「ふ~、食った食った~。さすがに腹いっぱいだぜー……」
「食べすぎだよ、ねずみ男」
「だってよぉ、朝からずっと運転してたんだぜ? 腹減りまくりだってぇの!」
「ワシも……少し食べすぎたかのぅ……」
「父さんまで」
畳の上で大の字になるねずみ男と、目玉おやじの膨らんだ腹を見て、苦笑する鬼太郎。
「しかしよぉ、惜しかったんじゃないのぉ? ここ、絶対金持ちだぜ? 家もすっげーデカイしよぉ」
「そうじゃのぉ。ワシら三人、別々に部屋を用意してくれたぐらいじゃしのぉ」
「だろ!?」
「お前じゃないんだ。お金にそこまで執着しないよ」
「じゃあよ、桔梗さんは?」
「え……?」
「お前、桔梗さん見て赤くなってたじゃねぇか。断っちゃってさ、もったいなかったんじゃないのぉ~?」
「バ、バカ言うなよ。赤くなってなんか……」
「親父さんもよぉ、そろそろ孫の顔が見たいとか、そういうのあるんじゃねぇの?」
「孫か。ふむぅ……それはいいかもしれんのぅ……」
「ねずみ男! 父さんを焚きつけるなよ!」
二人にからかわれ、真っ赤になって立ち上がる。
「む? 鬼太郎、どこへ行くんじゃ?」
「もう寝ます! おやすみなさい!」
言って鬼太郎は、自分にと用意された部屋へと向かっていった。
* * *
「二人共、面白がっちゃって……」
(……と。愚痴ってないで、桔梗さんを探しに行かなきゃ)
そう思ったところでタイミング良く、「入ってもよろしいですか」と桔梗の声が聞こえてくる。
「あ、はい! どうぞ……!」
「失礼します」
先ほど一二三の部屋に茶を運んできた時と同じように、静々と部屋に入ってくる桔梗。
「……このたびは、遠いところご足労いただきまして、本当にありがとうございます」
「いえ」
「……来てくださったということは、私の願いを叶えてくださると。そう思ってもよろしいのかしら……?」
その言葉に鬼太郎は首を振り、「僕はあなたを止めにきたんです」と答えた。
「そう……ですか……」
桔梗が、長い睫毛を伏せて俯く。
「…………」
「…………」
「……あ、あの!」
「……はい?」
「あなたから手紙が届いた直後、お兄さんからも手紙が届いたので少し驚きましたよ」
部屋に漂う重々しい空気を払拭しようとして、明るい声で話しかける鬼太郎。
「ああ……。そう言えば兄も何か、鬼太郎さんにお話があったみたいですわね。……兄はなんと?」
「え!? いや……それは……あのっ……」
真っ赤になり、返答に窮して、今度は鬼太郎のほうが俯いてしまう。
「?」
「と、とにかくですね……。早まらないで、他に何かいい方法がないか考えましょう。ね?」
「……鬼太郎さんは、噂どおり優しい方ですわね」
「や……優しいだなんて、そんなこと……」
「……あなたに、あんなことを頼んでしまって……。申し訳ありませんでした」
「いえ……」
「……失礼いたします」
頭を下げ、退室しようとする桔梗を、「あの……!」と呼び止める。
「……なんでしょう?」
「手紙に書いてあったことは無理ですが……でも他に、何か僕に出来ることがあるようなら……なんでも言ってくださいね」
鬼太郎のその言葉を聞き、桔梗は「ありがとうございます」と、花のように微笑んだ。
* * *
「……おい、鬼太郎。鬼太郎ちゃんってばよぉ……!」
「……んー? なんだい? ねずみ男……」
「いつまでも寝こけてんじゃないよ! さっさと起きな! 飯食いに行くぞ、飯!」
「……起きてるよ」
そう答えながらも、未だ布団に入ったまま、ボンヤリとしている鬼太郎。
「眠そうじゃのぅ。昨夜、早く寝たんじゃなかったのか?」
「はぁ……」
「あ。あれだろ? 雨の音がうるさくて、眠れやしなかったんだろ」
「雨? ……ああ。そう言えば、降ってたっけ……」
「そう言えばって程度じゃねぇだろ、あれはよぉ。バケツひっくり返したみたいに降りやがって、ずっとザーザーうるさかったぜぇ~。……と。それより、起きたなら飯だ! 飯!」
ねずみ男は大アクビをしている鬼太郎の腕を引っ張り、居間のほうへと歩いていった。
* * *
「ふー……、たんまり食った……。もう入らねぇ……」
「ワシもじゃ……」
「父さんまで、食べすぎですよ。もうすぐここを出て、宿を探そうと思ってるんですが、歩けますか?」
「宿ぉ? なんで宿なんか探すんだよ。依頼は断ったんだし、ならもうこんな村、用はないはずだろ?」
「……ちょっとね」
「あ、分かった。おめぇ、やっぱり桔梗さんのことが惜しくなったんだろ。え?」
「違うっ!」
「ならいいだろ。とっとと帰るぞ、とっとと。金にもならねーのにこんな辛気臭い村、いつまでもいれるかってんだ。……ま、飯がタダなのはありがてぇけどな」
などと話をしていると、「帰るのは、ちょっと無理だと思いますよ」と横から女中が声をかけてきた。
「無理? 無理とはどういうことじゃ? お嬢さん」
「昨夜の大雨で、土砂崩れが起こったんですよ。復旧作業に一週間ぐらいかかるみたいです」
「土砂崩れぇ?! ってことは結局この村にしばらく足止めかよ~」
「……あの、すみません」
「はい?」
「この辺に旅館か何か、ありますか?」
「旅館……うぅん……。ないですねぇ」
「ない?」
「ええ。何もない村ですから、観光客なんてきませんし」
「そうですか……」
(困ったな……)
鬼太郎が腕組みをしていると――
「宿はありませんが、旦那様が復旧作業が終わるまで、このまま当家にご逗留くださいと、そう言っていましたよ」
との、ありがたい申し出があった。
「え? いいんですか?」
「いいんじゃないですか? 旦那さんがそうおっしゃってるんですし」
「良かったのぉ、鬼太郎。……どれ、鬼宮さんに礼を言いに行くとするかの」
「はい、そうですね。……行くぞ、ねずみ男」
「へいへい」
鬼太郎は女中に「ご馳走さま」を言い、一二三の部屋へと向かった。
* * *
「あの、しばらく泊めていただけるそうで、どうもありがとうございます」
「こちらこそ。こんなことになってしまい、申し訳ありません」
「いやいや、大雨が降ったのは何も鬼宮さんのせいじゃありますまい」
「そうおっしゃっていただけると助かります。何もない村ですが、充分にお持て成しさせていただきます」
「お持て成し?! じゃあ、あのぉ~、お酒なんかは出していただけるんでしょうか?」
「こら、ねずみ男!」
「いける口ですか? ではお持ちしましょう。良ければお父様もご一緒に」
「おお~、それはありがたいですなぁ~」
「もう、父さんまで……!」
「鬼太郎さんは、いかがですか?」
「え? いや、僕はお酒は……」
「そうですか。では、代わりに何かジュースでも」
「いえ、お構いなく。僕はちょっと、散歩にでも出てきます」
「誰かに案内させましょう」
「いや、一人で大丈夫ですよ。じゃあ」
ペコリと小さく頭を下げて、鬼太郎はその場を辞した。