう思った。
私は隣に座る彼女の内腿をさすりながら、耳元に口を近付け囁く。
「――どうせだったら、もう一回シよ」
当惑からか目を瞠る葵を、横から腕を回して抱き締める。
「え、ちょ、もうチェックアウトの時間なんだって」
「延長する」
「カラオケみたいに言ってくれる……」
そういうわけで。
私、灰鞠那は、もう少しの間、彼女を独占することにしたのだった。