「ふあぁぁ……ぁぁ……」
朝食の席で、大きなアクビをする鬼太郎。
結局、朝告げ鶏が鳴くまで桔梗と抱き合っていて、ろくすっぽ寝ていない。
「…………」
「あ……すみません、父さん……」
「……いや。それより、ねずみ男に聞いたんじゃが、昨夜は大変だったみたいじゃのぅ」
「はい……。でも、桔梗さんと鬼宮さんがいたので、なんとかなりました……」
「ふむ。死人が出んで本当に良かったわい」
「はい、本当に……ふあああああ……ふぁぁ……」
「……ずいぶん眠そうじゃのぅ……」
「何度もすみません……」
「……まぁ、仕方ないのぅ。鬼と盛ってきたんじゃから」
「え……!?」
「ん? 桔梗さんと交わってきたんじゃろう?」
「ええッ!? い、いやっ、その……それは……あのっ……」
「隠さんでもええ。彼女の匂いがお前についておるのでな、分かるんじゃよ」
「匂い……ですか……?」
「ああ、彼女は体身香の持ち主じゃな。嗅いでると、たまらん気分になるじゃろう?」
「あ……はぁ……、まぁ……」
「それも鬼としての妖力の一つなのかもしれんのぅ」
「あの……鬼って……?」
「薄いとは言え桔梗さんの身体にも、鬼の血が流れておる。鬼の血を引く、イコール魔物じゃよ。じゅうぶん魔性を放っておるわい」
「そう……なんですか……?」
(魔物と言われても……ピンとこないな。あんなに……花のように綺麗な人なのに……)
そう思うに連れ、無性に桔梗に会いたくなった。
別れてまだ、さほど時間は経っていないのに。
「……まぁ良い。人間なら問題じゃが、彼女は一応は鬼。子が出来ても、差し支えあるまい」
「こ、子供って……! まさか、まだ……そんなっ……」
「何を赤くなっておる。それが目的で契ったのじゃろう?」
「それは……まぁ……そうなんですけど……」
「なら良いじゃないか。胸を晴れ、鬼太郎……!」
ポンッと父親に背中を叩かれ、「はぁ……」と頼りなく応える鬼太郎。
確かに子が出来ればと思い、一夜を共にしたのだが……実際心は、そこにはなかった。
自分はただ純粋に、桔梗を抱いたのだ。
たった今、それに気付いた。
(桔梗さん……。僕は……あなたを――)
「……おはようございます」
一二三の声により、思考を打ち消される。
「あ、お……おはようございます……! 体調のほうは、もう……?」
「はい、すっかり。鬼太郎さんには大変お世話になりました」
「いえ、そんな……」
通じた相手の兄と思うと、なんだか急に話しづらくなってしまうもので、鬼太郎は一二三から目を逸らしつつ、ポリポリと頬を掻いた。
「……鬼太郎さん」
「は、はい……」
「妹を、なだめてくださったみたいですね……」
「え……、いや、その……まぁ……」
「……ありがとうございます」
一二三から目を背けていたため、彼がどんな顔をしてそう礼を言ったのかは分からない。
ともかく一二三は礼を述べたあとお辞儀をして、去って行った。
(……ふぅ、緊張した……)
心臓がバクバク言っている。
スーハーと呼吸を繰り返し、気を鎮めていると――
「……鬼太郎さん」
涼やかな声に呼ばれた。
「あ……はいっ……!」
聞きたかった声を聞き、急ぎ顔をあげる。
「おはようございます……」
はにかんだ笑顔をこちらに向けてくる桔梗。
その笑顔が眩しくて、つい顔を俯かせてしまう。
「お、おはようございます……」
「…………」
「その……傷の具合はどうですか……?」
「え……?」
「あ! いやっ、あの……その……すみま……せん……」
「いえ……」
そう言ったきり、黙り込んでしまう二人。
「なんじゃあ、いい若いモンがうじうじと! ちょっと二人で散歩にでも出てきたらどうじゃ? ん?」
「散歩に……ですか?」
「うむ。シュークリームでも食べてきたらええ」
「シュークリームって……それ、父さんが食べたいだけなんじゃあ……」
「否定はせん。土産を頼む」
そんな鬼太郎と目玉おやじのやり取りを見て、桔梗は「くすくす」と楽しげに笑い――
「鬼太郎さん。私もシュークリーム、食べたくなってしまいましたわ。お店まで、ご一緒してくださる?」
と、尋ねてきた。
断る理由など何もなく、鬼太郎は「はい」と頷いた。
* * *
「……なんだかすみません、気を使わせちゃって」
「いえ、本当に食べたくなってしまったものですから」
夏の日差しが照りつける歩道を、カランコロンと下駄を鳴らして並んで歩く。
「今日も……暑いですわね」
「そうですね……」
そんな他愛のない会話を交わしながらも、実は緊張の連続で、先ほどからもうずっと、暑さのせいではない汗をかいてしまっている。
(桔梗さんは昨夜のこと……なんとも思ってないのかな……?)
顔をあげて、チラリと桔梗に視線を向けると、その先をねずみ男が歩いているのが見えた。
「あ、ねずみ男」
「あら……本当。ねずみ男さんも、お誘いしましょうか。昨日、声をかけずに帰ってしまいましたし……謝りたいわ……」
「そんなの、気にしなくていいですよ。しかしあいつ、最近あまり会わないけど……コソコソといったい何してるんだろう……」
「食事のほうは、ちゃんと摂ってくださっているようですけれど……」
「ハハ……。そういうところは、ちゃっかりしているやつでして……」
などと苦笑するうち、ねずみ男の姿は見えなくなってしまった。
「……あれ? どこに行ったんだろう……?」
「あの先は、神社ですわね」
「う~ん、神社に用があるとは思えないんだけどなぁ……」
首をひねる鬼太郎の頭に、ポタ……っと冷たいものが落ちてきた。
そして、「あ……」と桔梗と言い合う間に、ザーーーッと本格的に雨が降ってきた。
「すごい雨ですわね……」
「ええ……。急で、びっくりしましたね……」
「ここからなら、家より神社のほうが近いですわ。そちらに行きましょう」
言って桔梗は鬼太郎の手を取り、鬼宮神社へと急いだ。