※この作品はR-18です。

花塵   作:天城 悠理

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<下>

 桔梗の許へ通うようになってから、およそ十日が過ぎた。

 鬼太郎と桔梗は、年こそ離れて見えたものの、それでも傍目からはまるで夫婦のように見えたという。

 この日も二人は縁側に並んで座り、夕涼みをしていた。

「日中の暑さも和らぎ、だいぶ涼しくなってきましたわね」

「そうですね」

 二人を包む、穏やかな空気。

 それを引き裂くような、甲高い悲鳴が聞こえてきた。

「…………ッ!?」

 瞬時にして緊張に包まれ、身を硬くさせる鬼太郎。

 そこへ、ねずみ男が駆け込んでくる。

「おっ、お~~~い! 鬼太ちゃん! 助けてくれぇぇぇ~~~~~ッ!!」

「ねずみ男? 何があったんだ?」

「……に」

「?」

「お、鬼だよ! 鬼が出たんだ!」

「……はぁ?」

「お、鬼宮神社に……鬼が……!」

 何をバカなことを、と一蹴しようした瞬間、凄まじい妖気を感じて息を呑む。

「これは……!」

「ね! ね! ホントだったでしょう? 鬼太ちゃん! 早く鬼宮神社に行って、鬼退治をしてきて! ね!?」

 拝みながら、すりすりと後ずさっていくねずみ男。

 その腕をぐいと掴み――

「お前も一緒に行くんだ、ねずみ男。道すがら、訳を聞かせてもらおうか」

 そう凄んだあと、隣で蒼ざめている桔梗に「すぐ戻ります」と言い置いて、鬼宮神社に向かって駆け出した。

 

           * * *

 

