(桔梗さんが手紙に書いていた、鬼宮神社を見ておこう)
鬼太郎が鬼宮家を出ようとすると、「お出かけですか?」と桔梗が聞いてきた。
「あ……はい。ちょっと……」
「ご一緒しても、よろしいかしら?」
「え? ええ、はい……。まぁ……」
赤くなり、ポリポリと頬を掻く鬼太郎。
桔梗は小さく笑んで、「それでは参りましょうか」と、日傘を手にして、外に向かって歩き出した。
* * *
「どちらへお出かけのご予定ですの?」
「えっと……その、鬼宮神社へ……」
「当神社へ? それは……私があんなことを手紙に書いたせいでしょうか……?」
「い、いえ! そんな、桔梗さんのせいじゃないですよ……!」
桔梗の表情が曇り、鬼太郎は慌てて言い繕った。
「でも……」
「妖怪としての、単なる好奇心です!」
「好奇心……ですか……?」
「な、なんとなく……鬼という名前に興味を惹かれるというか……」
そんな鬼太郎の言葉を、まるまる信じたわけではないのだろうが、これ以上この話を続けては、余計に鬼太郎を困らせるとそう思い――
「そうですか。それでは、ご案内させていただきます」
言って桔梗は歩を進めた。
* * *
いくつもの水溜りが出来た田舎道を、二人で並んで歩くうち、長い石段と鳥居が見えてくる。
「あれですわ」
「……結構長い階段ですね。父さんが喜びそうだ」
「お父様が?」
「はい。父さん、身体を鍛えるのが趣味なので」
「まぁ。では、次は是非ご一緒したいですわね」
「そうですね」
桔梗と和やかに会話が出来ていることに、ホッと胸を撫で下ろす鬼太郎。
着物を着ているせいで歩きづらいのではないかと桔梗を気づかい、ゆっくりと上っていく。
ほどなくして二人は境内へと到着した。
そのまま参道を通り、神門をくぐる。
「ここが……鬼宮神社……」
社殿の前で立ち止まり、ポツリと呟く鬼太郎。
僅かながら、妖気を感じ取る。
(ここには……まだ鬼の力が……)
それがどれくらいのものか、意識を集中させ、探ろうとしていると「鬼姫様……!」と、老婆の声が境内に響いた。
「まぁ、どうなさいました?」
「近頃ねぇ、もうずっとねぇ、お腹がシクシクと痛くてねぇ……」
「この辺りかしら?」
尋ねながら桔梗が、老婆のお腹にそっと手を当てていく。
「ええ、ええ、はい……。そこがねぇ、痛むんですよぉ……」
頷き、しばらく手を当て続けていると――
「あぁ……なんだかお腹が……ポカポカしてきて……痛みがスーッと引いてきましたねぇ……」
そう老婆が心地よさげな表情で呟いた。
それを見て、ホッと安堵の息をつく桔梗。
しかし、腹から手を離すと――
「あ……いたたたたっ。またシクシクと……うぅぅっ……!」
再び老婆が苦痛を訴えだしたので、慌てて腹に手を当てる。
すると、また痛みが引いてきた様子であったが、やはり手を離すと痛むらしく、桔梗は「ごめんなさい」と謝罪したあと――
「これをどうぞ」
巾着の中から小さな白い包みを取り出し、それを老婆に手渡した。
「これは……先代の鬼姫様の……?」
「……ええ」
「まぁまぁ、これはいい物を……。助かります。本当にありがとうございます、鬼姫様……!」
老婆は恭しく包みを受け取って、繰り返し桔梗に礼を言い、来た道を戻っていった。
「あの包みはなんです?」
「あれは……母が残してくれた、秘薬ですわ」
「秘薬?」
「はい。怪我や病が治る、万能薬のようなものでしょうか」
「例の……手紙に書いてあったものですか?」
「……はい。私では、母ほどの効力はないと思いますけれど」
「…………」
「……母はね、本当にすごかったんですよ。患部に手を当てただけで、たちどころに病気を治して……。それに、失せ物探しや予知なんかも得意でしたわ」
「…………」
「本当に、すごくてすごくて……。どうしてあんな人から、私のようなものが産まれたのか……不思議でなりません」
「…………」
「兄も、鬼宮の血をしっかりと引いていまして……母ほどではありませんけれど、痛みを和らげたり、怪我を治してあげたりが出来ますの」
「それはでも……桔梗さんもさっき……」
「いいえ、私はダメですわ。先ほど、ご覧になったでしょう? 手を当てている間しか、効果がありませんの」
「…………」
「……ああ。どうして私のほうが、後に産まれてしまったのかしら。兄様のほうが後に産まれてくれていたら……。いいえ、今からでもいっそ私が――」
「桔梗さん!」
鬼太郎の声を聞き、言葉を止めた桔梗の瞳に、キラリと光る雫がある。
「…………」
「桔梗……さん……」
「……鬼太郎さん」
「……はい」
「どうか……ああ、どうかお願いです……。私を……いいえ。兄を助けて……っ」
言って桔梗は跪き、鬼太郎に泣き縋った。
「き、桔梗さん……っ!?」
腰から下に抱きつかれ、真っ赤になる鬼太郎。
桔梗の身体から匂い立つ、甘やかな香りにクラリとくる。
しかし、泣いている桔梗を慰めなくてはと、必死に動揺を覆い隠す。
「お、鬼宮さんにも言いましたが……人間として生きるというのは、ダメなんですか? 妖怪の血を引いていることなんて、忘れてしまえば……」
「……私が人として生きていく道を選べば、母がしてくれたことの全て無駄になってしまいますわ……」
「それでも、桔梗さんが無理をすることを思えば……」
「……この村には、医師がおりませんの」
「……はい?」
急に話を変えられたと思ったものの、すぐにその心中を察して頷く。
「……鬼宮家は代々その妖力を使って、医師の代わりを務めてきたんですね?」
「……はい。ですから、私が人として生きていくということは……この村を捨てるということ。そんなこと……あの優しい兄が、許すはずありませんわ……」
「桔梗さんは?」
「……え?」
「あなたの気持ちはどうなんです? 鬼宮さんや村の人のことはともかく、あなた自身は?」
「私……私は……」
答えに窮し、俯く桔梗。
彼女を困らせていると、そう気付いた鬼太郎は「すみません」と謝罪した。
「いえ……。私こそ、取り乱したりしてすみませんでした……」
涙を拭いて立ち上がり、桔梗は「帰りましょうか」と笑みを作った。