「うっへ~……。ジメジメするねぇ、もう! まだ6月だってのによぉ? 暑いったらないぜ、ったく……! それにしても……なかなか着かねぇ~なぁ~。……おい、鬼太郎! ホントに道、こっちで合ってんだろうな!?」
「んー……。多分合ってるはずだよ」
「多分?! おいおい、そんな適当なこと言ってくれちゃあ困るよ? なんか雨降ってきそうなんだからよぉ!」
確かにねずみ男の言うとおり、空に暗雲が垂れ込めてきている。
「降ってきたら、幌を閉めればいいじゃないか」
「壊れてて閉まらないの!」
「……あ」
「なによ?!」
「やっぱり道、ちゃんと合ってるみたいだよ」
「ホントかぁ?」
「ああ。だって、ほら」
鬼太郎が指差した先に木の看板があり、そこに『鬼宮村』という文字が書かれていた。
それを見てねずみ男が、ホッと安堵の息をつく。
「やれやれだぜ、まったくよぉ。……って言うか、そもそもなんだって俺様がそこまで連れてってやんなきゃいけないわけ?」
「鬼宮村にはつるべ火がないんだよ」
「鬼宮村になくてもいいじゃねぇか! つるべ火の灯篭で行けるところまで行って、そこからは歩いて行きゃあいいだろ?!」
「めんどくさいし」
「はぁ?!」
「……固いこと言うなよ。お茶漬け奢ってやっただろ?」
「お茶漬けぐらいで恩に着せるなよ! 俺のほうがもっと色々奢ってやってるだろうが!」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
「ふーん……。それより、あれ。そろそろ見えてきたんじゃないか?」
「話を逸らすなって……お! ホントだ。家が見えてきたじゃないの!」
長時間の運転からようやく解放されることが嬉しい様子のねずみ男。
急ぎ、車を走らせる。
スピードをあげたせいで、ボロ車がガタンガタンと大きく揺れた。
「わぁ! ねずみ男! もっとゆっくり走らんか~~~!」
「悪いね、親父さん。俺は疲れてんの! さっさと降りて休みたいのよ!」
目玉おやじの言葉を無視して、ねずみ男はアクセルペダルを強く踏んだ。
* * *
……結局あれから更に30分ほどあぜ道を走った末、やっと目的地に辿り着く。
「よっしゃ~、到着! ……って、おいおい! ホントにここかよ!?」
「そうみたいだね」
自分宛てに届けられた手紙の差出人の名前と住所。
それと表札を見比べて、頷く鬼太郎。
「すげーお屋敷じゃねーか! これはビビビときたぜぇ~! すいませ~ん! あの~、こんばんは~!」
ねずみ男が揉み手しながら大きな声でそう言うと、しばらくして使用人と思しき女が顔を出した。
「鬼太郎さんでしょうか?」
「はい」
「……お待ちしておりました。さぁ、どうぞ」
「へっへっへ~。失礼しまぁす!」
女の案内に従い、門をくぐる。
「おいおい、鬼太郎ちゃ~ん! ここよぉ、ホントにすげーな! 見ろよ、この庭! めちゃくちゃ広いじゃねーか! ……なぁ。おめぇ、この家の人になに頼まれたのよ?」
「さぁ」
「さぁってなんだよ! 言えよ! 俺ら親友だろ?!」
「まだ分からないんだよ。ただ頼みたいことがあるとだけ書いてあったから」
「ウソつくなよ! なんでそれだけでこんなとこまでやってくるんだよ!」
「ホントだって」
などとボソボソ言い合う内、玄関口に着いた。
そこからは、また別の女が『依頼人』が待つ部屋まで案内する。
その間にも多くの使用人とすれ違い、また部屋までの距離も遠かったため、ねずみ男は金の匂いを嗅ぎ取って、ビビビとヒゲを震わせた。
「どうぞ、お入りください」
とある部屋の前で女が足を止め、入室を勧めてきた。
鬼太郎は「失礼します」と襖を開き、中へと入る。
「……よくおいでくださいました」
和服姿の男が、鬼太郎達の姿を見るなり頭を下げる。
美丈夫だが、陰気くさい男だ。
「へっへっへっ、初めまして~! わたくし、鬼太郎先生の秘書のねずみ男です~!」
「鬼宮一二三と申します」
「ほうほう、鬼宮さんね! よろしく~! ささっ、さっそくお話お伺いしましょう! ねっ!」
男が頷き、「実は」と口を開きかけたところで、「お茶をお持ちしました」と、襖越しに声がかかる。