「鬼が出たって、いったいどういうことなんだ?」

「俺は悪くないんだよ! 人助けよぉ、人助け!」

「人助け?」

「そう! ほら、鬼宮さんには世話になってるだろ? だからそのお礼にって、そう思っただけなのよぉ!」

「お礼に何をしたって言うんだ」

 返答に詰まり、押し黙るねずみ男。

 しかし、「……おい」と低い声で脅されると――

「そんなに怒るなよぉ! 鬼宮さんの依頼でちょっと、鬼さんの骨を……ね」

 骨をどうしたのか追求しようとしたところで石段を登り終え、境内に辿り着く。

 その途端、「グオオオオオオオオッ!!」と地鳴りのような声が聞こえてきた。

「…………ッ!」

 咆哮は遠くで聞こえたものの、それでも油断ならない相手であることを瞬時に察し、鬼太郎は全身に緊張を漲らせ、声がしたほうへと向かっていった。

 走る鬼太郎の耳に――

「お~い、鬼太郎~!」

「鬼太郎さん……!」

 と、呼ぶ声が届く。

「……鬼宮さん! 父さんはともかく、鬼宮さんはどうして来たんです!? 危険すぎます!」

「ワシも止めたんじゃが、全然話を聞いてくれんでのぉ……」

 一二三の肩の上で、「ふぅ……」と困ったように息を吐く目玉おやじ。

 一二三は「すみません」と謝罪したあと――

「桔梗のことが心配になったものですから……」

 と、言葉を繋げた。

「桔梗さんのことが?」

 どうして今ここで桔梗の名前が出てくるのか、不思議で尋ね返すと――

「鬼が……桔梗をさらいにくるのではと、そう思いまして……」

 一二三はそう言い、チラリとねずみ男のほうを見た。

「鬼が桔梗さんをさらいに? それはいったい、どういうことです?」

「…………」

 一二三が俯き、黙ってしまったので、次いでねずみ男に詰問していく。

「おい、さっき鬼の骨がどうこう言ってたよな? 詳しく聞かせてもらおうか」

「えっ、いや……そのぉ~~~……」

「そもそも、骨ってどういうことだ? 鬼の骨なんてどこで見つけた?」

「それは……」

「それは?」

「……鬼宮神社の裏手にある、洞窟内の本殿です」

「え……?」

「鬼宮の、初代当主と契った鬼の骨を、ご神体として本殿のほうで祀っておったのです」

「ご神体! そんな大事な物を盗むなんて……ねずみ男~~~……!」

「ぬ、盗んじゃいねぇよ! ね? 鬼宮さん! 俺、盗んだりしてませんよね?! ね!」

 はい、と頷き、言葉を続ける一二三。

「桔梗とのことを鬼太郎さんに断られ、ならばどうすべきかと困っていたところ、ねずみ男さんにご提案いただいたのです。初代当主と契った鬼を蘇らせればどうかと」

「なんだって!?」

「ふ~む……。反魂の術か……」

 ――反魂の術。

 撰集抄なる書に、西行という僧が旅の途中、孤独に耐えきれなくなり、人骨を集めて蘇らせるという秘術を試みたというエピソードが載っている。

 それのことだ。

「反魂の術なんて、なんでお前がそんなものを知っているんだ。……あ。そう言えば、調べ物しに本屋に行ってきたとかなんとか言ってたっけ……」

「そうそう! 俺はよぉ? 困ってる鬼宮さんを助けたい、ただその一心で――」

「骨を盗みに入ったのか?」

「え……? だから違うって――」

「なら、どうして本殿に鬼の骨があることを知っていたんだ?」

「それは……鬼宮さんから聞いて……」

「そうかな? 鬼宮さんはさっき、お前から話を持ちかけられたって言ってたけど」

「……ぎくっ」

「鬼を蘇らせるなんて、そんな提案、最初から本殿に骨があるってこと、知ってなきゃ出来ないよな?」

「ぎくぎくぎく~~~っ!」

「ほら、やっぱり盗みに入ったんじゃないか」

「ち……違うんだって! 俺はただ、好奇心で洞窟に入ってみただけで……」

「そもそも、どうして洞窟に入ろうと思ったんだよ」

「そりゃあ、おめぇ、洞窟の奥からなんか金の匂いがビビビっと漂ってきて……って、あわわ!」

「はぁ……また金か……。まぁいい。だが、どうして術を途中で中止しなかったんだ」

「え……?」

「骨を人の形に並べ、準備したあと14日間、放置しなきゃならないだろ? その間、いつでも中止できたはずだ。骨の形を崩せばいいだけなんだから」

「そ、それはそうだけどよぉ……」

「……私が、術の続行をお願いしたのです。失礼ながらあなたの気が、いつ変わるとも知れませんので……」

「そう……でしたか。でも、反魂の術なんて行うべきではなかった。かの西行法師も結局は失敗し、人になりそこなったそれを野山に捨ててきたことは、その術の名を知っているあなたなら、もちろんご存知だったでしょう?」

「……はい。しかし、反魂法の大家として名高い源師仲は、その術を使って人を作り、その人物は後に大臣になったとの話も聞きます」

「ですが――」

「そうじゃ!」

「……父さん?」

「その話で思い出した。反魂の術で蘇った者は、その名を明かせば作った者も、作られた者も、たちまち溶けて消え失せてしまうという。つまり、名前を呼べばいいんじゃよ。……鬼宮さん、鬼の名前はなんと言うんじゃ?」

「……は。確か紅と……」

「紅さんじゃな、ふむふむ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、親父さん! それって鬼退治も出来るけど、俺も死んじゃうってことなんじゃないの?!」

「まぁ、そうなるのぅ」

「そんなアッサリ言わないでぇ! ……ねぇねぇ、鬼太郎ちゃん! 鬼太郎ちゃんは俺のこと、助けてくれるよね!? 見捨てたりなんかしないよねぇ!? 俺たち、親友でしょぉ?!」

 おいおいと泣き、鬼太郎に縋りつくねずみ男。

 鬼太郎は「はぁ……」と深いため息をつき――

「父さん、ねずみ男は意地汚くて最低なやつです。でも……死んでいいほど悪党なわけじゃありません」

 そう、なんだかんだでねずみ男のことを庇ってやった。

「き、鬼太ちゃん……!」

「ふむ……じゃが鬼太郎。鬼は強敵じゃぞ? 分かっておるか?」

「……はい。でも、もしかすると戦わずに済むんじゃないでしょうか」

「ん? それはいったいどういうことじゃ?」

「その……初代の方と鬼とは、関係を持っていたわけですよね? そういうことが出来るということは、意思の疎通が適うんじゃないかって、そう思うんですけど……鬼宮さん」

「はい?」

「その辺のこと、何かご存知ないですか?」

「私が聞いた話ですと、鬼と初代当主とは夫婦であったと。なので鬼太郎さんがおっしゃるとおり、話し合いで解決できるかもしれません。……いや、そもそもどうして、あんなに吼えているのか……」

 困惑顔で、首をひねる一二三。

 危険だと思えばもとより、蘇らせて桔梗と契らせようなどと考えるはずもない。

「う~ん……。なんだか変な話ですね。……おい、ねずみ男。術は完璧だったんだろうな?」

「当たり前だろ!」

 こうこう、こういう手順でと、鬼太郎達に説明するねずみ男。

 それを聞き終えた目玉おやじが――

「砒霜石が原因かの」

 と、呟いた。

「砒霜石ですか?」

「うむ」

「なんでよ! 確かに石が手に入らなくて、代わりにトリセなんたらっていう薬を使ったけどよぉ、そんなの同じことだろ?!」

「バカモ~ン! 薬には砒霜石以外のものも、いっぱい含まれておるじゃろうが!」

「……色々混ざっちゃったのが原因ですかね」

「そうじゃろうよ。……まったくお前は、鬼太郎に迷惑ばかりかけよって!」

「悪かったよ! 反省してます! してるから……な? 鬼が村にまで下りてきたら大変だろ? 早くなんとかしてよ、鬼太郎ちゃあん!」

「それは確かにそうだな……。じゃあ、行きましょう。父さん……!」

「うむ……!」

 ぴょんと鬼太郎の頭へと飛び移る目玉おやじ。

「あ、鬼宮さんは家のほうへ戻っていてください!」

 言って鬼太郎は、どんどん大きくなる、天地を揺さぶるような声がするほうへと走り出していった。

 

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