※この作品はR-18です。

花塵   作:天城 悠理

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<上>

(桔梗さんが手紙に書いていた、鬼宮神社を見ておこう)

 鬼太郎が鬼宮家を出ようとすると、「お出かけですか?」と桔梗が聞いてきた。

「あ……はい。ちょっと……」

「ご一緒しても、よろしいかしら?」

「え? ええ、はい……。まぁ……」

 赤くなり、ポリポリと頬を掻く鬼太郎。

 桔梗は小さく笑んで、「それでは参りましょうか」と、日傘を手にして、外に向かって歩き出した。

 

           * * *

 

「どちらへお出かけのご予定ですの?」

「えっと……その、鬼宮神社へ……」

「当神社へ? それは……私があんなことを手紙に書いたせいでしょうか……?」

「い、いえ! そんな、桔梗さんのせいじゃないですよ……!」

 桔梗の表情が曇り、鬼太郎は慌てて言い繕った。

「でも……」

「妖怪としての、単なる好奇心です!」

「好奇心……ですか……?」

「な、なんとなく……鬼という名前に興味を惹かれるというか……」

 そんな鬼太郎の言葉を、まるまる信じたわけではないのだろうが、これ以上この話を続けては、余計に鬼太郎を困らせるとそう思い――

「そうですか。それでは、ご案内させていただきます」

 言って桔梗は歩を進めた。

 

           * * *

 

 いくつもの水溜りが出来た田舎道を、二人で並んで歩くうち、長い石段と鳥居が見えてくる。

「あれですわ」

「……結構長い階段ですね。父さんが喜びそうだ」

「お父様が?」

「はい。父さん、身体を鍛えるのが趣味なので」

「まぁ。では、次は是非ご一緒したいですわね」

「そうですね」

 桔梗と和やかに会話が出来ていることに、ホッと胸を撫で下ろす鬼太郎。

 着物を着ているせいで歩きづらいのではないかと桔梗を気づかい、ゆっくりと上っていく。

 ほどなくして二人は境内へと到着した。

 そのまま参道を通り、神門をくぐる。

「ここが……鬼宮神社……」

 社殿の前で立ち止まり、ポツリと呟く鬼太郎。

 僅かながら、妖気を感じ取る。

(ここには……まだ鬼の力が……)

 それがどれくらいのものか、意識を集中させ、探ろうとしていると「鬼姫様……!」と、老婆の声が境内に響いた。

「まぁ、どうなさいました?」

「近頃ねぇ、もうずっとねぇ、お腹がシクシクと痛くてねぇ……」

「この辺りかしら?」

 尋ねながら桔梗が、老婆のお腹にそっと手を当てていく。

「ええ、ええ、はい……。そこがねぇ、痛むんですよぉ……」

 頷き、しばらく手を当て続けていると――

「あぁ……なんだかお腹が……ポカポカしてきて……痛みがスーッと引いてきましたねぇ……」

 そう老婆が心地よさげな表情で呟いた。

 それを見て、ホッと安堵の息をつく桔梗。

 しかし、腹から手を離すと――

「あ……いたたたたっ。またシクシクと……うぅぅっ……!」

 再び老婆が苦痛を訴えだしたので、慌てて腹に手を当てる。

 すると、また痛みが引いてきた様子であったが、やはり手を離すと痛むらしく、桔梗は「ごめんなさい」と謝罪したあと――

「これをどうぞ」

 巾着の中から小さな白い包みを取り出し、それを老婆に手渡した。

「これは……先代の鬼姫様の……?」

「……ええ」

「まぁまぁ、これはいい物を……。助かります。本当にありがとうございます、鬼姫様……!」

 老婆は恭しく包みを受け取って、繰り返し桔梗に礼を言い、来た道を戻っていった。

「あの包みはなんです?」

「あれは……母が残してくれた、秘薬ですわ」

「秘薬?」

「はい。怪我や病が治る、万能薬のようなものでしょうか」

「例の……手紙に書いてあったものですか?」

「……はい。私では、母ほどの効力はないと思いますけれど」

「…………」

「……母はね、本当にすごかったんですよ。患部に手を当てただけで、たちどころに病気を治して……。それに、失せ物探しや予知なんかも得意でしたわ」

「…………」

「本当に、すごくてすごくて……。どうしてあんな人から、私のようなものが産まれたのか……不思議でなりません」

「…………」

「兄も、鬼宮の血をしっかりと引いていまして……母ほどではありませんけれど、痛みを和らげたり、怪我を治してあげたりが出来ますの」

「それはでも……桔梗さんもさっき……」

「いいえ、私はダメですわ。先ほど、ご覧になったでしょう? 手を当てている間しか、効果がありませんの」

「…………」

「……ああ。どうして私のほうが、後に産まれてしまったのかしら。兄様のほうが後に産まれてくれていたら……。いいえ、今からでもいっそ私が――」

「桔梗さん!」

 鬼太郎の声を聞き、言葉を止めた桔梗の瞳に、キラリと光る雫がある。

「…………」

「桔梗……さん……」

「……鬼太郎さん」

「……はい」

「どうか……ああ、どうかお願いです……。私を……いいえ。兄を助けて……っ」

 言って桔梗は跪き、鬼太郎に泣き縋った。

「き、桔梗さん……っ!?」

 腰から下に抱きつかれ、真っ赤になる鬼太郎。

 桔梗の身体から匂い立つ、甘やかな香りにクラリとくる。

 しかし、泣いている桔梗を慰めなくてはと、必死に動揺を覆い隠す。

「お、鬼宮さんにも言いましたが……人間として生きるというのは、ダメなんですか? 妖怪の血を引いていることなんて、忘れてしまえば……」

「……私が人として生きていく道を選べば、母がしてくれたことの全て無駄になってしまいますわ……」

「それでも、桔梗さんが無理をすることを思えば……」

「……この村には、医師がおりませんの」

「……はい?」

 急に話を変えられたと思ったものの、すぐにその心中を察して頷く。

「……鬼宮家は代々その妖力を使って、医師の代わりを務めてきたんですね?」

「……はい。ですから、私が人として生きていくということは……この村を捨てるということ。そんなこと……あの優しい兄が、許すはずありませんわ……」

「桔梗さんは?」

「……え?」

「あなたの気持ちはどうなんです? 鬼宮さんや村の人のことはともかく、あなた自身は?」

「私……私は……」

 答えに窮し、俯く桔梗。

 彼女を困らせていると、そう気付いた鬼太郎は「すみません」と謝罪した。

「いえ……。私こそ、取り乱したりしてすみませんでした……」

 涙を拭いて立ち上がり、桔梗は「帰りましょうか」と笑みを作った。

 

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