「……入れ」
「失礼いたします」
ススッと静かに襖が開き、女が部屋へと入ってくる。
その女は瑠璃色地に、流水と桔梗がデザインされた着物を着ていて、見た目にも涼しげで、つい見惚れてしまう。
「…………」
女は、鬼太郎を見るなり――
「……遠路はるばる、ようこそおいでくださいました」
深々と頭を下げた。
「あ……! い、いえ……、その……どうもっ……」
見惚れていたことに気付かれたかと思い、激しく狼狽する鬼太郎。
そんな鬼太郎のことを女は、嬉しげな、しかしどこか悲しそうに微笑んで、じっと見詰め返している。
女のその儚げな雰囲気にドキリとし、鬼太郎はポッと赤く頬を染めた。
「……失礼いたしました」
女はもう一度鬼太郎に向かって頭を下げたあと、茶を置いて出ていった。
「…………」
なんとはなしに、女が出ていったほうを目で追っていると――
「……アレは私の妹で、桔梗と言います。鬼太郎さんはアレのことを、どう思われますか?」
唐突に、一二三がそう聞いてきた。
「え!? いや、その……綺麗な人だと思いますけど……」
「…………」
「……じっと見たりして、失礼しました」
「いえ」
「…………」
しばらく互いに沈黙した後、一二三が咳払いと共に口を開く。
「鬼太郎さん」
「はい」
「……桔梗と、子を成していただけませんでしょうか」
「ッ!?」
予想だにしない言葉に、思わずブーーーッと茶を噴きだしてしまう鬼太郎。
「おいおい! 汚ねぇなぁ、もう!」
「ご、ごめん……。でも、だって……」
「……そんなに驚かれますか?」
「当たり前でしょう! そんな……いきなり……子供をって言われても……」
見る間に赤くなっていく、鬼太郎の顔。
心底困惑しているようで、モゾモゾと急に落ち着きがなくなってくる。
それを見かねて、彼の父親が顔を出した。
「のぅ、鬼宮さんや。子を成せとは、いったいどういうことじゃ?」
「鬼太郎さんの……妖怪の血が欲しいのです」
「妖怪の血じゃと? なぜ今さら? 妖怪の血ならお前さんにも流れておるじゃろう」
目玉おやじの言葉に同意するかのように、鬼太郎の妖気がビビッと反応している。
「お察しとおり、私の身体には鬼の血が流れています。鬼宮の初代当主が鬼と交わりましたので」
「ふむ……。つまり半人半妖じゃな?」
「はい。しかしその血も今や薄れてしまい、妖力も思うように使えません。そこで、鬼宮家に再びアヤカシの血をと思い、手紙を出させていただいたのです」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 薄れても別にいいじゃないですか! これからは人間として生きていけば――」
「……鬼宮の血を絶やすことは、先祖が許さないでしょう。そして村人も……」
「……なら桔梗さんでなく、あなたが誰かと結婚してはどうです? あなたにはまだそれなりに妖力が残っているように見えますが」
「そうじゃのう。鬼太郎の妖気もバッチリ反応しとったし」
「そう出来れば良いのですが……当家は末子相続なのです」
「なんと、末子相続か……! ふむぅ……昔は多かったのぅ」
「でも、そんなことにこだわる必要はないでしょう? 古い風習や慣習に縛られて、桔梗さんの気持ちを無視するなんて――」
「まぁまぁ。そう言うな、鬼太郎。どこの家にも事情はある」
「ですが……」
「つ~かよ~、いいじゃねーか。減るもんじゃねーし、やってやれば。お前、いったい何が不満なわけ?」
「不満があるわけじゃ……」
「では、お願い出来ますか?」
「え!? や、それはダメです! 無理ですよ!」
「なんで?」
「そんなの、当たり前だろ! ……とっ、とにかく! この話はお断りさせていただきます」
「……そうですか。ですが、今日はもう遅い。田舎ですし、夜道の運転は危ないでしょう。どうぞ、うちにお泊まりください。……多恵さん」
名前を呼ばれ、凛としたスーツ姿の女性が「はい」と顔を出す。
「皆さんに、部屋の準備を」
「かしこまりました」
「……すみません、お言葉に甘えさせていただきます」
鬼太郎は一二三に会釈し、彼の部屋を後にした。