「なッ……! えええぇぇぇッ!?」
一二三の前で、驚きの声をあげるねずみ男。
「き、鬼太郎のやつと桔梗さんとが、出来ちまったってぇ!?」
「……はい。どうやらそのようです」
(ちょ……ちょっと待てよ、おい……。あいつらが出来あがっちまったら……今、俺がやってることは……って、ああ! そうだよ!)
瞬時に頭の中で算盤を弾き、ねずみ男は一二三に向き直って「コホン」と咳払いをしたあと――
「……いやぁ、俺の説得がきいたみたいですね。……いやね? 実はあれからも、無駄かなと思いながらもずっと言い続けてたんですよぉ! 桔梗さんを孕ませてやれってね……!」
そう一気にまくし立てて、ふんぞり返った。
「……そうですか。それはどうもありがとうございました」
「いやいや、礼には及びません! 少しでも鬼宮さんのお役に立てればと、そう思いましてね。……へへっ」
「本当に、お気づかい感謝します。……ところで、こうなりましたことですし、例の術のほうは……もう……」
「……いや、それは少し待ったほうがいいでしょう」
「…………?」
「一度鬼宮さんの依頼を断っておいて、すぐに気を変えたようなやつです。また気が変わらないとも言えませんし、念のためアレは続けたほうがいいんじゃないかなぁと、そう思うわけですよ」
「……なるほど、一理ありますね。鬼太郎さんはいい方ですが……子はいつ出来るかは分かりません。……彼も、お忙しい身。やがて横町に戻らなければならない時がくるでしょう。そして……一度帰ればまたこの村にくることが億劫に感じられるかもしれませんしね」
「でしょ、でしょぉ~!」
一二三は神妙な面持ちで頷き、長考の末――
「それでは、例の件……やはり引き続きお願い出来ますでしょうか」
言って、ねずみ男に頭を下げた。
「へへっ、了解です! 任せておいてくださいよぉ!」
(鬼太郎の件も恩に着せて、二重にがっぽしよ! タイミングのいいことに、また雨が降ってくれて、工事も長引くことになったしよぉ。これで鬼太郎のやつ、なんの疑いもなく、このまま鬼宮家に留まってくれるだろうよ。へへっ!)
ねずみ男は揉み手しながら、「きしし……!」といやな笑い声をあげて、一二三にバチンとウィンクして返した。
* * *
「…………」
そよそよと、顔に風が当たって気持ちいい。
(このまま……もう少し眠っていたいな……)
そう思い、寝返りをうとうかとしたところで、ふわ……っと芳しい匂いが香ってくる。
(ん……? これは……桔梗さんの匂い……。あぁ……いい匂いだなぁ……。気持ちいいし……いい匂いもするし……これってなんていい夢なんだろう……)
寝ぼけたまま、夢の中にいるはずの彼女を求めて腕を伸ばすと――
「あら、目が覚めまして?」
頭の上から鈴を転がすような声が聞こえてきて、うっすらと目を開いていく。
「桔梗……さん……」
「はい」
微笑して扇子を仰ぎ、膝を枕に眠っている鬼太郎へと風を送っていく桔梗。
「涼しくて……すごく気持ちいいです……」
「昨夜は寝不足でしたものね。ごめんなさい……」
「……いいんです。幸せでしたから……」
「まぁ……」
照れたのか、顔を赤くする桔梗の顔が……夢にしてはなんだか明瞭すぎる気がして、しばらく目を瞬いていると――
「雨……なかなか止みませんわね」
そうポツリと桔梗が呟いた。
「……雨?」
「ええ。……もしかしたら、私のせいかもしれませんわ」
「……え?」
「帰らないでと、そう強く願っているから……その想いを天が叶えてくれたのかも……」
「桔梗さん……」
「……でも、あまり長くお引き留めしてはいけませんわね。……いるのでしょう? あなたの帰りを、待っている方が」
「それは……まぁ、はい……」
尋ねられて、妖怪横町に住む自分の仲間のことが脳裏をよぎる。
しかし鬼太郎は――
「でも……またここに戻ってきます。……桔梗さんが、僕を待っててくれるなら」
と、言葉を繋げた。
……夢だからと思い、言えた言葉だ。
そして桔梗もまた――
「……お待ちしております。いつまでも……」
これが夢だからこそ、そう言ってくれたのだろう。
(じゃないとこんなの……幸せすぎるよ……)
などと思いながら、また鬼太郎はうとうとと、まどろんでいった。
* * *
「……ん」
「……目が覚めまして?」
目を開くと、そこに桔梗の顔があり、それは何故なのかとしばし考えたのち、「ごめんなさい!」と跳ね起きる。
膝枕してもらっていたことに、気が付いたのだ。
「すみません! あの、足……痛かったですよね!? 本当にごめんなさい……!」
「いいんですのよ。私こそ、疲れさせてしまって……ごめんなさいね」
「いえ、全然! 桔梗さんは足、大丈夫ですか? 痺れてませんか?」
「それは大丈夫ですわ。でも……」
「でも……なんです?」
「外はもう真っ暗で、お店……閉まってしまったんじゃないかと……」
「お店? お店って、なんのです?」
「シュークリームです。ほら、お父様に頼まれましたでしょう?」
「あ……!」
ここにきて、ようやく当初の目的を思い出す鬼太郎。
しかし、思い出したところでもうどうしようもなかった……。
* * *
「父さん、すみません……!」
帰宅し、シュークリームが買えなかったことを父親に謝罪する。
さぞがっかりしているだろうと、そう思ったのだが――
「良い良い。多恵さんがたっぷり持ってきてくれたからの。むしろ、かぶらずに済んで良かったぐらいじゃ。ほれ、鬼太郎。お前も食べるがええ」
言って目玉おやじは、ほくほく顔でシュークリームが入っていると思しき箱を勧めてきた。
「多恵さんが、ですか?」
「うむ。鬼太郎、お前への礼じゃと言っていたぞ」
「お礼? お礼っていったい、なんのことでしょう?」
「さぁのう。あとで聞いてみたらどうじゃ?」
鬼太郎は「はぁ……」と答えて、取り合えずシュークリームを頬張った。
* * *
シュークリームを食べ終え、多恵を探しに部屋を出ると、程なくして彼女の姿を見つけることが出来た。
「多恵さん、あの……!」
多恵を呼び止め、歩を止めさせる。
「あら、鬼太郎さん」
心なしか、ご機嫌な様子の多恵。
(多恵さんが笑ってるところ、初めて見たかも……っと、それより……)
「父さんから、シュークリームの差し入れがあったと聞いたんですけど……」
さっそく本題に入ると、多恵は「ああ」と頷き――
「私のお願いを聞いてくださったお礼です。桔梗さんのこと、本当にどうもありがとうございました」
深々と頭を下げてきた。
「そんな、やめてください……! 桔梗さんとのことは……その、多恵さんに言われてそうなったわけじゃないですし……」
最後のほう、しどろもどろになっていく鬼太郎。
桔梗と寝たことが知られているようで、気恥かしいのだ。
多恵のほうは、そんな鬼太郎の様子に気付くことなく、ただただ嬉しいようで、顔に笑みを貼りつかせたまま、再び深くこうべを垂れて――
「どうか、いつまでもお幸せに……」
そう言い残して去って行った。
(多恵さん、人ごとなのにあんなに笑って……。桔梗さんのこと、すごく大事に思ってるんだな……)
――このあとしばらく、多恵の望みどおり、幸福な日々が続くことになる。