(さて……どうしたものか)
夜。床に着きながら、考え込む鬼太郎。
(鬼宮家は存続させなきゃいけない。でも鬼の血が薄まってきている。じゃあ、ここらでもう一回妖怪の血を足せばいいっていう鬼宮さんの考えも分かるんだけど……でも、そんなこと僕に出来るはずないしなぁ……)
などと物想いにふけるうち、ふと昼間桔梗に抱きつかれたことを思い出してしまう。
「…………ッ」
ドキリと大きく胸が脈打ち、息苦しさを感じて跳ね起きる。
(桔梗……さん……)
心の中で彼女の名前を呟くと同時に、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
(この匂いは……桔梗さんの……)
彼女の腕が巻きついていた部分に、視線を落とす。
(僕の身体に……桔梗さんの匂いが……)
染み着いていると、そう感じた瞬間、身体にビリリとし痺れが走った。
「う……っ!」
(む……胸が苦しい……っ。いったい……どうしたって言うんだ……?)
これまで感じたことのない、激しい胸の高鳴り。
急激な自身の心の変化に戸惑いつつ、鬼太郎は眠るためにと目を閉じた。
* * *
「おい、鬼太郎」
「……はい。なんです? 父さん……」
「なんです、父さんじゃないわい。いったいいつまで寝とるんじゃ」
「……え?」
言われて眠い目をこすりながら、身を起こす鬼太郎。
「……もう朝ですか?」
「朝どころか、もうじき昼じゃ」
「…………」
「昨夜も酷い雨じゃったが、そのせいでまた眠れんかったのか?」
本当は、桔梗のことを悶々と考えていたせいで眠れなかったのだが、そんなことを言えるはずもなく、「はぁ……」と曖昧に答える。
「ふむぅ……。まぁ梅雨じゃし、仕方がないのぅ。それより、ほれ。起きたならさっさと朝ごはんじゃ」
「はい……って、あれ? ねずみ男は……?」
「あいつなら、散歩に行くと言って出かけて行ったぞ」
「ええ? 飯も食わずにですか?」
「まさかぁ! 三人前も食って出て行きよったわ。付添のくせに、お前が起きるのも待たんで……!」
「そうですか……。でも散歩って、いったいどこに行ったんでしょうね? 何かまた企んでなきゃいいけど……」
「むぅ……。そう言われると、何やら胸騒ぎがしてくるのぅ。じゃがまぁ、考えても始まらんし、とにかく飯じゃ飯じゃ!」
言って目玉おやじは、鬼太郎の頭に飛び乗った。
* * *
「ふぅ~、お腹パンパンじゃのぅ~」
ゴロンと、居間のテーブルの上で仰向けになる目玉おやじ。
その言葉どおり、腹が大きく膨らんでいる。
「ホント、すごいお腹ですね……」
「ここの飯はおいしくて、ついのぅ。これで食後のスイーツなんかあれば、言うことないんじゃがのぅ」
などと甘えたことを呟いていると、「買ってきましょうか」との声が響いた。
「え……?」
声のほうを振り返ると、そこに桔梗が立っていた。
(き、桔梗さんっ……!)
その姿を見ただけで、ドキンと跳ねあがる心臓。
意識していることを悟られないよう、慌てて桔梗から目を逸らす。
「甘いものが、お好きですのね」
「いやぁ、目がありませんでのぅ」
「ふふ……。ケーキでよろしいですか?」
「欲を言えばシュークリームが……」
「父さん! ワガママ言っちゃダメですよ! ……あのっ」
「はい?」
「父さんの言うこと、聞かなくていいですから」
「!? ワ、ワシはでも、甘いものが……」
「僕が買ってきます。……すみません。お店の場所、教えてもらえますか?」
「構いませんけれど……でも、ご一緒してもいいかしら?」
「……え?」
「私もちょうど、甘いものが食べたくなってしまって」
ウソだと、こちらに気を使って言っているだけだと思った。
だが、それを言葉にするのもどうかと思い、鬼太郎は「ありがとうございます」と、素直に甘えることにした。
* * *
「昨夜の雨がウソのよう。いいお天気ですわね」
晴れやかに笑う桔梗の顔をまともに見ることが出来ず、俯いたまま歩き、「ええ……」と頷く鬼太郎。
「鬼太郎さんも、甘いものがお好きなんですの?」
「はい、まぁ……」
「お父様と同じように、シュークリーム? それともクッキーのような焼き菓子かしら?」
「特にそんな……選り好みは……」
そう答えたところで、ピタリと桔梗が歩を止める。
「……桔梗さん?」
気になって、顔をあげると、「……ごめんなさい」と、桔梗が泣きそうな顔で謝罪してきた。
「……えっ?!」
「私が……無理なお願いばかりしたせいで……困ってらっしゃるのね……。ごめんなさい……」
「い、いえ! 違います! 桔梗さんは何も悪くありません! 僕、困ってなんかいませんよ!」
「本当に……?」
「はい……! と言うか、僕のほうこそ謝らなきゃ……。付き合わせてしまって、すみません」」
「いえ、そんな……。鬼太郎さんにお話したいことがありましたし、ちょうど良かったですわ」
「話……ですか?」
「ええ。あの……手紙に書いた件もそうですが、昨日……神社でお話したことも、どうか全て忘れてくださいと、そうお願いしたくって……」
「全て忘れてって……そんな、いいんですか? まだ何も解決してないんじゃ……」
「……はい。ですがあんなこと、鬼太郎さんにお願すべきじゃなかった……。そして……あなたが優しい人だからと、甘えてはいけなかったんです」
「桔梗さん……」
「……さぁ、行きましょう。甘いもの、いっぱい買わせていただきますわね」
「いっぱいですか?」
「ええ。だって、私がお呼び立てしたせいで、こうしてご迷惑おかけしているんだもの。せめてもの罪滅ぼしをさせてください」
言って桔梗は沈んでいた表情を笑顔に変えて、「こちらです」と歩きだした。
* * *